説明

火花点火式直噴エンジンの吸気制御装置

【課題】火花点火式の直噴エンジンEが低負荷低回転側の運転領域にあり、かつ冷機時であるときの点火プラグ16のくすぶりによる失火を防止する。
【解決手段】低負荷低回転側のスワール生成領域(S)において基本的にはTSCV12を閉じ(ステップS2→S7)、燃焼室5にスワール流を生成させて、混合気の燃焼性を高める。但し、エンジン水温が所定値未満の冷機時であれば(ステップS3でYES)スワール生成領域(S)においてもTSCV12を全開にして(ステップS4)、2つの吸気ポート6a,6bの双方から同じように吸気を流入させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気筒内の燃焼室に燃料を直接、噴射して、点火プラグにより点火するようにした火花点火式直噴エンジンに関し、特に冷機時の筒内流動の制御技術に係る。
【背景技術】
【0002】
従来より火花点火式エンジンにおいては、相対的に吸気流量の少ない低負荷低回転側の運転領域において燃焼室にスワール流を生成し、これにより燃料の吸気との混合を促すとともにその気化を促進するようにしたものがある。そのため一般的には、気筒毎の2つの吸気ポートのうちの一方、ないしこれに連通する吸気の流通路(例えば吸気マニホルド)に開閉弁を設け、これを閉じることによって他方の吸気ポートのみから燃焼室に吸気を流入させるようにしている。
【0003】
また、昨今の火花点火式エンジンにおいては、燃焼室に燃料を噴射して燃焼させる直噴タイプのものが実用化されている。例えば特許文献1に記載のものでは、低負荷低回転側の運転領域においては気筒の圧縮行程で燃料を噴射し、点火プラグ周りに成層化した混合気に点火して燃焼させるようにしている。
【0004】
その際、燃料を気筒の圧縮行程の後半で噴射すると、ピストンの頂面に衝突した燃料噴霧が跳ね返って点火プラグの電極に付着し、くすぶりによって失火の起きる虞れがある。そこで、前記文献に記載の直噴エンジンでは、燃料の噴射を圧縮行程の前半で行うようにしており、これとともにピストンの頂面の形状に工夫をして、燃料噴霧をスワール流によって燃焼室の中央寄りに集めるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−280054号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、エンジンの冷機時のように燃焼室の温度が低いときには、そこに噴射された燃料が気化し難くなるので、前記従来例のように気筒の圧縮行程で燃料を噴射すると、点火までの時間が短いこともあって燃料が気化の不十分な状態で燃焼し、スモークの生成を招くという問題がある。
【0007】
この点、燃料を吸気行程で噴射するようにすれば、点火までの時間を確保しやすい。しかも、吸気行程では燃焼室への吸気流に燃料噴霧が巻き込まれて、両者の混合が促されることになり、さらに上述したようにスワール流を生成していれば、これにより燃料噴霧と吸気との混合をより一層、促進できる。よって、燃料の気化も十分に促進され、スモークの問題は概ね解消できると考えられる。
【0008】
しかしながら、一般的に直噴エンジンにおいて燃料噴射弁は、燃焼室の天井部において2つの吸気ポートの開口付近から燃料を噴射するようになっているため、前記のように吸気行程で燃料を噴射すると、リフト期間にある吸気弁の傘部等に干渉した燃料噴霧が飛散することによって、点火プラグの電極に付着する虞れがある。
【0009】
本発明者は、実機試験により直噴エンジンの水温が例えば40〜50°C未満のときには、吸気マニホルドの開閉弁を閉じて燃焼室にスワール流を生成しているにも拘わらず、失火が起きてしまうことを確認した。そして、その原因を究明するためにCFD等によりスワール場における燃料噴霧の挙動を鋭意、検討した結果、以下のような新規な知見を得た。
【0010】
すなわち、スワール流を生成すべく一方の吸気ポートを閉鎖して、他方の吸気ポートのみから吸気を流入させるようにすると、この吸気の流れは、吸気ポートの開口端と吸気弁の傘部との間において当該傘部に沿って巻き上げられるようになる。そして、そうして巻き上げられる吸気の流れが、吸気弁の傘部等に干渉して飛散する燃料を点火プラグの電極に向けて運ぶようになって、そこへの付着を促すのである。
【0011】
斯かる新規な知見に着目して本発明の目的は、前記のように吸気弁の傘部に沿って吸気の流れが巻き上がるのを抑えて、この流れに乗った燃料が点火プラグの電極に付着することを防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の目的を達成するために本発明は、火花点火式直噴エンジンにおいて通常はスワール流を生成するような低負荷低回転側の運転領域においても、エンジンの温度状態が所定未満の冷機時であれば2つの吸気ポートの両方から概ね同じように吸気を流入させることにより、吸気弁から点火プラグ電極に向かう吸気流の巻き上げを抑えるようにした。
【0013】
具体的に請求項1の発明では、気筒内の燃焼室にその周縁部から燃料を噴射して、該燃焼室の中央寄りの点火プラグによって点火するようにした火花点火式直噴エンジンにおいて、その燃焼室に臨んで開口する2つの吸気ポートのうちの少なくとも一方の吸気流量を調整可能な吸気流量調整手段を備えた吸気制御装置が対象である。
【0014】
そして、前記気筒の中心線に沿って見ると、前記2つの吸気ポートの開口部間から前記燃焼室に噴口を臨ませて燃料噴射弁が設けられ、その燃料の噴射方向が、燃料噴霧が吸気弁にそのリフト期間の少なくとも一部において干渉するように設定されている場合に、まず、エンジンにはそれが低負荷低回転側の所定運転領域にあるときに、前記燃料噴射弁により燃料を気筒の吸気行程で噴射させる燃料噴射制御手段を備えるものとする。
【0015】
その上で、エンジンが前記所定運転領域にあるときに、前記2つの吸気ポートのうちの一方からの吸気の流量が他方に比べて所定以上、少なくなるように前記吸気流量調整手段を制御して、燃焼室にスワール流を生成させる筒内流動制御手段と、エンジンの温度状態が所定未満の冷機状態では、それ以上の温度状態のときに比べて、前記2つの吸気ポートにおける吸気流量の差が相対的に小さくなるように、前記筒内流動制御手段による制御を補正する補正制御手段と、を備えるものとする。
【0016】
前記の構成により、まず、相対的に吸気流量の少ない低負荷低回転側の運転領域においては、基本的には筒内流動制御手段による吸気流量調整手段の制御によって、2つの吸気ポートのうちの一方からの吸気の流量が他方に比べて所定以上、少なくなる。このため、その他方の吸気ポートからの吸気の流れが相対的に強くなって、燃焼室にスワール流が生成される。
【0017】
また、燃料噴射制御手段による燃料噴射弁の制御によって燃料が気筒の吸気行程で噴射され、前記のように強化されている他方の吸気ポートからの吸気流に巻き込まれるとともに、燃焼室のスワール流によって攪拌されるようになる。このことで、燃料噴霧と吸気との混合及び燃料の気化がが十分に促進されて、良好な混合気形成が行われる。
【0018】
但し、エンジンの温度状態が所定未満の冷機状態においては、前記筒内流動制御手段による制御が補正制御手段によって補正されることによって、前記2つの吸気ポートにおける吸気流量の差が相対的に小さなものとなる。そうすると、一方の吸気ポートからの吸気流が他方の吸気ポートからの吸気流に合流して、流動のスワール成分を弱めるようになり、燃焼室の上部においては全体的に吸気側から排気側に向かうような流れが形成される。
【0019】
こうして2つの吸気ポートのそれぞれから燃焼室に流入する吸気の流量があまり変わらなくなると、いずれかの吸気弁の傘部に沿って流れる吸気流が点火プラグの電極に向かって巻き上げられることがなくなる。よって、燃料噴霧が吸気弁の傘部等と干渉して飛散しても、この燃料は概ね燃焼室の排気側に運ばれるようになり、それが点火プラグの電極に向かうことはないから、そこへの燃料の付着を防止することができる。
【0020】
一例として吸気流量調整手段は、2つの吸気ポートのうちの一方、ないしこれに連通する吸気の流通路に設けた弁体からなるもの、即ち従来一般的な開閉弁とすればよく(請求項2)、こうすればシンプルな構造で確実にスワール流を生成することができる。
【0021】
そうした場合に、エンジンが前記所定運転領域にあるときには前記弁体を閉じ、一方の吸気ポートからの吸気の流入を殆ど停止させることによって、燃焼室のスワール流を最大限に強化することが好ましい。その上で、エンジンの冷機時には前記所定運転領域においても前記弁体を開くようにすればよく(請求項3)、それを全開とすれば、前記排気側への流れを積極的に強化して、燃料の点火プラグ電極への付着をより確実に防止することができる。
【0022】
別の例として吸気流量調整手段は、前記一方の吸気ポートを開閉する吸気弁のリフト量を変更可能な可変動弁機構であってもよい(請求項4)。この可変動弁機構は、リフト量を連続的に変更するものであってもよいし、吸気弁を作動状態と休止状態とに切替えるものであってもよい。
【0023】
その場合には、エンジンが前記所定運転領域にあるときに基本的には前記可変動弁機構によって吸気弁のリフト量を略零にするものとした上で、エンジンの冷機時には前記所定運転領域においても前記吸気弁をリフトさせるようにすればよい(請求項5)。
【発明の効果】
【0024】
以上、説明したように本発明に係る火花点火式直噴エンジンの吸気制御装置によると、所定運転領域において2つの吸気ポートのうちの一方の吸気流量を他方に比べて少なくし、燃焼室にスワール流を生成させるようにしたものにおいて、その他方の吸気ポートからの吸気流が所定以上に強くなると、吸気弁の傘部から点火プラグの電極付近に向かって吸気流が巻き上がることに着目し、エンジンの冷機時には2つの吸気ポートの吸気流量の差が小さくなるように補正することで、前記吸気流の巻き上がりを抑えて、燃料の点火プラグ電極への付着による失火を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施形態に係る火花点火式エンジンの概略構成図。
【図2】シリンダ内の燃焼室の構成を概略的に示す斜視図。
【図3】エンジンの吸気制御マップの概要を示す説明図。
【図4】燃料噴射後の点火プラグ電極付近の混合気濃度の変化を示すグラフ図。
【図5】TSCVを閉じたときに燃焼室に生成されるスワール流と、吸気行程で吸気弁と干渉する燃料噴霧とを、それぞれ示す図2相当図。
【図6】TSCVを閉じたときの吸気弁付近の流れ場の様子を示す模式図。
【図7】TSCVの制御手順の一例を示すフローチャート図。
【図8】TSCVを開いたときの図6相当図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0027】
−エンジンの概略構成−
図1は、本発明に係る火花点火式直噴エンジンEの概略図である。このエンジンEは、複数のシリンダC,C,…(気筒:図1には1つのみ示す)が形成されたシリンダブロック1と、その上に組み付けられたシリンダヘッド2とを備えている。個々のシリンダCには、その中心線c1(図2参照)に沿って上下に往復動するようにピストン3が収容されている。ピストン3はコネクティングロッドによってクランク軸4に連結され、クランク軸4は、シリンダブロック1の下部に回転自在に収容されている。
【0028】
より詳しくは図2に示すように、各シリンダC毎に往復動するピストン3の上方に燃焼室5が形成されている。燃焼室5の天井部5aは、シリンダヘッド2の下面に各シリンダC毎に形成された窪みであり、図の例では、吸気側及び排気側の2つの傾斜面からなる浅い三角屋根形状とされている。つまり、この例ではエンジン1は、所謂ペントルーフ型の燃焼室5を備えている。
【0029】
前記燃焼室天井部5aの吸気側の傾斜面、即ち図2において奥側の傾斜面には、第1、第2の2つの吸気ポート6a,6bが横並びに、即ちクランク軸方向に並んで開口している。一方、同図には手前側に開口部のみを示すが、排気側傾斜面にも同様に2つの排気ポート7,7が横並びに開口している。
【0030】
そうして燃焼室5に臨む吸気ポート6a,6bの開口部にはそれぞれ吸気弁8,8が配設されており、そこから斜め上向きに延びた吸気ポート6a,6bは、図1にも示すようにシリンダヘッド2の側面に開口して、吸気通路10に接続されている。この吸気通路10は、図示は省略するが、吸気マニホルドに設けられた各シリンダC毎の独立吸気通路からなり、この独立吸気通路は各々吸気ポート6a,6b毎の分岐通路10a,10bからなる。
【0031】
そして、その分岐通路10a,10bのうちの一方(図2では左側の第1吸気ポート6aに連通する分岐通路10a)には、後述のようにシリンダC内の流動を制御するための制御弁12(Tumble Swirl Control Valve:以下、TSCVと略称する)が配設されている。このTSCV12は、図の例ではバタフライバルブからなり、第1吸気ポート6aの流路面積(開度)を調整する。
【0032】
この実施形態ではTSCV12の開度は後述するECU20によって制御され、エンジンEの所定の運転状態で第1吸気ポート6aを全閉にすることにより、吸気を第2吸気ポート6bのみから燃焼室5に流入させて、スワール流の生成を促すものである。TSCV12は、第1吸気ポート6a(一方の吸気ポート)の吸気流量を調整可能な吸気流量調整手段を構成している。
【0033】
前記のように独立に設けられた2つの吸気ポート6a,6bに対し、各シリンダC毎の排気ポート7,7は下流側で一つに合流して、図1に示すように、シリンダヘッド2の排気側の側面に開口している。この排気側の側面には排気マニホールド13が接続されていて、その内部の独立排気通路が各シリンダC毎の排気ポート7に連通し、既燃ガス(排気ガス)を排出するようになっている。
【0034】
また、各シリンダC毎の2つの吸気ポート6a,6bの下方には、インジェクタ14(燃料噴射弁)が配設されている。シリンダ中心線c1に沿って見ると、インジェクタ14の先端の噴口が2つの吸気ポート6a,6bの開口部間から燃焼室5に臨んでおり、そこから燃焼室5の中央付近に向かって燃料を噴射するようになっている。図の例ではインジェクタ14は、円錐状の燃料噴霧F(図5を参照)を形成するスワーラ型のものであり、燃料噴霧Fは吸気弁8に、そのリフト期間の一部において干渉するようになる。
【0035】
尚、図1にのみ示すが、インジェクタ14の基端部には4つのシリンダC,C,…に共通の燃料分配管15が接続されていて、図示しない高圧燃料ポンプや高圧レギュレータから供給される燃料が分配されるようになっている。また、インジェクタ14は、スワーラ型のものでなくてもよく、例えば先端に複数の微細な噴口が形成されているマルチホール型のものであってもよい。
【0036】
さらに、各シリンダC毎にシリンダヘッド2には、シリンダ中心線c1に沿って延びるように点火プラグ16が配設されている。その先端の電極は、4バルブエンジンの常として天井部5aの中央付近で燃焼室5に臨んでいる。一方、点火プラグ16の基端側には、図1にのみ示すが点火コイルユニット17が接続され、各シリンダC毎に所定のタイミングで通電するようになっている。点火プラグ16によって燃焼室5の中央付近で混合気に点火すれば熱損失が小さくなり、良好な火炎伝播のためにも好ましい。
【0037】
−エンジン制御の概要−
この実施形態のエンジンEでは、前記したTSCV12の開閉作動、インジェクタ14による燃料の噴射、点火プラグ16による点火等の制御がエンジン・コントロールユニット(ECU)20によって行われる。ECU20には、少なくとも、エンジン水温センサ21、クランク角センサ22に加えて、エアフローセンサ23、アクセル開度センサ24、車速センサ25等からの信号が入力される。
【0038】
一例として図3に示すように、エンジンEの負荷及び回転数によって規定される運転状態に対応して、好ましい燃料噴射時期や点火時期等を予め実験等により設定した制御マップが、ECU20のメモリに記憶されている。例えば燃料の噴射時期は基本的に、シリンダCの吸気行程においてピストンスピードが高く、吸気の流速が最も高くなる吸気行程の中盤に設定されている。
【0039】
こうして吸気の流速の高いときに燃焼室5に噴射される燃料は、吸気流に巻き込まれてそれとの混合が促されるようになり、その後、圧縮行程の後半から終盤にかけて行われる点火までの間に気化して、燃焼性の高い混合気を形成することになる。そうして、インジェクタ14により燃料をシリンダCの吸気行程で噴射させることで、ECU20は、特許請求の範囲に記載の燃料噴射制御手段を構成する。
【0040】
また、ECU20は、図の例ではハッチングを入れて示す負荷低回転側の運転領域(S:以下、スワール生成領域という)において各シリンダC毎のTSCV12を閉じ、吸気を第2吸気ポート6bのみから燃焼室5に流入させるようにする。こうすれば、相対的に吸気流量の少ない低負荷低回転側であっても流速を高めることができるとともに、第2吸気ポート6bからの吸気流が旋回して、スワール流の生成を促すようになる(図5を参照)。
【0041】
そうして流速を高めた吸気流に燃料噴霧が巻き込まれ、さらにスワール流によって両者の混合が促されることによって、燃料の気化も十分に促進されて、良好な混合気形成が行われる。このようなTSCV12の制御を行うECU20は、スワール生成領域(S)においてシリンダC毎の2つの吸気ポート6a,6bのうちの一方からの吸気流を遮断して、燃焼室5にスワール流を生成させる筒内流動制御手段を構成する。
【0042】
−TSCVの補正制御−
本発明者は、この実施形態に係る直噴エンジンEを用いた実機試験を行って、冷間始動後のアイドリング状態でエンジン水温が例えば40〜50°C未満のときには、前記のようにTSCV12を閉じて吸気の流速を高め、スワール流の生成を促しているにも拘わらず、失火が起きてしまうことを見出した。
【0043】
そこで、点火プラグ16の電極付近にセンサを取り付けて、燃料噴射後の混合気濃度の変化を検出したところ、図4の実線のグラフに示すように、概ね燃料噴射の時点(BTDC270°CA付近)で濃度値が急激に立ち上がることが分かった。この急激な濃度の立ち上がりは燃料液滴の存在を示すものであり、前記したように点火プラグ16の電極に燃料が付着していると考えられる。
【0044】
尚、同図のグラフは、エンジン水温40〜50°Cのときにアイドル運転状態で計測した結果を示し、BTDC160°CAくらいから0°CA(圧縮TDC)にかけて緩やかに混合気濃度が上昇しているのは、点火プラグ16の電極周りに可燃混合気が形成されることを示している。
【0045】
そうして点火プラグ16の電極に燃料が付着する理由について鋭意、実験研究した結果、本発明者は以下のような知見を得た。すなわち、この実施形態のようにインジェクタ14を、2つの吸気ポート6a,6bの下方に位置付けて、シリンダCの吸気行程で燃料を噴射するようにした場合、図5に模式的に示すように、リフト途中の吸気弁8の傘部等に燃料噴霧Fが干渉して、その一部が飛散することは避けられない。
【0046】
その際、TSCV12は閉じているので、第2吸気ポート6bのみから燃焼室5に流入する吸気の流れは、同図に白抜きの矢印Swで示すようにシリンダ軸線c1の周りに旋回するようになる(スワール流)。また、このとき吸気弁8の傘部の付近では、図6に示すように複雑な流れ場が生成される。同図は、CFDの解析結果を基に流れ場の様子を模式的に示すものであり、特に2つの吸気弁8,8の中間では、矢印vで示すように吸気弁8の傘部に沿って巻き上がるような流れが生じる。
【0047】
そうして巻き上がる流れvは、図の右側に位置する第2吸気ポート6bの開口端と吸気弁8の傘部との間の環状の隙間を流れる吸気が、その傘部に沿って放射状に流れつつ巻き上げられるものと考えられる。こうして巻き上げられる吸気の流れは、流線が第1吸気ポート6aの中にまで入り込んでいることからも分かるように、点火プラグ16の電極に向かって流れ、前記のように吸気弁8と干渉して飛散する燃料噴霧Fを電極に向かって運ぶようになるのである。
【0048】
このような新規な知見に基づいて、この実施形態に係る火花点火式直噴エンジンEでは、スワール生成領域においてもその温度状態が所定未満の冷機時であればTSCV12を全開にして、2つの吸気ポート6a,6bの両方から同じように吸気を流入させるようにしている。こうすれば、前記のような吸気流の巻き上がりを抑えて、点火プラグ16の電極への燃料の付着を防止することができる。
【0049】
具体的には図7のフローチャートに示すように、まず、スタート後のステップS1では、エンジン水温センサ21、クランク角センサ22、エアフローセンサ23、アクセル開度センサ24、車速センサ25等からの信号を入力し、続くステップS2ではエンジンEの運転領域を判定する。例えば、クランク角センサ22からの信号によりエンジン回転数を演算し、これとアクセル開度とに基づいてエンジン負荷を演算する。そうして求めたエンジンEの負荷及び回転数に基づき、図3の制御マップを参照してスワール生成領域(S)にあるか否か判定する。
【0050】
その判定がNOならば後述するステップS4に進む一方で、判定がYESであればステップS3に進み、ここではエンジン水温が例えば50°C未満か否か判定する。これは、エンジンEの冷機時かどうかの判定であり、YESでエンジン冷機時であれば、図5、6等を参照して上述したように、スワール流Swの生成に伴い点火プラグ16の電極に燃料が付着し、くすぶりを引き起こす虞れがあるので、TSCV12を全開になるように制御し(ステップS4)、リターンする。
【0051】
一方、前記ステップS3においてNO、即ちエンジン水温が50°C以上であると判定すればステップS5に進み、今度はエンジン水温が60°C未満か否か判定する。これはエンジンEの暖機が完了したかどうかの判定であり、YESで暖機完了前であればステップS6に進んで、例えば図7(b)のようなテーブルを参照して、エンジン水温の上昇に対応するように徐々にTSCV12を閉作動させて、リターンする。
【0052】
すなわち、エンジンEの暖機の進行に応じて燃料が気化しやすくなり、前記したような点火プラグ16のくすぶりの起きる可能性が低くなっていくので、その温度上昇に応じてTSCV12を閉じることにより、徐々にスワール流が生成されるようにするのである。こうして徐々にスワール流を生成させるようにすれば、暖機後に燃焼状態が急変することもなくなる。
【0053】
さらにエンジンEの暖機が進行して、その水温が60°C以上になれば(ステップS5においてNO)、ステップS7に進んでTSCV12を全閉として、リターンする。これにより吸気は、第2吸気ポート6bのみから燃焼室5に流入するようになるから、相対的に吸気総量の少ない低負荷低回転の運転領域においても流速が高まるとともに、燃焼室5には十分に強いスワール流が生成されるようになる。
【0054】
すなわち、エンジンEの暖機後は燃料が十分に気化がしやすく、仮に点火プラグ16の電極に燃料が付着したとしても直ぐに気化するようになるので、くすぶりの心配はない。そこで、通常通りスワール流を最大限に強化することによって、燃料噴霧の吸気との混合を促し、その気化を十分に促進して良好な混合気形成を実現するのである。
【0055】
前記図7の制御フローにおけるステップS3〜S6には、スワール生成領域(S)においてもエンジン水温が所定値未満のときには、それ以上の温度状態のときに比べて、2つの吸気ポート6a,6bにおける吸気流量の差が相対的に小さくなるようにする、というTSCV2の補正制御の手順が示されており、このような制御手順を実行するECU20が特許請求の範囲に記載の補正制御手段を構成する。
【0056】
したがって、この実施形態に係る火花点火式直噴エンジンEの吸気制御装置によると、まず、相対的に低負荷低回転側のスワール生成領域(S)において、基本的には各シリンダC毎のTSCV12を閉じて、第2吸気ポート6bのみから燃焼室5に吸気を流入させることにより、吸気流速を高めるとともに燃焼室5にスワール流を生成させる。
【0057】
そうしてスワール流の生成されている吸気行程において燃焼室5に燃料が噴射されると、この燃料噴霧が吸気流に巻き込まれるとともにスワール流によって攪拌されるようになり、これにより吸気と燃料噴霧との混合が促され、燃焼の気化が十分に促進されて良好な混合気形成が行われる。その際、暖機後であれば燃料噴霧は直ぐに気化するので、仮に点火プラグ16の電極に付着したとしても、くすぶりの心配はない。
【0058】
一方、エンジンEの冷機時においては前記スワール生成領域(S)においてもTSCV12は全開とし、第1及び第2の2つの吸気ポート6a,6bの双方から燃焼室5に吸気が流入するようにする。こうすると2つの吸気流は合流して、燃焼室5の上部においては全体的に吸気側から排気側に向かうような流れが形成されるから、TSCV12を閉じているときのように第2吸気ポート6bの吸気弁8の傘部に沿って巻き上がる流れは概ね発生しない。
【0059】
そのため、吸気行程でリフト途中の吸気弁8にインジェクタ14からの燃料噴霧が干渉しても、飛散する燃料は点火プラグ16の方には向かわず、前記のように吸気側から排気側に向かう流れに乗って運ばれるようになる。よって、燃料が点火プラグ16の電極に付着することを効果的に抑制でき、そのくすぶりによる失火の防止が図られる。この場合の点火プラグ16の電極付近における混合気濃度の変化は、図4の破線のグラフに示されており、実線のグラフのようなBTDC270°CA付近での燃料濃度の立ち上がりがないことから、電極に燃料が付着していないことが分かる。
【0060】
図8には、TSCV12を開いたときの吸気弁8付近の流れ場の様子を示す。図の例では第1、第2の両方の吸気ポート6a,6bを同じように吸気が流れ、吸気弁8の傘部に沿って放射状に流れてから燃焼室5に流入している。2つの吸気弁8,8の中間では、矢印vで示すように流れが合流していて、図6に矢印vで示したような巻き上がりは生じないことが分かる。
【0061】
−他の実施形態−
尚、前記実施形態のエンジンEにおいてはTSCV12を吸気の分岐通路10aに配設しているが、これに限らず、分岐通路10aに連通する吸気ポート6aに設けてもよい。また、スワール流の生成のためにTSCV12を全閉とする必要はない。さらに、吸気流量調整手段としてはTSCV12以外に、例えばいずれか一方の吸気弁8のリフトを停止したり、そのリフト量を小さくするような可変動弁機構を用いることもできる。
【0062】
その場合には、スワール生成領域(S)において例えば第1吸気ポート6aの吸気弁8のリフト量を基本的には略零にするようにし、その上で、エンジンEの冷機時にはスワール生成領域(S)においても吸気弁8をリフトさせるようにすればよい。
【0063】
さらに、本発明を適用するエンジンは、前記実施形態のような4バルブのものに限らず、例えば排気弁9はシリンダC毎に1つのみの所謂3バルブのものであってもよい。また、点火プラグについても一つには限らず、燃焼室中央付近の点火プラグ16の他に、その周縁部にも点火プラグが設けられていても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上、説明したように本発明に係る吸気制御装置は、火花点火式直噴エンジンの冷機時における失火の防止に有効であり、自動車用エンジン等に好適である。
【符号の説明】
【0065】
E 火花点火式エンジン
C シリンダ(気筒)
c1 シリンダ中心線
F 燃料噴霧
5 燃焼室
6a 第1吸気ポート(一方の吸気ポート)
6b 第2吸気ポート(他方の吸気ポート)
12 TSCV(弁体、吸気流量調整手段)
14 インジェクタ(燃料噴射弁)
16 点火プラグ
20 ECU(燃料噴射制御手段、筒内流動制御手段、補正制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒内の燃焼室にその周縁部から燃料を噴射して、該燃焼室の中央寄りの点火プラグによって点火するようにした火花点火式直噴エンジンにおいて、当該燃焼室に臨んで開口する2つの吸気ポートのうちの少なくとも一方の吸気流量を調整可能な吸気流量調整手段を備えている、火花点火式直噴エンジンの吸気制御装置であって、
前記気筒の中心線に沿って見ると、前記2つの吸気ポートの開口部間から前記燃焼室に噴口を臨ませて燃料噴射弁が設けられ、その燃料の噴射方向は、燃料噴霧が吸気弁にそのリフト期間の少なくとも一部において干渉するように設定され、
エンジンが低負荷低回転側の所定運転領域にあるときに、前記燃料噴射弁により燃料を気筒の吸気行程で噴射させる燃料噴射制御手段が設けられており、
エンジンが前記所定運転領域にあるときに、前記2つの吸気ポートのうちの一方からの吸気の流量が他方に比べて所定以上、少なくなるように前記吸気流量調整手段を制御して、燃焼室にスワール流を生成させる筒内流動制御手段と、
エンジンの温度状態が所定未満の冷機状態では、それ以上の温度状態のときに比べて、前記2つの吸気ポートにおける吸気流量の差が相対的に小さくなるように、前記筒内流動制御手段による制御を補正する補正制御手段と、を備えることを特徴とする火花点火式直噴エンジンの吸気制御装置。
【請求項2】
前記吸気流量調整手段は、前記一方の吸気ポートないしこれに連通する吸気の流通路に設けられた弁体からなる、請求項1に記載の吸気制御装置。
【請求項3】
前記筒内流動制御手段は、エンジンが前記所定運転領域にあるときには前記弁体を閉じるものであり、
前記補正制御手段は、エンジンの冷機時には前記所定運転領域においても前記弁体を開くように、前記筒内流動制御手段による制御を補正するものである、請求項2に記載の吸気制御装置。
【請求項4】
前記吸気流量調整手段は、前記一方の吸気ポートを開閉する吸気弁のリフト量を変更可能な可変動弁機構からなる、請求項1に記載の吸気制御装置。
【請求項5】
前記筒内流動制御手段は、エンジンが前記所定運転領域にあるときには、前記可変動弁機構によって吸気弁のリフト量を略零にするものであり、
前記補正制御手段は、エンジンの冷機時には前記所定運転領域においても前記吸気弁をリフトさせるように、前記筒内流動制御手段による制御を補正するものである、請求項4に記載の吸気制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−270707(P2010−270707A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−124214(P2009−124214)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】