説明

減衰力可変ダンパの制御装置

【課題】車体の姿勢変化抑制と共に車両の旋回性能を考慮した目標減衰力を設定して、乗心地を向上させる減衰力可変ダンパを提供する。
【解決手段】車体と車輪との間の相対振動の減衰に供される減衰力可変ダンパの制御装置90であって、車体の運動状態に基づき、目標減衰力ベース値を設定する姿勢制御目標減衰値設定部56と、各車輪の横滑り状態を検出するUS/OS/CS判定部64と、US/OS/CS判定部64の判定結果に基づき、減衰力補正値を設定する補正値設定部66と、目標減衰力ベース値に減衰力補正値を加算することにより目標減衰力を算出する制御目標減衰値設定部70とを備えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のサスペンション装置に設けられたダンパの減衰力を、可変制御する減衰力可変ダンパの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の減衰力可変ダンパの制御は、車体のピッチング、ローリング、上下動による姿勢変化の抑制を主目的としており、ピッチ制御、ロール制御、および、上下動のスカイフック制御において、それぞれに対して算出された目標減衰値のうち最も大きな値を可変ダンパの目標減衰値として出力していた。
例えば、特許文献1は、ピッチ制御目標値、ロール制御目標値、および、スカイフック制御目標値のうち、ダンパストローク速度が正のときには最大値を、負のときには最小値を目標減衰力として設定する減衰力可変ダンパの制御装置について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−230376号公報(図3、段落0014、0015参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1で目標減衰力の設定に用いられているロール制御は、車体のローリング、ピッチ制御は車体のピッチング、スカイフック制御は車体上下方向の移動をそれぞれ抑制する指標である。これらの指標から目標減衰力を設定することで、車両の姿勢変化を抑制することが可能であるが、前記した制御を行っている場合に、車両の横滑りに影響を与えるという問題があった。
【0005】
例えば、ロール制御目標値に基づいて目標減衰力を設定した場合に、左右の前輪に位置するダンパの減衰力を高める制御を行ったとする。これにより、左右前輪側のダンパは硬くなることから、車体横(左右)方向への荷重移動が速くなるため、その荷重移動が過大な場合には、アンダーステア傾向が強くなり、旋回運動の安定性(乗心地)に影響を与える可能性がある。
例えば、後輪のロール剛性を高める(つまりロール制御により左右の後輪側のダンパを固める)と、後輪の荷重移動が大きくなることから、オーバーステアが強くなるといった旋回運動の安定性(乗心地)に影響を与える可能性がある。
【0006】
本発明は、車体の姿勢変化抑制と共に車両の旋回性能を考慮した目標減衰力を設定して、旋回操縦安定性を向上させる減衰力可変ダンパの制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明は、車体と車輪との間の相対振動の減衰に供される減衰力可変ダンパの制御装置であって、前記車体の運動状態に基づき、目標減衰力ベース値を設定するベース値設定手段と、前記各車輪の横滑り状態を検出する横滑り状態検出手段と、前記横滑り状態検出手段の検出結果に基づき、減衰力補正値を設定する補正値設定手段と、前記目標減衰力ベース値に前記減衰力補正値を加算することにより目標減衰力を算出する目標減衰力算出手段とを備えたことを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、車両の横滑り状態に基づいて目標減衰力ベース値を補正することで、旋回性能を考慮した目標減衰力を設定することができる。
【0009】
また、本発明は、車両の実際のヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、舵角を検出する舵角検出手段と、車両の横加速度を検出する横加速度検出手段と、車速を検出する車速検出手段と、前記実ヨーレート検出手段により検出された実ヨーレートと、前記舵角および車速から設定された規範ヨーレートと、前記横加速度および車速から設定された軌跡角速度とに基づきヨーレート偏差を算出するヨーレート偏差算出手段と、を有し、前記横滑り状態検出手段は、前記算出されたヨーレート偏差に基づき、車両のアンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアの各状態を検出し、前記補正値設定手段は、前記ヨーレート偏差算出手段による算出結果と、前記横滑り状態検出手段による前記各状態の検出結果に基づいて減衰力補正値を設定することを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、検出されたアンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアの各状態と、ヨーレート偏差に応じて減衰力補正値を設定することができるため、車両の横滑りを抑制することを考慮して目標減衰力を設定することができ、旋回運動の安定性を向上させることができる。
【0011】
また、本発明は、目標減衰力ベース値は、車体のローリングを制御するためのロール制御目標値、車体のピッチングを制御するためのピッチ制御目標値、および、各車輪の上の車体の上下方向を制御するためのスカイフック制御目標値のうち最も高いものを選択したものであり、前記選択された目標減衰力ベース値に、前記減衰力補正値を加算することを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、横滑りに関する制御が車体の姿勢変化抑制と併せて行われるため、旋回操縦安定性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、車体の姿勢変化抑制と共に車両の旋回性能を考慮した目標減衰力を設定して、旋回操縦安定性を向上させる減衰力可変ダンパの制御装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施の形態に係る4輪自動車の概略構成図である。
【図2】実施の形態に係るサスペンション装置の正面図である。
【図3】実施の形態に係る減衰力可変ダンパの縦断面図である。
【図4】減衰力可変ダンパの制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【図5】ダンパの制御目標減衰値の設定を示すフローチャートである。
【図6】図5における目標減衰力ベース値の計算の詳細を示すフローチャートである。
【図7】アンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアの各状態による補正値マップを示す図である。
【図8】第2の実施の形態における目標減衰力設定を示すフローチャートである。
【図9】第2の実施の形態における目標減衰力設定を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態に係る減衰力可変ダンパの制御装置について図を参照しながら詳細に説明する。
【0016】
図1は実施の形態に係る4輪自動車の概略構成図であり、図2は実施の形態に係るサスペンション装置の正面図であり、図3は実施の形態に係る減衰力可変ダンパの縦断面図である。
【0017】
(第1の実施の形態)
図1を参照して、第1の実施の形態に係る自動車の概略構成について説明する。説明にあたり、4本の車輪やそれらに対して配置された部材、すなわち、タイヤやサスペンション等については、それぞれ数字の符号に前後左右を示す符号を付して、例えば、車輪3fl(左前)、車輪3fr(右前)、車輪3rl(左後)、車輪3rr(右後)と記すとともに、総称する場合には、例えば、車輪3と記す。
【0018】
図1に示すように、自動車(車両)100はタイヤ2が装着された4つの車輪3を備えており、これら各車輪3がサスペンションアーム43(図2参照)や、コイルスプリング41(図2参照)、MRF(Magneto-Rheological Fluids)式減衰力可変ダンパ(以下、単にダンパと記す)20(図2参照)等からなるサスペンション装置4によって車体1に懸架されている。
【0019】
車両100には、車体1に搭載された各ダンパ20の減衰力を統括制御する制御装置7(以下、ECU(Electronic Control Unit)7と称する)の他、横加速度を検出する横Gセンサ10(横加速度検出手段)や、ヨーレートを検出するヨーレートセンサ11、操舵角を検出する舵角センサ(舵角検出手段)15、前後加速度を検出する前後Gセンサ16等が車体1に設置されている。
【0020】
ここで、ECU7が請求項に記載の「減衰力可変ダンパの制御装置」に対応する。
また、車両100には、ホイールハウス付近の上下加速度(バネ上質量である車体側部材の上下方向の加速度)を検出する上下Gセンサ12と、ダンパ20およびサスペンション装置4の伸縮状態量であるストローク変位(車体側部材に対する車輪側部材の相対変位)を検出するダンパ変位センサ13と、各車輪速を検出する車輪速センサ14と、図示しないバッテリからダンパ20に減衰力制御のために供給する直流電流をPWM(Pulse Width Modulation)制御する駆動回路6が車輪3ごとに設置されている。
また、ECU7は、図示省略のマイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース等から構成され、各センサ10〜16の出力信号が入力されている。
【0021】
(サスペンション装置)
図2に示すように、車輪3を懸架するサスペンション装置4は、車体1にナックル5を上下動自在に支持するサスペンションアーム43と、サスペンションアーム43および車体1を接続する減衰力可変のダンパ20と、ダンパ20の変位を検出するダンパ変位センサ13と、上端がサポートプレート29を介して車体1に接続されたピストンロッド23と、シリンダ21の上端面と車体1側との間の衝突による衝撃を緩和するバウンドストッパ31と、サスペンションアーム43またはダンパ20のシリンダ21と車体1とを接続するコイルスプリング41とを備える。
【0022】
(ダンパ)
図3に示すように、ダンパ20は、下端がサスペンションアーム43(図2参照)に接続されたシリンダ21と、シリンダ21内壁に摺動自在に嵌合するピストン22と、ピストン22から上方に延びてシリンダ21の上壁を液密に貫通し、上端がサポートプレート29を介して車体1(図2参照)に接続されたピストンロッド23と、シリンダ21の下部内壁に摺動自在に嵌合するフリーピストン24とを備えている。シリンダ21の内部には、ピストン22により仕切られた上側の第1流体室25および下側の第2流体室26が区画されるとともに、フリーピストン24の下部に圧縮ガスが封入されたガス室27が区画される。
【0023】
ピストン22にはその上下面を連通させるように複数の流体通路22a…が形成されており、これらの流体通路22a…によって第1、第2流体室25,26が相互に連通する。第1、第2流体室25,26および流体通路22a…に封入される磁気粘性流体は、オイルのような粘性流体に鉄粉のような磁性体微粒子を分散させたもので、磁界を加えると磁力線に沿って磁性体微粒子が整列することで粘性流体が流れ難くなり、見かけの粘性が増加する性質を有している。
【0024】
ピストン22の内部には、周方向に沿ってコイル28が設けられており、そのコイル28への給電線35は、ピストンロッド23の中心部に設けられた図示しない中空部を経て上端から車体1(図2参照)へ配線され、ECU7から出力されるPWM制御指令値が駆動回路6(図2参照)に入力され、駆動回路6により前記給電線35を通じてコイル28への通電が制御される。コイル28に通電されると矢印で示すように磁束が発生し、流体通路22a…を通過する磁束により磁気粘性流体の粘性が変化する。
【0025】
ダンパ20が収縮してシリンダ21に対してピストン22が下動すると、第1流体室25の容積が増加して第2流体室26の容積が減少するため、第2流体室26の磁気粘性流体がピストン22の流体通路22a…を通過して第1流体室25に流入し、逆にダンパ20が伸長してシリンダ21に対してピストン22が上動すると、第2流体室26の容積が増加して第1流体室25の容積が減少するため、第1流体室25の磁気粘性流体がピストン22の流体通路22a…を通過して第2流体室26に流入する。その際に流体通路22a…を通過する磁気粘性流体の粘性抵抗によりダンパ20が減衰力を発生する。
【0026】
このとき、コイル28に通電して磁界を発生させると、ピストン22の流体通路22a…に存在する磁気粘性流体の見かけの粘性が増加して該流体通路22aを通過し難くなるため、ダンパ20の減衰力が増加する。この減衰力の増加量は、コイル28に供給する電流の大きさにより任意に制御することができる。
【0027】
なお、ダンパ20に衝撃的な圧縮荷重が加わって第2流体室26の容積が減少するとき、ガス室27を縮小させながらフリーピストン24が下降することで衝撃を吸収する。またダンパ20に衝撃的な引張荷重が加わって第2流体室26の容積が増加するとき、ガス室27を拡張させながらフリーピストン24が上昇することで衝撃を吸収する。
【0028】
さらに、ピストン22が下降してシリンダ21内に収納されるピストンロッド23の容積が増加したとき、その容積の増加分を吸収するようにフリーピストン24が下降する。
また、ピストンロッド23の上端側には、ピストンロッド23に固定され、車体1(図2参照)側に支持された弾性体で構成されたバウンドストッパ31が設けられ、サスペンション装置4がフルバンプしたとき(最大圧縮状態になったとき)に、ダンパ20のシリンダ21の上端面と車体1側との間の衝突による衝撃を緩和する。同様に、サスペンション装置4がフルリバウンドしたとき(最大伸長状態になったとき)に、ダンパ20のシリンダ21の上端下面とピストン22の上端面との間の衝突による衝撃を緩和するため、シリンダ21の上端下面に弾性体で構成されたリバウンドストッパ33が設けられている。
【0029】
(減衰力可変ダンパの制御装置)
次に、図4を参照しながら、減衰力可変ダンパの制御装置について説明する。図4は、減衰力可変ダンパの制御装置の概略構成を示すブロック図である。減衰力可変ダンパの制御装置90は、ECU7に収容され、姿勢制御部50、ヨーレート制御部60、制御目標減衰値設定部(目標減衰力算出手段)70および駆動電流設定部80から構成される。ここで、図4に示す減衰力可変ダンパの制御装置90において、点線で囲まれた姿勢制御部50、制御目標減衰値設定部70および駆動電流設定部80は車輪ごとに備えられ、即ち、前輪左右、後輪左右の計4個備えられ、ヨーレート制御部60は各車輪共通のもので、1個が備えられている。
【0030】
姿勢制御部50は、ストローク速度計算部51、バネ上−上下速度計算部52、スカイフック制御部53、ピッチ抑制制御部54、ロール抑制制御部55および姿勢制御目標減衰値設定部(ベース値設定手段)56を備える。
【0031】
ストローク速度計算部51は、ダンパ変位センサ13の信号に基づいて、ダンパのストローク速度を計算する。バネ上−上下速度計算部52は、上下Gセンサ12の信号に基づいて、車体の上下方向の絶対速度であるバネ上−上下速度を計算する。
【0032】
スカイフック制御部53は、ストローク速度とバネ上−上下速度とに基づいて、車体の上下方向の移動を制御するためのスカイフック制御目標値を生成する。ピッチ抑制制御部54は、前後Gセンサ16の信号に基づいて、車体のピッチングを制御するピッチ抑制制御目標値を生成する。ロール抑制制御部55は、横Gセンサ10の信号に基づいて、車体のローリングを制御するロール抑制制御目標値を生成する。
【0033】
姿勢制御目標減衰値設定部56は、スカイフック制御部53より入力されるスカイフック制御目標値、ピッチ抑制制御部54より入力されるピッチ抑制制御目標値、および、ロール抑制制御部55より入力されるロール抑制制御目標値のうち最も高い制御目標値を選択して(ハイセレクトして)目標減衰力ベース値を設定する。
【0034】
ヨーレート制御部60は、車速を計算する車体速度計算部61と、横加速度を車速で除した軌跡角速度を計算する軌跡角速度計算部62と、規範ヨーレートYREFを計算する規範ヨーレート計算部63と、アンダーステア(US)、オーバーステア(OS)またはカウンターステア(CS)のいずれかを判定するUS/OS/CS判定部(横滑り状態検出手段)64と、ヨーレート偏差計算部(ヨーレート偏差算出手段)65と、ダンパの目標減衰力ベース値の減衰力補正値(以下、「補正値」と記す)を設定する補正値設定部(補正値設定手段)66とを備える。
【0035】
次に、図5に示すフローチャートに基づいて、ダンパの制御目標減衰値の算出について説明する。図5は、ダンパの制御目標減衰値の設定を示すフローチャートである。
まず、姿勢制御部50における姿勢制御目減衰値設定部(ベース値設定手段)56で、目標減衰力ベース値を計算する(ステップS501)。
【0036】
ここで、ステップS501を図6に示すフローチャートを用いて詳細に説明する。
図6は、図5における目標減衰力ベース値の計算の詳細を示すフローチャートである。まず、左前輪の姿勢制御目標減衰値設定部56は、左前輪の目標減衰力ベース値を計算する(ステップS610)。ここで、左前輪の目標減衰力ベース値の計算(ステップS610)は、以下のステップから構成される。まず、ストローク速度計算部51は、ダンパ変位センサ13の出力に基づいて、ストローク速度を計算する(ステップS611)。次に、バネ上−上下速度計算部52は、上下Gセンサの出力に基づいて、バネ上−上下速度を計算する(ステップS612)。
【0037】
次に、スカイフック制御部53は、ストローク速度およびバネ上−上下速度からスカイフック制御目標値を計算する(ステップS613)。次に、ピッチ抑制制御部54は、前後Gセンサの出力に基づいて、ピッチ抑制制御目標値を計算する(ステップS614)。次に、ロール抑制制御部55は、横Gセンサの出力に基づいて、ロール抑制制御目標値を計算する(ステップS615)。次に、姿勢制御目標減衰値設定部56は、スカイフック制御目標値、ピッチ抑制制御目標値またはロール抑制制御目標値のうち、最も大きい目標値を目標減衰力ベース値として選択する(ステップS616)。ステップS611〜S616で示した方法により、同様に右前輪の目標減衰力ベース値の計算(ステップS620)、左後輪の目標減衰力ベース値の計算(ステップS630)、および、右後輪の目標減衰力ベース値の計算(ステップS640)を行う。
【0038】
ここで、図5に戻り、説明を続ける。車体速度計算部61は、車輪速センサ14の出力信号に基づいて、車両の車体速度(車速)を計算する(ステップS502)。次に、軌跡角度計算部62は、横Gセンサ10の出力信号から横加速度を算出し、横加速度を車体速度計算部61で算出した車速で除して軌跡角速度Kを計算する(ステップS503)。
【0039】
次に、規範ヨーレート計算部63は、車速と舵角センサ15で検出した操舵角とに基づいて規範ヨーレートYREFを計算する(ステップS504)。規範ヨーレートYREFは、その時の車体速度においてドライバーがステアリングホイールを操舵角だけ操作した場合に発生すべきヨーレートの規範となる値であって、軌跡角速度Kとともに、車両の旋回状態すなわちオーバーステア、アンダーステアおよびカウンタステアの各状態を判別する際の基準となる。
【0040】
次に、ヨーレート偏差計算部65は、ヨーレートセンサ11の出力信号による実ヨーレートYと規範ヨーレートYREFおよび軌跡角速度Kに基づきヨーレート偏差を計算する。ヨーレート偏差は、後記するUS/OS/CSの各状態におけるダンパの補正値を設定する際に用いる。まず、ヨーレート偏差計算部65は、US状態のヨーレート偏差を規範ヨーレートYREFから実ヨーレートYを減じて算出する(ステップS505)。次に、ヨーレート偏差計算部65は、OS状態のヨーレート偏差を軌跡角速度Kから実ヨーレートYを減じて算出する(ステップS506)。次に、ヨーレート偏差計算部65は、CS状態のヨーレート偏差を規範ヨーレートYREFから軌跡角速度Kを減じて算出する(ステップS507)。
【0041】
ここで、今回は、US/OS/CSで3つの異なるヨーレート偏差を計算したが、一つの基準のヨーレートと実ヨーレートの偏差として、US/OS/CSに共通のヨーレート偏差を計算してもよい。即ち、図5に示すフローチャートにおいて、ステップS505〜S507をステップS525、S526に置き換えてもよい。つまり、ステップS504の後、軌跡角速度Kと規範ヨーレートYREFから基準ヨーレートYSTDを計算する(ステップS525)。次に、基準ヨーレートYSTDと実ヨーレートYからヨーレート偏差を計算する(ステップS526)。
【0042】
次に、US/OS/CS判定部64は、実ヨーレートY、規範ヨーレートYREF及び軌跡角速度Kに基づいて、車両がアンダーステア(US)、オーバーステア(OS)またはカウンタステア(CS)の何れの状態にあるか判定する(ステップS508)。例えば、実ヨーレートYの正負と、実ヨーレートYから規範ヨーレートYREFを減算した偏差Y−YREFの正負とを比較し、その組み合わせによってアンダーステアの状態またはオーバーステアの状態を判定してもよい。カウンタステアは、規範ヨーレートYREFと軌跡角速度Kの符号が不一致の場合をカウンタステアの状態として判定してもよい。
【0043】
図7は、US/OS/CSの各状態における補正値マップを示す図であり、アンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアの状態によるダンパの目標減衰力ベース値の補正値を示したものである。補正値マップは、縦軸が補正値、横軸がヨーレート偏差を示している。図7(a)は、アンダーステアの状態における補正値マップを示し、図7(b)は、オーバーステアの状態における補正値マップを示し、図7(c)はカウンタステアにおける補正値マップを示すものである。
【0044】
次に、補正値設定部66は、車両がUS状態にあるときは(ステップS509のYes)、図7に示すUS状態による補正値を用いて、ヨーレート偏差を基にUS補正値マップから前後車輪それぞれの減衰力の補正値を算出する(ステップS510)。US状態にないときで(ステップS509のNo)、OS状態にあるときは(ステップS511のYes)、図7に示すOS状態による補正値を用いて、ヨーレート偏差を基にOS補正値マップから前後車輪それぞれの減衰力の補正値を算出する(ステップS512)。OS状態にないときで(ステップS511のNo)、CS状態にあるときは(ステップS513のYes)、図7に示すCS状態による補正値を用いて、ヨーレート偏差を基にCS補正値マップから前後車輪それぞれの減衰力の補正値を算出する(ステップS514)。車両がアンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアのいずれの状態にもないときは(ステップS513のNo)、補正値をゼロにする(ステップS515)。
【0045】
アンダーステアの状態のときは、フロントダンパが低減衰力、リアダンパが高減衰力となるように、ヨーレート偏差に対して補正値を設定する。フロントはマイナスの補正値とし、ロールに伴う左右荷重移動を小さくすることで、前左右両輪のローリングの抑制を弱める。反対に、リアダンパはプラスの補正値とし、ロールに伴う左右荷重移動を大きくすることで、後ろ左右両輪のローリングの抑制を強める。これにより、姿勢制御だけの減衰力の制御に対し、相対的にフロントのローリングの抑制を弱め、リアのローリングの抑制を強めることで、車両のヨーモーメントが増加する方向へ変化し、アンダーステアを抑制できる。
【0046】
オーバーステアの状態のときは、フロントダンパが高減衰力、リアダンパが低減衰力となるように、ヨーレート偏差に対して補正値を設定する。フロントはプラスの補正値とし、ロールに伴う左右荷重移動を大きくすることで、前左右両輪のローリングの抑制を強める。反対にリアダンパはマイナスの補正値とし、ロールに伴う左右荷重移動を小さくすることで、後左右両輪の横力和のローリングの抑制を弱める。これにより、姿勢制御だけの減衰制御に対し、相対的にフロントのローリングの抑制を強め、リアのローリングの抑制を弱めることで、車両のモーメントが減少する方向へ変化し、オーバーステアを抑制できる。
【0047】
カウンタステアの状態のときは、フロントダンパおよびリアダンパ共に低減衰力となるように、ヨーレート偏差に対して補正値を設定する。カウンタステアは、オーバーステア状態にある車両のヨーレートを減少させる方向へドライバーが操舵角度を戻した状態である。したがって、フロントダンパは低減衰力とし、前左右両輪のローリングの抑制を弱めることでカウンタ操舵に対する応答性を向上させる。一方、リアダンパも低減衰にして後左右両輪のローリングの抑制を弱めることにより、ヨーモーメントの増加を抑制する。これにより、オーバーステア抑制とカウンタ操舵応答の両方を実現できる。
【0048】
次に、制御目標減衰値設定部70は、姿勢制御部50における姿勢制御目標減衰値設定部56で設定された姿勢制御のためのダンパの目標減衰力ベース値に、前記した補正値を加算することにより、制御目標減衰値(目標減衰力)を設定する(ステップS516)。そして、駆動電流設定部80は、目標減衰力を目標駆動電流に変換し、ダンパの駆動回路へ出力する(ステップS517)。
【0049】
本実施の形態によれば、アンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアのいずれかのステア状態と、ヨーレート偏差とに応じてダンパの目標減衰力ベース値の補正値を設定することにより、アンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアの各状態を抑制でき、旋回運動の安定性を向上させることができる。
【0050】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態では、前輪および後輪に対して、図6に示すUS/OS/CSの各状態を全て補正値へと反映させる。なお、第1の実施の形態と同様な構成又は機能を示す部位については、その説明の重複を適宜省略する。
【0051】
図8および図9は、第2の実施の形態における目標減衰力設定を示すフローチャートである。図8に示すフローチャートのうち、ステップS701〜S707は、図5のステップS501〜S507と同様であるので説明を省略する。
US/OS/CS判定部64は、US/OS/CSのいずれのステア状態にあるかを判定する(ステップS708)。ステップS709からステップS722までは、第1の実施の形態と異なる部分であり、図9で説明する。
【0052】
US状態と判定された場合には(ステップS709のYes)、補正値設定部66は、USヨーレート偏差を基にUS補正値マップ(図7(a)参照)から前後それぞれの補正値を求める(ステップS710)。US状態でないと判定された場合には(ステップS709のNo)、前後ともにUS状態の減衰力補正値を0(ゼロ)とする(ステップS711)。このようにして算出されたUS補正値に対し、増加/減少レート制限を行う(ステップS712)。増加/減少レート制限は、単位時間あるいはサンプリング時間ごとに設定される補正値が急激に変化することで、車両の挙動に影響を与えないようにするため、なだらかに補正値を変化させるように設けられたものである。
【0053】
OS状態と判定された場合は(ステップS713のYes)、補正値設定部66は、OSヨーレート偏差を基にOS補正値マップ(図7(b)参照)から前後それぞれの補正値を求める(ステップS714)。OS状態でないと判定された場合には(ステップS713のNo)、前後ともにOS状態の減衰力補正値を0(ゼロ)とする(ステップS715)。このようにして算出されたOS補正値に対し、増加/減少レート制限を行う(ステップS716)。
【0054】
CS状態と判定された場合は(ステップS717のYes)、補正値設定部66は、CSヨーレート偏差を基にCS補正値マップ(図7(c)参照)から前後それぞれの補正値を求める(ステップS718)。CS状態でないと判定された場合には(ステップS717のNo)、前後ともにCS状態の減衰力補正値を0(ゼロ)とする(ステップS719)。このようにして算出されたCS補正値に対し、増加/減少レート制限を行う(ステップS720)。
【0055】
次に、補正値設定部66は、US補正値とCS補正値のうちいずれか小さい方の補正値にOSの補正値を加算して、前輪側の減衰力補正値を設定する(ステップS721)。
次に、補正値設定部66は、CS補正値とOS補正値のうちいずれか小さい方の補正値にUSの補正値を加算して、後輪側の減衰力補正値を設定する(ステップS722)。
図8に示すステップS723は、図5に示すステップS516と同様であり、図8に示すステップS724は、図5に示すステップS517と同様であるので説明を省略する。
【0056】
このように、US補正値、OS補正値およびCS補正値を全て用いて前輪補正値および後輪補正値を設定することにより、車両のUS/OS/CS状態が切り替わるときに、ダンパの減衰力を滑らかに変化させることができる。
具体的には、例えば、車両がOS状態のときに、OS状態を抑制するようにダンパの減衰力を設定していたとする。このときに、横滑り制御装置(ESC)などの外部制御が加わり、車両がOS状態からUS状態に移行された場合、OS状態を抑制するために設定されていた減衰力が、US状態を抑制するように設定し直されることになる。
【0057】
ここで、OS状態を抑制するためには、後輪の目標減衰力を目標減衰力ベース値に対して低く(柔らかく)設定するのに対し、US状態を抑制するためには後輪の目標減衰力を目標減衰力ベース値に対して高く(硬く)設定する。したがって、OS状態からUS状態に急に変化した場合、単にOS状態、US状態に応じた値に減衰力を切り替えると、目標減衰力の値が急激に増加するため、それに応じて出力される減衰力も急激に変化することになり、車両挙動に影響を与えるおそれがある。
【0058】
よって、前記したように、US/OS/CS状態の全ての補正値を用いて目標減衰力を設定することで、切り換わりにおける減衰力の急激な変化を抑制することができ、車両挙動を安定させることができる。
【0059】
また、前記した増加/減少レート制限を設けることにより、US/OS/CS状態のそれぞれの減衰力補正値が急激に変化するのを抑制することができ、一層滑らかに減衰力を変化させることができるので、さらに車両挙動を安定させることができる。
そして、US/OS/CSの各状態において個別に増加/減少レート制限を設定することで、車両挙動や外境に応じて、それぞれの補正値の立ち上がり(速応性)を調整することができる。
【0060】
前記した例では、US/OS/CS状態の各減衰力補正値を全て用いて、前輪、後輪の減衰力個補正値を設定しているが、このうち2つだけを用いて減衰力補正値を設定することもできる。例えば、CSが発生していない状態であれば、US、OSの減衰力補正値のみで前輪、後輪の減衰力補正値を設定することで、より、US、OS状態に特化した補正値を設定することもできる。
【符号の説明】
【0061】
1 車体
2 タイヤ
3,3fl,3fr,3rl,3rr 車輪
4,4fl,4fr,4rl,4rr サスペンション装置
7 ECU(減衰力可変ダンパの制御装置)
10 横Gセンサ
11 ヨーレートセンサ
12,12fl,12fr,12rl,12rr 上下Gセンサ
13,13fl,13fr,13rl,13rr ダンパ変位センサ
14,14fl,14fr,14rl,14rr 車輪速センサ
15 舵角センサ
20 ダンパ
50 姿勢制御部
56 姿勢制御目標減衰値設定部(ベース値設定手段)
60 ヨーレート制御部
61 車体速度計算部(車体速度検出手段)
62 軌跡角速度計算部
63 規範ヨーレート計算部
64 US/OS/CS判定部(横滑り状態検出手段)
65 ヨーレート偏差計算部(ヨーレート偏差算出手段)
66 補正値設定部(補正値設定手段)
70 制御目標減衰値設定部(目標減衰力算出手段)
80 駆動電流設定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と車輪との間の相対振動の減衰に供される減衰力可変ダンパの制御装置であって、
前記車体の運動状態に基づき、目標減衰力ベース値を設定するベース値設定手段と、
前記各車輪の横滑り状態を検出する横滑り状態検出手段と、
前記横滑り状態検出手段の検出結果に基づき、減衰力補正値を設定する補正値設定手段と、
前記目標減衰力ベース値に前記減衰力補正値を加算することにより目標減衰力を算出する目標減衰力算出手段とを備えた
ことを特徴とする減衰力可変ダンパの制御装置。
【請求項2】
車両の実際のヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、
舵角を検出する舵角検出手段と、
車両の横加速度を検出する横加速度検出手段と、
車速を検出する車速検出手段と、
前記実ヨーレート検出手段により検出された実ヨーレートと、前記舵角および車速から設定された規範ヨーレートと、前記横加速度および車速から設定された軌跡角速度とに基づきヨーレート偏差を算出するヨーレート偏差算出手段と、を有し、
前記横滑り状態検出手段は、前記算出されたヨーレート偏差に基づき、
車両のアンダーステア、オーバーステアまたはカウンタステアの各状態を検出し、
前記補正値設定手段は、前記ヨーレート偏差算出手段による算出結果と、前記横滑り状態検出手段による前記各状態の検出結果に基づいて減衰力補正値を設定する
ことを特徴とする請求項1に記載の減衰力可変ダンパの制御装置。
【請求項3】
前記目標減衰力ベース値は、前記車体のローリングを制御するためのロール制御目標値、前記車体のピッチングを制御するためのピッチ制御目標値、および、前記各車輪の上の車体の上下方向を制御するためのスカイフック制御目標値のうち最も高いものを選択したものであり、
前記選択された目標減衰力ベース値に、前記減衰力補正値を加算する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の減衰力可変ダンパの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−173465(P2011−173465A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37570(P2010−37570)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】