説明

内燃機関の燃料噴射制御装置

【課題】内燃機関で使用される燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値になることを抑制できるようにする。
【解決手段】エンジン1の減速運転時における燃料噴射量の減量補正に用いられる減量補正値DSに関しては、減速運転中にエンジン1の空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値として、燃料中のアルコール濃度の推定値に基づき算出される。このため、上記減速運転時にエンジン1の空燃比が許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値TH以上になることに基づき、上記推定値が実際のアルコール濃度よりも薄い値側にずれている旨判断することができる。そして、減速運転時にエンジン1の空燃比が上記判定範囲内に存在する時間が判定値TH以上になったときには、上記修正値が所定値L分だけ濃い値側に修正される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の燃料噴射制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用エンジン等の内燃機関においては、吸気通路に燃料(ガソリン)を噴射供給する燃料噴射弁を備え、機関運転状態に基づき燃料噴射量の指令値が算出され、その指令値に対応した量の燃料が噴射されるよう上記燃料噴射弁を駆動制御することが行われる。また、内燃機関の燃料としては、アルコールを用いることも考えられており、例えばアルコールのみからなる燃料やアルコールとガソリンとを混合した燃料を用いることが考えられている。このようにアルコールの含まれる燃料が使用される場合、アルコールの燃焼特性がガソリンの燃焼特性とは異なることを考慮して、ガソリンのみを燃料として使用した場合を想定して定められる上記指令値を燃料中のアルコール濃度に応じて調整することが、良好な燃料の燃焼を得るうえで好ましい。
【0003】
ところで、燃料噴射量の指令値を燃料中のアルコール濃度に応じて調整するためには、内燃機関で使用される燃料中のアルコール濃度を推定する必要がある。そして、こうした燃料中のアルコール濃度の推定方法に関しては、特許文献1に示されるように、アルコール濃度センサを設けて同センサからの信号に基づき推定する方法や、内燃機関の排気中の酸素濃度に対応する信号を出力する空燃比センサからの信号に基づき推定する方法を採用することが考えられる。なお、空燃比センサからの信号に基づき燃料中のアルコール濃度を推定することができるのは、アルコールとガソリンとでは理論空燃比が異なる値となり、一定量の燃料を燃料噴射弁から噴射したときの同燃料中のアルコール濃度に応じて排気中の酸素濃度が異なる値となるためである。
【特許文献1】特開2003−120363公報(段落[0004]、[0040]〜[0043]、図3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように燃料中のアルコール濃度を推定することにより、そのアルコール濃度の推定値に基づき燃料噴射量の指令値を調整することができるようにはなる。しかし、上記推定値が燃料中における実際のアルコール濃度に対し薄い値側等にずれた値になると、その推定値に基づき燃料噴射量の指令値を調整したとしても、燃料の燃焼が良好なものにならないおそれがある。
【0005】
なお、上記推定値が実際のアルコール濃度に対しずれた値になる原因としては、例えば以下の[1]及び[2]に示される原因が考えられる。[1]推定値を求めるためにアルコール濃度センサを用いた場合、そのセンサの耐久性が低い関係から経年劣化等に起因して同センサからの信号が実際のアルコール濃度に正確に対応しなくなる。[2]推定値を求めるために空燃比センサを用いた場合、内燃機関の吸気系や燃料系の個体差によるばらつきの影響が上記推定値に含まれる可能性があり、そのことに起因して同推定値が実際のアルコール濃度に正確に対応しなくなる。
【0006】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、内燃機関で使用される燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値になることを抑制できる内燃機関の燃料噴射制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について記載する。
上記目的を達成するため、内燃機関の吸気通路に燃料を噴射供給する燃料噴射弁と、同機関の排気中の酸素濃度に対応した信号を出力するセンサと、前記燃料噴射弁から噴射される燃料中のアルコール濃度の推定値を求めるアルコール濃度推定手段と、機関運転状態及び前記推定値に基づき燃料噴射量の指令値を算出する指令値算出手段と、前記指令値に対応した量の燃料が噴射されるように前記燃料噴射弁を駆動制御する駆動制御手段とを備える内燃機関の燃料噴射制御装置において、内燃機関の減速運転時、前記燃料噴射量の指令値を減量補正値分だけ減量補正する補正手段と、同機関の減速運転時、内燃機関の空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値となるよう、前記減量補正に用いられる補正値を前記推定値に基づき算出する補正値算出手段と、同機関の減速運転時、前記センサからの信号に基づき求められる内燃機関の空燃比が前記許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値以上となったとき、前記アルコール濃度の推定値を濃い側の値に修正する修正手段と、を備えた。
【0008】
上記構成によれば、内燃機関の減速運転時、内燃機関の空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制すべく、燃料噴射量の指令値が減量補正値分だけ減量補正される。なお、内燃機関の減速運転時に内燃機関の空燃比がリッチになるのは、その減速運転の開始までに同機関の吸気通路に燃料噴射弁から噴射された燃料が付着して堆積しており、機関減速運転の開始後に吸気通路内の圧力が低下すると、上記堆積した燃料が急速に気化して燃焼室に流れ込むためである。また、機関減速運転時における空燃比のリッチ度合いは、燃料中のアルコール濃度が濃くなるほど大きくなる傾向がある。これは、燃料中のアルコール濃度が濃くなるほど、機関減速運転の開始前に吸気通路に付着して堆積している燃料の量が多くなり、機関減速運転の開始後に上記燃料が気化して燃焼室に流れ込む燃料量が多くなるためである。従って、機関減速運転時における燃料噴射量の指令値の減量補正に用いられる減量補正値に関しては、燃料中のアルコール濃度の推定値に基づき、内燃機関の空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値となるよう算出される。
【0009】
ここで、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度よりも薄い側の値にずれている場合、機関減速運転時に内燃機関の空燃比が許容レベルよりもリッチ側の値になる。これは、上記推定値に基づき算出される減量補正値が適正値に対し不足した値となり、機関減速運転時に行われる燃料噴射量の指令値の上記減量補正値分の減量補正が不足することになるためである。そして、機関減速運転時、上記センサからの信号に基づき求められる内燃機関の空燃比が、許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値以上になる場合、アルコール濃度の上記推定値が実際のアルコール濃度よりも薄い値側にずれていると判断することができるため、上記推定値が濃い側の値に修正される。以上により、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値となることを抑制できるようになる。
【0010】
請求項2記載の発明では、請求項1記載の内燃機関の燃料噴射制御装置において、前記指令値を空燃比補正値に基づき増減補正するとともに同空燃比補正値を前記センサからの信号に基づき内燃機関の空燃比が理論空燃比となるよう増減させる空燃比制御手段を備え、前記アルコール濃度推定手段は、内燃機関の燃料を蓄える燃料タンクへの燃料供給が行われた後、最初に機関運転が行われたときに前記空燃比制御手段を通じて増減される前記空燃比補正値の変化開始から安定した状態になるまでの変化量に基づき、燃料中のアルコール濃度の推定値を増減して同推定値を求めるものであり、前記修正手段は、前記空燃比制御手段による前記空燃比補正値の増減が行われていないことを条件に、前記センサからの信号に基づき求められる内燃機関の空燃比が前記判定範囲内に存在する時間を計測するものとした。
【0011】
内燃機関においては、吸気系や燃料系に個体差によるばらつきが生じ、そうしたばらつきによりエンジンの空燃比が理論空燃比に対しずれた状態となり、同ずれの影響が排気中の酸素濃度に表れることとなる。そして、上記センサからの排気中の酸素濃度に対応した信号に基づき空燃比補正値が増減され、その空燃比補正値に基づき燃料噴射量の指令値が補正されることにより、内燃機関の空燃比における理論空燃比に対するずれが抑制される。このように空燃比の理論空燃比に対するずれが抑制されたときの空燃比補正値に関しては、内燃機関の吸気系や排気系に生じる個体差によるばらつきに対応した値となる。
【0012】
ところで、燃料タンクへの燃料供給(給油)が行われると、その燃料に含まれるアルコールの量に応じて、燃料タンクに蓄えられた燃料中のアルコール濃度が変化する。内燃機関においては、使用される燃料中のアルコール濃度が濃くなるほど理論空燃比がリッチ側の値へと移行してゆくため、燃料噴射量が同一であったとしても燃料中のアルコール濃度が濃くなるほど排気中の酸素濃度が薄くなり、その酸素濃度に対応した信号が上記センサから出力される。給油後における最初のエンジン運転において、同センサからの信号に基づき空燃比補正値が増減される際、同空燃比補正値が変化開始してから安定した状態となるまでの同空燃比補正値の変化量は、給油による燃料中のアルコール濃度の変化に対応した値となる。このため、給油毎に上記空燃比補正値の変化量に基づき燃料中のアルコール濃度の推定値が増減され、それによって同アルコール濃度の推定値を求めることが行われる。
【0013】
ただし、空燃比補正値が内燃機関の吸気系や燃料系の個体差によるばらつきに対応した値となっていない状態で燃料タンクへの給油が行われると、その給油後に燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側等にずれるおそれがある。この理由に関しては以下の通りである。給油後における最初のエンジン運転では、上記センサからの信号に基づき空燃比補正値が増減され、内燃機関の空燃比における理論空燃比に対応するずれが抑制される。こうした給油後における最初のエンジン運転での上記空燃比補正値の変化開始から安定した状態となるまでの同空燃比補正値の変化量には、給油による燃料中のアルコール濃度の変化による影響分だけでなく、内燃機関の吸気系や燃料系の個体差によるばらつきの影響分も含まれることになる。そして、このばらつきの影響分が上記空燃比補正値の変化量に含まれる分だけ、同空燃比補正値の変化量に基づき増減される燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側等にずれることとなる。
【0014】
上記構成によれば、燃料中のアルコール濃度の推定値が上述した理由により実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた場合、内燃機関の減速運転時に上記推定値の濃い値側への修正が行われる。すなわち、機関減速運転時、上記センサからの信号に基づき求められる内燃機関の空燃比が、許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値以上になることに基づき、アルコール濃度の上記推定値が濃い側の値に修正される。これにより、上記推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値となることを抑制できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を自動車用エンジンの燃料噴射制御装置に具体化した一実施形態について、図1〜図5を参照して説明する。
図1に示されるエンジン1においては、その燃焼室2に繋がる吸気通路3にスロットルバルブ13が開閉可能に設けられており、同バルブ13の開度調整を通じて吸気通路3から燃焼室2に吸入される空気の量が調節される。また、エンジン1においては、吸気通路3内に燃料を噴射供給する燃料噴射弁4が設けられており、同燃料噴射弁4から噴射された燃料が空気とともに吸気通路3を介して燃焼室2に供給される。この燃料噴射弁4には燃料タンク9に溜められた燃料がフィードポンプ10の駆動を通じて送り込まれることとなる。
【0016】
エンジン1の燃焼室2に上述したように空気と燃料とが吸入されると、それら空気及び燃料からなる混合気が燃焼室2内に形成され、同混合気に対して点火プラグ5による点火が行われる。このように混合気に対し点火が行われると、同混合気が燃焼してピストン6が往復移動し、エンジン1の出力軸であるクランクシャフト7が回転するようになる。また、燃焼室2にて燃焼した後の混合気は、排気として燃焼室2から排気通路8に送り出される。
【0017】
上記エンジン1を搭載した自動車には、燃料噴射量制御などエンジン1に関する各種制御を実行する電子制御装置21が設けられている。この電子制御装置21は、上記制御に係る各種演算処理を実行するCPU、その制御に必要なプログラムやデータの記憶されたROM、CPUの演算結果等が一時記憶されるRAM、外部との間で信号を入・出力するための入・出力ポート等を備えて構成されている。
【0018】
電子制御装置21の入力ポートには、以下に示す各種センサ等が接続されている。
・エンジン1の冷却水温を検出する水温センサ15。
・排気中の酸素濃度に応じた信号を出力する空燃比センサ17。
【0019】
・自動車の運転者によって踏み込み操作されるアクセルペダル27の踏み込み量(アクセル踏込量)を検出するアクセルポジションセンサ28。
・吸気通路3に設けられたスロットルバルブ13の開度(スロットル開度)を検出するスロットルポジションセンサ30。
【0020】
・吸気通路3を通じて燃焼室2に吸入される空気の量を検出するエアフローメータ32。
・クランクシャフト7の回転に対応する信号を出力し、エンジン回転速度の算出等に用いられるクランクポジションセンサ34。
【0021】
・燃料タンク9の給油口における蓋の開閉を検出する開閉センサ35。
一方、電子制御装置21の出力ポートには、燃料噴射弁4、及びスロットルバルブ13等の駆動回路等が接続されている。
【0022】
そして、電子制御装置21は、上記各種センサから入力した検出信号に基づき、エンジン回転速度やエンジン負荷(エンジン1の1サイクル当たりに燃焼室2に吸入される空気の量)といったエンジン運転状態を把握する。なお、エンジン回転速度はクランクポジションセンサ34からの検出信号に基づき求められる。また、エンジン負荷は、アクセルポジションセンサ28、スロットルポジションセンサ30、及び、エアフローメータ32等の検出信号に基づき求められるエンジン1の吸入空気量と上記エンジン回転速度とから算出される。電子制御装置21は、エンジン負荷やエンジン回転速度といったエンジン運転状態に応じて、上記出力ポートに接続された各種駆動回路に指令信号を出力する。こうして燃料噴射量制御やスロットル開度制御などのエンジン1における各種制御が電子制御装置21を通じて実施される。
【0023】
エンジン1の燃料噴射量制御は、エンジン回転速度及びエンジン負荷等に基づき、そのときに必要とされる燃料噴射量を指令値Qとして算出し、同指令値Qに対応する量の燃料が噴射されるよう燃料噴射弁4を駆動することによって実現される。こうした燃料噴射量制御で用いられる指令値Qは、基本燃料噴射量Qbase、フィードバック補正値DF、空燃比学習値MG(i) 、アルコール濃度補正値AL、及び減量補正値DSに基づき、以下の式(1)を用いて算出される。
【0024】
Q=Qbase+DF+MG(i)+AL+DS …(1)
Q :指令値
Qbase :基本燃料噴射量
DF :フィードバック補正値
MG(i) :空燃比学習値
AL :アルコール濃度補正値
DS :減量補正値(負の値)
ここで、基本燃料噴射量Qbaseは、理論空燃比の混合気を得るために必要な理論上の燃料噴射量を表している。そして、この基本燃料噴射量Qbaseは、エアフローメータ32からの検出信号等に基づき求められるエンジン1の吸入空気量GA、及び、エンジン1の燃料としてガソリンのみを使用ときの理論空燃比「14.7」に基づき、「Qbase=GA/14.7 …(3)」という式を用いて算出される。
【0025】
フィードバック補正値DFは、燃料噴射量(基本燃料噴射量Qbase)を補正するためのものであって、エンジン1の実空燃比が理論空燃比となるよう空燃比センサ17からの信号(出力VAF)に基づき増減されるものである。こうしたフィードバック補正値DFの増減を通じて、エンジン1の実空燃比が理論空燃比となるように指令値Qが増減され、これにより実空燃比を理論空燃比とするための空燃比フィードバック制御が実現される。
【0026】
空燃比学習値MG(i) は、フィードバック補正値DFと同じく燃料噴射量(基本燃料噴射量Qbase)を補正するためのものであって、エンジン1における吸気系や燃料系の個体差等によるばらつきに起因するエンジン1の実空燃比の理論空燃比に対する定常的なずれを補償する値となるよう更新(増減)されるものである。こうした空燃比学習値MG(i) の更新(増減)は、フィードバック補正値DFに基づいて行われる。そして、それら空燃比学習値MG(i) 及びフィードバック補正値DFによる燃料噴射量の補正、並びに、空燃比学習値MG(i) の更新を通じて、当該学習値MG(i) を上記定常的なずれに対応する値として学習する空燃比学習制御が実現される。
【0027】
なお、上記フィードバック補正値DF及び上記空燃比学習値MG(i) は、指令値Qを増減補正するとともに空燃比センサ17からの信号に基づきエンジン1の実空燃比が理論空燃比となるよう増減する空燃比補正値としての役割を担っている。
【0028】
アルコール濃度補正値ALは、燃料に含まれるアルコール濃度の推定値に基づき求められ、同推定値に応じて燃料噴射量(基本燃料噴射量Qbase)を増量補正するためのものである。このアルコール濃度補正値ALに関しては、上記アルコール濃度の推定値が0%であるときに「0」となり、0%から100%に向けて上昇するほど「0」から徐々に大きくなってゆく。このようにアルコール濃度補正値ALを変化させるのは、アルコールの燃焼特性がガソリンの燃焼特性とは異なっており、燃料中のアルコール濃度が濃い値になるほど燃料の理論空燃比が「14.7」に対し大きくリッチ側の値(小さい値)となることが関係している。すなわち、こうした燃料中のアルコール濃度による理論空燃比の変化に合わせてエンジン1の実空燃比を変化させるべく、上述したようにアルコール濃度補正値ALを変化させることが行われる。そして、このように変化するアルコール濃度補正値ALを用いて指令値Qを調整することにより、燃料にアルコールが含まれるとしても同燃料の燃焼を良好なものとすることが可能になる。
【0029】
減量補正値DSは、エンジン1の減速運転時にエンジン1の実空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制すべく燃料噴射量を減量補正するためのものである。なお、上記減速運転時にエンジン1の実空燃比が許容レベルよりもリッチになるおそれがあるのは、その減速運転の開始までに同エンジン1の吸気通路3に燃料噴射弁4から噴射された燃料が付着して堆積しており、減速運転の開始後に吸気通路3内の圧力が低下すると、上記堆積した燃料が急速に気化して燃焼室2に流れ込むためである。従って、上記減量補正値DSに関しては、エンジン1の減速運転時以外のときには「0」に設定され、減速運転時には同エンジン1の実空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値になるように、上記アルコール濃度の推定値が濃い値になるほど「0」に対しより小さい値になるよう算出される。
【0030】
次に、空燃比フィードバック制御におけるフィードバック補正値DFの算出手順、及び、空燃比学習制御における空燃比学習値MG(i) の更新手順について個別に説明する。
[フィードバック補正値DFの算出]
フィードバック補正値DFは、燃料量偏差ΔQ、及び比例ゲインGpに基づき、以下の式(4)を用いて算出される。
【0031】
DF=ΔQ・Gp …(4)
DF :フィードバック補正値
ΔQ :燃料量偏差
Gp :比例ゲイン(負の値)
式(4)において、右辺の「ΔQ・Gp」という項は、実空燃比の理論空燃比からのずれ量に比例した大きさをとる比例項であって、そのずれ量に対応する分だけ燃料噴射量を増加又は減少させて実空燃比を理論空燃比に近づけるためのものである。
【0032】
この比例項「ΔQ・Gp」で用いられる燃料量偏差ΔQは、実際に燃焼された燃料量から理論空燃比の混合気を得るために必要な理論上の燃料量を差し引いた値であって、吸入空気量GA、実空燃比ABF、及び、基本燃料噴射量Qbaseに基づき、「ΔQ=(GA/ABF)−Qbase …(5)」という式を用いて算出される。なお、上記実空燃比ABFは、空燃比センサ17の出力VAFに基づき、「ABF=g(VAF) …(6)」という式を用いて算出される。
【0033】
空燃比センサ17の出力VAFは、図2に示されるように、排気中の酸素濃度が薄くなるほど小さくなり、理論空燃比での混合気の燃焼が行われたときには、そのときの排気中の酸素濃度Xに対応して例えば「1.0v」となる。従って、リッチ混合気の燃焼(リッチ燃焼)に起因して排気中の酸素濃度が薄くなるほど、空燃比センサ17の出力VAFが「1.0v」よりも小さい値になる。また、リーン混合気の燃焼(リーン燃焼)に起因して排気中の酸素濃度が濃くなるほど、空燃比センサ17の出力VAF「1.0v」よりも大きい値になる。
【0034】
なお、比例項「ΔQ・Gp」で用いられる比例ゲインGpは、予め実験等によって求められた定数であって、ここでは負の値として設定されている。
従って、実際に燃焼された燃料量が少な過ぎて実空燃比ABFが大(リーン)になる場合には、上記式(5)によって算出される燃料量偏差ΔQが負の方向に変化することから、式(4)によって算出されるフィードバック補正値DFが増大する。これとは逆に、実際に燃焼された燃料量が多すぎて実空燃比ABFが小(リッチ)になる場合には、燃料量偏差ΔQが正の方向に変化することから、フィードバック補正値DFが減少する。
【0035】
以上のように、実空燃比ABFに基づきフィードバック補正値DFを増減させることで、指令値Qが増減し、エンジン1の実空燃比ABFが理論空燃比となるよう同エンジン1の燃料噴射量が調整される。
【0036】
[空燃比学習値MG(i) の更新]
空燃比学習値MG(i) は、基本燃料噴射量Qbaseに対するフィードバック補正値DFの割合であるフィードバック補正率が例えば1%以上であって、且つ、フィードバック補正値DFが安定しているときに更新される。具体的には、「MG(i) ←最新のDF …(8)」という式に基づき、その時点でのフィードバック補正値DFを空燃比学習値MG(i) とすることで、当該学習値MG(i) の更新(増減)が行われる。
【0037】
従って、フィードバック補正値DFが大である場合には空燃比学習値MG(i) が増大側に更新され、同学習値MG(i) による指令値Qの増大側への補正を通じてエンジン1の燃料噴射量が増量される。また、フィードバック補正値DFが小である場合には空燃比学習値MG(i) が減少側に更新され、同学習値MG(i) による指令値Qの減少側への補正を通じてエンジン1の燃料噴射量が減量される。
【0038】
以上のような空燃比学習値MG(i) の更新(増減)、及び 同学習値MG(i) による燃料噴射量の補正を通じて、フィードバック補正値DFが「0」に近づけられるようになる。また、フィードバック補正値DFがある程度「0」に近づいて安定したときの空燃比学習値MG(i) は、吸気系や燃料噴射系の個体差等によるばらつきに起因するエンジン1の空燃比の理論空燃比に対する定常的なずれに対応する値になる。そして、このときの空燃比学習値MG(i) が上記定常的なずれに対応する値として学習された値になる。
【0039】
なお、空燃比学習値MG(i) はエンジン負荷領域に応じて区分された複数の学習領域i(i=1、2、3・・・)毎に用意される。そして、エンジン1の運転状態の変化に応じて、その運転状態に対応する学習領域iが変化すると、更新される空燃比学習値MG(i) も上記変化後の学習領域iに対応したものへと切り換えられる。こうして学習領域i毎に空燃比学習値MG(i) の更新が行われるようになる。
【0040】
次に、アルコール濃度補正値AL等の算出に用いられる燃料中のアルコール濃度の推定方法について説明する。
燃料中のアルコール濃度の推定方法として、この実施形態では、図1に示される空燃比センサ17からの信号に基づき上記アルコール濃度を推定する方法が用いられる。このように空燃比センサ17からの信号に基づき燃料中のアルコール濃度を推定することができるのは、アルコールとガソリンとでは理論空燃比が異なる値となり、一定量の燃料を燃料噴射弁4から噴射したときの同燃料中のアルコール濃度に応じて排気中の酸素濃度が異なる値となるためである。
【0041】
上記燃料中のアルコール濃度の推定は、燃料タンク9への給油によって同タンク9内に溜まる燃料中のアルコール濃度が変わる可能性のある関係から、燃料タンク9への給油毎に行われる。この実施形態では、燃料中のアルコール濃度の推定値が電子制御装置21の不揮発性のRAMに記憶されており、上記給油による燃料中の実際のアルコール濃度の変化に応じて上記推定値を増減させることが行われる。このように給油による燃料中のアルコール濃度の変化に応じて上記推定値を増減させることは、給油毎に燃料中のアルコール濃度を推定していることを意味する。なお、上記のように増減される推定値の初期値としては、例えば、ガソリンとアルコールとを混合した燃料における一般的なアルコール濃度(15%等)が用いられる。
【0042】
給油毎に行われる燃料中のアルコール濃度の変化に対応した上記推定値の増減は、給油後における最初のエンジン運転での空燃比センサ17からの信号に基づいて行われる。上記給油後に燃料タンク9内に溜まった燃料中のアルコール濃度が変わると、その給油後における最初のエンジン運転において燃焼室2内での燃料の燃焼特性が変わって排気中の酸素濃度も変わり、空燃比センサ17から上記酸素濃度に対応した信号が出力されることとなる。
【0043】
ここで、燃料中のアルコール濃度がそれまでよりも薄い値になると、燃料の理論空燃比がリーン側に変化して燃料噴射量一定の条件下でも排気中の酸素濃度がそれまでよりも濃い値になり、空燃比センサ17の出力VAFが増加側に変化する。その結果、上述した空燃比補正値としての役割を担うフィードバック補正値DF及び空燃比学習値MG(i) が増大し、それらによる指令値Qの増量補正を通じて燃料噴射量が増量され、エンジン1の実空燃比ABFが給油後の燃料での理論空燃比に近づけられる。一方、給油後に燃料中のアルコール濃度がそれまでよりも濃い値になると、燃料の理論空燃比がリッチ側に変化して燃料噴射量一定の条件下でも排気中の酸素濃度がそれまでよりも薄い値になり、空燃比センサ17の出力VAFが減少側に変化する。その結果、フィードバック補正値DF及び空燃比学習値MG(i) が増大し、それらによる指令値Qの減量補正を通じて燃料噴射量が減量され、エンジン1の実空燃比ABFが給油後の燃料での理論空燃比に近づけられる。
【0044】
以上のことから、給油後における最初のエンジン運転時、空燃比学習値MG(i) (空燃比補正値)が変化開始してから安定した状態となるまでの同学習値MG(i) の変化量は、給油後における燃料中のアルコール濃度の変化量に対応した値になる。従って、給油後における最初のエンジン運転が行われたときの上記空燃比学習値MG(i) の変化量に基づき上記不揮発性のRAMに記憶された推定値を増減させることにより、その推定値を燃料中のアルコール濃度に対応した値として求めることができるようになる。なお、上記推定値は、上記空燃比学習値MG(i) の変化量に基づく増減を行う際に上記RAMから読み出され、増減後には同RAMに対し書き込まれることとなる。
【0045】
ちなみに、この実施形態では上記推定値の増減に用いられる空燃比学習値MG(i) (空燃比補正値)は、最も低負荷側のエンジン負荷領域に対応する空燃比学習値MG(i) とされている。このため、給油後における最初のエンジン運転が行われ、上記空燃比学習値MG(i) が変化開始してからが安定した状態となるまでの同空燃比学習値MG(i) の変化量に基づき、上記アルコール濃度の推定値の増減が行われることとなる。このように求められたアルコール濃度の推定値に関しては、上記空燃比学習値MG(i) の増加側への変化量が大きいほど100%に近い値となり、同学習値MG(i) の減少側への変化量が大きいほど0%に近い値となる。
【0046】
図3は、この実施形態における燃料中のアルコール濃度の推定値を求めるためのアルコール濃度推定ルーチンを示すフローチャートである。このアルコール濃度推定ルーチンは、電子制御装置21を通じて、例えば所定時間毎の時間割り込みにて周期的に実行される。
【0047】
同ルーチンにおいては、まず燃料タンク9への給油後の最初のエンジン運転が行われている最中であるか否かが判断される(S101)。ちなみに、燃料タンク9への給油が行われた旨の判断は、上記開閉センサ35からの信号に基づき燃料タンク9における給油口の蓋の開閉が行われた旨判断されたときになされる。なお、燃料タンク9への給油が行われた旨の判断に関しては、燃料タンク9内の燃料の液面の上昇を検出する液面センサを設け、同センサからの信号に基づき上記液面の上昇が生じた旨判断されたときになされるようにしてもよい。
【0048】
ステップS101で肯定判定がなされると、今回のエンジン運転中にアルコール濃度の推定値を求めることが行われているか否かを判断するためのフラグFが「0(未推定)」であるか否かの判断が行われる(S102)。ここで肯定判定であれば、最も低負荷側のエンジン負荷領域に対応した空燃比学習値MG(i) に基づき、燃料中のアルコール濃度の推定値を求めるための処理(S103、S104)が実施される。詳しくは、上記空燃比学習値MG(i) が安定した状態となり同学習値MG(i) の学習が完了した状態にあるか否かが判断される(S103)。そして、上記空燃比学習値MG(i) の学習が完了している旨判断されると、今回のエンジン運転で同空燃比学習値MG(i) が変化開始してから安定した状態となるまでの同学習値MG(i) の変化量に基づき上記推定値が増減され、それによって燃料中のアルコール濃度の推定値が求められることとなる(S104)。
【0049】
上記のようにアルコール濃度の推定値が求められると、フラグFが「1(推定済)」に設定される(S105)。このようにフラグFが「1(推定済)」に設定されると、ステップS102に進んだときに否定判定がなされ、空燃比学習値MG(i) に基づき燃料中のアルコール濃度の推定値を求めるための処理(S103、S104)がスキップされる。なお、上記フラグFは、ステップS101で否定判定がなされたとき、すなわち給油後における最初のエンジン運転以外の状況のときに「0」にリセットされる(S106)。
【0050】
ところで、上記のように求められる燃料中のアルコール濃度の推定値に関しては、実際のアルコール濃度に対し薄い側等にずれた値になることがある。こうした推定値の実際のアルコール濃度に対するずれが生じる原因としては、上記推定値が空燃比センサ17を用いて求められていることから、[発明が解決しようとする課題]の欄に記載した上記[2]の原因が考えられる。
【0051】
エンジン1においては、吸気系や燃料系に個体差によるばらつきが生じ、そうしたばらつきにより実空燃比ABFが理論空燃比に対しずれた状態となり、同ずれの影響が排気中の酸素濃度に表れることとなる。そして、上記センサからの排気中の酸素濃度に対応した信号に基づきフィードバック補正値DF及び空燃比学習値MG(i) といった空燃比補正値が増減され、同空燃比補正値に基づき燃料噴射量の指令値Q(基本燃料噴射量Qbase)が補正されることにより、エンジン1の実空燃比ABFにおける理論空燃比に対するずれが抑制される。このように実空燃比ABFの理論空燃比に対するずれが抑制されたときの空燃比補正値(この例では空燃比学習値MG(i) )に関しては、エンジン1の吸気系や排気系に生じる個体差によるばらつきに対応した値となる。
【0052】
ただし、最も低負荷側のエンジン負荷領域に対応する空燃比学習値MG(i) がエンジン1の吸気系や燃料系の個体差によるばらつきに対応した値となっていない状態で燃料タンク9への給油が行われると、その給油後に求められる燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対しずれるおそれがある。この理由に関しては以下のとおりである。
【0053】
上記給油後における最初のエンジン運転では、空燃比センサ17からの信号に基づき上記空燃比学習値MG(i) が増減され、実空燃比ABFにおける理論空燃比に対応するずれが抑制される。こうした給油後における最初のエンジン運転での上記空燃比学習値MG(i) が変化開始してから安定した状態となるまでの同学習値MG(i) の変化量には、給油による燃料中のアルコール濃度の変化による影響分だけでなく、エンジン1の吸気系や燃料系の個体差によるばらつきの影響分も含まれることになる。そして、このばらつきの影響分が上記空燃比学習値MG(i) の変化量に含まれる分だけ、同空燃比学習値MG(i) の変化量に基づき増減される燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側等にずれることとなる。
【0054】
上述したように、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い側等にずれた値になると、その推定値に基づき求められるアルコール濃度補正値ALを用いて燃料噴射量の指令値Qを調整したとしても、燃料の燃焼が良好なものにならないおそれがある。
【0055】
この実施形態では、上記不具合の発生を抑制するため、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値になっているか否かの判断が行われ、上記推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値になっている旨判断されたとき、上記推定値を濃い値側に修正することが行われる。これにより、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値になることが抑制され、ひいては燃料の燃焼が良好なものにならないおそれがあるという上述した不具合の発生も抑制されるようになる。
【0056】
次に、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値となっているか否かを判断し、上記推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値となっている旨判断されたときに同推定値を濃い値側に修正する処理の概要について、図4のタイムチャートを参照して説明する。同図において、(a)〜(d)は、エンジン1の減速運転時におけるスロットル開度、吸気圧、空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVE、及び燃料噴射量の推移を示している。
【0057】
図4(a)のタイミングT1で示されるように、スロットル開度が「0(全閉)」とされてエンジン1の減速運転が開始されると(タイミングT1)、吸気圧が図4(b)に示されるように低下する。その結果、それまでに吸気通路3に堆積していた燃料が急速に気化して燃焼室2に流れ込み、エンジン1の実空燃比ABFが許容レベルを越えてリッチになるおそれがある。こうした実空燃比ABFの許容レベルを越えたリッチ化を抑制するため、エンジン1の減速運転時には指令値Qが減量補正値DS分だけ減量補正される。
【0058】
より詳しくは、エンジン1の減速運転の開始時(タイミングT1)、燃料中のアルコール濃度の推定値に基づき、エンジン1の実空燃比ABFが許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値となるよう減量補正値DSが算出される。この減量補正値DSは、時間経過とともに徐々に「0」に近づけられ、「0」に至ることとなる。そして、このように推移する減量補正値DS分だけ指令値Qが減量補正され、同減量補正後の指令値Qに対応した量の燃料が噴射されるよう燃料噴射弁4が駆動制御される。その結果、エンジン1の減速運転時には、燃料噴射量が上記減量補正を通じて例えば図4(d)に実線で示されるように推移するようになる。その結果、空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVEがエンジン1の実空燃比ABFのリッチ化の許容レベルに対応する値であるリッチ許容限界値よりもリーン側(増大側)の値に抑えられ、例えば図4(c)に実線で示されるように推移するようになる。
【0059】
しかし、燃料中のアルコール濃度の推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれている場合、その推定値に基づき算出される減量補正値DSが適正な値(図4(c)の実線)よりも「0」に近い値(二点鎖線)となる。このため、上記減量補正値DS(二点鎖線)分だけ減量補正された指令値Qに基づき燃料噴射弁4を駆動制御したとき、エンジン1の実空燃比ABFが許容レベルよりもリッチになることを抑制するための燃料噴射量の減量が少なくなる。その結果、エンジン1の減速運転時に、同エンジン1の実空燃比ABFが許容レベルを越えてリッチになり、空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVEが図4(c)に二点鎖線で示されるようにリッチ許容限界値(実空燃比ABFのリッチ化の許容レベルに対応する値)よりもリッチ側(減少側)の値となる。
【0060】
この実施形態では、エンジン1の減速運転時における燃料噴射量の減量補正に用いられる減量補正値DSが燃料中のアルコール濃度の推定値に基づき算出されることに着目し、上記減速運転時に実空燃比ABFが許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値TH以上になったとき、上記推定値を濃い値側の値に修正する。具体的には、上記減速運転時に空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVEが上記判定範囲に対応する範囲、例えば「0.6〜0.7」といった範囲内に存在する時間を計測し、その時間が判定値TH以上になったときに上記推定値を濃い側の値に修正する。なお、ここでの判定値THとしては、平均値AVEが出力VAFの突発的な変動によって上記範囲内に一時的に入り込むという状況を除外できる程度に長い値を採用することが考えられる。
【0061】
上記のように推定値を濃い値側の値に修正することにより、同推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い側にずれた値となることに起因して上記アルコール濃度補正値ALが不適正な値となり、同アルコール濃度補正値ALを用いて燃料噴射量の指令値Qを調整したときに燃料の燃焼が良好なものにならなくなるという不具合が生じることを抑制できる。また、上記のように推定値が濃い値側の値に修正されると、修正後の推定値に基づき算出される減量補正値DSが燃料噴射量を大きく減量補正する値へと変化し、同減量補正後の燃料噴射量が図4(d)に実線で示されるように推移する適正値となる。その結果、空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVEがリッチ許容限界値よりもリーン側(増大側)の値に抑えられ、図4(c)に実線で示されるように推移するようになる。
【0062】
次に、燃料中のアルコール濃度の推定値の詳細な修正手順について、推定値修正ルーチンを示す図5のフローチャートを参照して説明する。この推定値修正ルーチンは、電子制御装置21を通じて、例えば所定時間毎の時間割り込みにて周期的に実行される。
【0063】
同ルーチンにおいては、まず上記推定値の修正を実行する際の実行条件が成立しているか否かが判断される(S201)。こうした実行条件としては、空燃比フィードバック制御中でないこと(空燃比補正値の増減中でないこと)、エンジン1の冷却水温が減速運転時に吸気通路3に付着した燃料の揮発の生じる値(例えば10°)以上であること、及びエンジン回転速度が1500〜2500rpm程度の中回転域にあること、といった各種条件があげられる。そして、これらの各条件すべての成立をもって上記実行条件が成立した旨の判断が行われる。
【0064】
ステップS201で肯定判定がなされると、エンジン1の減速運転中であるか否かが判断される(S202)。ここでのエンジン1の減速運転中である旨の判断に関しては、例えば、アクセル踏込量が「0」であること、スロットル開度が「0」であること、及び吸入空気量GAが減少中であること等に基づいて行うことが可能である。
【0065】
ステップS202で肯定判定がなされると、上記推定値の修正を行うか否かの判断に用いられる空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVEを算出するための処理(S203、S204)が実行される。詳しくは、エンジン1の減速運転が開始されてから所定時間が経過したか否かが判断される(S203)。ここでの所定時間としては、エンジン1の減速運転が開始されてから吸気通路3に堆積した燃料の揮発による影響がエンジン1の排気中の酸素濃度の変化として表れるまでに必要な時間が用いられる。そして、ステップS203で肯定判定がなされると、空燃比センサ17の出力VAFの平均値AVEを算出する処理が実行される(S204)。平均値AVEを算出する処理として、具体的には、このルーチンの実行周期毎に上記出力VAFを複数回(例えば10回)取得し、取得回数分の出力VAFを平均化した値を平均値AVEとして算出することが行われる。
【0066】
なお、上記平均値AVEの算出は、図4においては例えばタイミングT2以降に行われることとなる。ちなみに、図4(c)の実線及び二点鎖線におけるタイミングT2よりも前の部分については、平均値AVEを算出したと仮定した場合の同平均値AVEの推移を表している。
【0067】
ステップS204の処理を通じて平均値AVEの算出が開始された後、上記推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれているか否かを判断するための処理(S205〜S208)が実行される。この一連の処理では、まず平均値AVEの算出開始から所定時間が経過したか否かが判断される(S205)。ここでの所定時間としては、平均値AVEを算出するための処理を開始してから上記出力VAFの取得回数が定められた回数(この例では10回数)となるまでに必要な時間が用いられる。そして、ステップS205で肯定判定がなされると(例えば図4のタイミングT3)、平均値AVEが上述した「0.6〜0.7」といった範囲内に存在するか否かが判断される(S207)。ここで肯定判定であれば平均値AVEが上記範囲内に存在する時間を計測するためのカウンタCが「1」だけカウントアップされ(S207)、同カウンタCが上記判定値THに対応した値である判定値K以上になったとき(S208:YES)、上記推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれている旨判断される。
【0068】
ステップS208で肯定判定がなされると、言い換えれば上記推定値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれている旨判断されると、上記推定値が所定値L分だけ濃い側の値に修正される(S209)。ここでの所定値Lとしては、上記推定値を修正するための値として予め実験等により求められた最適値が採用される。そして、ステップS209で上記推定値が濃い値側の値に修正されると、カウンタCが「0」にリセットされる(S210)。なお、エンジン1の減速運転中に加速運転がなされると、ステップS202で否定判定がなされるとともにステップS211で肯定判定がなされ、それに基づいて平均値AVEのリセット(S212)及びカウンタCの「0」へのリセット(S210)が行われる。ちなみに、上記ステップS212での加速運転が行われた旨の判断に関しては、アクセル踏込量の増加、スロットル開度の増加、及び吸入空気量の増加等に基づいて行うことが可能である。
【0069】
以上詳述した本実施形態によれば、以下に示す効果が得られるようになる。
(1)エンジン1の減速運転時における燃料噴射量の減量補正に用いられる減量補正値DSに関しては、減速運転中にエンジン1の空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値として、燃料中のアルコール濃度の推定値に基づき算出されるものである。このため、上記減速運転時にエンジン1の空燃比が許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値TH以上になることに基づき、上記推定値が実際のアルコール濃度よりも薄い値側にずれている旨判断することができる。そして、減速運転時にエンジン1の空燃比が上記判定範囲内に存在する時間が判定値TH以上になったとき、言い換えれば上記推定値が実際のアルコール濃度よりも薄い値側にずれている旨判断されたときには、上記修正値が所定値L分だけ濃い値側に修正される。こうした推定値を修正するための処理を通じて、同修正値が実際のアルコール濃度に対し薄い値側にずれた値となることを抑制できるようになる。また、上記推定値を修正するための処理を繰り返すことにより、同修正値を実際のアルコール濃度に近づけて一致させることができる。
【0070】
(2)空燃比センサ17からの信号に基づき増減される空燃比学習値MG(i) は、その増減を通じてエンジン1の吸気系や燃料系の個体差によるばらつきに対応した値となるよう学習されるものである。こうした学習が完了する前であって空燃比学習値MG(i) に上記ばらつきの影響分が含まれていない状態で、燃料タンク9への給油後における最初のエンジン運転が行われると、燃料中のアルコール濃度の推定値に関して次にような不具合が生じる。すなわち、上記給油後の最初のエンジン運転で同空燃比学習値MG(i) が変化開始してから安定した状態となるまで(学習完了するまで)の同空燃比学習値MG(i) の変化量に、給油による燃料中のアルコール濃度の変化による影響分だけでなく上記ばらつきの影響分も含まれることになる。従って、上記空燃比学習値MG(i) の変化量に基づき増減される燃料中のアルコール濃度の推定値が上記ばらつきの影響分だけ実際のアルコール濃度に対しずれることは避けられず、例えば同実際のアルコール濃度よりも薄い値となるおそれがある。しかし、このように生じる上記推定値の実際のアルコール濃度に対する薄い値側へのずれを抑制することができる。
【0071】
なお、上記実施形態は、例えば以下のように変更することもできる。
・燃料中のアルコール濃度の推定値を求めるための空燃比学習値MG(i) は、最も低負荷側のエンジン負荷領域に対応したものに限らず、その他のエンジン負荷領域に対応したものを用いることも可能である。
【0072】
・上記推定値を空燃比センサ17からの信号に基づき求める代わりに、燃料タンク9に溜められた燃料中のアルコール濃度を検出するアルコール濃度センサを設け、同センサからの信号に基づき上記推定値を求めるようにしてもよい。このように推定値を求める場合であっても上記(1)と同等の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本実施形態の燃料噴射制御装置が適用されるエンジン全体を示す略図。
【図2】排気中の酸素濃度の変化に対する空燃比センサの出力変化を示すグラフ。
【図3】燃料中のアルコール濃度の推定手順を示すフローチャート。
【図4】(a)〜(d)は、エンジンの減速運転時におけるスロットル開度、吸気圧、空燃比センサの出力の平均値、及び燃料噴射量の推移を示すタイムチャート。
【図5】上記アルコール濃度の推定値の修正手順を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0074】
1…エンジン、2…燃焼室、3…吸気通路、4…燃料噴射弁、5…点火プラグ、6…ピストン、7…クランクシャフト、8…排気通路、9…燃料タンク、10…フィードポンプ、13…スロットルバルブ、15…水温センサ、17…空燃比センサ、21…電子制御装置(アルコール濃度推定手段、指令値算出手段、駆動制御手段、補正手段、補正値算出手段、修正手段、空燃比制御手段)、27…アクセルペダル、28…アクセルポジションセンサ、30…スロットルポジションセンサ、32…エアフローメータ、34…クランクポジションセンサ、35…開閉センサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の吸気通路に燃料を噴射供給する燃料噴射弁と、同機関の排気中の酸素濃度に対応した信号を出力するセンサと、前記燃料噴射弁から噴射される燃料中のアルコール濃度の推定値を求めるアルコール濃度推定手段と、機関運転状態及び前記推定値に基づき燃料噴射量の指令値を算出する指令値算出手段と、前記指令値に対応した量の燃料が噴射されるように前記燃料噴射弁を駆動制御する駆動制御手段とを備える内燃機関の燃料噴射制御装置において、
内燃機関の減速運転時、前記燃料噴射量の指令値を減量補正値分だけ減量補正する補正手段と、
同機関の減速運転時、内燃機関の空燃比が許容レベルよりもリッチになることを抑制し得る値となるよう、前記減量補正値を前記推定値に基づき算出する補正値算出手段と、
同機関の減速運転時、前記センサからの信号に基づき求められる内燃機関の空燃比が前記許容レベルよりもリッチ側の範囲である判定範囲内に存在する時間が判定値以上となったとき、前記アルコール濃度の推定値を濃い側の値に修正する修正手段と、
を備えることを特徴とする内燃機関の燃料噴射制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の内燃機関の燃料噴射制御装置において、
前記指令値を空燃比補正値に基づき増減補正するとともに同空燃比補正値を前記センサからの信号に基づき内燃機関の空燃比が理論空燃比となるよう増減させる空燃比制御手段を備え、
前記アルコール濃度推定手段は、内燃機関の燃料を蓄える燃料タンクへの燃料供給が行われた後、最初に機関運転が行われたときに前記空燃比制御手段を通じて増減される前記空燃比補正値の変化開始から安定した状態になるまでの変化量に基づき、燃料中のアルコール濃度の推定値を増減して同推定値を求めるものであり、
前記修正手段は、前記空燃比制御手段による前記空燃比補正値の増減が行われていないことを条件に、前記センサからの信号に基づき求められる内燃機関の空燃比が前記判定範囲内に存在する時間を計測するものである
ことを特徴とする内燃機関の燃料噴射制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−25062(P2010−25062A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−190251(P2008−190251)
【出願日】平成20年7月23日(2008.7.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】