説明

ホイスラー合金膜の成膜方法及びトンネル磁気抵抗素子

【課題】 ターゲットからの組成ずれを抑えられるホイスラー合金膜の成膜方法及びこのホイスラー合金膜を有するトンネル磁気抵抗素子を提供すること。
【解決手段】 放電ガスとしてキセノンを用いて、Co2MnAl、Co2MnSi、CoCrAl、NiMnSb、SrLaMnO、PtMnSb、Mn2VAl、Fe2VAl、Co2FeSi、Co2MnGe、Co2FexCr(1-x)Alなどのホイスラー合金のターゲットをスパッタリングして被成膜体に成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3種類以上の異なる元素からなる磁性体合金膜であるホイスラー合金膜の成膜方法及びこのホイスラー合金膜を有するトンネル磁気抵抗素子に関する。
【背景技術】
【0002】
厚さ1〜2nm以下の非常に薄い絶縁層(トンネル障壁層)を2層の強磁性層で挟んだ素子をトンネル磁気抵抗(TMR:Tunneling Magneto-Resistive)素子という。絶縁層は通常電流を通さないが、絶縁層が非常に薄い場合トンネル効果によってわずかに電流が流れる。また、2つの強磁性層のスピンの向きが平行なときの素子の電気抵抗(RP)と、逆向きなときの電気抵抗(RA)とは異なる値をとり、通常RA>RPとなる。この現象はトンネル磁気抵抗効果(TMR効果)と呼ばれる。このときの素子抵抗が変化する割合を磁気抵抗比[MR比≡(RA−RP)/RP×100%]という。
【0003】
トンネル磁気抵抗素子とトランジスタを組み合わせてワード線とビット線の間に格子状に配置するとMRAM(Magnetic Random Access Memory)を作ることができる。2つの強磁性層のスピンの向きが平行か反平行かで1ビットの情報を記憶することができ、記憶情報の読み出しはTMR効果による素子抵抗の変化を検出することによって行う。
【0004】
MRAMに用いられるトンネル磁気抵抗素子では、より大きな検出信号を得るために、より大きなMR比が求められる。MR比は強磁性層中の電子のスピン分極率に依存しており、一般にスピン分極率が大きくなるとMR比も大きくなる。MR比を大きくするための一つの方法として、強磁性層の材料としてスピン分極率の高いホイスラー合金を使用することが提案されている。例えば特許文献1参照。
【特許文献1】特開平7−147134号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ホイスラー合金はスピン分極率が100%となる強磁性体の可能性が理論的に指摘されており、非常に大きなMR比が得られることが期待されているが、いままで現実に作製されているTMR素子では期待されるようなMR比が得られていない。基板を加熱した状態でメタルマスクを用いてホイスラー合金膜を成膜した場合で最高17%、リソグラフィで形成されたマスクを用いた場合で40%のMR比が得られているのが現状である。ホイスラー合金としてはCo2MnAl、Co2(Cr,Fe)Al、CoMnSb、CoMnSiなど多数が試みられているがいずれも期待通りの結果が得られていない。特に基板の加熱を行わずに室温で成膜されたTMR素子ではほとんどMR比が得られていないのが現実である。
【0006】
このように期待したようなMR比が得られていない原因としては、スパッタリング用の放電ガスとしてアルゴンを用いていることが考えられる。通常、スパッタリング用の放電ガスとしては、空気中に1%近く含まれ非常に安価であるアルゴンが用いられる。例えばホイスラー合金としてCo2MnAlのターゲットをアルゴンでスパッタリングした場合には、Coのスパッタリング率が高くなり、成膜された膜の組成においてCoが多くなる(Coリッチ)。具体的には、ターゲットにおけるCoの組成比が50%に調整されていても得られる膜では53%程度になるという報告がある。このターゲットからの組成ずれにより、スピン分極率が低下し、MR比も低下すると考えられる。
【0007】
本発明は上述の問題に鑑みてなされ、その目的とするところは、ターゲットからの組成ずれを抑えられるホイスラー合金膜の成膜方法及びこのホイスラー合金膜を有するトンネル磁気抵抗素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は前記課題を解決するため以下の構成を採用した。
すなわち、本発明のホイスラー合金膜の成膜方法は、放電ガスとしてキセノンを用いてホイスラー合金のターゲットをスパッタリングして被成膜体に成膜する。
【0009】
また、本発明のトンネル磁気抵抗素子は、放電ガスとしてキセノンを用いてホイスラー合金のターゲットをスパッタリングして成膜されたホイスラー合金膜を磁性層に含む。
【0010】
スパッタリング用の放電ガスをキセノンにすることにより、ホイスラー合金に特有なターゲットの組成比をできるだけ変化させないようにして被成膜体に膜を堆積できる。この結果、ターゲットと、成膜される膜との組成比のずれを小さくして、MR比の向上が図れる。特にホイスラー合金膜を用いたTMR素子では大きなMR比を得るためには他層との界面での組成比を所望の値に制御することが非常に重要であり、これにキセノンガスによるスパッタリングは有効である。
【0011】
キセノンガスを用いれば被成膜体の加熱を行うことなくMR比の向上を図れる。被成膜体の加熱の有無は成膜装置の構造を複雑化させかねないので、その加熱なしに大きなMR比を得ることができる成膜方法を確立することは重要である。なお、被成膜体を加熱すればより大きなMR比を得ることができる。さらに、膜のパターニングにおいては、メタルマスクを用いる場合よりも、リソグラフィにより形成したマスクを用いる方がより大きなMR比を得ることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、放電ガスとしてキセノンを用いてホイスラー合金のターゲットをスパッタリングして被成膜体に成膜するので、ターゲットと、成膜される膜との組成比のずれを小さくして、MR比を向上でき、検出信号の増大が図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を適用した具体的な実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいて種々の変形が可能である。
【0014】
本実施形態では、放電ガスとしてキセノンガスを用いて、ホイスラー合金として例えばCo2MnAlのターゲットをスパッタリングした。具体的には、図1に示すように、被成膜体として例えば熱酸化膜付きのシリコン基板1上に、順に、Cr膜2(膜厚50Å)、Co2MnAl膜3(膜厚200Å)、酸化Al膜4(膜厚15Å)、CoFe膜5(膜厚50Å)、IrMn膜6(膜厚100Å)、NiFe膜7(膜厚200Å)をメタルマスクを用いてスパッタ成膜した。Cr膜2とCo2MnAl膜3からなる第1磁性層と、CoFe膜5とIrMn膜6とNiFe膜7からなる第2磁性層との間に、トンネル障壁層として機能する絶縁性の酸化Al膜4を挟んだ磁気トンネル接合構造となっている。
【0015】
キセノンガスはホイスラー合金膜であるCo2MnAl膜3のスパッタ成膜にのみ使用した。他の膜のスパッタ成膜時にはアルゴンガスを用いた。Co2MnAl膜3の成膜条件についてさらに具体的に説明すると、Co2MnAlのターゲットと基板1とが対向対置された成膜室を先ず10-6Paまで減圧した後、キセノンガスを導入して0.05〜0.1Paに維持し、ターゲットが取り付けられたカソードへの投入電力を300Wとした。成膜レートは0.4[Å/秒]である。
【0016】
表1に、Co2MnAl膜3のスパッタ成膜にアルゴンガスを用いた場合とのMR比の比較を示す。従来のアルゴンガスを用いたスパッタリングでは、基板1を加熱しない場合にはほとんどMR比が得られなかったが、本実施形態のキセノンガスを用いたスパッタリングでは基板1を加熱しなくても22.8%のMR比を得ることができた。また、成膜後に基板1を250℃でアニールした場合には26%のMR比が得られた。
【0017】
【表1】

【0018】
このように、キセノンガスを用いたCo2MnAl膜3のスパッタリングによりMR比を向上できたのは、表2に示すようにアルゴンに比べてキセノンの方がCoに対するスパッタリング率が小さいため、成膜された膜におけるCo組成比の増大(Coリッチ)を抑えて、ターゲットの組成に近いCo2MnAl膜3を得られることに起因する。
【0019】
【表2】

【0020】
MR比が向上できるということは検出信号を増大でき、集積度を高めてもノイズに埋もれにくくなり、MRAMの高集積化を図れる。
【0021】
ホイスラー合金は通常3種類以上の元素からなり、その格子構造が磁気特性やスピン分極率を決定するため、原子の規則配列を促す目的で成膜後に基板1をアニールすることが好ましい。MR比は160℃から上昇し、190〜250℃でピークになる結果が得られた。したがって、加熱温度は160〜250℃が好ましい。
【0022】
また、メタルマスクでなくリソグラフィにより形成されたマスクを用いてもよい。リソグラフィにより形成されたマスクを用いた方がメタルマスクを用いた場合よりも高いMR比が得やすい。これは、メタルマスクを使用する場合には、ホイスラー合金膜3形成用のマスクからトンネル障壁層4形成用のマスクへの交換時に大気もしくは他のガス雰囲気に暴露されるためトンネル障壁層4との界面に汚染が生じやすく、また、メタルマスクでパターニングされた形状に起因してリーク電流が流れやすいためである。
【0023】
ホイスラー合金はCo2MnAlに限定されず、Coを含むその他のホイスラー合金でも同様の効果が期待できる。さらには、キセノンはアルゴンより、ホイスラー合金を構成する各組成ごとのスパッタリング率の差が小さくなる場合が多いので、Coを含まない他のホイスラー合金でも同様の効果が期待できる。Co2MnAl以外のホイスラー合金としては、Co2MnSi、CoCrAl、NiMnSb、SrLaMnO、PtMnSb、Mn2VAl、Fe2VAl、Co2FeSi、Co2MnGe、Co2FeXCr(1-X)Alなどが一例として挙げられる。
【0024】
また、一般にスパッタリングにおいてプラズマ化されたイオンはカソードに印加される電圧によりターゲットに向かって加速されて衝突するが一部は拡散する。この拡散したイオンが基板に衝突するとトラップされ膜質を低下させる場合がある。この現象を考えた場合に、キセノンの方がアルゴンよりも質量が大きく、上記拡散する方向へ加速され難いので基板まで到達しにくい。よって、膜中に取り込まれる量が少なくなる。また、キセノンイオンが膜に到達したとしても、質量の小さいアルゴンに比べれば速度が遅く、膜へのダメージを少なくできる。これらのことも、MR比を向上させる原因と考えられる。
【0025】
本発明はMRAMに限らず磁気センサや磁気ヘッドにも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施形態に係るトンネル磁気抵抗素子の要部断面図である。
【符号の説明】
【0027】
3…ホイスラー合金膜、4…トンネル障壁層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電ガスとしてキセノンを用いてホイスラー合金のターゲットをスパッタリングして被成膜体に成膜することを特徴とするホイスラー合金膜の成膜方法。
【請求項2】
前記ホイスラー合金は、Co2MnAl、Co2MnSi、CoCrAl、NiMnSb、SrLaMnO、PtMnSb、Mn2VAl、Fe2VAl、Co2FeSi、Co2MnGe、Co2FeXCr(1-X)Alの何れかである請求項1に記載のホイスラー合金膜の成膜方法。
【請求項3】
前記スパッタリングによる成膜時に前記被成膜体の加熱を行わない請求項1または請求項2に記載のホイスラー合金膜の成膜方法。
【請求項4】
前記スパッタリングによる成膜後に前記被成膜体を160℃〜250℃で加熱する請求項1または請求項2に記載のホイスラー合金膜の成膜方法。
【請求項5】
放電ガスとしてキセノンを用いてホイスラー合金のターゲットをスパッタリングして成膜されたホイスラー合金膜を磁性層に含むトンネル磁気抵抗素子。
【請求項6】
前記ホイスラー合金は、Co2MnAl、Co2MnSi、CoCrAl、NiMnSb、SrLaMnO、PtMnSb、Mn2VAl、Fe2VAl、Co2FeSi、Co2MnGe、Co2FeXCr(1-X)Alの何れかである請求項5に記載のトンネル磁気抵抗素子。

【図1】
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【公開番号】特開2006−161120(P2006−161120A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−356203(P2004−356203)
【出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】