説明

磁性半導体とその製造方法

【課題】磁性元素を含む半導体中で、磁性元素を高濃度に含むナノ結晶の自律的形成を人為的に制御し、結晶中の磁性元素の平均の組成が20%以下の小さい範囲でも、室温以上で強磁性あるいは超常磁性状態となって磁化過程に履歴現象が生じるような薄膜結晶を実現する。
【解決手段】磁性元素を含む半導体において、n型またはp型のドーパントを添加するか、あるいは化合物半導体の場合は結晶成長時の原料供給量の調節により化合物における構成元素の組成割合における化学量論比からのずれを調整することにより、磁性元素イオンの結晶中での価数を変化させてイオン間の引力相互作用を調整することで、磁性元素を高濃度に含むナノ結晶の自律的な形成を人為的に制御することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、磁性元素が含まれたナノ結晶を有する薄膜が基板上に形成されてなる磁性半導体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体エレクトロニクスにおいて電子の電荷だけでなくスピンも利用してより高度な機能を発現しようとする「スピントロニクス」と呼ばれる新分野の研究が注目を集めている。
【0003】
スピントロニクスにおいては、半導体の構成元素の一部を磁性を有する元素(遷移元素または希土類元素)で置換した希薄磁性半導体が、重要な役割を果たすと期待されている。その中でもとりわけ磁性元素の磁気モーメントが自発的に揃う強磁性半導体は、スピンの揃った自由電子の供給源など半導体スピントロニクスにおける基本的な機能実現のために必須と考えられる。
【0004】
室温で動作するスピントロニクスの実用化のためには、転移温度が室温以上である強磁性半導体が必要であり、現在それを目指して種々の半導体に磁性元素を添加した新材料の探索が活発に行われている。
【0005】
これまでの新材料探索の中で、半導体と磁性元素のある組み合わせの場合には半導体結晶中で磁性元素が一様に分布せず、磁性元素が高濃度に凝集したナノメートルサイズの領域(ナノ結晶と呼ぶ)が形成されることがあり、その場合には結晶は高い転移温度の強磁性を示すということが報告されている(非特許文献1、2)。
【0006】
また半導体中の磁性元素イオンの間には引力的相互作用がはたらく結果、結晶中で磁性元素が高濃度に凝集したナノ結晶が形成され、このナノ結晶が強磁性的な性質を示すことにより結晶全体が高い温度で履歴的な磁化過程を示し得ることが理論計算の結果から予測されている(非特許文献3)。
【非特許文献1】L. Gu, S. Y. Wu, H. X. Liu, R. K. Singh, N. Newman, D. J. Smith, ‘Characterization of Al(Cr)N and Ga(Cr)N dilute magnetic semiconductors’, Journal of Magnetism and Magnetic Materials vol.290−291, Pt. 2, pp.1395−1397 (2005). [著者: L. Gu, S. Y. Wu, H. X. Liu, R. K. Singh, N. Newman, D. J. Smith、タイトル: 「希薄磁性半導体Al(Cr)NおよびGa(Cr)Nのキャラクタリゼーション」、雑誌名: Journal of Magnetism and Magnetic Materials、発行所: Elsevier B. V. (Amsterdam, Netherland)、発行日: 2005年4月、290−291巻、第2部、1395−1397頁]
【非特許文献2】M. Jamet, A. Barski, T. Devillers, V. Poydenot, R. Dujardin, P. Bayle−Guillemaud, J. Rothman, E. Bellet−Amalric, A. Marty, J. Cibert, R. Mattana, S. Tatarenko, ‘High−Curie temperature ferromagnetism in self−organized Ge1−xMnx nanocolumns’, Nature Materials vol. 5, No. 8, pp. 653−659 (2006). [著者: M. Jamet, A. Barski, T. Devillers, V. Poydenot, R. Dujardin, P. Bayle−Guillemaud, J. Rothman, E. Bellet−Amalric, A. Marty, J. Cibert, R. Mattana, S. Tatarenko、タイトル: 「自己組織化Ge1−xMnx ナノカラムにおける高いキュリー温度の強磁性」、雑誌名: Nature Materials、発行所: Nature Publishing Group (London, Great Britain)、発行日: 2006年8月、5巻、8号、653−659頁]
【非特許文献3】K. Sato, H. Katayama−Yoshida, P. H. Dederichs, ‘High Curie Temperature and Nano−Scale Spinodal Decomposition Phase in Diluted Magnetic Semiconductors’, Japanese Journal of Applied Physics vol. 44, No. 30, pp. L948−L951 (2005). [著者: 佐藤 和則、吉田 博、P. H. Dederichs、タイトル: 「希薄磁性半導体における高いキュリー温度とナノスケールスピノーダル分解」、雑誌名: Japanese Journal of Applied Physics、発行所: 日本応用物理学会、発行日: 2005年7月15日、44巻、30号、L948−L951頁]
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記のように、磁性半導体において磁性元素を高濃度に含むナノ結晶が自律的に形成される場合があり、そのようなナノ結晶の形成により結晶全体の強磁性転移温度が上昇するなどの特性改善が見られるというのは、既に知られている重要な知見である。しかしこれまでの例では、そのようなナノ結晶の形成は特定の条件下で結晶成長を行った結晶中で偶然見出されるに過ぎなかった。
【0008】
また半導体中で磁性元素イオンの間には引力的相互作用がはたらく結果、結晶中で磁性元素が高濃度に凝集したナノ結晶が自律的に形成されるという理論的予想は既に知られているが、実際の結晶成長においてナノ結晶の形成の有無がどのような要因で決まっているかは明らかになっておらず、またナノ結晶の形成を人為的に制御することは不可能であった。
【0009】
本発明は、上記に鑑み、磁性元素を高濃度に含むナノ結晶の形成を人為的に制御する結晶成長手法を開発し、スピントロニクスへ応用可能な室温以上で履歴的な磁化特性を示す磁性半導体を実現することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明1の磁性半導体は、磁性元素イオンの価数が電気的に中性な価数となるように調整することで磁性元素を高濃度に含むナノ結晶よりなることを特徴とする。
又、発明2は、発明1の磁性半導体において、前記半導体結晶中に含有されるナノ結晶内部の磁性元素濃度が20mol%以上であることを特徴とする。
【0011】
発明3は、磁性半導体の製造方法であって、前記薄膜を基板上に蒸着するに当たり、磁性元素の結晶中でのイオンの価数を調整することにより、生成するナノ結晶の大きさを調整することを特徴とする。
又、発明4は、発明3の磁性半導体の製造方法において、前記磁性元素のイオン価調整の手段として、n型またはp型のドーパントを添加することを特徴とする。
【0012】
発明5は、発明3又は4の磁性半導体の製造方法であって、前記磁性元素のイオン価調整の手段として化合物を構成する複数の元素間でその供給量の割合を調整することにより、化合物の組成割合における化学量論比からのずれを調節することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
以上の構成から成る本発明に係る磁性半導体とその製造方法によると、結晶成長条件の調節により磁性元素を高濃度に含む強磁性のナノ結晶のサイズ、形状、磁性元素の濃度、および配列を自在に制御した結晶を作製することができる。このことを利用すると、以下のような効果が生じる。
【0014】
(1)薄膜結晶中の磁性元素の平均的な組成が20mol%未満の小さい範囲でも、ナノ結晶が内部に20mol%以上の高濃度の磁性元素を含むことで高い転移温度を持つ強磁性となるため、薄膜全体の磁化特性として室温以上で磁化過程に履歴現象を生じさせることができ、さらに結晶成長条件の調節により、磁化特性を制御することが可能である。
【0015】
(2)(1)の履歴特性を利用することにより、スピンの揃った電子の供給源として利用することができる。またこの履歴特性が結晶の磁気光学効果に現れることを利用して、円偏光を変調する光学素子などに応用することができる。
【0016】
(3)形成された強磁性ナノ結晶の1つ1つを情報の記録に利用する超高密度メモリー、磁気光効果を利用したフォトニック結晶、磁気センサー、その他多くの機能を発現することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係る磁性半導体とその製造方法を実施するための最良の形態を実施例に基づき図面をも参照しつつ、以下に説明する。
【0018】
(発明の原理、概要)
半導体の構成元素の一部を磁性元素で置換した希薄磁性半導体において、結晶中で磁性元素が均一に分布せず、磁性元素が高濃度に凝集したナノ結晶が自律的に形成される場合があることは既に知られている。このようなナノ結晶が形成される原因として、半導体中の磁性元素イオン間の引力的相互作用に基づくスピノーダル分解が提唱されているが、このメカニズムの詳細に対する物理的考察から、本願発明を想定する基となった、ドーパント添加あるいは化合物半導体の場合は構成元素の組成割合の化学量論比からのずれによりナノ結晶の自律的形成を制御するという着想を得るに至った。これを以下に説明する。
【0019】
IV族の元素半導体またはIII−V族、II−VI族ほかの化合物半導体において、構成元素の一部を磁性元素(遷移元素または希土類元素)で置換すると、これら磁性元素イオンのd電子あるいはf電子は母体半導体のバンドギャップ中に深い局在準位を形成することが多い。このとき通常、磁性元素は置換した元素と同じ価数のイオンとなり結晶中で電気的に中性である。この場合、磁性元素イオン間には引力的相互作用がはたらき、磁性元素を高濃度に含むナノ結晶が自律的に形成される。
【0020】
ここで、磁性半導体結晶にさらにn型あるいはp型のドーパントを添加する、あるいは化合物半導体の場合には構成元素の組成割合における化学量論比からのずれを調整すると、磁性元素イオンの価数が変化する。
【0021】
ここで図1に示すように、II−VI族半導体に3d遷移元素を添加した場合を例にとって説明する。Mn以外の遷移元素の場合には、3d電子はバンドギャップ中の深い位置に局在準位を形成する。このとき遷移元素は+2価のイオンとなり、電気的に中性である。
【0022】
ここでn型ドーパントを添加すると、浅いドナー準位が形成され、ドナー準位の電子は3d局在準位にトラップされるので、遷移元素イオンの価数は+2より小さくなる。逆にp型ドーパントを添加すると、同じく浅いアクセプター準位が形成され、今度は3d局在準位の電子がアクセプター準位に移るため、遷移元素イオンの価数は+2より大きくなる。
【0023】
いずれの場合も、磁性元素イオンの価数が+2からずれて電気的な中性が保たれなくなるため、磁性元素イオン間には静電的な斥力が付加的にはたらき、イオン間にはたらく相互作用の大きさが変化する。
【0024】
化合物半導体の場合に、結晶成長中に原料の供給量を調節することで母体化合物の構成元素の組成割合において化学量論比からのずれを調整した場合にも、同様のメカニズムにより磁性元素イオン間の相互作用が変化すると考えられる。
磁性元素イオン間に大きな引力相互作用がはたらく場合には、結晶成長中に磁性元素イオンどうしが引き寄せられ、その濃度が高い領域と低い領域に分離し(スピノーダル分解)、薄膜中に磁性元素の濃度の高いナノ結晶が形成される。一方、磁性元素イオン間の引力が小さいか、または斥力となる場合には、結晶中で磁性元素イオンはランダムに配置し、その結果薄膜中の磁性元素の濃度は均一となる。
【0025】
このように、ドーパントの添加あるいは化合物の組成割合の化学量論比からのずれにより、磁性元素イオンの凝集の度合いは大きく影響を受ける。以上のメカニズムを利用すると、ドーパントの添加あるいは化合物構成元素の組成割合の化学量論比からのずれを調整することで、磁性元素イオン間の相互作用の大きさを調節することにより、磁性元素を高濃度に含むナノ結晶の自律的な形成を人為的に制御できることになる。
【0026】
(製造方法、プロセス)
本発明に係る磁性半導体とその製造方法を実施するための具体的な製造装置、製造プロセスの例を説明する。
【0027】
本発明に係る磁性半導体ナノ結晶の自律的な形成が制御された半導体結晶を成長するためには、さまざまな結晶成長法が応用できる。ここでは代表例として分子線エピタキシー(MBE)法による薄膜結晶成長の場合を例にとって説明する。図2は、磁性半導体の薄膜結晶の成長を行うために用いるMBE装置の構成を説明する模式図である。
【0028】
このMBE装置は、超高真空容器、および容器内に設置された当該磁性半導体の構成元素の供給源、薄膜結晶を成長させる土台である基板を保持し適切な温度に加熱する基板保持加熱機構、その他の装置から成る。
【0029】
超高真空容器1は、結晶成長中は真空ポンプで排気することで10−6〜10−8Pa程度の超高真空状態を保つことが可能である。磁性半導体の結晶成長のため、その構成元素を元素あるいは化合物の原料として供給する場合、原料が固体であればそれを加熱して蒸発させる蒸発源(「Kセル」と呼ぶ)を用い、気体の場合は気体分子を高周波電界の印加によりプラズマ状態に励起した形で供給するための高周波電界励起気体プラズマ供給装置を用いる。これらの原料供給源に相対する位置に、基板保持加熱機構および基板が設置されている。
【0030】
本発明に係る磁性半導体の構成元素の組み合わせとしては、IV族元素半導体(Si、Geなど)、III−V族化合物半導体(GaAs、GaP、GaN、AlAs、AlP、AlNなど)、II−VI族化合物半導体(ZnTe、ZnSe、ZnS、ZnO、CdTe、CdSe、CdSなど)に3d遷移元素(Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu)を添加したものが可能である。
【0031】
n型またはp型のドーパントとしてはIV族、III−V族、II−VI族のそれぞれの場合に各構成元素を価数が異なる元素で置換しドナーあるいはアクセプターとなるような不純物元素を添加する。
これらの組み合わせを表1に例示する。
【表1】

【0032】
以上の元素の組み合わせの中から、ここでは1例として、II−VI族半導体のZnTeにCrを添加した(Zn、Cr)Teを例にとり、本発明に係る磁性半導体の薄膜結晶をMBE装置を用いて成長させる具体的な方法を説明する。ここではn型あるいはp型ドーパントとしてそれぞれヨウ素(I)、窒素(N)を用いる。
【0033】
図2に示すように、Zn、Cr、Teおよびヨウ素の供給原料となるCdIは固体蒸発源を用いて加熱・昇華させ、また窒素は窒素ガスを高周波電界励起気体プラズマ供給装置によりプラズマ状態に励起し、いずれも分子線の形で供給する。これらの分子線の形で供給された原料を、基板保持加熱機構により加熱された基板上に堆積させることにより、目的とする磁性半導体の薄膜結晶を成長させる。
【0034】
このとき、固体原料の場合は加熱温度、気体原料の場合はガス流量および高周波電力を変化させることで、分子線の供給量を調節する。この調節により、結晶中のCrの組成は数%程度から最大100%までの間で変化させることができる。またn型、p型のドーパント濃度は1016〜1021cm−3の範囲内で変化させることができる。またZnとTeの分子線の供給量を調節することで、結晶中の陽イオン(ZnとCr)と陰イオン(Te)の組成割合に化学量論比である1:1からのずれを生じさせることができる。
【0035】
これらドーパントの添加濃度あるいは組成割合の化学量論比からのずれの調節により、(発明の原理、概要)で述べたようなメカニズムによる磁性元素の価数の調整を通じて、磁性元素を高濃度に含むナノ結晶の自律的形成を人為的に制御した薄膜結晶を作製することが可能となる。
【実施例1】
【0036】
本発明に係る磁性半導体とその製造方法の実施例1を説明する。この実施例1の磁性半導体は、GaAsで形成された基板上にII−VI族半導体のZnTeに組成5%のCrとn型ドーパントとしてヨウ素を同時に添加したZn0.95Cr0.05Te:Iの薄膜結晶をMBE法により結晶成長させて作製したものである。
【0037】
図3は、実施例1のZn0.95Cr0.05Te:Iの薄膜結晶でCrの組成は5%と一定で、添加したヨウ素の濃度[I]を変化させた場合の強磁性転移温度Tの変化を測定した結果である表2に基づき作成したグラフである。
【表2】

【0038】
図3のグラフ中における(イ)〜(ハ)の点は、それぞれ以下の通りの濃度のヨウ素を添加したZn0.95Cr0.05Te:I薄膜結晶に対応する測定点である。
(イ)はヨウ素濃度[I]=1×1019cm−3、(ロ)は[I]=2×1018cm−3、(ハ)は[I]=5×1016cm−3
【0039】
図3に示すように、強磁性転移温度Tは添加したヨウ素濃度[I]の増加に連れて上昇し、図中の(ロ)の点の[I]=2×1018cm−3 のときに最高のT=300Kに達し、ヨウ素濃度がさらに増加するとTは減少に転じている。
【0040】
図4〜6は、実施例1のZn0.95Cr0.05Te:Iの薄膜結晶に対して、透過型電子顕微鏡測定を行い、エネルギー分散型X線蛍光分光(EDS)により求めたCr原子の分布像を示したものである。
【0041】
図4から図6の像は、それぞれ図3中の点(イ)〜(ハ)に対応する薄膜結晶中のCr原子の分布図を示す。Cr原子の分布を白黒の濃淡で表し、白い部分がCr原子の多く存在することを示している。
【0042】
Cr原子分布像によれば、強磁性転移温度Tの最も高い薄膜(図5)では、Cr原子分布は不均一で、Cr原子の凝集した大きさ数十nmの領域が形成されていることがわかる。それに比してTの低い薄膜(図4)、(図6)では、Cr原子分布はやはり不均一ではあるものの不均一の程度は薄膜(図5)に比べて小さく、またCr原子の凝集した領域の大きさもより小さいことがわかる。
【実施例2】
【0043】
本発明に係る磁性半導体とその製造方法の実施例2を説明する。この実施例2の磁性半導体ナノ結晶は、GaAsで形成された基板上にII−VI族半導体のZnTeに組成5%の遷移元素Crを添加し、かつドーパント無添加のZn0.95Cr0.05Teの薄膜結晶をMBE法により結晶成長させたものである。その際、MBE成長中にZnとTeの分子線供給源(Kセル)の温度調節により、ZnとTeの分子線の供給量の割合を調節し、Teの分子線がZnの分子線より多い場合(Te分子線が過剰)と逆に少ない場合(Zn分子線が過剰)の異なる雰囲気のもとで薄膜結晶を成長させた。その意図は、前者のTe分子線が過剰の場合には結晶中のZn原子の欠損が多く発生し、逆に後者のZn分子線が過剰の場合にはそのZn原子の欠損が減少もしくは消失し、従って結晶中の陽イオン(ZnとCr)と陰イオン(Te)の組成割合における化学量論比である1:1からのずれが異なると期待されるので、その違いが結晶中のCr分布の均一度と強磁性特性にどのような影響を齎すかを比較したものである。
【0044】
図7は、実施例2のZn0.95Cr0.05Teの薄膜結晶でCrの組成は5%と一定で、MBE成長中にZnとTeの分子線の供給量の割合を変化させた場合の強磁性転移温度Tの変化を測定した結果である表3に基づき作成したグラフである。
【表3】

【0045】
図7のグラフ中における(ニ)、(ホ)の点はそれぞれ以下の通りのTeとZnの分子線の供給量の割合[Te]/[Zn]で結晶成長させたZn0.95Cr0.05Te薄膜結晶に対応する測定点である。
(ニ)はTeとZnの分子線供給量比[Te]/[Zn]=0.7、(ホ)は[Te]/[Zn]=3.0。
【0046】
図7に示すように強磁性転移温度TはTeとZnの分子線供給量比[Te]/[Zn]により大きく変化し、Znの分子線を過剰に供給した場合の(ニ)ではT=280Kであるのに対し、Teの分子線を過剰に供給した場合の(ホ)ではT=30Kと大幅に低下している。
【0047】
図8、9は、実施例2のZn0.95Cr0.05Teの薄膜結晶に対して、実施例1の場合と同じくEDSにより測定したCr原子の分布像を示したものである。
【0048】
図8、図9の像は、実施例1と同じく、それぞれ図7中の点(ニ)、(ホ)に対応する薄膜結晶中のCr原子の分布図を示す。この図8、9の示すCr原子分布像によれば、強磁性転移温度Tの高い薄膜(図8)では、Cr原子分布は不均一でCr原子の凝集した大きさ数十nmの領域が形成されていることがわかる。それに比してTの低い薄膜(図9)では、Cr原子分布はほぼ均一であることがわかる。
【0049】
以上の実施例1、2に示すように、(Zn、Cr)Te薄膜結晶中のCr原子分布は、n型ドーパントとして同時に添加したヨウ素の濃度、あるいは結晶成長中に供給するZn、Te分子線の量の割合により系統的にかつ顕著に変化し、それに従い薄膜結晶の強磁性特性も大きく変化することがわかる。
【0050】
ZnTeの結晶は、ZnとTeの蒸気圧の差よりZn原子の欠損が生じやすく、ZnとTeの組成割合が化学量論比である1:1からずれることが多い。このZn原子欠損の欠陥はアクセプター準位を形成するため、ドーパント無添加の結晶でも電気伝導性はp型になる傾向がある。このZn原子の欠損によるZnTe結晶中のアクセプター濃度は結晶成長方法にも依るが、1017〜1019cm−3程度であることが知られている。Crを添加した(Zn、Cr)Teの場合も同じであると考えられる。
【0051】
これに実施例1のようにn型ドーパントであるヨウ素を適量添加すると、Zn原子の欠損による欠陥が補償され、結晶中のCrイオンの価数が+2となって電気的中性が回復される結果、Crイオン間に本来はたらく大きな引力的相互作用によりCr原子が凝集したナノ結晶が形成される。また実施例2のようにTeの分子線に比してZnの分子線を過剰に供給した場合も、Zn原子の欠損が補われる結果、陽イオン(Zn+Cr)と陰イオン(Te)の組成割合が化学量論比である1:1に回復するため、実施例1の場合と同じく結晶中のCrイオンは価数+2の電気的に中性な状態を回復し、Crを高濃度に含むナノ結晶が形成される。
【0052】
従って、実施例1,2に見られる結果は、添加するドーパントの濃度あるいはZn、Teの分子線の供給量割合を調節することにより、Cr原子を高濃度に含むナノ結晶の形成の様子、すなわちナノ結晶の形成の有無あるいはナノ結晶が形成される場合はその大きさなどの特性、を人為的に制御できることを示している。
【0053】
以上、本発明に係る磁性半導体とその製造方法の最良の形態を実施例に基づいて説明したが、本発明は特にこのような実施例に限定されることなく、特許請求の範囲記載の技術的事項の範囲内でいろいろな実施例があることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上の構成の本発明に係る磁性半導体とその製造方法によれば、結晶成長条件の調節により磁性元素を高濃度に含む強磁性のナノ結晶のサイズ、形状、磁性元素の濃度、および配列を自在に制御した結晶を作製することができるので、以下に述べるようにスピントロニクスのさまざまな場面で応用できると考えられる。
【0055】
結晶中の磁性元素の平均の組成が20%以下の小さい範囲でも、室温以上で磁化過程に履歴現象を生じさせることができ、さらにその磁化特性を制御することが可能であり、このことを利用してスピンの揃った電子の供給源あるいは磁気光学効果を用いた円偏光変調素子などに応用することができる。
【0056】
さらに形成された強磁性ナノ結晶の1つ1つに情報の記録を担わせることにより、超高密度メモリー、磁気光効果を利用したフォトニック結晶、磁気センサー、その他多くの機能を発現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の磁性半導体ナノ結晶の自己形成制御の原理を説明するための図である。
【図2】本発明の磁性半導体ナノ結晶の自己形成制御の製造装置及びプロセスを説明するための模式図である。
【図3】実施例1のヨウ素ドープZn0.95Cr0.05Te:I薄膜結晶における強磁性転移温度のヨウ素濃度依存性を示す図である。
【図4】実施例1の中で、図3に示した(イ)のZn0.95Cr0.05Te:I薄膜結晶中のCr組成分布を示す図である。
【図5】実施例1の中で、図3に示した(ロ)のZn0.95Cr0.05Te:I薄膜結晶中のCr組成分布を示す図である。
【図6】実施例1の中で、図3に示した(ハ)のZn0.95Cr0.05Te:I薄膜結晶中のCr組成分布を示す図である。
【図7】実施例2のZn0.95Cr0.05Te薄膜結晶における強磁性転移温度のTeとZnの分子線供給量比[Te]/[Zn]に対する依存性を示す図である。
【図8】実施例2の中で、図7に示した(ニ)のZn0.95Cr0.05Te薄膜結晶中のCr組成分布を示す図である。
【図9】実施例2の中で、図7に示した(ホ)のZn0.95Cr0.05Te薄膜結晶中のCr組成分布を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 超高真空容器
2 高周波電界励起気体プラズマ供給装置
3〜6 固体原料の蒸発供給源(Kセル)
7 基板保持加熱機構
8 基板
9 原料気体供給配管
10 高周波電力印加コイル
11 磁性半導体薄膜結晶

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性元素が含まれたナノ結晶を有する薄膜が基板上に形成されてなる磁性半導体であって、磁性元素イオンの価数が電気的に中性な価数であるナノ結晶を含有することを特徴とする磁性半導体。
【請求項2】
請求項1に記載の磁性半導体において、前記半導体結晶中に、磁性元素濃度が20mol%以上のナノ結晶を含有することを特徴とする磁性半導体。
【請求項3】
磁性元素が含まれたナノ結晶を有する薄膜が基板上に形成されてなる磁性半導体の製造方法であって、前記薄膜を基板上に蒸着するに当たり、磁性元素の結晶中でのイオンの価数を調整することにより、生成するナノ結晶の大きさを調整することを特徴とする磁性半導体の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の磁性半導体の製造方法において、前記磁性元素のイオン価調整の手段として、n型またはp型のドーパントを添加することを特徴とする磁性半導体の製造方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の磁性半導体の製造方法であって、前記磁性元素のイオン価調整の手段として化合物を構成する複数の元素間でその供給量の割合を調整することにより、化合物の組成割合における化学量論比からのずれを調節することを特徴とする磁性半導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−207996(P2008−207996A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−46400(P2007−46400)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年8月29日 社団法人 応用物理学会発行の「2006年(平成18年)秋季 第67回応用物理学会学術講演会講演予稿集 第0分冊」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年8月29日 社団法人 応用物理学会発行の「2006年(平成18年)秋季 第67回応用物理学会学術講演会講演予稿集 第1分冊」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度文部科学省 科学技術試験研究委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】