説明

スリップ抑制制御装置

【課題】駆動輪のスリップの抑制が過不足となることに起因するドライバビリティの低下を抑制すること。
【解決手段】スリップ抑制制御装置30が備える摩擦パラメータ更新部33は、駆動輪に発生したスリップが増加から減少に転ずるまでは、最大路面反力の推定値が最新の路面反力学習値よりも小さい場合にのみ、最大路面反力学習値を更新する。また、摩擦パラメータ更新部33は、駆動輪に発生したスリップが減少しているときには、最大路面反力の推定値が最新の最大路面反力学習値よりも大きい場合にのみ、最大路面反力学習値を更新する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の駆動輪に発生した滑りをグリップ状態に回復させるためのスリップ抑制制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
乗用車やトラック等の車両の駆動輪がスリップした場合、車両の挙動が変化したり、動力発生源が発生する動力を有効に駆動力へ変換できないことにより推進効率が低下したりする。このため、駆動輪にスリップが発生した場合には、速やかに駆動輪のグリップを回復させる必要がある。特許文献1には、駆動輪と路面との間の摩擦係数に対するスリップ率が、目標のスリップ率となるようにスロットル弁の開度を調整する自動車のスリップ制御装置が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開平2−38173号公報、7ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に開示されたスリップ制御装置は、スリップ値に基づいて制御するため、スリップ値が増加する速度によっては、駆動輪のスリップを十分に抑制できなかったり、駆動輪のスリップを過度に抑制したりするおそれがある。その結果、車両の挙動が変化したり、所望の制駆動力を得ることができかったりすることがあり、ドライバビリティが低下するおそれがある。
【0005】
そこで、この発明は、上記に鑑みてなされたものであって、駆動輪のスリップの抑制が不足あるいは過剰になることに起因するドライバビリティの低下を抑制できるスリップ抑制制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係るスリップ抑制制御装置は、車両が備える駆動輪と路面との間の摩擦の尺度となる摩擦パラメータを推定する摩擦パラメータ推定部と、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータを摩擦パラメータ学習値として設定するとともに、前記駆動輪に発生したスリップが増加から減少に転ずるまでの間は、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータの推定値が最新の前記摩擦パラメータ学習値よりも小さいと判定される場合に、前記摩擦パラメータ学習値を更新する摩擦パラメータ更新部と、設定された最新の前記摩擦パラメータ学習値に基づいて、前記駆動輪の制駆動力を設定する制駆動力設定部と、を含むことを特徴とする。
【0007】
本発明の望ましい態様としては、前記スリップ抑制制御装置において、前記摩擦パラメータ更新部は、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータよりも小さい値に補正した値を用いて、前記摩擦パラメータ学習値を更新することが好ましい。
【0008】
本発明の望ましい態様としては、前記スリップ抑制制御装置において、前記摩擦パラメータ更新部は、前記駆動輪に発生したスリップが収束に向かっているときには、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータの推定値が最新の前記摩擦パラメータ学習値よりも大きい場合に、前記摩擦パラメータ学習値を更新することが好ましい。
【0009】
本発明の望ましい態様としては、前記スリップ抑制制御装置において、前記摩擦パラメータ更新部は、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータよりも大きい値に補正した値を用いて、前記摩擦パラメータ学習値を更新することが好ましい。
【0010】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係るスリップ抑制制御装置は、車両が備える駆動輪と路面との間の摩擦の尺度となる摩擦パラメータを推定する摩擦パラメータ推定部と、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータを摩擦パラメータ学習値として設定するとともに、前記駆動輪に発生したスリップが収束に向かっているときには、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータの推定値が最新の前記摩擦パラメータ学習値よりも大きい場合に、前記摩擦パラメータ学習値を更新する摩擦パラメータ更新部と、設定された最新の前記摩擦パラメータ学習値に基づいて、前記駆動輪の制駆動力を設定する制駆動力設定部と、を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明の望ましい態様としては、前記スリップ抑制制御装置において、前記摩擦パラメータ更新部は、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータよりも大きい値に補正した値を用いて、前記摩擦パラメータ学習値を更新することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、駆動輪のスリップの抑制が不足あるいは過剰になることに起因するドライバビリティの低下を抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この発明を実施するための最良の形態(以下実施形態という)によりこの発明が限定されるものではない。また、下記実施形態における構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、あるいは実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲に含まれるものが含まれる。
【0014】
以下においては、電動機を動力発生源とする車両、例えば、いわゆる電気自動車やFCV(Fuel Cell Vehicle:燃料電池車両)に本発明を適用した場合を説明するが、本発明の適用対象は、駆動輪の制駆動力を制御できる動力発生源を備えていればよい。このような車両であれば、本発明は、電動機と内燃機関とを組み合わせて動力発生源とする、いわゆるハイブリッド車両や、動力発生源に内燃機関を用いる車両に対しても適用できる。なお、本発明では、動力発生源のトルクを調整することによって駆動輪のスリップを抑制するため、車両が備える動力発生源は、例えば電動機のように、出力中のトルクを簡易に知ることができるとともに、出力するトルクを迅速に変更できるものであることが好ましい。また、駆動輪のスリップは、運転上許容できない大きさのスリップであり、駆動輪と路面との間の摩擦係数が最大値を超えたときのスリップである。
【0015】
本実施形態は、次の点に特徴がある。すなわち、駆動輪のスリップを抑制するにあたって、駆動輪に発生したスリップが増加から減少に転ずるまで、すなわちスリップが収束に向かうまでの間は、摩擦パラメータの推定値が最新の摩擦パラメータ学習値よりも小さい場合にのみ、推定された摩擦パラメータを摩擦パラメータ学習値として設定する。また、駆動輪に発生したスリップが減少しているとき、すなわち、スリップが収束に向かっているときには、摩擦パラメータの推定値が最新の摩擦パラメータ学習値よりも大きい場合にのみ、推定された摩擦パラメータを摩擦パラメータ学習値として設定する。ここで、摩擦パラメータとは、路面反力、最大路面反力、駆動輪と路面との間の摩擦係数、駆動輪と路面との間の最大摩擦係数その他の、駆動輪と路面との摩擦の大きさを示す尺度となるパラメータである。
【0016】
また、以下において、スリップ抑制制御は、車両が備える駆動輪に許容できないスリップが発生した場合、これを許容範囲内のスリップに抑制する制御をいう。例えば、駆動輪と路面との間における路面反力がスリップ率の変化に対して最大値を持つ場合、駆動輪のスリップ率が、最大の路面反力におけるスリップ率を超えると、駆動輪のスリップが許容できない。この場合、スリップ抑制制御は、車両が備える駆動輪のスリップ率が最大の路面反力におけるスリップ率を超えた場合、前記駆動輪のスリップ率を最大の路面反力におけるスリップ率に抑制する制御となる。
【0017】
図1は、本実施形態に係る走行装置を備える車両の構成を示す概略図である。以下の説明においては、車両1が前進する方向(図1中の矢印X方向)を前とし、車両1が後進する方向、すなわち前進する方向とは反対の方向を後とする。また、左右の区別は、車両1の前進する方向を基準とする。すなわち、「左」とは、車両1の前進する方向に向かって左側をいい、「右」とは、車両1の前進する方向に向かって右側をいう。
【0018】
本実施形態に係る車両1は、電動機のみを動力発生源とする走行装置100を備える。走行装置100は、動力発生源である左前側電動機10flと、右前側電動機10frと、左後側電動機10rlと、右後側電動機10rrとを備える。本実施形態において、左前側電動機10flは左側前輪2flを駆動し、右前側電動機10frは右側前輪2frを駆動し、左後側電動機10rlは左側後輪2rlを駆動し、右後側電動機10rrは右側後輪2rrを駆動する。
【0019】
上述したように、この走行装置100において、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl及び右側後輪2rrは、それぞれ異なる電動機で駆動される。このように、車両1は、すべての車輪、すなわち左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl及び右側後輪2rrが駆動輪となる、いわゆる4輪駆動の駆動方式の車両である。これらの駆動輪のうち、左側前輪2fl、右側前輪2frは車両1の駆動輪であるとともに、ハンドル4によって操舵されて車両1の進行方向を変更する操舵輪としても機能する。なお、車両1は、すべての車輪を駆動輪とするものに限られず、前輪(左側前輪2fl及び右側前輪2fr)のみを駆動してもよいし、後輪(左側後輪2rl及び右側後輪2rr)のみを駆動してもよい。
【0020】
この走行装置100は、上述したように、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl及び右側後輪2rrは、それぞれ異なる電動機によって直接駆動される。そして、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrは、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl及び右側後輪2rrのホイール内に配置される、いわゆるインホイール形式の構成となっている。
【0021】
なお、電動機と車輪との間に減速機構を設け、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrの回転数を減速して、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl及び右側後輪2rrに伝達してもよい。一般に、電動機は小型化するとトルクが低下するが、減速機構を設けることによって電動機のトルクを増加させることができる。その結果、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrを小型化することができる。
【0022】
左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrは、ECU(Electronic Control Unit)50によって制御されて、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rrの制駆動力が調整される。本実施形態においては、アクセル開度センサ41によって検出されるアクセル5の開度により走行装置100の総制駆動力F_all、及び左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rr各輪の制駆動力が制御される。
【0023】
また、本実施形態に係るスリップ抑制制御において、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rrの制駆動力は、ECU50に組み込まれるスリップ抑制制御装置30によって変更される。すなわち、本実施形態に係るスリップ抑制制御においては、スリップ抑制制御装置30が、車両1が備える各駆動輪の制駆動力を変更する制駆動力変更手段としての機能を発揮する。また、本実施形態においては、上述した構成により、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rrそれぞれの制駆動力を独立して制御することができる。これにより、本実施形態に係るスリップ抑制制御を実行する際には、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rrそれぞれのスリップを個別に制御できる。
【0024】
左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrは、左前側レゾルバ40fl、右前側レゾルバ40fr、左後側レゾルバ40rl、右後側レゾルバ40rrによって回転角度や回転速度が検出される。左前側レゾルバ40fl、右前側レゾルバ40fr、左後側レゾルバ40rl及び右後側レゾルバ40rrの出力は、ECU50に取り込まれて、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrの制御に用いられる。
【0025】
左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrは、インバータ6に接続されている。インバータ6は、左前側電動機10flを駆動する左前側電動機用インバータ6fl、右前側電動機10frを駆動する右前側電動機用インバータ6fr、左後側電動機10rlを駆動する左後側電動機用インバータ6rl、及び右後側電動機10rrを駆動する右後側電動機用インバータ6rrで構成される。このように、本実施形態においては、それぞれの電動機に対応した4台のインバータで構成されており、1台のインバータで1台の電動機を制御する。
【0026】
インバータ6には、例えばニッケル−水素電池や鉛蓄電池、あるいは燃料電池(FC:Fuel Cell)等の車載電源7が接続されており、必要に応じてインバータ6を介して左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrへ供給される。これらの出力は、ECU50からの指令によってインバータ6を制御することで制御される。
【0027】
左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrが走行装置100の動力発生源として用いられる場合、車載電源7の電力がインバータ6を介して供給される。また、例えば車両1の減速時には、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrが発電機として機能して回生発電を行い、これによって車両1の運動エネルギを電気エネルギに変換して回収し、車載電源7に蓄える。これは、ブレーキ信号やアクセルオフ等の信号に基づいて、ECU50がインバータ6を制御することにより実現される。なお、本実施形態に係るスリップ抑制制御を実行する際にも、必要に応じて左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl、右後側電動機10rrの回生発電を実行する。
【0028】
以下においては、説明の便宜上、必要に応じて、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rrを区別せず駆動輪2という。また、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl、右後側電動機10rrは、必要に応じて電動機10といい、左前側レゾルバ40fl、右前側レゾルバ40fr、左後側レゾルバ40rl、右後側レゾルバ40rrは、必要に応じてレゾルバ40という。
【0029】
図2は、スリップ抑制制御における制御モードを説明するための概念図である。図3は、路面反力とスリップ率との関係を示す説明図である。図4は、車輪速度や路面反力等を説明する概念図である。図2は、スリップ抑制制御の実行中における駆動輪2の回転速度(車輪速度という)Vw、及び車両1の速度(車両速度)Vcの時間変化を示している。ここで、車輪速度Vwは、駆動輪2の周速度であり、駆動輪2の回転角速度をω(rad/秒)、駆動輪2の半径をrとすると、Vw=r×ωで求めることができる。また、車両速度Vcは、例えば、左側前輪2fl、右側前輪2fr、左側後輪2rl、右側後輪2rrそれぞれの車輪速度Vwの平均値として求めることができる。
【0030】
図3のF−sで示す実線に示すように、図4に示す車両1が備える駆動輪2と路面GLとの間の路面反力Ftrcは、スリップ率slip(=(Vw−Vc)/Vw)の増加とともに大きくなる。そして、路面反力Ftrcは、あるスリップ率において最大値(最大路面反力)Ftrc_maxになり、その後はスリップ率slipの増加とともに低下する。なお、最大路面反力Ftrc_maxでのスリップ率はslip_maxである。ここで、路面反力Ftrcは、駆動輪2と路面GLとの間の摩擦係数μに比例し、最大路面反力Ftrc_maxのときの摩擦係数がμmaxとなる。また、路面反力Ftrcは、路面GLが駆動輪2を押す力であり、駆動輪2の制駆動力Fdと大きさが同じで向きが反対である(なお、図4に示すFdは駆動力を示す)。
【0031】
駆動輪2のスリップ率slipが、最大路面反力Ftrc_maxのときのスリップ率slip_maxを超えると、駆動輪2には許容できないスリップが発生し、車輪速度Vw及びスリップ率slipが急激に上昇する。ここで、駆動輪2は、最大路面反力Ftrc_max、すなわち最大摩擦係数μmaxのときに、最も大きな制駆動力Fdを発生できる。したがって、駆動輪2のグリップ力を最大限有効に活用して車両1を走行させるためには、駆動輪2のスリップ率slipは、最大路面反力Ftrc_maxでのスリップ率slip_maxになるように制御することが好ましい。駆動輪2が目標とするスリップ率を目標スリップ率slip_tgとすると、目標スリップ率slip_tgは、最大路面反力Ftrc_maxのときのスリップ率slip_maxになる。
【0032】
駆動輪2には許容できないスリップが発生すると、本実施形態に係るスリップ抑制制御が実行されて、駆動輪2のスリップが抑制される。スリップ抑制制御においても、駆動輪2のスリップ率slipが目標スリップ率slip_tgになるようにする。図2においては、車輪速度Vw及び車両速度Vcとともに目標スリップ率slip_tgが記載してあるが、車輪速度Vwが目標スリップ率slip_tgと車両速度Vcとの間にある場合に、駆動輪2のスリップ率slipは目標スリップ率slip_tgよりも小さい値になっているものとする。すなわち、駆動輪2には、許容できないスリップは発生していない状態で、車両1が走行しているものとする。
【0033】
本実施形態に係るスリップ抑制制御は、駆動輪2の動き方によって制御を4段階に変化させるものであり、制御モード1、制御モード2、制御モード3、制御モード4の順に実行される。制御モード1は、駆動輪2に許容できないスリップが発生して路面GLに対するグリップを失ったので、駆動輪2に付与されるトルク(駆動トルク)Tdを低下させる制御が実行される制御モードである。制御モード1においては、図2に示すように、車輪速度Vwが急激に上昇するが、駆動トルクTdが低下するので、駆動輪2に許容できないスリップが発生してある時間が経過すると、車輪速度Vwの上昇が停止する。その後、車輪速度Vwは低下し始めて、駆動輪2のスリップは収束に向かい、駆動輪2のグリップが回復する。ここで、制御モード1においては、駆動輪2の加速度(車輪加速度)a=dω/dtが正であり、車輪速度Vwの上昇が停止すると、車輪加速度aは0になる。ここで、車輪加速度aは、回転角加速度である。
【0034】
制御モード2は、駆動輪2のスリップが収束に向かうとき、すなわち、駆動輪2の車輪速度Vwの上昇が停止して、低下に向かい始めたときから実行される。すなわち、車輪加速度aが負に転じたときから制御モード2が実行される。この場合、駆動輪2のスリップが収束し始めており、駆動輪2は路面GLとのグリップを回復し始めているので、制御モード2は、駆動輪2のスリップの状態に応じて駆動トルクを上昇させる制御モードである。
【0035】
制御モード3は、駆動輪2のスリップが収束して、駆動輪2は路面GLとのグリップを回復した状態において実行される。制御モード3では、駆動輪2が路面GLとのグリップを回復したときのショックに起因して、駆動輪2やその駆動系に発生する振動が許容範囲に収まるまで待機する制御モードである。制御モード4は、駆動トルクを徐々に増加させるとともに路面反力Ftrcを算出しながら、路面GLの状態を把握する制御モードである。図3に示すように、制御モード1、制御モード2は、駆動輪2のスリップ率slipがslip_tgよりも大きい場合の制御モードであり、制御モード3、制御モード4は、駆動輪2のスリップ率slipがslip_tgよりも小さい場合の制御モードである。
【0036】
スリップ抑制制御においては、最大路面反力Ftrc_maxに基づいて駆動トルクの低下量あるいは増加量を設定する。このため、スリップ抑制制御においては、制御モード1から制御モード4までの間は常に最大路面反力Ftrc_maxを推定し、最新のFtrc_maxを用いて駆動トルクを設定する。ここで、最大路面反力Ftrc_maxを推定する手法について説明する。路面反力Ftrcは式(1)で求めることができる。
Ftrc=(Td×RD−Iv×a)/r・・(1)
なお、Ivは駆動輪2のイナーシャも含んだ駆動系のイナーシャ、RDは減速比、aは車輪加速度であり、上述したように回転角加速度で表される。また、駆動系のイナーシャIvは、例えば、本実施形態に係る車両1においては、電動機10のローターから駆動輪2までの間に存在する動力伝達に関わる構造物すべてのイナーシャである。
【0037】
本実施形態においては、車両1の走行中、駆動トルクTdを取得して、式(1)から路面反力Ftrcを求める。そして、路面反力の今回値Ftrc(n)から路面反力の前回値Ftrc(n−1)を減じた路面反力偏差ΔFtrcが負になった場合に、最大路面反力Ftrc_maxは、路面反力の前回値Ftrc(n−1)であると推定される。本実施形態では、このようにして推定された最大路面反力Ftrc_maxが摩擦パラメータ学習値(最大路面反力学習値)Ftrcmとして設定され、本実施形態に係るスリップ抑制制御に用いられる。
【0038】
次に、スリップ抑制制御中における最大路面反力学習値Ftrcmの更新について説明する。本実施形態に係るスリップ抑制制御では、スリップ抑制制御の実行中に最大路面反力Ftrc_maxを推定する。ここで、駆動輪2がスリップしてからグリップを回復するまでに設定時間Δtを要するとした場合に必要な駆動輪2の加速度A_gは、式(2)で表される。なお、A_gは推定値である。ここで、設定時間Δtは、予め設定した所定の値としてもよいし、スリップ率slipに応じて変更してもよい。例えば、設定時間Δtは、スリップ率slipが大きくなるにしたがって、設定時間Δtを短くして、駆動輪2のスリップが大きくなるほど迅速にスリップが収束するようにしてもよい。
A_g=−(Vw−V/(1−slip_max))×1000/3600/Δt/r・・(2)
ここで、式(2)中のslip_maxは、最新の最大路面反力学習値Ftrcmに対応するスリップ率である。
【0039】
駆動輪2の実際の加速度をA_rとすると、路面反力の補正値(補正路面反力)Ftrc_cは、式(3)で表される。
Ftrc_c=|A_r−A_g|×Iv/r・・(3)
【0040】
A_g>A_rである場合は、設定された最新の最大路面反力学習値Ftrcmが、駆動輪2の実際の加速度をA_rから推定される最大路面反力Ftrc_maxよりも低い場合である。この場合、設定された最新の最大路面反力学習値Ftrcmに、式(3)で求めた補正路面反力Ftrc_cを加算した値(Ftrcm+Ftrc_c)が、図1に示すスリップ抑制制御装置30によって推定される最大路面反力(推定最大路面反力)Ftrc_max_gとなる。スリップ抑制制御装置30は、推定最大路面反力Ftrc_max_g(=Ftrcm+Ftrc_c)をスリップ抑制制御に用いる最大路面反力として設定し、最新の最大路面反力学習値Ftrcmを、推定最大路面反力Ftrc_max_gに更新する。このように、A_g>A_rである場合は、最大路面反力学習値の前回値Ftrcm_lよりも、最大路面反力学習値の今回値Ftrcm_nの方が大きくなる。
【0041】
A_g<A_rである場合は、設定された最新の最大路面反力学習値Ftrcmが、駆動輪2の実際の加速度をA_rから推定される最大路面反力Ftrc_max_rよりも高い場合である。この場合、設定された最新の最大路面反力学習値Ftrcmから、式(3)で求められた補正路面反力Ftrc_cを減算した値(Ftrcm−Ftrc_c)が、図1に示すスリップ抑制制御装置30によって推定される推定最大路面反力Ftrc_max_gとなる。スリップ抑制制御装置30は、推定最大路面反力Ftrc_max_g(=Ftrcm−Ftrc_c)をスリップ抑制制御に用いる最大路面反力として設定し、最新の最大路面反力学習値Ftrcmを、推定最大路面反力Ftrc_max_gに更新する。このように、A_g<A_rである場合は、最大路面反力学習値の前回値Ftrcm_lよりも、最大路面反力学習値の今回値Ftrcm_nの方が小さくなる。
【0042】
A_g=A_rである場合は、設定された最新の最大路面反力学習値Ftrcmが、駆動輪2の実際の加速度をA_rから推定される最大路面反力Ftrc_max_rと同じ値となる。この場合、設定された最新の最大路面反力学習値Ftrcmが、図1に示すスリップ抑制制御装置30によって推定される推定最大路面反力Ftrc_max_gとなる。この場合、最大路面反力学習値Ftrcmは更新されず、前回の最大路面反力学習値Ftrcmがスリップ抑制制御に用いる最大路面反力として、引き続き設定される。このように、A_g=A_rである場合は、最大路面反力学習値の前回値Ftrcm_lと、最大路面反力学習値の今回値Ftrcm_nとが等しくなる。
【0043】
スリップ抑制制御中に、最大路面反力を推定し、最新の最大路面反力学習値Ftrcmに更新する場合、駆動輪2やその駆動系の振動に応じて推定最大路面反力Ftrc_max_gが変化してしまう。また、駆動輪2やその駆動系に振動が発生していない場合でも、ECU50の通信の遅れや演算周期の存在により、最大路面反力学習値Ftrcmや補正路面反力Ftrc_cの推定精度が低下して、推定最大路面反力Ftrc_max_gは、実際の最大路面反力Ftrc_maxとは異なる値となるおそれがある。
【0044】
上述した制御モード1においては、駆動輪2のスリップを抑制するために駆動トルクをそれまでよりも低減するべきである。しかしながら、最大路面反力が実際よりも高く推定された場合、この推定値で更新した最大路面反力学習値Ftrcmを用いて駆動トルクを制御すると、駆動輪2のスリップが増加することになる。また、制御モード2においては、スリップが収束する傾向にあり、適正な駆動トルクを駆動輪2へ与えることにより、駆動輪2の駆動力が最大路面反力Ftrc_maxとなるようにして効率よく加速していくべきである。しかしながら、最大路面反力が実際よりも低く推定された場合、この推定値で更新した最大路面反力学習値Ftrcmを用いて駆動トルクを制御すると、駆動輪2へ適切な駆動トルクを与えることができず、車両1の運転者には失速感を与えることになる。このように、最大路面反力を適切に推定し、最大路面反力学習値Ftrcmとして設定できないと、駆動輪2のスリップの抑制が不足、あるいは過剰になることに起因して、ドライバビリティの低下を招くおそれがある。
【0045】
本実施形態に係るスリップ抑制制御では、上記問題点を回避するため、次のような手段を用いる。まず、制御モード1においては、推定最大路面反力Ftrc_max_gが最新の最大路面反力学習値Ftrcmよりも小さいと判定される場合にのみ、最大路面反力学習値Ftrcmを更新する。すなわち、制御モード1においては、最大路面反力学習値Ftrcmが減少する方向にのみ、最大路面反力学習値Ftrcmが更新される。
【0046】
上述したように、制御モード1では、駆動輪2がスリップしたので、スリップを早期に収束させるために、駆動トルクを確実かつ十分に低下させる必要がある。最大路面反力が実際よりも高く推定されると、駆動トルクの低下量が少ないか、反対に駆動トルクが増加してしまうため、駆動輪2のスリップは収束しない。しかし、最大路面反力が実際よりも低く推定された場合には、最大路面反力が実際の値である場合よりも、駆動トルクの低下量は大きくなるため、駆動輪2のスリップを迅速に収束させることができる。これによって、駆動輪2のスリップを確実かつ迅速に収束させて、車両1の挙動を早期に安定させることができる。
【0047】
本実施形態では、制御モード1においては、図1に示すスリップ抑制制御装置30が推定した推定最大路面反力Ftrc_max_gを、より小さい値に補正して、最新の最大路面反力学習値Ftrcmとして更新することが好ましい。すなわち、推定最大路面反力Ftrc_max_gに、0よりも大きく1よりも小さい補正係数k1を乗じた値k1×Ftrc_max_gを、最新の最大路面反力学習値Ftrcmとして更新することが好ましい。これによって、駆動トルクの低下量はより大きくなるため、駆動輪2のスリップをさらに迅速に収束させることができる。その結果、駆動輪2のスリップをさらに確実かつ迅速に収束させて、車両1の挙動をより早期に安定させることができる。
【0048】
次に、制御モード2においては、推定最大路面反力Ftrc_max_gが最新の前記最大路面反力学習値Ftrcm_lよりも大きいと判定される場合にのみ、最大路面反力学習値Ftrcmを更新する。すなわち、制御モード2においては、最大路面反力学習値Ftrcmが増加する方向にのみ、最大路面反力学習値Ftrcmが更新される。
【0049】
上述したように、制御モード2では、駆動輪2のスリップが収束に向かうので、適正な駆動トルクを駆動輪2へ与えて車両1を加速させる必要がある。ここで、制御モード1においては、推定最大路面反力Ftrc_max_gが最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lよりも小さい場合にのみ、推定最大路面反力Ftrc_max_gを最大路面反力学習値Ftrcmとして設定する。したがって、最新の最大路面反力学習値Ftrcmは、必ず実際の最大路面反力よりも小さくなる。ここで、最大路面反力が実際よりも低く推定されると、駆動トルクの増加量が少ないか、反対に駆動トルクが低下してしまうため、車両1に適正な加速度を与えるためのトルクが不足し、車両1の運転者には失速感を与えてしまうおそれが高い。
【0050】
しかし、最大路面反力が実際よりも高く推定された場合には、最大路面反力が実際の値に推定された場合よりも駆動トルクの増加量は大きくなる。このため、より実際の最大路面反力に近い値で駆動輪2を駆動させて、車両1に適正な加速度を与えることができる。その結果、車両1の挙動を安定させるとともに、車両1の運転者に与える失速感を回避することができる。
【0051】
本実施形態では、制御モード2においては、図1に示すスリップ抑制制御装置30が推定した推定最大路面反力Ftrc_max_gを、より大きい値に補正して、最新の最大路面反力学習値Ftrcmとして更新することが好ましい。すなわち、推定最大路面反力Ftrc_max_gに、1よりも大きい補正係数k2を乗じた値k2×Ftrc_max_gを、最新の最大路面反力学習値Ftrcmとして更新することが好ましい。これによって、駆動トルクの増加量はより大きくなるため、より迅速に実際の最大路面反力に近い値で駆動輪2を駆動させることができる。その結果、車両1に対しては、より迅速に適正な加速度を与えることができるので、車両1の挙動をより迅速に安定させるとともに、車両1の運転者に与える失速感をより確実に回避することができる。
【0052】
図5は、スリップ抑制制御における路面反力の推定値、駆動トルクの指令値、車輪速度等の時間変化を示す概念図である。図5の上段(A)は、最大路面反力が理想的に推定されている場合におけるスリップ抑制制御を示しており、図5の中段(B)は、最大路面反力の推定値が変動した場合におけるスリップ抑制制御を示している。また、図5の下段(C)は、本実施形態に係るスリップ抑制制御を示している。
【0053】
最大路面反力が理想的に推定されている場合、図5の上段(A)に示すように、図4に示す駆動輪2にスリップが発生して以降(t=1以降)の最大路面反力は、Ftrc_max_iで一定となる。駆動輪2にスリップが発生すると、スリップ抑制制御が開始される。t=1〜t=9までが制御モード1であり、t=9〜t=10までが制御モード2であり、t=10〜t=11までが制御モード3であり、t=11以降が制御モード4である。
【0054】
最大路面反力が理想的に推定されている場合、図1に示すスリップ抑制制御装置30は、推定された最大路面反力Ftrc_max_iに基づいて駆動輪2の駆動トルクTdを低下させる。最大路面反力が理想的に推定されている場合、スリップ抑制制御装置30は、図5の上段(A)に示すような駆動トルクの指令値(駆動トルク指令値)Ts_iで駆動輪2の駆動トルクを制御する。
【0055】
これによって、最大路面反力が理想的に推定されている場合には、車輪速度はVw_iのように変化し、車両速度はVcのように変化する。その結果、スリップ抑制制御においては、駆動輪2のスリップ率slipは、目標スリップ率slip_tgになるように制御される。
【0056】
しかし、実際には、図5の中段(B)に示すように、最大路面反力の推定値(推定最大路面反力Ftrc_max_g)が変動する結果、推定最大路面反力Ftrc_max_gによって更新される最大路面反力学習値Ftrcmも変動する。このため、変動する最大路面反力学習値Ftrcmに基づいて決定される、電動機10に対する駆動トルク指令値Tsも、図5の中段(B)に示すように変動する。これによって、制御モード1において、最大路面反力学習値Ftrcmが大きく推定されたときには(t=3近傍やt=7近傍)、駆動トルク指令値Tsも増加する。その結果、駆動輪2には、図5の中段(B)においてSで示す部分で再スリップが発生し、駆動輪2のスリップの収束が遅れることになる。
【0057】
本実施形態に係るスリップ抑制制御では、図5の下段(C)に示すように、制御モード1においては、推定最大路面反力Ftrc_max_gが最新の最大路面反力学習値Ftrcmよりも小さいと判定される場合にのみ、最大路面反力学習値Ftrcmを更新する。例えば、t=1.5〜t=4.5の間や、t=5〜t=9の間においては、最大路面反力学習値Ftrcmが前回値よりも大きくなるので、最大路面反力学習値Ftrcmは更新されない。その結果、図5の中段(B)に示す例において駆動輪2に発生した再スリップは発生せず、駆動輪2のスリップが迅速に抑制される。次に、本実施形態に係るスリップ抑制制御装置30について説明する。
【0058】
図6は、本実施形態に係るスリップ抑制制御装置の構成例を示す説明図である。図6に示すように、スリップ抑制制御装置30は、ECU50に組み込まれて構成されている。ECU50は、CPU(Central Processing Unit:中央演算装置)50pと、記憶部50mと、入力ポート55及び出力ポート56と、入力インターフェース57及び出力インターフェース58とから構成される。
【0059】
なお、ECU50とは別個に、本実施形態に係るスリップ抑制制御装置30を用意し、これをECU50に接続してもよい。そして、本実施形態に係るスリップ抑制制御を実現するにあたっては、ECU50が備える走行装置100等に対する制御機能を、前記スリップ抑制制御装置30が利用できるように構成してもよい。
【0060】
スリップ抑制制御装置30は、制御条件判定部31と、摩擦パラメータ推定部32と、摩擦パラメータ更新部33と、制駆動力制御部34とを含んで構成される。これらが、本実施形態に係るスリップ抑制制御を実行する部分となる。本実施形態において、スリップ抑制制御装置30は、ECU50を構成するCPU50pの一部として構成される。
【0061】
スリップ抑制制御装置30の制御条件判定部31と、摩擦パラメータ推定部32と、摩擦パラメータ更新部33と、制駆動力制御部34とは、バス54、バス54、及び入力ポート55、出力ポート56を介して接続される。これにより、スリップ抑制制御装置30を構成する制御条件判定部31と、摩擦パラメータ推定部32と、摩擦パラメータ更新部33とは、相互に制御データをやり取りしたり、一方に命令を出したりできるように構成される。
【0062】
また、CPU50pが備えるスリップ抑制制御装置30と、記憶部50mとは、バス54を介して接続される。これによって、スリップ抑制制御装置30は、ECU50が有する走行装置100の運転制御データを取得し、これを利用することができる。また、スリップ抑制制御装置30は、本実施形態に係るスリップ抑制制御を、ECU50が予め備えている運転制御ルーチンに割り込ませたりすることができる。
【0063】
入力ポート55には、入力インターフェース57が接続されている。入力インターフェース57には、左前側レゾルバ40fl、右前側レゾルバ40fr、左後側レゾルバ40rl、右後側レゾルバ40rr、アクセル開度センサ41その他の、走行装置100の運転制御に必要な情報を取得するセンサ類が接続されている。
【0064】
これらのセンサ類から出力される信号は、入力インターフェース57内のA/Dコンバータ57aやディジタル入力バッファ57dにより、CPU50pが利用できる信号に変換されて入力ポート55へ送られる。これにより、CPU50pは、走行装置100の運転制御や、本実施形態に係るスリップ抑制制御に必要な情報を取得することができる。
【0065】
出力ポート56には、出力インターフェース58が接続されている。出力インターフェース58には、スリップ抑制制御に必要な制御対象が接続されている。本実施形態では、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrを制御するためのインバータ6、すなわち、左前側電動機用インバータ6fl、右前側電動機用インバータ6fr、左後側電動機用インバータ6rl、右後側電動機用インバータ6rrが、本実施形態に係るスリップ抑制制御に必要な制御対象である。出力インターフェース58は、制御回路58、58等を備えており、CPU50pで演算された制御信号に基づき、前記制御対象を動作させる。このような構成により、前記センサ類からの出力信号に基づき、ECU50のCPU50pは、左前側電動機10fl、右前側電動機10fr、左後側電動機10rl及び右後側電動機10rrの制駆動力を制御することができる。
【0066】
記憶部50mには、本実施形態に係るスリップ抑制制御の処理手順を含むコンピュータプログラムや制御マップ、あるいは本実施形態に係るスリップ抑制制御に用いるデータマップ等が格納されている。ここで、記憶部50mは、RAM(Random Access Memory)のような揮発性のメモリ、フラッシュメモリ等の不揮発性のメモリ、あるいはこれらの組み合わせにより構成することができる。
【0067】
上記コンピュータプログラムは、CPU50pへ既に記録されているコンピュータプログラムとの組み合わせによって、本実施形態に係るスリップ抑制制御の処理手順を実現できるものであってもよい。また、このスリップ抑制制御装置30は、前記コンピュータプログラムの代わりに専用のハードウェアを用いて、制御条件判定部31、摩擦パラメータ推定部32、摩擦パラメータ更新部33及び制駆動力制御部34の機能を実現するものであってもよい。次に、本実施形態に係るスリップ抑制制御を説明する。本実施形態に係るスリップ抑制制御は、上述したスリップ抑制制御装置30により実現できる。
【0068】
図7〜図9は、本実施形態に係るスリップ抑制制御の手順を示すフローチャートである。本実施形態に係るスリップ抑制制御を実行するにあたり、ステップS101において、スリップ抑制制御装置30が備える制御条件判定部31は、図1に示す車両1の駆動輪2にスリップが発生したか否かを判定する。例えば、制御条件判定部31は、路面反力Ftrcのピーク値、すなわち、最大路面反力Ftrc_maxを検出した場合には、駆動輪2にスリップが発生したと判定する。
【0069】
あるいは、目標スリップ率slip_tgを上回るスリップ率slipが検出された場合、制御条件判定部31は駆動輪2にスリップが発生したと判定する。ここで、図1に示す車両1は複数の駆動輪2を備えるが、少なくとも一つの駆動輪のスリップが検出された場合には、スリップ抑制制御装置30は、その駆動輪2に対してスリップ抑制制御を実行する。なお、駆動輪2にスリップが発生した場合、スリップ抑制制御装置30が備える摩擦パラメータ更新部33は、制御条件判定部31が検出した最大路面反力Ftrc_maxを、最新の最大路面反力学習値Ftrcmとして更新し、記憶部50mへ格納する。
【0070】
ここで、最大路面反力Ftrc_maxは、スリップ抑制制御装置30が備える摩擦パラメータ推定部32により推定される。摩擦パラメータ推定部32は、電動機10に対する駆動トルク指令値Tsや電動機10の駆動電流値等に基づいて求めた駆動トルクTd、及びレゾルバ40から取得した駆動輪2の回転角速度(車輪角速度)ωに基づいて求めた車輪加速度aから、最大路面反力Ftrc_maxを推定する(式(1)参照)。また、摩擦パラメータ推定部32は、最大路面反力Ftrc_maxのときのスリップ率を、目標スリップ率slip_tgとして設定する。駆動輪2のスリップ率slipは、レゾルバ40から取得される駆動輪2の車輪角速度ωから求められる車輪速度Vw及び車両速度Vcに基づいて、摩擦パラメータ推定部32によって求められる。
【0071】
ステップS101でNoと判定された場合、すなわち、駆動輪2にスリップが発生していない場合には、スリップ抑制制御は終了し、制御条件判定部31は、駆動輪2のスリップの監視を継続する。ステップS101でYesと判定された場合、すなわち、車両1が備える複数の駆動輪2のうち、少なくとも一輪にスリップが発生した場合には、ステップS102へ進み、本実施形態に係るスリップ抑制制御が実行される。
【0072】
ステップS102において、スリップ抑制制御装置30が備える制駆動力制御部34は、スリップ抑制制御の制御モード1で駆動輪2の制駆動力を制御する。すなわち、最新の最大路面反力学習値Ftrcmに基づいて駆動輪2を駆動する電動機10の駆動トルク指令値Tsを演算し、インバータ6を介して電動機10を駆動する。これによって、駆動輪2の駆動トルクTdを低下させて、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)が増加から減少に転ずるように制御する。
【0073】
ここで、図8を用いて、制御モード1における最大路面反力学習値Ftrcmの更新の手順を説明する。ステップS201において、スリップ抑制制御装置30が備える摩擦パラメータ推定部32は、推定最大路面反力Ftrc_max_gを求める。推定最大路面反力Ftrc_max_gは、上述したように、式(3)で求めた補正路面反力Ftrc_c及び最大路面反力学習値Ftrcmから求めることができる。
【0074】
推定最大路面反力Ftrc_max_gが求められたら、ステップS202へ進む。ステップS202において、スリップ抑制制御装置30が備える摩擦パラメータ更新部33は、推定最大路面反力Ftrc_max_gと、現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lとを比較する。ステップS202でYesと判定された場合、すなわち、推定最大路面反力Ftrc_max_gが現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lよりも小さい場合には、ステップS203へ進む。ステップS203において、摩擦パラメータ更新部33は、ステップS201で推定した推定最大路面反力Ftrc_max_gを、最大路面反力学習値Ftrcmに設定し、最大路面反力学習値Ftrcmを更新する。
【0075】
ステップS202でNoと判定された場合、すなわち、推定最大路面反力Ftrc_max_gが現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_l以上である場合には、ステップS204へ進む。ステップS204において、摩擦パラメータ更新部33は、現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lを、最大路面反力学習値Ftrcmに設定する。すなわち、最大路面反力学習値Ftrcmは更新されず、最大路面反力学習値Ftrcmとしては、現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lが維持される。次に、図7に戻って本実施形態に係るスリップ抑制制御を説明する。
【0076】
ステップS103において、制御条件判定部31は、車輪加速度aが正から負に変化したか否かを判定する。車輪加速度aは、車輪角速度ω(あるいは車輪速度Vw)の一回微分で求めることができる。ここで、スリップ抑制制御中において、駆動輪2の振動に起因して、車輪角速度ωも振動する。そして、車輪角速度ωは振動しながら、全体としては増加、あるいは低下する。
【0077】
このため、車輪加速度aが正から負に変化したか否かを判定する場合には、例えば、ディジタルローパスフィルタのようなフィルタ技術を振動除去手段として用いて、振動を除去した車輪角速度ωを用いてもよい。これによって、車輪加速度aの変化を確実に判定できる。
【0078】
ここで、ステップS103では、スリップ抑制制御を制御モード1から制御モード2へ切り替える際の判定をする。すなわち、駆動輪2のスリップが増加から減少へ転じたタイミングを判定する。このタイミングを判定するにあたっては、例えば、車輪角速度ωの振動を3周期検出した場合には、駆動輪2のスリップが増加から減少へ転じたと判定してもよい。
【0079】
ステップS103においてNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31が、車輪加速度aは正であると判定した場合、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)は増加しているので、制御モード1を継続する。ステップS103においてYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31が、車輪加速度aは負であると判定した場合、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)は減少に転じたので、ステップS104に進み、スリップ抑制制御の制御モード2に移行する。
【0080】
ステップS104において、制駆動力制御部34は、スリップ抑制制御の制御モード2で駆動輪2の制駆動力を制御する。すなわち、制駆動力制御部34は、最新の最大路面反力学習値Ftrcmに基づいて駆動輪2を駆動する電動機10の駆動トルク指令値Tsを演算し、インバータ6を介して電動機10を駆動する。これによって、駆動輪2のスリップの状態に応じて駆動トルクTdを上昇させる。
【0081】
ここで、図9を用いて、制御モード2における最大路面反力学習値Ftrcmの更新の手順を説明する。ステップS301において、摩擦パラメータ推定部32は、推定最大路面反力Ftrc_max_gを求める。推定最大路面反力Ftrc_max_gが求められたら、ステップS302へ進む。ステップS302において、スリップ抑制制御装置30が備える摩擦パラメータ更新部33は、推定最大路面反力Ftrc_max_gと、現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lとを比較する。
【0082】
ステップS302でYesと判定された場合、すなわち、推定最大路面反力Ftrc_max_gが現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lよりも大きい場合には、ステップS303へ進む。ステップS303において、摩擦パラメータ更新部33は、ステップS301で推定した推定最大路面反力Ftrc_max_gを、最大路面反力学習値Ftrcmに設定し、最大路面反力学習値Ftrcmを更新する。
【0083】
ステップS302でNoと判定された場合、すなわち、推定最大路面反力Ftrc_max_gが現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_l以下である場合には、ステップS304へ進む。ステップS304において、摩擦パラメータ更新部33は、現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lを、最大路面反力学習値Ftrcmに設定する。すなわち、最大路面反力学習値Ftrcmは更新されず、最大路面反力学習値Ftrcmとしては、現時点における最新の最大路面反力学習値Ftrcm_lが維持される。次に、図7に戻って本実施形態に係るスリップ抑制制御を説明する。
【0084】
ステップS105において、制御条件判定部31は、現時点におけるスリップ率slipが、目標スリップ率slip_tgよりも小さいか否かを判定する。ステップS105でNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31がslip≧slip_tgであると判定した場合、ステップS106へ進む。ステップS106において、制御条件判定部31は、車輪加速度aが負から正に変化したか否かを判定する。
【0085】
ステップS106においてYesと判定された場合、すなわち制御条件判定部31が、車輪加速度aが負から正に変化したと判定した場合、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)は増加していると判定できる。この場合、制御モード1に戻り、制駆動力制御部34は、駆動輪2の駆動トルクTdを低下させて、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)が増加から減少に転ずるように制御する。
【0086】
ステップS106においてNoと判定された場合、すなわち制御条件判定部31が、車輪加速度aが負のままであると判定した場合、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)は減少していると判定できる。この場合、制御モード2に戻り、制駆動力制御部34は、駆動輪2のスリップの状態に応じて駆動トルクTdを上昇させる。
【0087】
ステップS105でYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31がslip<slip_tgであると判定した場合、ステップS107へ進む。ステップS107において、制駆動力制御部34は、スリップ抑制制御の制御モード3で駆動輪2の制駆動力を制御する。すなわち、制駆動力制御部34は、駆動輪2が路面GLとのグリップを回復したときに駆動輪2やその駆動系に発生する振動が、許容範囲に収まるまで待機する。
【0088】
ステップS108において、制御条件判定部31は、駆動輪2の振動が許容範囲に収まっているか否かを判定する。駆動輪2の振動は、車輪角速度ω(あるいは車輪速度Vw)の変動周期から推定することができる。なお、この駆動輪2の振動は、駆動輪2が路面GLとのグリップを回復したときのショックに起因して、駆動輪2に発生する振動である。ステップS108でNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31が、駆動輪2の振動は許容できないと判定した場合、ステップS109に進む。
【0089】
ステップS109において、制御条件判定部31は、駆動輪2のスリップが増加しているか否かを判定する。これは、駆動輪2のスリップ率slipが増加しているか否かで判定できる。例えば、駆動輪2のスリップ率slipの今回値slip_nと前回値slip_lとの差(slip_n−slip_l)が正であれば、スリップ率slipは増加していると判定できる。
【0090】
ステップS109でYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31がスリップは増加していると判定した場合、制御モード1に戻り、制駆動力制御部34は、駆動輪2の駆動トルクTdを低下させて、駆動輪2のスリップ(スリップ率slip)が増加から減少に転ずるように制御する。ステップS109でNoと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31がスリップは減少していると判定した場合、制御モード3に戻り、制駆動力制御部34は、駆動輪2が路面GLとのグリップを回復したときに駆動輪2やその駆動系に発生する振動が、許容範囲に収まるまで待機する。
【0091】
ステップS109でYesと判定された場合、すなわち、制御条件判定部31が、駆動輪2の振動は許容できると判定した場合、ステップS110に進む。ステップS110において、制駆動力制御部34は、スリップ抑制制御の制御モード4で駆動輪2の制駆動力を制御する。すなわち、制駆動力制御部34は、駆動トルクTdを徐々に増加させるとともに、路面反力Ftrcを算出しながら、路面GLの状態を把握する。
【0092】
以上、本実施形態では、駆動輪のスリップを抑制するにあたって、駆動輪に発生したスリップが増加から減少に転ずるまでの間は、最大路面反力の推定値が最新の最大路面反力学習値よりも小さい場合にのみ、推定された最大路面反力を最大路面反力学習値として設定し、更新する。また、駆動輪に発生したスリップが減少しているときには、最大路面反力の推定値が最新の最大路面反力学習値よりも大きい場合にのみ、推定された最大路面反力を最大路面反力学習値として設定し、更新する。これによって、駆動輪のスリップの抑制が不足あるいは過剰になることに起因するドライバビリティの低下を抑制できる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
以上のように、本発明に係るスリップ抑制制御装置は、駆動輪のスリップを抑制することに有用であり、特に、駆動輪のスリップの抑制が不足あるいは過剰となることに起因するドライバビリティの低下を抑制することに適している。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本実施形態に係る走行装置を備える車両の構成を示す概略図である。
【図2】スリップ抑制制御における制御モードを説明するための概念図である。
【図3】路面反力とスリップ率との関係を示す説明図である。
【図4】車輪速度や路面反力等を説明する概念図である。
【図5】スリップ抑制制御における路面反力の推定値、駆動トルクの指令値、車輪速度等の時間変化を示す概念図である。
【図6】本実施形態に係るスリップ抑制制御装置の構成例を示す説明図である。
【図7】本実施形態に係るスリップ抑制制御の手順を示すフローチャートである。
【図8】本実施形態に係るスリップ抑制制御の手順を示すフローチャートである。
【図9】本実施形態に係るスリップ抑制制御の手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0095】
1 車両
2 駆動輪
4 ハンドル
5 アクセル
6 インバータ
7 車載電源
10 電動機
30 スリップ抑制制御装置
31 制御条件判定部
32 摩擦パラメータ推定部
33 摩擦パラメータ更新部
34 制駆動力制御部
40 レゾルバ
41 アクセル開度センサ
50 ECU
50m 記憶部
50p CPU
100 走行装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両が備える駆動輪と路面との間の摩擦の尺度となる摩擦パラメータを推定する摩擦パラメータ推定部と、
前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータを摩擦パラメータ学習値として設定するとともに、前記駆動輪に発生したスリップが増加から減少に転ずるまでの間は、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータの推定値が最新の前記摩擦パラメータ学習値よりも小さいと判定される場合に、前記摩擦パラメータ学習値を更新する摩擦パラメータ更新部と、
設定された最新の前記摩擦パラメータ学習値に基づいて、前記駆動輪の制駆動力を設定する制駆動力設定部と、
を含むことを特徴とするスリップ抑制制御装置。
【請求項2】
前記摩擦パラメータ更新部は、
前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータよりも小さい値に補正した値を用いて、前記摩擦パラメータ学習値を更新することを特徴とする請求項1に記載のスリップ抑制制御装置。
【請求項3】
前記摩擦パラメータ更新部は、
前記駆動輪に発生したスリップが収束に向かっているときには、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータの推定値が最新の前記摩擦パラメータ学習値よりも大きい場合に、前記摩擦パラメータ学習値を更新することを特徴とする請求項1又は2に記載のスリップ抑制制御装置。
【請求項4】
前記摩擦パラメータ更新部は、
前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータよりも大きい値に補正した値を用いて、前記摩擦パラメータ学習値を更新することを特徴とする請求項3に記載のスリップ抑制制御装置。
【請求項5】
車両が備える駆動輪と路面との間の摩擦の尺度となる摩擦パラメータを推定する摩擦パラメータ推定部と、
前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータを摩擦パラメータ学習値として設定するとともに、前記駆動輪に発生したスリップが収束に向かっているときには、前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータの推定値が最新の前記摩擦パラメータ学習値よりも大きい場合に、前記摩擦パラメータ学習値を更新する摩擦パラメータ更新部と、
設定された最新の前記摩擦パラメータ学習値に基づいて、前記駆動輪の制駆動力を設定する制駆動力設定部と、
を含むことを特徴とするスリップ抑制制御装置。
【請求項6】
前記摩擦パラメータ更新部は、
前記摩擦パラメータ推定部が推定した前記摩擦パラメータよりも大きい値に補正した値を用いて、前記摩擦パラメータ学習値を更新することを特徴とする請求項5に記載のスリップ抑制制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−284702(P2009−284702A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−135716(P2008−135716)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】