説明

レシプロ式内燃機関

【課題】 着火時期の適正化による熱効率の向上を図る。
【解決手段】 ピストン5の上下動により容積が変化する主燃焼室2と、連通孔18を通じて主燃焼室2と連通する副燃焼室15と、を有する。ピストン5の上昇により連通孔18を通して副燃焼室15内に導入された混合気を着火燃焼させ、この燃焼火炎を主燃焼室2内の混合気へ伝播して燃焼させる。更に、機関圧縮比を可変とする可変圧縮比機構20を備える。そして、混合気の着火時期に影響を及ぼす着火時期変動因子である当量比に応じて機関圧縮比を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、副燃焼室を備えたピストン往復動型のレシプロ式内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、副燃焼室を備えた直接噴射式の火花点火内燃機関が開示されている。これは、シリンダヘッド側に窪んだ副燃焼室が形成されているとともに、この副燃焼室内に、燃料を噴射する燃料噴射弁またはそれに相当する補助燃料ガス供給口が点火プラグとともに設けられており、副燃焼室内にて混合気を成層化し、この混合気に点火プラグで点火することで、主燃焼室へ火炎伝播させ、全体として希薄な混合気の燃焼を可能にして、燃料消費量の低減を図っている。
【0003】
特許文献2には、副燃焼室内に触媒を塗布したプラグを設け、触媒の活性作用により着火を行うことで副燃焼室内から主燃焼室へとトーチ状の火炎を噴出させて、主燃焼室の混合気を燃焼させる手法が記載されている。このように触媒を利用して着火を行うことにより、混合気の更なる希薄化を図ることが可能となる。
【特許文献1】特開平6−17710号公報
【特許文献2】特開平7−224749号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1のように燃料を副燃焼室に直接に導入するものでは、比較的大きな副燃焼室を設ける必要があり、その結果、冷却損失が大きくなり、内燃機関の熱効率としては高くならないという問題点がある。また、一般に、内燃機関の負荷が高い条件では、均質に混合気を形成する必要があるが、上記特許文献1のように副燃焼室の容積が比較的大きいものでは、基本的に混合が良くなく、全開時の出力性能が悪化するという問題点がある。
【0005】
上記特許文献2のように、触媒を利用して着火を行うものでは、圧縮行程でピストンの上昇とともに連通孔を通して主燃焼室から副燃焼室内へ未燃の混合気が導入され、この未燃混合気が副燃焼室内に残存する前回燃焼時の既燃ガスを押し上げつつ着火源となる触媒部分へ到達することによって、燃焼が開始される。したがって、未燃混合気が燃焼・伝播を開始する時期に相当する着火時期は、未燃混合気の着火部分への到達時期、言い換えると未燃混合気が副燃焼室に導入されてから着火部分へ到達するまでの到達期間に大きく依存する。但し、未燃混合気の当量比が異なる場合、未燃混合気が着火部分へ到達してから実際に燃焼が開始されるまでの着火遅れ期間も異なるものとなる。従って、着火時期は着火遅れ期間及びその変動因子である当量比によっても変動する。この着火時期(及び着火後の燃焼期間)は、周知のように、熱効率等の機関性能を向上する上では重要な因子であり、ピストンの往復動(クランク角)に対して適切に設定することが望ましい。
【0006】
なお、特許文献1のように点火プラグによる火花点火により着火・燃焼を行うものであっても、仮に燃焼が不可能な状況で火花点火を行っても着火・燃焼には至らないので、やはり着火時期、つまり点火可能な時期を適正化することは重要である。
【0007】
上記の特許文献2では、ヒータを利用して点火時期を制御する技術、つまり点火を早めるためには触媒ヒータ部品への電力を増し、点火を遅らせるためには電力を減少させる技術が示されている。しかしながら、この場合、ヒータ及びこのヒータの電力を制御する必要があり、部品点数の増加や消費電力の増加を招いてしまう。また、可燃混合気が触媒部分に到達していなければ仮にヒータの電力を増やしても着火には至らないことから、電力を増減しても着火時期を十分に幅広く変化させることはできず、更なる改良が望まれていた。本発明は、このような課題に鑑みてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ピストンの上下動により容積が変化する主燃焼室と、連通孔を通じて上記主燃焼室と連通し、上記主燃焼室よりも容積の小さい副燃焼室と、を有し、上記ピストンの上昇により上記連通孔を通して上記副燃焼室内に導入された混合気を上記副燃焼室内で着火燃焼させ、この燃焼火炎を上記連通孔を通して上記主燃焼室内の混合気へ伝播することにより上記主燃焼室内で燃焼を行わせるレシプロ式内燃機関において、機関圧縮比を可変とする可変圧縮比手段を備え、上記混合気の着火時期に影響を及ぼす着火時期変動因子に応じて、上記機関圧縮比を制御する。
【発明の効果】
【0009】
このようにピストンの上昇に伴って副燃焼室内に導入された混合気を着火・燃焼させる方式のレシプロ式内燃機関においては、筒内圧力、つまり機関圧縮比が混合気の着火時期、特に混合気が着火源に到達するまでの到達期間に大きな影響を及ぼす。従って、混合気の着火時期に影響を及ぼす着火時期変動因子に応じて、同じく着火時期に大きな影響を及ぼす機関圧縮比を制御することによって、機関運転状態に応じて上記の変動因子が変動しても着火時期を適切に保つことが可能となり、熱効率を著しく向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、この発明の好ましい実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1は、本発明を適用した内燃機関1の第1実施例を示す。内燃機関1の主燃焼室2は、シリンダヘッド3の下面と、シリンダブロック4に形成されたシリンダボアのボア壁面と、シリンダボア内を往復動するピストン5の冠面、とで画成されており、ピストン5の上下動に応じてその容積が変化する。主燃焼室2を画成するシリンダヘッド3下面には、ペントルーフ形状の凹部が形成されており、その吸気側傾斜面に2つの吸気ポート6が開口し、排気側傾斜面に2つの排気ポート7が開口している。吸気ポート6の開口部には、この吸気ポート6を開閉する吸気弁8が配設され、排気ポート7の開口部には、この排気ポート7を開閉する排気弁9が配設されている。吸気弁8は吸気カムシャフト10に設けられた吸気カム10Aにより駆動され、排気弁9は排気カムシャフト11に設けられた排気カム11Aにより駆動される。
【0011】
上記シリンダヘッド3には、吸気ポート6へ向けて燃料を噴射する燃料噴射弁12が取り付けられるとともに、着火装置13が取り付けられている。この着火装置13は、主燃焼室2よりも容積の小さい副燃焼室15を形成する略円筒状の本体16と、この本体16の基端部に取り付けられて、副燃焼室15内に延びる棒状の支持部17と、を有している。副燃焼室15内に位置する支持部17の先端には、燃料の酸化反応を助ける着火用の触媒が塗布された触媒部17Aが設けられている。
【0012】
上記の本体16は、略円筒形状をなす部材であって、主燃焼室2の略中央、すなわち2つの吸気弁8と2つの排気弁9とで囲まれた領域に位置し、シリンダボアの中心軸線C上に沿って配置されている。この本体16の底部つまり主燃焼室2側の先端部が、シリンダヘッド3下面から僅かに主燃焼室2内へ突出している。この本体16の先端部に、主燃焼室2と副燃焼室15とを連通する複数の連通孔18が形成されている。各連通孔18は、中央側が機関上方で外周側が機関下方側(ピストン側)となるように傾斜した姿勢で放射状に延びている。つまり、複数の連通孔18が機関下方へ向けて末広がりとなる円錐領域に配置されている。
【0013】
吸気行程では、燃料噴射弁12から吸気ポート6へ噴射された燃料が新気とともに主燃焼室2へ導入される。続く圧縮行程では、主燃焼室2に形成されたほぼ均質な未燃・可燃の混合気が、ピストン5の上昇、つまり筒内圧の上昇に伴って、副燃焼室15に残存する前回燃焼時の既燃ガスを押し上げるようにして、連通孔18を通して徐々に副燃焼室15へ満たされていく。そして、この混合気が触媒部17Aに接触したときに、その接触面から着火・燃焼が始まることとなる。この燃焼による火炎が連通孔18を通して主燃焼室2へトーチ状に伝播することによって、主燃焼室2の燃焼が行われる。
【0014】
また、この内燃機関1は、機関圧縮比を可変とする可変圧縮比手段としての可変圧縮比機構20と、エンジンコントロールユニット19と、を備えている。このエンジンコントロールユニット19からの信号に基づいて、可変圧縮比機構20による機関圧縮比および燃料噴射弁12による燃料噴射量及び噴射時期の他、吸気通路を開閉するスロットル弁30の開度や、EGR(排気還流)装置31によるEGR量(EGR率)等の制御が行われる。
【0015】
上記の可変圧縮比機構20は、例えば特開2002−115571公報等に開示されているように既に公知であり、ここでは簡単な説明にとどめる。図6を参照して、可変圧縮比機構20は、クランクシャフト21のクランクピン22に回転可能に取り付けられたロアリンク23と、このロアリンク23の一端と上記のピストン5とを繋ぐアッパリンク24と、を有している。アッパリンク24の一端とピストン5とはピストンピン5Aにより相対回転可能に連結されており、アッパリンク24の下端とロアリンク23とは第1連結ピン23Aにより相対回転可能に連結されている。また、制御軸25に偏心して設けられた制御偏心軸部26とロアリンク23の他端とが制御リンク27により繋がれている。制御リンク27の上端とロアリンク23とは第2連結ピン23Bにより相対回転可能に連結されており、制御リンク27の下端は制御偏心軸部26の円形の外周面に相対回転可能に取り付けられている。制御軸25の回転位置を変更・保持する電動式や油圧式のアクチュエータ28の動作は、上記のエンジンコントロールユニット19からの信号により制御される。そして、制御軸25の回転位置を変更することにより、ロアリンク23の運動拘束条件が変化し、ピストン5のストローク特性及び機関圧縮比を連続的に変化させることができる。この圧縮比制御は機関運転条件に基づいて行われ、典型的には、機関負荷が高いほどノッキングを回避するように低圧縮比側へ制御される。
【0016】
この可変圧縮比機構20によれば、機関運転条件に応じて機関圧縮比を連続的・無段階に変更できることに加え、ピストンストローク特性そのものを好ましい特性、例えば単振動に近い特性へ近づけることができる。また、機関圧縮比とは別にピストンストローク量、すなわち排気量をも機関運転条件に応じて適宜に変更することが可能で、例えば低負荷側では低圧縮比でありながら排気量を小さくしてスロットル損失を抑制し、高負荷側では高圧縮比でありながら排気量を大きくして機関出力の向上を図ることも可能である。更に、制御リンク27をロアリンク23に接続している関係で、制御軸25及びそのアクチュエータ28等の駆動系を比較的スペースに余裕のあるクランクシャフト21の斜め下方に配置することができ、機関搭載性にも優れている。
【0017】
図2は機関負荷(要求負荷・目標負荷)を横軸とするタイムチャートである。この図2を参照して本実施例に係る当量比および圧縮比等の制御処理について説明する。なお、「当量比」は周知のように空気過剰率の逆数であり、理論空燃比での値が1となる。
【0018】
(1)機関負荷が低くなるにしたがって、当量比が小さくなるように制御する。この制御は、当量比が1よりも小さい(理論空燃比より混合気が薄い)範囲内で行われ、かつ、機関負荷が所定の低負荷T1以上で所定の高負荷T2以下である所定の中負荷域ΔTmでのみ行われる。なお、上記の当量比は筒内全体の平均値に相当するが、本実施例では吸気ポート6中に燃料を噴射するため、圧縮行程後半においては主燃焼室2内の混合気分布が十分に均質化されており、連通孔18を通して副燃焼室15へ導入される当量比も、上記当量比の平均値と略同等と考えられる。
【0019】
(2)上記の中負荷域ΔTmでは、機関負荷の低下に伴って当量比を小さくするとともに、圧縮比を高めるように制御する。当量比が小さくなることによって着火遅れ期間が伸張することに対応して、可燃混合気が副燃焼室15へ導入されてから着火源である触媒部17Aへ到達する到達期間を縮めるように圧縮比を高めることにより、着火時期を適切なものとしている。
【0020】
つまり、この中負荷域ΔTmでは、スロットル損失を抑制するために、機関負荷の増減にかかわらずスロットル弁30の開度を全開(又は全開付近の大開度)THmaxに保持している。従って、機関負荷の低下に応じて燃料噴射量を少なくすると、当量比が小さくなって着火遅れ期間が増大するものの、圧縮比を高めて到達期間を短縮することにより、期間負荷の低下に応じて着火時期が遅角化することを回避している。このような制御によって、図2に示すように、所定の中負荷域ΔTmでは、機関負荷が低いほど着火時期が進角している。
【0021】
(3)機関負荷が所定の低負荷T1よりも小さい、アイドルを含む低負荷域ΔTlでは、スロットル弁30の開度を例えば全開付近の高い開度に保持したままでは、当量比が過度に小さくなって混合気が可燃限界つまりリーン限界を超えて薄くなるおそれがある。そこで、この低負荷域ΔTlでは、当量比をリーン限界に対応した一定値である極小値φminに保持するように、機関負荷が低くなるほど、スロットル開度を小さくして吸入空気量を減らすとともに、燃料噴射量を減少させている。このように低負荷域ΔTlでは、当量比が一定値である極小値φminに保持されており、従って着火時期がほぼ一定となるため、機関圧縮比を一定値である所定の高圧縮比εmaxに保持するように制御する。
【0022】
(4)当量比が比較的大きい領域ΔD(0.8〜1.0付近)では、多量のNOxが排出されるおそれがある。但し、当量比が1となる理論混合比の付近では、周知のように、排気系に配設された三元触媒により排気を高効率で良好に浄化することができる。そこで、機関負荷が所定値ΔT1を超える高負荷域ΔThでは、当量比を理論混合比に相当する所定の極大値φmaxである「1」に保持するように、機関負荷が所定の高負荷T2となるとスロットルを大きく絞り、かつ、機関負荷の増加に応じてスロットル開度を大きくするとともに燃料噴射量を増加していく。また、前述した低負荷域ΔTlと同様、当量比が一定値φmaxに保持されているので、着火遅れ期間がほぼ一定となる。従って、着火時期をほぼ一定とするように、つまり着火時期が遅れることのないように、この高負荷域ΔThでは、機関負荷にかかわらず機関圧縮比を一定の極小値εminに保持している。
【0023】
(5)本実施例のように、排気ガスを吸気系へ還流するEGR量を調整可能なEGR(排気還流)装置31を備える場合、中負荷域ΔTmでは、機関負荷の上昇に伴って当量比を大きくしていくことに起因してNOx排出量が増大することを更に抑制するために、機関負荷の増加に伴ってEGR量を増加する。また、高負荷域ΔThのように、当量比を極大値φmaxに固定して平均空燃比を理論空燃比に保つ状況では、基本的にはEGR量を大きくして、吸気負圧の増大によるスロットル損失を極力抑えるように制御する。
【0024】
(6)中負荷域ΔTmでは、機関負荷が低くなるほど着火時期が進角するように設定されている。この理由は、機関負荷の低下に応じて当量比が小さくなると、着火遅れ期間が増大するとともに、火炎伝播速度が小さくなる。従って、上述したように着火遅れ期間の増加を相殺するように圧縮比を高くして到達期間を縮小しても、機関負荷の低下に応じて適切な着火時期は進角していくと考えられる。そこで、機関負荷の低下に応じて着火時期が適切に進角していくように圧縮比及び当量比が制御されている。
【0025】
図3は、本実施例に係る圧縮比,スロットル開度及び燃料噴射量の設定処理の流れを示すフローチャートである。本ルーチンは上記のエンジンコントロールユニット19により実行される。まず、ステップ(図では「S」と記す)1で、アクセル開度センサ32により検出されるアクセル開度がエンジンコントロールユニット19に読み込まれる。ステップ2で、ステップ1で読み込まれたアクセル開度から目標機関負荷を設定する。ステップ3では、目標負荷に対応する圧縮比を算出する。ステップ4では、この圧縮比に対応した指令信号を設定し、これをアクチュエータ28へ出力する。このアクチュエータ28により可変圧縮比機構20が所定の圧縮比へ向けて駆動制御される。ステップ5では、当量比を算出する。ステップ6では、上記の当量比に応じてスロットル開度および燃料噴射量を算出する。ステップ7では、算出されたスロットル開度及び燃料噴射量に応じた指令信号を設定・出力する。これらの指令信号によりスロットル開度及び燃料噴射量の調整・制御が行われる。
【0026】
アクチュエータの仕様によるが、スロットル開度・燃料噴射量及び圧縮比のうち、圧縮比の変更に要する時間が長い(応答性が低い)ので、このルーチンではステップ7においてスロットル開度や燃料噴射量の調整を行う前に、ステップ5において圧縮比の調整を行うようにしている。しかしながら、必ずしもこの順番に限定されるものではなく、例えば応答性に優れた圧縮比アクチュエータを用いる場合等には、スロットル開度や燃料噴射量の調整後に圧縮比を変更するようにしても良い。
【0027】
次に、図4を参照して、本発明の第2実施例について説明する。この第2実施例は、基本的には第1実施例と同様であるが、副燃焼室15内に設けられる着火源として、第1実施例における触媒部を有する支持部に代えて、周知の点火プラグ17Bが用いられている点で第1実施例と異なっている。点火プラグ17Bによる点火時期はエンジンコントロールユニット19により制御される。例えば図2の着火時期を点火時期として設定・制御すれば良い。なお、この第2実施例では火花点火燃焼用の一般的な点火プラグ17Bを用いているが、これに代えて、着火源としてレーザやプラズマを用いてもよい。
【0028】
図5のタイムチャートを参照して、本発明の第3実施例に係る制御処理を説明する。この第3実施例は、図2に示す第1実施例の場合と基本的には同じである。すなわち、機関負荷が所定の低負荷T1より低い低負荷域ΔTlでは、第1実施例と同様、機関負荷の低下に応じて燃料噴射量を減らしつつ、当量比をリーン限界に対応する極小値φminに保持するように、スロットル開度を小さくして吸入空気量を減らしていく。但し、第1実施例とは異なり、低負荷域ΔTlや高負荷域ΔThでは、機関圧縮比を一定値に固定せず、機関負荷の低下に伴って圧縮比を高くしていく。但し、これらの低負荷域ΔTlや高負荷域Δhでは、機関負荷に応じて当量比を変化させる中負荷域ΔTmに比して、機関負荷の変化に対する圧縮比の変化が小さくなるように制御する。
【0029】
低負荷域ΔTlのように、当量比を可燃空燃比付近の極小値φminに固定し、機関負荷に応じてスロットル開度を調整する場合、スロットル開度を小さくするほど吸気負圧が大きくなってスロットル損失が増大してしまう。そこで、吸気負圧を増大させないようにスロットル開度の低下を低減・抑制しようとすると、その新気減少分に応じたEGR量(EGR率)を確保する必要がある。吸気負圧を高くした場合、筒内に残留した残留ガスおよび一旦排気ポートに排出されたEGRガスが吸気ポートに吹き戻り、結果的にEGR率が高くなることが考えられる。このときのEGR率は機関のバルブタイミングの設定によって異なる。排気弁と吸気弁の両者が開いているいわゆるバルブオーバーラップが大きい場合、内部EGR量も多くなる。EGR量が多い場合、仮に当量比が同等であっても火炎伝播速度が大きくなるため、最適な着火時期を得るためには、EGR増大分だけ着火時期を進角する必要がある。そこで、図5に示す第3実施例では、当量比を一定値φmin(φmax)とする負荷範囲においても、EGR量を考慮して圧縮比を調整することにより着火時期を最適に保つようにしている。つまり、機関負荷の低下に応じてスロットル開度を小さくすることにより当量比を一定に保持する運転域ΔTl,ΔThでは、機関負荷の低下に応じて着火時期が進角するように、機関負荷の低下に応じて機関圧縮比をわずかに増加させている。
【0030】
以上のように本発明を具体的な図示実施例に基づいて説明してきたが、本発明は、これらの図示実施例の構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、種々の変形・変更を含むものである。例えば、上記実施例では副燃焼室内の着火源にて着火を行う際の着火時期及び着火遅れ期間への影響因子として当量比を用いて説明してきたが、影響因子として例えば機関回転数を用いても良い。機関回転数が変化した場合、着火遅れ期間の実際の時間が同等であっても、クランク角度範囲では着火遅れ期間が長くなる。従って、着火時期をより適正化するためには機関回転数に応じて圧縮比の設定を変更・制御することが望ましい。
【0031】
また、上記実施例では可変圧縮比機構20を用いて、ピストン5の上死点位置と下死点位置でのシリンダ容積比である公称圧縮比(見かけの圧縮比)を変更しているが、これに限らず、例えば周知のVTC(バルブ・タイミング・コントロール)機構等を用いて、吸気弁又は排気弁の開閉時期を変えることによって、実際の筒内ガスの圧縮開始時期を変えて、実質的な圧縮比つまり有効圧縮比(実圧縮比)を調整しても良い。すなわち、本発明の「機関圧縮比」は、上記実施例のようにピストン5の上死点位置と下死点位置での容積比である公称圧縮比に限られるものではなく、広義には、吸・排バルブタイミングを考慮した有効圧縮比(実圧縮比)を含むものである。
【0032】
以上の説明より把握し得る特徴的な技術思想について、その作用効果とともに列記する。但し、本発明は参照符号により特定される図示実施例の構成に限定されるものではない。
【0033】
(1)ピストン5の上下動により容積が変化する主燃焼室2と、連通孔18を通じて上記主燃焼室2と連通し、上記主燃焼室2よりも容積の小さい副燃焼室15と、を有し、上記ピストン5の上昇により上記連通孔18を通して上記副燃焼室15内に導入された混合気を上記副燃焼室15内で着火燃焼させ、この燃焼火炎を上記連通孔18を通して上記主燃焼室2内の混合気へ伝播することにより上記主燃焼室2内で燃焼を行わせるレシプロ式内燃機関において、機関圧縮比を可変とする可変圧縮比手段を備え、上記混合気の着火時期に影響を及ぼす着火時期変動因子に応じて、上記機関圧縮比を制御する。
【0034】
機関圧縮比が異なると、筒内圧力が異なるものとなる。従って、圧縮行程でのピストン5の上昇に伴って主燃焼室2から副燃焼室15へ可燃混合気が導入されてから、この混合気が副燃焼室15内に残存する前回燃焼時の既燃ガスを押し上げて触媒部17Aや点火プラグ17B等の着火源に到達するまでの到達期間は、筒内圧力すなわち機関圧縮比が高いほど短縮される。一方、混合気濃度つまり当量比が異なる場合、着火源に混合気が到達してから火炎伝播が開始されるまでの着火遅れ期間が異なるものとなり、具体的には、混合気が薄い(当量比が小さい)ほど着火遅れ期間は長くなる。そこで、当量比のように混合気の着火時期に影響を及ぼす因子に応じて、同じく着火時期に大きな影響を及ぼす機関圧縮比を制御することによって、着火時期を適切に保つことが可能となり、熱効率を著しく向上することができる。
【0035】
(2)上記着火時期変動因子は、好ましくは当量比である。つまり、混合気の着火遅れ期間に対応する当量比に応じて、混合気の到達期間に対応する機関圧縮比を制御することにより、着火遅れ機関の増減分を到達期間の増減分により吸収・相殺して、着火時期を適正化することができる。
【0036】
(3)当量比が小さくなると、一般的には着火時期が遅角していき、熱効率が低下していく。このような熱効率の低下を回避するように、好ましくは、当量比の減少に伴って着火時期が遅角することのないように、上記当量比が小さくなるほど機関圧縮比を高くする。
【0037】
(4)少なくとも一部の機関負荷域では、機関負荷の低下に応じて当量比を小さくするとともに機関圧縮比を高くする。
【0038】
機関負荷の低下に応じて当量比を小さくすることにより、機関負荷の低下に応じたスロットル開度の低下を抑制・解消することができ、スロットル損失を低減・回避して燃費を向上することができる。また、当量比の減少に伴って機関圧縮比を高くしているので、当量比の減少に伴う着火遅れ期間の増加分を、機関圧縮比の増加による到達期間の縮小分により吸収・相殺することができ、着火時期を最適に保つことができる。また、機関負荷の低下に応じて機関圧縮比を高くすることにより、ノッキングを生じることなく熱効率を向上することができる。
【0039】
(5)好ましくは、少なくとも一部の機関負荷域(例えば、上記実施例での中負荷域ΔTm)では、機関負荷が低くなるほど着火時期が進角するように、機関負荷が低くなるほど機関圧縮比を高くする。
【0040】
特に機関負荷の低下に応じて当量比を小さくする場合には、機関負荷が低くなるほど着火遅れ期間が伸張して着火時期が遅角しようとするが、機関負荷が低くなるほど機関圧縮比を高くすることによって、機関負荷の低下に応じて着火時期を逆に進角させて熱効率を向上することができる。
【0041】
(6)機関負荷が所定の高負荷を超える高負荷域ΔThでは、当量比を理論混合比に対応する一定値φmaxに固定するとともに、機関圧縮比を所定値εminに固定する。
【0042】
このように、高負荷域ΔThでは、当量比が多量のNOxを発生する領域ΔDとなることのないように、当量比を理論混合比に対応する一定値φmaxに固定している。このように当量比を固定している状況では、機関圧縮比を一定値に固定することにより、着火時期が不用意に変動することなく最適値の近傍に維持されるため、熱効率向上を図れることに加え、圧縮比を変更するためのエネルギー損失がなく制御も簡素である。更に、機関負荷が高い高負荷域で、仮に圧縮比を可変制御する場合には、圧縮比の応答遅れ等に起因して一時的・過渡的に圧縮比が不用意に高くなるとノッキングを生じるおそれがあるものの、上述したように高負荷域では圧縮比を固定化することにより、このようなノッキングを生じるおそれがなく、安定性・信頼性にも優れている。
【0043】
(7)機関負荷が所定の低負荷より低い低負荷域ΔTlでは、当量比を可燃限界に対応する一定値φminに固定するとともに、機関圧縮比を所定値εmaxに固定する。
【0044】
このように低負荷域ΔTlでは、当量比を可燃限界に対応する一定値φminに固定しているので、当量比が希薄限界(リーン限界)を超えて過度に小さくなって燃焼が不安定となることがなく、かつ、希薄限界近傍の当量比での運転により燃費の大幅な向上が可能となる。また、このように当量比を固定している状況では、機関圧縮比を一定値に固定することにより、着火時期が不用意に変動することなく最適値の近傍に維持されるため、熱効率向上を図れることに加え、圧縮比変更のためのエネルギー損失がなく制御も簡素である。
【0045】
(8)図5に示す第3実施例のように、基本的には機関負荷が低くなるほど機関圧縮比を高くする一方で、所定の中負荷域ΔTmでは、機関負荷が低くなるほど、当量比を小さくするとともに、この中負荷域から外れた負荷域ΔTl,ΔThに比して、機関負荷の変化に対する圧縮比の変化の度合いを大きくする。
【0046】
上記中負荷域ΔTmのように、機関負荷に応じて当量比を変化させ、スロットル開度を出来るだけ一定(好ましくは全開)に保つことにより、スロットル損失の低減と比熱比増大作用により燃費の向上を図ることができる。但し、全ての機関負荷域でスロットルを一定に保つことは困難であり、実際には当量比がリーン限界から可燃空燃比までに対応する範囲ΔTmに限られる。つまり、低負荷域ΔTlや高負荷域ΔThでは、当量比をリーン限界や可燃空燃比に対応する値の近傍に維持するようにスロットル開度つまり吸入空気量を調整することが必要となる。
【0047】
着火遅れ期間は主として混合気濃度つまり当量比に依存するため、機関負荷が変わっても当量比が大きく変化しない場合、つまり吸入空気量を変えることで当量比をほぼ一定に保持する低負荷域や高負荷域では、機関負荷に応じて当量比を調整する中負荷域に比して、着火時期を調整するための圧縮比の制御量・変化量は小さくて済むことになる。従って、上記のごとく中負荷域では低負荷域や高負荷域に比して機関負荷の変化に対する圧縮比の変化の度合いを大きくすることにより、機関負荷と当量比に応じて最適な着火時期に調整可能となる。
【0048】
(9)上記副燃焼室15内に、触媒の活性作用により混合気を着火させる触媒部17Aが設けられる。このような触媒を利用して着火を行うことにより、希薄限界空燃比を大幅に希薄化可能となり、大きな燃費向上効果が得られる。また、着火用の点火プラグ等を用いる場合のように、火花点火時期や期間を制御するための電気的な回路や制御が不要であり、構成が著しく簡素化される。
【0049】
(10)上記副燃焼室15内に、火花点火により混合気を着火する点火プラグ17Bが設けられている。このように点火プラグ17Bを用いることにより、機関負荷が急激に変化するような過渡条件において、圧縮比変更が機関負荷つまりは当量比の変化に良好に追従できないような場合でも、放電時期つまり点火時期及び点火期間によって着火時期を実質的に幅広く調整可能であるため、この面では着火時期の適正化を図りやすい。
【0050】
(11)望ましくは、吸気ポート6へ燃料を噴射する燃料噴射弁12を備え、上記主燃焼室2内の混合気分布を、平均の空燃比と局所的な空燃比とが概ね等しいような均質混合気分布とする。
【0051】
成層混合気分布の場合、筒内の平均的な空燃比は希薄でも局所的に理論混合気付近の濃い混合気が存在するためにNOx排出量が多くなる傾向にある。均質混合気分布の場合、上記成層混合気分布のように局所的な空燃比のばらつきによる排気エミッションの悪化は見られないものの、図2及び図5に示すように、当量比が1未満の中で高い値(例えば、0.8〜1.0程度)の範囲ΔDでは、大量にNOxが生成される傾向にある。そこで、好ましくは上記の実施例のように、低負荷域ΔTl及び中負荷域ΔTmでは空燃比を希薄化することで大幅にNOx排出量を低減し、かつ、高負荷域ΔThでは当量比を所定値φmaxである「1」に固定して空燃比を理論混合気付近に維持することにより、周知の三元触媒等を用いることで排出NOxを大幅に削減できる。
【0052】
(12)上記可変圧縮比手段が、クランクシャフト21のクランクピン22に回転可能に取り付けられたロアリンク23と、このロアリンク23とピストン5とを繋ぐアッパリンク24と、機関圧縮比を変化させるために、ロアリンク23の運動拘束条件を変化させる手段(制御軸25,制御偏心軸部26,制御リンク27及びアクチュエータ28等)と、を有する。
【0053】
このようにピストン5の上死点位置及び下死点位置により定まる公称圧縮比を変更する可変圧縮比機構20を用いることで、圧縮比の変更により混合気の着火源への到達時期を幅広く確実に制御でき、上述した所期の熱効率向上効果を安定して得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の第1実施例に係るレシプロ式内燃機関を示す概略構成図。
【図2】上記第1実施例に係る機関負荷を横軸とするタイムチャート。
【図3】上記第1実施例に係る圧縮比等の設定処理の流れを示すフローチャート。
【図4】本発明の第2実施例に係るレシプロ式内燃機関を示す概略構成図。
【図5】本発明の第3実施例に係る機関負荷を横軸とするタイムチャート。
【図6】可変圧縮比機構の一例を簡略的に示す構成図。
【符号の説明】
【0055】
1…レシプロ式内燃機関
2…主燃焼室
5…ピストン
6…吸気ポート
12…燃料噴射弁
15…副燃焼室
17A…触媒部
17B…点火プラグ
18…連通孔
20…可変圧縮比機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンの上下動により容積が変化する主燃焼室と、連通孔を通じて上記主燃焼室と連通し、上記主燃焼室よりも容積の小さい副燃焼室と、を有し、上記ピストンの上昇により上記連通孔を通して上記副燃焼室内に導入された混合気を上記副燃焼室内で着火燃焼させ、この燃焼火炎を上記連通孔を通して上記主燃焼室内の混合気へ伝播することにより上記主燃焼室内で燃焼を行わせるレシプロ式内燃機関において、
機関圧縮比を可変とする可変圧縮比手段を備え、
上記混合気の着火時期に影響を及ぼす着火時期変動因子に応じて、上記機関圧縮比を制御することを特徴とするレシプロ式内燃機関。
【請求項2】
上記着火時期変動因子が当量比であることを特徴とする請求項1に記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項3】
上記当量比の減少に伴って着火時期が遅角することのないように、上記当量比が小さくなるほど機関圧縮比を高くすることを特徴とする請求項2に記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項4】
少なくとも一部の機関負荷域では、機関負荷の低下に応じて当量比を小さくするとともに機関圧縮比を高くすることを特徴とする請求項2又は3に記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項5】
少なくとも一部の機関負荷域では、機関負荷が低くなるほど着火時期が進角するように、機関負荷が低くなるほど機関圧縮比を高くすることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項6】
機関負荷が所定の高負荷を超える高負荷域では、当量比を理論混合比に対応する一定値に固定するとともに、機関圧縮比を所定値に固定することを特徴とする請求項2〜5のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項7】
機関負荷が所定の低負荷より低い低負荷域では、当量比を可燃限界に対応する一定値に固定するとともに、機関圧縮比を所定値に固定することを特徴とする請求項2〜6のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項8】
機関負荷が低くなるほど機関圧縮比を高くし、
かつ、所定の中負荷域では、機関負荷が低くなるほど当量比を小さくするとともに、この中負荷域から外れた負荷域に比して、機関負荷の変化に対する圧縮比の変化の度合いを大きくすることを特徴とする請求項2〜7のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項9】
上記副燃焼室内に、触媒の活性作用により混合気を着火させる触媒部が設けられていることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項10】
上記副燃焼室内に、火花点火により混合気を着火する点火プラグが設けられていることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項11】
吸気ポートへ燃料を噴射する燃料噴射弁を備え、上記主燃焼室内の混合気分布が、平均の空燃比と局所的な空燃比とが概ね等しいような均質混合気分布であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。
【請求項12】
上記可変圧縮比手段が、クランクシャフトのクランクピンに回転可能に取り付けられたロアリンクと、このロアリンクとピストンとを繋ぐアッパリンクと、機関圧縮比を変化させるために、ロアリンクの運動拘束条件を変化させる手段と、を有することを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載のレシプロ式内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−52698(P2006−52698A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−235686(P2004−235686)
【出願日】平成16年8月13日(2004.8.13)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】