説明

無段変速機及びその制御方法

【課題】マニュアルモードを備えた副変速機構付きCVTにおいて、副変速機構の高いダウンシフト応答性を実現すると共に、動力源の空吹きや変速ショックが生じないようにする。
【解決手段】変速機コントローラ12は、マニュアルモードが選択されており、副変速機構30への入力トルクが正、かつ、副変速機構30をダウンシフトさせる場合には、変速開始時に副変速機構30のHighクラッチ33の油圧を低下させ、かつ、この低下量を入力トルクが大きいほど小さくする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無段変速機及びその制御方法に関し、特に、無段変速機が無段変速機構と副変速機構を備えるものに関する。
【背景技術】
【0002】
無段変速機構(バリエータ)と副変速機構とを組み合わせた無段変速機(以下、「副変速機構付きCVT」という。)では、通常の無段変速機に比べて変速領域を拡大することができ、燃費向上を図ることができる。
【0003】
この副変速機構付きCVTで副変速機構を変速させる場合には、バリエータの変速比を副変速機構の変速方向と逆の方向に変速させる協調変速を行うことで、変速機全体の変速比であるスルー変速比が変速前後で変化するのを抑制し、変速ショックを抑制することができる(特許文献1)。
【0004】
また、無段変速機において、マニュアルモードを備え、運転者によって選択される変速段に対応する変速比に無段変速機の変速比を制御する技術は公知である(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−79554号公報
【特許文献2】特開平2002−243031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
副変速機構付きCVTにマニュアルモードを備えることも可能である。マニュアルモードを備えた副変速機構付きCVTにおいては、スルー変速比が、運転者のシフト操作又はパドル操作によって選択された変速段に対応する変速比となるようにバリエータ及び副変速機構が制御される。選択された変速段によっては副変速機構の変速段が変更されるが、上記協調変速が行われれば変速ショックを抑制することができる。
【0007】
しかしながら、副変速機構への入力トルクが大きい時に運転者のシフト操作又はパドル操作を受けて副変速機構をダウンシフトさせると、通常の走行レンジでは副変速機構の変速が発生しない条件での副変速機構のダウンシフトとなるため、通常の協調制御を適用してしまうと、エンジンの空吹きや意図しない変速ショックが生じる可能性がある。
【0008】
エンジンの空吹きは、副変速機構の変速速度が入力トルクに応じて速められる(∵解放側摩擦締結要素(変速で解放されることになる摩擦締結要素)の油圧の低下速度が速められる)のに対し、バリエータの変速速度はイナーシャ等の影響で副変速機構よりも遅くなるので、両者の協調が崩れるからである。また、変速ショックは、入力トルクが大きいほど副変速機構のイナーシャフェーズの進行が早まるので、締結側摩擦締結要素(変速で締結されることになる摩擦締結要素)への油圧供給が間に合わず、締結側摩擦締結要素が遅れて急締結するからである。
【0009】
本発明は、このような技術的課題に鑑みてなされたもので、マニュアルモードを備えた副変速機構付きCVTにおいて、副変速機構の高いダウンシフト応答性を実現すると共に、エンジンの空吹きや変速ショックが生じないようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のある態様によれば、車両に搭載されて動力源の出力回転を変速し伝達する無段変速機であって、変速比を無段階に変化させることができるバリエータと、前記バリエータに対して直列に設けられる有段の副変速機構と、前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比の目標値である到達スルー変速比を前記車両の運転状態に基づき設定し前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するオートモード、及び、運転者からの入力操作に基づき前記無段変速機の変速段を選択し、前記到達スルー変速比を前記選択された変速段に基づき設定し、前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するマニュアルモードのいずれかを選択可能な変速制御手段と、を備え、前記変速制御手段は、前記マニュアルモードが選択されており、前記副変速機構への入力トルクが正、かつ、前記副変速機構をダウンシフトさせる場合には、変速開始時に前記副変速機構の解放側摩擦締結要素の油圧を低下させ、かつ、この低下量を前記入力トルクが大きいほど小さくする、ことを特徴とする無段変速機が提供される。
【0011】
本発明の別の態様によれば、変速比を無段階に変化させることができるバリエータと、前記バリエータに対して直列に設けられる有段の副変速機構とを備え、車両に搭載されて動力源の出力回転を変速し伝達する無段変速機の制御方法であって、前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比の目標値である到達スルー変速比を前記車両の運転状態に基づき設定し前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するオートモード、及び、運転者からの入力操作に基づき前記無段変速機の変速段を選択し、前記到達スルー変速比を前記選択された変速段に基づき設定し、前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するマニュアルモードのいずれかを選択し、前記マニュアルモードが選択されており、前記副変速機構への入力トルクが正、かつ、前記副変速機構をダウンシフトさせる場合には、変速開始時に前記副変速機構の解放側摩擦締結要素の油圧を低下させ、かつ、この低下量を前記入力トルクが大きいほど小さくする、ことを特徴とする無段変速機の制御方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
これらの態様によれば、前記副変速機構への入力トルクが正、かつ、副変速機構をダウンシフトさせる場合には、変速開始時に入力トルクに応じて解放側摩擦締結要素の油圧が低下する。この結果、スルー変速比の変化が速やかに起こり、高いダウンシフト応答性が実現される。また、油圧の低下量は入力トルクが大きいほど小さいので、油圧を低下させすぎることによる動力源の吹け上がりや、逆に、低下が不十分であることによるスルー変速比の変化応答性の悪化を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る無段変速機を搭載した車両の概略構成図である。
【図2】変速機コントローラの内部構成を示した図である。
【図3】オートモードで使用する変速マップの一例を示した図である。
【図4】マニュアルモードで使用する変速マップの一例を示した図である。
【図5】パワーONダウンシフト時の変速制御の内容を示したフローチャートである。
【図6】パワーONダウンシフト時の様子を示したタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明において、ある変速機構の「変速比」は、当該変速機構の入力回転速度を当該変速機構の出力回転速度で割って得られる値である。また、「最Low変速比」は当該変速機構の最大変速比を意味し、「最High変速比」は当該変速機構の最小変速比を意味する。
【0015】
図1は第1実施形態に係る無段変速機を搭載した車両の概略構成図である。この車両は動力源としてエンジン1を備える。エンジン1の出力回転は、ロックアップクラッチ付きトルクコンバータ2、第1ギヤ列3、無段変速機(以下、単に「変速機4」という。)、第2ギヤ列5、終減速装置6を介して駆動輪7へと伝達される。第2ギヤ列5には駐車時に変速機4の出力軸を機械的に回転不能にロックするパーキング機構8が設けられている。
【0016】
また、車両には、エンジン1の動力の一部を利用して駆動されるオイルポンプ10と、オイルポンプ10からの油圧を調圧して変速機4の各部位に供給する油圧制御回路11と、油圧制御回路11を制御する変速機コントローラ12とが設けられている。
【0017】
各構成について説明すると、変速機4は、無段変速機構(以下、「バリエータ20」という。)と、バリエータ20に対して直列に設けられる副変速機構30とを備える。「直列に設けられる」とは同動力伝達経路においてバリエータ20と副変速機構30が直列に設けられるという意味である。副変速機構30は、この例のようにバリエータ20の出力軸に直接接続されていてもよいし、その他の変速ないし動力伝達機構(例えば、ギヤ列)を介して接続されていてもよい。
【0018】
バリエータ20は、プライマリプーリ21と、セカンダリプーリ22と、プーリ21、22の間に掛け回されるVベルト23とを備えるベルト式無段変速機構である。プーリ21、22は、それぞれ固定円錐板と、この固定円錐板に対してシーブ面を対向させた状態で配置され固定円錐板との間にV溝を形成する可動円錐板と、この可動円錐板の背面に設けられて可動円錐板を軸方向に変位させる油圧シリンダ23a、23bとを備える。油圧シリンダ23a、23bに供給される油圧を調整すると、V溝の幅が変化してVベルト23と各プーリ21、22との接触半径が変化し、バリエータ20の変速比vRatioが無段階に変化する。
【0019】
副変速機構30は前進2段・後進1段の変速機構である。副変速機構30は、2つの遊星歯車のキャリアを連結したラビニョウ型遊星歯車機構31と、ラビニョウ型遊星歯車機構31を構成する複数の回転要素に接続され、それらの連係状態を変更する複数の摩擦締結要素(Lowブレーキ32、Highクラッチ33、Revブレーキ34)とを備える。各摩擦締結要素32〜34への供給油圧を調整し、各摩擦締結要素32〜34の締結・解放状態を変更すると、副変速機構30の変速段が変更される。例えば、Lowブレーキ32を締結し、Highクラッチ33とRevブレーキ34を解放すれば副変速機構30の変速段は1速となる。Highクラッチ33を締結し、Lowブレーキ32とRevブレーキ34を解放すれば副変速機構30の変速段は1速よりも変速比が小さな2速となる。また、Revブレーキ34を締結し、Lowブレーキ32とHighクラッチ33を解放すれば副変速機構30の変速段は後進となる。なお、以下の説明では、副変速機構30の変速段が1速であるとき「変速機4が低速モードである」と表現し、2速であるとき「変速機4が高速モードである」と表現する。
【0020】
変速機コントローラ12は、図2に示すように、CPU121と、RAM・ROMからなる記憶装置122と、入力インターフェース123と、出力インターフェース124と、これらを相互に接続するバス125とから構成される。
【0021】
入力インターフェース123には、アクセルペダルの開度(以下、「アクセル開度APO」という。)を検出するアクセル開度センサ41の出力信号、変速機4の入力回転速度(=プライマリプーリ21の回転速度、以下、「プライマリ回転速度Npri」という。)を検出するプライマリ回転速度センサ42pの出力信号、変速機4の出力回転速度(=セカンダリプーリ22の回転速度、以下、「セカンダリ回転速度Nsec」という。)を検出するセカンダリ回転速度センサ42sの出力信号、車両の走行速度(以下、「車速VSP」という。)を検出する車速センサ43の出力信号、変速機4の油温を検出する油温センサ44の出力信号、セレクトレバー45の位置を検出するインヒビタスイッチ46の出力信号、ブレーキペダルが踏み込まれていることを検出するブレーキスイッチ47の出力信号、後述するマニュアルモードで変速段を選択するパドルスイッチ48の出力信号などが入力される。
【0022】
記憶装置122には、変速機4の変速制御プログラム、この変速制御プログラムで用いる変速マップ(図3、図4)が格納されている。CPU121は、記憶装置122に格納されている変速制御プログラムを読み出して実行し、入力インターフェース123を介して入力される各種信号に対して各種演算処理を施して変速制御信号を生成し、生成した変速制御信号を出力インターフェース124を介して油圧制御回路11に出力する。CPU121が演算処理で使用する各種値、その演算結果は記憶装置122に適宜格納される。
【0023】
油圧制御回路11は複数の流路、複数の油圧制御弁で構成される。油圧制御回路11は、変速機コントローラ12からの変速制御信号に基づき、複数の油圧制御弁を制御して油圧の供給経路を切り換えるとともにオイルポンプ10で発生した油圧から必要な油圧を調製し、これを変速機4の各部位に供給する。これにより、バリエータ20の変速比vRatio、副変速機構30の変速段が変更され、変速機4の変速が行われる。
【0024】
なお、Lowブレーキ32の手前には、これらの摩擦締結要素が急締結することによるショックを防止するためのアキュムレータが設けられている。
【0025】
図3は変速機コントローラ12の記憶装置122に格納される変速マップの一例を示している。この変速マップは、セレクトレバー45がDレンジにあり、アクセル開度APO及び車速VSPに基づき変速機4の変速、すなわちバリエータ20及び副変速機構30の変速が自動的に行われるモード(以下、「オートモード」という。)で使用されるマップである。
【0026】
この変速マップ上では変速機4の動作点が車速VSPとプライマリ回転速度Npriとに基づき決定される。変速機4の動作点と変速マップ左下隅の零点を結ぶ線の傾きが変速機4の変速比(バリエータ20の変速比vRatioに副変速機構30の変速比subRatioを掛けて得られる全体の変速比、以下、「スルー変速比Ratio」という。)を表している。この変速マップには、従来のベルト式無段変速機の変速マップと同様に、アクセル開度APO毎に変速線が設定されており、変速機4の変速はアクセル開度APOに応じて選択される変速線に従って行われる。なお、図3には簡単のため、全負荷線(アクセル開度APO=8/8のときの変速線)、パーシャル線(アクセル開度APO=4/8のときの変速線)、コースト線(アクセル開度APO=0のときの変速線)のみが示されている。
【0027】
変速機4が低速モードのときは、変速機4はバリエータ20の変速比vRatioを最大にして得られる低速モード最Low線とバリエータ20の変速比vRatioを最小にして得られる低速モード最High線の間で変速することができる。このとき、変速機4の動作点はA領域とB領域内を移動する。一方、変速機4が高速モードのときは、変速機4はバリエータ20の変速比vRatioを最大にして得られる高速モード最Low線とバリエータ20の変速比vRatioを最小にして得られる高速モード最High線の間で変速することができる。このとき、変速機4の動作点はB領域とC領域内を移動する。
【0028】
副変速機構30の各変速段の変速比は、低速モード最High線に対応する変速比(低速モード最High変速比)が高速モード最Low線に対応する変速比(高速モード最Low変速比)よりも小さくなるように設定される。これにより、低速モードでとりうる変速機4のスルー変速比Ratioの範囲である低速モードレシオ範囲と高速モードでとりうる変速機4のスルー変速比Ratioの範囲である高速モードレシオ範囲とが部分的に重複し、変速機4の動作点が高速モード最Low線と低速モード最High線で挟まれるB領域にあるときは、変速機4は低速モード、高速モードのいずれのモードも選択可能になっている。
【0029】
変速機コントローラ12は、この変速マップを参照して、車速VSP及びアクセル開度APO(車両の運転状態)に対応するスルー変速比Ratioを到達スルー変速比DRatioとして設定する。この到達スルー変速比DRatioは、当該運転状態でスルー変速比Ratioが最終的に到達すべき目標値である。そして、変速機コントローラ12は、スルー変速比Ratioを所望の応答特性で到達スルー変速比DRatioに追従させるための過渡的な目標値である目標スルー変速比tRatioを設定し、スルー変速比Ratioが目標スルー変速比tRatioに一致するようにバリエータ20及び副変速機構30を制御する。
【0030】
また、変速マップ上には副変速機構30の変速を行うモード切換変速線が低速モード最High線上に重なるように設定されている。モード切換変速線に対応するスルー変速比(以下、「モード切換変速比mRatio」という。)は低速モード最High変速比に等しい。
【0031】
そして、変速機4の動作点がモード切換変速線を横切った場合、すなわち、変速機4のスルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioを跨いで変化した場合は、変速機コントローラ12はモード切換変速制御を行う。このモード切換変速制御では、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速を行うとともに、バリエータ20の変速比vRatioを副変速機構30の変速比subRatioが変化する方向と逆の方向に変化させる協調変速を行う。
【0032】
協調変速では、変速機4のスルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioよりも大きい状態から小さい状態になったときは、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速段を1速から2速にアップシフト(1−2変速)させるとともに、バリエータ20の変速比vRatioを変速比大側に変化させる。逆に、変速機4のスルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioよりも小さい状態から大きい状態になったときは、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速段を2速から1速にダウンシフト(2−1変速)させるとともに、バリエータ20の変速比vRatioを変速比小側に変化させる。
【0033】
モード切換変速時、協調変速を行うのは、変速機4のスルー変速比Ratioの段差により生じる入力回転の変化に伴う運転者の違和感を抑えるためである。また、モード切換変速をバリエータ20の変速比vRatioが最High変速比のときに行うのは、この状態では副変速機構30に入力されるトルクがそのときにバリエータ20に入力されるトルクのもとでは最小になっており、この状態で副変速機構30を変速すれば副変速機構30の変速ショックを緩和することができるからである。
【0034】
ただし、単にモード切換変速比mRatioをしきい値としてモード切換え変速を行う構成では、スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioの近傍で変化する場合に副変速機構30の変速が頻繁に行われ、変速ショックが繰り返し発生することによる運転性の低下や、副変速機構30を構成する摩擦締結要素(Lowブレーキ32、Highクラッチ33)の耐久性の低下を招く可能性がある。
【0035】
そこで、変速機コントローラ12は、副変速機構30のダウンシフトについては、アクセルペダルが大きく踏み込まれる等、大きな駆動力、例えば、副変速機構30の変速段が2速のままでは達成できないような駆動力が必要とされる状況でのみ許可するようにし、副変速機構30の変速頻度を下げるようにする。
【0036】
これに対し、セレクトレバー操作又はパドル操作により運転者が任意の変速段を選択でき、選択された変速段(以下、「セレクト変速段」という。)に対応した変速比が実現されるよう変速機4の変速、すなわち、バリエータ20及び副変速機構30の変速が行われるモード(以下、「マニュアルモード」という。)では、図4に示される変速マップが使用される。なお、以下の説明では、マニュアルモードにおける変速機4の変速段と副変速機構30の変速段とを区別するために、マニュアルモードにおける変速機4の変速段をそれぞれM1速〜M7速と称する。
【0037】
この例ではM1速からM7速の中から一つを選択することが可能になっている。副変速機構30の1−2アップ線、2−1ダウン線は、オートモードにおけるモード切換変速線とは異なる位置に設定されており、1−2アップ線は低速モード最High線よりもLow側かつM4速変速線とM5速変速線との間、2−1ダウン線は高速モード最Low線よりもHigh側かつM3速変速線とM4速変速線との間に設定される。
【0038】
変速段の選択は、セレクトレバー45を操作することによって行うことができ(例えば、セレクトレバー45を+ゲートに操作するとシフトアップ、−ゲートに操作するとシフトダウン)、また、ステアリングに設けられたパドルスイッチ48を操作することによっても行うことができる。
【0039】
マニュアルモードにおいては、セレクト変速段が実現されるようバリエータ20及び副変速機構30が制御され、現変速段とセレクト変速段との組み合わせによっては副変速機構30の変速を伴う。具体的には、変速前後で1−2アップ線又は2−1ダウン線を横切る場合に副変速機構30の変速が行われる。特に、変速先がM1速又はM2速の場合は副変速機構30の変速段が1速でないとこれら変速段に対応する変速比を実現できず、変速先がM6速又はM7速の場合は副変速機構30の変速段が2速でないとこれら変速段の変速比を実現できないため、副変速機構30の変速段が必要とされる変速段になっていないと副変速機構30の変速が必ず行われる。
【0040】
ところで、このように副変速機構30の変速を伴う変速であっても、上記バリエータ20を副変速機構30の変速方向と逆の方向に変速させる協調変速が正しく行われれば、変速時のショックを緩和することが可能である。
【0041】
しかしながら、副変速機構30への入力トルクが大きい時に副変速機構30のダウンシフトが行われてバリエータ20と副変速機構30との協調変速が行われる場合は、両者を協調させて変速させることが難しく、エンジン1の空吹きや変速ショックが発生する可能性がある。
【0042】
これは、第1に、副変速機構30の変速速度が副変速機構30への入力トルクに応じて速められる(∵Highクラッチ33の油圧の低下速度が速められる)のに対し、バリエータ20の変速速度はイナーシャ等の影響で副変速機構30よりも遅くなるので、両者の協調が崩れるからである。第2に、副変速機構30への入力トルクが大きいほど、副変速機構30のイナーシャフェーズの進行が早まるので、Lowブレーキ32への油圧供給が間に合わず、Lowブレーキ32が遅れて急締結するからである。
【0043】
そこで、本実施形態では、副変速機構30への入力トルクが正で、副変速機構30をダウンシフトさせる場合(以下、「パワーONダウンシフト」という。)には、以下に説明する制御を行い、速やかなダウンシフトを実現しつつ、変速時のエンジン1の空吹き及び変速ショックを抑制する。
【0044】
図5は、変速機コントローラ12が実行する変速制御のうちパワーONダウンシフト時の制御内容を示している。これを参照しながらパワーONダウンシフト時の制御内容について詳しく説明する。なお、このフローチャートは一定時間(例えば、10msec)毎に繰り返し実行されるものである。
【0045】
S11では、変速機コントローラ12は、変速機4がマニュアルモードか判断する。変速機コントローラ12は、例えば、セレクトレバー45がMレンジにある場合又はパドルスイッチ48が操作された場合にマニュアルモードであると判断する。マニュアルモードと判断された場合は処理がS12に進み、マニュアルモードでないと判断された場合は処理が終了する。
【0046】
S12では、変速機コントローラ12は、パワーONダウンシフトであるか判断する。例えば、副変速機構30への入力トルクがゼロ以上であり、副変速機構30の現在の変速段が2速であり、かつ、その時の車速VSPで変速比をセレクト変速段に対応する変速比まで変化させる場合に2−1ダウン線を跨ぐ場合又は運転点が図3のA領域に入る場合には、パワーONダウンシフトと判断される。パワーONダウンシフトと判断された場合は処理がS13に進み、そうでない場合は処理が終了する。副変速機構30への入力トルクは、例えば、エンジントルク、バリエータ20の変速比、副変速機構30の変速に伴うイナーシャトルク等に基づき演算される。
【0047】
S13では、変速機コントローラ12は、パワーONダウンシフトを開始する。具体的には、変速機コントローラ12は、Highクラッチ33の油圧を副変速機構30への入力トルクに応じて低下させ、スルー変速比Ratioを上昇させる(準備フェーズ)。このときのHighクラッチ33の油圧の低下量は、入力トルクが大きいほど小さくする。これにより、入力トルクの大小にかかわらず、スルー変速比Ratioを到達スルー変速比DRatioに向けて短時間で変化させ、ダウンシフトの変速応答性を向上させる。パワーONダウンシフトが既に実行中である場合は、パワーONダウンシフトを継続し、処理がSI4に進む。
【0048】
S14では、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速がイナーシャフェーズ中か判断する。イナーシャフェーズは副変速機構30の変速比が実際に変化する期間であり、副変速機構30は準備フェーズの後、速やかにイナーシャフェーズに移行する。イナーシャフェーズ中と判断された場合は処理がS15に進み、そうでない場合は処理がS18に進む。
【0049】
S15では、変速機コントローラ12は、Highクラッチ33がスリップを起こしたか判断する。Highクラッチ33がスリップを起こしたかの判断は、実イナーシャ進行率の変化率と目標イナーシャ進行率の変化率との比較により行われる。実イナーシャ進行率は、変速後に達成されるセカンダリ回転速度に対する実セカンダリ回転速度Nsecの割合として定義され、目標イナーシャ進行率は変速後に達成されるセカンダリ回転速度に対するその時点での目標セカンダリ回転速度の割合として定義される。目標セカンダリ回転速度はイナーシャフェーズの目標時間(開始から終了までの時間間隔)によって決定される値である。
【0050】
実イナーシャ進行率の変化率が目標イナーシャ進行率の変化率よりも大きい場合は、Highクラッチ33がスリップしていると判断され、処理がS17に進み、そうでない場合は処理がS16に進む。
【0051】
S16では、変速機コントローラ12は、S13で低下させたHighクラッチ33の油圧を維持し、スルー変速比Ratioを到達スルー変速比DRatioまで変化させる。
【0052】
一方、S17では、変速機コントローラ12は、Highクラッチ33の油圧を所定圧まで上昇させる。所定圧は、Highクラッチ33はぎりぎりスリップする圧である。これにより、これにより、到達スルー変速比DRatioが維持されるとともに、Highクラッチ33が滑りすぎて実イナーシャ進行率が目標イナーシャ進行率に対して先行しすぎる、すなわち、Highクラッチ33が滑ってエンジン1が吹け上がるのが防止される。
【0053】
副変速機構30の変速比が1速段に対応する変速比まで変化し、イナーシャフェーズが終了すると、処理がS14からS18に進む。
【0054】
S18では、変速機コントローラ12は、トルクフェーズ移行直後か判断する。トルクフェーズは、トルクの伝達を受け持つ摩擦締結要素が切り換えられるフェーズであり、トルクフェーズへの移行直後かは、副変速機構30の変速が完了したに基づき判断することができる。トルクフェーズ移行直後と判断された場合は処理がS19に進み、そうでない場合は処理がS20に進む。
【0055】
S19では、変速機コントローラ12は、Lowブレーキ32の油圧をステップ的に上昇させる。これは、Lowブレーキ32の手前にアキュムレータが設けられており、Lowブレーキ32の油圧をランプ状に上昇させていたのではLowブレーキ32の油圧の上昇が遅れてしまうからである。Lowブレーキ32の油圧をステップ的に上昇させることにより、アキュムレータの影響を少なくし、Lowブレーキ32の油圧を遅れなく上昇させることが可能となる。
【0056】
S20では、変速機コントローラ12は、通常のダウンシフト制御を実行する。すなわち、変速機コントローラ12は、Highクラッチ33の油圧を徐々に低下させるとともにLowブレーキ32の油圧をランプ状に上昇させ、トルクの伝達を受け持つ摩擦締結要素をHighクラッチ33からLowブレーキ32に切り換える(トルクフェーズ)。そして、Lowブレーキ32を介してトルクが伝達されるようになったら、変速機コントローラ12は、Highクラッチ33の油圧をゼロにしてHighクラッチ33を完全解放すると共に、Lowブレーキ32の油圧を入力トルクに応じた値まで上昇させて、Lowブレーキ32を完全締結する(終了フェーズ)。
【0057】
図6は、パワーONダウンシフトの様子を示している。これを参照しながら上記制御を行うことによる作用効果について説明する。
【0058】
時刻t1でセレクトレバー45又はパドルスイッチ48が操作されてセレクト変速段がM3速からM2速に変更されると、まず、副変速機構4への入力トルクに応じてHighクラッチ33の油圧が下げられ、スルー変速比Ratioが到達スルー変速比DRatioに向けて高められる(時刻t1〜t2)。スルー変速比Ratioの変化はセレクトレバー45又はパドルスイッチ48の操作後、速やかに起こり、これによって、高いダウンシフト応答性が実現される。また、Highクラッチ33の油圧の低下量は、入力トルクが大きいほど小さく設定されるので、Highクラッチ33の油圧を低下させすぎることによるエンジン1の吹け上がり、逆に、低下が不十分でスルー変速比Ratioがなかなか変化しないことによる停滞感を防止することができる(請求項1、5に記載の発明に対応する効果)。
【0059】
時刻t3で、実イナーシャ進行率の変化率が目標イナーシャ進行率の変化率を超えるとHighクラッチ33がスリップし始めたと判断され、これを受けてHighクラッチ33の油圧が、Highクラッチ33がぎりぎりスリップする圧まで高められ、スルー変速比Ratioが到達スルー変速比DRatioに維持される。これにより、Highクラッチ33がスリップし過ぎてエンジン1が吹け上がるのが防止される(請求項2に記載の発明に対応する効果)。
【0060】
時刻t4でトルクフェーズに移行すると、そのタイミングでLowブレーキ32の油圧がステップ的に高められる。これにより、トルクフェーズにおけるLowブレーキ32の油圧の立ち上がりが速められ、Lowブレーキ32の締結が遅れることによるエンジン1の吹け上がり及び変速ショックを防止することができる(請求項3に記載の発明に対応する効果)。
【0061】
時刻t5〜t6では、終了フェーズが実施され、パワーONダウンシフトは終了する。
【0062】
このように、本実施形態にかかるパワーONダウンシフト時の変速制御によれば、エンジン1の吹け上がり及び変速ショックを抑制しつつ、高いダウンシフト応答性を実現することが可能である。
【0063】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一つを示したものに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0064】
例えば、上記パワーONダウンシフト制御によれば、エンジン1の吹け上がり及び変速ショックを積極的に抑えることができるので、イナーシャフェーズの目標時間をオートモードよりも短くすることが可能であり、これによってさらに高いダウンシフト応答性を実現することができる(請求項4に記載の発明に対応する効果)。
【0065】
また、上記実施形態では、バリエータ20としてベルト式無段変速機構を備えているが、バリエータ20は、Vベルト23の代わりにチェーンベルトがプーリ21、22の間に掛け回される無段変速機構であってもよい。
【0066】
また、動力源としてエンジン1を備えているが、動力源はエンジン1にモータを組み合わせたもの、又は、モータ単体であってもよい。
【符号の説明】
【0067】
4…無段変速機
12…変速機コントローラ
20…バリエータ
30…副変速機構
32…Lowブレーキ(締結側摩擦締結要素)
33…Highクラッチ(解放側摩擦締結要素)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載されて動力源の出力回転を変速し伝達する無段変速機であって、
変速比を無段階に変化させることができるバリエータと、
前記バリエータに対して直列に設けられる有段の副変速機構と、
前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比の目標値である到達スルー変速比を前記車両の運転状態に基づき設定し前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するオートモード、及び、運転者からの入力操作に基づき前記無段変速機の変速段を選択し、前記到達スルー変速比を前記選択された変速段に基づき設定し、前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するマニュアルモードのいずれかを選択可能な変速制御手段と、
を備え、
前記変速制御手段は、前記マニュアルモードが選択されており、前記副変速機構への入力トルクが正、かつ、前記副変速機構をダウンシフトさせる場合には、変速開始時に前記副変速機構の解放側摩擦締結要素の油圧を低下させ、かつ、この低下量を前記入力トルクが大きいほど小さくする、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項2】
請求項1に記載の無段変速機であって、
前記変速制御手段は、前記副変速機構のイナーシャフェーズ中に、前記解放側摩擦締結要素の油圧を低下させたことによる前記解放側摩擦締結要素のスリップが発生した場合は、前記解放側摩擦締結要素の油圧を上昇させる、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の無段変速機であって、
前記変速制御手段は、前記副変速機構の前記イナーシャフェーズが終了しトルクフェーズが開始した時に前記副変速機構の締結側摩擦締結要素の油圧をステップ的に上昇させる、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一つに記載の無段変速機であって、
前記変速制御手段は、前記マニュアルモードにおける前記イナーシャフェーズの目標時間を前記オートモードに比べて短く設定した、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項5】
変速比を無段階に変化させることができるバリエータと、前記バリエータに対して直列に設けられる有段の副変速機構とを備え、車両に搭載されて動力源の出力回転を変速し伝達する無段変速機の制御方法であって、
前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比の目標値である到達スルー変速比を前記車両の運転状態に基づき設定し前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するオートモード、及び、運転者からの入力操作に基づき前記無段変速機の変速段を選択し、前記到達スルー変速比を前記選択された変速段に基づき設定し、前記到達スルー変速比が実現されるように前記バリエータ及び前記副変速機構を制御するマニュアルモードのいずれかを選択し、
前記マニュアルモードが選択されており、前記副変速機構への入力トルクが正、かつ、前記副変速機構をダウンシフトさせる場合には、変速開始時に前記副変速機構の解放側摩擦締結要素の油圧を低下させ、かつ、この低下量を前記入力トルクが大きいほど小さくする、
ことを特徴とする無段変速機の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−57697(P2012−57697A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200827(P2010−200827)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】