説明

シリコン微細構造体の製造方法及び微細流路デバイスの製造方法

【課題】曲線を含む輪郭からなるシリコン単結晶微細構造を基板空洞上に形成するに際して,ドライエッチングを使わず1回のフォトリソグラフィだけで形成可能なシリコン構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】シリコン窒化膜301を介し2枚のシリコン基板20、30を貼り合わせた後一方の基板を微小構造体の厚さにあわせて薄膜化する.特定の結晶異方性エッチング液で薄膜部をエッチングすることにより曲線輪郭の構造体を加工する。その後,LOCOS酸化膜を選択的に微細構造体表面に形成しこれを保護膜として,通常の結晶異方性エッチング液で構造体下部のエッチングを行ことにより,1枚のフォトマスクのみで膜厚を制御した構造体の加工ができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)として機能する単結晶シリコン微細構造体,特に、中空に張り出した梁状の微細構造体、及び微細流路を備える微細流路デバイスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体の微細加工技術を応用発展させたマイクロマシニング技術により、マイクロマシンあるいはMEMSデバイスの開発・生産が進んでいる。特に,シリコン基板上の空洞上面に張り出した単結晶シリコンの片持ち梁,両持ち梁構造は,加速度センサ,吸着分子センサ,光スキャナ,をはじめとして幅広い用途に使われる。マイクロマシニングは加工技術分類上,バルクマイクロマシニングとサーフェスマイクロマシニングとに大別される。バルクマイクロマシニングにおいて,微細構造を基板上に形成するのは,基板であるシリコン材料をウェットあるいはドライエッチングによって部分的に除去することによって達成される。ウェットエッチングの中でとりわけ,結晶異方性エッチングプロセスは,以下に列挙する多くの長所によって多用される。長所とは,すなわち,低コストプロセス,バッチ生産による高い生産性,高精度の形状再現性,基板内チップ間の優れた加工均一性,きわめて平滑な表面性状,などである。
【0003】
所望の厚さを持った単結晶シリコン微細構造体をシリコン基板上に中空に張り出して製作するには,従来,シリコンのバルクマイクロマシニングにより,大別して以下の三つの方法で製作できることが知られてきた。
【0004】
(1)基板裏面からの制御されたエッチング
この方法では,基板表面方位が(100)の単結晶シリコン基板の表面に,中空に張り出すべ
き微細構造体の輪郭パターンをウェットあるいはドライエッチングによって形成した後,基板裏面から結晶異方性エッチング(ウェットプロセス)を施し,エッチング時間を精密に制御することで微細構造体に所望の厚さを残してエッチングを停止することで加工を完了する。このような加工例は非特許文献1,非特許文献2に見られる。
【0005】
たとえば,図5のような梁構造を製作するには,シリコン(100)を表面方位とする単結
晶基板3を素材とし,表面にエッチングマスクとしてたとえばシリコン酸化膜を全表面に形成したものを用意する。まず,表面のエッチングマスク材料に梁構造1のパターンをフォトリソグラフィで形成した後,表面側から梁構造の厚さに相当する深さと同じ,あるいはそれ以上の深さまで,結晶異方性エッチングでエッチングを行う。その後,基板全面にエッチングマスク材としてのシリコン酸化膜を形成し,今度は基板裏面からエッチング開口パターンを形成する。これにしたがって基板裏面開口から結晶異方性エッチングを施し,表面からエッチングされたくぼみの底面までエッチングが達するようにエッチング量を制御する。
【0006】
ここで,裏面のエッチング開口パターン寸法Bは,貫通すべき表面のエッチングパターン寸法Fならびに裏面からエッチングすべき基板の厚さtの関数として,以下の式で表される。
【0007】
【数1】

【0008】
結晶異方性エッチングは,エッチング速度の均一性が高いので,チップ間の厚さのばらつきは小さい。また,Si(100)をエッチングした面は平滑なので梁1の裏面も平滑であり,安価な加工プロセスであるという長所がある。
【0009】
(2)SOI(Silicon on Insulator)ウェハの利用
シリコン基板上に均一な厚さの単結晶シリコン構造体を形成するために,シリコン基板表面から一定の深さに埋め込まれたシリコン酸化膜層をもつSOI基板(ウェハ)を利用する
方法がある。図6には, SOI基板10を利用して製作された梁1の加工例を示す断面図なら
びに概観図である。埋め込み酸化膜102の上部にある均一な厚さのシリコン層で微細構造
体を形成する。関連する公知技術は非特許文献3,および非特許文献4にみられる。中空に張り出した梁1の厚さは,表面の単結晶シリコン層101の厚さで決まる。加工工程は以
下のとおりである。シリコン層を表面からエッチングして構造体の輪郭を形成したのち,基板を熱酸化してエッチング保護膜を形成したのち,基板裏面からシリコン基板をエッチングする。このエッチングはウェットプロセスの結晶異方性エッチング,あるいはドライプロセスのDRIEのどちらでも可能である。いずれの場合も,上記SOI埋め込み酸化膜102までエッチングが達したところでエッチングが自動的に停止する。正確に微細構造体の厚さが決まるので,前記(1)の方法より厚さの絶対値の制御性が高い。この工程の後,SOI埋め込み酸化膜層を選択的に除去すれば,梁状微細構造体が完成する。
【0010】
一方,単結晶シリコン微細構造体をシリコン基板上に中空に張り出して製作するのに,本発明が目的とする液体流路のような厚さを持った構造でなく,赤外線センサのように十分に薄い膜構造を懸架する時は,技術的な障壁は比較的に低い。このような例は非特許文献5,特許文献1にある。すなわち,2枚のシリコン単結晶基板を接合し,一方を裏面か
ら薄膜化したSOI基板表面に赤外線センサを作りこみ,懸架構造に相当する薄膜表面をエ
ッチングマスク材料で被覆し,フォトリソグラフィ工程を繰り返して懸架構造の周囲からその下部をエッチングで掘り込み除去することが知られている。これにより,空洞の加工に必要以上に広い面積を必要とせずチップ面積を小さくできる。しかし,薄膜構造体の厚さが10ミクロンを超えるような構造体,特に本発明のように液体流路を内部に持つような厚さのある構造体を形成した表面にはレジスト塗布ができずフォトリソグラフィが困難である。少なくとも構造体の直近から下部をエッチングすることができない。加えて,複数回の困難なフォトリソグラフィを繰り返さなければならない。
【0011】
(3)微細加工された空洞を内部に持つ接合されたウェハ
この方法では,所望の厚さを持つ微細構造体が,所望の深さの空洞の上に張り出すように製作される。図7はそのような構造とその加工プロセスの図である。この加工には2枚の
シリコン基板を使う。加工工程は以下のとおりである。ベース基板となる一方のシリコン基板B 12に所望の深さの空洞をエッチングした後,この空洞を封じるように他方の平坦なシリコン基板A 11を貼り合わせ接合する。接合後の基板で,平坦な側の基板Aの裏面をエ
ッチングして,微細構造体に必要とされる厚さまで薄膜化する。その後,この薄膜上にフォトリソグラフィを施し,微細構造体の輪郭をエッチングで加工する。このような加工例が,非特許文献6,7ならびに8にみられる。
【0012】
この方法の長所は,前記(1)(2)の方法のように裏面からのエッチングで構造体基板から分離する必要がないので,微細構造の形状は表面のみから加工して実現するのでチップ面積を小さくすることができることである。もうひとつの長所は,任意の深さに制御された空洞上に微細構造体を形成できることである。この長所は,特に静電力で微細梁構造を駆動するタイプのアクチュエータの製作,静電容量を検出するタイプのセンサ構造の製作に適用して効果的である。
【特許文献1】特開2008-82790
【非特許文献1】N. Abedinov, P. Grabiec, T. Gotszalk, Tz. Ivanov, J. Voigt, and I. W. Rangelow, "Micromachined piezoresistive cantilever array with integrated resistive microheater for calorimetry and mass detection," J. Vac. Sci. Technol. A, 19(6), pp. 2884-2888, 2001.
【非特許文献2】Q. Wu, K. M. Lee and C. C. Liu, "Development of chemical sensors using microfabrication and micromachining techniques," Sensors and Actuators B, 13-14, pp. 1-6, 1993.
【非特許文献3】Daisuke Saya, Pascal Belaubre, Fabrice Mathieu, Denis Lagrange, Jean-Bernard Pourciel, Christian Bergaud, "Si-piezoresistive microcantilevers for highly integrated parallel force detection applications," Sensors and Actuators A, 123-124, pp. 23-29, 2005.
【非特許文献4】B. L. Pruitt, T. W Kenny, "Piezoresistive cantileveres and measurement systems for characterizing low force electrical contacts," Sensors and Actuators A, 104, pp. 68-77, 2003.
【非特許文献5】佐藤ほか:「セルフパッケージ型マイクロ赤外線センサ」,電気学会論文誌E 118巻9号(1998)393-400.
【非特許文献6】M.A. Huff, A.D. Nikolich, M.A. Schmidt, Design of sealed cavity microstructures formed by silicon wafer bonding, J. Microelectromech. Syst., 2, pp. 74-81 (1993).
【非特許文献7】S. Mack, H. Baumann, U. Gosele, H. Werner, R. Schlogl, Analysis of bonding-related gas enclosure in micromechanical cavities sealed by silicon wafer bonding, J. Electrochem. Soc., 144, pp. 1106-1111, (1997).
【非特許文献8】P. Pal, K. Sato and M. Shikida, "Suspended Si Microstructures with Rounded Concave and Sharp Convex Corners Using Wafer Bonding and Wet Anisotropic Etching", 10th International Symposium on Semiconductor Wafer Bonding - Science, Technology and Applications, to be held on Oct. 12-17, 2008 Honolulu, Hawaii.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上に述べた(1)(2)(3)の公知の技術には,それぞれ以下の問題点がある。
【0014】
(1)基板裏面からの制御されたエッチング
(a)基板裏面から結晶異方性エッチングを行うと,[数1]から明らかなように基
板の厚さに比例して開口パターン寸法Bが大きくなり,チップ面積が大きくなる
。これによりデバイス1個当たりの製造コストが増大する。
【0015】
(b)構造体の厚さはエッチング時間で決まるが,エッチング時間管理は難しい。
【0016】
(c)構造体の厚さの均一性が,シリコン基板素材の厚さむらによって影響される。
【0017】

(2)SOI(Silicon on Insulator)ウェハの利用
基板裏面から結晶異方性エッチングを行うと,[数1]から明らかなように基板の 厚さに比例して開口パターン寸法Bが大きくなり,チップ面積が大きくなる。これに よりデバイス1個当たりの製造コストが増大する。もし結晶異方性エッチングをドラ
イエッチングのDRIEに置き換えればチップ面積の拡大は防げるが,加工コストが高騰 してしまう。また,裏面からのエッチングパターンは結晶異方性エッチングほど正確 に決まらないので,表面の構造体パターンと裏面から形成した空洞輪郭位置を正確に 合わせることは,より困難である。
【0018】
(3)微細加工された空洞を内部に持つ接合されたウェハ
2枚の基板を貼り合わせ接合する際の雰囲気ガス種,気圧,環境温度によって接合
後の空洞内圧力が変化し,基板表面が膨出したり窪んだりして,構造体パターンのフ ォトリソグラフィが困難になる。
【0019】
以上の(1)(2)(3)のいずれの方法にも共通する課題は,以下の3点である。
【0020】
(a)基板表面から形成する微細構造体のパターンと,裏面から形成するエッチング
パターンの最低限2枚のフォトマスクを必要とする。
【0021】
(b)基板表面と裏面のエッチングマスクの正確な位置あわせが必要である。通常,
この位置あわせ誤差は数ミクロン程度ある。
【0022】
(c)曲線パターンを含む自由な輪郭の梁形状は,高価なドライエッチングではでき
るが,ウェットエッチングでは正確に加工できない。
【0023】
本発明は、シリコン微細構造体や微細流路デバイスを1回のフォトリソグラフィだけで
簡単に製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明はかかる課題を解決するため,請求項1に記載するように,シリコン窒化膜を介した基板接合,および,シリコン基板上に選択的に酸化膜を成長するLOCOS技術,を組み
合わせた加工を実施することを特徴とする。この二つのプロセスを組み合わせることで,構造体の輪郭を形成した第1回目のエッチング形状が,空洞形成のための第2回目のエッチングマスクとして利用できることから,第2のフォトリソグラフィプロセスが不要,すな
わち第2のフォトマスクの製作ならびにマスク間の位置合わせがいずれも不要になる。
【0025】
請求項2に記載の発明は,請求項1に記載の2回にわたるシリコンエッチングにおいて
,エッチング特性がことなる2種類の結晶異方性エッチング液をそれぞれ区別して適用す
ることで,ウェットプロセスである結晶異方性エッチングでも曲線・直線・急峻な稜線を持つパターンからなる微細構造体を実現することができる。
【0026】
第1エッチングでTMAH水溶液に加えて使用する界面活性剤は非イオン系界面活性剤で,
オキシエチレンアルキルフェニルエーテルを主成分とするものである。これらはTriton X-100(GEヘルスケアバイオサイエンス(株)), NC-200(ライオン(株)), NCW-100(和光
純薬工業(株))として入手可能な薬剤である。TMAH水溶液の濃度は5-30%の範囲,好まし
くは20-25%の範囲の水溶液であり,上記界面活性剤の添加量は体積率0.05-0.1%で十分に
効果がある。ポリエチレングリコール(PEG)を添加する量については0.01-0.1%で効果がある。エッチング温度は40-90℃の範囲であるが,この範囲内において高温側で速い速度,
低温側で遅い速度を選ぶことは,工業的に適切なエッチング速度を得るために実施者にゆだねられる。
【0027】
KOH水溶液においては5-40%KOH水溶液で,添加するイソプロピルアルコールはKOH水溶液に飽和するまで加える必要がある。エッチング温度は40-90℃の範囲である。
【0028】
第2エッチングの条件は,これまでに知られている通常のアルカリエッチング特性を利用するものであるので,ここに特記しない。

請求項3に記載の発明は,請求項1または2の発明により,ウェットプロセスである結
晶異方性エッチングでも曲線・直線・急峻な稜線を持つパターンからなる微細構造体を実現したのち,その表面にもうひとつの基板を貼り合わせ接合することで,直線・曲線流路を内部に持つ薄肉梁構造を基板空洞内に懸架して形成することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の効果の第1は,シリコン基板上の空洞の上部に張り出し,あるいは懸架して形
成される単結晶シリコンの微細構造体の製作においてフォトリソグラフィプロセスを1回
しか必要とせず,第1回目と第2回目のシリコンエッチングではパターン間の位置合わせが不要になり,位置あわせ誤差が生じない。
【0030】
本発明の効果の第2は,第1と関係して,フォトマスクが1枚で済むことにある。
【0031】
本発明の効果の第3は,従来のエッチング時間制御で微細構造体の厚さを決めることな
く,微細構造体の厚さの均一性,制御性が高いことである。
【0032】
本発明の効果の第4は,ドライエッチングプロセスを使用せず,安価なバッチ生産が可
能なウェットエッチングのみで全プロセスを遂行することができることである。
【0033】
本発明の効果の第5は,従来の空洞を形成した基板を接合する方法に比べて,接合の雰囲気の制御が格段に容易であることである。
【0034】
本発明の効果の第6は,従来の裏面から結晶異方性エッチングで空洞を形成した方法に比べて,空洞形成に必要とされる面積が小さく,チップサイズの最小化,チップ当たりの製造コストを低減できることにある。
【0035】
本発明の効果の第7は,従来の結晶異方性エッチングで製作された直線状輪郭の微細構造体形状にとどまらず,本発明によれば,任意の曲線パターンの輪郭を持つ微細構造体,さらに,その構造体表面に溝構造を形成することができることである。すなわち,結晶異方性エッチングで実現する梁と溝の形状選択の自由度が各段に向上したことである。
【0036】
本発明の効果の第8は,薄膜流路が基板内の閉じた空洞内を貫通しているデバイスを実現することができる。この空洞に外部に通じる開口を明け,冷却・加熱流体を交互に導入することにより,薄膜流路内の微量流体を加熱・冷却することができる。これとともに,2本の交差ずる流路を形成すれば,一方の流路内の連続液柱を第2の液体で分断することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
[実施例1]単結晶シリコン微細構造体の製造方法
単結晶シリコン微細構造体の製造方法を図1〜図3に基づいて説明する。
【0038】
図1は本発明で製作する基板の空洞2の上部に中空に懸架された梁構造,および,中空
に突き出した片持ち梁の形状の斜視図,および梁の断面図を示す。図1(a),(b)は,いずれも,空洞の上部に懸架されたシリコン単結晶梁構造であり,特に(a)は,梁1の上面(表面)にさらに液体流路4となるV字型の溝が形成される。図1(c)は,空洞上に突き出した片持ち梁構造である。
【0039】
図2は,本発明の請求項1を実施する製造プロセスの一例を示すプロセス断面図と,加
工された製品の概観図ならびに実物の電子顕微鏡写真である。
【0040】
図3は,本発明の請求項2によって加工された単結晶シリコン微細製造体の電子顕微鏡
写真であり,いずれも1回のフォトリソグラフィの後,結晶異方性エッチングで加工され
た構造を示している。図3(a)は梁の上面に形成された直線のV溝,交差したV溝,マスクパターンの曲線輪郭に忠実に加工された梁と溝,図3(b)は,片持ち梁の付け根に曲線輪郭を形成し,さらに梁先端の角のアンダカットエッチングを防いだ例を示している。
【0041】
以下に,図2(1)のプロセス断面図を使って本発明を説明する。まず,2枚の単結晶シリ
コン基板20および30(面方位はいずれも(100)とする)を準備する。その一方,あるいは
両方の基板表面にCVDプロセスにより,厚さ約0.15ミクロンのシリコン窒化膜(Si3N4)301
を形成する。このさい,基板と膜の密着性を得るために下地としてごく薄いシリコン酸化膜を形成することが推奨される。さらに窒化膜表面に親水性を持たせる処理を行う。これにはプラズマ処理,酸素雰囲気での熱処理,などが効果的である。
【0042】
2枚の基板表面に水分子を吸着させた上で,両基板を面内の回転方向にも結晶方位が合
致するように合わせて,室温で貼り合わせる。これを,酸素あるいは窒素雰囲気のアニール炉に入れて,約1100℃に保持して接合を完了する。接合を完了した段階の基板の断面構成を図2(1)(a)に示した。
【0043】
つぎに,図2(1)(b)に示すように,貼り合わせた一方の基板の厚さを,微細構造体に必要とされる厚さになるまで加工する。図2(3)および図3の写真の例では,いずれも微細構
造体の厚さは4.5ミクロンであるので,その後の酸化によるシリコン膜厚減少を勘案して
,ここではシリコンを5ミクロンの厚さにまで加工した。その加工手段としては,25%TMAH(Tetra Methyl Ammonium Hydroxide)水溶液による基板全面のエッチング,あるいは研削
・研磨加工ののち,表面に残存する欠陥除去をおこなう目的でCMPプロセスを施すことが
有効である。
【0044】
薄膜化したシリコン基板表面にエッチングマスクとしてのシリコン酸化膜302を熱酸化
によって形成したのち,図2(1)(c)のように,この膜に微細構造体の輪郭に相当するエッ
チングマスク開口をフォトリソグラフィで形成する。ここで言う微細構造体とは、図1に記載された3種、及び図3に記載された各種のいずれであってもよい。微細構造体の輪郭に相当するエッチングマスクとは,図1(a)(b)(c)における梁1ならびに空洞2を形成する
ためのエッチマスクパターン201, 203である。これに加えて,図1(a),図3(a)のように
梁1の上面に流路4を形成する場合は,流路エッチマスクパターン202も梁・空洞エッチマ
スクと同時に,このシリコン酸化膜302で形成される。シリコン酸化膜の厚さは0.5ミクロンである。ここで重要な点は,全工程中でフォトリソグラフィプロセスはこの1回だけで
あることである。
【0045】
上記のエッチングマスクにしたがい,図2(1)(d)に示すように第1回目のシリコンエッチングを実施する。ここでは,25%TMAH水溶液に体積%で1%の界面活性剤Triton X-100を添加したものをエッチング液として使う。このエッチング液は,発明者らの研究成果である非特許文献8に示したように,通常の純粋なTMAH, KOH水溶液と異なり,マスクアンダカッ
トが低減され,マスクの曲線輪郭に沿ったエッチング加工ができる。アンダカットが小さい特性とは,換言すれば,Si(110)のエッチレートがSi(100)にくらべて小さいということである。エッチングが基板接合界面である窒化膜301あるいは窒化膜と共存するごく薄い
酸化膜に達したところでエッチングを終える。
【0046】
この工程では,液体流路4をエッチングしても梁の厚さを貫通しないように,流路エッ
チマスクパターン202の開口幅寸法を梁の厚さの√2倍以下,好ましくは等倍以下に制限することによって,図1(a)の梁断面図のように,深さ方向のエッチングが自動的に停留する現象を利用する。これは上記エッチング液のエッチング特性が,Si(111), (221), (331),
(441), (110)などの方位で他方位にくらべて極度に小さいことによる。この現象を利用
することで,溝加工のためにフォトリソグラフィ工程を余計に実施する必要が無くなる。類似の効果をもつエッチング液としては,TMAH水溶液に界面活性剤として NC-200,NCW-1002,ポリエチレングリコールのいずれかを加えたエッチング液,あるいはKOH水溶液にイソプロピルアルコールを添加溶解したエッチング液がある。
【0047】
つぎに,いったん基板表面の酸化膜を全部除去したのち,改めて基板を温度が約1100℃の酸化炉に導入して熱酸化を行う。図2(1)(e)に示すように,ここでは酸化膜303は窒化
膜上には形成されず,結晶異方性エッチングで加工されたむき出しのシリコン微細構造体表面が選択的に酸化される。この理由は,電子回路の製造で使われるところのLOCOS(Local Oxidization of Silicon)の原理による。すなわち窒化膜上には酸化膜が形成されず,
むき出しのシリコン表面のみが選択的に酸化される。この工程で形成される酸化膜厚は0.5ミクロンである。この工程により,次に続く第2回目のシリコンエッチングにおける構造体保護膜が形成されたことになる。
【0048】
次いで,図2(1)(f)に示すように,接合界面の窒化膜を選択的にエッチングする。エッチングには約130℃に加熱した燐酸が使われる。これによって酸化膜はエッチングされな
い。このことは,これにつづく第2回目のシリコンエッチングにおけるエッチングマスク
は,梁構造体そのものがマスクとして働くことを意味しており,これによって第2回目の
シリコンエッチングのためのリソグラフィプロセスが不要になる。
【0049】
次いで,図2(1)(g)に示すように,窒化膜の開口から微細構造体の下部のシリコン基板を除去して,微細構造体を基板から分離して中空に形成する。ここで使用するエッチング液は第1回目のシリコンエッチングに使われたアンダカットの少ないエッチング液とは正
反対に,アンダカットの大きい特性を持つ純粋な20-25%TMAH水溶液である。アンダカットが大きい特性とは,Si(110)のエッチレートがSi(100)にくらべて大きいということである。同様の効果を持つ結晶異方性エッチング液には,いずれも添加物の無いKOH水溶液,EDP水溶液,あるいはHydrazine水溶液がある。
【0050】
アンダカットが十分進んだ後,エッチングの面内の広がりは微細構造パターン周辺の開口の大きさと方位により,自動的に停止する。これが結晶異方性エッチングの長所である。微細構造パターンと下部の空洞の位置関係はシリコン結晶の構造によって自動的に位置決めされてしまう。
【0051】
この後,シリコン酸化膜,窒化膜をそれぞれ除去すれば図2(1)(g)に示すような構造が完成する。
【0052】
本発明の第1回目のシリコンエッチングで利用するアンダカットの小さい結晶異方性エ
ッチング液とは,Si(110)のエッチレートがSi(100)にくらべて小さい特性をもつ。これによって,梁上面に形成される溝がどの方向を向いていても,エッチング後の斜面は結晶学的に(110)から(111)を結ぶ方位になる。この結果,基板表面と斜面のなす角度は45-56°
の範囲にとどまる。ここで,流路エッチパターン202の幅を梁の厚さの√2倍以下,好ましくは等倍以下に制限すれば対向する斜面が溝底面で接触した後は,図1(a)の梁断面図,図3(a)写真のようにエッチングが停留して,溝が梁の厚さを貫通することはない。
【0053】
特に,図3(a)に示すようにSi(110)からなる空洞対角線上に走る梁の斜面は(110)からなる溝斜面が正確に形成される。これと同時に,純粋なTMAH, KOH水溶液では加工できなか
った曲線梁,曲線溝,さらに図3(b)に示すように,梁コーナー部のR(曲面)加工も実現
する。
[実施例2]シリコン基板の空洞内部に懸架した微細流路を備える微細流路デバイスを 製造する方法
シリコン基板の空洞内部に懸架した微細流路を備える微細流路デバイスを製造する方法を図4に基づいて説明する。
【0054】
図4は,本発明の請求項3によって実現する微細流体回路の実施形態を示す。図1(a)に
示した上開きのV溝を梁の表面にもつシリコンチップを2個向かい合わせて貼り合わせ接
合してなる微細流体回路の概観図を図4(a)に,その2方向からの断面図を図4(b)に示している。
【0055】
シリコンチップ40,41は,実施例1と同じ方法で製造される。シリコンチップ40,41は,ともにチップの片方の面からエッチングされた四角い空洞の対角線上を中空に走る梁構造を持ち,その梁の上面には流路となる溝43がエッチングされている。シリコンチップ40,41は,対称形に製作されているので,両チップの面を向かい合わせて貼り合わせれば,内
部に閉じた流路を持つ梁構造が形成される。ここで貼り合わせにより接合されるのは,チップ表面で梁上の流路両脇にある平坦部ならびにチップ周囲の4辺のみである。
【0056】
貼り合わせに先立ち,貼り合わせ面上にあったエッチングマスクとしてのシリコン酸化膜をフッ酸水溶液で完全に除去した後,改めて,RCA洗浄を施して,表面に自然酸化膜を形成し親水処理を施す。この状態のシリコンチップ40,41を清浄雰囲気中で貼り合わせ
,水素結合による弱い接合を行った後,1100℃の炉中に導入し高温で接合を強化する。
【0057】
接合を歩留まり良く行うには,RCA洗浄だけでなく,仮付けにあたる室温での接合の前
に,表面をプラズマ処理して親水化することも水素結合を全面で均一に引き起こすのに好適である。
【0058】
なお,微細流路出入り口48,49,ならびにチップ内空洞にアクセスする外部開口45, 46
は,いずれも,チップ40,41の貼り合わせ接合前に,一方のチップ41に貫通穴をあけてお
くことで達成される。このような穴加工は,裏面からのサンドブラスト法などの機械的手段を適用して容易に達成することができる。
【0059】
図4(b)は接合後の梁と空洞,ならびに流路を示す断面図である。流路が空洞の対角
線上を直線でつなぐ場合は,シリコンチップ40,41は,同じフォトマスクパターンで梁を
付き合わせることができるが,図3(b)のように曲線状に非対称に配置された梁同士の
場合には,貼り合わせるチップの向きを工夫するか,貼り合わせたときに梁のパターンが向かい合うように鏡像関係にある梁パターンを同一のフォトマスク上に作って,鏡像関係にあるチップを同一加工プロセスで作っておくことが便利である。
【0060】
以上のようにして製作した微細流路デバイスは,バイオテクノロジの分野で微量の液体サンプルの操作に適用して特に有用である。その代表的な例として,微量のDNAをPCR法によって増幅して検出するための道具として有効に応用できる。その利用手順を以下に順を追ってのべる。
【0061】
まず,閉じた流路47にDNAサンプルをDNAポリメラーゼとともに混合して導入する。これには,微細流路出入り口48,49を通じて行う。一方,チップ内の空洞に外部に通じる開口45, 46からは、閉じた流路の外側に、熱媒体を環流させる。閉じた流路の外側に、冷却・
加熱流体を交互に導入すれば、閉じた流路内のサンプルの温度を急速に変化させることができる。これによって,微細流路内のDNAサンプルは,微細できわめて熱容量の小さい梁
を通じて,短時間に,冷却・加熱のサイクルを受けることができる。これでPCR法によるDNA増幅のプロセスがきわめて小さい容器の中で迅速に実施できる。
【0062】
上記のDNAサンプル増幅をはじめとして,バイオテクノロジにおいては微量の液体サン
プルの分割,微量な液体同士の混合といったプロセスがしばしば必要になる。本発明の微細流路デバイスにより,そのような操作が可能になる。
たとえば,図3(a)の中央に示すような、交差する2本の直線流路(閉じた流路)を形成したチップを向かい合わせて接合したチップの場合は,第1の液体としてのサンプル液をひ
とつの直線流路に流した上で,第2の液体として,シリコンオイルを交差する直線流路に
流すことにより,第1の液柱を分断することができる。また,第1の液と第2の液がそれぞ
れ,サンプルと試薬であるばあい,交差する流路内の液を交互に振動的に往復動して互いに交差・混合することにより,両液の混合・反応を加速することができる。

この発明は、上記発明の実施の形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は本発明で製作する基板の空洞上に中空に懸架された梁構造,および,中空に突き出した片持ち梁の形状の斜視図,および梁の断面図を示す。
【図2】図2は,本発明の請求項1を実施する製造プロセスの一例を示すプロセス断面図と,加工された製品の斜視図ならびに実物の電子顕微鏡写真である。
【図3】図3は,本発明の請求項2によって加工された単結晶シリコン微細製造体の電子顕微鏡写真である。図3(a)は梁の上面に形成された直線のV溝,交差したV溝,マスクパターンの曲線輪郭に忠実に加工された梁と溝である。図3(b)は,片持ち梁の付け根に曲線輪郭を形成し,さらに梁先端の角のアンダカットエッチングを防いだ例である。
【図4】図4は本発明の請求項3によって実現するマイクロ流体回路の実施形態を示す概観図と断面図である。
【図5】図5は基板裏面からの制御されたエッチングで,中空に張り出した梁を形 成した構造の概観図とその加工プロセスの図である。
【図6】図6はSOI基板を利用して,エッチングで中空に張り出した梁を形成した構造の概観図とその加工プロセスの図である。
【図7】図7は微細加工された空洞を内部に持つ接合されたウェハから,エッチン グで中空に張り出した梁を形成した構造の概観図とその加工プロセスの図である。
【符号の説明】
【0064】
1,梁
2,空洞
3,シリコン基板
4,流路
5,ガラス基板
10,SOI基板
101,単結晶シリコン層
102,埋め込み酸化膜
11,基板A
111,酸化膜
12,基板B
121,酸化膜
20,Si(100)基板A
30,Si(100)基板B
201, 梁エッチマスクパターン
202, 流路エッチマスクパターン
203, 空洞エッチマスクパターン
301, Si窒化膜
302, Si酸化膜
303, LOCOS酸化膜
40, 41, シリコンチップ
42, チップ内の空洞
43, 流路パターン
44, 薄膜流路
45, 46 チップ内の空洞の外部開口
47, 流路空間
48, 49, 流路出入り口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶シリコン基板上に微細構造体を製造する微細構造体の製造方法であって、
少なくとも一方がシリコン窒化膜を有する一対の単結晶シリコン基板を、そのシリコン
窒化膜を介して貼り合わせ接合する接合工程と、
前記一対の単結晶シリコン基板のうちの一方の単結晶シリコン基板について、前記シリ
コン窒化膜とは反対側の面から前記シリコン窒化膜まで、前記微細構造体の形状に応じて選択的にシリコンエッチングをほどこす第1シリコンエッチング工程と、
前記一方の単結晶シリコン基板を熱酸化することにより、前記シリコン窒化膜に被覆さ
れていない表面にのみ選択的にシリコン酸化膜を形成するLOCOS工程と、
前記シリコン窒化膜を選択的にエッチング除去するシリコン窒化膜エッチング工程と、
前記シリコン窒化膜をエッチング除去した部分から、前記一方の単結晶シリコン基板と
は反対側の単結晶シリコン基板を、前記微細構造体が残るようにシリコンエッチングする第2シリコンエッチング工程と、
を備えることを特徴とする微細構造体の製造方法。
【請求項2】
前記第1シリコンエッチング工程では、(a)TMAH(Tetra Methyl Ammonium Hydroxide)水溶液に、Triton X-100, NC-200,NCW-1002及びポリエチレングリコールから成る群から選ばれる1以上の界面活性剤を加えたエッチング液,あるいは、(b)KOH水溶液にイソ
プロピルアルコールを添加したエッチング液を使用してエッチングし、
前記第2シリコンエッチング工程では、TMAH水溶液,KOH水溶液,EDP水溶液,及びHydrazine水溶液から成る群から選ばれるエッチング液であって、前記界面活性剤及び前記イソプロピルアルコールを実質的に含まないエッチング液でエッチングすること
を特徴とする請求項1記載の微細構造体の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の微細構造体の製造方法により、表面に溝が形成された梁を備える
微細構造体を一対製造し、
前記一対の微細構造体を、前記梁における前記溝が形成された面同士が当接するように接合し、前記梁で外側を囲まれ、前記溝から成る微細流路を形成することにより、単結晶シリコン基板の空洞内部に懸架した微細流路を備える微細流路デバイスを製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−131734(P2010−131734A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−312338(P2008−312338)
【出願日】平成20年12月8日(2008.12.8)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】