ペロブスカイト型酸化物、酸化物組成物、酸化物体、圧電素子、及び液体吐出装置
【課題】強誘電性能に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供する。
【解決手段】ペロブスカイト型酸化物は、下記一般式で表されるものである。(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3(A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。0<b+d。X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。O:酸素。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【解決手段】ペロブスカイト型酸化物は、下記一般式で表されるものである。(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3(A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。0<b+d。X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。O:酸素。Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AサイトがBiを含み、BサイトがFeを含む新規な組成のペロブスカイト型酸化物、及びこれを用いた酸化物組成物/酸化物体/圧電素子/液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強誘電性を有するペロブスカイト型酸化物は、圧電素子やスイッチング素子等の用途に利用されている。例えば、良好な圧電特性を示すペロブスカイト型酸化物としてチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。PZTは電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体であり、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。環境負荷を考慮すれば、Pb含有量は少ないことが好ましく、Pbを含まない非鉛系がより好ましい。非鉛系のペロブスカイト型酸化物において、より高圧電性能を有する新規材料開発が進められている。
【0003】
新規非鉛系材料開発を進めていく上で、理論上高特性と考えられるペロブスカイト型酸化物の中には、通常の常圧の高温焼成ではペロブスカイト型の結晶構造を取り得ないが、数GPaを超えるような高圧下での焼成によりペロブスカイト型酸化物となるようなものがある。例えば、Bi系ペロブスカイト型酸化物は、理論上圧電特性(強誘電特性)の高い非鉛系圧電材料であると考えられるが、その殆どが常圧での高温焼成ではペロブスカイト型構造を取りにくく、取り得ないものもある。
【0004】
現在、バルクセラミックスにおいて、常圧にて製造可能なBi系ペロブスカイト型酸化物はBiFeO3だけである。例えばBiAlO3は6GPa、1000℃の高温高圧合成によってのみ、ペロブスカイト型構造のバルクセラミックスが得られることが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、高圧下での焼成は装置構成が複雑であり、またそのプロセスは容易でない。
【0005】
一方でデバイスの高密度高集積化の流れにおいて、各デバイスのダウンサイジングが進められている。圧電素子においても薄素子化が進められており、素子特性の良好なペロブスカイト型酸化物膜が検討されている。
【0006】
BiFeO3は優れた強誘電性を持つことから強誘電体メモリ(FeRAM)あるいは圧電アクチュエータへの応用が検討されている。BiFeO3は磁性体でもあり、マルチフェロイック材料としても注目を集めている。非特許文献2,3には、TiドープBiFeO3膜が報告されている。
【0007】
高圧での焼成でないとペロブスカイト型の結晶構造を取り得ないBi系酸化物を、常圧でのバルク焼成及び薄膜にてペロブスカイト構造をとりやすいBiFeO3との固溶体とすることによりペロブスカイト型の結晶構造を作り出すことが試みられている。非特許文献4には、SrTiO3基板上に、BiFeO3にBiAlO3を0−50モル%の範囲で固溶させたペロブスカイト型構造のBi(Fe,Al)O3膜が報告されている。また、非特許文献5には、SrTiO3基板上に、BiFeO3にBiCoO3を0−33モル%の範囲で固溶させたペロブスカイト型構造のBi(Fe,Co)O3膜が報告されている。
【0008】
非鉛系のペロブスカイト型酸化物として、チタン酸バリウム(BaTiO3)が知られている。特許文献1には、BaTiO3にBiFeO3を固溶させたペロブスカイト型酸化物膜が開示されている。特許文献1に記載のペロブスカイト型酸化物は下記式で表されるものである。
(Bi1−x,Bax)(Fe1−x,Tix)O3
上記式中、0<x<1であり、実施例では0.05≦x≦0.60の範囲で成膜が行われている(特許文献1の請求項1、段落0060)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-287745号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J.Zylberberg et al, ISAF2007 proceedings, 28PS-B13
【非特許文献2】APPLIED PHYSICS LETTERS 89, 052903, 2006
【非特許文献3】J.Phys.D: Appl. Phys. 40, 7530-7533, 2007
【非特許文献4】M.Okada et al, Japanese J. of Applied Physics, Vol. 43, 9B, p.6609-6645, 2004
【非特許文献5】S.Yasui et al, Japanese J. of Applied Physics, Vol. 46, 10B, p.6948-6951, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、AサイトがBiを含み、BサイトがFeを含む系において、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されることを特徴とするものである。
(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3 ・・・(P)
(式(P)中、符号等の条件は以下の通りである。
A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。
B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。
C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。
D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。
0<b+d。
X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。
(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。
O:酸素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0013】
本発明のペロブスカイト型酸化物の好適な態様としては、
d>0であり、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0014】
本発明のペロブスカイト型酸化物の好適な態様としては、
b>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0015】
本発明のペロブスカイト型酸化物の好適な態様としては、
b>0かつd>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0016】
本発明の好適な態様としては、d>0であり、DがAl,Co,及びZnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,Nb,及びZrからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0017】
本発明の好適な態様としては、b>0であり、Bがランタニド元素を含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。このペロブスカイト型酸化物において、BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0018】
本発明の好適な態様としては、b>0であり、BがBa及び/又はSnを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0019】
本発明の好適な態様としては、下記式で表されるペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3
(上記式中、B’はBa及び/又はSn、0<α≦0.15。)
【0020】
本発明の好適な態様としては、b>0であり、BがKを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0021】
本発明によれば、モルフォトロピック相境界(MPB)又はその近傍の組成を有するペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
「MPBの近傍」とは、電界をかけた時に相転移する領域のことである。
【0022】
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の酸化物体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。本発明の酸化物体の形態としては、膜又はバルクセラミックス体が挙げられる。
【0023】
本発明によれば、圧電性能を有する本発明の酸化物体を提供することができる。
圧電性能を有する本発明の酸化物体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
本明細書において、「結晶配向性を有する」とは、Lotgerling法により測定される配向率Fが、80%以上であることと定義する。
配向率Fは、下記式(i)で表される。
F(%)=(P−P0)/(1−P0)×100・・・(i)
式(i)中、Pは、配向面からの反射強度の合計と全反射強度の合計の比である。(001)配向の場合、Pは、(00l)面からの反射強度I(00l)の合計ΣI(00l)と、各結晶面(hkl)からの反射強度I(hkl)の合計ΣI(hkl)との比({ΣI(00l)/ΣI(hkl)})である。例えば、ペロブスカイト結晶において(001)配向の場合、P=I(001)/[I(001)+I(100)+I(101)+I(110)+I(111)]である。
P0は、完全にランダムな配向をしている試料のPである。
完全にランダムな配向をしている場合(P=P0)にはF=0%であり、完全に配向をしている場合(P=1)にはF=100%である。
【0024】
圧電性能を有する本発明の酸化物体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
本明細書において、「略<abc>方向に結晶配向性を有する」とは、その方向の結晶配向率Fが80%以上であると定義する。
【0025】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0026】
本発明の圧電素子は、圧電性能を有する上記の本発明の酸化物体と、該酸化物体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記本発明の圧電素子と、
該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記酸化物体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、AサイトがBiを含み、BサイトがFeを含む系において、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】パルスレーザデポジション装置の装置構成を示す概略図
【図2】本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図3】図2のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図4】図3のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図5】比較例1のXANESスペクトル
【図6】実施例1のPEヒステリシス特性
【図7】比較例2のPEヒステリシス特性
【図8】実施例1〜2及び比較例1〜3の抗電界の比較データ
【図9】実施例4のXRDスペクトル
【図10】実施例3〜4及び比較例4のI−V特性
【図11】実施例5のPEヒステリシス特性
【図12】実施例6のPEヒステリシス特性
【図13】比較例5のPEヒステリシス特性
【図14】実施例7のPEヒステリシス特性
【図15】実施例8のXRDスペクトル
【発明を実施するための形態】
【0029】
「ペロブスカイト型酸化物」
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されることを特徴とするものである。
(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3 ・・・(P)
(式(P)中、符号等の条件は以下の通りである。
A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。
B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。
C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。
D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。
0<b+d。
X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。
(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。
O:酸素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0030】
本発明のペロブスカイト型酸化物において、AサイトはBi以外の金属元素Bを含んでいても含んでいなくてもよい。BサイトはFe以外の金属元素Dを含んでいても含んでいなくてもよい。ただし、金属元素Bと金属元素Dとのうち少なくとも一方は必須である。すなわち、本発明のペロブスカイト型酸化物は、BiFeO3に対して、BiDO3,BFeO3,及びBDO3からなる群より選択された少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物を固溶させた複数成分系であり、さらにドナーとして金属元素Xをドープしたものである。
【0031】
BiFeO3と、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物とを固溶させることにより、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0032】
本発明は、基本的にはAサイトがPbを含まない非鉛系を対象としているが、Aサイト元素BはPbを含んでいても構わない。Aサイト元素BがPbを含む場合も、PZT等の鉛系に比較してPb含有量を少なくできる。したがって、本発明のペロブスカイト型酸化物は環境に優しい材料である。Aサイト中のBi量aは特に制限なく、a≧0.8であることが好ましい。
【0033】
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。従って、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が共存した2相〜4相の混晶構造になる場合もあるし、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が完全固溶して1つの相になる場合もあるし、その他の構造もあり得る。
【0034】
BiFeO3単成分系においては、化学式上は3価であるFeの価数が変動しやすく、Feの一部が2価で存在することが知られている(「背景技術」の項で挙げた非特許文献2のFIG.5を参照)。本発明者自身も後記比較例1において、かかる事実を確認している。
【0035】
BiFeO3では、Feの上記価数変動が生じるので、電気的中性条件を満たすために、2価のFe分に対応した酸素欠陥が生じ、これによってリーク電流の問題が生じてしまう。非特許文献2,3では、Feよりも価数の大きいTiをドナードープすることで、Feの価数変動によって生じた電子を補償してリーク電流を抑制している。非特許文献2,3ではBサイトに5モル%又は10モル%のTiをドープしたBiFeO3膜が成膜されている。TiドープのBiFeO3膜は、Ti非ドープのBiFeO3膜よりもリーク電流が抑えられ、より高い強誘電性能が得られている(非特許文献2のFIG.3、非特許文献3のFIG.3,4)。
【0036】
本発明者は、上記Feの価数変動はBiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系でも同様に起こり得ることを見出している。本発明は、リーク電流が発生しやすいBiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系において、Feの価数変動を補償するために、Bサイト元素CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きいドナーXをドープしたものであり、かかる組成設計は新規である。
【0037】
本明細書において、「リーク電流が発生しやすい」とは、(1)バイポーラ分極−電界ヒステリシス測定で、測定温度=室温、測定周波数=5Hz、印加電界E=200kV/cmの条件において、誘電性が確認できない、若しくは、(2)リーク電流測定(I−V測定)において、印加電界E=200kV/cmの条件において、5〜10Aのリーク電流が発生することにより定義されるものとする。
【0038】
本発明ではさらに、以下に記載するように、「背景技術」の項で挙げた文献には記載も示唆もなされていない新規な組成設計がなされている。
【0039】
BiあるいはPb等のAサイト元素は比較的揮発性が高く、かかる元素を含む系では、Aサイト欠陥が生じやすい傾向にある。また、かかるAサイト元素が揮発する際には酸化物の形で揮発することが多く、酸素欠損も同時に生じやすい傾向にある。本発明の系においては、ドナーXがAサイト欠陥とそれに起因した酸素欠損による価数変動も補償することができ、これによって特性劣化を抑制することができる。
【0040】
本発明者はまた、BiFeO3あるいはBiAlO3等の従来公知のBi系ペロブスカイト型酸化物においては、抗電界Ecが高いという課題を見出している。本発明者は、BiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系において、ドナーXをドープすることにより、抗電界Ecが低下する効果が得られることを見出した。この理由は必ずしも定かではないが、酸素欠陥によってピニングされていたドメイン壁がドナードープによる電荷補償により動きやすくなるためと考えられる。抗電界Ecが低下すれば、より低電界から圧電性能が発現するので、高圧電特性化に繋がる。
【0041】
PZT等の公知のペロブスカイト型酸化物において、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。以降、単に「MPB組成」と記載する箇所があるが、MPB及びその近傍の組成を意味するものとする。
【0042】
本発明はMPB組成に限定されるものではないが、MPB組成とすることで、より高圧電性能が期待でき、好ましい。
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。本発明において、圧電用途では、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が共存した複数相の混晶構造であることが好ましく、少なくとも2種の結晶系を有することが好ましい。BiFeO3の最も安定な結晶系が菱面体晶であるので、これと固溶させる他のペロブスカイト型酸化物としては、最も安定な結晶系が菱面体晶以外の結晶系(例えば正方晶)のものが好ましい。かかる混晶構造とすることにより、MPB又はその近傍の組成を有するペロブスカイト型酸化物とすることができ、高圧電性能が期待できる。
【0043】
MPB組成は、Aサイト及びBサイトの構成金属元素のイオン半径の関係から設計することができる。本発明者は先に、AサイトがBiを主成分とする非鉛系ペロブスカイト型酸化物のMPB組成設計に関する特許を出願している(特願2007-10185号(本特許出願時において未公開))。MPB組成設計についてはこの文献を参照されたい。本発明では、ドナーXのドープにより上記イオン半径の関係を調整することができるので、組成設計の自由度が高く、新規なMPB組成を設計することが可能である。このことは圧電性能等の性能に優れた新規材料の創出に繋がる。
【0044】
本発明のペロブスカイト型酸化物(P)の好適な態様としては、
d>0であり、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0045】
本発明のペロブスカイト型酸化物(P)の好適な態様としては、
b>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0046】
本発明のペロブスカイト型酸化物(P)の好適な態様としては、
b>0かつd>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0047】
本発明のペロブスカイト型酸化物が金属元素Bと金属元素Dとの両方を含む場合、BDO3がペロブスカイト型となるよう、金属元素Bの化学式上の平均価数と金属元素Dの化学式上の平均価数との合計が6価となるよう組成設計することが好ましい。
【0048】
本発明のペロブスカイト型酸化物の態様としては、以下の(PX)〜(PZ)が挙げられる。
<1>Bia(Fec,Dd,Xx)O3 (式中、d>0)・・・(PX)
<2>(Bia,Bb)(Fe,Xx)O3 (式中、b>0)・・・(PY)
<3>(Bi,Bb)(Fe,Dd,Xx)O3 (式中、b>0かつd>0)・・・(PZ)
【0049】
以下、各態様についてより詳しく説明する。
<1>Bia(Fec,Dd,Xx)O3 (式中、d>0)・・・(PX)
BiFeO3は、常圧でのバルク焼成においてもペロブスカイト構造を取り得るものであり、薄膜においてもペロブスカイト構造を容易に取ることができる。
【0050】
Dは上記式(P)の条件を充足するものであれば特に制限されない。BiDO3は、常圧においてペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい酸化物を含むことが好ましい。
【0051】
本明細書において「常圧」とは、大気圧近傍の圧力、及び薄膜の成膜方法において一般的な圧力の範囲内での圧力範囲を意味する。圧電体膜の成膜方法は、スパッタ法、パルスレーザデポジション法(PLD法)、及び化学気相成長法(CVD法)等の気相法と、ゾルゲル法等の液相法とに大別され、気相法では10−4〜103Pa(7.6×10−4mTorr〜7.6×103mTorr)程度の範囲、液相法では大気圧下(約105Pa(760Torr))の成膜環境が一般的とされている。
【0052】
本明細書において、「ペロブスカイト型構造を取り得ない/又は取りにくい」とは、常圧での固相焼結法を用いて、焼結体を作製した場合にペロブスカイト構造を実現できない、またはペロブスカイト構造の他にも異相が確認されるものをさす。その際のペロブスカイト構造の評価は、X線回折(XRD)によって評価を行うものとする。本発明での、XRD測定は、リガク製UltimaIII、標準Cu管球を用いた2θ/ωスキャン(θ・2θスキャン)により行い、膜厚は500nm程度として一般的な方法で測定している。詳細条件は、表1に示すとおりである。
【0053】
【表1】
【0054】
常圧においてBiとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい金属元素としては、Al,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNi等が挙げられる。すなわち、DはAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0055】
Bi及びFeの化学式上の価数が3価であることを考慮すれば、Dの平均価数が3価であることが好ましい。Dは、3価の金属元素のみから構成されていてもよいし、平均価数が3価となる、3価より価数の小さい金属元素と3価より価数の大きい金属元素との組合せであってもよいし、平均価数が3価となる、3価より価数の小さい金属元素と3価より価数の大きい金属元素と3価の金属元素との組合せでもよい。
【0056】
常圧においてBiとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい3価の金属元素としては、Al,Co,Sc,Ga,Y,及びInが挙げられる。常圧においてBiとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい、3価より価数の小さい金属元素と3価より価数の大きい金属元素との組合せとしては、(Zn2+0.5Ti4+0.5)、(Zn2+0.5Zr4+0.5)、(Zn2+0.5Sn4+0.5)、及び(Zn2+0.5Nb4+0.5)等の2価の金属元素と4価の金属元素との組合せが挙げられる。
【0057】
本発明では、ドナーXによりBサイト全体の平均価数を調整できるので、ペロブスカイト型構造を取る範囲内において、Dの平均価数は3価からずれても構わない。
【0058】
ペロブスカイト型酸化物(PX)の好ましい態様としては、DがAl,Co,及びZnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,Nb,及びZrからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含む態様が挙げられる。具体的な組成としては、Bia(Fec,Ald,Six)O3、Bia(Fec,Cod,Tix)O3、Bia(Fec,Znd,Tix)O3、Bia(Fec,(Al,Sc)d,Tix)O3、及びBia(Fec,Znd,(Ti,Si)x)O3等が挙げられる。
【0059】
単独でペロブスカイト型構造を取りやすいBiFeO3と、単独では常圧においてペロブスカイト型構造を取り得ない/又は取りにくいが、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物を含むBDO3とを固溶させることにより、高圧プロセスを要することなく、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0060】
<2>(Bia,Bb)(Fe,Xx)O3 (式中、b>0)・・・(PY)
Aサイト元素Bは、Feとペロブスカイト構造を取る、Biとは異なる少なくとも1種の金属元素であれば特に制限されない。Aサイト元素Bは、平均価数3価の少なくとも1種の金属元素でもよいし、平均価数が3価以外の少なくとも1種の金属元素でもよい。
【0061】
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0062】
ペロブスカイト型酸化物(PY)の好ましい態様としては、Bがランタニド元素を含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。中でも、BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が好ましい。具体的な組成としては、(Bia,Smb)(Fec,Six)O3、及び(Bia,Smb)(Fec,Tix)O3等が挙げられる。
【0063】
ペロブスカイト型酸化物(PY)の好ましい態様としては、BがBa及び/又はSnを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。具体的な組成としては、(Bia,B’b)(Fec,Six)O3、及び(Bia,B’b)(Fec,Tix)O3等が挙げられる。ここで、B’はBa及び/又はSnである。
【0064】
(Bia,Bab)(Fec,Tix)O3は一見、「背景技術」の項で挙げた特許文献1に記載のペロブスカイト型酸化物と組成が似ている。特許文献1に記載のペロブスカイト型酸化物の組成は下記式で表されるものである。
(Bi1−x,Bax)(Fe1−x,Tix)O3(式中、0<x<1である。特許文献1の実施例では0.05≦x≦0.60の範囲で成膜が行われている(特許文献1の請求項1、段落0060)。)
【0065】
しかしながら、特許文献1のペロブスカイト型酸化物に含まれるTiはFeの価数変動を補償するドナーではなく、本発明の式(P)中の成分Xとは機能が異なっている。特許文献1に記載の酸化物は24系のBaTiO3に33系のBiFeO3を固溶させたものであり、特許文献1に記載の酸化物では、Bi量とFe量が等しく、Ba量とTi量が等しく、化学式上の電荷中性が取れている(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)=6.0)。これに対して、本発明では化学式上の電荷中性は取れておらず、(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0である。なお、本発明において、実際には、Feの価数変動があるので、電荷中性は取れている。
【0066】
本発明者は、(Bia,B’b)(Fec,Tix)O3について好適な組成の検討を行い、下記式で表されるものが好適であることを見出している。
(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3
上記式中、B’はBa及び/又はSn、0<α≦0.15である。本発明者は、かかる範囲において、Feの価数変動に起因したリーク電流を抑制でき、高圧電性能が得られることを見出している。
【0067】
ペロブスカイト型酸化物(PY)の好ましい態様としては、BがKを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0068】
<3>(Bi,Bb)(Fe,Dd,Xx)O3 (式中、b>0かつd>0)・・・(PZ)
ペロブスカイト型酸化物(PZ)において、金属元素Dはペロブスカイト型酸化物(PX)のDと同様であり、金属元素Bはペロブスカイト型酸化物(PY)のBと同様である。
【0069】
すなわち、BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0070】
Bサイト元素Dとしては、Biとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい元素を含むことが好ましい。この場合、Biとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくいBサイト元素Dが、よりペロブスカイト構造を取りやすくするためにAサイト元素Bを添加することができる。かかる材料設計では、Aサイト元素Bが、Bサイト元素Feとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくいものであることが好ましい。かかる金属元素としては、Sm,La,Nd,及びDy等が挙げられる。
【0071】
すなわち、DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0072】
ペロブスカイト型酸化物(PX)〜(PZ)はMPB組成に限定されるものではないが、MPB組成とすることで、より高圧電性能が期待でき、好ましい。上記したように、本発明では、ドナーXのドープにより組成設計自由度が高く、新規のMPB組成を設計することが可能である。このことは圧電性能等の性能に優れた新規材料の創出に繋がる。以下、本発明のペロブスカイト型酸化物における具体的なMPB設計例について説明する。
【0073】
例えば、本発明者の検討ではBサイト元素DをAlとしたBiAlO3は最も安定な結晶系が正方晶と推測され、BiFeO3とBiAlO3とを固溶させることで、MPB組成又はその近傍の組成とすることが可能である。本発明者は、ドナーXをドープしないBiFeO3−BiAlO3固溶系におけるMPB組成はFe:Al(モル比)=0.4:0.6あるいはその近傍にあると推測している。
【0074】
Bサイト元素DをCoとしたBiCoO3は最も安定な結晶系が正方晶と推測され、BiFeO3とBiCoO3とを固溶させることで、MPB組成又はその近傍の組成とすることが可能である。本発明者は、ドナーXをドープしないBiFeO3−BiCoO3固溶系におけるMPB組成はFe:Co(モル比)=0.75:0.25あるいはその近傍の組成にあると推測している。
【0075】
BiAlO3あるいはBiCoO3は本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物である。つまり、BiとAl,あるいはBiとCoは本来相性の悪い組合せである。本発明では、ドナーXのドープにより、本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物であるBiAlO3あるいはBiCoO3の量を減らしたMPB組成設計が可能である。本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物であるBiAlO3あるいはBiCoO3の量を減らせるということは、よりペロブスカイト型構造が得られやすいことを意味する。
【0076】
以上説明したように、本発明はBiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系において、Feの価数変動を補償するドナーXをドープしたものである。
本発明では、BiFeO3と、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物とを固溶させることにより、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
例えば、単独でペロブスカイト型構造を取りやすいBiFeO3と、単独では常圧においてペロブスカイト型構造を取り得ない/又は取りにくいが、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物を含むBDO3とを固溶させることにより、高圧プロセスを要することなく、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0077】
本発明では、ドナーXのドープにより、Feの価数変動によるリーク電流の抑制効果が得られ、強誘電性能(圧電性能)が効果的に発現する。
本発明では、ドナーXのドープにより、ドナーXがAサイト欠陥とそれに起因した酸素欠損による価数変動も補償することができ、これによって特性劣化を抑制することができる。
【0078】
本発明では、ドナーXのドープにより、抗電界Ecの低減効果が得られる。抗電界Ecが低下すれば、低電界から圧電性能が発現するので、高圧電特性化に繋がる。
本発明では、新規なMPB組成設計が可能である。
本発明によれば、Pbを含まない、若しくはPZT等の鉛系に比較してPb含有量の少ない環境に優しいペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0079】
「酸化物組成物」
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外のペロブスカイト型酸化物、他の酸化物、各種添加元素、及び焼結助剤など、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外の任意成分を含むことができる。
【0080】
「酸化物体(圧電体、強誘電体)」
本発明の酸化物体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。酸化物体の形態は適宜設計され、膜又はバルクセラミックス体が挙げられる。
【0081】
本発明によれば、圧電性能を有する酸化物体(=圧電体(圧電体膜又はバルクセラミックス圧電体等))を提供することができる。本発明の圧電体は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,及び超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ等の用途に好ましく利用できる。
【0082】
本発明によれば、強誘電性能を有する酸化物体(=強誘電体(強誘電体膜又はバルクセラミックス強誘電体等))を提供することができる。本発明の強誘電体は、強誘電体メモリ(FeRAM)等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【0083】
以下、本発明の圧電体について説明する。
本発明の圧電体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
圧電歪には、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の圧電歪(電界誘起歪)、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)などが挙げられる。
【0084】
(2)可逆的非180°ドメイン回転を利用した圧電歪については、特開2004-363557号公報等に記載されている。(3)相転移を利用する圧電歪については特許第3568107号公報等に記載されている。(4)電界誘起相転移及びエンジニアードドメイン効果を利用した圧電歪については、“Ultrahigh strain and piezoelectric behavior in relaxor based ferroelectric single crystals”, S.E.Park et.al., JAP, 82, 1804(1997)、本発明者が先に出願した特開2007-116091号公報に記載されている。
【0085】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。本発明の圧電体は例えば、(100)配向の強誘電体相及び/又は(111)配向の強誘電体相を含むことができる。
【0086】
上記の圧電歪(2)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用する場合、本発明の圧電体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
例えば、圧電歪(4)の系では、相転移が起こる強誘電体相が、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有していることが好ましく、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有していることが特に好ましい。通常、結晶配向方向が電界印加方向である。
【0087】
強誘電体の自発分極軸は以下の通りである。
正方晶系:<001>、斜方晶系:<110>、菱面体晶系:<111>
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
【0088】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相は、強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0089】
上記電界誘起相転移の系においては、相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化が起こり、大きい歪変位量が得られる。
また、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前において、エンジニアードドメイン効果により、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも大きな変位量が得られ、好ましい。
【0090】
電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させることで、相転移が起こりやすくなる。これは、自発分極軸方向と電界印加方向とが合う方が結晶的に安定であり、より安定な結晶系へ相転移しやすくなるためと推察される。相転移が終了する電界強度以上の電界を印加しても、相転移せずに強誘電体相の一部が残る場合があるが、相転移が効率よく進行することで、相転移が終了する電界強度以上の電界を印加した際に、相転移せずに残る強誘電体相の割合を少なくすることができる。この結果として、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも、大きな歪変位量が安定的に得られる。
さらに、相転移後は、電界印加方向と自発分極軸方向とが略一致することになるので、相転移後の強誘電体相の圧電効果が効果的に発現し、大きな歪変位量が安定的に得られる。
【0091】
以上のように、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前、相転移中、相転移後のすべてにおいて、高い歪変位量が得られる。この効果は、少なくとも相転移前の強誘電体相の自発分極軸方向が電界印加方向と異なる方向であれば得られ、電界印加方向が相転移後の強誘電体相の自発分極軸方向に近い程、顕著に発現する。
【0092】
結晶配向性を有する強誘電体相を含む圧電体としては、配向膜(1軸配向性を有する膜)、エピタキシャル膜(3軸配向性を有する膜)、あるいは粒子配向セラミックス焼結体が挙げられる。
【0093】
配向膜は、スパッタ法、MOCVD法、プラズマCVD法、PLD(パルスレーザデポジッション)法、及び放電プラズマ焼結法等の気相法;ゾルゲル法及び有機金属分解法等の液相法などの公知の薄膜形成方法を用い、一軸配向性結晶が生成される条件で成膜することで、形成できる。
エピタキシャル膜は、基板及び下部電極に圧電体膜と格子整合性の良い材料を用いることにより形成できる。エピタキシャル膜を形成可能な基板/下部電極の好適な組合せとしては、SrTiO3/SrRuO3、及びMgO/Pt等が挙げられる。
粒子配向セラミックス焼結体は、ホットプレス法、シート法、及びシート法で得られる複数のシートを積層プレスする積層プレス法等により、形成できる。
【0094】
「成膜装置及び成膜方法の例」
図1を参照して、本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜装置及び成膜方法の例について説明する。PLD法によるエピタキシャル膜の成膜を例として説明する。
【0095】
PLD法では、パルスレーザ51から、回転可能なターゲットホルダ52上に設置されたターゲットTにレーザ光Lが照射されると、ターゲットTの表面とほぼ垂直方向にプラズマを生じ(プルームP)、ターゲットTの構成成分がプラズマや分子状態になって基板11に到達する。次いで基板11上でマイグレーションしながら結晶核生成と結晶成長をレーザパルス毎に生じ、このプロセスを繰り返すことによって結晶成長する。成膜される膜13が酸化物膜である場合は、真空チャンバ53内は、酸素導入部54と減圧部55とにより低酸素分圧雰囲気とする必要がある。従って、プラズマ状態及び酸素分圧により得られる膜特性や結晶構造が変化する。
【0096】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜が成膜される基板は特に制限されず、成膜される膜と格子整合性のよい材料を選択することが好ましい。エピタキシャル成長可能な格子整合性を有する基板を用いることにより、基板と同様の結晶配向性を有するペロブスカイト型酸化物エピタキシャル膜を成膜することができる。
【0097】
例えば、基板の(001)面にペロブスカイト型酸化物(P)の(001)面が格子整合する形で成膜する場合、基板の格子定数をCs、ペロブスカイト型酸化物(P)の格子定数をCとした際にnCs /mCが、0.95〜1.05(n,m=1〜5)の範囲内となるように材料を選択することが好ましい。
【0098】
Bi系酸化物と格子整合性が良好で、エピタキシャル膜を形成可能な基板としては、ペロブスカイト型単結晶基板が好ましい。ペロブスカイト型単結晶基板としては、SrTiO3,NdGaO3,及びLaAlO3等の基板が挙げられる。基板上には、格子整合のとれたバッファ層や下部電極などを備えていてもよい。
【0099】
ペロブスカイト型単結晶基板以外の基板である場合には、Si基板やMgO基板などが挙げられ、エピタキシャル成長が可能なバッファ層等を備えていることが好ましい。かかる基板とバッファ層等の組合せとしては、Pt/Ti/SiO2/Si,SrRuO3/MgO/Si,SrRuO3/YSZ/CeO2/Si,SrRuO3/MgO等が挙げられる。
【0100】
本発明者は、Bi系化合物は蒸気圧が高く揮発しやすい傾向にあるため、酸化ビスマスの揮発が結晶成長に影響を及ぼして、ペロブスカイト構造を取ることが難しくなると考えている。特に、Si基板上にPt/Ti電極のように、ガスバリア性の低い電極材料を介してBi系ペロブスカイト型酸化物膜を成膜する場合、揮発した酸化ビスマスがSi基板に到達してSiと反応して結晶成長に影響を与えやすいと考えられる。
【0101】
また、上記したように、基板に到達した原子や分子は基板11上でマイグレーションをしながら結晶核生成と結晶成長をレーザパルス毎に繰り返す。従って、レーザパルス周波数が高すぎると、マイグレーションした原子がペロブスカイト構造をとる前に次の原子が到達して堆積して異相を形成する可能性があり、レーザパルス周波数が低すぎると成膜速度が遅く、膜厚を確保できない可能性がある。特に、Biとペロブスカイト構造を取りやすいFeの量が少なくなると、より異相を作りやすい傾向にあると考えられる。
【0102】
PLD法において、例えば、酸素分圧の最適化によりBi系化合物の揮発を抑制し、更に、レーザパルス周波数をコントロールしてプラズマ状態の最適化を行うことにより、異相の割合を低減し、本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含むペロブスカイト型酸化物膜を成膜することができる。
【0103】
「圧電素子(強誘電体素子)、インクジェット式記録ヘッド」
図面を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図2はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0104】
図2に示す圧電素子1は、基板11の表面に、下部電極12と圧電体膜(強誘電体膜)13と上部電極14とが順次積層された素子である。圧電体膜13は本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含むペロブスカイト型酸化物膜であり、下部電極12と上部電極14とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0105】
基板11は特に制限なく、ペロブスカイト型酸化物膜に対して格子整合性が良好なものであることが好ましい。
下部電極12としては特に制限されず、基板11上にエピタキシャル成長して得られたエピタキシャル膜であり、その上に成膜される圧電体膜13がエピタキシャル成長可能なものであることが好ましい。
上部電極14の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO2,RuO2,LaNiO3,及びSrRuO3等の金属又は金属酸化物及びこれらの組合せが挙げられる。また、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料も用いることができる。
【0106】
下部電極12及び上部電極14の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。圧電体膜13の膜厚は特に制限されず、500nm〜数十μm程度が好ましい。
【0107】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板11の裏面に、圧電体膜13の伸縮により振動する振動板16が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1の駆動を制御する駆動回路等の制御手段15も備えられている。インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)21及びインク室21から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)22を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)20が取り付けられたものである。
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室21からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0108】
基板11とは独立した部材の振動板16及びインクノズル20を取り付ける代わりに、基板11の一部を振動板16及びインクノズル20に加工してもよい。例えば、基板11がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板11を裏面側からエッチングしてインク室21を形成し、基板自体の加工により振動板16とインクノズル20とを形成することができる。
【0109】
圧電素子1は上記本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含む圧電体膜13を備えたものであり、本実施形態によれば、圧電性能に優れた圧電素子1を提供することができる。
【0110】
「インクジェット式記録装置」
図3及び図4を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図3は装置全体図であり、図4は部分上面図である。
【0111】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0112】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図3のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0113】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0114】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0115】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図3上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図3の左から右へと搬送される。
【0116】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0117】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0118】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図4を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0119】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0120】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0121】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0122】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0123】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0124】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0125】
(実施例1〜2、比較例1〜3)
各例において、(100)SrTiO3単結晶基板表面に、PLD法にて0.2μm厚の(100)SrRuO3下部電極を形成した。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、ペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。各例においてはターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。
【0126】
ターゲット組成及び膜組成:
実施例1のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.72,Al0.08,Si0.2)O3、
実施例1の膜組成:Bi(Fe0.72,Al0.08,Si0.2)O3、
実施例2のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.55,Al0.35,Si0.1)O3、
実施例2の膜組成:Bi(Fe0.55,Al0.35,Si0.1)O3、
比較例1のターゲット組成:Bi1.1FeO3、
比較例1の膜組成:BiFeO3、
比較例2のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.9,Al0.1)O3、
比較例2の膜組成:Bi(Fe0.9,Al0.1)O3、
比較例3のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.7,Al0.3)O3、
比較例3の膜組成:Bi(Fe0.7,Al0.3)O3。
【0127】
実施例1〜2及び比較例1〜3の共通の成膜条件:
SRO/STO基板、
レーザ強度350mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
ターゲット回転数9.7rpm、
基板温度585℃、
成膜時間:60−100分間、
膜厚:400−700nm厚。
【0128】
得られた膜についてX線回折(XRD)測定を行った結果、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
最後に、上記ペロブスカイト型酸化物膜上に、150nm厚のPt上部電極をスパッタ蒸着して、圧電素子を得た。
【0129】
<XANES測定>
比較例1のBiFeO3膜について、XANES測定を実施した。得られたXANESスペクトル(Fe、K−edge)を図5に示す。
7127eVと7132eVとにピークが見られた。前者のピークはFe+2に由来するものであり、後者のピークはFe+3に由来するものである。ピーク強度の比から、Fe+2:Fe+3=5:95(モル比)と見積もられた。
【0130】
<P−E特性>
各例において、室温(25℃程度)にて、ペロブスカイト型酸化物膜に対して電界を印加して、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。測定周波数は10kHzとした。代表として、実施例1,比較例2の結果をそれぞれ図6,図7に示す。正電界側の抗電界をEc1、負電界側の抗電界をEc2とする。Bサイト中のAl濃度とEc1+|Ec2|との関係を図8に示す。図8に示すように、Bi(Fe,Al)O3系においてBサイトにSiをドープすることにより、抗電界Ecが低下することが明らかとなった。このことは、より低電界で強誘電性(圧電性)が発現することを意味している。図8中、BはBi、FはFe、AはAl、Oは酸素を各々示す。
【0131】
(実施例3〜4、比較例4)
各例において、(100)Si単結晶基板(10mm×10mm、0.5mm厚)の表面に、50nm厚のMgOバッファ層及び300nm厚の(100)SrRuO3下部電極を順次エピタキシャル成長させた。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3で表されるペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。各例においてはターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。
【0132】
実施例3のターゲット組成:(Bi0.7,Ba0.3)(Fe0.691,Ti0.309)O3(上記式中のα=0.03)、
実施例4のターゲット組成:(Bi0.7,Ba0.3)(Fe0.676,Ti0.324)O3(上記式中のα=0.08)、
比較例4のターゲット組成:(Bi0.7,Ba0.3)(Fe0.7,Ti0.3)O3(上記式中のα=0)。
【0133】
実施例3〜4及び比較例4の共通の成膜条件:
SRO/MgO/Si基板、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
ターゲット回転数9.7rpm、
基板温度600℃、
成膜時間:100分間、
膜厚:1μm厚。
【0134】
得られた膜についてX線回折(XRD)測定を行った結果、(100)若しくは(001)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。代表として、実施例4のXRDスペクトルを図9に示す。実施例4では、(100)優先配向膜が得られた。
最後に、上記ペロブスカイト型酸化物膜上に、100nm厚のPt上部電極をスパッタ蒸着して、圧電素子を得た。
【0135】
<I−V特性>
各例において、I−V特性を測定した。結果を図10に示す。図10に示すように、α=0の比較例4に対して、α=0.03,0.08の実施例3〜4ではリーク電流が低下することが明らかとなった。
【0136】
<圧電特性>
各例において得られた圧電素子について、片持ち梁(15mm×25mm,膜厚0.5mm)を用い、50Vの電圧を印加した時の先端の変位量を測定した。結果を以下に示す。実施例3,4では比較例4よりも高圧電性能が得られた。
比較例4(α=0)の歪み量S(nm)=0.73μm、
実施例3(α=0.03)の歪み量S(nm)=0.92μm、
実施例4(α=0.08)の歪み量S(nm)=1.32μm。
【0137】
(実施例5〜6、比較例5)
ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を変更する以外は、実施例3〜4及び比較例4と同様にして圧電素子を得た。実施例5〜6及び比較例5においては、ターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。ターゲット組成を以下に示す。
【0138】
実施例5のターゲット組成:(Bi0.79,Ba0.21)(Fe0.74,Mn0.05,Ti0.19,Nb0.02)O3、
実施例6のターゲット組成:(Bi0.81,Ba0.19)(Fe0.76,Mn0.05,Ti0.19)O3、
比較例5のターゲット組成:(Bi0.8,Ba0.2)FeO3。
【0139】
実施例5〜6及び比較例5の共通の成膜条件:
SRO/MgO/Si基板、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数10Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度580℃、
膜厚:1.2μm厚。
【0140】
<XRD測定>
各例において得られたペロブスカイト型酸化物膜についてXRD測定を行った結果、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
【0141】
<P−E特性>
実施例1〜2及び比較例1〜3と同様に、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。結果を図11〜図13に示す。残留分極Pr値は以下の通りであった。
実施例5:Pr=29μC/cm2、
実施例6:Pr=27μC/cm2、
比較例5:Pr=3.2μC/cm2。
【0142】
(実施例7、比較例6)
ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を変更する以外は、実施例1〜2及び比較例1〜3と同様にして圧電素子を得た。実施例7及び比較例6においては、ターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。ターゲット組成を以下に示す。
実施例7のターゲット組成:Bi(Fe0.675,Mn0.10,Co0.225)O3、
比較例6のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Co0.25)O3。
【0143】
実施例7及び比較例6の共通の成膜条件:
SRO/STO基板
レーザ強度350mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度580℃、
膜厚:300−400nm厚。
【0144】
<XRD測定>
各例において得られたペロブスカイト型酸化物膜についてXRD測定を行った結果、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
【0145】
<P−E特性>
実施例1〜2及び比較例1〜3と同様に、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。実施例7では良好な強誘電性が確認されたが、比較例6では良好な強誘電性が確認されなかった。実施例7の結果を図14に示す。
【0146】
(実施例8)
(100)LaAlO3単結晶基板表面に、PLD法にて0.2μm厚の(100)SrRuO3下部電極を形成した。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、ペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。
成膜条件:
SRO/LAO基板、
ターゲット組成:(Bi0.95,La0.05)(Fe0.855,Al0.095,Mn0.05)O3、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数10Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度600℃、
膜厚:1.2μm厚。
【0147】
<XRD測定>
得られたペロブスカイト型酸化物膜についてXRD測定を行った結果、(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。XRDスペクトルを図15に示す。
【0148】
(実施例9〜13、比較例7〜8)
ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を変更する以外は、実施例1〜2及び比較例1〜3と同様にして圧電素子を得た。実施例9〜13及び比較例7〜8においては、ターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。ターゲット組成を以下に示す。
実施例9のターゲット組成:Bi(Fe0.78,Zn0.11,Ti0.11)O3、
実施例10のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.1,Ti0.1,Mn0.05)O3、
実施例11のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.1,Zr0.1,Mn0.05)O3、
実施例12のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.133,Nb0.067,Mn0.05)O3、
比較例7のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.25)O3。
実施例13のターゲット組成:(Bi0.81,Sn0.19)(Fe0.76,Ti0.19,Mn0.05)O3、
比較例8のターゲット組成:(Bi0.95,Sn0.05)FeO3。
【0149】
実施例9〜13及び比較例7〜8の共通の成膜条件:
SRO/STO基板、
レーザ強度350mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度580℃、
膜厚:300−400nm厚。
【0150】
各例において、比誘電率の測定を実施した。アジレント社製「インピーダンスアナライザー4294A」を用い、Cp−Dモードで周波数を1kHz〜1MHzの範囲で変化させてキャパシタンスを測定し、膜厚及び電極面積から比誘電率を算出した。代表として1kHzの測定結果を以下に示す。
実施例9の比誘電率:120、
実施例10の比誘電率:140、
実施例11の比誘電率:135、
実施例12の比誘電率:135、
比較例7の比誘電率:75。
実施例13の比誘電率:130、
比較例8の比誘電率:95。
【産業上の利用可能性】
【0151】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、及び強誘電体メモリ等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【符号の説明】
【0152】
1 圧電素子
3,3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
12、14 電極
13 ペロブスカイト型酸化物膜(強誘電体膜,圧電体膜)
20 インクノズル(液体貯留吐出部材)
21 インク室(液体貯留室)
22 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、AサイトがBiを含み、BサイトがFeを含む新規な組成のペロブスカイト型酸化物、及びこれを用いた酸化物組成物/酸化物体/圧電素子/液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強誘電性を有するペロブスカイト型酸化物は、圧電素子やスイッチング素子等の用途に利用されている。例えば、良好な圧電特性を示すペロブスカイト型酸化物としてチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。PZTは電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体であり、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。環境負荷を考慮すれば、Pb含有量は少ないことが好ましく、Pbを含まない非鉛系がより好ましい。非鉛系のペロブスカイト型酸化物において、より高圧電性能を有する新規材料開発が進められている。
【0003】
新規非鉛系材料開発を進めていく上で、理論上高特性と考えられるペロブスカイト型酸化物の中には、通常の常圧の高温焼成ではペロブスカイト型の結晶構造を取り得ないが、数GPaを超えるような高圧下での焼成によりペロブスカイト型酸化物となるようなものがある。例えば、Bi系ペロブスカイト型酸化物は、理論上圧電特性(強誘電特性)の高い非鉛系圧電材料であると考えられるが、その殆どが常圧での高温焼成ではペロブスカイト型構造を取りにくく、取り得ないものもある。
【0004】
現在、バルクセラミックスにおいて、常圧にて製造可能なBi系ペロブスカイト型酸化物はBiFeO3だけである。例えばBiAlO3は6GPa、1000℃の高温高圧合成によってのみ、ペロブスカイト型構造のバルクセラミックスが得られることが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、高圧下での焼成は装置構成が複雑であり、またそのプロセスは容易でない。
【0005】
一方でデバイスの高密度高集積化の流れにおいて、各デバイスのダウンサイジングが進められている。圧電素子においても薄素子化が進められており、素子特性の良好なペロブスカイト型酸化物膜が検討されている。
【0006】
BiFeO3は優れた強誘電性を持つことから強誘電体メモリ(FeRAM)あるいは圧電アクチュエータへの応用が検討されている。BiFeO3は磁性体でもあり、マルチフェロイック材料としても注目を集めている。非特許文献2,3には、TiドープBiFeO3膜が報告されている。
【0007】
高圧での焼成でないとペロブスカイト型の結晶構造を取り得ないBi系酸化物を、常圧でのバルク焼成及び薄膜にてペロブスカイト構造をとりやすいBiFeO3との固溶体とすることによりペロブスカイト型の結晶構造を作り出すことが試みられている。非特許文献4には、SrTiO3基板上に、BiFeO3にBiAlO3を0−50モル%の範囲で固溶させたペロブスカイト型構造のBi(Fe,Al)O3膜が報告されている。また、非特許文献5には、SrTiO3基板上に、BiFeO3にBiCoO3を0−33モル%の範囲で固溶させたペロブスカイト型構造のBi(Fe,Co)O3膜が報告されている。
【0008】
非鉛系のペロブスカイト型酸化物として、チタン酸バリウム(BaTiO3)が知られている。特許文献1には、BaTiO3にBiFeO3を固溶させたペロブスカイト型酸化物膜が開示されている。特許文献1に記載のペロブスカイト型酸化物は下記式で表されるものである。
(Bi1−x,Bax)(Fe1−x,Tix)O3
上記式中、0<x<1であり、実施例では0.05≦x≦0.60の範囲で成膜が行われている(特許文献1の請求項1、段落0060)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-287745号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J.Zylberberg et al, ISAF2007 proceedings, 28PS-B13
【非特許文献2】APPLIED PHYSICS LETTERS 89, 052903, 2006
【非特許文献3】J.Phys.D: Appl. Phys. 40, 7530-7533, 2007
【非特許文献4】M.Okada et al, Japanese J. of Applied Physics, Vol. 43, 9B, p.6609-6645, 2004
【非特許文献5】S.Yasui et al, Japanese J. of Applied Physics, Vol. 46, 10B, p.6948-6951, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、AサイトがBiを含み、BサイトがFeを含む系において、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されることを特徴とするものである。
(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3 ・・・(P)
(式(P)中、符号等の条件は以下の通りである。
A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。
B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。
C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。
D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。
0<b+d。
X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。
(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。
O:酸素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0013】
本発明のペロブスカイト型酸化物の好適な態様としては、
d>0であり、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0014】
本発明のペロブスカイト型酸化物の好適な態様としては、
b>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0015】
本発明のペロブスカイト型酸化物の好適な態様としては、
b>0かつd>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0016】
本発明の好適な態様としては、d>0であり、DがAl,Co,及びZnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,Nb,及びZrからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0017】
本発明の好適な態様としては、b>0であり、Bがランタニド元素を含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。このペロブスカイト型酸化物において、BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0018】
本発明の好適な態様としては、b>0であり、BがBa及び/又はSnを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0019】
本発明の好適な態様としては、下記式で表されるペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3
(上記式中、B’はBa及び/又はSn、0<α≦0.15。)
【0020】
本発明の好適な態様としては、b>0であり、BがKを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0021】
本発明によれば、モルフォトロピック相境界(MPB)又はその近傍の組成を有するペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
「MPBの近傍」とは、電界をかけた時に相転移する領域のことである。
【0022】
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の酸化物体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。本発明の酸化物体の形態としては、膜又はバルクセラミックス体が挙げられる。
【0023】
本発明によれば、圧電性能を有する本発明の酸化物体を提供することができる。
圧電性能を有する本発明の酸化物体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
本明細書において、「結晶配向性を有する」とは、Lotgerling法により測定される配向率Fが、80%以上であることと定義する。
配向率Fは、下記式(i)で表される。
F(%)=(P−P0)/(1−P0)×100・・・(i)
式(i)中、Pは、配向面からの反射強度の合計と全反射強度の合計の比である。(001)配向の場合、Pは、(00l)面からの反射強度I(00l)の合計ΣI(00l)と、各結晶面(hkl)からの反射強度I(hkl)の合計ΣI(hkl)との比({ΣI(00l)/ΣI(hkl)})である。例えば、ペロブスカイト結晶において(001)配向の場合、P=I(001)/[I(001)+I(100)+I(101)+I(110)+I(111)]である。
P0は、完全にランダムな配向をしている試料のPである。
完全にランダムな配向をしている場合(P=P0)にはF=0%であり、完全に配向をしている場合(P=1)にはF=100%である。
【0024】
圧電性能を有する本発明の酸化物体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
本明細書において、「略<abc>方向に結晶配向性を有する」とは、その方向の結晶配向率Fが80%以上であると定義する。
【0025】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0026】
本発明の圧電素子は、圧電性能を有する上記の本発明の酸化物体と、該酸化物体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記本発明の圧電素子と、
該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記酸化物体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、AサイトがBiを含み、BサイトがFeを含む系において、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】パルスレーザデポジション装置の装置構成を示す概略図
【図2】本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図3】図2のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図4】図3のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図5】比較例1のXANESスペクトル
【図6】実施例1のPEヒステリシス特性
【図7】比較例2のPEヒステリシス特性
【図8】実施例1〜2及び比較例1〜3の抗電界の比較データ
【図9】実施例4のXRDスペクトル
【図10】実施例3〜4及び比較例4のI−V特性
【図11】実施例5のPEヒステリシス特性
【図12】実施例6のPEヒステリシス特性
【図13】比較例5のPEヒステリシス特性
【図14】実施例7のPEヒステリシス特性
【図15】実施例8のXRDスペクトル
【発明を実施するための形態】
【0029】
「ペロブスカイト型酸化物」
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記一般式(P)で表されることを特徴とするものである。
(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3 ・・・(P)
(式(P)中、符号等の条件は以下の通りである。
A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。
B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。
C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。
D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。
0<b+d。
X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。
(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。
O:酸素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0030】
本発明のペロブスカイト型酸化物において、AサイトはBi以外の金属元素Bを含んでいても含んでいなくてもよい。BサイトはFe以外の金属元素Dを含んでいても含んでいなくてもよい。ただし、金属元素Bと金属元素Dとのうち少なくとも一方は必須である。すなわち、本発明のペロブスカイト型酸化物は、BiFeO3に対して、BiDO3,BFeO3,及びBDO3からなる群より選択された少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物を固溶させた複数成分系であり、さらにドナーとして金属元素Xをドープしたものである。
【0031】
BiFeO3と、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物とを固溶させることにより、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0032】
本発明は、基本的にはAサイトがPbを含まない非鉛系を対象としているが、Aサイト元素BはPbを含んでいても構わない。Aサイト元素BがPbを含む場合も、PZT等の鉛系に比較してPb含有量を少なくできる。したがって、本発明のペロブスカイト型酸化物は環境に優しい材料である。Aサイト中のBi量aは特に制限なく、a≧0.8であることが好ましい。
【0033】
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。従って、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が共存した2相〜4相の混晶構造になる場合もあるし、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が完全固溶して1つの相になる場合もあるし、その他の構造もあり得る。
【0034】
BiFeO3単成分系においては、化学式上は3価であるFeの価数が変動しやすく、Feの一部が2価で存在することが知られている(「背景技術」の項で挙げた非特許文献2のFIG.5を参照)。本発明者自身も後記比較例1において、かかる事実を確認している。
【0035】
BiFeO3では、Feの上記価数変動が生じるので、電気的中性条件を満たすために、2価のFe分に対応した酸素欠陥が生じ、これによってリーク電流の問題が生じてしまう。非特許文献2,3では、Feよりも価数の大きいTiをドナードープすることで、Feの価数変動によって生じた電子を補償してリーク電流を抑制している。非特許文献2,3ではBサイトに5モル%又は10モル%のTiをドープしたBiFeO3膜が成膜されている。TiドープのBiFeO3膜は、Ti非ドープのBiFeO3膜よりもリーク電流が抑えられ、より高い強誘電性能が得られている(非特許文献2のFIG.3、非特許文献3のFIG.3,4)。
【0036】
本発明者は、上記Feの価数変動はBiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系でも同様に起こり得ることを見出している。本発明は、リーク電流が発生しやすいBiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系において、Feの価数変動を補償するために、Bサイト元素CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きいドナーXをドープしたものであり、かかる組成設計は新規である。
【0037】
本明細書において、「リーク電流が発生しやすい」とは、(1)バイポーラ分極−電界ヒステリシス測定で、測定温度=室温、測定周波数=5Hz、印加電界E=200kV/cmの条件において、誘電性が確認できない、若しくは、(2)リーク電流測定(I−V測定)において、印加電界E=200kV/cmの条件において、5〜10Aのリーク電流が発生することにより定義されるものとする。
【0038】
本発明ではさらに、以下に記載するように、「背景技術」の項で挙げた文献には記載も示唆もなされていない新規な組成設計がなされている。
【0039】
BiあるいはPb等のAサイト元素は比較的揮発性が高く、かかる元素を含む系では、Aサイト欠陥が生じやすい傾向にある。また、かかるAサイト元素が揮発する際には酸化物の形で揮発することが多く、酸素欠損も同時に生じやすい傾向にある。本発明の系においては、ドナーXがAサイト欠陥とそれに起因した酸素欠損による価数変動も補償することができ、これによって特性劣化を抑制することができる。
【0040】
本発明者はまた、BiFeO3あるいはBiAlO3等の従来公知のBi系ペロブスカイト型酸化物においては、抗電界Ecが高いという課題を見出している。本発明者は、BiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系において、ドナーXをドープすることにより、抗電界Ecが低下する効果が得られることを見出した。この理由は必ずしも定かではないが、酸素欠陥によってピニングされていたドメイン壁がドナードープによる電荷補償により動きやすくなるためと考えられる。抗電界Ecが低下すれば、より低電界から圧電性能が発現するので、高圧電特性化に繋がる。
【0041】
PZT等の公知のペロブスカイト型酸化物において、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。以降、単に「MPB組成」と記載する箇所があるが、MPB及びその近傍の組成を意味するものとする。
【0042】
本発明はMPB組成に限定されるものではないが、MPB組成とすることで、より高圧電性能が期待でき、好ましい。
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は特に制限されない。本発明において、圧電用途では、複数のペロブスカイト型酸化物の成分が共存した複数相の混晶構造であることが好ましく、少なくとも2種の結晶系を有することが好ましい。BiFeO3の最も安定な結晶系が菱面体晶であるので、これと固溶させる他のペロブスカイト型酸化物としては、最も安定な結晶系が菱面体晶以外の結晶系(例えば正方晶)のものが好ましい。かかる混晶構造とすることにより、MPB又はその近傍の組成を有するペロブスカイト型酸化物とすることができ、高圧電性能が期待できる。
【0043】
MPB組成は、Aサイト及びBサイトの構成金属元素のイオン半径の関係から設計することができる。本発明者は先に、AサイトがBiを主成分とする非鉛系ペロブスカイト型酸化物のMPB組成設計に関する特許を出願している(特願2007-10185号(本特許出願時において未公開))。MPB組成設計についてはこの文献を参照されたい。本発明では、ドナーXのドープにより上記イオン半径の関係を調整することができるので、組成設計の自由度が高く、新規なMPB組成を設計することが可能である。このことは圧電性能等の性能に優れた新規材料の創出に繋がる。
【0044】
本発明のペロブスカイト型酸化物(P)の好適な態様としては、
d>0であり、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0045】
本発明のペロブスカイト型酸化物(P)の好適な態様としては、
b>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0046】
本発明のペロブスカイト型酸化物(P)の好適な態様としては、
b>0かつd>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0047】
本発明のペロブスカイト型酸化物が金属元素Bと金属元素Dとの両方を含む場合、BDO3がペロブスカイト型となるよう、金属元素Bの化学式上の平均価数と金属元素Dの化学式上の平均価数との合計が6価となるよう組成設計することが好ましい。
【0048】
本発明のペロブスカイト型酸化物の態様としては、以下の(PX)〜(PZ)が挙げられる。
<1>Bia(Fec,Dd,Xx)O3 (式中、d>0)・・・(PX)
<2>(Bia,Bb)(Fe,Xx)O3 (式中、b>0)・・・(PY)
<3>(Bi,Bb)(Fe,Dd,Xx)O3 (式中、b>0かつd>0)・・・(PZ)
【0049】
以下、各態様についてより詳しく説明する。
<1>Bia(Fec,Dd,Xx)O3 (式中、d>0)・・・(PX)
BiFeO3は、常圧でのバルク焼成においてもペロブスカイト構造を取り得るものであり、薄膜においてもペロブスカイト構造を容易に取ることができる。
【0050】
Dは上記式(P)の条件を充足するものであれば特に制限されない。BiDO3は、常圧においてペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい酸化物を含むことが好ましい。
【0051】
本明細書において「常圧」とは、大気圧近傍の圧力、及び薄膜の成膜方法において一般的な圧力の範囲内での圧力範囲を意味する。圧電体膜の成膜方法は、スパッタ法、パルスレーザデポジション法(PLD法)、及び化学気相成長法(CVD法)等の気相法と、ゾルゲル法等の液相法とに大別され、気相法では10−4〜103Pa(7.6×10−4mTorr〜7.6×103mTorr)程度の範囲、液相法では大気圧下(約105Pa(760Torr))の成膜環境が一般的とされている。
【0052】
本明細書において、「ペロブスカイト型構造を取り得ない/又は取りにくい」とは、常圧での固相焼結法を用いて、焼結体を作製した場合にペロブスカイト構造を実現できない、またはペロブスカイト構造の他にも異相が確認されるものをさす。その際のペロブスカイト構造の評価は、X線回折(XRD)によって評価を行うものとする。本発明での、XRD測定は、リガク製UltimaIII、標準Cu管球を用いた2θ/ωスキャン(θ・2θスキャン)により行い、膜厚は500nm程度として一般的な方法で測定している。詳細条件は、表1に示すとおりである。
【0053】
【表1】
【0054】
常圧においてBiとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい金属元素としては、Al,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNi等が挙げられる。すなわち、DはAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0055】
Bi及びFeの化学式上の価数が3価であることを考慮すれば、Dの平均価数が3価であることが好ましい。Dは、3価の金属元素のみから構成されていてもよいし、平均価数が3価となる、3価より価数の小さい金属元素と3価より価数の大きい金属元素との組合せであってもよいし、平均価数が3価となる、3価より価数の小さい金属元素と3価より価数の大きい金属元素と3価の金属元素との組合せでもよい。
【0056】
常圧においてBiとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい3価の金属元素としては、Al,Co,Sc,Ga,Y,及びInが挙げられる。常圧においてBiとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい、3価より価数の小さい金属元素と3価より価数の大きい金属元素との組合せとしては、(Zn2+0.5Ti4+0.5)、(Zn2+0.5Zr4+0.5)、(Zn2+0.5Sn4+0.5)、及び(Zn2+0.5Nb4+0.5)等の2価の金属元素と4価の金属元素との組合せが挙げられる。
【0057】
本発明では、ドナーXによりBサイト全体の平均価数を調整できるので、ペロブスカイト型構造を取る範囲内において、Dの平均価数は3価からずれても構わない。
【0058】
ペロブスカイト型酸化物(PX)の好ましい態様としては、DがAl,Co,及びZnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,Nb,及びZrからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含む態様が挙げられる。具体的な組成としては、Bia(Fec,Ald,Six)O3、Bia(Fec,Cod,Tix)O3、Bia(Fec,Znd,Tix)O3、Bia(Fec,(Al,Sc)d,Tix)O3、及びBia(Fec,Znd,(Ti,Si)x)O3等が挙げられる。
【0059】
単独でペロブスカイト型構造を取りやすいBiFeO3と、単独では常圧においてペロブスカイト型構造を取り得ない/又は取りにくいが、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物を含むBDO3とを固溶させることにより、高圧プロセスを要することなく、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0060】
<2>(Bia,Bb)(Fe,Xx)O3 (式中、b>0)・・・(PY)
Aサイト元素Bは、Feとペロブスカイト構造を取る、Biとは異なる少なくとも1種の金属元素であれば特に制限されない。Aサイト元素Bは、平均価数3価の少なくとも1種の金属元素でもよいし、平均価数が3価以外の少なくとも1種の金属元素でもよい。
【0061】
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0062】
ペロブスカイト型酸化物(PY)の好ましい態様としては、Bがランタニド元素を含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。中でも、BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が好ましい。具体的な組成としては、(Bia,Smb)(Fec,Six)O3、及び(Bia,Smb)(Fec,Tix)O3等が挙げられる。
【0063】
ペロブスカイト型酸化物(PY)の好ましい態様としては、BがBa及び/又はSnを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。具体的な組成としては、(Bia,B’b)(Fec,Six)O3、及び(Bia,B’b)(Fec,Tix)O3等が挙げられる。ここで、B’はBa及び/又はSnである。
【0064】
(Bia,Bab)(Fec,Tix)O3は一見、「背景技術」の項で挙げた特許文献1に記載のペロブスカイト型酸化物と組成が似ている。特許文献1に記載のペロブスカイト型酸化物の組成は下記式で表されるものである。
(Bi1−x,Bax)(Fe1−x,Tix)O3(式中、0<x<1である。特許文献1の実施例では0.05≦x≦0.60の範囲で成膜が行われている(特許文献1の請求項1、段落0060)。)
【0065】
しかしながら、特許文献1のペロブスカイト型酸化物に含まれるTiはFeの価数変動を補償するドナーではなく、本発明の式(P)中の成分Xとは機能が異なっている。特許文献1に記載の酸化物は24系のBaTiO3に33系のBiFeO3を固溶させたものであり、特許文献1に記載の酸化物では、Bi量とFe量が等しく、Ba量とTi量が等しく、化学式上の電荷中性が取れている(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)=6.0)。これに対して、本発明では化学式上の電荷中性は取れておらず、(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0である。なお、本発明において、実際には、Feの価数変動があるので、電荷中性は取れている。
【0066】
本発明者は、(Bia,B’b)(Fec,Tix)O3について好適な組成の検討を行い、下記式で表されるものが好適であることを見出している。
(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3
上記式中、B’はBa及び/又はSn、0<α≦0.15である。本発明者は、かかる範囲において、Feの価数変動に起因したリーク電流を抑制でき、高圧電性能が得られることを見出している。
【0067】
ペロブスカイト型酸化物(PY)の好ましい態様としては、BがKを含み、XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むペロブスカイト型酸化物が挙げられる。
【0068】
<3>(Bi,Bb)(Fe,Dd,Xx)O3 (式中、b>0かつd>0)・・・(PZ)
ペロブスカイト型酸化物(PZ)において、金属元素Dはペロブスカイト型酸化物(PX)のDと同様であり、金属元素Bはペロブスカイト型酸化物(PY)のBと同様である。
【0069】
すなわち、BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0070】
Bサイト元素Dとしては、Biとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくい元素を含むことが好ましい。この場合、Biとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくいBサイト元素Dが、よりペロブスカイト構造を取りやすくするためにAサイト元素Bを添加することができる。かかる材料設計では、Aサイト元素Bが、Bサイト元素Feとペロブスカイト構造を取り得ない/又は取りにくいものであることが好ましい。かかる金属元素としては、Sm,La,Nd,及びDy等が挙げられる。
【0071】
すなわち、DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。
【0072】
ペロブスカイト型酸化物(PX)〜(PZ)はMPB組成に限定されるものではないが、MPB組成とすることで、より高圧電性能が期待でき、好ましい。上記したように、本発明では、ドナーXのドープにより組成設計自由度が高く、新規のMPB組成を設計することが可能である。このことは圧電性能等の性能に優れた新規材料の創出に繋がる。以下、本発明のペロブスカイト型酸化物における具体的なMPB設計例について説明する。
【0073】
例えば、本発明者の検討ではBサイト元素DをAlとしたBiAlO3は最も安定な結晶系が正方晶と推測され、BiFeO3とBiAlO3とを固溶させることで、MPB組成又はその近傍の組成とすることが可能である。本発明者は、ドナーXをドープしないBiFeO3−BiAlO3固溶系におけるMPB組成はFe:Al(モル比)=0.4:0.6あるいはその近傍にあると推測している。
【0074】
Bサイト元素DをCoとしたBiCoO3は最も安定な結晶系が正方晶と推測され、BiFeO3とBiCoO3とを固溶させることで、MPB組成又はその近傍の組成とすることが可能である。本発明者は、ドナーXをドープしないBiFeO3−BiCoO3固溶系におけるMPB組成はFe:Co(モル比)=0.75:0.25あるいはその近傍の組成にあると推測している。
【0075】
BiAlO3あるいはBiCoO3は本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物である。つまり、BiとAl,あるいはBiとCoは本来相性の悪い組合せである。本発明では、ドナーXのドープにより、本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物であるBiAlO3あるいはBiCoO3の量を減らしたMPB組成設計が可能である。本来Biとペロブスカイト型構造を取りにくい酸化物であるBiAlO3あるいはBiCoO3の量を減らせるということは、よりペロブスカイト型構造が得られやすいことを意味する。
【0076】
以上説明したように、本発明はBiFeO3に対して他の成分を固溶させた複数成分系において、Feの価数変動を補償するドナーXをドープしたものである。
本発明では、BiFeO3と、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物とを固溶させることにより、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
例えば、単独でペロブスカイト型構造を取りやすいBiFeO3と、単独では常圧においてペロブスカイト型構造を取り得ない/又は取りにくいが、理論上強誘電性能(圧電性能)に優れたペロブスカイト型酸化物となりうる酸化物を含むBDO3とを固溶させることにより、高圧プロセスを要することなく、強誘電性能(圧電性能)に優れた新規組成のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0077】
本発明では、ドナーXのドープにより、Feの価数変動によるリーク電流の抑制効果が得られ、強誘電性能(圧電性能)が効果的に発現する。
本発明では、ドナーXのドープにより、ドナーXがAサイト欠陥とそれに起因した酸素欠損による価数変動も補償することができ、これによって特性劣化を抑制することができる。
【0078】
本発明では、ドナーXのドープにより、抗電界Ecの低減効果が得られる。抗電界Ecが低下すれば、低電界から圧電性能が発現するので、高圧電特性化に繋がる。
本発明では、新規なMPB組成設計が可能である。
本発明によれば、Pbを含まない、若しくはPZT等の鉛系に比較してPb含有量の少ない環境に優しいペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
【0079】
「酸化物組成物」
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の酸化物組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外のペロブスカイト型酸化物、他の酸化物、各種添加元素、及び焼結助剤など、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外の任意成分を含むことができる。
【0080】
「酸化物体(圧電体、強誘電体)」
本発明の酸化物体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。酸化物体の形態は適宜設計され、膜又はバルクセラミックス体が挙げられる。
【0081】
本発明によれば、圧電性能を有する酸化物体(=圧電体(圧電体膜又はバルクセラミックス圧電体等))を提供することができる。本発明の圧電体は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,及び超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ等の用途に好ましく利用できる。
【0082】
本発明によれば、強誘電性能を有する酸化物体(=強誘電体(強誘電体膜又はバルクセラミックス強誘電体等))を提供することができる。本発明の強誘電体は、強誘電体メモリ(FeRAM)等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【0083】
以下、本発明の圧電体について説明する。
本発明の圧電体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
圧電歪には、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の圧電歪(電界誘起歪)、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)などが挙げられる。
【0084】
(2)可逆的非180°ドメイン回転を利用した圧電歪については、特開2004-363557号公報等に記載されている。(3)相転移を利用する圧電歪については特許第3568107号公報等に記載されている。(4)電界誘起相転移及びエンジニアードドメイン効果を利用した圧電歪については、“Ultrahigh strain and piezoelectric behavior in relaxor based ferroelectric single crystals”, S.E.Park et.al., JAP, 82, 1804(1997)、本発明者が先に出願した特開2007-116091号公報に記載されている。
【0085】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。本発明の圧電体は例えば、(100)配向の強誘電体相及び/又は(111)配向の強誘電体相を含むことができる。
【0086】
上記の圧電歪(2)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用する場合、本発明の圧電体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
例えば、圧電歪(4)の系では、相転移が起こる強誘電体相が、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有していることが好ましく、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有していることが特に好ましい。通常、結晶配向方向が電界印加方向である。
【0087】
強誘電体の自発分極軸は以下の通りである。
正方晶系:<001>、斜方晶系:<110>、菱面体晶系:<111>
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相は、略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることが好ましい。
【0088】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相は、強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、強誘電体相の少なくとも一部が相転移する性質を有するものであることが好ましい。
【0089】
上記電界誘起相転移の系においては、相転移に伴う結晶構造の変化による体積変化が起こり、大きい歪変位量が得られる。
また、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前において、エンジニアードドメイン効果により、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも大きな変位量が得られ、好ましい。
【0090】
電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させることで、相転移が起こりやすくなる。これは、自発分極軸方向と電界印加方向とが合う方が結晶的に安定であり、より安定な結晶系へ相転移しやすくなるためと推察される。相転移が終了する電界強度以上の電界を印加しても、相転移せずに強誘電体相の一部が残る場合があるが、相転移が効率よく進行することで、相転移が終了する電界強度以上の電界を印加した際に、相転移せずに残る強誘電体相の割合を少なくすることができる。この結果として、電界印加方向を相転移前の自発分極軸方向に合わせるよりも、大きな歪変位量が安定的に得られる。
さらに、相転移後は、電界印加方向と自発分極軸方向とが略一致することになるので、相転移後の強誘電体相の圧電効果が効果的に発現し、大きな歪変位量が安定的に得られる。
【0091】
以上のように、電界印加方向を相転移後の自発分極軸方向と略一致させる場合には、相転移前、相転移中、相転移後のすべてにおいて、高い歪変位量が得られる。この効果は、少なくとも相転移前の強誘電体相の自発分極軸方向が電界印加方向と異なる方向であれば得られ、電界印加方向が相転移後の強誘電体相の自発分極軸方向に近い程、顕著に発現する。
【0092】
結晶配向性を有する強誘電体相を含む圧電体としては、配向膜(1軸配向性を有する膜)、エピタキシャル膜(3軸配向性を有する膜)、あるいは粒子配向セラミックス焼結体が挙げられる。
【0093】
配向膜は、スパッタ法、MOCVD法、プラズマCVD法、PLD(パルスレーザデポジッション)法、及び放電プラズマ焼結法等の気相法;ゾルゲル法及び有機金属分解法等の液相法などの公知の薄膜形成方法を用い、一軸配向性結晶が生成される条件で成膜することで、形成できる。
エピタキシャル膜は、基板及び下部電極に圧電体膜と格子整合性の良い材料を用いることにより形成できる。エピタキシャル膜を形成可能な基板/下部電極の好適な組合せとしては、SrTiO3/SrRuO3、及びMgO/Pt等が挙げられる。
粒子配向セラミックス焼結体は、ホットプレス法、シート法、及びシート法で得られる複数のシートを積層プレスする積層プレス法等により、形成できる。
【0094】
「成膜装置及び成膜方法の例」
図1を参照して、本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜装置及び成膜方法の例について説明する。PLD法によるエピタキシャル膜の成膜を例として説明する。
【0095】
PLD法では、パルスレーザ51から、回転可能なターゲットホルダ52上に設置されたターゲットTにレーザ光Lが照射されると、ターゲットTの表面とほぼ垂直方向にプラズマを生じ(プルームP)、ターゲットTの構成成分がプラズマや分子状態になって基板11に到達する。次いで基板11上でマイグレーションしながら結晶核生成と結晶成長をレーザパルス毎に生じ、このプロセスを繰り返すことによって結晶成長する。成膜される膜13が酸化物膜である場合は、真空チャンバ53内は、酸素導入部54と減圧部55とにより低酸素分圧雰囲気とする必要がある。従って、プラズマ状態及び酸素分圧により得られる膜特性や結晶構造が変化する。
【0096】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜が成膜される基板は特に制限されず、成膜される膜と格子整合性のよい材料を選択することが好ましい。エピタキシャル成長可能な格子整合性を有する基板を用いることにより、基板と同様の結晶配向性を有するペロブスカイト型酸化物エピタキシャル膜を成膜することができる。
【0097】
例えば、基板の(001)面にペロブスカイト型酸化物(P)の(001)面が格子整合する形で成膜する場合、基板の格子定数をCs、ペロブスカイト型酸化物(P)の格子定数をCとした際にnCs /mCが、0.95〜1.05(n,m=1〜5)の範囲内となるように材料を選択することが好ましい。
【0098】
Bi系酸化物と格子整合性が良好で、エピタキシャル膜を形成可能な基板としては、ペロブスカイト型単結晶基板が好ましい。ペロブスカイト型単結晶基板としては、SrTiO3,NdGaO3,及びLaAlO3等の基板が挙げられる。基板上には、格子整合のとれたバッファ層や下部電極などを備えていてもよい。
【0099】
ペロブスカイト型単結晶基板以外の基板である場合には、Si基板やMgO基板などが挙げられ、エピタキシャル成長が可能なバッファ層等を備えていることが好ましい。かかる基板とバッファ層等の組合せとしては、Pt/Ti/SiO2/Si,SrRuO3/MgO/Si,SrRuO3/YSZ/CeO2/Si,SrRuO3/MgO等が挙げられる。
【0100】
本発明者は、Bi系化合物は蒸気圧が高く揮発しやすい傾向にあるため、酸化ビスマスの揮発が結晶成長に影響を及ぼして、ペロブスカイト構造を取ることが難しくなると考えている。特に、Si基板上にPt/Ti電極のように、ガスバリア性の低い電極材料を介してBi系ペロブスカイト型酸化物膜を成膜する場合、揮発した酸化ビスマスがSi基板に到達してSiと反応して結晶成長に影響を与えやすいと考えられる。
【0101】
また、上記したように、基板に到達した原子や分子は基板11上でマイグレーションをしながら結晶核生成と結晶成長をレーザパルス毎に繰り返す。従って、レーザパルス周波数が高すぎると、マイグレーションした原子がペロブスカイト構造をとる前に次の原子が到達して堆積して異相を形成する可能性があり、レーザパルス周波数が低すぎると成膜速度が遅く、膜厚を確保できない可能性がある。特に、Biとペロブスカイト構造を取りやすいFeの量が少なくなると、より異相を作りやすい傾向にあると考えられる。
【0102】
PLD法において、例えば、酸素分圧の最適化によりBi系化合物の揮発を抑制し、更に、レーザパルス周波数をコントロールしてプラズマ状態の最適化を行うことにより、異相の割合を低減し、本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含むペロブスカイト型酸化物膜を成膜することができる。
【0103】
「圧電素子(強誘電体素子)、インクジェット式記録ヘッド」
図面を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図2はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0104】
図2に示す圧電素子1は、基板11の表面に、下部電極12と圧電体膜(強誘電体膜)13と上部電極14とが順次積層された素子である。圧電体膜13は本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含むペロブスカイト型酸化物膜であり、下部電極12と上部電極14とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0105】
基板11は特に制限なく、ペロブスカイト型酸化物膜に対して格子整合性が良好なものであることが好ましい。
下部電極12としては特に制限されず、基板11上にエピタキシャル成長して得られたエピタキシャル膜であり、その上に成膜される圧電体膜13がエピタキシャル成長可能なものであることが好ましい。
上部電極14の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO2,RuO2,LaNiO3,及びSrRuO3等の金属又は金属酸化物及びこれらの組合せが挙げられる。また、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料も用いることができる。
【0106】
下部電極12及び上部電極14の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。圧電体膜13の膜厚は特に制限されず、500nm〜数十μm程度が好ましい。
【0107】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板11の裏面に、圧電体膜13の伸縮により振動する振動板16が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1の駆動を制御する駆動回路等の制御手段15も備えられている。インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)21及びインク室21から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)22を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)20が取り付けられたものである。
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室21からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0108】
基板11とは独立した部材の振動板16及びインクノズル20を取り付ける代わりに、基板11の一部を振動板16及びインクノズル20に加工してもよい。例えば、基板11がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板11を裏面側からエッチングしてインク室21を形成し、基板自体の加工により振動板16とインクノズル20とを形成することができる。
【0109】
圧電素子1は上記本発明のペロブスカイト型酸化物(P)を含む圧電体膜13を備えたものであり、本実施形態によれば、圧電性能に優れた圧電素子1を提供することができる。
【0110】
「インクジェット式記録装置」
図3及び図4を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図3は装置全体図であり、図4は部分上面図である。
【0111】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0112】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図3のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0113】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0114】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0115】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図3上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図3の左から右へと搬送される。
【0116】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0117】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0118】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図4を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0119】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0120】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0121】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0122】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0123】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0124】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0125】
(実施例1〜2、比較例1〜3)
各例において、(100)SrTiO3単結晶基板表面に、PLD法にて0.2μm厚の(100)SrRuO3下部電極を形成した。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、ペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。各例においてはターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。
【0126】
ターゲット組成及び膜組成:
実施例1のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.72,Al0.08,Si0.2)O3、
実施例1の膜組成:Bi(Fe0.72,Al0.08,Si0.2)O3、
実施例2のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.55,Al0.35,Si0.1)O3、
実施例2の膜組成:Bi(Fe0.55,Al0.35,Si0.1)O3、
比較例1のターゲット組成:Bi1.1FeO3、
比較例1の膜組成:BiFeO3、
比較例2のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.9,Al0.1)O3、
比較例2の膜組成:Bi(Fe0.9,Al0.1)O3、
比較例3のターゲット組成:Bi1.1(Fe0.7,Al0.3)O3、
比較例3の膜組成:Bi(Fe0.7,Al0.3)O3。
【0127】
実施例1〜2及び比較例1〜3の共通の成膜条件:
SRO/STO基板、
レーザ強度350mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
ターゲット回転数9.7rpm、
基板温度585℃、
成膜時間:60−100分間、
膜厚:400−700nm厚。
【0128】
得られた膜についてX線回折(XRD)測定を行った結果、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
最後に、上記ペロブスカイト型酸化物膜上に、150nm厚のPt上部電極をスパッタ蒸着して、圧電素子を得た。
【0129】
<XANES測定>
比較例1のBiFeO3膜について、XANES測定を実施した。得られたXANESスペクトル(Fe、K−edge)を図5に示す。
7127eVと7132eVとにピークが見られた。前者のピークはFe+2に由来するものであり、後者のピークはFe+3に由来するものである。ピーク強度の比から、Fe+2:Fe+3=5:95(モル比)と見積もられた。
【0130】
<P−E特性>
各例において、室温(25℃程度)にて、ペロブスカイト型酸化物膜に対して電界を印加して、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。測定周波数は10kHzとした。代表として、実施例1,比較例2の結果をそれぞれ図6,図7に示す。正電界側の抗電界をEc1、負電界側の抗電界をEc2とする。Bサイト中のAl濃度とEc1+|Ec2|との関係を図8に示す。図8に示すように、Bi(Fe,Al)O3系においてBサイトにSiをドープすることにより、抗電界Ecが低下することが明らかとなった。このことは、より低電界で強誘電性(圧電性)が発現することを意味している。図8中、BはBi、FはFe、AはAl、Oは酸素を各々示す。
【0131】
(実施例3〜4、比較例4)
各例において、(100)Si単結晶基板(10mm×10mm、0.5mm厚)の表面に、50nm厚のMgOバッファ層及び300nm厚の(100)SrRuO3下部電極を順次エピタキシャル成長させた。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3で表されるペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。各例においてはターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。
【0132】
実施例3のターゲット組成:(Bi0.7,Ba0.3)(Fe0.691,Ti0.309)O3(上記式中のα=0.03)、
実施例4のターゲット組成:(Bi0.7,Ba0.3)(Fe0.676,Ti0.324)O3(上記式中のα=0.08)、
比較例4のターゲット組成:(Bi0.7,Ba0.3)(Fe0.7,Ti0.3)O3(上記式中のα=0)。
【0133】
実施例3〜4及び比較例4の共通の成膜条件:
SRO/MgO/Si基板、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
ターゲット回転数9.7rpm、
基板温度600℃、
成膜時間:100分間、
膜厚:1μm厚。
【0134】
得られた膜についてX線回折(XRD)測定を行った結果、(100)若しくは(001)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。代表として、実施例4のXRDスペクトルを図9に示す。実施例4では、(100)優先配向膜が得られた。
最後に、上記ペロブスカイト型酸化物膜上に、100nm厚のPt上部電極をスパッタ蒸着して、圧電素子を得た。
【0135】
<I−V特性>
各例において、I−V特性を測定した。結果を図10に示す。図10に示すように、α=0の比較例4に対して、α=0.03,0.08の実施例3〜4ではリーク電流が低下することが明らかとなった。
【0136】
<圧電特性>
各例において得られた圧電素子について、片持ち梁(15mm×25mm,膜厚0.5mm)を用い、50Vの電圧を印加した時の先端の変位量を測定した。結果を以下に示す。実施例3,4では比較例4よりも高圧電性能が得られた。
比較例4(α=0)の歪み量S(nm)=0.73μm、
実施例3(α=0.03)の歪み量S(nm)=0.92μm、
実施例4(α=0.08)の歪み量S(nm)=1.32μm。
【0137】
(実施例5〜6、比較例5)
ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を変更する以外は、実施例3〜4及び比較例4と同様にして圧電素子を得た。実施例5〜6及び比較例5においては、ターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。ターゲット組成を以下に示す。
【0138】
実施例5のターゲット組成:(Bi0.79,Ba0.21)(Fe0.74,Mn0.05,Ti0.19,Nb0.02)O3、
実施例6のターゲット組成:(Bi0.81,Ba0.19)(Fe0.76,Mn0.05,Ti0.19)O3、
比較例5のターゲット組成:(Bi0.8,Ba0.2)FeO3。
【0139】
実施例5〜6及び比較例5の共通の成膜条件:
SRO/MgO/Si基板、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数10Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度580℃、
膜厚:1.2μm厚。
【0140】
<XRD測定>
各例において得られたペロブスカイト型酸化物膜についてXRD測定を行った結果、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
【0141】
<P−E特性>
実施例1〜2及び比較例1〜3と同様に、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。結果を図11〜図13に示す。残留分極Pr値は以下の通りであった。
実施例5:Pr=29μC/cm2、
実施例6:Pr=27μC/cm2、
比較例5:Pr=3.2μC/cm2。
【0142】
(実施例7、比較例6)
ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を変更する以外は、実施例1〜2及び比較例1〜3と同様にして圧電素子を得た。実施例7及び比較例6においては、ターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。ターゲット組成を以下に示す。
実施例7のターゲット組成:Bi(Fe0.675,Mn0.10,Co0.225)O3、
比較例6のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Co0.25)O3。
【0143】
実施例7及び比較例6の共通の成膜条件:
SRO/STO基板
レーザ強度350mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度580℃、
膜厚:300−400nm厚。
【0144】
<XRD測定>
各例において得られたペロブスカイト型酸化物膜についてXRD測定を行った結果、いずれも(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。
【0145】
<P−E特性>
実施例1〜2及び比較例1〜3と同様に、バイポーラ分極−電界特性(PEヒステリシス特性)を測定した。実施例7では良好な強誘電性が確認されたが、比較例6では良好な強誘電性が確認されなかった。実施例7の結果を図14に示す。
【0146】
(実施例8)
(100)LaAlO3単結晶基板表面に、PLD法にて0.2μm厚の(100)SrRuO3下部電極を形成した。次いで、PLD法にて、以下の成膜条件にて、ペロブスカイト型酸化物膜の成膜を実施した。
成膜条件:
SRO/LAO基板、
ターゲット組成:(Bi0.95,La0.05)(Fe0.855,Al0.095,Mn0.05)O3、
レーザ強度200mJ、
レーザパルス周波数10Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度600℃、
膜厚:1.2μm厚。
【0147】
<XRD測定>
得られたペロブスカイト型酸化物膜についてXRD測定を行った結果、(100)優先配向のペロブスカイト単相膜であった。XRDスペクトルを図15に示す。
【0148】
(実施例9〜13、比較例7〜8)
ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を変更する以外は、実施例1〜2及び比較例1〜3と同様にして圧電素子を得た。実施例9〜13及び比較例7〜8においては、ターゲット組成を変える以外は同一条件で成膜を行った。ターゲット組成を以下に示す。
実施例9のターゲット組成:Bi(Fe0.78,Zn0.11,Ti0.11)O3、
実施例10のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.1,Ti0.1,Mn0.05)O3、
実施例11のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.1,Zr0.1,Mn0.05)O3、
実施例12のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.133,Nb0.067,Mn0.05)O3、
比較例7のターゲット組成:Bi(Fe0.75,Zn0.25)O3。
実施例13のターゲット組成:(Bi0.81,Sn0.19)(Fe0.76,Ti0.19,Mn0.05)O3、
比較例8のターゲット組成:(Bi0.95,Sn0.05)FeO3。
【0149】
実施例9〜13及び比較例7〜8の共通の成膜条件:
SRO/STO基板、
レーザ強度350mJ、
レーザパルス周波数5Hz、
酸素分圧6.66Pa(50mmTorr)、
基板―ターゲット間距離50mm、
基板温度580℃、
膜厚:300−400nm厚。
【0150】
各例において、比誘電率の測定を実施した。アジレント社製「インピーダンスアナライザー4294A」を用い、Cp−Dモードで周波数を1kHz〜1MHzの範囲で変化させてキャパシタンスを測定し、膜厚及び電極面積から比誘電率を算出した。代表として1kHzの測定結果を以下に示す。
実施例9の比誘電率:120、
実施例10の比誘電率:140、
実施例11の比誘電率:135、
実施例12の比誘電率:135、
比較例7の比誘電率:75。
実施例13の比誘電率:130、
比較例8の比誘電率:95。
【産業上の利用可能性】
【0151】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、及び強誘電体メモリ等の強誘電体素子に好ましく利用できる。
【符号の説明】
【0152】
1 圧電素子
3,3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
12、14 電極
13 ペロブスカイト型酸化物膜(強誘電体膜,圧電体膜)
20 インクノズル(液体貯留吐出部材)
21 インク室(液体貯留室)
22 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(P)で表されることを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3 ・・・(P)
(式(P)中、符号等の条件は以下の通りである。
A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。
B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。
C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。
D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。
0<b+d。
X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。
(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。
O:酸素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項2】
d>0であり、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項3】
b>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項4】
d>0であり、DがAl,Co,及びZnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Nb,及びZrからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項2に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項5】
b>0であり、Bがランタニド元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項6】
BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項5に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項7】
b>0であり、BがBa及び/又はSnを含み、
XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項8】
下記式で表されることを特徴とする請求項7に記載のペロブスカイト型酸化物。
(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3
(上記式中、B’はBa及び/又はSn、0<α≦0.15。)
【請求項9】
b>0であり、BがKを含み、
XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項10】
モルフォトロピック相境界又はその近傍の組成を有することを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする酸化物組成物。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする酸化物体。
【請求項13】
膜又はバルクセラミックス体であることを特徴とする請求項12に記載の酸化物体。
【請求項14】
圧電性能を有することを特徴とする請求項12又は13に記載の酸化物体。
【請求項15】
結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項14に記載の酸化物体。
【請求項16】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項15に記載の酸化物体。
【請求項17】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相が、
略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることを特徴とする請求項16に記載の酸化物体。
【請求項18】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有するものであることを特徴とする請求項16又は17に記載の酸化物体。
【請求項19】
請求項14〜18のいずれかに記載の酸化物体と、該酸化物体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項20】
請求項19に記載の圧電素子と、
該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記酸化物体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置。
【請求項1】
下記一般式(P)で表されることを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
(Aa,Bb)(Cc,Dd,Xx)O3 ・・・(P)
(式(P)中、符号等の条件は以下の通りである。
A:Aサイト元素である。A=Bi、0<a。
B:1種又は複数種のAサイト元素である。0≦b<1.0。
C:Bサイト元素である。C=Fe、0<c<1.0。
D:1種又は複数種のBサイト元素である。0≦d<1.0。
0<b+d。
X:1種又は複数種のBサイト元素である。CとDの化学式上の平均価数よりも化学式上の平均価数が大きい元素である。0<x<1.0。
(Aサイトの化学式上の平均価数)+(Bサイトの化学式上の平均価数)>6.0。
O:酸素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項2】
d>0であり、
DがAl,Co,Sc,Ga,Y,In,Mn,Zn,Cr,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項3】
b>0であり、
BがK,Ba,Sn,及びランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Zr,Ge,Nb,W,Mo,Ta,Hf,及びSnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項4】
d>0であり、DがAl,Co,及びZnからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,Nb,及びZrからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項2に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項5】
b>0であり、Bがランタニド元素を含み、
XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項6】
BがSm,Nd,La,及びDyからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項5に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項7】
b>0であり、BがBa及び/又はSnを含み、
XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項8】
下記式で表されることを特徴とする請求項7に記載のペロブスカイト型酸化物。
(Bia,B’b)(Fe1―(1+α)b,Ti(1+α)b)O3
(上記式中、B’はBa及び/又はSn、0<α≦0.15。)
【請求項9】
b>0であり、BがKを含み、
XがSi,Ti,Mn,及びNbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項3に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項10】
モルフォトロピック相境界又はその近傍の組成を有することを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする酸化物組成物。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする酸化物体。
【請求項13】
膜又はバルクセラミックス体であることを特徴とする請求項12に記載の酸化物体。
【請求項14】
圧電性能を有することを特徴とする請求項12又は13に記載の酸化物体。
【請求項15】
結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項14に記載の酸化物体。
【請求項16】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項15に記載の酸化物体。
【請求項17】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相が、
略<100>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する菱面体晶相、略<110>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<111>方向に結晶配向性を有する正方晶相、略<100>方向に結晶配向性を有する斜方晶相、及び略<111>方向に結晶配向性を有する斜方晶相からなる群より選択された少なくとも1つの強誘電体相であることを特徴とする請求項16に記載の酸化物体。
【請求項18】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する前記強誘電体相は、該強誘電体相の自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により、該強誘電体相の少なくとも一部が結晶系の異なる他の強誘電体相に相転移する性質を有するものであることを特徴とする請求項16又は17に記載の酸化物体。
【請求項19】
請求項14〜18のいずれかに記載の酸化物体と、該酸化物体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項20】
請求項19に記載の圧電素子と、
該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記酸化物体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2010−43353(P2010−43353A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−162375(P2009−162375)
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】
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