説明

圧電体薄膜素子、圧電体薄膜素子の製造方法、インクジェットヘッド、及びインクジェット式記録装置

【課題】圧電体薄膜素子の圧電性能を損なうことなく、電極と圧電薄膜との膜の密着性を上げ、圧電体薄膜素子を用いたデバイスの作成プロセスで安定した品質と歩留まりを有す圧電体薄膜素子を提供すること。
【解決手段】圧電体薄膜14を備える圧電体薄膜素子15であって、圧電体薄膜14は膜厚方向に、複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層(第1の圧電体薄膜14a)と、単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層(第2の圧電体薄膜14b)を含むようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気機械変換機能を呈する圧電体薄膜素子、この圧電体薄膜素子の製造方法、この圧電体薄膜素子を用いたインクジェットヘッド、及びこのインクジェットヘッドを印字手段として備えたインクジェット式記録装置に関する技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
一般に、圧電体薄膜素子は、圧電体薄膜をその厚み方向に2つの電極で挟んでなる積層体を備えている。ここで、圧電体の材料は、機械的エネルギーを電気的エネルギーに変換し、あるいは電気的エネルギーを機械的エネルギーに変換する材料である。圧電体材料の代表的なものは、ペロブスカイト型結晶構造の酸化物であるチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)(PZT)や、このPZTにマグネシウム、マンガン、ニッケル、ニオブなどを添加したものなどがある。
【0003】
特に、ペロブスカイト型結晶構造の正方晶系PZTの場合には<001>軸方向(C軸方向)に、菱面体晶系PZTの場合には<111>軸方向に、大きな圧電変位が得られる。しかし、多くの圧電体材料は、結晶粒子の集合体からなる多結晶体であり、各結晶軸は不規則な方向を向いている。このため、自発分極Psも不規則に配列しているが、圧電体薄膜素子の場合には、それらのベクトルの総和が、電界と平行方向になるように作られている。そして、この圧電体薄膜素子の1つの利用形態として、従来技術では、開口部を有する基板上に、この開口部を覆うように振動板が設けられていて、この振動板上に下電極、圧電体薄膜、上電極が配設されてなるダイアフラム型圧電体薄膜素子が知られており、このダイアフラム型圧電体薄膜素子は液体吐出機構やインクジェットヘッド等に広く利用されている(例えば、(特許文献1))。従来のインクジェットヘッドの作製方法は、圧電体薄膜の形成法としてグリーンシートを圧力発生室の形状に合わせて貼り付け、これを焼成するといった比較的簡単な工程であり、振動板上に圧電体薄膜素子を作りつけて形成されていたが、高密度配列が困難であるといった問題があった。
【0004】
近年、圧電体薄膜はスパッタ法等の物理的気相成長法(PVD)や化学的気相成長法(CVD)、ゾルゲル法等のスピンコート法等で薄膜形成され、従来の焼結体と比較して、圧電体薄膜の膜厚を精度良く、ばらつきが少なく形成できる。またフォトリソグラフィーやドライエッチング等による微細加工が適用できるため、素子の小型化、高密度化に有利である。また最近水熱合成法と呼ばれ、種結晶をアルカリ加熱水中で成長させる技術も提案されている。
【0005】
例えば(特許文献2)にみられるように、振動板の表面全体に亙って成膜技術により均一な圧電体薄膜を形成し、この圧電体薄膜をリソグラフィー法等により各圧力発生室に対応する形状に切り分けて、圧力発生室ごとに独立するように圧電体薄膜素子を形成することが提案されている。これにより圧電体薄膜素子を弾性板に貼り付ける作業が不要となり、リソグラフィー法という高精度な加工法で圧電体薄膜素子を形成できるばかりでなく、圧電体薄膜素子の厚みを薄くでき応答性の高い圧電体薄膜素子が形成可能となるとされている。
【0006】
また圧電体薄膜の圧電体としての特性を向上させるため、基板上に形成した電極から配向を制御し、圧電体薄膜の配向を(001)単一配向で形成する製造方法も提案されている(例えば、(特許文献3))。この製造方法においては、基板や電極を構成する材料を選択することにより、圧電体薄膜の配向制御が行いやすくなるため、圧電体薄膜素子の特性を向上するのに好適であるとされている。この圧電体薄膜素子を用いたインクジェットヘッドの製造方法としては、振動板と圧力室部材を形成した後、基板は除去される。その後は同様に、電極と圧電体薄膜を各圧力発生室に対応する形状に切り分けて、圧力発生室ごとに独立するように圧電体薄膜素子を形成する。
【特許文献1】特開2001-284671号公報
【特許文献2】特開平5−286131号公報
【特許文献3】特開2004−079991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
圧電体薄膜の結晶構造は圧電体薄膜を成す複数の結晶粒と、この結晶粒間に存在する結晶粒界から構成され、これらを改良して圧電体特性を高めるための種々の試みが提案されている。圧電体薄膜は基板上に形成した下電極側より形成する場合、下電極の影響を少なからず受けて成長する。特にスパッタ法等の物理的気相成長法(PVD)や化学的気相成長法(CVD)で連続的に圧電体薄膜を形成した場合にはその傾向が顕著に表れる。このとき、圧電体薄膜を成す結晶粒は柱状に成長するのが一般的である。圧電特性に関しては柱状結晶が連続的に同一結晶軸で成長する方が一般的には好ましい。下電極側から結晶成長を制御して、(001)や(111)等の配向を膜厚方向に連続的に成長させることにより高い圧電性能を発現させることができる。
【0008】
しかしながら、前述したインクジェットヘッドのような、圧電体薄膜素子を用いたデバイスを製作する場合、圧電体薄膜素子を作成した後に、成膜時に用いた基板を除去する工程が必須となっているデバイスが多く存在する。その場合、基板除去時に生じる基板内部応力の開放や、圧電体薄膜素子に内在する内部応力のバランス等が崩れ、素子の構成層の膜剥離が生じるといった課題があった。特に基板上に成膜される下電極と圧電体薄膜は高温プロセスにより形成されるため、内部応力が大きく、基板除去後に下電極と圧電体薄膜との間で膜剥離が起こりやすくなっている。またこれらの膜は結晶配向を制御する必要から、成膜条件の選択範囲が狭く、成膜時の温度条件を低くして内部応力を減らすような方法を取ることができないため、下電極と圧電体薄膜との密着性を上げて膜剥離が生じないようにする必要がある。
【0009】
上記課題に鑑みて、本発明の目的は、圧電体薄膜素子の圧電性能を損なうことなく、電極と圧電体薄膜との膜の密着性を向上し、圧電体薄膜素子を用いたデバイスの作成プロセスで安定した品質と、高い歩留まりが得られる圧電体薄膜素子を提供することである。
【0010】
また本発明の他の目的は、圧電体薄膜素子の圧電性能を損なうことなく、電極と圧電体薄膜との膜の密着性を向上させるための圧電体薄膜素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の圧電体薄膜素子は、圧電体薄膜を備える圧電体薄膜素子であって、圧電体薄膜は膜厚方向に、複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、単一の結晶配向を有する多結晶体を含むように構成したものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明による圧電体薄膜素子の構成によれば、圧電体薄膜素子の圧電性能を損なうことなく、電極と圧電体薄膜との膜の密着性が向上し、圧電体薄膜素子を用いたデバイスの作成プロセスで安定した品質と歩留まりを有す圧電体薄膜素子を提供することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の圧電体薄膜素子は、圧電体薄膜を備える圧電体薄膜素子であって、圧電体薄膜は膜厚方向に、複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層を含むようにしたものである。
【0014】
これによって、圧電体薄膜と、圧電体薄膜に電位を付与する電極との密着性が向上するとともに、良好な圧電特性を得ることができる。
【0015】
また本発明は、圧電体薄膜の複数の結晶配向を有する多結晶体の結晶方向を、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか2つ以上で構成し、単一の結晶配向を有する多結晶体の結晶配向を、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか1つで構成したものである。
【0016】
これによって、高い圧電特性を示す結晶配向が含まれており、良好な圧電特性を得ることができる。
【0017】
また本発明は、圧電体薄膜は電極間に設けられ、圧電体薄膜の多結晶体を構成する結晶粒が、電極の一方の一端から略垂直方向に成長する柱状結晶としたものである。
【0018】
これによって、圧電特性を発揮するのに良好な結晶構造とすることができる。
【0019】
また本発明は、圧電体薄膜の結晶粒の粒径を0.05〜0.5μmとしたものである。
【0020】
これによって、結晶粒の配置が緻密であり、薄膜の緻密性、均一性に優れた良好な膜質を呈するとともに、剛性の高い、優れた膜の機械特性を得ることができる。
【0021】
また本発明は、圧電体薄膜の単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層の結晶配向を、複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層が含む構成としたものである。
【0022】
これによって、圧電体薄膜の膜厚方向の結晶成長が連続的となり、継ぎ目のない均一な膜質を得ることができる。
【0023】
また本発明は、圧電体薄膜の単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層の結晶配向を、(001)配向としたしたものである。
【0024】
これによって、高い圧電特性を示す結晶配向が含まれており、良好な圧電特性を得ることができる。
【0025】
本発明の圧電体薄膜素子は、電極間に圧電体薄膜を設けた圧電体薄膜素子であって、圧電体薄膜は膜厚方向に複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、を含み、膜厚方向に存在する構成元素が同一であるようにしたものである。
【0026】
これによって、圧電体薄膜の緻密性、均一性に優れた良好な膜質を呈するとともに、結晶成長の連続性を有し、良好な圧電特性を得ることができる。
【0027】
また本発明は、圧電体薄膜をPb、Zr、Tiを含むペロブスカイト構造の酸化物で構成したものである。
【0028】
これによって、優れた圧電特性を発揮する組成と結晶構造とすることができる。
【0029】
また本発明は、圧電体薄膜におけるZrの組成比を0.3<Zr/(Zr+Ti)<0.8としたものである。
【0030】
これによって、圧電特性、即ち変位量が大きい組成とすることができ、圧電アクチュエータとして好適な圧電体薄膜を得ることができる。
【0031】
また本発明は、圧電体薄膜におけるPbの組成比を0.9<Pb/(Zr+Ti)<1.3としたものである。
【0032】
これによって、結晶配向を制御することができ、良好な結晶成長により高い圧電特性を発揮することができる。
【0033】
また本発明は、圧電体薄膜におけるZrとTiの組成比を圧電体薄膜全体で同一とし、Pbの組成比を複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層とで異なるようにしたものである。
【0034】
これによって、膜厚方向の異なる結晶配向を制御することができ、良好な結晶成長により高い圧電特性を発揮することができる。
【0035】
また本発明は、圧電体薄膜をスパッタ法、真空蒸着法、レーザーアブレーション法、イオンプレーティング法、MBE法、MOCVD法、プラズマCVD法等の気相成長法で形成したものである。
【0036】
係る工法を採用することで、圧電体薄膜の結晶成長や膜厚を精度よく制御でき、優れた圧電特性と薄膜の均一性が優れた圧電体薄膜を形成することができる。
【0037】
本発明のインクジェットヘッドは、上述の圧電体薄膜素子の一方の面に設けられた振動板膜と、この振動板膜の圧電体薄膜素子とは反対側の面に設けられた、インクを収容する圧力室を有する圧力室部材とを備え、圧電体薄膜素子の圧電効果により振動板膜を膜厚方向に変位させて圧力室のインクを吐出させるように構成したものである。
【0038】
これによって、高精度で優れた高い吐出性能を有するインクジェットヘッドを提供することができる。
【0039】
本発明のインクジェット式記録装置は、上述のインクジェットヘッドと記録媒体とを相対移動させる相対移動手段とを備え、この相対移動手段によりインクジェットヘッドが記録媒体に対して相対移動しているときに、インクジェットヘッドにおいて圧力室に連通するように設けたノズル孔から、圧力室に収容されたインクを記録媒体に吐出させて記録を行なうように構成したものである。
【0040】
これによって、高性能で高い信頼性を有するインクジェット式記録装置を提供することができる。
【0041】
本発明の圧電体薄膜素子の製造方法は、基板上に第1の電極を形成する工程と、第1の電極の上にスパッタ法を用いて圧電体薄膜を形成する工程と、圧電体薄膜の上に第2の電極を形成する工程とを有し、圧電体薄膜を形成する工程は、第1の圧電体薄膜を形成する工程と、第2の圧電体薄膜を形成する工程を含み、第1の圧電体薄膜を形成する工程における基板の温度を、第2の圧電体薄膜を形成する工程における基板の温度より高くなるように、基板を加熱しながら成膜を行なうようにしたものである。
【0042】
これによって、圧電体薄膜が結晶配向の異なる層を膜厚方向に形成することが可能となる。
【0043】
また本発明は、第1の圧電体薄膜を形成する工程によって、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか2つ以上の配向を備える圧電体薄膜を形成し、第2の圧電体薄膜を形成する工程によって、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか1の配向を備える圧電体薄膜を形成するようにしたものである。特に第2の圧電体薄膜を形成する際に、基板の温度を(001)配向が得られる温度に設定し、加熱しながら成膜を行なうようにするとよい。
【0044】
これによって、圧電体薄膜が所定の結晶配向を有す層を膜厚方向に形成することが可能となる。
【0045】
また本発明は、圧電体薄膜をPb、Zr、Tiで構成されるスパッタリングターゲットを用いて成膜し、このスパッタリングターゲットの組成を、圧電体薄膜の組成と同一、あるいはZr、Tiの比率は同じで、かつPbの過剰量が0〜0.4モルの範囲としたものである。
【0046】
これによって所定の結晶配向を有する圧電体薄膜が得られ、生成物である圧電体薄膜の特性を確保することが可能となる。
【0047】
また本発明は、基板を除去する工程を、更に有すものである。
【0048】
これによって、圧電体薄膜が高い特性を有し、これを用いたデバイスを高性能で高精度に作成することが可能となる。
【0049】
本発明の圧電体薄膜素子は、第1の電極と、第2の電極と、第1の電極と第2の電極の間に設けられた圧電体薄膜とを備える圧電体薄膜素子であって、圧電体薄膜は複数の層から構成され、第1の電極側の圧電体薄膜の層を複数の結晶配向を有する多結晶体で構成し、第2の電極側の圧電体薄膜の層を単一の結晶配向を有する多結晶体で構成したものである。
【0050】
これによって、圧電体薄膜に電位を付与する第1の電極と、圧電体薄膜との密着性が向上し、製造工程における歩留まりを向上することができる。
【0051】
また本発明は、第1の電極を、個々の圧電体薄膜素子に独立して設けられた個別電極とし、第2の電極を、複数の圧電体薄膜素子に共通の共通電極としたものである。
【0052】
これによって、圧電体薄膜に電位を付与する個別電極と、圧電体薄膜との密着性が向上し、製造工程、特に個別電極を形成する際に用いた基板を、個別電極から除去する際における製造上の歩留まりを向上することができる。
【0053】
(実施の形態1)
以下、本発明の実施の形態1を図面に基づいて詳細に説明する。
【0054】
図1は、本発明の実施の形態1に係る圧電体薄膜素子を模式的に示す断面図である。
【0055】
図1において11は、厚みが例えば0.3mmのφ4インチシリコン(Si)ウエハからなる基板であり、この基板11上には、厚みが例えば0.02μmとしたチタン(Ti)からなる密着層12が形成されている。尚、基板11は、Siに限るものではなく、ガラス基板や、金属基板、セラミックス基板等であってもよい。
【0056】
密着層12上には、厚みを例えば0.22μmとした白金(Pt)からなる第1の電極13が形成されている。
【0057】
第1の電極13上には、ペロブスカイト型結晶構造を有するPZTを材料とする、第1の圧電体薄膜14aと第2の圧電体薄膜14bの各層を積層した圧電体薄膜14が、例えば3.0μmの厚みに形成されている。
【0058】
第1の電極13に続けて形成される第1の圧電体薄膜14aの結晶配向は(001)面と(101)面の2つの結晶面が混在し、XRDの回折ピーク強度比では(101)面が強くなっている。続けて形成される第2の圧電体薄膜14bの結晶配向は(001)面のみの単一配向で形成されている。第1の圧電体薄膜14aの結晶配向は、他に(111)配向面が含まれていてもよく、(001)、(101)、(111)のうちのいずれか2つ以上の配向面が混在することが好ましい。第2の圧電体薄膜14bは第1の圧電体薄膜14aのいずれか1つの配向面が選択的に成長していて、(001)、もしくは(111)面の単一配向で構成されていることが好ましい。更に好ましくは、第1の圧電体薄膜14a、第2の圧電体薄膜14bの膜厚方向に(001)面が配向面として存在し、結晶粒の成長に連続性がある構成が選択される。
【0059】
後に実施例1で説明するように、第1の電極13をPtで構成した場合、成膜条件を調整することでPtは(111)面に配向する。このような場合は、上述した第1の圧電体薄膜14aは、少なくとも(111)の結晶配向を含むようにすることが好ましい。またPtを(001)面に配向させて作成する場合、第1の圧電体薄膜14aは同様に少なくとも(001)の結晶配向を含むようにする。このように積層状態において隣接する層に同一の結晶配向面を含ませることによって、後述するように第1の電極13と第1の圧電体薄膜14aの密着性が向上する。
【0060】
更に、このケースにおいて、圧電性の確保のために第2の圧電体薄膜14bを(001)面の結晶配向を持つように成膜したときは、第1の圧電体薄膜14aを少なくとも(001)の結晶配向を含むように成膜することが望ましい。
【0061】
即ち、第1の電極13と第2の圧電体薄膜14bの間に介在する第1の圧電体薄膜14aは、第1の電極13の結晶配向と第2の圧電体薄膜14bの結晶配向の両方を含むように成膜することが望ましい。このようにすることで、各層間の密着性は大幅に改善されることになる。
【0062】
さて、圧電体薄膜14の組成は、正方晶と菱面体晶との境界(モルフォトロピック相境界)付近の組成(Zr/Ti=53/47)である。尚、圧電体薄膜14におけるZr/Ti組成は、Zr/Ti=53/47に限らず、Zr/Ti=30/70〜80/20であればよい。第1の圧電体薄膜14a、第2の圧電体薄膜14bにおけるZr/Ti組成は同一の組成が選択されるのが好ましいが、必要に応じて変更してもよい。またPbの組成比は0.9<Pb/(Zr+Ti)<1.3の範囲であるが、第1の圧電体薄膜14a、第2の圧電体薄膜14bでは、結晶配向の制御を行なうために異なった組成比で構成することが好ましい。実施の形態1では、Pbは第2の圧電体薄膜14bの方に多く含まれる組成としている。
【0063】
また、圧電体薄膜14の構成材料は、PZTにLa、Sr、Nb、Al等の添加物を含有したもの等のように、PZTを主成分とする圧電材料であればよく、PMNやPZNであってもよい。また圧電体薄膜14は膜厚方向に含有される構成元素が同一である。
【0064】
また圧電体薄膜14は圧電特性を発現しないパイロクロア相や構成元素の一部からなるPbO等のPb化合物やTiO、ZrO2等の構成元素の一部からなる他の化合物のピークについては存在しないことが好ましい。
【0065】
更に、圧電体薄膜14の膜厚は、0.5〜10.0μmの範囲であればよい。好ましくは1.0〜5.0μmがよく、この範囲とすることで圧電アクチュエータとして十分な変位量が得られる。
【0066】
さて、圧電体薄膜14の形成にはスパッタ法やレーザーアブレーション法、CVD法などの真空中で膜を用いて形成する方法と、ゾルゲル法や水熱合成法、エアロゾルデポジション法等の真空を用いない方法が知られている。いずれの製造方法でも圧電体薄膜14の結晶配向を少なくとも2つの結晶配向面を形成した後に単一の結晶配向面を構成したり、結晶粒の結晶成長が制御可能な成膜条件や成膜環境が実現可能であればよい。
【0067】
実施の形態1においてはスパッタ法を用いて成膜を行っているが、スパッタ法を用いることで、より好適に圧電体薄膜14の結晶配向面の制御や結晶粒の成長を制御することが可能となる。このとき、作成したい圧電体薄膜14と同一組成、もしくはZrとTiの比率は同じでPbの過剰量が0〜0.4モルの範囲のPZT組成ターゲット(スパッタリングターゲット)を用いて成膜を行なうことが特に有効である。
【0068】
これは、スパッタ法においては成膜時に基板11が高温になっているため、Pbの蒸気圧が低いことからPbの再蒸発がおこり、Pbが膜から抜けやすいためである。スパッタ圧や基板11の温度等の成膜条件の差によってもPbの再蒸発量は変化するが、作成するPZT膜のPb量としては0.9<Pb/(Zr+Ti)<1.3が好適な範囲であるため、この範囲で狙い値の所定量より少なくなると、配向性の劣化や圧電特性の低下を招くため、あらかじめ過剰なPbをターゲットに添加しておく必要がある。
【0069】
更に、実施の形態1においてはスパッタリングを行なう時に基板11の温度を所定の結晶配向(例えば(001)と(101)配向が混在する)が得られる温度で加熱しながら成膜を行い、成膜と同時に所定の結晶配向が得られる方法としている。加熱する温度は最初の第1の圧電体薄膜14aを形成する温度を、第2の圧電体薄膜14bで(001)単一配向を作成する温度より高くする必要がある。また(001)形成温度より低い場合はパイロクア相等の圧電性を発現しない結晶配向が混在し、圧電性の低下を招く。第2の圧電体薄膜14bを形成する場合は(001)の配向が得られる温度条件を設定し、基板を加熱しながら成膜を行なう。
【0070】
すなわち、実施の形態1のスパッタ法では、上述した組成の焼結体ターゲット(PZT組成ターゲット)を用いて、プラズマ中のイオンをターゲットにぶつけることにより、ターゲットからPZTの粒子(Pb、Ti、Zr、Oのイオンや原子など)を飛び出させ、所定の温度に加熱した基板11上で反応させて、所定の結晶性を有するPZT膜を成長させている。
【0071】
一般的にPVDやCVDといった気相成長法においてはメカニズム的に類似性が高く、成膜条件の設定によって、同一の特性を持った膜を形成するのに適している。これに対してゾルゲル法や水熱合成法といった成膜法では真空中で連続的に堆積をするのと異なり、ゾルゲル法のように所定の膜厚になるまで、成膜(塗布)と焼成を繰り返したり、仮焼成の後に本焼成を行なうなど、結晶化を段階的に行なうため、一部が完全に結晶化されなかったり、選択された配向面を連続的に結晶成長させて単一配向面のみで構成させるのが困難である。また膜中に一部、PbO等の圧電性を阻害する組成が析出する場合がある。これらは成膜環境の管理や成膜条件によって制御することは困難で、成膜の再現性の問題もあり、気相成長法を用いることがより好適である。
【0072】
圧電体薄膜14の上には、厚みを例えば0.2μmとするPtで構成される第2の電極16が形成されている。尚、第2の電極16を構成する材料はPtに限らず、導電性材料であればよく、膜厚は0.1〜0.5μmの範囲であればよい。
【0073】
圧電体薄膜素子15は第1の電極13と第2の電極16に挟まれた圧電体薄膜14からなり、両電極に電圧を印加して圧電歪み特性である変位特性を得ることができる。
【0074】
なお、この圧電体薄膜素子15の成膜法は、スパッタ法、真空蒸着法、レーザーアブレーション法、イオンプレーティング法、MBE法、MOCVD法、プラズマCVD法等の気相成長法が好ましいが、ゾルゲル法、最近着目されている水熱合成法などであってもよい。
【0075】
密着層12は、基板11と第1の電極13との密着性を高めるためのものであって、Tiに限らず、タンタル、鉄、コバルト、ニッケル若しくはクロム又はそれらの化合物で構成してもよい。また、密着層12の膜厚は0.005〜1.0μmの範囲であればよい。この密着層12は、基板11と第1の電極13との密着性を確保できるのであれば、必ずしも必要なものではない。
【0076】
(実施例1)
以降、実施の形態1の圧電体薄膜素子15を製造する過程について詳細に説明する。
【0077】
上述した構成の圧電体薄膜素子15は、Si製の基板11上に、密着層12、第1の電極13、圧電体薄膜14、及び第2の電極16をスパッタ法により順次成膜することにより作製した。
【0078】
なお実施例1では、圧電体薄膜素子15を構成する圧電体薄膜14は2回の工程に分けて成膜した。
【0079】
第1の圧電体薄膜14aを形成する1回目の成膜(第1の圧電体薄膜14aを形成する工程)の後に一度真空槽より基板を取り出し、異物除去を行なうための洗浄工程を経た後、第2の圧電体薄膜14bを形成する2回目の成膜(第2の圧電体薄膜14bを形成する工程)を行って所定膜厚まで形成した。
【0080】
第1の圧電体薄膜14aを形成する工程後の異物除去のための洗浄工程は、異物の存在によって電圧印加時(圧電体薄膜素子の駆動時)に、絶縁破壊が起こることを防ぐ目的で行っているが、異物が混入しないよう十分な管理が施されている場合や、圧電体薄膜14の絶縁耐圧特性が十分な場合は行わなくてもよい。その場合は真空チャンバーより取り出す必要はなく、第1の圧電体薄膜14aの成膜が完了した後に、所定の成膜温度に調整し、第2の圧電体薄膜14bの所定膜厚まで形成する。
【0081】
密着層12は、Tiターゲットを用いて、基板11を400℃に加熱しながら100Wの高周波電力を印加し、1Paのアルゴンガス中で、1分間形成することにより得られる。
【0082】
第1の電極13は、Ptターゲットを用い、基板11を600℃に加熱しながら1Paのアルゴンガス中において200Wの高周波電力で7分間形成することにより得られる。このような条件において、第1の電極13の膜厚は0.1μmとなり、第1の電極13を構成するPtは(111)面に配向する。この第1の電極13は、Pt、イリジウム、パラジウム及びルテニウムの群から選ばれた少なくとも1種の貴金属又はそれらの化合物であればよく、膜厚は0.05〜2.0μmの範囲であればよい。
【0083】
圧電体薄膜14は、多元スパッタ装置を用いて作製した。
【0084】
スパッタリングターゲットには、化学量論組成よりPb量の多いPZT(Zr/Ti=53/47、Pbが20モル%過剰)の焼結体ターゲットを用いた。
【0085】
まず初めに第1の圧電体薄膜14aを、基板11をヒーター加熱により基板温度650℃にした後、アルゴンと酸素との混合雰囲気中(ガス体積比Ar:O2=19.5:0.5)において、真空度0.3Pa、高周波電力250Wの成膜条件で90分間の成膜時間で膜を堆積する。
【0086】
その後一度真空槽より基板11を取り出し、第1の圧電体薄膜14aの洗浄を行った。まず成膜済みの基板11をアルカリ洗剤を入れた洗浄槽に10分間浸漬した後、純水のシャワー洗浄装置に入れて、表面の洗剤、付着物を洗い落とした。その後流水をかけながら回転するブラシによるこすり洗いを行い、異物の除去を行った。こすり洗いを行った後は純水の流水によりリンスを行い、スピンドライヤーにより基板11の乾燥処理を行なった。乾燥までの洗浄工程を経た後、再びスパッタ装置に基板11をセットし、更に続けて第2の圧電体薄膜14bを形成した。
【0087】
第2の圧電体薄膜14bの形成に際しては、第1の圧電体薄膜14aを成膜したスパッタリングターゲットを用いて、基板11の温度を600℃に設定し、アルゴンと酸素との混合雰囲気中(ガス体積比Ar:O2=15:5)において、真空度0.3Pa、高周波電力200Wの条件で95分間形成する。
【0088】
第2の電極16は、Ptターゲットを用いて、室温において1Paのアルゴンガス中200Wの高周波電力で14分間形成することにより得られる。
【0089】
このように実施例1では、第1の圧電体薄膜14aを形成する工程における基板11の温度(650℃)を、第2の圧電体薄膜14bを形成する工程における基板の温度(600℃)より高くなるように、基板11を加熱しながら成膜を行っている。後述するように、このような温度条件を設定することで、第1の圧電体薄膜14aを形成する工程によって、(001)、(101)面の2つの配向を備える圧電体薄膜を形成し、第2の圧電体薄膜14bを形成する工程によって、(001)面の単一配向を備える圧電体薄膜を形成することができる。
【0090】
更に、基板11(例えば(001)配向を持つSi基板を用いる)や第1の電極13の配向を予め制御しておくことで、第1の圧電体薄膜14aを形成する工程によって、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか2つ以上の配向を備える圧電体薄膜を形成し、更に温度条件を適切に管理することで、第2の圧電体薄膜14bを形成する工程によって、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか1の配向を備える圧電体薄膜を形成することが可能となる。
【0091】
図2は、本発明の実施例1に係る圧電体薄膜14のSEM断面図である。
【0092】
図2は、上述した工程に基づき、第1の電極13であるPt上に第1の圧電体薄膜14aと第2の圧電体薄膜14bを形成した状態(即ち、第2の電極16を形成する前の状態)で観測したSEM断面を写真撮影したものである。
【0093】
図3は、本発明の実施例1に係る圧電体薄膜14のSEM表面図である。
【0094】
図3は、図2と同様の状態で観測したSEM表面を写真撮影したものである。
【0095】
これらの図面によって、圧電体薄膜14を構成するPZTは多結晶体からなり、第1の電極13から膜厚方向に柱状に成長した柱状結晶が略垂直方向に連続的に形成されていることが分かる。柱状結晶の結晶粒径は、図2や図3に観察されるように、0.05〜0.5μmの範囲に分布し、空隙のない緻密で均一な膜となっている。
【0096】
実施例1の圧電体薄膜14の所定膜厚は3.0μmで、第1の圧電体薄膜14aの厚みは1.5μm、第2の圧電体薄膜14bの厚みも1.5μmとなっている。
【0097】
次に、実施例1で得られた圧電体薄膜14の配向を測定するため、XRD分析を行った。XRD分析はリガク社製RINT−UltimaIIIを用いてθ−2θ法により行った。
【0098】
分析を行なうに当たり、圧電体薄膜14の結晶配向や後述する組成分析において、1層目である第1の圧電体薄膜14aと2層目の第2の圧電体薄膜14bの各々の結晶配向の状態を測定するために、分析用サンプルとして、実施例1で説明した工程と同一条件で、各層を順次成膜し、各成膜過程の完了後、各層をそれぞれ分析した。
【0099】
図4は、本発明の実施例1に係る第1の圧電体薄膜14aのXRD分析結果を示すグラフである。
【0100】
図4に示すように、第1の圧電体薄膜14aであるPZTの配向面に関しては主として(001)ピークと(101)ピークの2つが主たるピークとなっている。その一方で、圧電性を発現しないパイロクロア相や異物であるPbの化合物については観察されていない。
【0101】
次に2回目の成膜を行って、第1の圧電体薄膜14aの上に第2の圧電体薄膜14bを形成した。測定方法として、下地となる第1の圧電体薄膜14aの影響を排除するために、第1の圧電体薄膜14aの除去を行ってから測定を実施した。
【0102】
具体的には、分析用サンプルの第2の圧電体薄膜14b側に接着剤でシリコン基板を接着した後、後述するインクジェットヘッドの作成プロセスを用いて、基板11をドライエッチングにより除去する。同様に第1の電極13も除去し、その後続けて第1の圧電体薄膜14aが除去されるように、上からドライエッチングにより少なくとも1.5μm以上(〜2.0μm程度まで)を除去する。このようにして、第2の圧電体薄膜14bのみが残存するようにし、この状態でXRD分析を行った。
【0103】
測定した圧電体薄膜のXRD分析結果を図5に示す。
【0104】
図5は、本発明の実施例1に係る第2の圧電体薄膜14bのXRD分析結果を示すグラフである。
【0105】
図5に示すように、第2の圧電体薄膜14bであるPZTの配向面に関しては(001)ピークが主たるピークの単一の結晶配向面となっている。即ち、実施例1に係る第2の圧電体薄膜14aは、(001)配向面が支配的となっている。第2の圧電体薄膜14bにも、圧電性を発現しないパイロクロア相や異物であるPbの化合物については観察されていない。
【0106】
次に第1の圧電体薄膜14aと第2の圧電体薄膜14bに係るPZTの組成比について説明する。
【0107】
(表1)は上述した分析用サンプルにおいて、第1の圧電体薄膜14aを成膜後に、波長分散法によりPZTの組成比を詳細に分析した結果である。
【0108】
【表1】

【0109】
(表1)によれば、第1の圧電体薄膜14aにはPbがPb/(Zr+Ti)比でほぼ1となる構成比で含まれている。
【0110】
成膜に使用した焼結体ターゲットはPbがモル比で20%過剰に含まれているが、Pbの蒸気圧が低いため再蒸発が起り、成膜した状態ではPbの含有量は減少する傾向がある。
【0111】
(表2)は上述した分析用サンプルにおいて、第2の圧電体薄膜14bを成膜後(上述のように、第2の圧電体薄膜14bを成膜した後に、第1の電極13や第1の圧電体薄膜14aを除去したもの)に、波長分散法によりPZTの組成比を詳細に分析したものである。
【0112】
【表2】

【0113】
(表2)によれば、第2の圧電体薄膜14bにはPbがPb/(Zr+Ti)比でほぼ1.1となり理論値に対して過剰のPb量が構成比で含まれている。
【0114】
この成膜後に膜中に含まれるPbの過剰量はZrやTiの含まれるBサイトのモル比と比較して、0.9<Pb/(Zr+Ti)<1.3の範囲の値が好ましい。
【0115】
Pbの添加量を示すPb/(Zr+Ti)が0.9より小さくなり、Pbの欠乏状態が顕著になると、必要な結晶配向が得られず、膜の結晶性が劣化する。また同添加量が1.3を超える程度にPbが過剰になった場合、結晶粒界にPbO等の形で析出し、電圧印加時に電流リークのパスとして働き、耐電圧特性が著しく劣化する。
【0116】
(表1)、(表2)に示すように、実施例1では1層目(第1の圧電体薄膜14a)、2層目(第2の圧電体薄膜14b)ともに良好なPb過剰量の範囲となっている。
【0117】
またZrとTiの比は、1層目、2層目ともに、Zr/(Zr+Ti)=0.55となっていて同一組成比となっている。従って、ZrとTiの組成比は圧電体薄膜14全体として同一である。ZrとTiの比は、0.3<Zr/(Zr+Ti)<0.8の範囲で圧電性が良好である。
【0118】
更にこれらの良好な組成範囲を実現するために、スパッタに使用する焼結体ターゲットの組成は、Zr、Tiの比率は同じで、かつPbの過剰量が0〜0.4モルの範囲とすることにより目標の組成を得ることができる。
【0119】
次に、実施例1によって得られた圧電体薄膜素子15の第2の電極16を形成する前の状態のものを用いて、ダイシングにより15mm×2mmに切り出したカンチレバーを20個作製し、0.2μm厚の第2の電極16をスパッタ法により形成して、圧電定数d31の測定を行った(圧電定数d31の測定方法については、例えば特開2001−021052号公報を参照)。その結果、カンチレバーの圧電定数は印加電圧が30Vの時に、平均172pC/Nであり、ばらつきはσ=3.2%であった。
【0120】
(比較例1)
比較例1は、上述した実施例1に対して、圧電体薄膜14の成膜を第1の圧電体薄膜14aの条件により、1回で連続的に所定膜厚まで形成し、成膜途中の洗浄工程も行なうことなく形成した。
【0121】
実施例1と同様に、第2の電極を形成する前に、ダイシングにより15mm×2mmに切り出したカンチレバーを20個作製し、0.2μm厚の第2の電極をスパッタ法により形成して、圧電定数d31の測定を行った。その結果、カンチレバーの圧電定数は平均154pC/Nであり、ばらつきはσ=3.6%であった。
【0122】
このように、実施例1で得られた圧電体薄膜14は、膜厚方向に圧電特性が良好な(001)単一配向で形成された層(第2の圧電体薄膜14b)を含むため、複数の配向面からなる圧電体薄膜のみで構成された比較例1と比べて、優れた圧電特性を示す。
【0123】
(実施の形態2)
図6は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの全体構成を示す構成図である。
【0124】
図7は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの要部の構成を示す要部構成図である。
【0125】
以降、図6、図7を用いて実施の形態2に係るインクジェットヘッドの構成について説明する。
【0126】
図6及び図7において、Aは圧力室部材であって、この圧力室部材Aには、その厚み方向(上下方向)に貫通する圧力室開口部101が形成されている。Bは圧力室開口部101の上端開口を覆うように配置されたアクチュエータ部であり、Cは圧力室開口部101の下端開口を覆うように配置されたインク流路部材である。圧力室部材Aの圧力室開口部101は、その上下にそれぞれ位置するアクチュエータ部B及びインク流路部材Cにより閉塞されることで圧力室102を構成している。
【0127】
アクチュエータ部Bは、各圧力室102の略真上に位置する第1の電極103(個別電極)を有し、これら圧力室102及び第1の電極103は、図6に示すように千鳥状に多数配列されている。なお、実施の形態2における第1の電極103は、実施の形態1の第1の電極13に対応している。
【0128】
インク流路部材Cは、インク供給方向に並ぶ圧力室102間で共用する共通液室105と、この共通液室105のインクを圧力室102に供給するための供給口106と、圧力室102内のインクを吐出させるためのインク流路107とを有している。
【0129】
Dはノズル板であって、このノズル板Dには、インク流路107に連通するノズル孔108が形成されている。また、EはICチップであって、このICチップから各個別電極103に対してボンディングワイヤBWを介して電圧をそれぞれ供給するようになっている。
【0130】
図8は、本発明の実施の形態2におけるアクチュエータ部Bの構成を示す構成図である。
【0131】
図8は、図6に示したインク供給方向とは直交する方向の断面を示している。
【0132】
以降、アクチュエータ部Bの構成を図8に基づいて説明する。
【0133】
図8には、上記直交方向に並ぶ4個の圧力室102を持つ圧力室部材Aが模式的に描かれている。
【0134】
このアクチュエータ部Bは、上記の如く各圧力室102の略真上にそれぞれ位置する第1の電極103と、この各第1の電極103上(図8では下側)に設けられた圧電体薄膜110と、この圧電体薄膜110上(同下側)に設けられ、全圧電体薄膜110に共通となる第2の電極112(共通電極:実施の形態1における第2の電極16に相当する)と、この第2の電極112上(同下側)に設けられ、圧電体薄膜110の圧電効果により層厚方向に変位し振動する振動板111と、この振動板111上(同下側)に設けられ、各圧力室102の相互を区画する区画壁102aの上方に位置する中間層113(縦壁)とを有しており、第1の電極103、圧電体薄膜110及び第2の電極112は、これらが順に積層されてなる圧電体薄膜素子を構成することになる。
【0135】
そして、実施の形態2の圧電体薄膜110は、実施の形態1及び実施例1で詳細に説明した構成を具備している。
【0136】
即ち、実施の形態2に係るインクジェットヘッドの圧電体薄膜素子は、個別電極としての第1の電極103と、共通電極としての第2の電極112と、第1の電極103と第2の電極112の間に設けられた圧電体薄膜110とを備え、この圧電体薄膜110は実施の形態1に示す複数の層から構成され、第1の電極103側の圧電体薄膜110の層を複数の結晶配向を有する多結晶体で構成し、第2の電極112側の圧電体薄膜110の層を単一の結晶配向を有する多結晶体で構成している。
【0137】
実施例1で詳細に説明したように、第1の電極103と、これに接する圧電体薄膜110(複数の結晶配向を有する多結晶体で構成されている)は密着性が改善されており、以降説明するインクジェットヘッドの製造過程において、製造歩留まりが改善される。
【0138】
振動板111は共通電極である第2の電極112と接するように設けられている。振動板111は圧電体薄膜110の変位を効果的にインクに伝えるために、最適な構成材料や膜厚が選択される。また、振動板111は、この圧電体薄膜素子の第2の電極112側の面に設けられ、内部応力が圧縮応力になるように形成されている。振動板111の圧縮応力は他の構成材料、特に圧電体薄膜110にクラック等の影響を及ぼさないように所定の値に設定される。
【0139】
また、振動板111の圧縮応力は、好ましくは振動板111の上に形成される圧電体薄膜110で構成される圧電体薄膜素子の内部応力と振動板111の内部応力の総和が圧縮応力となるように設定される。圧電体薄膜素子の内部応力が引っ張り応力の場合は、振動板111の圧縮応力を強くして、2つ層の応力の総和が圧縮になるようにする。また圧電体薄膜素子の内部応力が圧縮応力の場合は、振動板111の内部応力は0もしくは弱い圧縮応力にすることが好ましい。
【0140】
振動板111の内部応力を圧縮応力とすることで、電圧印加時の機械的な収縮による、引き剥がしの力に対して強くなり、剥離やクラック等を防ぐことが可能となり、更に高い耐電圧特性や駆動信頼性が得られる。
【0141】
また圧電体薄膜素子と振動板111の内部応力の総和が圧縮応力となることで、各層の密着性が向上するなど、更に信頼性の向上に対する効果が期待できる。
【0142】
尚、図8中、114は圧力室部材Aとアクチュエータ部Bとを接着する接着剤であり、各中間層113は、この接着剤114を用いた接着時に、その一部の接着剤114が区画壁102aの外方にはみ出した場合でも、この接着剤114が振動板111に付着しないで振動板111が所期通りの変位及び振動を起こすように、圧力室102の上面と振動板111の下面との距離を拡げる役割を有している。このようにアクチュエータ部Bの振動板111における第2の電極112とは反対側面に中間層113を介して圧力室部材Aを接合するのが好ましいが、振動板111における第2の電極112とは反対側面に直接圧力室部材Aを接合するようにしてもよい。
【0143】
このとき、上述の接着剤114が振動板111側にはみ出す場合があるが、接着剤114の塗布量、及び接合の際の押圧力を調整することで、接着剤114のはみ出し量を一定に調整することが可能となる。このように接合工程の精度を向上することで、逆に振動板111の固有振動周波数を調整し、振動板111の応答速度等(インパルス特性)を改善することができる。
【0144】
これを応用することで、例えば、インクジェットヘッドを製造する際に、ロット単位で、ノズルの並び方向のインク吐出量が一定の傾向でばらつくような場合は、接着剤114の塗布量を調整してはみ出し量を制御することで、製造上のばらつきを抑えることが可能である。
【0145】
第1の電極103、圧電体薄膜110及び第2の電極112の各構成材料は、実施の形態1で説明した第1の電極13、圧電体薄膜14及び第2の電極16(いずれも図1参照)とそれぞれ同様である(構成元素の含有量が異なるものもある)。
【0146】
また振動板111はCuやCr、Tiの金属薄膜や酸化ジルコニウム等の酸化物セラミックなどで構成されている。
【0147】
以降、図6のICチップEを除くインクジェットヘッド、つまり図7に示す圧力室部材A、アクチュエータ部B、インク流路部材C及びノズル板Dよりなるインクジェットヘッドの製造方法を図9乃至図13に基づいて説明する。
【0148】
図9は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、積層工程、圧力室用開口部101の形成工程及び接着剤114の付着工程を示す説明図である。
【0149】
図9(a)に示すように、基板120(実施の形態1及び実施例1で説明した基板11に相当)上に、順次、密着層121(同、密着層12に相当)、第1の電極103(同、第1の電極13に相当)、圧電体薄膜110(同、第1の圧電体薄膜14aと第2の圧電体薄膜14bの積層体(圧電体薄膜14)に相当)、第2の電極112(同、第2の電極16に相当)、振動板111、中間層113をスパッタ法により成膜して、積層する。尚、密着層121は、実施の形態1で説明した密着層12(図1参照)と同様に、基板120と第1の電極103との密着性を高めるために基板120と第1の電極103との間に形成する(両者の密着性が十分に確保できる場合、必ずしも密着層121を形成する必要はない)。この密着層121は、後述の如く、ヘッド構成上不要な部分は、基板120と同様に除去される。また、振動板111の材料にはCrを、中間層113にはTiをそれぞれ使用する。
【0150】
基板120には、18mm角に切断したSi基板を用いる。この基板120は、Siに限るものではなく、ガラス基板や金属基板、セラミックス基板であってもよい。また、基板サイズも18mm角に限るものではなく、Si基板であれば、φ2〜10インチのウエハであってもよい。
【0151】
密着層121から順次形成される圧電体薄膜素子は実施の形態1で示した工程と同様に形成される。
【0152】
振動板111は、Crターゲットを用いて、室温において0.3Paのアルゴンガス中200Wの高周波電力で150分間形成することにより得られる。この振動板111の膜厚は3μmとなる。振動板111の内部応力はスパッタの成膜条件によって調整される。内部応力が圧縮かどうかは成膜時にダミー基板としてSi基板を一緒に成膜し、成膜後に取り出してから基板の反り量を測定することで確認できる。成膜前にダミーのSi基板の反り量をあらかじめ測定しておき、成膜後に膜の形成面を上にして、凸の反り量が圧縮側の応力となるので、測定前の反り量を差し引いて、凸側の反り量が得られれば圧縮応力となる。
【0153】
内部応力は反り量から算出可能なので、成膜条件により内部応力を調整する。一般的にスパッタ法ではArの打ち込みエネルギーが大きいほど圧縮応力が得られやすいので、ガス圧や投入パワーのパラメータを調整して圧縮応力を調整する。圧電体薄膜素子と振動板111との内部応力の総和は同様の方法により算出する。
【0154】
最初の基板120の反り量と振動板111までを積層して形成した後の反り量からトータルの内部応力を見積もることが可能である。一般的に圧電体薄膜110の内部応力は高温プロセスを経るため、調整が困難で、振動板111の応力により内部応力を圧縮応力とする。この振動板111の材料は、Crに限らず、ニッケル、アルミニウム、タンタル、タングステン、シリコン又はこれらの酸化物若しくは窒化物(例えば二酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、窒化シリコン)等であってもよい。また、振動板111の膜厚は0.5〜10μmであればよい。
【0155】
中間層113は、Tiターゲットを用いて、室温において1Paのアルゴンガス中200Wの高周波電力で5時間形成することにより得られる。実施の形態2においては、この中間層113の膜厚は5μmとした。この中間層113の材料は、Tiに限らず、Cr等の導電性金属であればよい。また、中間層113の膜厚は3〜10μmであればよい。
【0156】
図14は、本発明の実施の形態2において、インクジェットヘッドの製造に使用されるシリコン基板130を示す平面図である。
【0157】
以降、図9(b)に図14を併用して説明を続ける。
【0158】
上述のように各層を成膜した後、図9(b)に示すように、圧力室部材Aを形成する。この圧力室部材Aは、Siで構成された基板120よりも大きいサイズ、例えば4インチウエハーのシリコン基板130(図14参照)を使用して形成される。
【0159】
具体的には、先ず、シリコン基板130(圧力室部材用)に対して複数の圧力室用開口部101をパターンニングする。このパターンニングは、図9(b)から判るように、4つの圧力室用開口部101を1組として、各組を区画する区画壁102bは、各組内の圧力室用開口部101を区画する区画壁102aの幅の約2倍の幅の厚幅に設定される。その後、上記パターンニングされたシリコン基板130をケミカルエッチング又はドライエッチング等で加工して、各組で4個の圧力室用開口部101を形成し、圧力室部材Aを得る。
【0160】
その後、上述したSi成膜後の基板120(成膜用)と圧力室部材Aとを樹脂からなる接着剤114を用いて接着する。この接着剤114の形成は電着による。
【0161】
すなわち、先ず、図9(c)に示すように、圧力室部材A側の接着面として、圧力室の区画壁102a、102bの上面に接着剤114を電着により付着させる。具体的には、図示しないが、区画壁102a、102bの上面に、下地電極膜として、光が透過する程度に薄い数百ÅのNi薄膜をスパッタ法により形成し、その後、このNi薄膜上に、パターニングされた接着剤114を形成する。この際、電着液としては、アクリル樹脂系水分散液に0〜50重量部の純水を加え、良く攪拌混合した溶液を使用する。Ni薄膜の膜厚を光が透過するほど薄く設定するのは、シリコン基板130(圧力室部材用)に接着剤(接着樹脂)114が完全に付着したことを容易に視認できるようにするためである。
【0162】
電着条件は、実験によると、液温約25℃、直流電圧30V、通電時間60秒が好適であり、この条件下で、厚み約3〜10μmのアクリル樹脂を、シリコン基板130(圧力室部材用)のNi薄膜上に電着樹脂形成する。
【0163】
図10は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、成膜後の基板120と圧力室部材Aとの接着工程、及び縦壁の形成工程を示す説明図である。
【0164】
次に、図10(a)に示すように、Siが成膜された基板120(成膜用)と圧力室部材Aとを、電着された接着剤114を用いて接着する。この接着は、基板120(成膜用)に成膜された中間層113を基板側接着面として行なう。また、Siが成膜された基板120(成膜用)は18mmのサイズであり、圧力室部材Aを形成するシリコン基板130は4インチサイズと大きいため、図10(a)、図10(b)に示すように、複数(例えば図14に示すシリコン基板では14個)の基板120(成膜用)を1個の圧力室部材A(シリコン基板130)に貼り付ける。この貼り付けは、図10(b)に示すように、各基板120(成膜用)の中心が圧力室部材Aの厚幅の区画壁102bの中心に位置するように位置付けられた状態で行われる。
【0165】
この貼り付け後、圧力室部材Aを基板120(成膜用)側に押圧、密着させて、両者の接着圧を高くする。更に、接着した基板120(成膜用)及び圧力室部材Aを加熱炉において徐々に昇温して、接着剤114を完全に硬化させる。続いて、プラズマ処理を行って、接着剤114のうち、はみ出した断片を除去する。
【0166】
尚、図10(a)では、成膜後の基板120(成膜用)と圧力室部材Aとを接着したが、圧力室用開口部101を形成しない段階のシリコン基板130(圧力室部材用)をSi成膜後の基板120(成膜用)と接着してもよい。
【0167】
その後は、図10(b)に示すように、圧力室部材Aの各区画壁102a、102bをマスクとして中間層113をエッチングして所定形状に仕上げる(上記各区画壁102a、102bに連続する形状(縦壁)とする)。
【0168】
図11は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、基板120(成膜用)及び密着層121の除去工程、及び第1の電極103の個別化工程を示す説明図である。
【0169】
次いで、図11(a)に示すように、基板120(成膜用)及び密着層121をエッチングにより除去する。
【0170】
続いて、図11(b)に示すように、圧力室部材A上に位置する第1の電極103について、ドライエッチング法等のフォトリソグラフィー技術を用いてエッチングして、圧力室102毎に個別化する。
【0171】
従来においては基板120の除去工程において、圧電体薄膜110と第1の電極103との界面で膜剥離が発生する場合があった。これは高温プロセスにおける薄膜の内部応力が大きいため、基板120の除去を行なうことにより、応力開放がおこり、圧電体薄膜素子の内在する応力バランスが崩れて、素子の構成層の密着性が弱いために生じていた現象である。圧電体薄膜110は圧電特性を発現させるために、結晶配向を制御する必要があり、応力を低減するために基板温度を大きく下げる等の成膜条件の変更は困難である。特に第1の電極103上に、圧電体薄膜110を初期から例えば(001)のような単一配向で成長をさせると、基板120除去後の剥離の問題が生じていた。
【0172】
本発明の実施の形態1で作成した圧電体薄膜110を用いて、1200個の圧電体薄膜素子を試作した。上述したインクジェットヘッドの製造プロセスを経て、図11(a)のプロセスで、基板除去を行っても膜剥離は発生せず、図11(b)以降のプロセスにおいても圧電体薄膜110と第1の電極103膜との剥離は発生しなかった。
【0173】
(比較例2)
比較例2は、本発明の実施の形態1で作成した圧電体薄膜14(図1参照)に対して、圧電体薄膜の成膜を第2の圧電体薄膜14bで形成した条件で同一膜厚(3μm)まで連続で成膜したものを用い、1200個の圧電体薄膜素子を試作した。同様にインクジェットヘッドの製造プロセスを経て、図11(a)のプロセスで基板除去を行った後に観察したところ、47個の圧電体薄膜素子に、第1の電極103に膜浮きが見られ、圧電体薄膜110との剥離が確認された。更に図11(b)以降のプロセスにおいても24個の個別電極である電極103に膜浮きが確認され不良となった。
【0174】
実施の形態2における圧電体薄膜110は、上述のように複数の圧電体薄膜の層で構成されており、第1の電極103側に形成される圧電体薄膜14a(図1参照)の密着性が、比較例2で用いた第2の圧電体薄膜14b(図1参照)と比較して高いことが上記の結果よりわかる。
【0175】
これは第1の圧電体薄膜14aが複数の配向面を含んでいるために、電極103の配向面からの連続性や結晶成長のつながり等のマッチングが良好であるからだと推測される。また形成温度においても第1の圧電体薄膜14aの方が第2の圧電体薄膜14bより高いため、圧電体薄膜形成時に結晶粒の十分な成長が促進され、第1の電極13界面との密着性が向上する効果が期待できる。
【0176】
以降、実施の形態2の説明に戻る。
【0177】
実施の形態2においては圧電体薄膜110と第1の電極103との密着性が高いため、基板120の除去工程後に圧電体薄膜110と電極103の界面での膜剥離が発生しない。これにより製造プロセスにおける歩留まりが上がり、膜の密着性が良好なことより製品の信頼性向上にもつながる。更に圧電体薄膜素子を長期間駆動した場合に、圧電体薄膜110の機械的な振動における第1の電極103との膜剥離を防止することができる。
【0178】
図12は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、圧電体薄膜110の個別化工程、及びシリコン基板130(圧力室部材用)の切断工程を示す説明図である。
【0179】
次いで、図12(a)に示すように、ドライエッチング法等のフォトリソグラフィー技術を用いて、圧電体薄膜110をエッチングして、第1の電極103と同様の形状に個別化する。これらエッチング後の第1の電極103、圧電体薄膜110は、圧力室102の各々の上方に位置し、かつ第1の電極103及び圧電体薄膜110の幅方向の中心が、対応する圧力室102の幅方向の中心に対し高精度に一致するように形成される。このように第1の電極103及び圧電体薄膜110を圧力室102毎に個別化した後、図12(b)に示すように、シリコン基板130(圧力室部材用)を各厚幅の区画壁102bの部分で切断して、4つの圧力室102を持つ圧力室部材Aとその上面に固着されたアクチュエータ部Bとが4組完成する。
【0180】
図13は、本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、インク流路部材C、及びノズル板Dの生成工程、インク流路部材Cとノズル板Dとの接着工程、圧力室部材Aとインク流路部材Cとの接着工程、及び完成したインクジェットヘッドを示す説明図である。
【0181】
続いて、図13(a)に示すように、インク流路部材Cに共通液室105、供給口106及びインク流路107を形成するとともに、ノズル板Dにノズル孔108を形成する。次いで、図13(b)に示すように、インク流路部材Cとノズル板Dとを接着剤109を用いて接着する。
【0182】
その後、図13(c)に示すように、圧力室部材Aの下端面又はインク流路部材Cの上端面に接着剤(図示せず)を転写し、圧力室部材Aとインク流路部材Cとのアライメント調整を行って、この両者を接着剤(図示せず)により接着する。
【0183】
以上により、図13(d)に示すように、圧力室部材A、アクチュエータ部B、インク流路部材C及びノズル板Dを持つインクジェットヘッドが完成する。
【0184】
(実施の形態3)
図15は、本発明の実施の形態3に係るインクジェット式記録装置27の構成を示す構成図である。
【0185】
このインクジェット式記録装置27は、実施の形態2で詳細に説明したものと同様のインクジェットヘッド28を備えている。このインクジェットヘッド28において圧力室(実施の形態2で説明した圧力室102)に連通するように設けたノズル孔(実施の形態2で説明したノズル孔108)から圧力室内102のインクを記録媒体29(記録紙等)に吐出させて記録を行なうように構成されている。
【0186】
インクジェットヘッド28は、図15に示す主走査方向Xに延びるキャリッジ軸30に設けられたキャリッジ31に搭載されていて、このキャリッジ31がキャリッジ軸30に沿って往復動するのに応じて主走査方向Xに往復動するように構成されている。このことで、キャリッジ31は、インクジェットヘッド28と記録媒体29とを主走査方向Xに相対移動させる相対移動手段を構成することになる。
【0187】
また、このインクジェット式記録装置27は、記録媒体29をインクジェットヘッド28の主走査方向X(幅方向)と略垂直方向の副走査方向Yに移動させる複数のローラ32を備えている。このことで、複数のローラ32は、インクジェットヘッド28と記録媒体29とを副走査方向Yに相対移動させる相対移動手段を構成することになる。尚、図15中、Zは上下方向(主走査方向X、副走査方向Yのいずれとも直交する方向)である。
【0188】
そして、インクジェットヘッド28がキャリッジ31により主走査方向Xに移動しているときに、インクジェットヘッド28のノズル孔からインクを記録媒体29に吐出させ、この一走査の記録が終了すると、ローラ32により記録媒体29を所定量移動させて次の一走査の記録を行なう。
【産業上の利用可能性】
【0189】
以上説明したように、本発明の圧電体薄膜素子は、インクジェットヘッド及びインクジェット式記録装置に最適である。
【0190】
また、これ以外にも、薄膜コンデンサー、不揮発性メモリ素子の電荷蓄積キャパシタ、各種アクチュエータ、赤外センサー、超音波センサー、圧力センサー、角速度サンセー、加速度センサー、流量センサー、ショックセンサー、圧電トランス、圧電点火素子、圧電スピーカー、圧電マイクロフォン、圧電フィルタ、圧電ピックアップ、音叉発振子、遅延線等にも適用可能である。
【0191】
特に、ディスク装置(コンピュータの記憶装置等として用いられるもの)における回転駆動されるディスクに対して情報の記録又は再生を行なうヘッドが基板上に設けられたヘッド支持機構において、基板上に設けた圧電体薄膜素子によって、基板を変形させてヘッドを変位させるディスク装置用圧電体薄膜アクチュエータ(例えば特開2001−332041号公報参照)に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0192】
【図1】本発明の実施の形態1に係る圧電体薄膜素子を模式的に示す断面図
【図2】本発明の実施例1に係る圧電体薄膜のSEM断面図
【図3】本発明の実施例1に係る圧電体薄膜のSEM表面図
【図4】本発明の実施例1に係る第1の圧電体薄膜のXRD分析結果を示すグラフ
【図5】本発明の実施例1に係る第2の圧電体薄膜のXRD分析結果を示すグラフ
【図6】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの全体構成を示す構成図
【図7】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの要部の構成を示す要部構成図
【図8】本発明の実施の形態2におけるアクチュエータ部の構成を示す構成図
【図9】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、積層工程、圧力室用開口部の形成工程及び接着剤の付着工程を示す説明図
【図10】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、成膜後の基板と圧力室部材との接着工程、及び縦壁の形成工程を示す説明図
【図11】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、基板(成膜用)及び密着層の除去工程、及び第1の電極の個別化工程を示す説明図
【図12】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、圧電体薄膜の個別化工程、及びシリコン基板(圧力室部材用)の切断工程を示す説明図
【図13】本発明の実施の形態2に係るインクジェットヘッドの製造方法において、インク流路部材、及びノズル板の生成工程、インク流路部材とノズル板との接着工程、圧力室部材とインク流路部材との接着工程、及び完成したインクジェットヘッドを示す説明図
【図14】本発明の実施の形態2において、インクジェットヘッドの製造に使用されるシリコン基板を示す平面図
【図15】本発明の実施の形態3に係るインクジェット式記録装置の構成を示す構成図
【符号の説明】
【0193】
11 基板
12 密着層
13 第1の電極
14 圧電体薄膜
14a 第1の圧電体薄膜
14b 第2の圧電体薄膜
15 圧電体薄膜素子
16 第2の電極
27 インクジェット式記録装置
28 インクジェットヘッド
29 記録媒体
31 キャリッジ(相対移動手段)
32 ローラ
101 圧力室開口部
102 圧力室
102a 区画壁
102b 区画壁
103 第1の電極(個別電極)
105 共通液室
106 供給口
107 インク流路
108 ノズル孔
109 接着剤
110 圧電体薄膜
111 振動板
112 第2の電極(共通電極)
113 中間層(縦壁)
114 接着剤
120 基板
130 シリコン基板
121 密着層
A 圧力室部材
B アクチュエータ部
C インク流路部材
D ノズル板
E ICチップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体薄膜を備える圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜は膜厚方向に、
複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、
単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層を含む圧電体薄膜素子。
【請求項2】
請求項1記載の圧電体薄膜素子であって、
前記複数の結晶配向を有する多結晶体の結晶方向を、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか2つ以上で構成し、
前記単一の結晶配向を有する多結晶体の結晶配向を、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか1つで構成した圧電体薄膜素子。
【請求項3】
請求項1記載の圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜は電極間に設けられ、
前記多結晶体を構成する結晶粒が、前記電極の一方の一端から略垂直方向に成長する柱状結晶とした圧電体薄膜素子。
【請求項4】
請求項3記載の圧電体薄膜素子であって、
前記結晶粒の粒径を0.05〜0.5μmとした圧電体薄膜素子。
【請求項5】
請求項1記載の圧電体薄膜素子であって、
前記単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層の結晶配向を、前記複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層が含む圧電体薄膜素子。
【請求項6】
請求項5記載の圧電体薄膜素子であって、
前記単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層の結晶配向を、(001)配向とした圧電体薄膜素子。
【請求項7】
電極間に圧電体薄膜を設けた圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜は膜厚方向に、
複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、
単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、を含み、
膜厚方向に存在する構成元素が同一である圧電体薄膜素子。
【請求項8】
請求項7記載の圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜をPb、Zr、Tiを含むペロブスカイト構造の酸化物で構成した圧電体薄膜素子。
【請求項9】
請求項8記載の圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜におけるZrの組成比を0.3<Zr/(Zr+Ti)<0.8とした圧電体薄膜素子。
【請求項10】
請求項8記載の圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜におけるPbの組成比を0.9<Pb/(Zr+Ti)<1.3とした圧電体薄膜素子。
【請求項11】
請求項8記載の圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜におけるZrとTiの組成比を圧電体薄膜全体で同一とし、Pbの組成比を複数の結晶配向を有する多結晶体で構成された層と、単一の結晶配向を有する多結晶体で構成された層とで異なるようにした圧電体薄膜素子。
【請求項12】
請求項1又は請求項7記載の圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜をスパッタ法、真空蒸着法、レーザーアブレーション法、イオンプレーティング法、MBE法、MOCVD法、プラズマCVD法等の気相成長法で形成した圧電体薄膜素子。
【請求項13】
請求項1〜請求項12いずれか1項記載の圧電体薄膜素子と、
この圧電体薄膜素子の一方の面に設けられた振動板膜と、
この振動板膜の圧電体薄膜素子とは反対側の面に設けられた、インクを収容する圧力室を有する圧力室部材と、を備え、
前記圧電体薄膜素子の圧電効果により前記振動板膜を膜厚方向に変位させて前記圧力室のインクを吐出させるように構成したインクジェットヘッド。
【請求項14】
請求項13項記載のインクジェットヘッドと、
このインクジェットヘッドと記録媒体とを相対移動させる相対移動手段と、を備え、
この相対移動手段により前記インクジェットヘッドが前記記録媒体に対して相対移動しているときに、
前記インクジェットヘッドにおいて前記圧力室に連通するように設けたノズル孔から、前記圧力室に収容されたインクを前記記録媒体に吐出させて記録を行なうように構成したインクジェット式記録装置。
【請求項15】
基板上に第1の電極を形成する工程と、
この第1の電極の上にスパッタ法を用いて圧電体薄膜を形成する工程と、
この圧電体薄膜の上に第2の電極を形成する工程と、を有し、
前記圧電体薄膜を形成する工程は、第1の圧電体薄膜を形成する工程と、第2の圧電体薄膜を形成する工程を含み、
前記第1の圧電体薄膜を形成する工程における前記基板の温度を、前記第2の圧電体薄膜を形成する工程における前記基板の温度より高くなるように、前記基板を加熱しながら成膜を行なう圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項16】
請求項15記載の圧電体薄膜素子の製造方法であって、
前記第1の圧電体薄膜を形成する工程によって、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか2つ以上の配向を備える圧電体薄膜を形成し、
前記第2の圧電体薄膜を形成する工程によって、(001)、(101)、(111)面のうちのいずれか1の配向を備える圧電体薄膜を形成する圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項17】
請求項15記載の圧電体薄膜素子の製造方法であって、
前記圧電体薄膜をPb、Zr、Tiで構成されるスパッタリングターゲットを用いて成膜し、
このスパッタリングターゲットの組成を、圧電体薄膜の組成と同一、あるいはZr、Tiの比率は同じで、かつPbの過剰量が0〜0.4モルの範囲とした圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項18】
請求項15記載の圧電体薄膜素子の製造方法であって、
前記基板を除去する工程を、更に有する圧電体薄膜素子の製造方法。
【請求項19】
第1の電極と、
第2の電極と、
前記第1の電極と前記第2の電極の間に設けられた圧電体薄膜と、を備える圧電体薄膜素子であって、
前記圧電体薄膜は複数の層から構成され、
前記第1の電極側の圧電体薄膜の層を、複数の結晶配向を有する多結晶体で構成し、
前記第2の電極側の圧電体薄膜の層を、単一の結晶配向を有する多結晶体で構成した圧電体薄膜素子。
【請求項20】
請求項19記載の圧電体薄膜素子であって、
前記第1の電極を、個々の圧電体薄膜素子に独立して設けられた個別電極とし、
前記第2の電極を、複数の圧電体薄膜素子に共通の共通電極とした圧電体薄膜素子。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−49220(P2009−49220A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−214336(P2007−214336)
【出願日】平成19年8月21日(2007.8.21)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】