説明

ボロン含有ダイヤモンド膜被覆工具の成膜方法

【課題】炭素繊維等の高密度繊維材料の線径に関わらず切削加工が容易に行えて、かつこれらを加工するのに十分な耐摩耗性を有するボロン含有ダイヤモンド膜被覆工具の成膜方法を提供することを課題とする。
【解決手段】反応室2外にてボロンを含む液体9を加熱することでボロンを含む気体を生成した後、ボロンを含む気体を反応室2内に導入して、直流放電プラズマ方式によりボロン含有ダイヤモンド膜を工具20表面に被覆する。また、反応室2外におけるボロンを含む液体9の加熱およびボロンを含む気体の反応室2内への導入は、ボロンを含む液体9を液体用マスフローコントローラにより配管内に導入して、ヒータによる配管の外部加熱および配管内の真空雰囲気によって気化して、その状態でボロンを含む気体を反応室2内へ導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に繊維強化プラスチックの切削加工に用いるボロンを含むダイヤモンド膜(ボロン含有ダイヤモンド膜)を被覆する工具の成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃費向上などを目的として自動車部品や航空機部品の軽量化が求められており、炭素繊維やガラス繊維による繊維強化プラスチック(FRP)が鉄系合金やアルミニウム合金の代替材料として注目を集めている。
【0003】
しかし、繊維強化プラスチックを各種部品へ適用するには、リベット止めやねじ止め用の穴加工を施す必要があり、一般的な金属加工用のドリルで切削加工を行うと、炭素繊維やガラス繊維などの繊維材料に起因したバリなどが発生していた。そのようなバリなどを除去するため、従来は工具形状、工具表面に被覆する皮膜やその成膜方法に関して様々な改良を行ってきた。
【0004】
例えば、特許文献1のダイヤモンド膜を被覆した工具は、ボロンを含んだダイヤモンド膜(ボロン含有ダイヤモンド膜)の結晶粒径を2μm以下とすることで、ダイヤモンド膜の耐酸化性や潤滑性を向上させて、工具表面の摩擦係数を小さくする旨が開示されている。
【0005】
また、ダイヤモンド膜の成膜方法に関しては、特許文献2においてメタンと水素の混合ガス等を気体原料として直流放電プラズマ方式によりダイヤモンド膜を成膜する方法が開示されており、特許文献3においてホウ酸トリメチルなどの液体を原料として熱フィラメント法やマイクロ波CVD法によりダイヤモンド膜を成膜する方法が開示されている。ここで、直流放電プラズマ方式とは、例えば雑誌「ニューダイヤモンド、Vol.4、No.4、8頁−13頁(1988)」などに掲載されているように真空排気後に減圧下とした反応室内に原料ガスを導入し、その反応室内に対向して設置された陰極と陽極を通電させることで陰極と陽極との間にプラズマを発生させて、陽極側に設置された工具や部品にダイヤモンド膜を成膜する方式をいう。
【0006】
【特許文献1】特開2006−152423号公報
【特許文献2】特公平6−104599号公報
【特許文献3】特開2009−280421号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1のボロン含有ダイヤモンド膜を被覆した工具は切削加工時に切削油を必要とする被削材が金属材料であることが前提となっており、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)などの非金属材料が被削材の場合には用いることができないという問題があった。
【0008】
また、特許文献2に示すダイヤモンド膜の成膜方法では、直流放電プラズマ方式によりメタンと水素の混合ガス等の気体原料を用いて成膜する場合、CFRPなどの高密度繊維材料を加工するのに十分な耐摩耗性が得られないという問題があった。
【0009】
さらに、特許文献3に示すボロン含有ダイヤモンド膜の成膜方法では、熱フィラメント法やマイクロ波CVD法により成膜する場合、成膜されたダイヤモンド膜の結晶粒径が概ね5μm未満の微結晶となり、例えば線径が結晶粒径以上の炭素繊維からなるCFRPなどの高密度繊維材料の切削加工は困難であるという問題があった。
【0010】
そこで、本発明においては、炭素繊維等の高密度繊維材料の線径に関わらず切削加工が容易に行えて、かつこれらを加工するのに十分な耐摩耗性を有するボロン含有ダイヤモンド膜被覆工具の成膜方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述した課題を解決するために、本発明においては反応室外にてボロンを含む液体を加熱することでボロンを含む気体を生成した後、ボロンを含む気体を反応室内に導入して、直流放電プラズマ方式によりボロン含有ダイヤモンド膜を工具表面に被覆するボロン含有ダイヤモンド膜被覆工具の成膜方法とした。本発明に係る成膜方法により、ボロン含有ダイヤモンド膜の結晶粒径の大部分が5μm以上となる。
【0012】
反応室外におけるボロンを含む液体の加熱および当該加熱により発生するボロンを含む気体の反応炉内への導入については、ボロンを含む液体を液体用マスフローコントローラにより配管内に導入した後、ヒータによる配管の外部加熱および配管内の真空雰囲気によってボロンを含む液体が気化するので、その状態でボロンを含む気体を反応炉内へ導入する。または、ボロンを含む液体中に水素(H)を含むキャリアガスをバブリングしながら、ヒータにより加熱気化したボロンを含む気体を気体用マスフローコントローラにより流量制御しながら反応炉内へ導入することもできる。さらに、ボロンを含む液体を気化する手段(方式)については、市販のインジェクション方式やベーキング方式の気化システム(ベーパーライザー)を用いてもよい。
【0013】
ボロンを含む液体としては、ホウ酸トリメチル(トリメトキシボラン:B(OCH)やホウ酸トリエチル(トリエトキシボラン:(CO)B)などの液体状のホウ化物、またはホウ酸などの固体状のホウ化物をエタノールやメタノールなどのアルコール類、もしくはアセトンやトルエンなどの有機溶剤に希釈させた(または溶解させた)溶液を用いることができる。これらの溶液を用いる理由は、ボロン含有ダイヤモンド膜を構成するボロン(B)や炭素(C)とは異なる酸素(O)などの成分を意図的に原料の一部として混入することで、ボロン含有ダイヤモンド膜の結晶粒径を大きくするためである。
【0014】
本発明に係る成膜方法により得られるボロン含有ダイヤモンド膜の結晶粒径の大部分が5μm以上に成長する理由について、本発明者は以下のように考える。すなわち、ボロンを含む液体を加熱することで生成したボロンを含む気体を反応室内へ導入する場合には、その気体中には液体を構成する酸素(O)、水素(H)、あるいはそれらの原子によって構成される分子が存在する。そのため、反応室内で直流放電プラズマ方式により成膜を行うと、これらの分子などが化学反応を起こしやすい状態、いわゆるイオン化が促進される。そして、イオン化の促進により生成された活性種によってエッチング効果を発現し、ダイヤモンドの核生成が抑制されて、核生成密度が小さくなる。
【0015】
また、成長過程の一次ダイヤモンド粒子上に連続的に起ころうとする二次核生成についても同様の効果により抑制されるうえ、前述した核生成密度が小さいことによって隣接する結晶同士の間隔が広いため、一次結晶の成長を阻害する要因が少ない。そのため、成膜されたダイヤモンド膜の大部分の結晶粒径が5μm以上と大きくなると考えられる。なお、エッチングとは基材表面の一部または全部を必要に応じて除去することである。通常エッチングには腐食液中に基材を浸漬して表面を除去するウェット・エッチングと、反応性イオンガスやプラズマガス中に基材をさらして表面を除去するドライ・エッチングがある。ここでいうエッチングは後者に分類され、前述した酸素や水素がプラズマ中で励起されることによってイオンあるいはラジカルなどの活性種となり、成長過程のダイヤモンド表面の炭素と反応する結果、基材表面の一部または全部を除去することを指す。
【0016】
これに対して、前述の特許文献2に示すような直流放電プラズマ方式によりメタンと水素の混合ガス等の気体原料を用いてダイヤモンド膜を成膜する場合には、混合ガス中に酸素や窒素などの余分なガス成分を意図的に混入させておらず、上述したようなエッチングなどの効果がないことからダイヤモンドの核生成密度も高く、また二次核成長が至る所で自由に起こりうる。そのため、ダイヤモンド粒子の結晶粒径は本発明に係る成膜方法の場合に比べて小さくなる。
【0017】
また、特許文献3に示す熱フィラメント法やマイクロ波CVD法により成膜する場合、「ダイヤモンド技術総覧(ダイヤモンド工業協会編、34頁〜36頁)」に記載されているように成膜速度は直流放電プラズマ方式による成膜速度が1.0〜100μm/hであるのに対して、0.5〜1.0μm/hと比較的遅く、一定の成膜時間における結晶粒の成長が抑制されるので、熱フィラメント法やマイクロ波CVD法により成膜するボロン含有ダイヤモンド膜の結晶粒径は5μm未満になると考えられる。
【発明の効果】
【0018】
以上述べたように、本発明に係る成膜方法によるボロン含有ダイヤモンド膜は、その結晶粒径の大部分が5μm以上となるので、炭素繊維等の繊維材料の線径に関わらず切削加工が容易に行えて、十分な耐摩耗性を有する。
【0019】
また、一定の膜厚を成膜するための時間もメタンと水素の混合ガス等の気体原料を用いて成膜する場合や熱フィラメント法やマイクロ波CVD法により成膜する場合に比べて、短時間で成膜を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る成膜方法に用いる成膜装置の断面図である。
【図2】本発明に係る成膜方法を用いてドリル表面に被覆したボロン含有ダイヤモンド膜の電子顕微鏡写真(倍率3000倍)である。
【図3】本発明外に係る成膜方法を用いてドリル表面に被覆したボロン含有ダイヤモンド膜の電子顕微鏡写真(倍率3000倍)である。
【図4】本発明に係る成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルを用いて、CFRPを被削材とした場合の切削加工後の加工穴の状況であり、(a)は切削加工開始から累計100穴目の加工穴、(b)は切削加工開始から累計200穴目の加工穴、(c)は切削加工開始から累計500穴目の加工穴、(d)は切削加工開始から累計1000穴目の加工穴、の各状況の写真(倍率35倍)である。
【図5】本発明外の成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルを用いて、CFRPを被削材とした場合の切削加工後の加工穴の状況であり、(a)は切削加工開始から累計100穴目の加工穴、(b)は切削加工開始から累計200穴目の加工穴、(c)は切削加工開始から累計500穴目の加工穴、の各状況の写真(倍率35倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施の形態について、本発明に係るボロン含有ダイヤモンド膜をドリルに被覆する場合について図面を参照して説明する。図1は本発明に係る成膜方法に用いる成膜装置の断面図である。
【0022】
本発明に係る成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を工具に対して被覆する際に用いる成膜装置1は、図1に示すように減圧雰囲気下で成膜を行う反応室2、プラズマが発生する陰極8へ電源を供給する直流電源3、ボロンを含む液体9が入った容器10を抵抗加熱ヒータにより加熱することでその液体を気化する液体原料気化システム4、気化した原料ガスを反応室2内へ供給する原料ガス供給装置5、反応室2内を減圧するために用いる真空ポンプ6、生成したプラズマを収束させてイオン化を促進させるための電磁コイル7から構成される。反応室2の内部には成膜を行う工具(先端角が90°のドリル)20を固定する治具11を有したテーブル12が設置されており、テーブル12が本装置内で陽極の役割を果たす。
【0023】
成膜手順としては、真空ポンプ6により反応室2内部を10Torr〜200Torrの範囲まで減圧下にした後、液体原料気化システム4内のボロンを含む液体9を原料ガス供給装置5に通過させることで気体にしてから反応室2内部へ導入する。その後、直流電源3により成膜する工具20に対して、直流電力およびワークバイアスを印加することで直流放電が生じる。同時に、工具(ドリル)20に印加する電力を制御することにより、工具20表面を750℃〜900℃に保つことでボロン含有ダイヤモンド膜を被覆する。
【0024】
本発明に係る成膜方法により成膜するダイヤモンド膜の原料としてエタノールを気化したもの(ガス流量1%)、およびボロン含有ダイヤモンド膜のボロン源としてホウ酸トリメチル(B(OCH)をエタノールの質量に対して10000ppm混合したものをそれぞれ用いた。エタノールおよびホウ酸トリメチル(B(OCH)は共に液体であるため、液体原料気化システム4にて加熱することで気化した後、同時に導入するキャリアガス(水素ガス)の流量99%に対して、それらの気体(エタノールおよびホウ酸トリメチル)を1%の割合で反応室2内へ導入する。
【実施例1】
【0025】
ボロン含有ダイヤモンド膜の結晶粒径の違いによる被削材(炭素繊維強化プラスチック)のバリや層剥離(デラミネーション)等の有無を確認するために、本発明に係る成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルおよび本発明外の成膜方法、すなわちホウ酸トリメチル(B(OCH)ガスを原料ガスとして直流放電プラズマ方式により成膜したボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルの2種類のドリルを用いて切削試験を行った。本発明および本発明外に係る成膜方法によるボロン含有ダイヤモンド膜の電子顕微鏡写真を図2および図3に、各成膜方法により被覆したドリルの切削試験の結果を図4および図5に示す。
【0026】
図2は、本発明に係る成膜方法を用いてドリル表面に被覆したボロン含有ダイヤモンド膜の電子顕微鏡写真(倍率3000倍)、図3は本発明外に係る成膜方法を用いてドリル表面に被覆したボロン含有ダイヤモンド膜の電子顕微鏡写真(倍率3000倍)である。
【0027】
図2に示すように本発明に係る成膜方法を用いてドリル表面に被覆したボロン含有ダイヤモンド膜は、大部分の結晶粒径が5μm以上であった。これに対して、図3に示すように本発明外に係る成膜方法を用いてドリル表面に被覆したボロン含有ダイヤモンド膜は、ほぼ全ての結晶粒径が5μm未満であった。以上より、反応室外にてボロンを含む液体を加熱することでボロンを含む気体を生成した後、ボロンを含む気体を反応室内に導入して、直流放電プラズマ方式により成膜したボロン含有ダイヤモンド膜は、その結晶粒径が5μm以上になった。
【0028】
本試験に用いたドリルの仕様は、本発明に係るドリルおよび本発明外のドリル共にドリル径6.0mm、ドリル長さ66.3mm、溝長さ29.5mm、シャンク径6.0mm、ねじれ角30°、溝幅比1.13、心厚をドリル径の28%、先端角90°、切れ刃の逃げ角11°とした。
【0029】
また、本試験は被削材として炭素繊維強化プラスチック(CFRP:厚さ13.8mm、繊維線径7μm)を用いて、以下の加工条件で切削加工を行った。
・切削速度:50m/min
・ドリルの送り量:0.05mm/rev
・ドリルの送り速度:132.6mm/min
・切削油:不使用
・ドリル加工機:不二越社製横型マシニングセンタ(型番:LH−544)
【0030】
図4は、本発明に係る成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルを用いて、CFRPを被削材とした場合の切削加工後の加工穴の状況であり、同図(a)は切削加工開始から累計100穴目の加工穴、同図(b)は切削加工開始から累計200穴目の加工穴、同図(c)は切削加工開始から累計500穴目の加工穴、同図(d)は切削加工開始から累計1000穴目の加工穴、の各状況の写真(倍率35倍)である。
【0031】
また、図5は、本発明外の成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルを用いて、CFRPを被削材とした場合の切削加工後の加工穴の状況であり、同図(a)は切削加工開始から累計100穴目の加工穴、同図(b)は切削加工開始から累計200穴目の加工穴、同図(c)は切削加工開始から累計500穴目の加工穴、の各状況の写真(倍率35倍)である。
【0032】
本発明に係るボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルを用いた場合には、図4(a)ないし(d)に示すように、加工開始から累計1000穴目まで加工してもCFRPを形成する炭素繊維材料のバリやデラミネーションは確認されなかった。
【0033】
一方、本発明外の成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルの場合には、図5(a)に示すように加工開始から累計100穴目まではデラミネーションは軽微に発生していることが認められた。同図(b)および(c)に示すように累計200穴目から少しずつ炭素繊維材料のバリが目立ちはじめて、累計500穴目には、炭素繊維材料のバリがその加工穴部分の大半を占めるに至ったので、累計500穴目で本試験を中止した。
【0034】
以上の結果より、本発明に係る成膜方法によりボロン含有ダイヤモンド膜を被覆したドリルは、そのダイヤモンド膜の結晶粒径が5μm以上となるので、線径が5μm以上の炭素繊維からなるCFRPなどの高密度繊維材料であっても切削加工が容易に行えて、十分な耐摩耗性を有して、バリやデラミネーションの発生を抑制できる。
【符号の説明】
【0035】
2 反応室
9 ボロンを含む液体
20 工具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応室外にてボロンを含む液体を加熱させることでボロンを含む気体を生成させた後、前記ボロンを含む気体を反応室内に導入させて、直流放電プラズマ方式によりボロン含有ダイヤモンド膜を工具表面に被覆させることを特徴とするボロン含有ダイヤモンド膜被覆工具の成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−72457(P2012−72457A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−218597(P2010−218597)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(000005197)株式会社不二越 (625)
【Fターム(参考)】