説明

モータ駆動装置およびインホイールモータ駆動装置

【課題】内ピンと内ピンカラーとの間に安定して潤滑油を供給可能なモータ駆動装置を提供することである。
【解決手段】モータ駆動装置は、モータ部Aと、減速部Bと、ケーシング22とを備える。減速部Bは、曲線板26a,26bと、外ピン27と、運動変換機構とを含む。運動変換機構は、曲線板26a,26bを厚み方向に貫通する複数の貫通孔30aと、貫通孔30aとの間に径方向の隙間を隔てた状態で貫通孔に挿通される複数の内ピン31とで構成される。そして、車輪側回転部材28は、フランジ部28aと、フランジ部28aに内ピン31の軸方向一方側端部を受け入れる複数の孔28cと、フランジ部28aの内壁面に潤滑油を保持するための円周溝28dと、円周溝28dから孔28cに向かって径方向外側に延びる潤滑油通路28eとを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ駆動装置、特に電動モータの出力軸と車輪のハブとを減速機を介して連結したインホイールモータ駆動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のインホイールモータ駆動装置101は、例えば、特開2006−258289号公報(特許文献1)に記載されている。図22を参照して、インホイールモータ駆動装置101は、車体に取り付けられるケーシング102の内部に駆動力を発生させるモータ部103と、車輪に接続される車輪ハブ軸受部104と、モータ部103の回転を減速して車輪ハブ軸受部104に伝達する減速部105とを備える。
【0003】
上記構成のインホイールモータ駆動装置101において、装置のコンパクト化の観点からモータ部103には低トルクで高回転のモータが採用される。一方、車輪ハブ軸受部104には、車輪を駆動するために大きなトルクが必要となる。そこで、減速部105には、コンパクトで高い減速比が得られるサイクロイド減速機が採用されることがある。
【0004】
また、従来のサイクロイド減速機を適用した減速部105は、偏心部106a,106bを有するモータ側回転部材106と、偏心部106a,106bに配置される曲線板107a,107bと、曲線板107a,107bをモータ側回転部材106に対して回転自在に支持する転がり軸受111と、曲線板107a,107bの外周面に係合して曲線板107a,107bに自転運動を生じさせる複数の外ピン108と、曲線板107a,107bの自転運動を車輪側回転部材110に伝達する内ピン109とを含む。また、内ピン109の曲線板107a,107bに当接する部分には、接触抵抗を低減するために内ピンカラー109aが配置されている。
【特許文献1】特開2006−258289号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記構成のインホイールモータ駆動装置101において、減速部105の内部には潤滑油が封入されており、曲線板107a,107bと外ピン108および内ピン109との接触部分や転がり軸受111の軌道面等に供給される。
【0006】
しかし、モータ側回転部材106や曲線板107a,107bの回転に伴う遠心力によって潤滑油は径方向外側に偏り、モータ側回転部材106周辺の潤滑油量が減少する。一方、モータ側回転部材106周辺の潤滑油量を確保するために、減速部105に封入する潤滑油量を増やすと、攪拌抵抗の増加に伴ってトルク損失が増大する。特に、内ピン109と内ピンカラー109aとの間で潤滑油が不足すると、曲線板107a,107bとの接触抵抗が増大し、摩耗や焼付きを生じるおそれがある。
【0007】
そこで、この発明の目的は、内ピンと内ピンカラーとの間に安定して潤滑油を供給可能なモータ駆動装置、およびこのようなモータ駆動装置を採用したインホイールモータ駆動装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明に係るモータ駆動装置は、偏心部を有するモータ側回転部材を回転駆動するモータ部と、モータ側回転部材の回転を減速して出力側回転部材に伝達する減速部と、モータ部および前記減速部を保持するケーシングとを備える。減速部は、偏心部に相対回転自在に保持されて、入力側回転部材の回転に伴ってその回転軸心を中心とする公転運動を行う公転部材と、ケーシングに固定され、公転部材の外周部に係合して公転部材の自転運動を生じさせる外周係合部材と、公転部材の自転運動を入力側回転部材の回転軸心を中心とする回転運動に変換して出力側回転部材に伝達する運動変換機構とを含む。運動変換機構は、公転部材を厚み方向に貫通する複数の貫通孔と、軸方向一方側端部を出力側回転部材に保持され、貫通孔との間に径方向の隙間を隔てた状態で貫通孔に挿通される複数の内ピンと、内ピンの貫通孔に対面する位置に配置される内ピンカラーとで構成される。そして、出力側回転部材は、フランジ部と、フランジ部に内ピンの軸方向一方側端部を受け入れる複数の孔と、フランジ部の内壁面に潤滑油を保持するための円周溝と、円周溝から孔に向かって径方向外側に延びる潤滑油通路とを有する。上記構成とすれば、遠心力を利用して円周溝に保持された潤滑油が潤滑油通路を通って内ピンと内ピンカラーとの間に供給される。
【0009】
好ましくは、運動変換機構は、フランジ形状の部材で、その厚み方向一方側の壁面に全ての内ピンの軸方向他方側端部を受け入れる複数の孔と、フランジの内壁面に潤滑油を保持するための円周溝と、円周溝から孔に向かって径方向外側に延びる潤滑油通路とを含む側板をさらに有する。これにより、内ピンカラーの両側から潤滑油を安定的に供給することができる。
【0010】
一実施形態として、潤滑油通路の径方向外側の壁面は、内ピンに向かって傾斜する傾斜面である。他の実施形態として、潤滑油通路は孔に連通している。これにより、潤滑油通路を通過する潤滑油を内ピンに指向させることができる。
【0011】
好ましくは、運動変換機構は、内ピンカラーの軸方向の移動を規制すると共に、内ピンと内ピンカラーとの間に潤滑油を供給可能な位置に配置されるスラストプレートをさらに含む。これにより、内ピンと内ピンカラーとの間にさらに安定して潤滑油を供給することができる。
【0012】
好ましくは、モータ側回転部材の内部に設けられる潤滑油路と、潤滑油路からモータ側回転部材の外径面に向かって延びる潤滑油供給口と、ケーシングに設けられ、減速部から潤滑油を排出する潤滑油排出口と、潤滑油排出口および潤滑油路を接続し、潤滑油排出口から排出された潤滑油を潤滑油路に還流する循環油路とを備える。さらに好ましくは、潤滑油路の先端からモータ側回転部材の軸方向端面に向かって延びる潤滑油供給口をさらに備える。
【0013】
好ましくは、潤滑油供給口は潤滑油路より直径が小さい。潤滑油供給口からの潤滑油の流出量が潤滑油路への潤滑油の供給量を上回ると、潤滑油路中に負圧が生じて潤滑油が逆流するおそれがある。そこで、潤滑油供給口からの潤滑油の流出量を制限することにより、潤滑油の循環がスムーズになる。
【0014】
この発明に係るインホイールモータ駆動装置は、上記のいずれかに記載のモータ駆動装置と、出力側回転部材としての車輪側回転部材に固定連結された車輪ハブとを備える。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、内ピンと内ピンカラーとの間に安定して潤滑油を供給することができる。その結果、耐久性に優れ、信頼性の高いモータ駆動装置およびインホイールモータ駆動装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1〜図21を参照して、この発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21について説明する。
【0017】
図20は、この発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21を採用した電気自動車11の概略図であって、図21は、電気自動車11を後方から見た概略図である。図20を参照して、電気自動車11は、シャーシ12と、操舵輪としての前輪13と、駆動輪としての後輪14と、左右の後輪14それぞれに駆動力を伝達するインホイールモータ駆動装置21とを備える。図21を参照して、後輪14は、シャーシ12のホイールハウジング12aの内部に収容され、懸架装置(サスペンション)12bを介してシャーシ12の下部に固定されている。
【0018】
懸架装置12bは、左右に伸びるサスペンションアームによって後輪14を支持すると共に、コイルスプリングとショックアブソーバとを含むストラットによって、後輪14が地面から受ける振動を吸収してシャーシ12の振動を抑制する。さらに、左右のサスペンションアームの連結部分には、旋回時等に車体の傾きを抑制するスタビライザーが設けられる。なお、懸架装置12bは、路面の凹凸に対する追従性を向上し、駆動輪の駆動力を効率良く路面に伝達するために、左右の車輪を独立して上下させることができる独立懸架式とするのが望ましい。
【0019】
この電気自動車11は、ホイールハウジング12a内部に、左右の後輪14それぞれを駆動するインホイールモータ駆動装置21を設けることによって、シャーシ12上にモータ、ドライブシャフト、およびデファレンシャルギヤ機構等を設ける必要がなくなるので、客室スペースを広く確保でき、かつ、左右の駆動輪の回転をそれぞれ制御することができるという利点を備えている。
【0020】
一方、この電気自動車11の走行安定性を向上するために、ばね下重量を抑える必要がある。また、さらに広い客室スペースを確保するために、インホイールモータ駆動装置21の小型化が求められる。そこで、図1に示すようなこの発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21を採用する。
【0021】
図1〜図19を参照して、この発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21を説明する。なお、図1はインホイールモータ駆動装置21の概略断面図、図2は図1のII−IIにおける断面図、図3は偏心部25a,25b周辺の拡大図、図4はモータ回転軸24aと減速機入力軸24bとの嵌合部分の拡大図、図5は車輪側回転部材28を軸方向から見た図、図6は図5のVI−VIにおける断面図、図7は図1の内ピン周辺の拡大図、図8はスラストプレート60の正面図、図9は図8のIX−IXにおける断面図、図10はスタビライザ71の正面図、図11は図10のXI−XIにおける断面図、図12は図7の内ピン31とスタビライザ71との連結部分の拡大図、図13は図12のC形クリップを示す図、図14は図5のP部の拡大図、図15は図14の他の実施形態を示す図、図16は図1のXVI−XVIにおける断面図、図17は図1のXVII−XVIIにおける断面図、図18は図1のXVIII−XVIIIにおける断面図、図19は回転ポンプ51の断面図である。
【0022】
まず、図1を参照して、車両減速部の一例としてのインホイールモータ駆動装置21は、駆動力を発生させるモータ部Aと、モータ部Aの回転を減速して出力する減速部Bと、減速部Bからの出力を駆動輪14に伝える車輪ハブ軸受部Cとを備え、モータ部Aと減速部Bとはケーシング22に収納されて、図21に示すように電気自動車11のホイールハウジング12a内に取り付けられる。
【0023】
モータ部Aは、ケーシング22に固定されるステータ23aと、ステータ23aの内側に径方向の隙間を空けて対向する位置に配置されるロータ23bと、ロータ23bの内側に固定連結されてロータ23bと一体回転するモータ側回転部材25とを備えるラジアルギャップモータである。
【0024】
モータ側回転部材25は、モータ部Aの駆動力を減速部Bに伝達するためにモータ部Aから減速部Bにかけて配置され、第1〜第3の軸受36a,36b,36cによって回転自在に支持されている。より具体的には、モータ側回転部材25は、中空構造のモータ回転軸24aと、減速機入力軸24bとで構成されている。
【0025】
モータ回転軸24aは、ロータ23bの内径面に嵌合固定されて一体回転すると共に、モータ部A内で軸方向一方側端部(図1中の右側)を第1の軸受36aに、軸方向他方側端部(図1中の左側)を第2の軸受36bによって回転自在に支持されている。
【0026】
減速機入力軸24bは、その軸方向一方側端部(図1中の右側)がモータ回転軸24aの内径面に嵌まり込み、軸方向他方側端部(図1中の左側)が減速部B内で第3の軸受36cによって出力側回転部材28に対して回転自在に支持されている。また、減速機入力軸24bは、減速部B内に偏心部25a,25bを有する。さらに、2つの偏心部25a,25bは、偏心運動による遠心力を互いに打ち消し合うために、180°位相を変えて設けられている。
【0027】
図4を参照して、モータ回転軸24aと減速機入力軸24bとは、第2の軸受36bの位置、および第2の軸受36bよりモータ部A側(図1中の右側)で嵌合固定されている。なお、この実施形態においては、両者はセレーション嵌合によって嵌合固定されている。このように、モータ回転軸24aと減速機入力軸24bとの嵌合位置を第2の軸受36bで支持することにより、減速機入力軸24bに作用するモーメント荷重がモータ回転軸24aに伝達されるのを有効に防止することができる。
【0028】
また、第2の軸受36bの位置より減速部B側(図1中の左側)においては、モータ回転軸24aの内径面と減速機入力軸24bの外径面との間に径方向隙間24cが形成されている。これにより、減速機入力軸24bがある程度傾いても、モータ回転軸24aへの影響を極小化することができる。
【0029】
さらに、モータ回転軸24aを直接支持している軸受は第1および第2の軸受36a,36bであり、どちらもモータ部Aに配置されている。一方、減速機入力軸24bを直接支持している軸受は第3の軸受36cのみであり、減速部Bに配置されている。すなわち、モータ部Aと減速部Bとはそれぞれ独立して組み立てることができ、最後にモータ回転軸24aと減速機入力軸24bとをセレーション嵌合すれば、この発明に係るモータ駆動装置を得ることができる。
【0030】
なお、第1〜第3の軸受36a,36b,36cの種類は問わないが、図1に示すように玉軸受を採用するのが望ましい。これにより、3つの軸受の軸心ズレ(「3つの軸受の軸受中心がずれていること」を指す)を許容することができる。または、軌道面にクラウニング加工を施した円筒ころを有する円筒ころ軸受を採用しても、同様の効果が期待できる。
【0031】
減速部Bは、偏心部25a,25bに回転自在に保持される公転部材としての曲線板26a,26bと、ケーシング22上の固定位置に保持され、曲線板26a,26bの外周部に係合する外周係合部材としての複数の外ピン27と、曲線板26a,26bの自転運動を車輪側回転部材28に伝達する運動変換機構と、偏心部25a,25bに隣接する位置にカウンタウェイト29とを備える。また、減速部Bには、減速部Bに潤滑油を供給する減速部潤滑機構が設けられている。
【0032】
図5および図6を参照して、車輪側回転部材28は、フランジ部28aと軸部28bとを有する。フランジ部28aの端面には、車輪側回転部材28の回転軸心を中心とする円周上の等間隔に内ピン31の軸方向一方側端部を受け入れる貫通孔28cが形成されている。また、軸部28bは車輪ハブ32に嵌合固定され、減速部Bの出力を車輪14に伝達する。さらに、フランジ部28bの内壁面には、潤滑油を保持するための円周溝28dと、円周溝28dから貫通孔28cに向かって径方向外側に延びる潤滑油通路28eが形成されている。
【0033】
図2および図3を参照して、曲線板26aは、外周部にエピトロコイド等のトロコイド系曲線で構成される複数の波形を有し、一方側端面から他方側端面に貫通する複数の貫通孔30a,30bを有する。貫通孔30aは、曲線板26aの自転軸心を中心とする円周上に等間隔に複数個設けられており、後述する内ピン31を受入れる。また、貫通孔30bは、曲線板26aの中心に設けられており、偏心部25aに嵌合する。
【0034】
曲線板26aは、転がり軸受41によって偏心部25aに対して回転自在に支持されている。図3を参照して、この転がり軸受41は、偏心部25aの外径面に嵌合し、その外径面に内側軌道面42aを有する内輪部材42と、曲線板26aの貫通孔30bの内径面に直接形成された外側軌道面43と、内側軌道面42aおよび外側軌道面43の間に配置される複数の円筒ころ44と、隣接する円筒ころ44の間隔を保持する保持器(図示省略)とを備える円筒ころ軸受である。また、内輪部材42は、内側軌道面42aの軸方向両端部から径方向外側に突出する鍔部42bを有する。
【0035】
外ピン27は、モータ側回転部材25の回転軸心を中心とする円周軌道上に等間隔に設けられる。曲線板26a,26bが公転運動すると、曲線形状の波形と外ピン27とが係合して、曲線板26a,26bに自転運動を生じさせる。ここで、外ピン27は、針状ころ軸受27aによってケーシング22に対して回転自在に支持されている。これにより、曲線板26a,26bとの間の接触抵抗を低減することができる。
【0036】
カウンタウェイト29は、円板状で、中心から外れた位置にモータ側回転部材25と嵌合する貫通孔を有し、曲線板26a,26bの回転によって生じる不釣合い慣性偶力を打ち消すために、各偏心部25a,25bに隣接する位置に偏心部と180°位相を変えて配置される。
【0037】
ここで、図3を参照して、2枚の曲線板26a,26b間の中心点をGとすると、図3の中心点Gの右側について、中心点Gと曲線板26aの中心との距離をL、曲線板26a、転がり軸受41、および偏心部25aの質量の和をm、曲線板26aの重心の回転軸心からの偏心量をεとし、中心点Gとカウンタウェイト29との距離をL、カウンタウェイト29の質量をm、カウンタウェイト29の重心の回転軸心からの偏心量をεとすると、L×m×ε=L×m×εを満たす関係となっている。また、図3の中心点Gの左側の曲線板26bとカウンタウェイト29との間にも同様の関係が成立する。
【0038】
運動変換機構は、曲線板26a,26bに設けられた貫通孔30aと、径方向の隙間を隔てた状態で貫通孔30aに挿通される複数の内ピン31とで構成される。貫通孔30aは、複数の内ピン31それぞれに対応する位置に設けられ、貫通孔30aの内径寸法は、内ピン31の外径寸法(「針状ころ軸受31aを含む最大外径」を指す。以下同じ。)より所定分大きく設定されている。
【0039】
図1および図7を参照して、内ピン31は、車輪側回転部材28の回転軸心を中心とする円周軌道上に等間隔に設けられており、その軸方向一方側端部が車輪側回転部材28に、軸方向他方側端部がスタビライザ71に固定されている。また、曲線板26a,26bとの摩擦抵抗を低減するために、曲線板26a,26bの貫通孔30aの内壁面に当接する位置に針状ころ軸受31a(「内ピンカラー」ともいう)が設けられている。さらに、車輪側回転部材28と針状ころ軸受1aとの間、およびスタビライザ71(「側板」ともいう)と針状ころ軸受31aとの間には、針状ころ軸受31aの軸方向の移動を規制すると共に、内ピン31と針状ころ軸受31aとの間に潤滑油を供給可能な位置にスラストプレート60が配置されている。
【0040】
図8および図9を参照して、スラストプレート60は、中央に貫通孔60aが形成されている円盤状部材である。そして、針状ころ軸受31aの軸方向端面に当接する壁面の貫通孔60aに接する位置に内ピン31を受け入れる複数の第1の凹部60b(この実施形態では貫通孔)と、第1の凹部60bを囲むように形成され、針状ころ軸受31aの軸方向端部を受け入れる複数の第2の凹部60cを有する。
【0041】
上記構成のスラストプレート60によれば、内ピン31および針状ころ軸受31aの貫通孔60aにはみ出した部分から潤滑油が供給される。また、第2の凹部60bの外縁部は、針状ころ軸受31aの外径面に当接するので、針状ころ軸受31aの軸方向端部から潤滑油が流出するのを有効に防止することができる。
【0042】
次に、図10および図11を参照して、スタビライザ71は、円筒部72と、円筒部72の一端から径方向外側に延びるフランジ部73とで構成される。また、フランジ部73の壁面には、全ての内ピン31の軸方向他方側端部を受け入れる複数の貫通孔74と、貫通孔74と異なる位置にボルトを螺合するための複数のボルト穴75とが設けられている。さらに、フランジ部73の内壁面には、潤滑油を保持するための円周溝76と、円周溝76から貫通孔74に向かって、径方向外側に延びる潤滑油通路77とが形成されている。
【0043】
次に、図12を参照して、内ピン31とスタビライザ71との連結部分には、内ピン31がスタビライザ71から抜けるのを防止する抜け止め構造が設けられている。具体的には、内ピン31の外周面には、スタビライザ71の貫通孔74から突き出た位置に円周溝31bが設けられており、この円周溝31bに図13に示すようなリング状部材としてのC形クリップ79が嵌め込まれている。
【0044】
図13を参照して、C形クリップ79は、円周上の1箇所に切欠き部を有する略C型形状の部材であって、ピアノ線等のばね鋼で形成されている。このC形クリップ79の径方向の厚み寸法は、円周溝31bの溝深さより大きくなっている。したがって、C形クリップ79を円周溝31bに嵌め込むと、その一部が内ピン31の外周面から突出し、スタビライザ71に係合して内ピン31の抜けを防止する。この方法によれば、内ピン31とスタビライザ71とをボルト等で締結する場合と比較して、抜け止め構造の耐久性が向上する。
【0045】
また、スタビライザ71のC形クリップ79に当接する面は、内ピン31の軸方向他方側端部(図12の右方向)に向かって徐々に大きくなる傾斜面78となっている。これにより、内ピン31がスタビライザ71の貫通孔74から抜けようとすると、傾斜面78とC形クリップ79との当接部分には、C形クリップ79を縮径する方向に力が作用する。その結果、C形クリップ79が円周溝31bから外れる心配がないので、内ピン31の抜けを有効に防止することができる。
【0046】
なお、傾斜面78の傾斜角度は、内ピン31の挿入方向に対して30°〜60°の範囲内、最も好ましくは45°とする。傾斜角度が30°を下回ると、内ピン31とスタビライザ71との位置決めが困難になると共に、内ピン31の抜けを防止できなくなるおそれがある。一方、傾斜角度が60°を上回ると、C形クリップ79に大きな剪断力が作用し、C形クリップ79が破損するおそれがある。
【0047】
また、内ピン31の他方側端部には、直径が先端に向かって徐々に小さくなるテーパ部31cが設けられている。このテーパ部31cの先端の直径は、C形クリップ79の内径寸法より小さく設定されている。これにより、C形クリップ79をテーパ部31cに沿って拡径しながら円周溝31bに嵌め込むことができるので、C形クリップ79を円周溝31bにスムーズに嵌め込むことができる。
【0048】
さらに、スタビライザ71に設けられたボルト穴75は、内ピン31とスタビライザ71との位置決めや、内ピン31をスタビライザ71から分離させるのに利用される。具体的には、内ピン31を貫通孔74に挿通し、円周溝31bにC形クリップ79を嵌め込んだ後、内ピン31の貫通孔74の挿入方向と反対向きにボルト(図示省略)をボルト穴75に螺合する。
【0049】
ボルトの先端が他の構成部品(曲線板26aやカウンタウェイト29等)に当接し、さらにスタビライザの傾斜面78とC形クリップ79とが当接するまでボルトをねじ込むことにより、内ピン31とスタビライザ71とが位置決めされる。さらにボルトをねじ込むと、内ピン31を貫通孔74から引き抜くことができる。
【0050】
なお、位置決めの際にスタビライザ71が傾くのを防止する観点からは、ボルト穴75をスタビライザ71の回転中心を中心とする円周上の複数箇所に等間隔に設けるのが望ましい(この実施形態では、4箇所)。また、減速部Bの動作中には、ボルトはボルト穴75から抜き取られる。
【0051】
減速部潤滑機構は、減速部Bに潤滑油を供給するものであって、潤滑油路25cと、潤滑油給油口25dと、潤滑油排出口22bと、潤滑油貯留部22dと、回転ポンプ51と、循環油路45とを備える。
【0052】
潤滑油路25cは、モータ側回転部材25の内部を軸線方向に沿って延びている。また、潤滑油供給口25dは、偏心部25a,25bの位置で潤滑油路25cからモータ側回転部材25の外径面に向かって延びているものと、潤滑油路25cの先端からモータ側回転部材25の軸方向端面に向かって延びているものとがある。
【0053】
また、減速部Bの位置におけるケーシング22の少なくとも1箇所には、減速部B内部の潤滑油を排出する潤滑油排出口22bが設けられている。また、潤滑油排出口22bと潤滑油路25cとを接続する循環油路45がケーシング22の内部に設けられている。そして、潤滑油排出口22bから排出された潤滑油は、循環油路45を経由して潤滑油路25cに還流する。
【0054】
図16〜図18を参照して、循環油路45は、ケーシング22の内部を軸方向に延びる油路46a〜46y(総称して「軸方向油路46」という)と、軸方向油路46の軸方向両端部に接続されて円周方向に延びる油路47a〜47f(総称して「周方向油路47」という)と、周方向油路47a,47fに接続されて径方向に延びる油路48a,48b(総称して「径方向油路48」という)とで構成される。
【0055】
軸方向油路46は、潤滑油が一方方向(図1中の左から右)に流れる第1の軸方向油路46a〜46e,46k〜46o,46u〜46yと、潤滑油が他方方向(図1中の右から左)に流れる第2の軸方向油路46f〜46j,46p〜46tに分類される。つまり、循環油路45は、ケーシング22の内部を軸方向に往復している。
【0056】
周方向油路47は、軸方向油路46同士、または軸方向油路46と径方向油路48とを接続する。具体的には、周方向油路47aは、径方向油路48aから流出した潤滑油を軸方向油路46a〜46eに分配する。同様に、周方向油路47bは軸方向油路46a〜46eから流出した潤滑油を軸方向油路46f〜46jに、周方向油路47cは軸方向油路46f〜46jから流出した潤滑油を軸方向油路46k〜46oに、周方向油路47dは軸方向油路46k〜46oから流出した潤滑油を軸方向油路46p〜46tに、周方向油路47eは軸方向油路46p〜46tから流出した潤滑油を軸方向油路46u〜46yに分配する。さらに、周方向油路47fは、軸方向油路46u〜46yから流出した潤滑油を径方向油路48bに供給する。
【0057】
径方向油路48aは回転ポンプ51から圧送された潤滑油を周方向油路47aに、径方向油路48bは周方向油路47fから流出した潤滑油を循環油路25cに供給する。
【0058】
ここで、潤滑油排出口22bと循環油路45との間には、回転ポンプ51が設けられており、潤滑油を強制的に循環させている。図19を参照して、回転ポンプ51は、車輪側回転部材28の回転を利用して回転するインナーロータ52と、インナーロータ52の回転に伴って従動回転するアウターロータ53と、ポンプ室54と、潤滑油排出口22bに連通する吸入口55と、循環油路22cに連通する吐出口56とを備えるサイクロイドポンプである。
【0059】
インナーロータ52は、外径面にサイクロイド曲線で構成される歯形を有する。具体的には、歯先部分52aの形状がエピサイクロイド曲線、歯溝部分52bの形状がハイポサイクロイド曲線となっている。このインナーロータ52は、スタビライザ71の円筒部72の外径面に嵌合して内ピン31(車輪側回転部材28)と一体回転する。
【0060】
アウターロータ53は、内径面にサイクロイド曲線で構成される歯形を有する。具体的
には、歯先部分53aの形状がハイポサイクロイド曲線、歯溝部分53bの形状がエピサイクロイド曲線となっている。このアウターロータ53は、ケーシング22に回転自在に支持されている。
【0061】
インナーロータ52は、回転中心cを中心として回転する。一方、アウターロータ53は、インナーロータの回転中心cと異なる回転中心cを中心として回転する。また、インナーロータ52の歯数をnとすると、アウターロータ53の歯数は(n+1)となる。なお、この実施形態においては、n=5としている。
【0062】
インナーロータ52とアウターロータ53との間の空間には、複数のポンプ室54が設けられている。そして、インナーロータ52が車輪側回転部材28の回転を利用して回転すると、アウターロータ53は従動回転する。このとき、インナーロータ52およびアウターロータ53はそれぞれ異なる回転中心c,cを中心として回転するので、ポンプ室54の容積は連続的に変化する。これにより、吸入口55から流入した潤滑油が吐出口56から径方向油路48aに圧送される。
【0063】
なお、上記構成の回転ポンプ51の回転中にインナーロータ52が傾くと、ポンプ室54の容積が変化して潤滑油を適切に圧送することができなかったり、インナーロータ52とアウターロータ53とが接触して破損したりするおそれがある。そこで、図1を参照して、インナーロータ52には、段付部52cが設けられている。この段付部52cは、その外径面(案内面)がケーシング22の内径面に当接して、車輪14からのラジアル荷重によってインナーロータ52が傾くのを防止している。
【0064】
さらに、潤滑油排出口22bと回転ポンプ51との間には、潤滑油を一時的に貯留する潤滑油貯留部22dが設けられている。これにより、高速回転時においては、回転ポンプ51によって排出しきれない潤滑油を一時的に潤滑油貯留部22dに貯留しておくことができる。その結果、減速部Bのトルク損失の増加を防止することができる。一方、低速回転時においては、潤滑油排出口22bに到達する潤滑油量が少なくなっても、潤滑油貯留部22dに貯留されている潤滑油を潤滑油路25cに還流することができる。その結果、減速部Bに安定して潤滑油を供給することができる。
【0065】
なお、減速部B内部の潤滑油は、遠心力に加えて重力によって外側に移動する。したがって、潤滑油貯留部22dがインホイールモータ駆動装置21の下部に位置するように、電気自動車11に取り付けるのが望ましい。
【0066】
さらに、減速部潤滑機構は、循環油路45を通過する潤滑油を冷却する冷却手段をさらに有する。この実施形態における冷却手段は、ケーシング22に設けられた冷却水路22eと、冷却水路22e内の空気を排出する空気抜きプラグ22fとを含む。なお、これらの冷却手段は、潤滑油のみならず、モータ部Aの冷却にも寄与する。
【0067】
冷却水路22eは、ケーシング22の内部の径方向油路46に接する位置に設けられている。そして、径方向油路46と冷却水路22eとの間には、両者を分離する仕切り部材49が配置されている。仕切り部材49は、円筒状部材であって、ケーシング22を構成する材料より熱伝導率の高い材料で形成されている。具体的には、黄銅、銅、アルミニウム等が該当する。空気抜きプラグ22fは、冷却水路22e中に含まれる空気を外部に排出する。これにより、冷却水路22eには空気溜りが無くなり、冷却効率が向上する。
【0068】
上記構成の減速部Bにおける潤滑油の流れを説明する。まず、潤滑油路25cを流れる潤滑油は、モータ側回転部材25の回転に伴う遠心力によって潤滑油供給口25dから減速部Bに流出する。
【0069】
なお、潤滑油供給口25dの直径は、いずれも潤滑油路25cの直径と比較して小さく設定されている。潤滑油供給口25dからの潤滑油の流出量が潤滑油路25cへの潤滑油の供給量を上回ると、潤滑油路25c中に負圧が生じて潤滑油が逆流するおそれがある。そこで、潤滑油供給口25dからの潤滑油の流出量を制限することにより、潤滑油の循環がスムーズになる。
【0070】
偏心部25a,25bに設けられた潤滑油供給口25dから内輪部材42を貫通する開口部42cを経由して流出した潤滑油には遠心力が作用するので、内側軌道面42a、外側軌道面43、曲線板26a,26bと内ピン31との当接部分、および曲線板26a,26bと外ピン27との当接部分等を潤滑しながら径方向外側に移動する。
【0071】
一方、モータ側回転部材25の先端に設けられた潤滑油供給口25dから流出した潤滑油は、第3の軸受36cを経由して円周溝28dに到達する。さらに、円周溝28dに保持されている潤滑油は、遠心力によって潤滑油通路28eおよびスラストプレート60を経由して内ピン31と針状ころ軸受31aとの間に供給される。
【0072】
ここで、図14を参照して、潤滑油通路28eの径方向外側の壁面は、内ピン31に向かって傾斜する傾斜面となっている。これにより、潤滑油通路28eを通過する潤滑油を内ピン31に指向させることができる。または、図14の変形例として図15を参照して、潤滑油通路28eを貫通孔28cに連通させてもよい(図14,15中の矢印は、潤滑油の流れを示す)。
【0073】
ケーシング22の内壁面に到達した潤滑油は、潤滑油排出口22bから排出されて潤滑油貯留部22dに貯留される。潤滑油貯留部22dに貯留された潤滑油は、ケーシング22内の流路を通って吸入口55から回転ポンプ51に供給され、吐出口56から循環油路45に圧送される。
【0074】
吐出口56から排出された潤滑油は、径方向油路48aを経由し、周方向油路47aで複数の軸方向油路46a〜46eに分配される。次に、軸方向油路46a〜46eを通過(図1中の左から右)した潤滑油は、周方向油路47bで複数の軸方向油路46f〜46jに分配される。同様に、軸方向油路46f〜46j(図1中の右から左)、周方向油路47c、軸方向油路46k〜46o(図1中の左から右)、周方向油路47d、軸方向油路46p〜46t(図1中の右から左)、周方向油路47e、軸方向油路46u〜46y(図1中の左から右)、周方向油路47f、および径方向油路48bを経由して潤滑油路25cに還流する。
【0075】
ここで、潤滑油排出口22bからの潤滑油の排出量は、モータ側回転部材25の回転数に比例して多くなる。一方、インナーロータ52は車輪側回転部材28と一体回転するので、回転ポンプ51の排出量は、車輪側回転部材28の回転数に比例して多くなる。また、潤滑油排出口22bから減速部Bに供給される潤滑油量は、回転ポンプ51の排出量に比例して多くなる。すなわち、減速部Bへの潤滑油の供給量および排出量は、いずれもインホイールモータ駆動装置21の回転数によって変化するので、常にスムーズに潤滑油を循環させることができる。
【0076】
さらに、循環油路45を流れる潤滑油の一部は、ケーシング22とモータ側回転部材25との間から転がり軸受36aを潤滑すると共に、モータ部Aを冷却する冷却液としても機能する。また、転がり軸受36bは、回転ポンプ51の段付部52cとケーシング22の間からの潤滑油により潤滑される。
【0077】
このように、モータ側回転部材25から減速部Bに潤滑油を供給することにより、モータ側回転部材25周辺の潤滑油量不足を解消することができる。また、回転ポンプ51によって強制的に潤滑油を排出することによって、攪拌抵抗を抑えて減速部Bのトルク損失を低減することができる。さらに、回転ポンプ51をケーシング22内に配置することによって、インホイールモータ駆動装置21全体としての大型化を防止することができる。
【0078】
また、ケーシング22の内部を軸方向に往復(この実施形態では2.5往復)する循環油路45を設けることによって、冷却水路22eと接する機会が増加する。その結果、潤滑油を十分に冷却してから径方向油路48bに還流することができる。なお、循環油路45の往復回数(2.5往復)や軸方向油路46の本数(25本)は、任意に設定することが可能である。また、冷却水路22eには、水に限らずあらゆる冷却液を流すことができる。
【0079】
車輪ハブ軸受部Cは、車輪側回転部材28に固定連結された車輪ハブ32と、車輪ハブ32をケーシング22に対して回転自在に保持する車輪ハブ軸受33とを備える。車輪ハブ32は、円筒形状の中空部32aとフランジ部32bとを有する。フランジ部32bにはボルト32cによって駆動輪14が固定連結される。また、車輪側回転部材28の軸部28bの外径面にはスプラインおよび雄ねじが形成されている。また、車輪ハブ32の中空部32aの内径面にはスプライン穴が形成されている。そして、車輪ハブ32の内径面に車輪側回転部材28を螺合し、先端をナット32dでとめることによって、両者を締結している。
【0080】
車輪ハブ軸受33は、車輪ハブ32の外径面に嵌合固定される内輪33aと、ケーシング22の内径面に嵌合固定される外輪33bと、内輪33aおよび外輪33bの間に配置される転動体としての複数の玉33cと、隣接する玉33cの間隔を保持する保持器33dと、車輪ハブ軸受33の軸方向両端部を密封する密封部材33eとを備える複列アンギュラ玉軸受である。
【0081】
さらに、モータ部Aと軸方向に隣接する位置(減速部Bと反対側)には、第2のケーシングとしての端子ボックス61が取り付けられている。端子ボックス61は、モータ部Aに電力を供給するための動力線(図示省略)と、ケーシング22の内部と連通する連通孔(図示省略)と、径方向を向く壁面に内圧調整手段とを備える。
【0082】
動力線は、一端がステータ23aのコイルに、他端がインバータを介して電源にそれぞれ接続されており、モータ部Aを回転させるためにステータ23aに所定の周波数の電圧を印加する。連通孔は、動力線をケーシング22の内部に通すと共に、ケーシング22と端子ボックス61との間で潤滑油や空気の移動を可能としている。内圧調整手段は、端子ボックス61の径方向を向く壁面に設けられた給油口(図示省略)と、給油口に着脱自在に挿入されたエアブリーザ66とで構成される。
【0083】
上記構成のように、ケーシング22に隣接する端子ボックス61に内圧調整手段を設けることにより、ケーシング22の内圧を一定に保持することができると共に、回転部材を含むケーシング22に内圧調整手段を直接設けた場合と比較して、潤滑油の漏洩を抑制することができる。なお、給油作業を容易にするために、給油口がインホイールモータ駆動装置21の上部に位置するように、電気自動車11に取り付けるのが望ましい。
【0084】
上記構成のインホイールモータ駆動装置21の作動原理を詳しく説明する。
【0085】
モータ部Aは、例えば、ステータ23aのコイルに交流電流を供給することによって生じる電磁力を受けて、永久磁石または磁性体によって構成されるロータ23bが回転する。これにより、ロータ23bに接続されたモータ側回転部材25が回転すると、曲線板26a,26bはモータ側回転部材25の回転軸心を中心として公転運動する。このとき、外ピン27が、曲線板26a,26bの曲線形状の波形と係合して、曲線板26a,26bをモータ側回転部材25の回転とは逆向きに自転運動させる。
【0086】
貫通孔30aに挿通する内ピン31は、曲線板26a,26bの自転運動に伴って貫通孔30aの内壁面と当接する。これにより、曲線板26a,26bの公転運動が内ピン31に伝わらず、曲線板26a,26bの自転運動のみが車輪側回転部材28を介して車輪ハブ軸受部Cに伝達される。
【0087】
このとき、モータ側回転部材25の回転が減速部Bによって減速されて車輪側回転部材28に伝達されるので、低トルク、高回転型のモータ部Aを採用した場合でも、駆動輪14に必要なトルクを伝達することが可能となる。
【0088】
なお、上記構成の減速部Bの減速比は、外ピン27の数をZ、曲線板26a,26bの波形の数をZとすると、(Z−Z)/Zで算出される。図2に示す実施形態では、Z=12、Z=11であるので、減速比は1/11と、非常に大きな減速比を得ることができる。
【0089】
このように、多段構成とすることなく大きな減速比を得ることができる減速部Bを採用することにより、コンパクトで高減速比のインホイールモータ駆動装置21を得ることができる。また、外ピン27および内ピン31に針状ころ軸受27a,31aを設けたことにより、曲線板26a,26bとの間の摩擦抵抗が低減されるので、減速部Bの伝達効率が向上する。
【0090】
上記の実施形態に係るインホイールモータ駆動装置21を電気自動車11に採用することにより、ばね下重量を抑えることができる。その結果、走行安定性に優れた電気自動車11を得ることができる。
【0091】
また、上記の実施形態においては、潤滑油供給口25dを偏心部25a,25bに設けた例を示したが、これに限ることなく、モータ側回転部材25の任意の位置に設けることができる。ただし、転がり軸受41に安定して潤滑油を供給する観点からは、潤滑油供給口25dは偏心部25a,25bに設けるのが望ましい。
【0092】
また、上記の実施形態においては、回転ポンプ51を車輪側回転部材28の回転を利用して駆動した例を示したが、回転ポンプ51はモータ側回転部材25の回転を利用して駆動することもできる。しかし、モータ側回転部材25の回転数は車輪側回転部材28と比較して大きい(上記の実施形態では11倍)ので、回転ポンプ51の耐久性が低下するおそれがある。また、車輪側回転部材28に接続しても十分な排出量を確保することができる。これらの観点から、回転ポンプ51は車輪側回転部材28の回転を利用して駆動するのが望ましい。
【0093】
また、上記の実施形態においては、回転ポンプ51としてサイクロイドポンプの例を示したが、これに限ることなく、車輪側回転部材28の回転を利用して駆動するあらゆる回転型ポンプを採用することができる。さらには、回転ポンプ51を省略して、遠心力のみによって潤滑油を循環させるようにしてもよい。
【0094】
また、上記の実施形態においては、減速部Bの曲線板26a,26bを180°位相を変えて2枚設けたが、この曲線板の枚数は任意に設定することができ、例えば、曲線板を3枚設ける場合は、120°位相を変えて設けるとよい。
【0095】
また、上記の実施形態における運動変換機構は、車輪側回転部材28に固定された内ピン31と、曲線板26a,26bに設けられた貫通孔30aとで構成される例を示したが、これに限ることなく、減速部Bの回転を車輪ハブ32に伝達可能な任意の構成とすることができる。例えば、曲線板に固定された内ピンと、車輪側回転部材に形成された穴とで構成される運動変換機構であってもよい。
【0096】
なお、上記の実施形態における作動の説明は、各部材の回転に着目して行ったが、実際にはトルクを含む動力がモータ部Aから駆動輪に伝達される。したがって、上述のように減速された動力は高トルクに変換されたものとなっている。
【0097】
また、上記の実施形態における作動の説明では、モータ部Aに電力を供給してモータ部Aを駆動させ、モータ部Aからの動力を駆動輪14に伝達させたが、これとは逆に、車両が減速したり坂を下ったりするようなときは、駆動輪14側からの動力を減速部Bで高回転低トルクの回転に変換してモータ部Aに伝達し、モータ部Aで発電しても良い。さらに、ここで発電した電力は、バッテリーに蓄電しておき、後でモータ部Aを駆動させたり、車両に備えられた他の電動機器等の作動に用いてもよい。
【0098】
さらに、上記の実施形態の構成にブレーキを加えることもできる。例えば、図1の構成において、ケーシング22を軸方向に延長してロータ23bの図中右側に空間を形成し、ロータ23bと一体的に回転する回転部材と、ケーシング22に回転不能にかつ軸方向に移動可能なピストンと、このピストンを作動させるシリンダとを配置して、車両停止時にピストンと回転部材とを嵌合させてロータ23bをロックするパーキングブレーキであってもよい。
【0099】
または、ロータ23bと一体的に回転する回転部材の一部に形成されたフランジおよびケーシング22側に設置された摩擦板をケーシング22側に設置されたシリンダで挟むディスクブレーキであってもよい。さらに、この回転部材の一部にドラムを形成すると共に、ケーシング22側にブレーキシューを固定し、摩擦係合およびセルフエンゲージ作用で回転部材をロックするドラムブレーキを用いることができる。
【0100】
また、上記の実施形態において、曲線板26a,26bを支持する軸受として円筒ころ軸受の例を示したが、これに限ることなく、例えば、すべり軸受、円筒ころ軸受、円錐ころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、4点接触玉軸受等、すべり軸受であるか転がり軸受であるかを問わず、転動体がころであるか玉であるかを問わず、さらには複列か単列かを問わず、あらゆる軸受を適用することができる。また、その他の場所に配置される軸受についても、同様に任意の形態の軸受を採用することができる。
【0101】
ただし、深溝玉軸受は、円筒ころ軸受と比較して許容限界回転数は高い反面、負荷容量が低い。そのため、必要な負荷容量を得るためには、大型の深溝玉軸受を採用しなければならない。したがって、インホイールモータ駆動装置21のコンパクト化の観点からは、転がり軸受41には円筒ころ軸受が好適である。
【0102】
また、上記の各実施形態においては、モータ部Aにラジアルギャップモータを採用した例を示したが、これに限ることなく、任意の構成のモータを適用可能である。例えばケーシングに固定されるステータと、ステータの内側に軸方向の隙間を空けて対向する位置に配置されるロータとを備えるアキシアルギャップモータであってもよい。
【0103】
さらに、図20に示した電気自動車11は、後輪14を駆動輪とした例を示したが、これに限ることなく、前輪13を駆動輪としてもよく、4輪駆動車であってもよい。なお、本明細書中で「電気自動車」とは、電力から駆動力を得る全ての自動車を含む概念であり、例えば、ハイブリッドカー等をも含むものとして理解すべきである。
【0104】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態を説明したが、この発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示した実施形態に対して、この発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】この発明の一実施形態に係るインホイールモータ駆動装置を示す図である。
【図2】図1のII−IIにおける断面図である。
【図3】図1の偏心部周辺の拡大図である。
【図4】図1のモータ回転軸と減速機入力軸との嵌合部分の拡大図である。
【図5】車輪側回転部材を軸方向から見た図である。
【図6】図5のVI−VIにおける断面図である。
【図7】図1の内ピン周辺の拡大図である。
【図8】スラストプレートの正面図である。
【図9】図8のIX−IXにおける断面図である。
【図10】スタビライザの正面図である。
【図11】図10のXI−XIにおける断面図である。
【図12】図7の内ピンとスタビライザとの連結部分の拡大図である。
【図13】図12のC形クリップを示す図である。
【図14】図5のP部の拡大図である。
【図15】図14の他の実施形態を示す図である。
【図16】図1のXVI−XVIにおける断面図である。
【図17】図1のXVII−XVIIにおける断面図である。
【図18】図1のXVIII−XVIIIにおける断面図である。
【図19】図1の回転ポンプの断面図である。
【図20】図1のインホイールモータ駆動装置を有する電気自動車の平面図である。
【図21】図20の電気自動車の後方断面図である。
【図22】従来のインホイールモータ駆動装置を示す図である。
【符号の説明】
【0106】
11 電気自動車、12 シャーシ、12a ホイールハウジング、12b 懸架装置、13 前輪、14 後輪、21,101 インホイールモータ駆動装置、22,102 ケーシング、22a 外方部材、22b 潤滑油排出口、22d 潤滑油貯留部、22e 冷却水路、22f 空気抜きプラグ、23a ステータ、23b ロータ、24a モータ回転軸、24b 減速機入力軸、24c 径方向隙間、28a,32b,73 フランジ部、32a 中空部、28b 軸部、28c,30a,30b,60a,74 貫通孔、28d,31b,76 円周溝、28e 潤滑油通路、25,106 モータ側回転部材、25a,25b,106a,106b 偏心部、25c 潤滑油路、25d 潤滑油供給口、26a,26b,107a,107b 曲線板、27,108 外ピン、27a,31a 針状ころ軸受、28,110 車輪側回転部材、29 カウンタウェイト、31,109 内ピン、31c テーパ部、32 車輪ハブ、32d ナット、33 車輪ハブ軸受、33a 内輪、33b 外輪、33c 玉、33d 保持器、33e 密封部材、42a 内側軌道面、42b 鍔部、42c 開口部、43 外側軌道面、36a,36b,36c,41,111 転がり軸受、42 内輪部材、44 円筒ころ、45 循環油路、46a〜46y 軸方向油路、47a〜47f 周方向油路、48a、48b 径方向油路、49 仕切り部材、51 回転ポンプ、52 インナーロータ、52a,53a 歯先部分、52b,53b 歯溝部分、52c 段付部、54 ポンプ室、55 吸入口、56 吐出口、60 スラストプレート、60b 第1の凹部、60c 第2の凹部、61 端子ボックス、66 エアブリーザ、71 スタビライザ、72 円筒部、75 ボルト穴、77 潤滑油通路、78 傾斜面、79 C形クリップ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
偏心部を有するモータ側回転部材を回転駆動するモータ部と、
前記モータ側回転部材の回転を減速して出力側回転部材に伝達する減速部と、
前記モータ部および前記減速部を保持するケーシングとを備え、
前記減速部は、
前記偏心部に相対回転自在に保持されて、前記入力側回転部材の回転に伴ってその回転軸心を中心とする公転運動を行う公転部材と、
前記ケーシングに固定され、前記公転部材の外周部に係合して前記公転部材の自転運動を生じさせる外周係合部材と、
前記公転部材の自転運動を前記入力側回転部材の回転軸心を中心とする回転運動に変換して前記出力側回転部材に伝達する運動変換機構とを含み、
前記運動変換機構は、
前記公転部材を厚み方向に貫通する複数の貫通孔と、
軸方向一方側端部を前記出力側回転部材に保持され、前記貫通孔との間に径方向の隙間を隔てた状態で前記貫通孔に挿通される複数の内ピンと、
前記内ピンの前記貫通孔に対面する位置に配置される内ピンカラーとで構成され、
前記出力側回転部材は、
フランジ部と、
前記フランジ部に前記内ピンの軸方向一方側端部を受け入れる複数の孔と、
前記フランジ部の内壁面に潤滑油を保持するための円周溝と、
前記円周溝から前記孔に向かって径方向外側に延びる潤滑油通路とを有する、モータ駆動装置。
【請求項2】
前記運動変換機構は、
フランジ形状の部材で、その厚み方向一方側の壁面に全ての前記内ピンの軸方向他方側端部を受け入れる複数の孔と、
フランジの内壁面に潤滑油を保持するための円周溝と、
前記円周溝から前記孔に向かって径方向外側に延びる潤滑油通路とを含む側板をさらに有する、請求項1に記載のモータ駆動装置。
【請求項3】
前記潤滑油通路の径方向外側の壁面は、前記内ピンに向かって傾斜する傾斜面である、請求項1または2に記載のモータ駆動装置。
【請求項4】
前記潤滑油通路は、前記孔に連通している、請求項1〜3のいずれかに記載のモータ駆動装置。
【請求項5】
前記運動変換機構は、
前記内ピンカラーの軸方向の移動を規制すると共に、前記内ピンと前記内ピンカラーとの間に潤滑油を供給可能な位置に配置されるスラストプレートをさらに含む、請求項1〜4のいずれかに記載のモータ駆動装置。
【請求項6】
前記モータ側回転部材の内部に設けられる潤滑油路と、
前記潤滑油路から前記モータ側回転部材の外径面に向かって延びる潤滑油供給口と、
前記ケーシングに設けられ、前記減速部から潤滑油を排出する潤滑油排出口と、
前記潤滑油排出口および前記潤滑油路を接続し、前記潤滑油排出口から排出された潤滑油を前記潤滑油路に還流する循環油路とを備える、請求項1〜5のいずれかに記載のモータ駆動装置。
【請求項7】
前記潤滑油路の先端から前記モータ側回転部材の軸方向端面に向かって延びる潤滑油供給口をさらに備える、請求項6に記載のモータ駆動装置。
【請求項8】
前記潤滑油供給口は、前記潤滑油路より直径が小さい、請求項6または7に記載のモータ駆動装置。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載のモータ駆動装置と、
前記出力側回転部材としての車輪側回転部材に固定連結された車輪ハブとを備える、インホイールモータ駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2009−257494(P2009−257494A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−108075(P2008−108075)
【出願日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】