説明

制御装置

【課題】一部の制御出力の偏差を見かけ上0とする特定の状況下において、有利な制御入力を再現できるようにする。
【解決手段】内燃機関またはこれに付帯する装置に係る複数の制御出力をそれぞれの目標値に追従させる制御を実施するものであって、制御出力とその目標値との偏差の時間積分xz及びそれ以外のものxyを含む、各制御出力毎に個別の状態変数を参照して、線形入力及び非線形入力を反復的に演算するスライディングモードコントローラ51と、ある制御出力の偏差を0と見なす特定期間にあるときに、前記非線形入力を規定する、当該制御出力に係る状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする補正制御部52とを具備する制御装置5を構成した。ここで、Szは切換超平面を構成する行列Sの成分のうち前記状態変数xzに乗ずる列ベクトルであり、Syは同行列Sの成分のうち前記状態変数xyに乗ずる列ベクトルである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関またはこれに付帯する装置に係る複数の制御出力を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1に開示されている排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)システムは、過給機を備えた内燃機関のEGR率(または、EGR量)を制御するものである。EGR率と過給圧との間には相互干渉が存在し、一入力一出力のコントローラでEGR率及び吸気管内圧力(または、吸気量)の両方を同時に制御することは難しい。しかも、内燃機関の運転領域によって応答性が異なる上、過給機にはターボラグ(むだ時間)がある。このような事情から、特許文献1に記載のシステムでは、非線形制御対象に対して有効な制御手法であるスライディングモード制御を採用し、相互作用を考慮した多入力多出力のコントローラを設計してEGR制御をしている。
【0003】
とは言え、あらゆる運転領域における制御を完全にスライディングモードコントローラのみに委ねることは最良ではない。
【0004】
例示すると、EGRシステムを持つ内燃機関では、時としてそのEGRをカット、即ちEGR通路を閉鎖して排気ガスの還流を停止する必要が生じる。他方、スライディングモードコントローラによる多入力多出力の協調制御では、吸気管内圧力をEGR率とともにあるべき目標値に追従させようとすると、EGRバルブが協調して開いてしまう。そのため、EGRカット条件が成立している状況下であっても、EGR通路が常に遮断状態になることは保証されず、排気ガスが漏流するEGR未カット期間が発生することがあり得た。そこで、EGRカット条件が成立した暁には、EGR率の実測値としてその目標値をスライディングモードコントローラに与え、スライディングモードコントローラ内でEGR率の偏差を0と見なさせるようにして、EGRバルブの協調作動による開弁を防止している。
【0005】
あるいは、アイドル運転時のようなエンジン回転数も要求トルクも低いNA域(負圧域、または無過給域)では、吸気管内圧力はおおよそ大気圧に近い大きさとなる。つまり、可変ターボのノズル開度を幾ら変えても過給機が仕事をしてくれない状態になる。そのような場合に、吸気管内圧力の目標値が実際の吸気管内圧力より少しでも高いと、可変ターボのノズル開度が絞られ、ついには飽和(極小化)してそれ以上ノズル開度が変化しなくなる。そうなれば、アイドル運転時にも重要なEGR率の制御に支障を来たしてしまう。この問題を回避するため、NA域においては、吸気管内圧力の実測値としてその目標値をスライディングモードコントローラに与え、スライディングモードコントローラ内で吸気管内圧力の偏差を0と見なさせるようにして、吸気管内圧力の制御を度外視してEGR率の制御に注力させている。
【0006】
上述した通り、特定の状況下では、制御対象となる複数の制御出力のうちの一部の制御を停止する処理を行っている。だが、この処理が別の問題を招来することがある。
【0007】
この種のサーボ制御系では、偏差を時間積分(または、積算)したものを参照して制御入力を演算することが多い。制御出力の実測値として目標値をコントローラに与えることとすると、その瞬間から見かけ上の偏差が0となり、偏差の時間積分の増減が止まる。しかしながら、偏差の時間積分値がどのような値に固定されるかは、EGRカット域やNA域等に遷移する機会毎にまちまちである。それ故に、EGRカット域やNA域等における、各バルブの開度の再現性が失われてしまう。結果、燃費や燃焼安定性に不利な制御入力が選択されたり(ディーゼルエンジンのDスロットルバルブの開度を不適当に絞ってしまう等)、エンジン出力がその時々でばらついたり、EGRカット域またはNA域等からノーマル域に復帰する際の制御追従性の一時的劣化(ひいては、排気ガスの一時的悪化)を招いたりしていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−032462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上に鑑みてなされた本発明は、一部の制御出力の偏差を見かけ上0とする特定の状況下において、有利な制御入力を再現できるようにすることを所期の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、内燃機関またはこれに付帯する装置に係る複数の制御出力をそれぞれの目標値に追従させるスライディングモード制御を実施するものであって、制御出力とその目標値との偏差の時間積分xz及びそれ以外のものxyを含む、各制御出力毎に個別の状態変数を参照して、線形入力及び非線形入力を反復的に演算するスライディングモードコントローラと、ある制御出力の偏差を0と見なす特定期間にあるときに、前記非線形入力を規定する、当該制御出力に係る状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする補正制御部とを具備することを特徴とする制御装置を構成した。ここで、Szは切換超平面を構成する行列Sの成分のうち前記状態変数xzに乗ずる列ベクトルであり、Syは同行列Sの成分のうち前記状態変数xyに乗ずる列ベクトルである。
【0011】
本発明によれば、偏差を見かけ上0と見なす対象の制御入力に係る状態変数xzの固定値が恒常的に一定とならないことに起因した不都合を緩和ないし解消できる。即ち、EGRカット域またはNA域等における燃費や燃焼安定性の悪化、エンジン出力のばらつき、EGRカット域またはNA域等からノーマル域に復帰する際の制御追従性の一時的劣化等を回避することが可能となる。
【0012】
なお、状態変数xyは出力方程式を介して制御出力自体と結びついているため、これを書き換えることは必ずしも得策でない。従って、前記補正制御部は、ある制御出力の偏差を0と見なす特定期間において、当該制御出力に係る状態変数xz及びxyについてSzz+Syy=0となるようなxzを逆算してxzを書き換えるものとすることが好ましい。
【0013】
EGR装置が付帯した内燃機関を制御する制御系では、前記補正制御部が、EGRガスの還流を停止するEGRカットを実施するEGRカット域の期間において、EGR率またはEGR量とその目標値との偏差を0と見なすとともに、EGR率またはEGR量に係る前記状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする。
【0014】
並びに、排気ターボ過給機が付帯した内燃機関を制御する制御系では、前記補正制御部が、エンジン回転数及び要求燃料噴射量が低い、または、吸気管内圧力が大気圧に近い値をとるNA域の期間において、吸気管内圧力または吸気量とその目標値との偏差を0と見なすとともに、吸気管内圧力または吸気量に係る前記状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、一部の制御出力の偏差を見かけ上0とする特定の状況下において、有利な制御入力を再現できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態におけるEGRシステムのハードウェア資源構成図。
【図2】同実施形態の制御装置の構成説明図。
【図3】同実施形態の適応スライディングモードコントローラのブロック線図。
【図4】内燃機関の現在状況に関する指標値(エンジン回転数及び要求負荷)と、EGRカット条件及びNA条件との関係を概説する図。
【図5】同実施形態の制御装置が実行する処理の手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。図1に示すものは、本発明の適用対象の一であるEGRシステムである。内燃機関2に付帯するこのEGRシステムは、吸排気系3、4における複数の流体圧または流量に関する値を検出するための計測器11、12と、それらの値に目標値を設定し、各値を目標値に追従させるべく複数の操作部45、42、33を操作する制御装置たるECU(Electronic Control Unit)5とを具備してなる。
【0018】
内燃機関2は、例えば過給機を備えたディーゼルエンジンである。内燃機関2の吸気系3には、可変ターボのコンプレッサ31を配設するとともに、その下流に吸気冷却用のインタークーラ32、及び新気量を調節するDスロットルバルブ33を設ける。また、新気量を計測する流量計11、吸気管内圧力を計測する圧力計12をそれぞれ設置する。
【0019】
内燃機関2の排気系4には、コンプレッサ31を駆動するタービン41を配設し、タービン41の入口には過給機のA/R比を増減させるためのノズルベーン42を設ける。タービン41の下流には、DPF(Diesel Particulate Filter)(図示せず)を設置する。そして、内燃機関2の燃焼室より排出される排気ガスの一部を吸気系3に還流させるEGR通路43を形成する。EGR通路43は、吸気系3におけるスロットルバルブ33よりも下流に接続する。EGR通路43には、排気冷却用のEGRクーラ44と、通過する排気ガス(EGRガス)量を調節する外部EGRバルブ45とを設ける。
【0020】
本実施形態では、EGR率(または、EGR量)と、吸気管内圧力(または、吸気量)とについて各々目標値を設定し、双方の制御量を一括に目標値に向かわせるべく複数の操作部、即ちEGRバルブ45、可変ターボのノズル42及びスロットルバルブ33を操作する制御を実施する。
【0021】
EGRバルブ45、ノズルベーン42、スロットルバルブ33は、ECU5により統御されてその開度をリニアに変化させる。各操作部45、42、33は、駆動信号のデューティ比を増減させることで開度を変える電気式のバルブや、あるいはバキュームコントロールバルブ等と組み合わされ弁体のリフト量を制御して開度を変える機械式のバルブ等を用いてなる。
【0022】
ECU5は、プロセッサ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)またはフラッシュメモリ、A/D変換回路、D/A変換回路等を包有するマイクロコンピュータである。ECU5は、EGR率及び吸気管内圧力を検出するための計測器11、12の他、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温、大気圧、DPFの前後差圧(DPFの上流側排気圧と下流側排気圧との差)等を検出する各種計測器(図示せず)と電気的に接続し、これら計測器から出力される信号を受け取って各値を知得することができる。
【0023】
因みに、本実施形態では、EGR率を直接計測していない。内燃機関2のシリンダに入る空気量は、可変ターボのノズル開度を基に予測することが可能である。その空気量の予測値をgcylとおき、流量計11で計測される新気量をgaとおくと、推定EGR率eegrについて、eegr=1−ga/gcylなる関係が成立する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、可変ターボのノズル開度とシリンダに入る空気量との関係を定めたマップデータが記憶されている。ECU5は、可変ターボのノズル開度をキーとしてマップを検索し、シリンダに入る空気量の予測値を得、これと新気量とを上記式に代入してEGR率を算出する。
【0024】
並びに、ECU5は、EGRバルブ45、可変ターボのノズル42、スロットルバルブ33や、燃料噴射を司るインジェクタ及び燃料ポンプ等(図示せず)と電気的に接続しており、これらを駆動するための信号を入力することができる。
【0025】
ECU5で実行するべきプログラムはROMまたはフラッシュメモリに予め記憶されており、その実行の際にRAMへ読み込まれ、プロセッサによって解読される。ECU5は、プログラムに従い内燃機関2を制御する。例えば、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温等の諸条件に基づき要求される燃料噴射量(いわば、要求されるエンジン負荷)を決定し、その要求噴射量に対応する駆動信号をインジェクタ等に入力して燃料噴射を制御する。その上で、ECU5は、プログラムに従い、図2、図3に示すサーボコントローラ51及び補正制御部52としての機能を発揮する。
【0026】
サーボコントローラ51は、スライディングモードコントローラであって、EGR率及び吸気管内圧力のスライディングモード制御を担う。フィードバック制御時、ECU5は、各種計測器(図示せず)が出力する信号を受け取ってエンジン回転数、アクセル踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温及び気圧等を知得し、要求噴射量を決定する。続いて、少なくともエンジン回転数及び要求噴射量に基づき、目標EGR率及び目標吸気管内圧力を設定する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、エンジン回転数及び要求噴射量に応じて設定するべき各目標値を示すマップデータが記憶されている。ECU5は、エンジン回転数及び要求噴射量をキーとしてマップを検索し、EGR率及び吸気管内圧力の目標値を得る。さらに、マップを参照して得た目標値を基本値とし、これを冷却水温、吸気温、外部の気温や気圧等に応じて補正して最終的な目標値とする。
【0027】
そして、ECU5は、計測器11、12が出力する信号を受け取ってEGR率及び吸気管内圧力の現在値を知得し、各制御量の現在値と目標値との偏差からEGRバルブ45の開度、可変ターボのノズル42の開度及びスロットルバルブ33の開度を演算して、各々の操作量に対応する駆動信号をそれら操作部45、42、33に入力、開度を操作する。
【0028】
EGR率の適応スライディングモード制御に関して補記する。状態方程式及び出力方程式は、下式(数1)の通りである。
【0029】
【数1】

本実施形態では、状態量ベクトルXを出力ベクトルYから直接知得できる構造とする、換言すれば計測器11、12を介して検出可能な値を直接の制御対象とすることにより、状態推定オブザーバを排して推定誤差に伴う制御性能の低下を予防している。出力行列Cは既知、本実施形態では単位行列とする。
【0030】
プラントのモデル化、即ち状態方程式(数1)における係数行列A及び入力行列Bの同定にあたっては、各操作部45、42、33に様々な周波数からなるM系列信号を入力して開度を操作し、EGR率及び吸気管内圧力の値を観測して、その入出力データから行列A、Bを同定する。各操作部45、42、33に入力するM系列信号は、互いに無相関なものとする。これにより、各値の相互干渉を考慮したモデルを作成することができる。
【0031】
図3に、本実施形態の適応スライディングモード制御系のブロック線図を示す。スライディングモードコントローラ51の設計手順には、切換超平面の設計と、状態量を切換超平面に拘束するための非線形切換入力の設計とが含まれる。1形のサーボ系を構成するべく、当初の状態量ベクトルXに、目標値ベクトルRと出力ベクトルYとの偏差の積分値ベクトルZを付加した新たな状態量ベクトルXeを定義すると、下式(数2)に示す拡大系の状態方程式を得る。
【0032】
【数2】

安定余裕を考慮し、切換超平面の設計にはシステムの零点を用いた設計手法を用いる。即ち、上式(数2)の拡大系がスライディングモードを生じているときの等価制御系が安定となるように超平面を設計する。切換関数σを式(数3)で定義すると、状態が超平面に拘束されている場合にσ=0かつ式(数4)が成立する。
【0033】
【数3】

【0034】
【数4】

故に、スライディングモードが生じているときの線形入力(等価制御入力)は、下式(数5)となる。
【0035】
【数5】

上式(数5)の線形入力を拡大系の状態方程式(数2)に代入すると、下式(数6)の等価制御系となる。
【0036】
【数6】

この等価制御系が安定になるように超平面を設計することと、目標値Rを無視した系に対して設計することとは等価であるので、下式(数7)が成立する。
【0037】
【数7】

上式(数7)の系に対して安定度εを考慮し、最適制御理論を用いてフィードバックゲインを求め、それを超平面とすると、下式(数8)となる。
【0038】
【数8】

行列Psは、リカッチ方程式(数9)の正定解である。
【0039】
【数9】

リカッチ方程式(数9)におけるQsは制御目的の重み行列で、非負定な対称行列である。q1、q2は偏差の積分Zに対する重みであり、制御系の周波数応答の速さの違いにより決定する。q3、q4は出力Yに対する重みであり、ゲインの大きさの違いにより決定する。また、リカッチ方程式(数9)におけるRsは制御入力の重み行列で、正定対称行列である。εは安定余裕係数で、ε≧0となるように指定する。
【0040】
なお、上記式(数8)、(数9)に替えて、以下に示す離散系の超平面構築式(数10)及び代数リカッチ方程式(数11)を用いてもよい。
【0041】
【数10】

【0042】
【数11】

超平面に拘束するための入力の設計には、最終スライディングモード法を用いる。ここでは、制御入力Uを、線形入力Ueqと新たな入力即ち非線形入力(非線形制御入力)Unlとの和として、下式(数12)で表す。
【0043】
【数12】

切換関数σを安定させたいので、σについてのリアプノフ関数を下式(数13)のように選び、これを微分すると式(数14)となる。
【0044】
【数13】

【0045】
【数14】

式(数12)を式(数14)に代入すると、下式(数15)となる。
【0046】
【数15】

非線形入力Unlを下式(数16)とすると、リアプノフ関数の微分は式(数17)となる。
【0047】
【数16】

【0048】
【数17】

従って、切換ゲインkを正とすれば、リアプノフ関数の微分値を負とすることができ、スライディングモードの安定性が保証される。このときの制御入力Uは、下式(数18)である。
【0049】
【数18】

ηはチャタリング低減のために導入した平滑化係数であって、η>0である。
【0050】
スライディングモード制御では、状態量を超平面に拘束するために非線形ゲインを大きくする必要がある。だが、非線形ゲインを大きくすると、制御入力にチャタリングが発生する。そこで、モデルの不確かさを、構造が既知でパラメータが未知な確定部分と、構造が未知だがその上界値が既知な不確定部分とに分ける。状態方程式(数1)に不確かさ(f+Δf)を加え、下式(数19)で表す。
【0051】
【数19】

不確かさの確定部分fは、未知パラメータθを同定することで補償される。さすれば、切換ゲインは不確かさの不確定部分Δfのみにかかることとなり、切換ゲインが不確実成分全体(f+Δf)にかかる場合と比べて制御入力のチャタリングを大幅に低減できる。
【0052】
制御入力Uは、式(数18)に適応項Uadを追加した下式(数20)となる。
【0053】
【数20】

制御入力(数20)におけるΓ1は、適応ゲイン行列である。関数hは、一般には状態量x及び/または未知パラメータθの関数とするが、本実施形態ではhをx及びθに無関係な単純式、定数とすることにより、xを速やかに収束させ、θの適応速度を高めるようにしている。特に、h=1とした場合、推定パラメータを下式(数21)に則って同定することができる。
【0054】
【数21】

本実施形態では、EGR率y1及び吸気管内圧力y2を制御出力変数とし、EGRバルブ45の開度u1、可変ターボのノズル42の開度u2及びスロットルバルブ33の開度u3を制御入力変数とした3入力2出力のフィードバック制御を行う。状態変数の個数(システムの次数)は、当初の系(数1)では出力変数の個数と同じく2、拡大系(数2)では4となる。制御出力及び状態量をこのように特定することで、排気ガスに直接触れる箇所に流量計等の計測器を設置する必要がなくなる。
【0055】
尤も、本実施形態のような3入力2出力のシステムでは、det(SBe)=0が成立し、行列(SBe)は正則とはならない。そこで、逆行列(SBe-1を、一般化逆行列として算定する。一般化逆行列には、例えばムーア・ペンローズ型の逆行列(SBeを用いる。
【0056】
EGRバルブ45に係る制御入力u1、ノズルベーン42に係る制御入力u2、Dスロットルバルブに係る制御入力u3はそれぞれ、下式(数22)に示すように、線形入力項と非線形入力項と適応項との和となる。
【0057】
【数22】

スライディングモードコントローラ51が参照する状態量ベクトルXe=[xe1e2e3e4Tは、その成分に、制御出力Yとその目標値Rとの偏差の時間積分xe1、xe2と、それ以外のものxe3、xe4とを含んでいる。xe1及びxe3は第一の制御出力たるEGR率y1に係り、xe2及びxe4は第二の制御出力たる吸気管内圧力y2に係り、これら状態変数xe1及びxe3、xe2及びxe4は各制御出力y1、y2毎に個別のものとなっている。また、xe3、xe4は出力方程式(数1)を介して各制御出力y1、y2とそれぞれ結びついている。
【0058】
しかして、補正制御部52は、複数の制御出力y1、y2のうち一部のものの偏差を0と見なす特定の期間において、スライディングモードコントローラ51が制御入力Uの演算に際し参照する状態量Xeの書き換えを行う。ここに言う特定の期間とは、例えば、EGRガスの還流を停止するEGRカット域にある期間、または、エンジン回転数及び要求燃料噴射量が低く吸気管内圧力が大気圧に近い値をとるNA域にある期間である。
【0059】
まず、EGRカット域について述べる。EGRカットを実施するための条件は、内燃機関2や自動車の種類等に応じて異なるが、具体例を列挙すると、
(I)高回転で高負荷の運転領域にあるとき。つまり、エンジン回転数が閾値以上かつ燃料噴射量が閾値以上であるとき
(II)標高の高い場所に所在し、ある程度以上の負荷運転領域にあるとき。換言すれば、外部の気圧が、エンジン回転数及び燃料噴射量を基に定まる閾値(ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、エンジン回転数及び燃料噴射量に応じて設定するべき外気圧の閾値を示すマップデータが記憶されている)以下であるとき
(III)標高の低い場所に所在し、暖気運転を必要としているとき。つまり、外部の気圧が所定閾値以上かつ冷却水温が所定閾値(典型的には、40℃)以下であるとき
等に、EGRカットを行う。
【0060】
補正制御部52は、EGRカット中、スライディングモードコントローラ51に与える目標値Rを切り換える。即ち、補正制御部52は、EGRカット用のEGR率目標値egrtargを、目標値r1としてスライディングモードコントローラ51に与える。このegrtargは、通常0である。他方、吸気管内圧力の目標値r2については、EGRカットの有無にかかわらず、エンジン回転数や燃料噴射量等に基づいて定まる本来の目標値をスライディングモードコントローラ51に与え、制御出力y2を目標値r2に追従させる制御を継続させる。
【0061】
さらに、補正制御部52は、同じegrtargを、EGR率y1及びxe3(本実施形態では、状態量X=出力Yとしていることに留意)としてスライディングモードコントローラ51に与える。つまり、計測器11、12を介して検出したEGR率の実測値を無視する。これにより、EGRカット中のEGR率の偏差が0と見なされる。
【0062】
また、補正制御部52は、EGRカット中、EGRバルブ45及びDスロットルバルブ33のそれぞれの開度を、スライディングモードコントローラ51が演算した制御入力u1、u3によらない値に強制操作する。通常は、EGRバルブ45を全閉するとともに、Dスロットルバルブ33を全開または大きく開放した開度値に固定する。
【0063】
以上に加え、補正制御部52は、EGRカット中、EGR率y1に係る状態変数xe1及びxe3についての多項式S1e1+S3e3を0とする。
【0064】
スライディングモードコントローラ51が算出する非線形入力Unlは、下式(数23)に示す切換関数σに依存する。
【0065】
【数23】

1、S2、S3、S4はそれぞれ、xe1に乗ずる列ベクトル、xe2に乗ずる列ベクトル、xe3に乗ずる列ベクトル、xe4に乗ずる列ベクトルである。既に述べた通り、状態変数xe1はEGR率y1とその目標値r1との偏差の積分であり、状態変数xe2は吸気管内圧力y2とその目標値r2との偏差の積分である。並びに、状態変数xe3はEGR率y1そのものであり、状態変数xe4は吸気管内圧力y2そのものである。
【0066】
EGRカット中は、EGRバルブ45を強制的に全閉してしまうことから、EGR率y1の制御を考慮しなくてよい。つまり、上式(数23)におけるS1e1の項及びS3e3の項が必要ない。よって、EGRカット中、S1e1+S3e3=0となるように状態変数xe1、xe3を反復継続的に書き換えて、これら状態変数xe1、xe3が非線形入力Unlに与える影響を除去する。
【0067】
但し、状態変数xe3は線形入力Ueqにも影響を及ぼすので、xe3を書き換えることは得策でない。翻って、状態変数xe1は線形入力Ueqに影響を及ぼさない(行列Aeの定義に留意)。従って、状態変数xe1を書き換えることを通じて、S1e1+S3e3=0を実現する。そのために必要なxe1は、下式(数24)となる。
【0068】
【数24】

上式(数24)において、行列S1は正方行列ではない。そこで、逆行列S1-1を、一般化逆行列として算定する。一般化逆行列には、例えばムーア・ペンローズ型の逆行列S1を用いる。
【0069】
次いで、NA域について述べる。NA域に遷移する条件であるNA条件は、具体的には、
(IV)低回転で低負荷の運転領域にあるとき。つまり、エンジン回転数が閾値以下かつ燃料噴射量が閾値以下であるとき
(V)吸気管内圧力と大気圧との差が閾値以下であるとき
等である。なお、図4に、EGRカット条件(I)とNA条件(IV)との関係を概念的に示している。
【0070】
補正制御部52は、NA域にある期間中、スライディングモードコントローラ51に与える目標値Rを切り換える。即ち、補正制御部52は、NA域用の吸気管内圧力目標値pimtargを、目標値r2としてスライディングモードコントローラ51に与える。他方、EGR率の目標値r1については、NA域にあるかそうでないかにかかわらず、エンジン回転数や燃料噴射量等に基づいて定まる本来の目標値をスライディングモードコントローラ51に与え、制御出力y1を目標値r1に追従させる制御を継続させる。
【0071】
さらに、補正制御部52は、同じpimtargを、吸気管内圧力y2及びxe4としてスライディングモードコントローラ51に与える。つまり、計測器11、12を介して検出した吸気管内圧力の実測値を無視する。これにより、NA域にある期間中の吸気管内圧力の偏差が0と見なされる。
【0072】
また、補正制御部52は、NA域にある期間中、ノズルベーン42の開度をスライディングモードコントローラ51が算出する制御入力値u2によらない所定値に固定する。
【0073】
以上に加え、補正制御部52は、NA域にある期間中、吸気管内圧力y2に係る状態変数xe2及びxe4についての多項式S2e2+S4e4を0とする。
【0074】
NA域では、ノズルベーン42を開閉操作しても排気ターボが殆ど仕事をしてくれないことから、吸気管内圧力y2の制御を度外視してEGR率y1の制御に注力した方がよい。つまり、式(数23)におけるS2e2の項及びS4e4の項が必要ない。よって、NA域にある期間中、S2e2+S4e4=0となるように状態変数xe2、xe4を反復継続的に書き換えて、これら状態変数xe2、xe4が非線形入力Unlに与える影響を除去する。
【0075】
但し、状態変数xe4は線形入力Ueqにも影響を及ぼすので、xe4を書き換えることは得策でない。翻って、状態変数xe2は線形入力Ueqに影響を及ぼさない(行列Aeの定義に留意)。従って、状態変数xe2を書き換えることを通じて、S2e2+S4e4=0を実現する。そのために必要なxe2は、下式(数25)となる。
【0076】
【数25】

上式(数25)において、行列S2は正方行列ではない。そこで、逆行列S2-1を、一般化逆行列として算定する。一般化逆行列には、例えばムーア・ペンローズ型の逆行列S2を用いる。
【0077】
図5に、ECU5が実行する処理の手順例を示す。ECU5は、エンジン回転数及び要求燃料噴射量、冷却水温、大気圧等を参照して、EGRカット条件が成立したか否かを判断する(ステップS1)。EGRカット条件が成立していれば、S1e1+S3e3=0の関係を満足する状態変数xe1を算出し(ステップS2)、ECU5のメモリに記憶保持しているxe1の書き換えを行う(ステップS3)。
【0078】
その上で、スライディングモード制御の手法に則り、制御入力Uを算出する(ステップS4)。しかる後、算出した制御入力Uに基づいて操作部45、42、33を操作する(ステップS5)。但し、EGRカット中は、ステップS4にて所定の目標EGR率egrtargをEGR率の目標値r1及び実測値y1、xe3としてスライディングモードコントローラ51に与えるとともに、ステップS5にてスライディングモードコントローラ51の演算した制御入力値u1、u3を無視してEGRバルブ45及びDスロットルバルブ33を強制操作する。
【0079】
ステップS2ないしS5を含むEGRカット処理は、EGRカット条件が成立しなくなるまで、即ちEGRカットを終了するまで続行する(ステップS6)。
【0080】
また、ECU5は、エンジン回転数及び要求燃料噴射量、大気圧及び吸気管内圧力等を参照して、NA条件が成立したか否かを判断する(ステップS7)。NAカット条件が成立していれば、S2e2+S4e4=0の関係を満足する状態変数xe2を算出し(ステップS8)、ECU5のメモリに記憶保持しているxe2の書き換えを行う(ステップS9)。
【0081】
その上で、スライディングモード制御の手法に則り、制御入力Uを算出する(ステップS10)。しかる後、算出した制御入力Uに基づいて操作部45、42、33を操作する(ステップS11)。但し、NA域にある期間中は、ステップS10にて所定の目標吸気管内圧力pimtargを吸気管内圧力の目標値r2及び実測値y2、xe4としてスライディングモードコントローラ51に与えるとともに、ステップS11にてスライディングモードコントローラ51の演算した制御入力値u2を無視してノズルベーン42を強制操作する。
【0082】
ステップS8ないしS11を含むNA域の処理は、NA条件が成立しなくなるまで続行する(ステップS12)。
【0083】
EGRカット条件もNA条件も成立していない期間は、通常通り制御入力Uを算出し(ステップS13)、その制御入力Uをそのまま操作部45、42、33に与えてこれらを操作する(ステップS14)。
【0084】
ECU5は、上記のステップS1ないしS14を、反復的に実施する。
【0085】
本実施形態によれば、内燃機関2またはこれに付帯する装置に係る複数の制御出力y1、y2をそれぞれの目標値r1、r2に追従させるスライディングモード制御を実施するものであって、制御出力y1、y2とその目標値r1、r2との偏差の時間積分xe1、xe2及びそれ以外のものxe3、xe4を含む、各制御出力毎に個別の状態変数xe1、xe2、xe3、xe4を参照して、線形入力Ueq及び非線形入力Unlを反復的に演算するスライディングモードコントローラ51と、制御出力y1またはy2の偏差を0と見なす特定期間(EGRカット域またはNA域)にあるときに、前記非線形入力Unlを規定する、当該制御出力y1またはy2に係る状態変数xe1、xe3またはxe2、xe4についての多項式S1e1+S3e3またはS2e2+S4e4を0とする補正制御部52とを具備する制御装置5を構成したため、EGRカット域におけるxe1の固定値またはNA域におけるxe2の固定値が恒常的に一定とならないことに起因した不都合を緩和ないし解消できる。即ち、EGRカット域またはNA域等における燃費や燃焼安定性の悪化、エンジン出力のばらつき、EGRカット域またはNA域等からノーマル域に復帰する際の制御追従性の一時的劣化等を回避することが可能となる。
【0086】
なお、本発明は以上に詳述した実施形態に限られるものではない。例えば、EGR制御における制御入力変数は、EGRバルブ開度、可変ノズルターボ開度及びスロットルバルブ開度には限定されない。制御出力変数も、EGR率(または、EGR量)及び吸気管内圧力(または、吸気量)には限定されない。新たな入力変数、出力変数を付加して、4入力3出力の3次システムを構築するようなことも可能である。例えば、吸気系に過給機(のコンプレッサ)をバイパスする通路が存在している場合、その通路上に設けられたバルブをも操作することがある。このとき、当該バイパス通路内の圧力または流量等を制御出力変数に含め、当該バイパス通路上のバルブの開度を制御入力変数に含めることができる。
【0087】
その他各部の具体的構成は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、例えば、過給機及びEGR装置が付帯した内燃機関のEGR率を制御するための制御コントローラとして利用することができる。
【符号の説明】
【0089】
5…ECU(制御装置)
51…適応スライディングモードコントローラ
52…補正制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関またはこれに付帯する装置に係る複数の制御出力をそれぞれの目標値に追従させるスライディングモード制御を実施するものであって、
制御出力とその目標値との偏差の時間積分xz及びそれ以外のものxyを含む、各制御出力毎に個別の状態変数を参照して、線形入力及び非線形入力を反復的に演算するスライディングモードコントローラと、
ある制御出力の偏差を0と見なす特定期間にあるときに、前記非線形入力を規定する、当該制御出力に係る状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする補正制御部と
を具備することを特徴とする制御装置。
但し、Szは切換超平面を構成する行列Sの成分のうち前記状態変数xzに乗ずる列ベクトルであり、Syは同行列Sの成分のうち前記状態変数xyに乗ずる列ベクトルである
【請求項2】
前記補正制御部は、ある制御出力の偏差を0と見なす特定期間において、当該制御出力に係る状態変数xz及びxyについてSzz+Syy=0となるようなxzを逆算してxzを書き換える請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)装置が付帯した内燃機関を制御するものであり、
前記補正制御部は、EGRガスの還流を停止するEGRカットを実施する期間において、EGR率またはEGR量とその目標値との偏差を0と見なすとともに、EGR率またはEGR量に係る前記状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする請求項1または2記載の制御装置。
【請求項4】
排気ターボ過給機が付帯した内燃機関を制御するものであり、
前記補正制御部は、エンジン回転数及び要求燃料噴射量が低い、または、吸気管内圧力が大気圧に近い値をとる期間において、吸気管内圧力または吸気量とその目標値との偏差を0と見なすとともに、吸気管内圧力または吸気量に係る前記状態変数xz及びxyについての多項式Szz+Syyを0とする請求項1または2記載の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−43148(P2011−43148A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−193654(P2009−193654)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】