説明

単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット及び単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法

【課題】単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長に要するコストを低減する。
【解決手段】フィード材11及びシード材12のそれぞれは、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む表層を有する。フィード材11及びシード材12のそれぞれにおいて、表層の励起波長を532nmとするラマン分光解析によって、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素に由来のL0ピークが観察される。L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値は、フィード材11の方がシード材12よりも小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット及びそれを用いた単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素(SiC)は、ケイ素(Si)やガリウムヒ素(GaAs)等の従来の半導体材料では実現できない高温耐性、高耐電圧性、耐高周波性及び高耐環境性を実現することが可能であると考えられている。このため、炭化ケイ素は、次世代のパワーデバイス用の半導体材料や高周波デバイス用半導体材料として期待されている。
【0003】
従来、単結晶炭化ケイ素を成長させる方法として、例えば、下記の特許文献1などにおいて、昇華再結晶法(改良レーリー法)が提案されている。この改良レーリー法では、坩堝内の低温側領域に単結晶炭化ケイ素からなるシード材を配置し、高温側領域に原料となるSiを含む原料粉末を配置する。そして、坩堝内を不活性雰囲気とした上で、1450℃〜2400℃の高温に加熱することにより、高温側領域に配置されている原料粉末を昇華させる。その結果、低温側領域に配置されているシード材の表面上に炭化ケイ素をエピタキシャル成長させることができる。
【0004】
しかしながら、改良レーリー法は、気相中で温度勾配を設けることにより炭化ケイ素結晶を成長させる方法である。このため、改良レーリー法を用いた場合、炭化ケイ素のエピタキシャル成長に大型の装置を要し、かつ、炭化ケイ素エピタキシャル成長のプロセス制御が困難となる。よって、炭化ケイ素エピタキシャル成長膜の製造コストが高くなるという問題がある。また、気相中における炭化ケイ素エピタキシャル成長は、非平衡である。このため、形成される炭化ケイ素エピタキシャル成長膜に結晶欠陥が生じやすく、また、結晶構造に荒れが生じやすいという問題がある。
【0005】
改良レーリー法以外の炭化ケイ素のエピタキシャル成長法としては、例えば特許文献2などで提案されている、液相において炭化ケイ素をエピタキシャル成長させる方法である準安定溶媒エピタキシー(Metastable Solvent Epitaxy:MSE)法が挙げられる。
【0006】
MSE法では、単結晶炭化ケイ素や多結晶炭化ケイ素などの結晶性炭化ケイ素からなるシード材と、炭化ケイ素からなるフィード材とを、例えば100μm以下といった小さな間隔をおいて対向させ、その間にSiの溶融層を介在させる。そして、真空高温環境で加熱処理することにより、シード材の表面上に炭化ケイ素をエピタキシャル成長させる。
【0007】
このMSE法では、シード材の化学ポテンシャルと、フィード材の化学ポテンシャルとの差に起因して、Si溶融層に溶解する炭素の濃度勾配が生じることにより炭化ケイ素エピタキシャル成長膜が形成されるものと考えられている。このため、改良レーリー法を用いる場合とは異なり、シード材とフィード材との間に温度差を設ける必要が必ずしもない。従って、MSE法を用いた場合、簡素な装置で、炭化ケイ素のエピタキシャル成長プロセスを容易に制御できるばかりか、高品位な炭化ケイ素エピタキシャル成長膜を安定して形成することができる。
【0008】
また、大きな面積を有するシード基板の上にも炭化ケイ素エピタキシャル成長膜を形成できるという利点、Si溶融層が極めて薄いため、フィード材からの炭素が拡散しやすく
、炭化ケイ素のエピタキシャル成長プロセスの低温化を図れるという利点もある。
【0009】
従って、MSE法は、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長法として極めて有用な方法であると考えられており、MSE法に関する研究が盛んに行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2005−97040号公報
【特許文献2】特開2008−230946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように、MSE法においては、フィード材の自由エネルギーがシード材の自由エネルギーよりも高くなるように、フィード材及びシード材を選択する必要があるものと考えられている。このため、例えば上記特許文献2には、フィード基板とシード基板との結晶多形を異ならしめることにより、フィード基板とシード基板とで自由エネルギーを異ならしめることが記載されている。具体的には、フィード基板を多結晶3C−SiC基板により構成した場合は、3C−SiC基板よりも低い自由エネルギーを有する単結晶4H−SiC基板などによりシード基板を構成することが記載されている。
【0012】
ここで、多結晶3C−SiC基板は、CVD法により容易に作製できる。このため、特許文献2に記載のように、3C−SiC基板をフィード基板として用いることにより、炭化ケイ素エピタキシャル成長膜の形成コストを低く抑えることができる。
【0013】
しかしながら、4H−SiC基板や3C−SiC基板などの炭化ケイ素基板のなかで、3C−SiC基板が最も高い自由エネルギーを有する。このため、自由エネルギーが低いことが要求されるシード基板として3C−SiC基板を用いることはできないと考えられていた。従って、特許文献2では、製造が困難で高コストな単結晶4H−SiC基板がシード基板として用いられており、炭化ケイ素エピタキシャル成長層の形成コストが高くなっているという問題がある。
【0014】
本発明は、係る点に鑑みてなされたものであり、その目的は、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長に要するコストを低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、鋭意研究の結果、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素材の中にも、ケイ素溶融層への溶出が生じやすいものと溶出が生じにくいものとがあり、ケイ素溶融層への溶出が生じにくいものをシード材として用い、ケイ素溶融層への溶出が生じやすいものをフィード材として用いることにより、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長を好適に行えることを見出した。その結果、本発明者は、本発明を成すに至った。
【0016】
すなわち、本発明に係る単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニットは、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法に用いられるシード材とフィード材とのユニットである。フィード材及びシード材のそれぞれは、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む表層を有する。フィード材及びシード材のそれぞれにおいて、表層の、励起波長を532nmとするラマン分光解析によって、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素に由来のL0ピークが観察される。L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値は、フィード材の方がシード材よりも小さい。このため、本発明に係る単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニットのシード材は、ケイ素溶融層への溶出が相対的に生じにくいものである一方、フィード材は、ケイ素溶融層への溶出が相対的に生じやすいものである。よって、本発明に係る単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニットを用いることによって、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長を好適に行うことができる。
【0017】
また、本発明においては、シード材とフィード材との両方が、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む表層を有するものであるため、シード材とフィード材とのそれぞれをCVD(Chemical Vapor Deposition)法によって容易かつ安価に作製することができる。
【0018】
従って、本発明によれば、例えば、シード材を4H−SiCや6H−SiC、単結晶炭化ケイ素からなる表層を有するものとした場合と比較して、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長膜の形成コストを低減することができる。
【0019】
なお、L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が大きい場合にケイ素溶融層への溶出が生じにくくなるのは、表層における内部応力が大きくなり、表層の緻密性が高くなるためであると考えられる。一方、シフト量の絶対値が小さい場合にケイ素溶融層への溶出が生じやすくなるのは、表層における内部応力が小さくなり、表層の緻密性が低くなるためであると考えられる。
【0020】
また、本発明によれば、優れた特性を有する六方晶の単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長膜を形成することが可能となる。これは、表層の緻密性が高いシード基板を用いることにより、表層の表面に露出している結晶面の多くが、六方晶の(0001)結晶面に似た形状となり、六方晶の単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長が好適に進行するためであると考えられる。
【0021】
なお、本発明において、「液相エピタキシャル成長方法」とは、シード材とフィード材とをケイ素溶融層を介して対向させた状態で加熱することによりケイ素溶融層中に溶融する黒鉛の濃度勾配を形成し、その濃度勾配により、シード材の上に単結晶炭化ケイ素をエピタキシャル成長させる方法をいう。
【0022】
本発明において、「多結晶炭化ケイ素に由来のL0ピーク」とは、炭化ケイ素結晶中のSi−Cの2原子間で振動する光学モードのうち縦光学(longitudinal optical)モードに由来するピークであり、通常3C多形の場合、972cm−1に現れるピークである。
【0023】
本発明において、「フィード材」とは、例えば、Si、C、SiCなどの単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長の材料となるものを供給する部材をいう。一方、「シード材」とは、表面上に単結晶炭化ケイ素が成長していく部材をいう。
【0024】
単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長速度をより高める観点からは、本発明において、フィード材におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が4cm−1未満であることが好ましい。シード材におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が4cm−1以上であることが好ましい。
【0025】
また、フィード材におけるL0ピークの半値幅が7cm−1以上であることが好ましい。シード材におけるL0ピークの半値幅が15cm−1以下であることが好ましい。
【0026】
なお、フィード材におけるL0ピークの半値幅が7cm−1以上である場合に、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長速度をより高めることができるのは、L0ピークの半値幅が大きいほど、表層における多結晶炭化ケイ素の結晶性が低かったり、不純物濃度が高かったりするため、表層からの溶出がさらに生じやすくなるためであると考えられる
。一方、シード材におけるL0ピークの半値幅が15cm−1以下である場合に、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長速度をより高めることができるのは、L0ピークの半値幅が小さいほど、表層における多結晶炭化ケイ素の結晶性が高かったり、不純物濃度が低かったりするため、表層からの溶出がさらに生じにくくなるためであると考えられる。
【0027】
フィード材とシード材との少なくとも一方において、表層は、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を主成分として含むことが好ましく、実質的に、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素からなることが好ましい。この構成によれば、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長速度をさらに効果的に高めることができる。
【0028】
なお、本発明において、「主成分」とは、50質量%以上含まれる成分のことをいう。
【0029】
本発明において、「実質的に、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素からなる」とは、不純物以外に、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素以外の成分を含まないことを意味する。通常、「実質的に、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素からなる」場合に含まれる不純物は、5質量%以下である。
【0030】
フィード材とシード材との少なくとも一方は、支持材と、支持材の上に形成されており、表層を構成している多結晶炭化ケイ素膜とを備えていてもよい。その場合において、多結晶炭化ケイ素膜の厚みは、30μm〜800μmの範囲内にあることが好ましい。
【0031】
また、フィード材とシード材との少なくとも一方は、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む多結晶炭化ケイ素材により構成されていてもよい。
【0032】
本発明に係る単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法は、上記本発明に係る単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニットを用いた単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法である。本発明に係る単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法では、シード材の表層と、フィード材の表層とをケイ素溶融層を介して対向させた状態で加熱することによりシード材の表層上に単結晶炭化ケイ素をエピタキシャル成長させる。
【0033】
この方法によれば、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長膜を安価に形成することができる。また、シード材とフィード材との間に温度差を設ける必要が必ずしもない。従って、簡素な装置で、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長プロセスを容易に制御できるばかりか、高品位な単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜を安定して形成することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長に要するコストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態における単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長方法を説明するための模式図である。
【図2】本発明の一実施形態におけるフィード基板の略図的断面図である。
【図3】本発明の一実施形態におけるシード基板の略図的断面図である。
【図4】変形例におけるフィード基板の略図的断面図である。
【図5】変形例におけるシード基板の略図的断面図である。
【図6】サンプル1〜4の表層のラマン分光解析結果を表すグラフである。
【図7】サンプル1〜4におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量(Δω)と、L0ピークの半値幅(FWHM)とを表すグラフである。
【図8】サンプル1,2及び4における単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜の成長速度を示すグラフである。
【図9】サンプル3,4における単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜の成長速度を示すグラフである。
【図10】実施例における液相エピタキシャル成長実験実施後のシード基板(サンプル3)のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を実施した好ましい形態の一例について説明する。但し、以下の実施形態は単なる例示である。本発明は、以下の実施形態に何ら限定されない。
【0037】
図1は、本実施形態における単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長方法を説明するための模式図である。
【0038】
本実施形態では、MSE法を用いて単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長膜を形成する例について説明する。
【0039】
本実施形態では、図1に示すように、容器10内において、シード材としてのシード基板12と、フィード材としてのフィード基板11とを有する単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット14を、シード基板12の主面12aとフィード基板11の主面11aとがシリコンプレートを介して対向するように配置する。その状態でシード基板12及びフィード基板11を加熱し、シリコンプレートを溶融する。そうすることにより、シード基板12とフィード基板11とがケイ素溶融層13を介して対向した状態となる。この状態を維持することにより、シード基板12側からケイ素、炭素、炭化ケイ素などの原料がケイ素溶融層13に溶出する。これにより、ケイ素溶融層13に濃度勾配が形成される。その結果、シード基板12の主面12a上に単結晶炭化ケイ素がエピタキシャル成長し、単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20が形成される。なお、ケイ素溶融層13の厚みは、極めて薄く、例えば、10μm〜100μm程度とすることができる。
【0040】
図2にフィード基板11の略図的断面図を示す。図3にシード基板12の略図的断面図を示す。フィード基板11及びシード基板12のそれぞれは、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む表層を有する。具体的には、図2及び図3に示すように、本実施形態では、フィード基板11とシード基板12とのそれぞれは、黒鉛からなる支持材11b、12bと、多結晶炭化ケイ素膜11c、12cとを有する。黒鉛からなる支持材11b、12bは、炭化ケイ素のエピタキシャル成長プロセスに十分に耐えることのできる高い耐熱性を有している。また、黒鉛からなる支持材11b、12bは、単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20と似通った熱膨張率を有する。従って、黒鉛からなる支持材11b、12bを用いることにより、炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20を好適に形成することができる。
【0041】
なお、黒鉛の具体例としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛、石油コークス、石炭コークス、ピッチコークス、カーボンブラック、メソカーボン等が挙げられる。黒鉛からなる支持材12bの製造方法は、例えば、特開2005−132711号公報に記載の製造方法などが挙げられる。
【0042】
多結晶炭化ケイ素膜11c、12cは、支持材11b、12bの主面及び側面を覆うように形成されている。多結晶炭化ケイ素膜11c、12cは、多結晶炭化ケイ素を含む。この多結晶炭化ケイ素膜11c、12cによって、フィード基板11またはシード基板1
2の表層が形成されている。なお、本実施形態における多結晶炭化ケイ素膜11c、12cは、多結晶3C−SiCを主成分として含むことが好ましく、実質的に多結晶3C−SiCからなることが好ましい。すなわち、本実施形態において、フィード基板11及びシード基板12のそれぞれの表層は、多結晶3C−SiCを主成分として含むことが好ましく、実質的に多結晶3C−SiCからなることが好ましい。そうすることにより単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の成長速度を高めることができる。
【0043】
多結晶炭化ケイ素膜11c、12cの厚みt11,t12のそれぞれは、30μm〜800μmの範囲内にあることが好ましく、40μm〜600μmの範囲内にあることがより好ましく、100μm〜300μmの範囲内にあることがさらに好ましい。多結晶炭化ケイ素膜11c、12cの厚みt11,t12が薄すぎると、単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の形成時に、黒鉛からなる支持材12bが露出し、支持材11b、12bからの溶出に起因して好適な単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20が得られなくなる場合がある。一方、多結晶炭化ケイ素膜11c、12cの厚みt11,t12が厚すぎると、多結晶炭化ケイ素膜12cにクラックが生じやすくなる場合がある。
【0044】
多結晶炭化ケイ素膜11c、12cの形成方法は特に限定されない。多結晶炭化ケイ素膜12cは、例えばCVD(Chemical Vapor Deposition)法や、スパッタリング法などにより形成することができる。特に、本実施形態では、多結晶炭化ケイ素膜11c、12cが多結晶3C−SiCを含むものであるため、CVD法により緻密な多結晶炭化ケイ素膜11c、12cを容易かつ安価に形成することができる。
【0045】
本実施形態では、励起波長を532nmとするラマン分光解析により観察される、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素に由来のL0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が、フィード基板11の表層を構成している多結晶炭化ケイ素膜11cの方が、シード基板12の表層を構成している多結晶炭化ケイ素膜12cよりも小さくなるようにシード基板12及びフィード基板11が構成されている。
【0046】
このため、シード基板12は、ケイ素溶融層13への溶出が相対的に生じにくいものである一方、フィード基板11は、ケイ素溶融層13への溶出が相対的に生じやすいものである。よって、本実施形態の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット14を用いることによって、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長膜20を好適に形成することができる。また、シード基板12とフィード基板11との両方が、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む表層を有するものである。このため、シード基板12とフィード基板11とのそれぞれをCVD法によって容易かつ安価に作製することができる。従って、シード材を4H−SiCや6H−SiC、単結晶炭化ケイ素からなる表層を有するものとした場合と比較して、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長膜20の形成コストを低減することができる。
【0047】
なお、L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が大きい場合にケイ素溶融層13への溶出が生じにくくなるのは、表層における内部応力が大きくなり、表層の緻密性が高くなるためであると考えられる。一方、シフト量の絶対値が小さい場合にケイ素溶融層13への溶出が生じやすくなるのは、表層における内部応力が小さくなり、表層の緻密性が低くなるためであると考えられる。
【0048】
また、本実施形態の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット14を用いることによって、優れた特性を有する六方晶の単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長膜20を形成することが可能となる。これは、表層の緻密性が高いシード基板12を用いることにより、表層の表面に露出している結晶面の多くが、六方晶の(0001)結晶面に似た形状となり、六方晶の単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長が好適に進行するためで
あると考えられる。
【0049】
なお、六方晶の単結晶炭化ケイ素の代表例としては、結晶多形が4Hまたは6Hである単結晶炭化ケイ素が挙げられる。これらの結晶多形が4Hまたは6Hである単結晶炭化ケイ素(4H−SiC、6H−SiC)は、他の結晶多形の炭化ケイ素と比較して、バンドギャップが広く、優れた耐熱性を有する半導体デバイスの実現が可能となるという利点を有する。
【0050】
単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長速度をより高める観点からは、フィード基板11におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が4cm−1未満であることが好ましい。この場合、フィード基板11からのケイ素溶融層13への溶出がより生じやすくなるため、液相エピタキシャル成長速度をより高めることができるものと考えられる。
【0051】
また、シード基板12におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が4cm−1以上であることが好ましい。この場合、シード基板12からのケイ素溶融層13への溶出がより生じにくくなるため、液相エピタキシャル成長速度をより高めることができるものと考えられる。また、シード基板12におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量は、4cm−1以上であることが好ましい。
【0052】
フィード基板11においては、L0ピークの半値幅は、7cm−1以上であることが好ましい。この場合、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長速度をさらに向上できる。これは、L0ピークの半値幅が大きいほど、表層における多結晶炭化ケイ素の結晶性が低かったり、不純物濃度が高かったりするため、表層からの溶出がさらに生じやすくなるためであると考えられる。
【0053】
一方、シード基板12においては、L0ピークの半値幅は、15cm−1以下であることが好ましいこの場合、単結晶炭化ケイ素のエピタキシャル成長速度をさらに向上できる。これは、L0ピークの半値幅が小さいほど、シード基板12の表層における多結晶炭化ケイ素の結晶性が高かったり、不純物濃度が低かったりするため、シード基板12の表層からの溶出がさらに生じにくくなるためであると考えられる。
【0054】
従って、フィード基板11におけるL0ピークの半値幅は、シード基板12におけるL0ピークの半値幅よりも小さいことが好ましい。
【0055】
なお、上記実施形態では、フィード基板11及びシード基板12のそれぞれが支持材11b、12bと、多結晶炭化ケイ素膜11c、12cとによって構成されている例について説明した。但し、本発明は、この構成に限定されない。例えば、図4及び図5に示すように、フィード基板11及びシード基板12のそれぞれは、多結晶炭化ケイ素を含む多結晶ケイ素基板により構成されていてもよい。
【0056】
なお、炭化ケイ素基板は、例えば、黒鉛基材にCVD法により多結晶炭化ケイ素を被覆し、その後、黒鉛を機械的あるいは化学的に除去することにより作製することができる。また、炭化ケイ素基板は、黒鉛材とケイ酸ガスとを反応させて黒鉛材を炭化ケイ素に転化させることによっても作製することができる。また、炭化ケイ素基板は、炭化ケイ素粉末に焼結助剤を添加して1600℃以上の高温で焼結させることによっても作製することができる。
【0057】
以下、具体例に基づいて、本発明についてさらに説明するが、本発明は、以下の具体例に何ら限定されない。
【0058】
(作製例1)
かさ密度1.85g/cm、灰分5ppm以下である高純度等方性黒鉛材料からなる黒鉛材(15mm×15mm×2mm)を基材として用いた。この基材をCVD反応装置内に入れ、CVD法により基材上に厚み30μmの多結晶炭化ケイ素被膜を形成し、サンプル1を作製した。なお、原料ガスとしては、四塩化ケイ素及びプロパンガスを用いた。成膜は、常圧、1200℃で行った。成膜速度は、30μm/hとした。
【0059】
(作製例2)
反応温度を1400℃とし、成膜速度を60μm/hとしたこと以外は、上記作製例1と同様にして黒鉛材の表面上に50μmの多結晶炭化ケイ素被膜を形成し、サンプル2を作製した。
【0060】
(作製例3)
反応温度を1250℃とし、成膜速度10μm/hとし、四塩化ケイ素に代えてCHSiClを用いたこと以外は、上記作製例1と同様にして黒鉛材の表面上に50μmの多結晶炭化ケイ素被膜を形成し、サンプル3を作製した。
【0061】
(作製例4)
四塩化ケイ素及びプロパンガスに代えてジクロロシラン(SiHCl)及びアセチレンを用い、反応温度を1300℃とし、成膜速度10μm/hとしたこと以外は、上記作製例1と同様にして黒鉛材の表面上に50μmの多結晶炭化ケイ素被膜を形成し、サンプル4を作製した。なお、サンプル4では、多結晶炭化ケイ素被膜の厚みは、約1mmであった。
【0062】
(ラマン分光解析)
上記作製のサンプル1〜4の表層のラマン分光解析を行った。なお、ラマン分光解析には、532nmの励起波長を用いた。測定結果を図6に示す。
【0063】
次に、図6に示す測定結果から、サンプル1〜4におけるL0ピークの972cm−1からのシフト量(Δω)と、L0ピークの半値幅(FWHM)とを求めた。結果を図7に示す。
【0064】
図7に示すように、サンプル3,4は、Δωの絶対値が4cm−1以上であり、FWHMが7cm−1以上であった。一方、サンプル1,2は、FWHMに関しては、サンプル3,4と同様に7cm−1以上であったが、Δωの絶対値は、4cm−1未満であった。
【0065】
(単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長膜の成長速度評価)
上記実施形態において説明した液相エピタキシャル成長方法により、サンプル1〜4をフィード基板として用い、下記の条件で単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20を作製した。そして、炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の断面を光学顕微鏡を用いて観察することにより、炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の厚みを測定した。測定された厚みを炭化ケイ素エピタキシャル成長を行った時間で除算することにより、単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の成長速度を求めた。
【0066】
結果を図8及び図9に示す。なお、図8及び図9において、縦軸は、単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の成長速度であり、横軸はケイ素溶融層13の厚み(L)の逆数(1/L)である。
【0067】
図8及び図9に示す結果から、Δωの絶対値が小さいほど、単結晶炭化ケイ素エピタキ
シャル成長膜20の成長速度が高かった。この結果から、Δωの絶対値が小さいほど、ケイ素溶融層への溶出が生じやすくなることが分かる。
【0068】
(単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜20の成長速度の測定条件)
シード基板:結晶多形が4Hである炭化ケイ素基板
雰囲気の圧力:10−6〜10−4Pa
雰囲気温度:1900℃
【0069】
(実施例)
上記作製のサンプル1をフィード基板11として用い、上記作製のサンプル3をシード基板12として用い、上記成長速度評価実験と同様の条件で単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長実験を行った。その後、シード基板12としてのサンプル3の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮影した。サンプル3の表面のSEM写真を図10に示す。図10に示す写真より、Δωの絶対値が大きなサンプル3をシード基板12として用いることにより、六方晶である単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜を得ることができることが分かる。
【符号の説明】
【0070】
10…容器
11…フィード基板
11a…主面
11b…支持材
11c…多結晶炭化ケイ素膜
12…シード基板
12a…主面
12b…支持材
12c…多結晶炭化ケイ素膜
13…ケイ素溶融層
14…単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット
20…単結晶炭化ケイ素エピタキシャル成長膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法に用いられるシード材とフィード材とのユニットであって、
前記フィード材及び前記シード材のそれぞれは、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む表層を有し、
前記表層の、励起波長を532nmとするラマン分光解析によって、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素に由来のL0ピークが観察され、前記L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が、前記フィード材の方が前記シード材よりも小さい、単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項2】
前記フィード材における前記L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が4cm−1未満である、請求項1に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項3】
前記シード材における前記L0ピークの972cm−1からのシフト量の絶対値が4cm−1以上である、請求項1または2に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項4】
前記フィード材における前記L0ピークの半値幅が7cm−1以上である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項5】
前記シード材における前記L0ピークの半値幅が15cm−1以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項6】
前記フィード材及び前記シード材の少なくとも一方において、前記表層は、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を主成分として含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項7】
前記フィード材及び前記シード材の少なくとも一方において、前記表層は、実質的に、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素からなる、請求項6に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項8】
前記フィード材及び前記シード材の少なくとも一方は、支持材と、前記支持材の上に形成されており、前記表層を構成している多結晶炭化ケイ素膜とを備える、請求項1〜7のいずれか一項に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項9】
前記多結晶炭化ケイ素膜の厚みは、30μm〜800μmの範囲内にある、請求項8に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項10】
前記フィード材及び前記シード材の少なくとも一方は、結晶多形が3Cである多結晶炭化ケイ素を含む多結晶炭化ケイ素材により構成されている、請求項1〜7のいずれか一項に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニット。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の単結晶炭化ケイ素液相エピタキシャル成長用ユニットを用いた単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法であって、
前記シード材の表層と、前記フィード材の表層とをケイ素溶融層を介して対向させた状態で加熱することにより前記シード材の表層上に単結晶炭化ケイ素をエピタキシャル成長させる、単結晶炭化ケイ素の液相エピタキシャル成長方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−136376(P2012−136376A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288479(P2010−288479)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(000222842)東洋炭素株式会社 (198)
【Fターム(参考)】