説明

圧電体薄膜ウェハの製造方法、圧電体薄膜素子、及び圧電体薄膜デバイス

【課題】圧電体薄膜を短時間に精度よく微細加工することを可能とした圧電体薄膜ウェハの製造方法、圧電体薄膜素子、及び圧電体薄膜デバイスを提供する。
【解決手段】圧電薄膜ウェハ1は、基板上に形成された組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜4に、Arを含むガスを用いてドライエッチングを行うエッチング工程と、放出されるイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度の変化を検出してエッチング速度を変更する工程とにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体薄膜ウェハの製造方法、圧電体薄膜素子、及び圧電体薄膜デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電体は、種々の目的に応じて様々な圧電体素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや逆に素子の変形から電圧を発生させるセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。
【0003】
アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、大きな圧電特性を有する鉛系の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−XTi)O系のペロブスカイト型の強誘電体が広く用いられている。この強誘電体は、通常、個々の元素からなる酸化物を焼結することにより形成される。
【0004】
近年では、環境への配慮から鉛を含有しない非鉛圧電体の開発が望まれており、ニオブ酸カリウムナトリウム(一般式:(K1−xNa)NbO(0<x<1))[以下、「KNN」という。]等が開発されている。このKNNは、PZTに匹敵する圧電特性を有することから、鉛を含有しない圧電材料の有力な候補として期待されている。この種の圧電材料を用いた非鉛圧電体薄膜の一例が、例えば特開2007−19302号公報、及び特開2007−184513号公報に提案されている。また、良好な圧電特性を有する圧電体薄膜を得るには、圧電体薄膜を配向させて成膜することが有効であると考えられている。例えば、配向性を有する下地層上に圧電体薄膜を形成することで、圧電体薄膜を配向させることが検討されている。
【0005】
圧電体薄膜として非鉛圧電体薄膜を形成することにより、環境負荷の小さいインクジェットプリンタ用ヘッドやジャイロセンサなどを作製することができる。このことから、非鉛圧電体薄膜を用いてアクチュエータやセンサを作製する場合は、微細加工プロセスにより非鉛圧電体薄膜を梁や音叉の形状に加工する必要がある。この非鉛圧電体薄膜をエッチングする際には、反応性ガスとしてCl系の反応ガスを用いている(非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−19302号公報
【特許文献2】特開2007−184513号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】C.M.Kang等の「Etching Characteristics of (Na0.5K0.5)NbO3 Thin Films in an Inductively Coupled Cl2/Ar Plasma」、Ferroelectrics,357,p.179-184(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1記載のCl系反応ガスによる反応性イオンエッチングを用いて非鉛圧電体薄膜を加工すると、非鉛圧電体薄膜層と下部電極層とのエッチング選択比が得られず、高い精度をもつ微細加工が要求されるアクチュエータ、センサ、フィルタデバイス、又はMEMS(Micro Electro Mechanical System)デバイスなどへの適用が困難であった。下地層となる下部電極層を厚く形成することも検討したが、下地層の膜厚を厚くすると、コストが高くなったり、膜剥がれの原因となったりする問題があった。また、デバイスに適用した場合に所望の特性が得られない場合や下地層としての高い配向性を維持することが難しく、所望の圧電特性を得ることができないという問題があった。
【0009】
本発明の目的は、圧電体薄膜を短時間に精度よく微細加工することを可能とした圧電体薄膜ウェハの製造方法、圧電体薄膜素子、及び圧電体薄膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本件発明者等は、熱意検討を行ったところ、Arを含むガスを用いたドライエッチングにより放出されるイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度の変化が、圧電体薄膜と下部電極の界面付近で急激に起きることを知った。このNa発光ピーク強度の変化を圧電体薄膜のエッチングの終点検出に使用することにより、圧電体薄膜に対して短時間で精度の良い微細加工が可能となることが分かり、本発明に至った。
【0011】
[1]即ち、請求項1に係る発明は、基板上に形成された組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜に、Arを含むガスを用いてドライエッチングを行うエッチング工程と、放出されるイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度の変化を検出して前記エッチング速度を変更する工程とを有することを特徴とする圧電体薄膜ウェハの製造方法にある。
【0012】
[2]請求項2に係る発明は、上記[1]記載の発明にあって、前記Na発光ピーク強度の減衰を検知するとともに、前記Na発光ピーク強度の時間変化を検出することを特徴としている。
【0013】
[3]請求項3に係る発明は、上記[1]又は[2]記載の発明にあって、前記エッチング速度を変更する工程は、前記基板と前記圧電体薄膜との間に形成された下地層において選択的にエッチングを停止するエッチング停止工程を含むことを特徴としている。
【0014】
[4]請求項4に係る発明は、上記[3]記載の発明にあって、前記下地層としてPt下部電極層を形成したことを特徴としている。
【0015】
[5]請求項5に係る発明は、上記[1]記載の発明にあって、前記エッチング工程は、前記Arガスにフッ素系反応ガスを混合したガスを用いて行う反応性イオンエッチングを含むことを特徴としている。
【0016】
[6]請求項6に係る発明は、上記[1]又は[5]記載の発明にあって、前記圧電体薄膜上にTi又はTaをマスクパターンとして形成し、前記エッチング工程を行うことを特徴としている。
【0017】
[7]請求項7に係る発明は、上記[4]又は[6]記載の発明にあって、前記マスクパターンの膜厚は、「圧電体薄膜厚さ/マスクパターン厚さ」の比が3以下であり、前記Pt下部電極層の厚さは、「圧電体薄膜厚さ/Pt層厚さ」の比が15以下であることを特徴としている。
【0018】
[8]請求項8に係る発明は更に、基板上に下部電極を形成する工程と、前記下部電極上に組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜を形成する工程と、前記圧電体薄膜にArを含むガスを用いたドライエッチングにより微細加工を行う際に、イオンプラズマ中の586nmから590nmのNa発光スペクトルの発光ピーク強度の減衰変化を観測して下部電極において加工を停止し、前記圧電体薄膜のエッチング断面を前記基板の面に向けて漸次拡大するテーパー状に加工する工程とを含むことを特徴とする圧電体薄膜素子の製造方法を提供する。
【0019】
[9]請求項9に係る発明は更に、基板と、前記基板上に形成される組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜とを備え、前記圧電体薄膜は、エッチング断面に外方に向けてテーパー状に拡がる傾斜部を有してなることを特徴とする圧電体薄膜素子にある。
【0020】
[10]請求項10に係る発明は、上記[9]記載の発明にあって、前記傾斜部は、圧電体薄膜の上面端と底面端を結んだ法面と圧電体薄膜底面のなす角度を45°より大きく90°より小さく設定してなることを特徴としている。
【0021】
[11]請求項11に係る発明は、上記[9]又は[10]記載の発明にあって、前記傾斜部の表面にフッ素化合物を有してなることを特徴としている。
【0022】
[12]請求項12に係る発明は更に、上記[9]〜[11]のいずれかに記載の圧電体薄膜素子の前記基板と前記圧電体薄膜との間に下部電極を備えるとともに、前記圧電体薄膜上に上部電極を備え、前記下部電極及び前記上部電極に電圧印加手段又は電圧検知手段を更に備えたことを特徴とする圧電体薄膜デバイスを提供する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ドライエッチングにより圧電体薄膜を短時間で精度よく微細加工することができる圧電体薄膜ウェハの製造方法、圧電体薄膜素子、及び圧電体薄膜デバイスを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施の形態に係る圧電体薄膜ウェハを模式的に示す断面図である。
【図2】ドライエッチング中のNa発光スペクトルの時間変化を示すグラフである。
【図3】Na発光ピーク強度とエッチング時間との関係を示すグラフである。
【図4】ドライエッチングによる微細加工後のKNN圧電体薄膜の断面を示すSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づいて具体的に説明する。
【0026】
(圧電体薄膜ウェハの構成)
図1において、全体を示す符号1は、この実施の形態に係る典型的な圧電体薄膜ウェハの一構成例を模式的に示している。この圧電体薄膜ウェハ1は、シリコン(Si)基板2を備える。そのSi基板2の上面には、下地層となる下部電極層3が形成されている。その下部電極層3は、白金(Pt)薄膜からなる(以下、Pt下部電極層3という。)。そのPt下部電極層3が形成されたSi基板2上には、非鉛圧電材料である圧電体薄膜層4が形成されている。
【0027】
この圧電体薄膜層4は、組成式(K1−xNa)NbOで表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の薄膜から形成されている(以下、KNN圧電体薄膜層4という。)。その組成比xは、0.4≦x≦0.7である。なお、この圧電体薄膜ウェハ1の他の一例としては、Si基板2の表面に図示しない酸化膜(SiO膜)を形成し、Si基板2とPt下部電極層3との密着性を向上させる構成がある。
【0028】
(下部電極層及び圧電体薄膜の形成)
図示例による圧電体薄膜ウェハ1の一部を構成するKNN圧電体薄膜層4の微細加工を行うにあたっては、先ず、RFマグネトロンスパッタリング法を用い、Si基板2上にPt下部電極層3を形成する。Pt下部電極層3を形成するにあたり、Si基板2とPt下部電極層3との間に図示しないチタン(Ti)密着層を蒸着してもよい。これにより、Pt下部電極層3の密着性を高めることができる。
【0029】
次に、Pt下部電極層3上にKNN圧電体薄膜4を形成する。算術平均表面粗さRaが0.86nmより大きいPt下部電極層3を形成してKNN圧電体薄膜4を作製すると、圧電デバイスの使用に耐えるものの、KNN圧電体薄膜4の圧電特性が低下する。よって、KNN圧電体薄膜4が十分な圧電特性を発揮するためには、Pt下部電極層3の算術平均表面粗さRaとしては、0.86nm以下であることが好ましい。
【0030】
(マスクとしてのTiパターンの形成)
次に、RFマグネトロンスパッタリング法を用いて、KNN圧電体薄膜層4上にTi膜を成膜する。次に、フォトレジストを塗布し、露光及び現像を行い、Ti膜上にフォトレジストパターンを形成する。そして、フッ酸と硝酸の混合液を用いてTi膜をエッチングし、アセトン洗浄によりフォトレジストパターンを除去することで、TiパターンをKNN圧電体薄膜層4上に形成する。このTi膜は、非鉛の圧電体薄膜ウェハ1の微細加工における適切なマスク材料として用いられる。この実施の形態に係るニオブ酸化物系圧電体薄膜に対しても所定のエッチング選択比を有しており、Arイオンエッチングにおけるマスク厚さの増加によるパターン精度の悪化を防止することができる。
【0031】
(ドライエッチングによる加工)
この実施の形態に係る圧電体薄膜ウェハ1を用い、図示しないセンサやアクチュエータを作製する場合は、ドライエッチングプロセスによりKNN圧電体薄膜層4を梁や音叉の形状(素子形状部)に加工する。素子形状部の形成後、ダイシング等によりそれぞれ素子分離(チップ化)することで圧電薄膜素子を得ることができる。この圧電体薄膜ウェハ1の加工においては、そのKNN圧電体薄膜層4が短時間で加工できることに加え、Pt下部電極層3において制御性よく加工を停止できることが、高い精度で微細加工を行う際に必要となる。
【0032】
本件発明者等は、Si基板2上に形成されたPt下部電極層3と、Pt下部電極層3上に形成されたKNN圧電体薄膜層4とを有する圧電体薄膜ウェハ1を多数試作し、それらの圧電体薄膜ウェハ1に対して、Ar、もしくはArとCHFあるいはCなどの混合ガスを用いてドライエッチングを行うことで微細加工特性を評価した。
【0033】
その結果、エッチングの際のイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度の時間変化が、KNN圧電体薄膜層4とPt下部電極層3の界面付近で急激に起きることを知った。KNN圧電体薄膜層4のドライエッチング中には、Naの発光ピーク強度が観測されるが、KNN圧電体薄膜層4とPt下部電極層3との界面において、このNa発光ピーク強度は急激に減少する。
【0034】
この実施の形態の特徴とするところは、放出されるイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度の変化を検出してエッチング速度を変更することにある。その一例としては、Arのみでエッチングの停止制御を行うとともに、エッチングにより放出されるイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度が定常状態の値である定常値から急激に減衰した状態の値を圧電体薄膜のエッチングの終点検出に使用する。図示例では、Naの発光ピーク強度が定常値から50〜60%程度まで減衰した状態の値でエッチングを停止することで、初期の目的とする微細加工が達成される。
【0035】
ここで、Naの発光ピーク強度が定常値とは、Na発光ピーク強度が急激に減少する時間(図3に示すグラフの急峻な下傾斜部分の終点付近であるエッチング時間80分)に対し、Na発光ピーク強度が急激に減少し始める前の1/4〜3/4時間(図3に示すグラフの20分から60分の間のエッチング時間)における発光ピーク強度の平均値とした。
【0036】
このKNN圧電体薄膜層4の微細加工は、Arを含むガスを用いたドライエッチングを行うエッチング工程と、ドライエッチングにより放出されるイオンプラズマ中のNa発光ピーク強度の減衰を検知するとともに、Na発光ピーク強度の時間変化を検出してエッチング速度を変更する工程とにより行うことが肝要である。このエッチング変更工程では、図2及び図3に示すように、586nmから590nmのNa発光スペクトルの発光ピーク強度がエッチング工程における定常値から急激に減衰したことを検出することで、Pt下部電極層3において制御性よくエッチングを停止させることができる。このドライエッチングにより、KNN圧電体薄膜層4を短時間に精度よく微細加工することが可能となり、エッチング断面形状がSi基板2の面に向けて漸次拡大するテーパ状となるように上辺が短く下辺が長い上短下長の台形状となるように加工を行うことができる。
【0037】
上記した方法により得られた圧電体薄膜素子のPt下部電極層3及び図示しない上部電極層に、電圧検知手段又は電圧印加手段を接続することでセンサやアクチュエータが得られる。上部電極層は、エッチングによる微細加工後、Ti膜を除去した後に形成してもよいが、工程の簡略化のため、エッチング前の圧電体薄膜層上に形成してもよい。この場合は、上部電極層上にTiなどのマスクを形成し、エッチングを行う。
【実施例】
【0038】
以下に、本発明の更に具体的な実施の形態として、実施例を挙げて、図2〜図4、並びに表1及び2を参照しながら、圧電体薄膜ウェハについて詳細に説明する。なお、この実施例にあっては、圧電体薄膜ウェハの典型的な一例を挙げており、本発明は、これらの実施例に限定されるものではないことは勿論である。
【0039】
(下部電極層及びKNN圧電体薄膜の形成)
基板は、熱酸化膜付きのSi基板2((100)面方位、厚さ0.525mm、熱酸化膜厚さ200nm、サイズ4インチウェハ)を用いた。RFマグネトロンスパッタリング法を用いて、Si基板2上にPt下部電極層3(Pt、膜厚210nm)を形成するにあたり、Si基板2とPt下部電極層3との間に図示しないチタン(Ti)密着層を蒸着する。この実施例では、Ti密着層の膜厚を10nmに形成する。なお、Ti密着層の膜厚は1nm以上30nm以下の範囲とすることが好適である。Ti密着層とPt下部電極層とは、基板温度100〜350℃、放電パワー200W、導入ガスAr雰囲気、圧力2.5Pa、成膜時間1〜3分、10分の条件で成膜した。Pt下部電極層3の面内表面粗さを測定したところ、算術平均表面粗さRaが0.86nm以下であった。X線回折測定により、Pt下部電極層3は(111)に配向していることが確認された。
【0040】
このPt下部電極層3上に(K1−xNa)NbO薄膜をRFマグネトロンスパッタリング法で形成した。この(K1−xNa)NbO薄膜(KNN)は、Na/(K+Na)=0.425〜0.730の(K1−xNa)NbO焼結体をターゲットに用い、基板温度520℃、放電パワー700W、O/Arの混合比0.005、チャンバー内圧力1.3Paの条件で成膜し、KNN圧電体薄膜層4を得た。このKNN圧電体薄膜層4のスパッタ成膜時間としては、膜厚がほぼ3μmとなるように調整して行った。
【0041】
(マスクとしてのTiパターンの形成)
次に、KNN圧電体薄膜層4上にTi膜をRFマグネトロンスパッタリング法により約1.2μm成膜した。次に、OFPR−800などのフォトレジストを塗布し、露光及び現像を行い、Ti膜上にフォトレジストパターンを形成した。その後、フッ酸と硝酸の混合液(HF:HNO:HO=1:1:50)を用いてTi膜をエッチングし、アセトン洗浄によりフォトレジストパターンを除去し、TiパターンをKNN圧電体薄膜層4上に形成した。
【0042】
なお、マスクの厚さについては、KNN膜のTiマスクとのエッチング選択比(エッチング速度比率)を考慮して決定した。ここでは、エッチングにより減少したTi膜の量(厚さ)と、KNN膜の量(厚さ)を測定する方法を用いた。具体的には、Arガス、又はArを含むガスを用いたドライエッチング後に、残留したTiパターンをフッ酸と硝酸の混合液を用いて除去し、段差を測定することでエッチング深さを求めた。そして、エッチング前後の段差測定からKNNとTiのエッチング選択比を求めた。段差を測定することで求めたエッチング深さと、エッチング前後の段差測定から求めた「圧電体薄膜厚/マスク厚」のエッチング選択比は、最大で3程度であり、KNN圧電体薄膜4を加工する場合は、「圧電体薄膜厚/マスク厚」比を3以下とすることが好適であるということが分かった。
【0043】
(ドライエッチングによる加工)
次に、Tiマスクパターンを施したKNN圧電体薄膜層4上に、Arを含むガスを用いたドライエッチングにより微細加工を行う。この工程において、イオンプラズマ中のNa発光ピーク強度の時間変化を観測することで、下部電極層3において制御性よく加工を停止する微細加工を行った。ドライエッチング装置としては、ICP−RIE装置(サムコ製RIE−102L)を用いた。ガスとしては、Ar、もしくはArとCHF、C、CF、SF、Cなどのフッ素系反応ガスとの混合ガスを用いることができる。
【0044】
(Na発光ピーク強度の観測)
上記ドライエッチングプロセスにおいて、イオンプラズマ中のNa発光ピーク強度(以下、「Naピーク強度」ともいう。)の時間変化の観測を行った。そのNaピーク強度は、スペクトルメータ(Ocean Optics製USB2000)を用いて測定した。ドライエッチングは、RF出力400W、チャンバー内圧力33.3Pa(0.25Torr)、ガス総流量100sccmの条件で行った。KNN薄膜としては、膜厚2830nmのものを用いた。
【0045】
図2に、ドライエッチングプロセス中の580nmから600nmの波長領域の発光スペクトルを示す。図2から明らかなように、Na発光スペクトルに対応する586nmから590nmの波長の発光強度では、KNN圧電体薄膜層4のドライエッチングが進むとともに、減少することが確認できる。
【0046】
(ドライエッチングによるエッチング速度の確認)
RF出力400W、チャンバー内圧力33.3Pa(0.25Torr)、ガス総流量100sccmとして、ガス組成と混合比とを変えてKNN圧電体薄膜層4の微細加工を行った。KNN圧電体薄膜層4のエッチングの終点検出には、上記イオンプラズマ中のNaピーク強度の時間変化により検出する方法を用いた。
【0047】
下記表1を参照すると、表1には、ドライエッチングに用いたガス組成、及び混合比と、そのガス組成、及び混合比を変えた際のKNN圧電体薄膜層4のエッチング速度との関係が示されている。表1から理解できるように、Arを含むガスを用いたドライエッチング(反応性イオンエッチング(RIE))により、最大で43[nm/min]のエッチング速度が得られた。
【0048】
下記の表2に、表1と同様にガス組成と混合比とを変えて、KNN圧電体薄膜層4の微細加工を行った実施例1〜10をまとめて示す。実施例1〜7は、バイアス電力を0Wとし、実施例8〜10は、バイアス電力を5Wとした。実施例1〜10のいずれの場合も、Pt下部電極層3においてエッチングを制御性よく停止することができた。
【0049】
図3には、イオンプラズマ中のNa発光スペクトルの中心波長に対応する588.5nmのNaピーク強度とエッチング時間との関係が示されている。図3において、グラフの右軸に、表1に示すエッチング速度から求めたエッチング深さの推定値とKNN圧電体薄膜層4の膜厚を示している。図3から理解できるように、KNN圧電体薄膜層4をドライエッチングにより削り切る前の定常値から削り切る付近(図3に示すグラフにおける右側の急峻な下傾斜部分)で、イオンプラズマ中のNa発光ピーク強度が大きく減少している。このNa発光ピーク強度の減衰部分をKNN圧電体薄膜層4のエッチングの終点検出に使用することができる。
【0050】
上記のようなNa発光スペクトルの観測に加えて、「KNN圧電体薄膜層(圧電体薄膜厚)/Pt下部電極層(Pt層厚)」の比が15以下となるPt下部電極層3を用いることで、より確実にPt下部電極層3における加工停止が容易となる。「圧電体薄膜厚/Pt層厚」の比を15以下としたのは、大口径ウェハ面内において、削り残しや削り過ぎがないようにするためである。この実施例では、Pt下部電極層3を100nmほど削って加工を停止することが適当であり、KNN圧電体薄膜層4が3μmに対し、Pt下部電極層3を210nmとした。加圧された圧電薄膜素子を用いてデバイスを構成する場合、電圧の印加又は電圧の検知を行うため、エッチングにより露出させたPt下部電極層をパッドとして用いる形態がある。このような形態の場合には、エッチング後に露出した下部電極層の厚さが80nm以上、好ましくは100nm以上となるように予め各層の膜厚やエッチング選択比を決定しておくとよい。
【0051】
なお、Arガスにおいてチャンバー内圧力を20〜66.7Pa(0.15〜0.50Torr)まで変化させて確認したところ、エッチング速度に20%程度の差がみられ、33.3Pa(0.25Torr)の場合にエッチング速度が最大となることを確認した。また、反応性ガスとしては、C、CF、SF、Cなどのフッ素系反応ガスを用いた場合でも同様の効果が得られた。
【0052】
図3及び表2から明らかなように、KNN圧電体薄膜層4を短時間で高精度に微細加工するためには、Ar、もしくはArとCHF、C、CF、SF、Cなどのフッ素系反応ガスとの混合ガスを用いたドライエッチングプロセスを用いることが好適であるということが理解できる。Ptなどの下部電極層3でエッチングを停止させるためには、イオンプラズマ中のNa発光ピーク強度の時間変化を検出することが好適である。但し、Arに対して反応ガスの比率が多い場合は、KNNのエッチングレートが大きく落ちる傾向にあるため、Arと反応ガスとの比率については注意すべきである。具体的には、Arガス/反応ガスの混合比が1より小さい場合には、KNNのエッチングレートが大きく落ち、現実的な微細加工には不向きである。従って、Arガス/反応ガスの混合比を1以上に設定することが好ましく、更に好ましくは、Arガス/反応ガスの混合比を2.5以上に設定することが望ましい。
【0053】
(微細加工及びエッチング停止)
図4を参照すると、図4には、上記実施例1における微細加工後の圧電体薄膜ウェハの断面SEM像が示されている。図4から明らかなように、Arを含むガスを用いたドライエッチングによりKNN圧電体薄膜層4を微細加工する工程と、イオンプラズマ中のNa発光ピーク強度の変化を検知することによりPt下部電極層3において制御性よく加工を停止する工程とを組み合わせることで、KNN圧電体薄膜層4を除去し、Pt下部電極層3においてエッチングが停止できるということが確認できる。
【0054】
微細加工後のKNN圧電体薄膜層4におけるエッチング断面には、図4に示すように、外方に向けてテーパー状に拡がる傾斜部が形成されている。その傾斜部は、上辺が短く下辺が長い上短下長の台形状断面を有している。KNN圧電体薄膜層4の上面端と底面端とを結んだ法面と、KNN圧電体薄膜層4の底面とがなす角度θは、初期の目的とする45°より大きく90°より小さい法面角度θ(以下、「テーパー角θ」ともいう。)となっている。
【0055】
バイアス電力を制御することで、KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θを45°より大きく90°より小さい範囲に制御できる。表2に示す実施例9及び10において、バイアス電力を12〜15Wの範囲で制御して微細加工を行うと、KNN圧電体薄膜層4に65°〜70°のテーパー角θが得られた。バイアス電力を150Wまで上昇させると、KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θを85°〜90°の範囲に制御が可能であった。
【0056】
更に、バイアス電力の制御に加えて、炉内圧力を制御することで、KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θを45°より大きく90°より小さい範囲となるように制御性を向上させることが可能であることを確認した。その一例としては、炉内圧力を下げるように制御することで、KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θを高角度にできることを確認した。バイアス電力を5Wとした実施例8においては、例えば炉内圧力を6.67Pa(0.05Torr)とすると、KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θを70°に制御することが可能であった。
【0057】
KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θが45°以下であると、KNN圧電体薄膜層4の微細加工の精度が悪くなり、圧電体薄膜素子が設計通りの特性を発揮できなくなるので好ましくない。一方、KNN圧電体薄膜層4のテーパー角θが90°以上であると、KNN圧電体薄膜層4のエッチング断面は上長下短の逆台形状となり、構造的に不安定であり、安定性や信頼性に欠けたものとなり、ドライエッチングプロセス工程における歩留りが低下する。KNN圧電体薄膜層4の法面角度θを45〜90°の範囲で制御した圧電体薄膜素子を用い、カンチレバー型のアクチュエータを形成した。印加電圧20Vをかけて動作確認を行ったところ、動作の安定性や信頼性(1億回動作後の劣化率)に問題はなく、圧電体薄膜デバイスへの適用に適していることが確認できた。
【0058】
[変形例]
以上の説明からも明らかなように、本発明の圧電体薄膜ウェハを上記実施の形態及び実施例に基づいて説明したが、本発明は上記実施の形態、実施例及び図示例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能であり、次に示すような変形例も可能である。
【0059】
上記実施の形態及び実施例では、Arを含むガスを用いたが、さらにO又はNなどのガスを含む場合も同様の効果が得られる。
【0060】
表1に示すように、エッチングガスの種類、混合割合によっては、エッチング速度が40nm/minを超える加工が可能であるが、圧電体薄膜の厚さによってはエッチング速度を遅くするようフッ素系反応ガスの混合量を制御するとよい。例えばKNN圧電体薄膜層4の膜厚を1μm未満としたときは、KNN圧電体薄膜層4の面内の一部に削り方にムラ(削れ過ぎや削り残し)が見られる場合がある。実施例8のエッチングでは、その反応が、1μm未満の厚さのKNN圧電体薄膜層4に対して速すぎるのではないかと考えられる。そこで、実施例9のようにCの量を増やし、エッチング速度を制御する。
【0061】
また、圧電体薄膜層4の厚さが200nm〜500nmである場合は、Arガスとフッ素系反応ガスの割合が1:1の混合ガスを用いて反応性イオンエッチングを行うことで、良好な制御性でエッチングを行うことが可能となる。エッチングガスの流量を制御することで、Na発光ピーク強度の時間変化の検知やエッチングの制御性の改善が可能となり、圧電体薄膜層4の厚さが1μm未満であっても、初期の目的とする微細加工が得られる。
【0062】
下地層としては、Pt以外にLiNbO、KNbOであってもよい。Pt下部電極層3上に下地層としてKNbOを設けるような多層構造としてもよい。
【0063】
上記実施の形態及び実施例では、エッチング停止条件を定常値から50〜60%の減衰を検知し、表1のエッチング速度に応じて適宜決定して実施した一例を例示したが、他のエッチング条件により適宜変更することも可能である。例えば、定常値から20〜40%の減衰を検知し、フッ素系反応ガスの比率を増加させるようにエッチングガス流量を制御することで、エッチング速度を低下させるとともに、KNN圧電体薄膜とPt薄膜とのエッチング選択比が高くなるように制御し、Pt下部電極層において選択的にエッチングを停止し、より高精度な加工を行うこともできる。また、エッチング工程の途中においてバイアス電力を制御することで、傾斜部の形状を制御してもよい。更には、上記実施例を適宜に組み合わせることで、所望の形状に加工することもできる。
【0064】
微細加工後のKNN圧電体薄膜層4の台形状断面構造は、KNN圧電体薄膜層4の法面の上方向及び/又は下方向に向けて膨出する半円弧形状を有する断面構造に形成される場合もある。
【0065】
上記実施の形態及び実施例では、密着層としてTiを例示したが、Taを密着層に用いることも可能であり、上記実施の形態及び実施例と同様の効果が得られる。上記実施例では、Ti密着層の膜厚を1nm以上30nm以下の範囲としたが、基板の露出を防ぐための層としては、30nmより厚く形成してもよい。その一例としては、例えば適用するデバイスによっては、Pt下部電極層を100nm未満に薄く形成する必要がある。このような場合は、反応性ガスの混合比を制御することにより、KNN圧電薄膜とPt下部電極層とのエッチング選択比を制御し、Pt下部電極層の削りすぎによる基板の露出を防ぐことが好ましいが、基板とPt下部電極層との間に50nmのTi層を設けることで、エッチングによる基板の露出を防ぐことも可能である。
【0066】
上記実施の形態及び実施例では、熱酸化膜付き(001)Si基板2を用いたが、異なる面方位のSi基板、熱酸化膜無しのSi基板、SOI基板でも同様の効果が得られる。Si基板に代えて、石英ガラス基板、GaAs基板、サファイア基板、ステンレスなどの金属基板、MgO基板、あるいはSrTiO基板、圧電性基板などを用いることも可能である。
【0067】
上記実施の形態及び実施例では、KNN圧電体薄膜層4に他の元素を添加していないが、5原子数%以下のLi(リチウム)、Ta、Sb(アンチモン)、Ca(カルシウム)、Cu(銅)、Ba(バリウム)、Ti等をKNN圧電体薄膜4に添加してもよい。
【0068】
上記実施例では、4インチウェハを用いたが、4インチ以上、例えば6インチウェハを用いることも可能である。
【0069】
なお、上記環境負荷の小さい圧電体薄膜ウェハ1の製造方法を用い、得られた圧電体薄膜素子のPt下部電極層及び上部電極層に、電圧検知手段を接続することでセンサが得られ、電圧印加手段を接続することでアクチュエータが得られる。アクチュエータとしては、インクジェットプリンタ用ヘッド、スキャナー、超音波発生装置などに用いることができる。センサとしては、ジャイロ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどに用いることができる。
【0070】
アクチュエータやセンサ以外にも、フィルタデバイス、又はMEMSデバイスに適用できる圧電体薄膜素子が得られ、電圧検知手段又は印加手段を設けた圧電薄膜デバイスを従来品と同等の信頼性と、安価な製造コストとで作製することができることは勿論である。
【0071】
【表1】

【0072】
【表2】

【符号の説明】
【0073】
1 圧電体薄膜ウェハ
2 基板
3 下部電極層
4 圧電体薄膜層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成された組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜に、Arを含むガスを用いてドライエッチングを行うエッチング工程と、
放出されるイオンプラズマ中のNaの発光ピーク強度の変化を検出して前記エッチング速度を変更する工程とを有することを特徴とする圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項2】
前記Na発光ピーク強度の減衰を検知するとともに、前記Na発光ピーク強度の時間変化を検出することを特徴とする請求項1記載の圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項3】
前記エッチング速度を変更する工程は、前記基板と前記圧電体薄膜との間に形成された下地層において選択的にエッチングを停止するエッチング停止工程を含むことを特徴とする請求項1又は2記載の圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項4】
前記下地層としてPt下部電極層を形成したことを特徴とする請求項3記載の圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項5】
前記エッチング工程は、前記Arガスにフッ素系反応ガスを混合したガスを用いて行う反応性イオンエッチングを含むことを特徴とする請求項1記載の圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項6】
前記圧電体薄膜上にTi又はTaをマスクパターンとして形成し、前記エッチング工程を行うことを特徴とする請求項1又は5記載の圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項7】
前記マスクパターンの膜厚は、「圧電体薄膜厚さ/マスクパターン厚さ」の比が3以下であり、
前記Pt下部電極層の厚さは、「圧電体薄膜厚さ/Pt層厚さ」の比が15以下であることを特徴とする請求項4又は6記載の圧電体薄膜ウェハの製造方法。
【請求項8】
基板上に下部電極を形成する工程と、
前記下部電極上に組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜を形成する工程と、
前記圧電体薄膜にArを含むガスを用いたドライエッチングにより微細加工を行う際に、イオンプラズマ中の586nmから590nmのNa発光スペクトルの発光ピーク強度の減衰変化を観測して下部電極において加工を停止し、前記圧電体薄膜のエッチング断面を前記基板の面に向けて漸次拡大するテーパー状に加工する工程とを含むことを特徴とする圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項9】
基板と、
前記基板上に形成される組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電体薄膜とを備え、
前記圧電体薄膜は、エッチング断面に外方に向けてテーパー状に拡がる傾斜部を有してなることを特徴とする圧電体薄膜素子。
【請求項10】
前記傾斜部は、圧電体薄膜の上面端と底面端を結んだ法面と圧電体薄膜底面のなす角度を45°より大きく90°より小さく設定してなることを特徴とする請求項9記載の圧電体薄膜素子。
【請求項11】
前記傾斜部の表面にフッ素化合物を有してなることを特徴とする請求項9又は10記載の圧電体薄膜素子。
【請求項12】
上記請求項9〜11のいずれかに記載の圧電体薄膜素子の前記基板と前記圧電体薄膜との間に下部電極を備えるとともに、前記圧電体薄膜上に上部電極を備え、前記下部電極及び前記上部電極に電圧印加手段又は電圧検知手段を更に備えたことを特徴とする圧電体薄膜デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−59760(P2012−59760A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198918(P2010−198918)
【出願日】平成22年9月6日(2010.9.6)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】