説明

車両制動力制御装置

【課題】 車輪速と目標車輪速の偏差に基づき駆動力配分量を適宜変更することで、制御時における前後輪相互の干渉を抑制し、ヒルディーセント制御時における音振増加や発熱によるフェードを低減した車両制動力制御装置を提供する。
【解決手段】 4輪駆動車における各輪に設けられたホイルシリンダの液圧を制御することで所望の制動力を得る車両制動力制御装置であって、車両制動力制御装置は、ホイルシリンダの液圧を制御する液圧コントロールユニットと、前輪と後輪の駆動力を配分する駆動力配分手段と、駆動力配分手段における配分量を制御する駆動力配分コントロールユニットとを備え、液圧コントロールユニットは、各ホイルシリンダの液圧を制御し、駆動力配分コントロールユニットは、車輪速と目標車輪速の偏差に基づき駆動力配分手段における配分量を演算することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下り坂において各車輪の制動力を制御することにより安定走行を実現するヒルディーセント(HDC)システムを備えた車両制動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒルディーセント(HDC)システムを備えた車両制動力制御装置にあっては、実車輪速がアクセル開度に応じた目標車速に追従するようPID制御にて液圧指令値を演算している。ここで各車輪の対角輪同士を接続するいわゆるX配管システムの場合、前輪増圧時に後輪を減圧すると、後輪からリザーバに還流された作動油がポンプにより汲み出されて前輪増圧に用いられてしまい、前後輪の制御が互いに干渉することとなり、前後輪の独立制御は困難である。一方、前後輪を同時増圧すると応答性の悪化を招いてしまう。
【0003】
したがって特許文献1記載の技術にあっては、後輪の目標液圧をゼロに保持して前輪のみで液圧制御を行うことにより、正確な制御を行っている。
【特許文献1】特表平10−507145号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら上記従来技術にあっては、前輪のみで制動を行うため作動音の増加や発熱によるフェード現象が発生しやすいという問題があった。また、下り坂後退時では加重の大部分がかかる後輪の制動力が生じないため、制動力不足となる。
【0005】
本発明は上記問題に着目して成されたもので、その目的とするところは、制御時における前後輪相互の干渉を抑制し、作動音の増加や発熱によるフェードを低減したヒルディーセントシステム搭載車両制動力制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の目的を達成するため、本発明では、4輪駆動の車両における各輪の車輪速を検出する車輪速検出手段を有し、前記各輪に設けられたホイルシリンダの液圧を制御することで所望の制動力を得る車両制動力制御装置であって、前記車両制動力制御装置は、前記ホイルシリンダの液圧を制御する液圧コントロールユニットと、前輪と後輪の駆動力を配分する駆動力配分手段と、前記駆動力配分手段における配分量を制御する駆動力配分コントロールユニットとを備え、前記液圧コントロールユニットは、前記各ホイルシリンダの液圧を制御し、前記駆動力配分コントロールユニットは、前記車輪速と目標車輪速の偏差に基づき前記駆動力配分手段における配分量を演算することとした。
【0007】
よって、車輪速と目標車輪速の偏差に基づき駆動力配分量を演算し、駆動力配分量を適宜変更することで、制御時における前後輪相互の干渉を抑制し、ヒルディーセント制御時における音振増加や発熱によるフェードを低減した車両制動力制御装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の車両制動力制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例に基づいて説明する。
【実施例1】
【0009】
[車両制動力制御装置のシステム構成]
(ブレーキシステム)
実施例1につき図1ないし図14に基づき説明する。図1は本願車両制動力制御装置を搭載した4輪駆動車両におけるブレーキシステムの構成図である。車両制動力制御装置のブレーキシステムは、ブレーキECU1(液圧コントロールユニット)、液圧ユニット2、Gセンサ3a、車輪速センサ4を有する。
【0010】
ブレーキECU1は、車輪速センサ4により検出された車輪速VW(FL〜RR)、およびGセンサ3により検出された車両前後方向加速度Gyに基づき、PID制御を行って液圧ユニット2に前後輪FL〜RRへ制動力指令を出力する。この指令に基づき、液圧ユニット2は各車輪FL〜RRの制動力を最適に制御する。
【0011】
また、車輪速VW(FL〜RR)のPID制御量P_HDC(比例分),I_HDC(積分分),D_HDC(微分分)は前後輪駆動力を演算する駆動力配分ECU5(図2参照)に出力される。なお、前後加速度Gyは車速の微分値を用いてもよく特に限定しない。
【0012】
(前後輪駆動力配分システム)
図2は本願車両制動力制御装置を搭載した4輪駆動車両における前後輪駆動力配分システムの構成図である。前後輪駆動力配分システムは、駆動力配分ECU5(駆動力配分コントロールユニット)、変速機6、トランスファー7、駆動力配分装置8、前後および横Gセンサ3a,3b、車輪速センサ4を有する。
【0013】
エンジンの駆動力は変速機6により増減速され、トランスファー7およびセンターシャフト9を介してフロントデフ9Fおよびリヤデフ9Rに伝達される。また、センターシャフト9とリヤデフ9Rとの間には駆動力配分装置8が設けられ、センターシャフト9とリヤデフ9Rとの締結力T(駆動力配分量)を変更することにより、前輪FL,FRに対する後輪RL,RRの駆動力配分を変更する。
【0014】
駆動力配分ECU5は、車輪速VW(FL〜RR)、前後方向加速度Gy、横加速度Gx、および車輪速偏差VWSAのPID制御量P_HDC,I_HDC,D_HDCにもとづき前後輪の駆動力配分量を演算し、駆動力配分装置8に出力する。これに基づき駆動力配分装置8は締結力Tを変更する。締結力Tを大きくすれば前輪FL,FRおよび後輪RL,RR同士の駆動力伝達が大きくなり、締結力Tを小さくすれば前後輪同士の駆動力伝達が小さくなる。
【0015】
[油圧回路]
図3は、液圧ユニット2の油圧回路図である。液圧ユニット2はP,S系統を有するタンデム型油圧回路である。ポンプPは一方向ポンプであり、モータMにより駆動される。ポンプPの吸入側は油路51,52及びイン側ゲートバルブ21,22を介してマスタシリンダ20と接続し、吐出側は油路53〜56及びインバルブ25〜28を介して各ホイルシリンダW/C(FL〜RR)と接続する。
【0016】
油路53〜56はそれぞれアウトバルブ29〜32及び油路57,58を介してリザーバ41,42と接続し、油路51,52とともにポンプPの吸入側と接続する。さらに、インバルブ25〜28のポンプP側は油路61,62及びアウト側ゲートバルブ23,24を介してマスタシリンダ20と接続する。
【0017】
アウト側ゲートバルブ23,24には、マスタシリンダ20への逆流を防止するチェックバルブ33,34が並列に設けられている。また、各インバルブ25〜28にはそれぞれ各ホイルシリンダW/C(FL〜RR)への逆流を防止するチェックバルブ35〜38が並列に設けられている。さらに、油路51,52であってイン側ゲートバルブ21,22とポンプPとの間にはダイヤフラム43,44が設けられている。
【0018】
(増圧時)
増圧時には、イン側ゲートバルブ21,22及びインバルブ25〜28を開弁し、アウトバルブ29〜32を閉弁してポンプPを駆動する。ポンプ駆動によりマスタシリンダ20から作動油が汲み出され、油路51,52及び油路53〜56を介して各ホイルシリンダW/C(FL〜RR)に導入されて増圧が行われる。
【0019】
(減圧時)
減圧時には、インバルブ25〜28を閉弁、アウトバルブ29〜32を開弁して各ホイルシリンダW/C(FL〜RR)の作動油をリザーバ41,42に還流することで減圧が行われる。
【0020】
[HDC(ヒルディーセントシステム)制御基本制御処理]
図4は、HDC制御の基本制御処理の流れを示すフローチャートである。以下、各ステップにつき説明する。
【0021】
ステップS1ではHDC制御スイッチがONであるかどうかが判断され、YESであればステップS100へ移行し、NOであればステップS700へ移行する。
【0022】
ステップS100ではHDC制御時における目標車輪速VMOKUを演算し、ステップS200へ移行する。
【0023】
ステップS200ではPID制御に用いる車輪速VW(FL〜RR)の目標値VMOKUと実際値との偏差VWSA、この偏差の微分値VWSAD及び積分値VWSAIのそれぞれの信号を演算し、ステップS300へ移行する。
【0024】
ステップS300では、前輪FL,FRに対する制御量をPID制御により演算し、ステップS2へ移行する。後輪RL,RRに対する制御量はPID制御ではなくGセンサ3からの前後G信号に基づき決定される。また、駆動力配分装置8(図2参照)の締結力Tを変更することにより前後輪の駆動力配分を行う。この締結力TはステップS200で求めたPID制御量(PBS_HDC)に基づき決定する。
【0025】
ステップS2では、ステップS300で求めた前輪FL,FRに対する制御量(液圧)(PBS_HDC)とFL,FR輪の実液圧Prとの大小関係が判断され、(PBS_HDC)>Prであれば実液圧不足としてステップS4へ移行し、それ以外であればステップS3へ移行する。
【0026】
ステップS3では(PBS_HDC)<Prであれば実液圧過多としてステップS600へ移行し、それ以外であれば(PBS_HDC)=PrであるためステップS700へ移行して保持制御を実行する。
【0027】
ステップS4では増圧準備のためモータMをONし、ステップS400へ移行する。
【0028】
ステップS400ではPID制御で演算された制御液圧に基づき前輪FL,FRの増圧制御を実行し、ステップS5へ移行する。
【0029】
ステップS500ではPID制御で演算された制御液圧に基づき前輪FL,FRの減圧制御を実行し、ステップS5へ移行する。
【0030】
ステップS600では保持制御を実行し、ステップS5へ移行する。
【0031】
ステップS5では制御開始からの時間が10msを経過したかどうかが判断され、YESであればステップS1へ戻り、NOであれば時間計測を継続する。
【0032】
ステップS6ではモータMをOFFとして制御を終了する。
【0033】
[目標車輪速計算制御処理]
図5は、目標車輪速計算制御処理の流れを示すフローチャートである。図4の基本制御フローにおけるステップS100に相当する。
ステップS101では、マップによりアクセル開度に基づく目標車輪速VMOKUを算出し、図4のステップS200へ移行する。
【0034】
[PID制御信号計算制御処理]
図6は、PID制御信号計算制御処理の流れを示すフローチャートである。図4の基本制御フローにおけるステップS200に相当する。
ステップS201では、PID制御に用いる車輪速の目標値と実際値との偏差の初期値VWSA0、偏差VWSA、偏差VWSAの微分値VWSAD及び積分値VWSAIそれぞれの信号を演算し、ステップS300へ移行する。
【0035】
ここで、各制御信号は
偏差の初期値VWSA0=実車輪速VW−目標車輪速VMOKU
偏差VWSA=VWSA+1/4(VW−VWSA)
偏差微分値VWSAD=(VWSA−30ms前のVWSA)/30ms
偏差積分値VWSAI=VWSA+10ms前のVWSA
以上、各式により算出される。
【0036】
[制御量演算制御処理]
図7は、制御量演算制御処理の流れを示すフローチャートである。図4の基本制御フローにおけるステップS300に相当する。なお、図8は従来例における制御量演算フローである。
(前輪制御)
ステップS301では、前輪FL,FRの制御量をPID制御により以下の式に基づいてを演算し、それぞれを加算することで最終的な制御量PBSf_HDCを演算し、前各車輪速VW(FL,FR)を目標車輪速VMOKUへ収束させる。なお、PID制御量の各成分を偏差分(比例分)制御量P_HDC、微分分制御量D_HDC、積分分制御量I_HDCとする。
【0037】
各制御量は、ゲインKP,KD,KIを用いて以下の式により算出される。
偏差分(比例分)制御量P_HDC=偏差VWSA×KP
微分分制御量D_HDC=偏差微分値VWSAD×KD
積分分制御量I_HDC=偏差積分値VWSAI×KI
制御量PBSf_HDC=P_HDC+D_HDC+I_HDC
【0038】
(後輪制御)
FL輪とRR輪を接続し、FR輪とRL輪を接続するいわゆるX配管の場合、例えば前輪増圧、後輪減圧のように前後輪で増減圧指令が異なると、前輪FL,FRはポンプによりマスタシリンダ20から汲み上げられた作動油で増圧されるが、後輪ホイルシリンダW/C(RL,RR)の作動油はリザーバ41,42に還流され、還流された作動油はモータMにより汲み出されて前輪FL,FRの増圧に用いられてしまう。これにより前輪FL,FRが必要以上に増圧し、互いの制動力が干渉することとなる。
【0039】
そのため従来例にあっては前輪のみ増圧し、後輪の目標液圧をゼロ値に保持することで前輪と後輪同士の干渉を抑制していた(図8参照)が、後輪に制動力が発生しないため前輪にかかる負担が大きく、音振やフェード現象を招きやすい。
【0040】
これに対し本願実施例では、HDC制御時の後輪液圧制御は、増圧または保持のみとし減圧制御は行わない。また、Gセンサ3により検出された車両の前後Gの値に応じてステップ状の制御モード(XGF)を設定し(図9参照)、ゲインKGを乗じて各モードごとに後輪増圧制御量PBSr_HDCを決定する。したがって、前後Gに応じ、後輪制御量PBSr_FDCは段階的に変化することとなる(図10参照)。
【0041】
このように、前輪FL,FRと後輪RL,RRを独立の制御則によって制動力を発生させるとともに、後輪は増圧または保持のみとすることで、後輪ホイルシリンダW/C(RL,RR)の減圧に伴う前輪FL,FRと後輪RL,RR同士の液圧干渉を排除しつつ、前輪FL,FRにかかる負担を軽減するものである。
【0042】
さらに、後輪の制御において各モード移行が頻繁に行われると制御量も変化頻度も多くなり、制御性の悪化を招いてしまう。したがって、各モード移行の際にヒステリシスを設け、制御量の変化が頻繁に発生することを抑制して制御性の改善を図っている。なお、前輪FL,FRを前後Gに基づく制御とし、後輪RL,RRをPID制御による液圧制御として制動を行ってもよく特に限定しない。
【0043】
[車輪速偏差に基づく締結力演算制御]
駆動力配分装置8の締結力Tが小さく、前輪FL,FRと後輪RL,RRの駆動力がそれぞれ独立している場合、前輪FL,FRの車輪速VW(FL,FR)と目標車輪速VMOKUとの偏差VWSAが大きいと、前輪FL,FRが独立して回転してしまう。そのため、前車輪速VW(FL,FR)が目標値VMOKUに収束しづらくなる。
【0044】
したがって本願実施例では、前輪偏差VWSA_fが所定値±γの範囲を超えた場合、前輪偏差VWSAに基づき演算された偏差の比例分VWSA、微分分VWSAD、積分分VWSAI(図6:ステップS600参照)にゲインKTP、KTD,KTIを乗じて重ね合わせることで締結力Tを算出する。すなわち、締結力TはゲインKTP、KTD,KTIを用いての式で表される。
T=|VWSA×KTP+VWSAD×KTD+VWSAI×KTI|
なお、各偏差のPID成分は負の値をとることもあるため、締結力Tを演算する際には各成分の和の絶対値をとる。
【0045】
これにより、前輪偏差VWSAの増大に伴って締結力Tを増加させ、前輪FL,FRの駆動反力を後輪RL,RRに伝達させて前輪FL,FRの偏差VWSAを速やかに目標値VMOKUに収束させる。同様に、後輪車輪速偏差VWSA_rが所定値±γの範囲を超えた場合にも、駆動力配分装置8の締結力Tを増大させて偏差を早期に収束させる。
【0046】
[ソレノイド増圧制御処理]
図11は、ソレノイド増圧制御処理の流れを示すフローチャートである。図4の基本制御フローにおけるステップS400に相当する。
ステップS401では、常閉のイン側ゲートバルブ21,22をON(開弁)し、常開のアウト側ゲートバルブ23,24をON(閉弁)してステップS5へ移行する。
【0047】
[ソレノイド減圧制御処理]
図12は、ソレノイド減圧制御処理の流れを示すフローチャートである。図4の基本制御フローにおけるステップS500に相当する。
ステップS501では、常閉のイン側ゲートバルブ21,22をOFF(閉弁)し、常開のアウト側ゲートバルブ23,24をOFF(開弁)してステップS5もしくはステップS6へ移行する。
【0048】
[ソレノイド保持制御処理]
図13は、ソレノイド保持制御処理の流れを示すフローチャートである。図4の基本制御フローにおけるステップS600に相当する。
ステップS601では、常閉のイン側ゲートバルブ21,22をOFF(閉弁)し、常開のアウト側ゲートバルブ23,24をON(閉弁)してステップS5へ移行する。
【0049】
[HDC制御における経時変化]
図14は従来例と本願実施例におけるHDC制御のタイムチャートの対比である。本願実施例と従来例は後輪RL,RRに対する制御量以外は同一であるため、従来例はR_LH及びR_RH液圧のみ破線で示す。なお、後輪RL,RRについては車輪速平均値{VW(RL)+VW(RR)}/2を制御に用いる。
【0050】
(時刻t0)
時刻t0において増圧要求が出力され、前各輪の液圧が上昇を開始する。本願実施例においては後各輪の液圧もステップS301(図7参照)の制御則に従って上昇を開始するが、従来例においてはゼロ値を保持したままである。
【0051】
(時刻t1)
時刻t1において前輪の実車輪速VW(FL,FR)が目標車輪速VMOKUを下回り、前輪FL,FRに対し液圧保持制御が開始される。実車輪速VW(FL,FR)が目標車輪速VMOKUを上回るまで、FL,FR輪に対して液圧保持/減圧制御が繰り返される。
【0052】
(時刻t2)
時刻t2においてFL輪車輪速VW(FL)がVMOKU−γを下回り、FL輪の偏差VWSA_flが所定値±γの範囲を超える。したがってステップS300において締結力Tが演算される。駆動力配分装置8は、このTに基づき駆動力を配分する。
【0053】
(時刻t3)
時刻t3においてFR輪の実車輪速VW(FR)が目標車輪速VMOKUを上回り、FR輪に対する減圧制御が解除される。以降、FR輪の実車輪速VW(FR)の値が再び目標車輪速VMOKUを下回るまで増圧/保持指令が出力され、目標車輪速VMOKUに対し実車輪速VWが下回った後に上回り、再び下回るまでを1周期として減圧/保持と増圧/保持が繰り返される。
【0054】
(時刻t4)
時刻t4においてFL輪の偏差VWSA_flが所定値±γの範囲内となり、締結力Tが0となる。
【0055】
(時刻t5)
時刻t5において後輪速VW(RL,RR)の平均値{VW(RL)+VW(RR)}/2が目標車輪速VMOKUを上回り、後輪RL,RRに対する減圧制御が解除される。
【0056】
(時刻t6)
時刻t4においてFL輪実車輪速VW(FL)が目標車輪速VMOKUを上回り、FL輪に対する減圧制御が解除される。FR輪と同様、1周期ごとに減圧/保持と増圧/保持が繰り返される。
【0057】
(時刻t7)
時刻t7においてFR輪車輪速VW(FR)がVMOKU−γを上回り、FR輪の偏差VWSA_frが定値±γの範囲を超え、ステップS300において締結力Tが演算され、出力される。
【0058】
(時刻t8)
時刻t8において偏差VWSA_frが定値±γの範囲内となり、締結力Tが0となる。
【0059】
(時刻t9)
時刻t9にておいてFL輪の偏差VWSA_flが所定値±γの範囲を超え、ステップS300において締結力Tが演算、出力される。
【0060】
(時刻t10)
時刻t10においてFL輪の偏差VWSA_flが所定値±γの範囲内となり、締結力Tが0となる。
【0061】
このように、前輪偏差VWSA_fが所定値±γの範囲を超えた場合、前輪偏差VWSAの増大に伴って締結力Tを増加させる。これにより前輪FL,FRの駆動反力を後輪RL,RRに伝達させ、前輪FL,FRの偏差VWSAを速やかに目標値VMOKUに収束させるものである。後輪車輪速偏差が大きい場合にも、駆動力配分装置8の締結力Tを増大させて偏差を早期に収束させる。
【0062】
また、後輪RL,RRに対する制御液圧については、従来例ではゼロ値を継続しているが、本願においてはステップS301(図7参照)の制御則に従って一定の液圧(>0)が保持される。後輪においても制動力を発生させて前輪にかかる負担を軽減し、音振及びフェード現象を抑制するものである。
【0063】
[本願実施例の効果]
本願実施例においては、4輪駆動車における前輪実車輪速VW(FL,FR)と目標車輪速VMOKUとの偏差VWSA_fが所定値±γの範囲を超えた場合、駆動力配分装置8における締結力Tを増大させることとした。また、後輪偏差VWSA_rが所定値±γの範囲を超えた場合にも、締結力Tを増大させることとした。
【0064】
これにより、前輪偏差VWSA_fが大きい場合は前輪駆動力Ffを後輪RL,RRに、後輪偏差VWSA_rが大きい場合は後輪駆動力Frを前輪FL,FRを前輪FL,FRに伝達することが可能となり、前輪偏差VWSA_f、または後輪偏差VWSA_rを速やかに目標値VMOKUに収束させ、ブレーキ系の負担を軽減することができる。
【0065】
また、前輪と後輪に対しそれぞれ独立の液圧制御則を適用し、前輪に対し目標車輪速VMOKUに追従する制御を行う場合は後輪に対し車両の前後Gの値に基づき制御量を決定する制御を行い、前輪に対し前後Gの値に基づく制御を行う場合は後輪に対し目標車輪速VMOKUに追従する制御を行うこととした。
【0066】
これにより、いわゆるX配管システムにおいて前後輪に対する制御量が異なる場合であっても、前後輪の互いの制動力が干渉することを回避することが可能となる。よって、後輪にも制動力を発生させて前輪の負担を軽減し、前輪の音振やフェード現象を抑制することができる。
【0067】
また、締結力Tは、前輪偏差VWSAに基づき演算された偏差の比例分VWSA、微分分VWSAD、積分分VWSAI(図6:ステップS600参照)に基づき算出することとした。これにより、液圧制御において演算されたPID制御量を締結力Tの演算に用いることで、演算負荷を軽減することができる。
【0068】
[他の実施例]
以上、本発明を実施するための最良の形態を実施例1に基づいて説明してきたが、本発明の具体的な構成は各実施例に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても、本発明に含まれる。
【0069】
(ロック時における締結力調整制御)
前輪FL,FRにロック傾向が生じた際に駆動力配分装置8の締結力Tが大きいと、センターシャフト9および駆動力配分装置8を介してロック傾向が後輪RL,RRに伝達されてしまい、車両安定性が損なわれる。後輪RL,RRにロック傾向が生じた場合も同様である。
【0070】
したがって、前輪FL,FRおよび後輪RL,RRいずれかのロック傾向を検出した場合、駆動力配分装置8の締結力Tを0としてロック傾向が他の車輪に伝播することを回避することとしてもよい。Tにロック係数αを乗じ、以下の式により締結力Tを演算する。この場合、各輪FL〜RRいずれかのロック傾向を検出した場合、ロック係数α=0とする。通常時はα=1とすることで、上述のロック時締結力制御が実行されることとなる。
T=|VWSA×KTP+VWSAD×KTD+VWSAI×KTI|×α
【0071】
(偏差の大小による締結力調整制御)
図15は、前輪偏差VWSA_fと後輪偏差VWSA_rの値に対する締結力Tの相関を示す図である。Tに図15に示す締結力調整ゲインKを乗じ、以下の式により締結力Tを演算することとしてもよい。偏差に応じて締結力Tを変更し、最適な車両挙動を実現することができる。
T=|VWSA×KTP+VWSAD×KTD+VWSAI×KTI|×K
前輪偏差VWSA_fと後輪偏差VWSA_rのいずれが一方が大きく、他方が小さい場合(モードaまたはモードd)、前後輪のうち偏差の大きい側の駆動力を他方に逃がすため締結力Tに乗じるゲインKの値を中程度とする。前後輪ともに偏差が大きい場合(モードb)はゲインKを大として締結力Tを増大させ、路面反力を4輪前輪に伝達して制動力を増加させてもよい。
【0072】
また、前後輪ともに偏差が小さい場合(モードc)は車輪速が目標値を下回っているため、所望の車両挙動に合わせて任意にKを設定し、締結力Tを制御する。安定性を重視する場合は前輪ロック傾向が後輪に伝播することを回避するため締結力Tを減少させ、車速を上げる場合は締結力Tを増加させて前輪ロック傾向を防止する。
【0073】
(ロック時制御および偏差に基づく締結力制御の組み合わせ)
車輪速偏差に基づき演算されたTにロック係数αおよび締結力調整ゲイン+を乗じ、以下の式により締結力Tを演算することとしてもよい。
T=|VWSA×KTP+VWSAD×KTD+VWSAI×KTI|×α×K
【0074】
(後輪制御モードの連続的変更)
本願実施例では、後輪制御則につき車両の前後Gに基づきステップ状の制御モードを用いて制御量を段階的に決定したが(ステップS301参照)、前後Gに基づき連続的に変化することとしてもよい。
【0075】
更に、上記各実施例から把握しうる請求項以外の技術的思想について、以下にその効果とともに記載する。
【0076】
(イ)請求項1記載の車両制動力制御装置において、
前記車両各輪のホイルシリンダは、それぞれ対角輪同士を接続される。
【0077】
前後輪の制動力を独立して制御することが困難ないわゆるX配管システムにあっては、本願車両制動力制御装置の効果がより顕著となる。
【0078】
(ロ) 上記(イ)に記載の車両制動力制御装置において、
前記第2制御側は、増圧制御または保持制御のみである。
【0079】
例えば前輪増圧時に後輪を減圧した場合、作動油は後輪からリザーバに還流されてポンプにより汲み出され、前輪増圧に用いられて前輪が不必要に増圧され、後輪制御が前輪制御に干渉してしまう。第2制御側を増圧制御または保持制御のみとすることで、前後輪の液圧制御が干渉することを回避できる。
【0080】
(ハ)請求項2に記載の車両制動力制御装置において、
前記第2制御側は、増圧制御、減圧制御の各制御を切り替える際にヒステリシスを設けている。
【0081】
Gセンサ3により検出された車両の前後Gの値に応じて段階的(ステップ状)制御モード(XGF)を設定し(図9参照)、ゲインKGを乗じて各モードごとに後輪の制御量PBS_HDCを決定している。その際、各モード移行の際にヒステリシスを設けることで制御量の変化が頻繁に発生することを抑制し、制御性の改善を図ることができる。
【0082】
(ニ)請求項1記載の車両制動力制御装置において、
前記駆動力配分コントロールユニットは、前記各輪のいずれかのロック傾向を検出した場合、前記後輪への駆動力配分量を0とする。
【0083】
ロック傾向が他の車輪に伝播することを回避することができる。
【0084】
(ホ)請求項1に記載の車両制動力制御装置において、
前記駆動力配分コントロールユニットは、前記前輪の偏差と前記後輪の偏差に基づき、前記後輪への駆動力配分量を変更する。
【0085】
偏差に応じて締結力Tを変更し、最適な車両挙動を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本願ブレーキシステムの構成図である。
【図2】本願前後輪駆動力配分システムの構成図である。
【図3】ブレーキユニットの油圧回路図である。
【図4】HDC制御における基本制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図5】目標車輪速計算制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図6】PID制御信号計算制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】制御量演算制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図8】従来例における制御量演算フローである。
【図9】制御モード−制御量マップである。
【図10】前後G、各制御モードに対応する制御量を示す図である。
【図11】ソレノイド増圧制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】ソレノイド減圧制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図13】ソレノイド保持制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図14】従来例と本願実施例におけるタイムチャートの対比である。
【図15】前輪偏差と後輪偏差に対する締結力の相関を示す図である。
【符号の説明】
【0087】
1 ブレーキECU
2 液圧ユニット
3a,3b Gセンサ
4 車輪速センサ
5 駆動力配分ECU
6 変速機
7 トランスファー
8 駆動力配分装置
9 センターシャフト
9F,9R デフ
20 マスタシリンダ
21,22 イン側ゲートバルブ
23,24 アウト側ゲートバルブ
25〜28 インバルブ
29〜32 アウトバルブ
33,34 チェックバルブ
35〜38 チェックバルブ
41,42 リザーバ
43,44 ダイヤフラム
51〜58 油路
61,62 油路
P_HDC 比例分制御量
I_HDC 積分分制御量
D_HDC 微分分制御量
PBS_HDC PID制御量
VMOKU 目標車輪速
VWSA 車輪速偏差
VWSAD 偏差微分値
VWSAI 偏差積分値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4輪駆動の車両における各輪の車輪速を検出する車輪速検出手段を有し、前記各輪に設けられたホイルシリンダの液圧を制御することで所望の制動力を得る車両制動力制御装置であって、
前記車両制動力制御装置は、
前記ホイルシリンダの液圧を制御する液圧コントロールユニットと、
前輪と後輪の駆動力を配分する駆動力配分手段と、
前記駆動力配分手段における配分量を制御する駆動力配分コントロールユニットと
を備え、
前記液圧コントロールユニットは、前記各ホイルシリンダの液圧を制御し、
前記駆動力配分コントロールユニットは、前記車輪速と目標車輪速の偏差に基づき前記駆動力配分手段における配分量を演算すること
を特徴とする車両制動力制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両制動力制御装置において、
前記車両の勾配を検出する勾配検出手段をさらに備え、
前記液圧コントロールユニットは、
前記車輪速を目標車輪速に収束させるよう、前記ホイルシリンダの液圧を制御する第1液圧制御則と、
前記勾配検出手段により検出された実勾配に基づき、前記ホイルシリンダの液圧を制御する第2液圧制御則と
を有し、
前記各輪の前輪と後輪のうち、前記前輪に前記第1液圧制御則を適用した場合は前記後輪に前記第2液圧制御則を適用し、前記前輪に前記第2液圧制御則を適用した場合は前記後輪に前記第1液圧制御則を適用すること
を特徴とする車両制動力制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の車両制動力制御装置において、
前記液圧コントロールユニットは、前記車輪速と目標車輪速の偏差を収束させるPID制御を実行し、
前記駆動力配分コントロールユニットは、前記液圧コントロールユニットにより演算された前記PID制御の比例分制御量、積分分制御量、微分分制御量の各制御量に基づき、前記駆動力配分量を演算すること
を特徴とする車両制動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2007−83960(P2007−83960A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−277465(P2005−277465)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】