説明

自動変速機の変速制御装置

【課題】エンジントルクコントロール制御と油圧学習制御とが行われる変速制御装置において、エンジンの要求トルクと出力トルクとの乖離を解消して油圧学習制御の精度を向上させる。
【解決手段】本発明は、第1の変速段から第2の変速段への変速を行う変速制御手段と、要求値として第1の要求トルクを変速時にエンジンに出力する第1のトルク要求手段(S32)と、要求値として第2の要求トルクをエンジンに出力する第2のトルク要求手段と(S35)、要求値が第2の要求トルクへ変更されたことによる回転要素の変化量に基づいて、要求値とエンジンの出力トルクとの間に乖離があるか否かを判定する乖離判定手段と(S36)、次回の変速時に乖離を解消するように要求値を補正する要求値補正手段と(S37)を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンといった原動機のトルクコントロール制御と油圧学習制御とが行われる自動変速機の変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動変速機は複数の遊星歯車機構によって構成され、エンジンといった原動機(以下エンジンとする)からトルクコンバータを介して入力される入力軸の回転を変速して出力軸へと伝達する。遊星歯車機構は複数の回転要素と、回転要素の回転を拘束可能な油圧式摩擦要素とを有し、自動変速機は各摩擦要素の締結状態の組み合わせを切り替えることで、遊星歯車機構におけるトルクの伝達経路を切り替えて変速比を変化させている。
【0003】
このような自動変速機では、変速時に出力軸のトルクが急激に変化して、このトルク変動によって変速ショックが発生することがある。そこで、変速時に一時的にエンジンの出力トルクを低減させることで変速ショックを低減させるエンジントルクコントロール制御が知られており、エンジントルクの低減量は変速ショックや変速フィーリング、変速時間などを考慮して設定される。
【0004】
また、変速時に変速時間が目標変速時間となるように油圧を学習制御することや、入力軸の回転速度の変化率が目標変化率となるように油圧を学習制御することが従来から行われており、これら油圧学習制御によって摩擦要素を駆動するソレノイドや油圧回路、摩擦材などの個体差による変速性能の悪化が防止される。上記のようなエンジントルクコントロール制御と油圧学習制御とを行う技術が特許文献1、2に記載されている。
【特許文献1】特開平8−49578号公報
【特許文献2】特開平11−108170号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし上記従来の技術では、油圧学習制御はエンジンの出力トルクが要求トルク通りに出力されているという前提で行われているので、個体差などによりエンジンの要求トルクと実際の出力トルクとの間に乖離がある場合には、仮に油圧学習制御によって変速時間や入力軸の回転速度の変化率が目標値に収束しても、変速ショックや変速フィーリングが狙い通りにならないという問題がある。
【0006】
例えば、イナーシャフェーズの所要時間が目標時間となるように油圧学習制御している場合であって、個体差によりエンジンの出力トルクが要求トルク以上となる場合には、イナーシャフェーズの時間を目標時間に収束させることはできても、適正な油圧に対して油圧が高すぎるので、摩擦要素の締結時におけるトルク変動が大きくなって変速ショックが発生してしまう。
【0007】
本発明は、変速中にエンジンといった原動機のトルクコントロール制御と変速制御とが行われる変速制御装置において、原動機の要求トルクと出力トルクとの乖離を解消して変速制御の精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、原動機からの伝達トルクによって回転する回転要素と複数の摩擦係合要素とを有する変速機構を備えた自動変速機の変速制御装置において、摩擦係合要素の係合圧を変化させて係合状態の組み合わせを切り替えることで、第1の変速段から第2の変速段への変速を行う変速制御手段と、要求値として第1の要求トルクを変速時に原動機に出力する第1のトルク要求手段と、第1の要求トルクが出力されているときに、要求値として第2の要求トルクを原動機に出力する第2のトルク要求手段と、要求値が第1の要求トルクから第2の要求トルクへ変更されたことによる回転要素の変化量に基づいて、要求値と原動機の出力トルクとの間に乖離があるか否かを判定する乖離判定手段と、乖離があると判定されたとき、次回の変速時に乖離を解消するように要求値を補正する要求値補正手段とを備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、要求値を第1の要求トルクから第2の要求トルクへと変更し、このときの回転要素の変化量から要求値とエンジンの出力トルクとの間の乖離を判定して、この乖離を解消するように要求値を補正するので、エンジントルクの要求値と実際の出力トルクとの間の乖離を解消することができる。これによりエンジンの出力トルクが要求トルク通りに出力されることになるので、エンジンが要求トルク通りに出力することが前提である変速制御の制御精度が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下では図面を参照して本発明の実施の形態について詳しく説明する。図1は本実施形態における自動変速機の変速制御装置を示す構成図である。図1に示すように、エンジン1の後端には自動変速機2が接続されており、エンジン1の駆動力は自動変速機2を介して駆動輪(図示せず)に伝達される。自動変速機2は、トルクコンバータ3、変速機本体4、油圧コントローラ5から構成されており、車室内等に設置された自動変速機制御用のATCU6(変速制御手段、記憶手段)により駆動制御される。変速機本体4は複数組のプラネタリギヤの他、油圧クラッチや油圧ブレーキ等の油圧摩擦係合要素を内蔵している。また、油圧コントローラ5には、一体に形成された油圧回路の他、ATCU6によってデューティ駆動される複数のソレノイド弁が収納されている。なお、このソレノイド弁は、後述する複数の摩擦係合要素毎にそれぞれ設けられている。
【0011】
また、自動変速機2には運転モードを切り替える切替レバー(図示せず)が装着されており、運転者がこの切替レバーを操作することにより、パーキングレンジ、走行レンジ(例えば、1速段〜4速段)、ニュートラルレンジ及び後退レンジ等の変速レンジの選択を手動で行えるようになっている。この走行レンジには自動変速モードと手動変速モードの2つの変速モードがあり、自動変速モードが選択された場合には、変速(変速段切替)は、エンジン回転速度(例えばトルクコンバータ3のタービン30のタービン回転速度)とエンジン負荷(例えばスロットル開度)とに基づき予め設定されたシフトマップに従って自動的に実施される一方、手動変速モードが選択された場合には、変速段はこのシフトマップにかかわらず選択された変速段に固定されるか、又は、選択された変速段領域内に限定してシフトマップに従って自動的に実施される。
【0012】
ATCU6は、図示しない入出力装置、多数の制御プログラムを内蔵した記憶装置(不揮発性RAM、ROM、等)、中央処理装置(CPU)、タイマカウンタ等を備えており、その入力側には、トルクコンバータ3のタービン30のタービン回転速度を検出するタービン回転センサ7、車速Vを検出する車速センサ8、図示しないスロットルバルブの開度を検出するスロットルセンサ9等が接続されている。一方、ATCU6の出力側には、前述の油圧コントローラ5に収納された複数のソレノイド弁及びエンジン1の出力を制御するECU40が接続されている。ECU40はATCU6から出力されたエンジン1のトルク要求値に従って、エンジン1の点火時期、吸入空気量、燃料供給量及び吸排気弁の開閉時期などを変更してエンジン1の出力を制御する。なお、ATCU6にはこれらのセンサの他、変速レンジの切替位置を検出するインヒビタスイッチ、スロットルバルブの閉鎖状態を検出するアイドルスイッチ等、種々のセンサやスイッチ類が接続されている。
【0013】
トルクコンバータ3は、ハウジング37、ケーシング34、ポンプ31、ステータ32、タービン30等を含む流体継手から構成されており、ポンプ31はケーシング34を介して入力軸たる駆動軸36に連結されている。また、ステータ32はワンウェイクラッチ33を介してハウジング37に連結され、タービン30は出力軸たる変速機本体4のインプットシャフト11に連結されている。更に、トルクコンバータ3内には、ケーシング34とタービン30との間に湿式単板型のダンパクラッチ(ロックアップクラッチ)35が介装され、このダンパクラッチ35の係合により駆動軸36とインプットシャフト11とが直結可能となっている。
【0014】
図2は本実施形態における自動変速機の変速機本体内のギヤトレーンを示した概略図であり、例として前進4段、後進1段が達成可能な変速機本体4を示している。図2に示すように、タービン30にはインプットシャフト11(回転要素)が接続されており、このインプットシャフト11には、変速機構10として、第1、第2プラネタリギヤ12(回転要素)、13(回転要素)の他、第1プラネタリギヤ12のサンギヤ14をインプットシャフト11に結合する第1クラッチ15(摩擦係合要素)、第2プラネタリギヤ13のピニオンキャリア16をインプットシャフト11に結合する第2クラッチ17(摩擦係合要素)、第2プラネタリギヤ13のサンギヤ18をインプットシャフト11に結合する第3クラッチ19(摩擦係合要素)が保持されている。
【0015】
また、変速機本体4のケーシング20には、第1プラネタリギヤ12のインターナルギヤ21を固定し、反力要素となる第1ブレーキ22(摩擦係合要素)と、第2プラネタリギヤ13のサンギヤ18を固定し、反力要素となる第2ブレーキ23(摩擦係合要素)とが取り付けられている。インプットシャフト11の回転は、第1プラネタリギヤ12のピニオンキャリア24、ピニオンキャリア24に連結されたドライブギヤ26及びドリブンギヤ27を介してカウンターシャフト28に伝達され、更にデファレンシャルキャリア29に伝達される。
【0016】
なお、第1プラネタリギヤ12のインターナルギヤ21と第2プラネタリギヤ13のピニオンキャリア16、第1プラネタリギヤ12のピニオンキャリア24と第2プラネタリギヤ13のインターナルギヤ25はそれぞれ結合されており、それらは一体に回転する。
【0017】
図3は摩擦係合要素の油圧制御回路の一部を示す概略図である。油圧回路は、摩擦係合要素、例えば第2クラッチ17への油圧の給排を制御するソレノイド弁、例えば第2ソレノイド弁71を備えている。この第2ソレノイド弁71は、常閉型の2位置切替弁で、3箇所にポート71a、71b、71cを有している。
【0018】
第1ポート71aには、オイルパン68から作動油を汲み上げるオイルポンプ69に延びる第1油路60が接続されており、この第1油路60には、調圧弁(レギュレータ弁)70が介在され、所定圧に調圧された作動油圧(ライン圧)が第2ソレノイド弁71に供給されている。また、第2ポート71bには、第2クラッチ17に延びる第2油路61が、第3ポート71cには、オイルパン68へ作動油を排出する第3油路62がそれぞれ接続されており、第2油路61には、アキュムレータ73が介在されている。
【0019】
第2ソレノイド弁71は、ATCU6に電気的に接続されており、ATCU6からの駆動信号により、デューティ制御が実行される。そして、ソレノイド71eが消勢されている場合には、弁体71fは、リターンスプリング71gに押圧されて第1ポート71aと第2ポート71bの連通を遮断するとともに、第2ポート71bと第3ポート71cを連通させる。一方、ソレノイド71eが付勢されている場合には、弁体71fは、リターンスプリング71gに抗してリフトし、第1ポート71aと第2ポート71bを連通させるとともに、第2ポート71bと第3ポート71cとの連通を遮断する。
【0020】
ATCU6からソレノイド弁、例えば第2ソレノイド弁71に供給されるデューティ率が100%の場合には、摩擦係合要素、例えば第2クラッチ17に供給される作動油圧は調圧弁70により調圧されたライン圧となる。一方、デューティ率の減少に応じて第2クラッチ17に供給される油圧は小になり、デューティ率0%の場合には、弁体71fはリターンスプリング71gにより第1ポート71aと第2ポート71bとの連通を遮断するとともに、第2ポート71bと第3ポート71cとを連通させ、第2クラッチ17から作動油を排出することになる。
【0021】
図4は、第2クラッチの断面詳細図である。図4に示すように、この第2クラッチ17は、多数の摩擦係合板50を備えている。これら摩擦係合板50は、インプットシャフト11と一体に回転するクラッチプレート50aと、ピニオンキャリア16と一体に回転するクラッチディスク50bとから構成されている。この第2クラッチ17の結合時には、第2ソレノイド弁71によって油圧制御された作動油が、第1油路61からポート51を介して第2クラッチ17に供給され、ピストン52が往動して各摩擦係合板50のクラッチプレート50aとクラッチディスク50bとが結合する。一方、解放時には、リターンスプリング53によりピストン52が押し戻されることにより、作動油がポート51、第一油路61、第2ソレノイド弁71、第2油路62を介して排出され、クラッチプレート50aとクラッチディスク50bとの摩擦係合は解放される。
【0022】
この第2クラッチ17のクラッチプレート50aとクラッチディスク50bとの間には、解放時において引きずり現象が発生することなく、完全に解放状態になるように、充分なクリアランス(ガタ)が設けられている。従って、結合時にあっては、クラッチプレート50aとクラッチディスク50bとが結合状態に入る前に、先ず、該クリアランス(ガタ)を略ゼロにし、無効ストロークを解消するための所謂ガタ詰め操作が実施される。
【0023】
なお、第1クラッチ15、第2ブレーキ23等については、第2クラッチ17と略同一の構成であるから、それらの説明は省略する。
【0024】
以上のような構成の変速機本体4を持つ自動変速機2では、切替レバーが走行レンジの自動変速モードに選択されて走行しているとき、前述したように車速センサ7で検出される車速V及びスロットルセンサ8で検出されるスロットル開度に応じて上述の第1〜第3クラッチ15、17、19及び第1〜第2ブレーキ22、23等の摩擦係合要素が、各々に設定されたソレノイド弁によってデューティ駆動制御され、図5に示すような結合あるいは解放の組み合わせにより、自動的に各変速段が確立されるようになっている。図5の○が各クラッチあるいは各ブレーキの結合を示している。
【0025】
変速時においては、所定のデューティ率に設定された駆動信号が所定の出力パターンで油圧コントローラ5の各ソレノイド弁に供給され、シフトフィーリングの良い最適な変速制御が実行される。すなわち、解放側の摩擦係合要素への供給油圧を低減させながら締結側の摩擦係合要素への供給油圧を増大させるように各摩擦係合要素への供給油圧が制御される。また、油圧制御とは別に自動変速機2の出力軸のトルク変動によるショックの発生を防止する目的でエンジン1の出力トルクを一時的に低減させるエンジントルクコントロール制御が実行される。
【0026】
以下、図6、図7を参照しながら本実施形態で行う変速制御について説明する。図6は油圧制御を示すフローチャートであり、図7はエンジントルクコントロール制御を示すフローチャートである。なお、本実施形態では2−3アップシフト時における制御について例示しており、さらに図6は締結側の摩擦係合要素である第2クラッチ17の係合圧の制御を示している。
【0027】
初めに図6を参照しながら油圧制御について説明する。ATCU6から2−3アップシフトの変速指令が出力されると、解放側の摩擦係合要素である第2ブレーキ23を駆動するソレノイド弁のデューティ率を100%から0%に切り替え、第2ブレーキ23の油圧を低下させる。
【0028】
ステップS11では、第2クラッチ17の油圧をガタ詰め指示油圧に設定する。ガタ詰め指示油圧は、クラッチプレート50aとクラッチディスク50bとの間のクリアランス(ガタ)を詰めて第2クラッチ17の無効ストロークを解消するために必要な油圧である。したがって、第2クラッチ17の動作が最も早くなるように第2ソレノイド弁71のデューティ率が所定時間だけ100%に設定される。これにより、第2クラッチ17の油圧は徐々に増大し、所定時間が経過するとステップS12へ進む。
【0029】
ステップS12では、第2クラッチ17の油圧を結合準備指示油圧に設定する。結合準備指示油圧は、第2クラッチ17のクラッチプレート50aとクラッチディスク50bとの回転速度差を速やかに低減させるのに充分な油圧であり、タービントルク及び変速種に応じて設定される。
【0030】
これにより、クラッチプレート50aとクラッチディスク50bとの係合が開始され、それらの回転速度差が低減し始めると、タービン30の回転速度が2速段での同期回転速度から3速段での同期回転速度に向けて低下し始める。
【0031】
ステップS13では、イナーシャフェーズが開始されたか否かを判定する。イナーシャフェーズが開始されたと判定されるとステップS14へ進み、開始されていないと判定されると繰り返しステップS13の判定が行われる。タービン30の回転速度が2速段での同期回転速度から所定値以上低下したとき、イナーシャフェーズが開始されたと判定される。また、タービン30の回転速度の代わりにギア比が所定値以上変化したときイナーシャフェーズが開始されたと判定してもよい。
【0032】
ステップS14では、第2クラッチ17の油圧を結合指示油圧に設定する。結合指示油圧は、第2クラッチ17の締結容量が第2クラッチ17の分担トルクより所定量だけ大きくなるように、タービントルク及び変速種に応じて設定される。
【0033】
ステップS15(油圧補正禁止手段)では、前回変速時にエンジントルクコントロール制御においてトルク要求値を補正したか否かを判定する。トルク要求値を補正したと判定されるとステップS19へ進み、補正していないと判定されるとステップS16へ進む。前回変速時にエンジントルクコントロール制御においてトルク要求値を補正した場合には、今回変速時にトルク要求値を変更してトルク要求値の学習が行われるので、この場合には以下のステップS17及びS18における油圧学習制御及びフィードバック制御を禁止する。なお、エンジントルクコントロール制御については後述する。
【0034】
ステップS16では、結合指示油圧の補正が必要であるか否かを判定する。結合指示油圧の補正が必要であると判定されるとステップS17へ進み、補正が必要ないと判定されるとステップS18へ進む。イナーシャフェーズを検知した後、第1の時間(例えば検知後80ms)から第2の時間(例えば検知後140ms)の間におけるタービン30の回転速度の変化率の平均値が所定範囲内であるとき、結合指示油圧の補正が必要ないと判定される。ここで、イナーシャフェーズ検知後、第1の時間から第2の時間の間におけるタービン30の回転速度の変化率の平均値が所定範囲内にないときは、第2クラッチ17への供給油圧が高すぎるために係合が速くなっている場合、又は第2クラッチ17への供給油圧が低すぎるために係合が遅くなっている場合であるので、次回変速時に結合指示油圧を補正する必要がある。
【0035】
ステップS17(油圧補正手段)では、次回変速時の結合指示油圧を補正する。イナーシャフェーズ検知後、第1の時間から第2の時間の間におけるタービン30の回転速度の変化率の平均値が所定範囲より小さい(変化量が大きい)とき、次回変速時の結合指示油圧は小さくなるように補正され、所定範囲より大きい(変化量が小さい)とき、次回変速時の結合指示油圧は大きくなるように補正される。
【0036】
ステップS18(油圧補正手段)では、結合指示油圧をフィードバック制御する。結合指示油圧は、タービン30の回転速度の変化率が、タービントルク及び変速種に応じて設定される目標タービン回転速度変化率となるようにリアルタイムでフィードバック制御される。
【0037】
ステップS19では、イナーシャフェーズが終了したか否かを判定する。イナーシャフェーズが終了したと判定されるとステップS20へ進み、イナーシャフェーズが終了していないと判定されると繰り返しステップS19の判定が行われる。タービン30の回転速度が3速段での同期回転速度まで低下したとき、イナーシャフェーズが終了したと判定される。また、タービン30の回転速度の代わりにギア比が3速段相当のギア比に変化したときイナーシャフェーズが終了したと判定してもよい。
【0038】
ステップS20では、第2クラッチ17の油圧を変速完了指示油圧に設定する。変速完了指示油圧は第2クラッチ17を締結状態に保持するための油圧であり、第2ソレノイド弁71のデューティ率を100%とすることで第2クラッチ17を完全締結状態とする。
【0039】
次に、図7を参照しながら上記油圧制御と並行して行われるエンジントルクコントロール制御について説明する。
【0040】
ステップS31では、図6のステップS13と同様にしてイナーシャフェーズが開始されたか否かを判定する。イナーシャフェーズが開始されたと判定されるとステップS32へ進み、開始されていないと判定されると繰り返しステップS31の判定が行われる。
【0041】
ステップS32(第1のトルク要求手段)では、ATCU6からECU40に対してエンジンのトルク要求値として第1のトルク要求値を出力する。第1のトルク要求値は、変速時における自動変速機2の出力軸のトルク変動に伴うショックの発生を低減させる目的で一時的にエンジンの出力トルクを低下させるようにECU40に対して出力されるトルクであり、現在のエンジン1の出力トルクより低い値が出力される。トルク要求値を出力することによって低下するトルクダウン量はタービントルク及び変速種に基づいて決定される。
【0042】
ステップS33では、前回変速時にトルク要求値を補正したか否かを判定する。前回変速時にトルク要求値を補正したと判定されるとステップS34へ進み、補正していないと判定されるとステップS38へ進む。前回変速時にトルク要求値を補正したと判定されるのは、前回変速時に後述するステップS37において補正を行った場合である。なお、エンジントルクコントロール制御が初めて実行されるときは本ステップの判定によらずステップS34へと進む。
【0043】
ステップS34では、タービン30の回転速度の変化率が所定時間一定であるか否かを判定する。タービン30の回転速度の変化率が所定時間一定であると判定されるとステップS35へ進み、一定でないと判定されると繰り返し本ステップS34の判定が行われる。タービン30の回転速度の変化率が所定時間一定であるか否かを判定することでタービントルクが安定状態にあるか否かを判定することができる。
【0044】
ステップS35(第2のトルク要求手段)では、トルク要求値を変更して第2のトルク要求値をATCU6からECU40に対して出力する。第2のトルク要求値はステップS32において指令された第1のトルク要求値より大きなトルクであり、現在のタービントルク及び変速種に応じてタービントルクが小さいほど小さなトルクに設定される。なお、ここでは第2のトルク要求値は第1のトルク要求値より大きいが、第1のトルク要求値より小さくても以下の制御を行うことができ、タービントルク及び変速種に応じて適宜設定される。
【0045】
ステップS36(乖離判定手段)では、トルク要求値と実際のエンジン1の出力値との間にずれがあるか否かを判定する。トルク要求値と出力値との間にずれがあると判定されるとステップS37へ進み、ずれがないと判定されるとステップS38へ進む。ステップS35においてトルク要求値を第1のトルク要求値から第2のトルク要求値へと変更したことによりタービン30の回転速度の変化率が変化するが、この変化率が第1のトルク要求値と第2のトルク要求値との差に基づいた所定の変化率とならないときトルク要求値と実際のエンジン1の出力値との間にずれがあると判定される。
【0046】
ステップS37(要求値補正手段)では、次回変速時のトルク要求値を補正する。次回変速時のトルク要求値は、エンジン1のトルク要求値と実際の出力値との間のずれを解消するように補正される。
【0047】
ここで、トルク要求値の補正量について説明する。エンジン1のトルク要求値と実際の出力値とのずれは例えば図8に示すように1次の近似式で表すことができる。図8はエンジンの要求トルクと実際の出力値との関係を示すグラフであり、点線はずれがない場合を示し、実線はずれがある場合を示している。
【0048】
ずれの成分は点線に対する横軸方向の成分であるオフセット成分と、点線に対する傾き成分とに分けることができる。このうちオフセット成分は予め無負荷状態でのエンジン1のトルクを測定し、ATCU6に記憶しておくことで算出することができる。
【0049】
また、ずれの傾き成分についてはトルク要求値を第1のトルク要求値から第2のトルク要求値へと変化させたときのタービン30の回転速度の変化率の変位に基づいて推定することができる。すなわち、以下の(1)式に基づいてタービン30の回転速度の変化率の変位量から実エンジン出力値変化量を演算し、さらに(2)式に基づいて実エンジン出力値変化量からずれの傾き成分を演算することができる。
【0050】
(実エンジン出力値変化量)=(タービン回転速度変化率の変位量)*(エンジンイナーシャ) ・・・(1)
(ずれ(傾き成分))=1−(実エンジン出力値変化量)/(トルク要求値の変化量) ・・・(2)
【0051】
以上のようにして演算されたずれのオフセット成分と傾き成分とに基づいて、ずれを解消するようにトルク要求値の補正量が設定される。例えば、トルク要求値に対して実際の出力値が大きい方にずれている場合には、次回変速時のトルク要求値が小さくなるよう補正すればよい。
【0052】
なお、トルク要求値の補正は設定された補正量を複数回に分けて徐々に行われる。すなわち、同種の変速が行われるたびに補正量を増やしていき、複数回行われたところで上記設定された補正量となるように補正される。また、補正の精度を高めるため変速時のエンジン回転速度に応じていくつかの領域に分けて補正してもよい。
【0053】
ステップS38では、図6のステップS19と同様にしてイナーシャフェーズが終了したか否かを判定する。イナーシャフェーズが終了したと判定されるとステップS39へ進み、イナーシャフェーズが終了していないと判定されると繰り返しステップS38の判定が行われる。
【0054】
ステップS39では、ATCU6からECU40へのトルク要求を終了させる。これによりトルクダウン量はゼロとなり、エンジントルクはECU40の演算によって適宜設定される。
【0055】
次に本実施形態における自動変速機の変速制御装置の作用について図9を参照しながら説明する。図9は、変速時におけるタービン回転速度、タービン回転速度の変化率、トルク要求値、解放側ソレノイド弁のデューティ率、結合側ソレノイド弁のデューティ率の変化を示すタイムチャートである。
【0056】
時刻t1において、ATCU6から2−3アップシフトの変速指令が出力されると、解放側ソレノイド弁のデューティ率が0%に設定され、解放側の第2ブレーキ23が解放状態に切り替えられる(図9(d))。また、結合側ソレノイド弁である第2ソレノイド弁のデューティ率を所定時間だけ100%に設定して第2のクラッチ17をガタ詰めすることで無効ストロークを解消する(図9(e))。その後第2のクラッチ17の油圧を結合準備指示油圧に設定する(図9(e))。
【0057】
時刻t2において、タービン30の回転速度が2速段での同期回転速度から所定値以上低下してイナーシャフェーズの開始が検知されると(図9(a))、ECU40に対して第1のトルク要求値が出力される(図9(c))。また、第2クラッチ17の油圧は結合指示油圧に設定され(図9(e))、タービン30の回転速度がさらに低下していく(図9(a))。このとき前回変速時にトルク要求値が補正されているので、結合指示油圧の補正及びフィードバック制御は禁止され、第2クラッチ17の油圧は一定に保持される(図9(e))。
【0058】
時刻t3において、タービン30の回転速度の変化率が所定時間一定であると判定されると(図9(b))、トルク要求値が第2のトルク要求値へと変更される(図9(c))。このとき、トルク要求値の変更を変速中におこなうため、式(1)で表すように、エンジンの出力トルクの変化量がそのままタービン回転速度の変化率の変位量に基づいて検出することが可能となっている。その後のタービン30の回転速度の変化率の変位に基づいてトルク要求値と実際のエンジン1の出力値との間にずれがあると判定されると次回変速時のトルク要求値が補正される。
【0059】
時刻t4において、タービン30の回転速度が3速段での同期回転速度まで低下したときイナーシャフェーズの終了が検知され(図9(a))、トルク要求が終了してトルク要求値はエンジントルクコントロール制御開始前の値に戻る(図9(c))。
【0060】
以上のように本実施形態では、トルク要求値を第1のトルク要求値から第2のトルク要求値へと変更し、その後のタービン30の回転速度の変化率が所定の変化率とならないとき、トルク要求値と実際のエンジン1の出力トルクとがずれていると判定し、このずれを解消するようにトルク要求値を補正するので、トルク要求値と実際の出力トルクとの間のずれを解消することができる。これによりエンジン1の出力トルクが要求トルク通りに出力されるようになるので、要求トルク通りに出力されていることが前提で行われる第2クラッチ17の係合圧の制御精度を向上させることができる。さらに、トルク要求値の変更を変速中(イナーシャフェーズ中)に行うことにより、式(1)で表すように、タービン30の回転速度の変化率の変位量といった検出可能なパラメータで行うことが可能となり、実際のエンジンの出力トルクを容易に検出することが可能となる(請求項1に対応)。
【0061】
また、エンジンの要求トルクと実際の出力トルクとの乖離があるときには、前回変速時にトルク要求値が補正された場合にはステップS16からS18において行われる結合指示油圧の補正及びフィードバック制御を行わないので、エンジンの要求トルクと実際の出力トルクとがずれている状態で第2クラッチ17の係合圧の誤った補正を行ってしまうのを防止することができる。そして、エンジンの要求トルクと実際の出力トルクとの乖離がなくなると、結合指示油圧の補正及びフィードバック制御といった油圧補正手段によって、第2クラッチ17の係合圧が適切に行われることになり、狙い通りの変速ショックや変速フィーリングを達成できる(請求項2に対応)。
【0062】
さらに、タービン30の回転速度の変化率が所定時間一定であると判定されたとき第2のトルク要求値を出力するので、第1のトルク要求値を出力した後にエンジン1の出力が安定してから第2のトルク要求値が出力されることになり、トルク要求値と実際の出力値とのずれを精度よく演算することができる。これにより、精度よく演算されたずれに基づいてトルク要求値が補正されるのでトルク要求値の補正の精度を向上させることができる(請求項3に対応)。
【0063】
さらに、第2のトルク要求値は第2のトルク要求値を出力するときのタービントルクが小さいほど小さく設定されるので、タービントルクの大小によらず変速時間をほぼ一定に保つことができ、変速時間がトルク要求値と実際の出力値との間のずれを演算するのに必要な時間より短くなってしまうことを防止することができる。これにより、時間不足によって補正できなくなる回数を減らし、補正の機会を増大させることができ、トルク要求値と実際のエンジン1の出力値とのずれをより早期に解消することができる(請求項4に対応)。
【0064】
さらに、無負荷状態でのエンジン1のトルクと、トルク要求値を第1のトルク要求値から第2のトルク要求値へと変化させたときのタービン30の回転速度の変化率の変位とに基づいてずれが演算されるので、ずれの演算精度を向上させることができる。さらにこのずれを解消するようにトルク要求値が補正されるので、補正の精度をさらに向上させることができる(請求項5に対応)。
【0065】
以上説明した実施形態に限定されることなく、その技術的思想の範囲内において種々の変形や変更が可能である。
【0066】
例えば、本実施形態は2−3アップシフトの場合を例示しているが、これに限定されることなくその他の変速種であっても同様の作用効果を得ることができる。
【0067】
また、本実施形態は、原動機のトルクコントロール制御として、エンジンを対象に説明したが、これには限定されない。例えば、エンジン及び電動発電機を備えたハイブリッド車両の電動発電機のトルクコントロール制御においても同様の作用効果を得ることができる。さらに、油圧補正手段として、目標タービン回転速度変化率となるように行う結合指示油圧のフィードバック制御について説明したが、例えば、イナーシャフェーズ時間が目標時間となるように、実際値と目標値との差に応じて次回の結合指示油圧を学習補正する学習制御であっても、同様の作用効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本実施形態における自動変速機の変速制御装置の構成を示す構成図である。
【図2】本実施形態における自動変速機の変速機本体内のギヤトレーンを示した概略図である。
【図3】摩擦係合要素の油圧制御回路の一部を示す概略図である。
【図4】第2クラッチの断面詳細図である。
【図5】変速段ごとの各クラッチ及びブレーキの結合状態を示す図である。
【図6】本実施形態における自動変速機の変速制御装置の制御を示すフローチャートである。
【図7】本実施形態における自動変速機の変速制御装置の制御を示すフローチャートである。
【図8】エンジントルク要求値と出力値とのずれを示す図である。
【図9】本実施形態における自動変速機の変速制御装置の作用を示すタイムチャートである。
【符号の説明】
【0069】
1 エンジン
2 自動変速機
6 ATCU
10 変速機構
15 第1クラッチ
17 第2クラッチ
19 第3クラッチ
22 第1ブレーキ
23 第2ブレーキ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原動機からの伝達トルクによって回転する回転要素と複数の摩擦係合要素とを有する変速機構を備えた自動変速機の変速制御装置において、
前記摩擦係合要素の係合圧を変化させて係合状態の組み合わせを切り替えることで、第1の変速段から第2の変速段への変速を行う変速制御手段と、
要求値として第1の要求トルクを前記変速時に前記原動機に出力する第1のトルク要求手段と、
前記第1の要求トルクが出力されているときに、前記要求値として第2の要求トルクを前記原動機に出力する第2のトルク要求手段と、
前記要求値が前記第1の要求トルクから前記第2の要求トルクへ変更されたことによる前記回転要素の変化量に基づいて、前記要求値と前記原動機の出力トルクとの間に乖離があるか否かを判定する乖離判定手段と、
前記乖離があると判定されたとき、次回の前記変速時に前記乖離を解消するように前記要求値を補正する要求値補正手段とを備えることを特徴とする自動変速機の変速制御装置。
【請求項2】
前記回転要素の変化量と目標値との差、又は実際の変速時間と目標値との差に基づいて前記変速時の前記係合圧を補正する油圧補正手段を備え、
前記要求値と前記原動機の出力トルクとの間に乖離がなくなるまで、前記油圧補正手段による前記係合圧の補正を禁止する油圧補正禁止手段をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の自動変速機の変速制御装置。
【請求項3】
前記第2のトルク要求手段は、前記第1のトルク要求手段によって第1の要求トルクが出力されてから前記回転要素の変化量が略一定となったとき、前記第2の要求トルクを出力することを特徴とする請求項1又は2に記載の自動変速機の変速制御装置。
【請求項4】
前記第2の要求トルクは、前記第2のトルク要求手段によって出力されるときの前記原動機の出力トルクが小さいほど小さく設定されることを特徴とする請求項1から3までのいずれか1項に記載の自動変速機の変速制御装置。
【請求項5】
無負荷状態での前記原動機の出力トルクを予め記憶しておく記憶手段をさらに備え、
前記要求値補正手段は、前記要求値が前記第1の要求トルクから前記第2の要求トルクへ変更されたことによる前記回転要素の変化量と、前記記憶手段によって記憶されている前記原動機の出力トルクとに基づいて前記要求値を補正することを特徴とする請求項1から4までのいずれか1項に記載の自動変速機の変速制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−121556(P2010−121556A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−296688(P2008−296688)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】