説明

内燃機関の空燃比制御装置

【課題】経年変化によらず内燃機関の運転状態を正確に判定し、判定された運転状態に応じて高精度な制御が可能な内燃機関の空燃比制御装置を提供する。
【解決手段】内燃機関の空燃比制御装置が、実際の燃料噴射量である実燃料噴射量u及びその噴射による空燃比である実空燃比yを保存する記憶手段と、保存された実燃料噴射量u及び実空燃比yに基づいて所定時間経過後の内燃機関の運転状態である先読み運転状態fcを推定する運転状態推定手段と、保存された実燃料噴射量u及び実空燃比y並びに先読み運転状態fcに基づいて前記所定時間経過後の空燃比である先読み空燃比faを推定する空燃比推定手段と、先読み空燃比faに基づいて燃料噴射量を補正する燃料噴射量補正手段とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内燃機関の空燃比制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
予め定められた基準に基づいて内燃機関の運転状態が定常状態であるか過渡状態であるかを判定し、各運転状態において非線形な動特性を単一の線形モデルを用いることで、燃料噴射量から空燃比への伝達特性を同定し、高精度な制御を行う内燃機関の空燃比制御装置が公知である(特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2000−213395号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、この空燃比制御装置では、内燃機関の経年変化による燃料噴射弁等の燃料系の特性の変化のため、上述の予め定められた判定基準に基づいて求められた内燃機関の運転状態と、実際の運転状態とが異なってくるという問題がある。そのため、同定された燃料噴射量から空燃比への伝達特性も最適なものではなく、空燃比制御の性能が大きく劣化してしまう可能性がある。また、各運転状態においてそれぞれ単一のモデルを用いているため、空燃比制御の精度向上には限界がある。
【0005】
そこで本発明は上記問題に鑑み、経年変化によらず内燃機関の運転状態を正確に判定し、判定された運転状態に応じて高精度な制御が可能な内燃機関の空燃比制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために請求項1に記載の発明によれば、内燃機関の空燃比制御装置であって、実際の燃料噴射量である実燃料噴射量及びその噴射による空燃比である実空燃比を保存する記憶手段と、保存された実燃料噴射量及び実空燃比に基づいて所定時間経過後の内燃機関の運転状態である先読み運転状態を推定する運転状態推定手段と、保存された実燃料噴射量及び実空燃比並びに先読み運転状態に基づいて前記所定時間経過後の空燃比である先読み空燃比を推定する空燃比推定手段と、先読み空燃比に基づいて燃料噴射量を補正する燃料噴射量補正手段とを具備した内燃機関の空燃比制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、内燃機関の非線形な動特性を運転状態に応じた推定手段を用いるので、高精度な空燃比制御を行うことが可能となる。また、過去の実燃料噴射量及び実空燃比を学習し、それに基づいて空燃比を推定し燃料噴射量を補正するので、経年変化によらず高精度な空燃比制御を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、図面を参照しながら本発明による内燃機関の空燃比制御装置について説明する。図1は本発明の空燃比制御装置が搭載される内燃機関全体の図である。図1に示した実施形態では本発明の空燃比制御装置が筒内直噴型火花点火式内燃機関に用いられた場合を示しているが、他の火花点火式内燃機関や圧縮自着火式内燃機関等にも用いることができる。
【0009】
図1を参照すると1は機関本体、2はシリンダブロック、3はシリンダブロック2内で往復動するピストン、4はシリンダブロック2上に固定されたシリンダヘッド、5はピストン3とシリンダヘッド4との間に形成された燃焼室、6は吸気弁、7は吸気ポート、8は排気弁、9は排気ポートをそれぞれ示す。図1に示したようにシリンダヘッド4の内壁面の中央部には点火プラグ10が配置され、シリンダヘッド4内壁面周辺部には燃料噴射弁11が配置される。またピストン3の頂面上には燃料噴射弁11の下方から点火プラグ10の下方まで延びるキャビティ12が形成されている。
【0010】
各気筒の吸気ポート7はそれぞれ対応する吸気枝管13を介してサージタンク14に連結され、サージタンク14は吸気管15を介してエアクリーナ(図示せず)に連結される。吸気管15内にはエアフロメータ16が配置されると共にステップモータ17によって駆動されるスロットル弁18が配置される。一方、各気筒の排気ポート9は排気マニホルド19に連結され、この排気マニホルド19は三元触媒20を内蔵した触媒コンバータ21に連結される。触媒コンバータ21の出口は排気管22に連結される。排気マニホルド19、即ち排気浄化触媒20上流側の排気通路内には空燃比センサ23が配置される。燃料は燃料タンク24に貯蔵され、燃料供給管を介して電子制御式の吐出量可変な燃料ポンプ25によって燃料噴射弁11へ供給され、噴射される。また、本実施形態では、排気浄化触媒として三元触媒20を用いているが、酸素吸蔵能力を有していれば、他のタイプの触媒、例えばNOx吸蔵還元触媒、リーンNOx触媒、DPNR等を用いてもよい。更に、空燃比センサ23の代わりに、排気ガスの空燃比が理論空燃比よりもリッチであるかリーンであるかによって大きく異なる出力電圧を発生する酸素センサを用いてもよい。
【0011】
電子制御ユニット(ECU)31はディジタルコンピュータからなり、双方向性バス32を介して相互に接続されたRAM(ランダムアクセスメモリ)33、ROM(リードオンリメモリ)34、CPU(マイクロプロセッサ)35、バックアップRAM36、入力ポート37及び出力ポート38を具備する。バックアップRAM36は常時電源に接続されており、車両のイグニッションスイッチを切っても記憶した内容を保存することが可能である。
【0012】
エアフロメータ16は吸入空気流量に比例した出力電圧を発生し、その出力電圧は対応するAD変換器39を介して入力ポート37に入力される。また、空燃比センサ23は、排気マニホルド19内を通過する排気ガス中の酸素濃度に基づいて、排気ガスの空燃比に略比例した出力電圧を発生する。出力電圧は対応するAD変換器39を介して入力ポート37に入力される。
【0013】
また、アクセルペダル41にはアクセルペダル41の踏込み量に比例した出力電圧を発生する負荷センサ42が接続され、負荷センサ42の出力電圧は対応するAD変換器39を介して入力ポート37に入力される。クランク角センサ43は例えばクランクシャフトが30度回転する毎に出力パルスを発生し、この出力パルスが入力ポート37に入力される。CPU35ではこのクランク角センサ43の出力パルスから機関回転数Neが計算される。一方、出力ポート38は対応する駆動回路39を介して点火プラグ10、燃料噴射弁11、ステップモータ17及び燃料ポンプ25に接続される。
【0014】
上述した三元触媒20は、酸素吸蔵能力を有しており、これにより三元触媒20に流入する排気ガスの空燃比がリーンであるときには排気ガス中の酸素を吸蔵すると共に、三元触媒20に流入する排気ガスの空燃比がリッチであるときには吸蔵している酸素を放出することにより排気ガス中に含まれるHC、COを酸化・浄化する。
【0015】
そこで、本実施形態では、三元触媒20よりも上流排気通路内に配置された空燃比センサ23によって排気空燃比(三元触媒20上流側の排気通路、燃焼室5及び吸気通路に供給された空気と燃料との比率)を検出すると共に、空燃比センサ23の出力値が目標空燃比となるように燃料噴射弁11からの燃料供給量についてフィードバック制御を行うこととしている。本実施形態において、目標空燃比は理論空燃比である。
【0016】
図2は、本発明による空燃比制御装置に用いられる制御システムの概要を示す図である。まず、ブロック11では、後に詳述する空燃比挙動モデルを用いて、所定時刻経過後の内燃機関の運転状態が過渡状態であるか定常状態であるかを推定し、推定結果である先読み運転状態fcと、先読み運転状態fcに応じた同定式に基づき、推定された空燃比の先読み値、即ち所定時刻経過後の空燃比の予測値である先読み空燃比faが出力される。
【0017】
次いで、ブロック12では、ブロック11で出力された先読み運転状態fcと先読み空燃比faとに基づいて先読み補正値cを算出する。算出された先読み補正値cは、ブロック13におけるフィードバック制御(例えば、PID制御)によって決定された基本燃料噴射量dに加算され、その結果得られた実際の燃料噴射量が実燃料噴射量uとして、内燃機関14に噴射される。そして、実際の空燃比である実空燃比yが検出される。先読み補正値cによってフィードバック補正による基本燃料噴射量dを補正することで、経年変化による特性の変化を補償し、精度の良い空燃比制御が実現できる。
【0018】
なお、実燃料噴射量uと、その量の燃料噴射の結果得られる実空燃比yとは、空燃比挙動モデルに用いるための基礎データとして、破線で示されるように空燃比挙動モデルで再度用いるため、バックアップRAM36に都度保存される。
【0019】
次に、本発明による空燃比挙動モデルの詳細について説明する。まず、本実施形態では、空燃比挙動モデルとして区分的ARXモデル(区分的外部入力付自己回帰モデル)と呼ばれる統計的手法を用いる。この手法について以下、説明する。
【0020】
時刻kにおける実燃料噴射量をu(k)、その噴射による出力である実空燃比をy(k)とする。これらの過去の時系列データu(k−1)、u(k−2)、・・・及びy(k−1)、y(k−2)、・・・から内燃機関の動特性の同定を行う。ここで、本発明において内燃機関の動特性は以下の式(1)及び式(2)で表されると仮定する。ここで、式(1)は内燃機関の運転状態が過渡状態を表し、式(2)は内燃機関の運転状態が定常状態を表している。x(k)は回帰ベクトルであり、バックアップRAM36に保存された過去の実燃料噴射量u及びその量の燃料噴射の結果得られる実空燃比y(以下、これらをまとめて「観測データ」と称す)を用いて以下の式(3)によって表される。
【数1】

【数2】

【数3】

【0021】
e(k)は式誤差であり、θ1、θ2は同定する未知パラメータのベクトルを表す。データ数はNであり、離散時刻はk=1,2,・・・,Nである。自然数nu,nyは、モデルを記述するために必要とされる実燃料噴射量u(k)及び実空燃比y(k)の過去の時系列データの個数を表す。式(1)及び式(2)がそれぞれARXモデルを表し、それが内燃機関の運転状態に応じて区分的にモデル化されていることから、区分的ARXモデルと称される。なお、Tは転置行列を意味する。
【0022】
式(1)で表される過渡状態と、式(2)で表される定常状態とは、各式の横に条件として付記されているように、回帰ベクトル空間における解空間として、以下の式(4)で表される超平面と呼ばれる平面によって分割される。この超平面を特に分離超平面と称す。a,bは算出すべき未知パラメータである。
【数4】

【0023】
以上を前提として、以下の3つのステップにより、観測データを各運転状態(過渡状態又は定常状態)にクラスタリング(分類)して、各運転状態に対応する未知パラメータθ1、θ2と式(4)で表される分離超平面とを決定する。
【0024】
ステップ1
ステップ1では、観測データのクラスタリングを行う。そのため、観測データからなる観測データベクトルを式(5)のように定義したとき、観測データが以下の式(6)に示される密度関数によって表される混合正規分布に従うと仮定する。式(6)の右辺第1項が過渡状態における観測データの密度関数を表し、右辺第2項が定常状態における観測データの密度関数を表している。
【数5】

【数6】

【0025】
αは各正規分布の確率の重み付け、即ち混合比を表し、μ、Σはそれぞれ平均、分散を表しており、さらに以下の式(7)から式(10)で表される。detは行列式を表す。
【数7】

【数8】

【数9】

【数10】

【0026】
本実施形態において、混合正規分布の式(7)で表されるパラメータΦは最尤推定法を用いて求める。パラメータΦを求めることは、非凸最適化問題を解くことになる。そこで、本実施形態では、汎用的なパラメータ推定方法であるEMアルゴリズムを用いた反復計算を行い、以下の式(11)で表される尤度関数を最大化するパラメータΦを求める。パラメータΦを求めるために、EMアルゴリズム以外、その他のアルゴリズムを用いてもよい。
【数11】

【0027】
次に、尤度関数を最大化するような最適なパラメータΦを用いて、観測データを過渡状態と定常状態とに分類するクラスタリングを行う。そのため、離散時刻k=1,2,・・・,Nの各観測データを、過渡状態又は定常状態の正規分布のうち、帰属確率のより高い方の部分分布に対応するクラスタに分類し、過渡状態に属するクラスタをクラスタC1とし、定常状態に属するクラスタをクラスタC2とする。
【0028】
ステップ2
ステップ2では、分離超平面を表す上述の式(4)の未知パラメータa,bは、以下の式(13)から式(15)に基づいて、式(12)の最小値を求めるような2次最適化問題を解くことによって求められる。
【数12】

【数13】

【数14】

【数15】

【0029】
ステップ3
ステップ3では、最小二乗法を用いることによって、過渡状態に分類されたクラスタC1に属する観測データから、以下の式(16)から式(19)に基づいて未知パラメータθ1を推定し、定常状態に分類されたクラスタC2に属する観測データから、以下の式(20)から式(23)に基づいて未知パラメータθ2を推定する。但し、N1,N2はそれぞれクラスタC1,C2に含まれる要素の個数である。
【数16】

【数17】

【数18】

【数19】

【数20】

【数21】

【数22】

【数23】

【0030】
以上のステップ1から3によって各運転状態に対応する未知パラメータθ1、θ2と式(4)で表される分離超平面とが決定された。これにより、式(1)及び(2)による区分的ARXモデルの空燃比挙動モデルを用いることによって、先読み運転状態fc及び先読み空燃比faを推定することが可能となる。
【0031】
例えば、現在時刻をkとしたとき、次回の離散時刻k+1における先読み空燃比fa、即ちy(k+1)は、現在時刻までの観測データ、即ち実燃料噴射量u(k)と、その噴射による実空燃比y(k)を用いて、以下の式(24)から(26)のように表される。このとき、離散時刻k+1において、式(4)で表される分離超平面に対して過渡状態にあるか定常状態にあるか、先読み運転状態fcが推定される。それに基づいて、式(24)の同定式を使用するか式(25)の同定式を使用するかが決定される。決定された同定式を用いて、先読み空燃比fa推定することが可能となる。
【数24】

【数25】

【数26】

【0032】
先読み空燃比faを用いて、図2に示すような本発明による空燃比制御を行うことによって、以下のような利点が得られる。即ち、内燃機関の非線形な動特性を運転状態に応じた複数の同定式を用いることで、高精度な空燃比制御を行うことが可能となる。過去の観測データを学習し、同定式のパラメータを変化させるので、経年変化によらず高精度な空燃比制御を行うことが可能となる。
【0033】
最後に、先読み空燃比算出操作のフローチャートについて図3を参照しながら説明する。この操作はECU31によって予め定められた所定時間毎の割り込みによって実行されるルーチンとして行われる。
【0034】
まず、ステップ101では、バックアップRAM36に保存された過去の観測データ(実燃料噴射量u及び実空燃比y)を読み込み、ステップ102へと進む。次いで、ステップ102では、空燃比挙動モデル作成のために必要な観測データの個数nu,nyの設定を行い、ステップ103へと進む。これらの値は、モデル化の精度に合わせて予め定められる。
【0035】
次いで、ステップ103では、前述のステップ1に基づいて観測データをクラスタC1又はクラスタC2に分類するクラスタリングを行い、ステップ104へと進む。次いで、ステップ104では、前述のステップ2に基づいて分離超平面のパラメータa,bを算出し、ステップ105へと進む。次いで、ステップ105では、前述のステップ3に基づいて区分的ARXモデルの未知パラメータθ1、θ2を算出し、ステップ106へと進む。次いで、ステップ106では、先読み運転状態fcを推定し、ステップ107へと進む。次いで、ステップ107では、先読み運転状態fcに応じた区分的ARXモデルの同定式を用いて先読み空燃比faを推定し、ルーチンを終了する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の空燃比制御装置が搭載される内燃機関全体の図である。
【図2】本発明による空燃比制御装置に用いられる制御システムの概要を示す図である。
【図3】先読み空燃比算出操作のフローチャートである。
【符号の説明】
【0037】
1 機関本体
3 ピストン
5 燃焼室
6 吸気弁
8 排気弁
10 点火栓
11 燃料噴射弁
23 空燃比センサ
31 ECU

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の空燃比制御装置であって、実際の燃料噴射量である実燃料噴射量及びその噴射による空燃比である実空燃比を保存する記憶手段と、保存された実燃料噴射量及び実空燃比に基づいて所定時間経過後の内燃機関の運転状態である先読み運転状態を推定する運転状態推定手段と、保存された実燃料噴射量及び実空燃比並びに先読み運転状態に基づいて前記所定時間経過後の空燃比である先読み空燃比を推定する空燃比推定手段と、先読み空燃比に基づいて燃料噴射量を補正する燃料噴射量補正手段とを具備した内燃機関の空燃比制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−287531(P2009−287531A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−143708(P2008−143708)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】