筒内噴射エンジンとその制御装置
【課題】冷気始動時のファストアイドルにおける,ピストン付着抑制による粒子状物質の低減と,点火プラグ周りへの混合気成層化による点火リタード燃料の両立。
【解決手段】点火プラグへ成層化させるための燃料をピストン下死点近傍で噴射することでピストン付着を低減しつつ,吸気弁の閉時期をピストン移動速度が最大となる圧縮行程中期に設定し,圧縮行程のピストン上昇によって燃焼室から吸気管に流出することで生成される上昇流によって混合気を点火プラグ周りに成層化させる。
【解決手段】点火プラグへ成層化させるための燃料をピストン下死点近傍で噴射することでピストン付着を低減しつつ,吸気弁の閉時期をピストン移動速度が最大となる圧縮行程中期に設定し,圧縮行程のピストン上昇によって燃焼室から吸気管に流出することで生成される上昇流によって混合気を点火プラグ周りに成層化させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筒内噴射エンジンとその制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
冷機始動時の触媒が未活性な状態では排気ガス中の有害物質がそのまま大気に排出されてしまうため、触媒早期活性化を目的として圧縮行程に燃料噴射し点火プラグ周りに混合気を成層化させる技術が知られており、例えば特許文献1,2がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−151020号公報
【特許文献2】特開2008−175187号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
触媒を早期活性化するために、点火時期を上死点よりもリタードすることで排気ガス温度を上昇させる点火リタード制御手法が用いられており、点火リタード時に安定して燃焼させるために点火プラグ周りに混合気を成層化させる必要がある。混合気を点火プラグ周りに成層化するために圧縮行程後期に燃料噴射し、ピストン形状や噴霧の持つ貫徹力によって混合気を点火プラグ周りに集めるが、燃料噴射弁の先端からピストンまでの距離が短く、多量の燃料がピストン表面に付着する。この場合、燃料液膜が形成された箇所で拡散燃焼が生じ、粒子状物質(PM)の排出量が大幅に増加する課題がある。
【0005】
このピストン付着を減らすためには圧縮行程の燃料噴射を早期化する必要がある。インジェクタ先端からピストンまでの距離が離れるほどピストン付着は減少するが、噴射された燃料がピストンに到達し混合気を形成した際に、この混合気と点火プラグの距離は遠くなるため点火プラグへの混合気成層化は困難となる。特に、噴射された燃料がピストン表面に到達する頃には噴霧の貫徹力は減少しており、ピストン表面の混合気を点火プラグに成層化させるために混合気を点火プラグまで輸送する手段が必要となる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は冷機始動時のファストアイドルにおいてピストンへの燃料付着低減と点火プラグへの混合気成層化の両立を目的としており、まずピストン付着低減のために燃料噴射時期を、吸気行程中期からピストン下死点近傍の間となるように設定する。そして、ピストン表面の混合気を点火プラグに輸送するために、吸気弁の開閉時期を可変可能な機構を設け、吸気弁の閉時期をピストン移動速度が最大となる圧縮行程中期に設定し、圧縮行程のピストン上昇によって燃焼室から吸気管に流出することで上昇流を生成するとともに、上昇した混合気を点火プラグに成層化させる手段を備えることを特徴としている。
【0007】
請求項2記載の発明では、燃料噴霧重心線とピストン下死点でのピストン面の交点が点火プラグ中心線よりも排気側となるように噴霧仕様を決定している。これによりピストン下死点近傍で噴射された燃料がピストン面の排気側に混合気を形成するため、上昇流によって持ち上げられた混合気の点火プラグへの成層化が容易となる。
【0008】
請求項3記載の発明では、ピストン冠面の排気側に窪みを設け、その窪みの吸気側の縁が点火プラグ下に配置されるようにピストン形状を決定している。空気流動と混合気は窪みの縁から上昇するためサイクル変動が抑えられ、点火リタード時により安定した燃焼が可能となる。
【0009】
請求項4記載の発明では、燃料噴射回数を複数回に分割し、1回目の燃料噴射時期を吸気弁開口以降に設定している。すべての燃料を点火プラグ周りに成層化させると過剰に燃料が集中し、PMが生成されることが懸念されるため、複数回に分けて燃料を噴射することで点火プラグ周りに成層化する燃料を減らし、PM生成を抑制することができる。
【0010】
請求項5記載の発明では、請求項1の動作を触媒が未活性な状態で実施している。
【発明の効果】
【0011】
ピストン下死点近傍で燃料を噴射することでピストンへの燃料付着を最小としつつ、吸気弁の閉じる時期を遅くすることで上昇流を生成し、この上昇流で混合気を点火プラグまで運ぶことで点火リタード時においてもプラグ周りに混合気を維持することが可能となりピストン付着低減と触媒早期活性化の両立が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1の173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図2】実施例1のピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【図3】実施例1の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図4】実施例1の280degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図5】実施例1の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図6】実施例2の173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図7】実施例2のピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【図8】実施例2の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図9】実施例2の280degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図10】実施例2の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図11】実施例3の86degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図12】実施例3の90degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図13】実施例3の166degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図14】実施例3の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図15】実施例3の280degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図16】実施例3の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図17】実施例1〜3における筒内噴射エンジンの構成を示す。
【図18】燃料噴射弁を横から見た場合の噴霧形状。
【図19】図18のA−A断面における噴霧断面形状。
【図20】実施例1,2における吸気弁の開口期間と燃料噴射時期の関係。
【図21】燃料噴霧とピストン,点火プラグの位置関係。
【図22】実施例3における吸気弁の開口期間と燃料噴射時期の関係。
【発明を実施するための形態】
【0013】
第1〜3の実施例における筒内噴射エンジンの構成を図17に示す。
【0014】
シリンダヘッド1とシリンダブロック2、そしてシリンダブロックに挿入されたピストン3により燃焼室が形成され、燃焼室の中心上部に点火プラグ4が設けられている。燃焼室に吸気管5と排気管6がそれぞれ開口しており、開口部を開閉する吸気弁7と排気弁8が設けられている。排気弁と吸気弁は一般に用いられているカム動作方式となっており、排気弁は上死点閉じ、吸気弁は上死点開きとしている。吸気弁の開口期間は220degとなっている。また吸気弁の位相を可変にすることが可能な可変動弁9が設けられており、図20のように基準位置での開時期0degATDC,閉時期220degATDCであるのに対し、可変動弁を動作させることで開時期60degATDC,閉時期280degATDCにすることができる。
【0015】
燃焼室の吸気側には燃焼室に直接燃料が噴射できるように燃料噴射弁10が設けられる。燃料噴射弁は図18に示すように6つの噴孔からそれぞれ噴射されるマルチホールインジェクタとなっており、噴霧は噴孔先端から30mm下の断面形状で図19のようになっている。本噴霧は吸気弁リフトが最大となった条件で燃料を噴射しても、吸気弁と当たらない形状となっており、燃料噴射弁は図19において噴霧の右側が点火プラグの方向となるように設置されている。エンジンに燃料噴射弁を取り付けた状態では図21に示すように噴霧重心線20とピストン下死点での交点21が、点火プラグ中心線22よりも排気側に位置しており、燃料噴射時期がピストン下死点近傍の場合に、噴射された燃料がピストンの排気側に到達することになる。
【0016】
燃料は高圧燃料ポンプ(図示しない)により昇圧され噴射される。ピストンはコンロッド11を介してクランク軸12と連結されており、クランク角センサ13によりエンジン回転数を算出できる。シリンダブロックには水温センサ14が取り付けられており、エンジン冷却水の温度を算出できる。吸気管の上流にはコレクタ15が接続されており、コレクタの上流には図示していないがエアフローセンサとスロットル弁が備えられており、燃焼室に吸入される空気量をスロットルの開閉によって調節できる。図では1気筒のみの記述だが、本実施例は1気筒500cc,圧縮比10の4気筒エンジンでコレクタから各気筒に空気が分配されている。排気管下流には三元触媒16や触媒温度センサ17ほか、図示しないが空燃比センサ等が設けられている。エンジンコントロールユニット(図示しない)はセンサの信号を受け取り、デバイスを制御できるよう接続されており、ECU内のROMにはエンジン回転数や水温,触媒温度,空燃比に応じた各種デバイスの設定値がマップデータとして記録されている。
【0017】
第1の実施例を図1〜図5を用いて説明する。エンジン始動後、エンジン回転数が600r/min以上且つ触媒温度が触媒の活性する温度よりも低い場合、ファストアイドルと判断され点火リタード制御が開始される。点火時期は16degATDCと圧縮上死点よりも後ろに設定され、可変動弁が動作し吸気弁閉時期が280degATDCとなるように制御される。点火時期と吸気弁閉時期に対しエンジントルクが所望の値となるように目標燃料量が算出される。ファストアイドルでは空燃比が16となるように目標吸入空気量が算出され、吸入空気量が目標値となるようにスロットル開度が決定され、スロットル弁が制御される。本実施例ではエンジン回転数を1200r/min、図示平均有効圧を1.8bar、充填効率を47%とし、これら条件からスロットル開度を決定しスロットルを制御している。
【0018】
また、燃料圧力に応じたパルス幅が燃料噴射弁の噴射特性に応じて算出される。本実施例では1サイクル中に1回燃料を噴射する方式であり、燃料圧力12MPa、噴射パルス幅は1.8msとなる。燃料噴射時期はピストン下死点である180degATDCに対し160deg〜190degATDCの範囲に設定され、本実施例では160degATDCに設定している。吸気行程では噴射された燃料噴霧に対しピストンが離れる方向に動作しているため噴射可能範囲を広くとることができる。吸気弁の開口期間と噴射時期の関係を図20に示す。
【0019】
第1の実施例における動作について説明する。図1は燃料噴射直後である173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。吸気行程でピストンが下降することで燃焼室内が負圧になり、吸気弁を開くことで吸気弁開口部から燃焼室内に空気が吸入される。空気は吸気弁の全周から流入し、吸気弁から排気側に流入する空気流動を気流18、吸気側に流入する空気流動を気流19とする。気流18と気流19はピストン表面の燃焼室中心付近で衝突しそこで上昇流に変化する。噴射された燃料は噴射方向に向かって進行する。
【0020】
図2はピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。噴射された燃料はピストン表面の排気側に到達し、気化して混合気を形成している。燃料噴射弁先端からピストン面までの距離が長いためピストンへの燃料付着が最小となっている。ピストン下死点近傍ではピストン速度が遅くなるため気流18,19は流速が低下している。
【0021】
図3は圧縮行程前期の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。ピストンが上昇することで空気や混合気が押し上げられる。吸気弁が開いているために空気が燃焼室から吸気管に流出し、気流18,19の流速は大きくなる。気流18,19はピストン表面から吸気管に向かう上昇流となり、この上昇流によって混合気は吸気弁に向かって運ばれていく。
【0022】
図4は吸気弁閉時期である280degATDCでの燃焼室内の様子を示す。混合気は気流18,19によって吸気弁まで運ばれるが、吸気弁が閉じるために出口が無くなり、気流18は点火プラグから排気側に、気流19は点火プラグから吸気側に向かう流れとなり燃焼室内に二つの渦が生成される。
【0023】
図5は圧縮行程後期の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。吸気弁が閉じて流動を生成する要因がなくなったため気流18,19は減衰し、混合気は点火プラグ周りで停滞する。圧縮が進むことで空気流動は更に減衰し、混合気は点火プラグに留まる。そのため、点火時期を16degATDCと遅らせても混合気が常に点火プラグ周りに存在するため着火が可能となる。
【0024】
以上のように、ピストン下死点近傍で燃料を噴射することでピストンへの燃料付着を最小としつつ、吸気弁の閉じる時期を遅くすることで上昇流を生成し、この上昇流で混合気を点火プラグまで運ぶことで点火リタード時においてもプラグ周りに混合気を維持することが可能となりピストン付着低減と触媒早期活性化の両立が可能となる。また、ピストン下死点で混合気を排気側に配置することで混合気が上昇した際に点火プラグに混合気が到達しやすくなっている。
【0025】
第2の実施例を図6〜図10を用いて説明する。第1の実施例との違いは、ピストン冠面の排気側に窪みを設けた点である。この窪みの吸気側の縁が点火プラグ下に位置する形状となっている。
【0026】
空気流動にはサイクル変動が生じ、気流や混合気の上昇位置がサイクル毎に変化することで点火プラグ周りの混合気の濃度がサイクル毎に大きく変化する懸念があるため、排気側に窪みを設けることで気流と混合気の上昇位置を規定し、サイクル変動を抑制することが狙いである。構成,条件は実施例1と同じであるため記述を省略する。
【0027】
第2の実施例における動作について説明する。図6は燃料噴射直後である173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。第1の実施例である図1の相違点として、排気側の気流18がピストンに到達した場合に、窪みの縁で気流の方向が上向きに変えられる点である。
【0028】
図7はピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【0029】
図8は圧縮行程前期の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。窪みの縁で気流18が上昇しており、混合気もその上昇流によって吸気弁に向かっている。
【0030】
図9は吸気弁閉時期である280degATDCでの燃焼室内の様子を示す。
【0031】
図10は圧縮行程後期の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【0032】
第2の実施例のようにピストン冠面に窪みを設けることで気流と混合気の上昇位置を規定し、サイクル変動を抑えることができる。また、窪みの吸気側の縁を点火プラグ下に配置することで混合気を点火プラグに運ぶことができる。
【0033】
第3の実施例を図11〜図16を用いて説明する。第3の実施例の構成は第2の実施例と同じであるが、1サイクル中の噴射回数が異なっている。第2の実施例ではピストン下死点近傍で燃料を1回噴射していたが、空燃比16で1回噴射し、すべての燃料を点火プラグ周りに成層化させると混合気が過剰に集中し、PMの増加要因となる恐れがある。その場合、燃料を2回に分けて噴射し、点火プラグに成層化させる燃料量を適正化する必要がある。第3の実施例では吸気行程の中間で50%の燃料を噴射し、ピストン下死点近傍で残りの50%を噴射する2回噴射を用いた。吸気弁の開口期間と噴射時期の関係を図22に示す。
【0034】
1回目の燃料噴射時期をピストン下死点よりも早くしている理由は、1回目に噴射した燃料によって燃焼室内に均質な混合気を形成するためである。1回目の燃料噴射時期を80degATDC、2回目の燃料噴射時期を160degATDCとしており、吸気弁の動作は実施例2と同じである。
【0035】
図11は1回目の燃料噴射直後である86degATDCピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【0036】
吸気弁開口時期が60degATDCであり、ピストン上死点から60degATDCの間に燃焼室内は負圧が大きくなるため、60degATDCで吸気管が開いた直後に吸気管から燃焼室に流入する強い空気流動が生成される。そのため1回目の燃料噴射直後において燃焼室内には流速の大きな気流18,19が生成されており、図12に示す90degATDCにおいて気化した燃料が燃焼室内に攪拌され、燃焼室全域に拡がっていく。
【0037】
図13は2回目の燃料噴射直後である166degATDCを、図14は210degATDCを、図15は280degATDCを、図16は330degATDCの燃焼室内の様子をそれぞれ示す。燃焼室内には1回目に噴射された燃料が分布しているが、それ以外は実施例2と同様であり記述を省略する。
【0038】
第3の実施例では第2の実施例に対し噴射回数を2回に分割することで点火プラグ周りの過剰な混合気集中を抑制して高濃度混合気から発生するPMを低減しつつ、ピストン付着低減と触媒早期活性化の両立が可能となる。
【符号の説明】
【0039】
3 ピストン
4 点火プラグ
10 燃料噴射弁
18,19 気流
【技術分野】
【0001】
本発明は、筒内噴射エンジンとその制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
冷機始動時の触媒が未活性な状態では排気ガス中の有害物質がそのまま大気に排出されてしまうため、触媒早期活性化を目的として圧縮行程に燃料噴射し点火プラグ周りに混合気を成層化させる技術が知られており、例えば特許文献1,2がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−151020号公報
【特許文献2】特開2008−175187号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
触媒を早期活性化するために、点火時期を上死点よりもリタードすることで排気ガス温度を上昇させる点火リタード制御手法が用いられており、点火リタード時に安定して燃焼させるために点火プラグ周りに混合気を成層化させる必要がある。混合気を点火プラグ周りに成層化するために圧縮行程後期に燃料噴射し、ピストン形状や噴霧の持つ貫徹力によって混合気を点火プラグ周りに集めるが、燃料噴射弁の先端からピストンまでの距離が短く、多量の燃料がピストン表面に付着する。この場合、燃料液膜が形成された箇所で拡散燃焼が生じ、粒子状物質(PM)の排出量が大幅に増加する課題がある。
【0005】
このピストン付着を減らすためには圧縮行程の燃料噴射を早期化する必要がある。インジェクタ先端からピストンまでの距離が離れるほどピストン付着は減少するが、噴射された燃料がピストンに到達し混合気を形成した際に、この混合気と点火プラグの距離は遠くなるため点火プラグへの混合気成層化は困難となる。特に、噴射された燃料がピストン表面に到達する頃には噴霧の貫徹力は減少しており、ピストン表面の混合気を点火プラグに成層化させるために混合気を点火プラグまで輸送する手段が必要となる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は冷機始動時のファストアイドルにおいてピストンへの燃料付着低減と点火プラグへの混合気成層化の両立を目的としており、まずピストン付着低減のために燃料噴射時期を、吸気行程中期からピストン下死点近傍の間となるように設定する。そして、ピストン表面の混合気を点火プラグに輸送するために、吸気弁の開閉時期を可変可能な機構を設け、吸気弁の閉時期をピストン移動速度が最大となる圧縮行程中期に設定し、圧縮行程のピストン上昇によって燃焼室から吸気管に流出することで上昇流を生成するとともに、上昇した混合気を点火プラグに成層化させる手段を備えることを特徴としている。
【0007】
請求項2記載の発明では、燃料噴霧重心線とピストン下死点でのピストン面の交点が点火プラグ中心線よりも排気側となるように噴霧仕様を決定している。これによりピストン下死点近傍で噴射された燃料がピストン面の排気側に混合気を形成するため、上昇流によって持ち上げられた混合気の点火プラグへの成層化が容易となる。
【0008】
請求項3記載の発明では、ピストン冠面の排気側に窪みを設け、その窪みの吸気側の縁が点火プラグ下に配置されるようにピストン形状を決定している。空気流動と混合気は窪みの縁から上昇するためサイクル変動が抑えられ、点火リタード時により安定した燃焼が可能となる。
【0009】
請求項4記載の発明では、燃料噴射回数を複数回に分割し、1回目の燃料噴射時期を吸気弁開口以降に設定している。すべての燃料を点火プラグ周りに成層化させると過剰に燃料が集中し、PMが生成されることが懸念されるため、複数回に分けて燃料を噴射することで点火プラグ周りに成層化する燃料を減らし、PM生成を抑制することができる。
【0010】
請求項5記載の発明では、請求項1の動作を触媒が未活性な状態で実施している。
【発明の効果】
【0011】
ピストン下死点近傍で燃料を噴射することでピストンへの燃料付着を最小としつつ、吸気弁の閉じる時期を遅くすることで上昇流を生成し、この上昇流で混合気を点火プラグまで運ぶことで点火リタード時においてもプラグ周りに混合気を維持することが可能となりピストン付着低減と触媒早期活性化の両立が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1の173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図2】実施例1のピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【図3】実施例1の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図4】実施例1の280degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図5】実施例1の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図6】実施例2の173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図7】実施例2のピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【図8】実施例2の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図9】実施例2の280degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図10】実施例2の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図11】実施例3の86degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図12】実施例3の90degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図13】実施例3の166degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図14】実施例3の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図15】実施例3の280degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図16】実施例3の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【図17】実施例1〜3における筒内噴射エンジンの構成を示す。
【図18】燃料噴射弁を横から見た場合の噴霧形状。
【図19】図18のA−A断面における噴霧断面形状。
【図20】実施例1,2における吸気弁の開口期間と燃料噴射時期の関係。
【図21】燃料噴霧とピストン,点火プラグの位置関係。
【図22】実施例3における吸気弁の開口期間と燃料噴射時期の関係。
【発明を実施するための形態】
【0013】
第1〜3の実施例における筒内噴射エンジンの構成を図17に示す。
【0014】
シリンダヘッド1とシリンダブロック2、そしてシリンダブロックに挿入されたピストン3により燃焼室が形成され、燃焼室の中心上部に点火プラグ4が設けられている。燃焼室に吸気管5と排気管6がそれぞれ開口しており、開口部を開閉する吸気弁7と排気弁8が設けられている。排気弁と吸気弁は一般に用いられているカム動作方式となっており、排気弁は上死点閉じ、吸気弁は上死点開きとしている。吸気弁の開口期間は220degとなっている。また吸気弁の位相を可変にすることが可能な可変動弁9が設けられており、図20のように基準位置での開時期0degATDC,閉時期220degATDCであるのに対し、可変動弁を動作させることで開時期60degATDC,閉時期280degATDCにすることができる。
【0015】
燃焼室の吸気側には燃焼室に直接燃料が噴射できるように燃料噴射弁10が設けられる。燃料噴射弁は図18に示すように6つの噴孔からそれぞれ噴射されるマルチホールインジェクタとなっており、噴霧は噴孔先端から30mm下の断面形状で図19のようになっている。本噴霧は吸気弁リフトが最大となった条件で燃料を噴射しても、吸気弁と当たらない形状となっており、燃料噴射弁は図19において噴霧の右側が点火プラグの方向となるように設置されている。エンジンに燃料噴射弁を取り付けた状態では図21に示すように噴霧重心線20とピストン下死点での交点21が、点火プラグ中心線22よりも排気側に位置しており、燃料噴射時期がピストン下死点近傍の場合に、噴射された燃料がピストンの排気側に到達することになる。
【0016】
燃料は高圧燃料ポンプ(図示しない)により昇圧され噴射される。ピストンはコンロッド11を介してクランク軸12と連結されており、クランク角センサ13によりエンジン回転数を算出できる。シリンダブロックには水温センサ14が取り付けられており、エンジン冷却水の温度を算出できる。吸気管の上流にはコレクタ15が接続されており、コレクタの上流には図示していないがエアフローセンサとスロットル弁が備えられており、燃焼室に吸入される空気量をスロットルの開閉によって調節できる。図では1気筒のみの記述だが、本実施例は1気筒500cc,圧縮比10の4気筒エンジンでコレクタから各気筒に空気が分配されている。排気管下流には三元触媒16や触媒温度センサ17ほか、図示しないが空燃比センサ等が設けられている。エンジンコントロールユニット(図示しない)はセンサの信号を受け取り、デバイスを制御できるよう接続されており、ECU内のROMにはエンジン回転数や水温,触媒温度,空燃比に応じた各種デバイスの設定値がマップデータとして記録されている。
【0017】
第1の実施例を図1〜図5を用いて説明する。エンジン始動後、エンジン回転数が600r/min以上且つ触媒温度が触媒の活性する温度よりも低い場合、ファストアイドルと判断され点火リタード制御が開始される。点火時期は16degATDCと圧縮上死点よりも後ろに設定され、可変動弁が動作し吸気弁閉時期が280degATDCとなるように制御される。点火時期と吸気弁閉時期に対しエンジントルクが所望の値となるように目標燃料量が算出される。ファストアイドルでは空燃比が16となるように目標吸入空気量が算出され、吸入空気量が目標値となるようにスロットル開度が決定され、スロットル弁が制御される。本実施例ではエンジン回転数を1200r/min、図示平均有効圧を1.8bar、充填効率を47%とし、これら条件からスロットル開度を決定しスロットルを制御している。
【0018】
また、燃料圧力に応じたパルス幅が燃料噴射弁の噴射特性に応じて算出される。本実施例では1サイクル中に1回燃料を噴射する方式であり、燃料圧力12MPa、噴射パルス幅は1.8msとなる。燃料噴射時期はピストン下死点である180degATDCに対し160deg〜190degATDCの範囲に設定され、本実施例では160degATDCに設定している。吸気行程では噴射された燃料噴霧に対しピストンが離れる方向に動作しているため噴射可能範囲を広くとることができる。吸気弁の開口期間と噴射時期の関係を図20に示す。
【0019】
第1の実施例における動作について説明する。図1は燃料噴射直後である173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。吸気行程でピストンが下降することで燃焼室内が負圧になり、吸気弁を開くことで吸気弁開口部から燃焼室内に空気が吸入される。空気は吸気弁の全周から流入し、吸気弁から排気側に流入する空気流動を気流18、吸気側に流入する空気流動を気流19とする。気流18と気流19はピストン表面の燃焼室中心付近で衝突しそこで上昇流に変化する。噴射された燃料は噴射方向に向かって進行する。
【0020】
図2はピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。噴射された燃料はピストン表面の排気側に到達し、気化して混合気を形成している。燃料噴射弁先端からピストン面までの距離が長いためピストンへの燃料付着が最小となっている。ピストン下死点近傍ではピストン速度が遅くなるため気流18,19は流速が低下している。
【0021】
図3は圧縮行程前期の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。ピストンが上昇することで空気や混合気が押し上げられる。吸気弁が開いているために空気が燃焼室から吸気管に流出し、気流18,19の流速は大きくなる。気流18,19はピストン表面から吸気管に向かう上昇流となり、この上昇流によって混合気は吸気弁に向かって運ばれていく。
【0022】
図4は吸気弁閉時期である280degATDCでの燃焼室内の様子を示す。混合気は気流18,19によって吸気弁まで運ばれるが、吸気弁が閉じるために出口が無くなり、気流18は点火プラグから排気側に、気流19は点火プラグから吸気側に向かう流れとなり燃焼室内に二つの渦が生成される。
【0023】
図5は圧縮行程後期の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。吸気弁が閉じて流動を生成する要因がなくなったため気流18,19は減衰し、混合気は点火プラグ周りで停滞する。圧縮が進むことで空気流動は更に減衰し、混合気は点火プラグに留まる。そのため、点火時期を16degATDCと遅らせても混合気が常に点火プラグ周りに存在するため着火が可能となる。
【0024】
以上のように、ピストン下死点近傍で燃料を噴射することでピストンへの燃料付着を最小としつつ、吸気弁の閉じる時期を遅くすることで上昇流を生成し、この上昇流で混合気を点火プラグまで運ぶことで点火リタード時においてもプラグ周りに混合気を維持することが可能となりピストン付着低減と触媒早期活性化の両立が可能となる。また、ピストン下死点で混合気を排気側に配置することで混合気が上昇した際に点火プラグに混合気が到達しやすくなっている。
【0025】
第2の実施例を図6〜図10を用いて説明する。第1の実施例との違いは、ピストン冠面の排気側に窪みを設けた点である。この窪みの吸気側の縁が点火プラグ下に位置する形状となっている。
【0026】
空気流動にはサイクル変動が生じ、気流や混合気の上昇位置がサイクル毎に変化することで点火プラグ周りの混合気の濃度がサイクル毎に大きく変化する懸念があるため、排気側に窪みを設けることで気流と混合気の上昇位置を規定し、サイクル変動を抑制することが狙いである。構成,条件は実施例1と同じであるため記述を省略する。
【0027】
第2の実施例における動作について説明する。図6は燃料噴射直後である173degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。第1の実施例である図1の相違点として、排気側の気流18がピストンに到達した場合に、窪みの縁で気流の方向が上向きに変えられる点である。
【0028】
図7はピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【0029】
図8は圧縮行程前期の210degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。窪みの縁で気流18が上昇しており、混合気もその上昇流によって吸気弁に向かっている。
【0030】
図9は吸気弁閉時期である280degATDCでの燃焼室内の様子を示す。
【0031】
図10は圧縮行程後期の330degATDCにおける燃焼室内の様子を示す。
【0032】
第2の実施例のようにピストン冠面に窪みを設けることで気流と混合気の上昇位置を規定し、サイクル変動を抑えることができる。また、窪みの吸気側の縁を点火プラグ下に配置することで混合気を点火プラグに運ぶことができる。
【0033】
第3の実施例を図11〜図16を用いて説明する。第3の実施例の構成は第2の実施例と同じであるが、1サイクル中の噴射回数が異なっている。第2の実施例ではピストン下死点近傍で燃料を1回噴射していたが、空燃比16で1回噴射し、すべての燃料を点火プラグ周りに成層化させると混合気が過剰に集中し、PMの増加要因となる恐れがある。その場合、燃料を2回に分けて噴射し、点火プラグに成層化させる燃料量を適正化する必要がある。第3の実施例では吸気行程の中間で50%の燃料を噴射し、ピストン下死点近傍で残りの50%を噴射する2回噴射を用いた。吸気弁の開口期間と噴射時期の関係を図22に示す。
【0034】
1回目の燃料噴射時期をピストン下死点よりも早くしている理由は、1回目に噴射した燃料によって燃焼室内に均質な混合気を形成するためである。1回目の燃料噴射時期を80degATDC、2回目の燃料噴射時期を160degATDCとしており、吸気弁の動作は実施例2と同じである。
【0035】
図11は1回目の燃料噴射直後である86degATDCピストン下死点における燃焼室内の様子を示す。
【0036】
吸気弁開口時期が60degATDCであり、ピストン上死点から60degATDCの間に燃焼室内は負圧が大きくなるため、60degATDCで吸気管が開いた直後に吸気管から燃焼室に流入する強い空気流動が生成される。そのため1回目の燃料噴射直後において燃焼室内には流速の大きな気流18,19が生成されており、図12に示す90degATDCにおいて気化した燃料が燃焼室内に攪拌され、燃焼室全域に拡がっていく。
【0037】
図13は2回目の燃料噴射直後である166degATDCを、図14は210degATDCを、図15は280degATDCを、図16は330degATDCの燃焼室内の様子をそれぞれ示す。燃焼室内には1回目に噴射された燃料が分布しているが、それ以外は実施例2と同様であり記述を省略する。
【0038】
第3の実施例では第2の実施例に対し噴射回数を2回に分割することで点火プラグ周りの過剰な混合気集中を抑制して高濃度混合気から発生するPMを低減しつつ、ピストン付着低減と触媒早期活性化の両立が可能となる。
【符号の説明】
【0039】
3 ピストン
4 点火プラグ
10 燃料噴射弁
18,19 気流
【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料を燃焼室内に直接噴射可能な位置に燃料噴射弁を備えた筒内噴射エンジンにおいて、
吸気弁の開閉時期を変更可能な可変動弁機構を備え、
燃料噴射時期を吸気行程中期からピストン下死点の間に設定し、
吸気弁の閉時期を圧縮行程中期に設定することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項2】
前記請求項1において、燃料噴射弁から噴射される燃料噴霧の重心線と、ピストン下死点でのピストン面の交点が点火プラグ中心線よりも排気側に位置することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項3】
前記請求項1において、ピストン冠面の排気側に窪みを設け、その窪みの吸気側の縁が点火プラグ下に位置することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項4】
前記請求項1において、燃料噴射回数を複数回に分割し、1回目の燃料噴射時期が吸気弁開口以降に設定することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項5】
前記請求項1の動作が、触媒未活性の状態において実施されることを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項1】
燃料を燃焼室内に直接噴射可能な位置に燃料噴射弁を備えた筒内噴射エンジンにおいて、
吸気弁の開閉時期を変更可能な可変動弁機構を備え、
燃料噴射時期を吸気行程中期からピストン下死点の間に設定し、
吸気弁の閉時期を圧縮行程中期に設定することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項2】
前記請求項1において、燃料噴射弁から噴射される燃料噴霧の重心線と、ピストン下死点でのピストン面の交点が点火プラグ中心線よりも排気側に位置することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項3】
前記請求項1において、ピストン冠面の排気側に窪みを設け、その窪みの吸気側の縁が点火プラグ下に位置することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項4】
前記請求項1において、燃料噴射回数を複数回に分割し、1回目の燃料噴射時期が吸気弁開口以降に設定することを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【請求項5】
前記請求項1の動作が、触媒未活性の状態において実施されることを特徴とする筒内噴射エンジンとその制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2012−87706(P2012−87706A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−236060(P2010−236060)
【出願日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】
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