説明

車両用モータ駆動装置および自動車

【課題】変速切換時のトルク抜けの時間が短い車両用モータ駆動装置を提供することである。
【解決手段】電動モータ10によって回転駆動される第1シャフト21と第2シャフト22間に第1減速ギヤ列23と第2減速ギヤ列24を設ける。第1減速ギヤ列23の第1出力ギヤ23bと第2シャフト22間および第2減速ギヤ列24の第2出力ギヤ24bと第2シャフト22間に2ウェイローラクラッチ30A、30Bを組込み、その2ウェイローラクラッチ30A、30Bの係合および係合解除を変速切換アクチュエータ50により制御する。変速段を切換えるときに、現変速段の2ウェイローラクラッチ30Aの摩擦板52aが離反した後に、電動モータ10のモータトルクを変化させて現変速段の2ウェイローラクラッチ30Aの係合を解除する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動モータを駆動源として備え、その電動モータの出力を減速して車輪へ伝達する車両用モータ駆動装置およびそのモータ駆動装置を搭載した自動車に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車およびハイブリッド車の駆動装置に用いられる車両用モータ駆動装置として、特許文献1および2に記載されたものが従来から知られている。ここで、特許文献1に記載された車両用モータ駆動装置においては、モータの回転をベルト式無段変速機(CVT)あるいは遊星歯車式変速機からなる変速機に入力して変速し、その変速機から出力される回転をディファレンシャルギヤに入力して、左右の補助駆動輪(後輪)を回転させるようにしている。
【0003】
また、特許文献2に記載された車両用モータ駆動装置においては、モータから出力される回転を遊星歯車式変速機の変速機に入力して変速し、その変速機から出力される回転をディファレンシャルギヤに入力して、左右の補助駆動輪(後輪)を回転させるようにしている。
【0004】
ところで、特許文献1に記載された車両用モータ駆動装置においては、モータから補助駆動輪へのトルク伝達経路が常に閉じた状態にあるため、エンジンのみの動力で車両を走行させる走行モードでは、補助駆動輪からの回転によって、変速機およびモータが回転されることになり、エネルギの損失が大きいという不都合がある。特に、モータとして、永久磁石式同期モータを採用した場合、誘導モータに比べてモータを回転させることによる動力損失が大きい。
【0005】
一方、特許文献2に記載の車両用モータ駆動装置においては、変速機に設けられたキーのスライドによって、変速機をLoギヤの状態、Hiギヤの状態およびニュートラルの状態に切り換えることができるようにしているため、そのニュートラルの状態に切り換えることによって補助駆動輪から変速機やモータが回転されるのを防止することができるが、キーをスライドして遊星歯車機構のリングギヤとケーシングとを結合し、あるいは、上記リングギヤとサンギヤとを結合する変速の切換時に、相対回転する2つの部材をシンクロさせ、その相対回転速度差を小さくした状態でなければ2部品を結合することができない。そのため、シンクロに要する時間が長く、その間、車両は空走状態となり、ドライバビリティや商品性を低下させることになる。
【0006】
そこで、この発明の発明者は、車輪側から回転されるのを防止することができ、しかも、変速の切換えを迅速に行なうことができるようにした車両用モータ駆動装置を検討し、そのような車両用モータ駆動装置として、電動モータと、平行軸間に変速比が異なる複数のギヤ列が設けられ、そのギヤ列のトルク伝達経路を切り換えることによって前記電動モータから出力される回転を複数段に変速する常時噛合い式の変速機と、その変速機から出力される動力を左右の車輪に分配するディファレンシャルギヤと、ローラおよびそのローラを保持する保持器を有し、その保持器の回転制御により係合、解除して前記変速機の各変速段毎のギヤを平行軸に対して締結、解除するギヤ列と同数の2ウェイローラクラッチと、その2ウェイローラクラッチの保持器の回転を制御して、2ウェイローラクラッチの係合、係合解除を切り換える変速切換アクチュエータとからなる車両用モータ駆動装置を考案した。
【0007】
前記2ウェイローラクラッチとしては、平行軸とギヤとの間に組込まれて平行軸に回り止めされた内輪を有し、その内輪の外周とギヤの内周における一方に円筒面を形成し、他方にその円筒面との間で周方向の両端が狭小のくさび空間を形成するカム面を設け、そのカム面と円筒面間にローラを組込み、そのローラをギヤと内輪間に組込まれた保持器で保持し、前記カム面が形成された側の部材と保持器との間に、前記ローラが円筒面とカム面に対して係合解除された中立位置に保持器を弾性保持するスイッチばねを組込んだ構成のものを採用することができる。
【0008】
また、前記変速切換アクチュエータとしては、保持器に回り止めされ、前記円筒面が形成された側の部材の一側面に向けて移動可能に設けられた摩擦板と、その摩擦板を円筒面が形成された部材から離反する係合解除位置に向けて付勢する弾性部材と、前記摩擦板を円筒面が形成された部材に向けてシフトさせるシフト機構とからなるものを採用することができる。
【0009】
上記車両用モータ駆動装置の変速段を切換える場合、その切換えは、まず、現変速段の2ウェイローラクラッチを係合解除し、次に、次変速段の2ウェイローラクラッチを係合させることによって行なう。ここで、現変速段の2ウェイローラクラッチを係合解除するときに、現変速段の2ウェイローラクラッチの出入力部材間でトルクが伝達していると、そのトルクが2ウェイローラクラッチの係合解除を妨げるので、2ウェイローラクラッチの変速切換アクチュエータを作動させただけでは、現変速段の2ウェイローラクラッチを係合解除することができない。
【0010】
このため、現変速段の2ウェイローラクラッチを確実に係合解除するためには、2ウェイローラクラッチの変速切換アクチュエータを作動させるだけでなく、2ウェイローラクラッチの出入力部材間で伝達されるトルクをゼロまで低下させる必要がある。
【0011】
一方、2ウェイローラクラッチを係合解除するときに、2ウェイローラクラッチの出入力部材間で伝達されるトルクをいったんゼロまで低下させるようにした車両用の変速段切換装置として、特許文献3,4に記載のものが知られている。
【0012】
特許文献3の変速段切換装置は、エンジンから出力される回転を複数段に変速する常時噛合い式の変速機と、その変速機の各変速段毎のギヤを平行軸に対して締結、解除するギヤ列と同数の2ウェイローラクラッチと、その2ウェイローラクラッチの保持器の回転を制御して、2ウェイローラクラッチの係合、係合解除を切り換える変速切換アクチュエータと、エンジンのスロットルバルブ開度を制御するスロットルアクチュエータとを有する。
【0013】
この変速段切換装置において、変速切換指令を受けたとき、変速切換アクチュエータは、現変速段の2ウェイローラクラッチの係合を解除するように作動を開始し、これと同時に、スロットルアクチュエータは、現変速段の2ウェイローラクラッチの出入力部材間で伝達されるトルクがゼロとなるようにスロットルバルブ開度を制御する。
【0014】
また、特許文献4の変速段切換装置は、エンジンから出力される回転を複数段に変速する常時噛合い式の変速機と、エンジンと変速機の間でトルクの伝達と遮断を切換える電磁クラッチと、前記変速機の各変速段毎のギヤを平行軸に対して締結、解除するギヤ列と同数の2ウェイローラクラッチと、その2ウェイローラクラッチの保持器の回転を制御して、2ウェイローラクラッチの係合、係合解除を切り換える変速切換アクチュエータとを有する。
【0015】
この変速段切換装置において、変速切換指令を受けたとき、変速切換アクチュエータは、現変速段の2ウェイローラクラッチの係合を解除するように作動を開始し、これと同時に、電磁クラッチは、エンジンと変速機の間でトルクの伝達を遮断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特許第3683405号公報
【特許文献2】特開2006−112489号公報
【特許文献3】特許第3109036号公報
【特許文献4】特開2004−211834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかし、特許文献3,4の変速段切換装置は、変速切換アクチュエータの作動開始と同時に車輪を駆動するトルクがゼロとなるため、変速切換時のトルク抜けの時間(空走時間)が長いという問題があった。
【0018】
この発明が解決しようとする課題は、変速切換時のトルク抜けの時間が短い車両用モータ駆動装置および電気自動車ならびにハイブリッド車を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記の課題を解決するため、この発明に係る車両用モータ駆動装置おいては、電動モータと、平行軸間に変速比が異なる複数のギヤ列が設けられ、そのギヤ列のトルク伝達経路を切り換えることによって前記電動モータから出力される回転を複数段に変速する常時噛合い式の変速機と、その変速機から出力される動力を左右の車輪に分配するディファレンシャルギヤと、ローラおよびそのローラを保持する保持器を有し、その保持器の回転制御により係合、係合解除して前記変速機の各変速段毎のギヤを平行軸に対して締結、解除するギヤ列と同数の2ウェイローラクラッチと、その2ウェイローラクラッチの保持器の回転を制御して、2ウェイローラクラッチの係合、係合解除を切り換える変速切換アクチュエータと、前記電動モータと変速切換アクチュエータの作動を制御する電子制御装置とからなり、
前記2ウェイローラクラッチは、平行軸とギヤとの間に組込まれて平行軸に回り止めされた内輪を有し、その内輪の外周とギヤの内周における一方に円筒面を形成し、他方にその円筒面との間で周方向の両端が狭小のくさび空間を形成するカム面を設け、そのカム面と円筒面間にローラを組込み、そのローラをギヤと内輪間に組込まれた保持器で保持し、前記カム面が形成された側の部材と保持器との間に、前記ローラが円筒面とカム面に対して係合解除された中立位置に保持器を弾性保持するスイッチばねを組込んだ構成からなり、
前記変速切換アクチュエータは、保持器に回り止めされ、前記円筒面が形成された側の部材の一側面に向けて移動可能に設けられた摩擦板と、その摩擦板を円筒面が形成された部材から離反する係合解除位置に向けて付勢する弾性部材と、前記摩擦板を円筒面が形成された部材に向けてシフトさせるシフト機構とからなり、
前記電子制御装置は、変速切換指令を受けたときに、現変速段の2ウェイローラクラッチの前記円筒面が形成された部材から摩擦板が離反するように変速切換アクチュエータを作動させ、このとき、現変速段の2ウェイローラクラッチの前記円筒面が形成された部材から摩擦板が離反したか否かを判定し、前記摩擦板が離反したと判定した後に、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる制御を行ない、この制御によって現変速段の2ウェイローラクラッチを係合解除した後、次変速段の2ウェイローラクラッチを係合させる構成を採用したのである。
【0020】
上記の構成からなる車両用モータ駆動装置において、変速切換アクチュエータの作動により、各変速段のギヤ列に組込まれた2ウェイローラクラッチの1つを係合して平行軸とギヤとを締結状態に切換えることにより、電動モータの回転は締結状態のギヤ列により変速されてディファレンシャルギヤに伝達され、左右の車輪が回転する。
【0021】
また、変速切換アクチュエータの作動により、上記2ウェイローラクラッチを係合解除状態に切換えると、電動モータからディファレンシャルギヤへのトルク伝達が遮断される。その2ウェイローラクラッチの係合解除状態で、平行軸とギヤは相対回転し得る状態にあるため、車輪側から回転トルクが伝達されると、ギヤが空回転し、平行軸は回転しない。
【0022】
また、変速切換指令を受けたとき、変速切換アクチュエータは、現変速段の2ウェイローラクラッチの前記円筒面が形成された部材から摩擦板が離反するように作動するが、このとき、電子制御装置によって摩擦板が離反したと判定された後に、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる制御を行なうので、電子制御装置によって摩擦板が離反したと判定されるまでの間は、電動モータのモータトルクが維持され、トルク抜けが生じない。
【0023】
ここで、前記変速切換指令がシフトアップの変速切換指令であるときは、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる前記制御として、前記電動モータを減速する制御を採用することができる。
【0024】
また、前記変速切換指令がシフトダウンの変速切換指令であるときは、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる前記制御として、現変速段の2ウェイローラクラッチの出入力部材間で伝達されるトルクをゼロにする制御を採用することができる。
【0025】
この発明に係る電気自動車においては、車両の前部に設けられた左右一対の前輪と後部に設けられた左右一対の後輪の少なくとも一方を上記のモータ駆動装置により駆動する構成を採用したのである。
【0026】
また、この発明に係るハイブリッド車においては、車両の前部に設けられた左右一対の前輪と後部に設けられた左右一対の後輪の一方をエンジンで駆動し、他方を上記のモータ駆動装置により駆動する構成を採用したのである。
【0027】
上記のようなハイブリッド車へのモータ駆動装置の採用において、エンジンの駆動による走行時、2ウェイローラクラッチを係合解除状態としておくことにより、モータによって駆動される車輪側から変速機やモータが回転されるのを防止することができ、エネルギの損失を抑制することができる。
【0028】
シフト機構として、前記平行軸に平行配置された軸方向に移動可能なシフトロッドと、そのシフトロッドを軸方向に移動させるアクチュエータと、前記シフトロッドに支持され、そのシフトロッドの軸方向の移動時に前記スリーブと共に制御リングを円筒面が形成された部材に向けて移動させるシフトフォークとからなるもの採用することができる。
【0029】
上記変速切換アクチュエータにおいて、アクチュエータによりシフトロッドを軸方向に移動させると、シフトフォークによりスリーブおよび制御リングが円筒面が形成された部材に向けて移動し、上記制御リングにより摩擦板が円筒面が形成された部材に押し付けられて、その部材と摩擦係合する。その摩擦係合により、保持器は円筒面が形成された部材と連結された状態となるため、保持器はカム面が形成された部材に対して相対回転し、ローラが円筒面およびカム面に係合して、2ウェイローラクラッチは直ちに係合状態になり、電動モータの回転は減速されてディファレンシャルギヤに伝達され、車輪が回転する。
【0030】
ここで、カム面が形成された部材と一体に回転する回転部材を平行軸上に設け、前記摩擦板が摩擦係合解除位置まで移動した時、その摩擦板を回転部材に対して回転方向に係合させる係合手段を設けておくと、車両の急加減速時に2ウェイローラクラッチの保持器およびローラに作用する慣性力や摩擦力によるドラグトルクによって、ローラが誤係合するのを防止することができる。
【0031】
また、制御リングを隣接するギヤ列間に組込み、その制御リングの両側に一対の摩擦板を設け、一方の摩擦板を一方のギヤ列に組込まれた2ウェイローラクラッチの保持器に回り止めし、他方の摩擦板を他方のギヤ列に組込まれた2ウェイローラクラッチの保持器に回り止めして、1つの変速切換アクチュエータによって2組の2ウェイローラクラッチの締結、係合解除を制御し得るように構成すると、モータ駆動装置の小型化を図ることができる。
【0032】
さらに、制御リングとスリーブの対向面間に転がり軸受を組込んでおくと、制御リングからスリーブへの回転伝達を遮断することができるため、変速比の切換えを円滑に行なうことができる。
【0033】
さらに、摩擦板と制御リングの対向面間に転がり軸受を組込んでおくと、制御リングとの接触部に作用する摩擦抵抗の低減化を図ることができるため、摩擦板が円筒面が形成された部材の側面に対する摩擦係合時に、摩擦板を制御リングに対して円滑に相対回転させることができ、2ウェイローラクラッチを確実に係合させることができる。
【0034】
上記変速切換アクチュエータにおいて、シフトロッドを軸方向に移動させるアクチュエータは、モータであってもよく、あるいは、シフトロッドに接続されるシリンダあるいはソレノイドであってもよい。
【0035】
モータを採用する場合は、そのモータの回転をシフトロッドの軸方向への移動に変換する運動変換機構を設けるようにする。その運動変換機構として、シフトロッドを中心に回転自在に支持され、モータにより回転されるナット部材の内周に雌ねじを設け、その雌ねじをシフトロッドの外周に形成された雄ねじにねじ係合した構成からなるものを採用することができる。
【発明の効果】
【0036】
上記のように、この発明においては、電子制御装置によって摩擦板が離反したと判定されるまでの間は、電動モータのモータトルクが維持され、トルク抜けが生じない。そのため、変速切換アクチュエータの作動開始と同時にモータトルクがゼロとなる制御を行なうものと比較して、変速切換時のトルク抜けの時間が短い。
【0037】
また、電動モータから出力される回転を複数段に変速する常時噛合い式の変速機の各変速段毎のギヤと平行軸間に2ウェイローラクラッチを組込み、その2ウェイローラクラッチの係合、係合解除を変速切換アクチュエータによって制御するようにしたので、上記2ウェイローラクラッチの係合解除により、車輪側からの回転により、変速機やモータが回転されるのを防止することができる。このため、この発明に係るモータ駆動装置をハイブリッド車に搭載して補助駆動輪を駆動する構成を採用することにより、エンジンのみの動力で車両を走行させる走行モードでのエネルギの損失を抑制することができる。
【0038】
また、変速切換アクチュエータの作動によって2ウェイローラクラッチの保持器の回転を制御することにより、その2ウェイローラクラッチが直ちに係合および係合解除するため、変速の切換えを迅速に行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】(イ)は、この発明に係る車両用モータ駆動装置を採用した電気自動車の概略図、(ロ)は、上記車両用モータ駆動装置を採用したハイブリッド車の概略図
【図2】この発明に係る車両用モータ駆動装置の断面図
【図3】図2の変速機の要部を拡大して示す断面図
【図4】図3のIV−IV線に沿った断面図
【図5】図3のV−V線に沿った断面図
【図6】変速切換アクチュエータを示す断面図
【図7】図3のVII−VII線に沿った断面図
【図8】図6の一部を拡大して示す断面図
【図9】変速切換状態を示す断面図
【図10】2ウェイローラクラッチの内輪、保持器、スイッチばねおよび変速切換アクチュエータの弾性部材、ワッシャ、摩擦板のそれぞれを示す分解斜視図
【図11】図2に示す車両用モータ駆動装置を制御する電子制御装置のブロック図
【図12】図11に示す電子制御装置のシフトアップ時の制御を示すフロー図
【図13】図11に示す電子制御装置のシフトダウン時の制御を示すフロー図
【図14】(a)は、シフトアップ時のシフト位置と、モータトルクと、次変速段の2ウェイローラクラッチの出入力部材の回転速度との対応関係を示す図、(b)は、シフトダウン時のシフト位置と、モータトルクと、次変速段の2ウェイローラクラッチの出入力部材の回転速度との対応関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、この発明の実施の形態を図面に基いて説明する。図1(イ)は、この発明に係るモータ駆動装置Aによって左右一対の前輪1を駆動するようにした電気自動車EVを示す。また、図1(ロ)は、エンジンEによって左右一対の駆動輪としての前輪1を駆動し、上記モータ駆動装置Aによって左右一対の補助駆動輪としての後輪2を駆動するハイブリッド車HVを示し、上記エンジンEの回転を、トランスミッションTおよびディファレンシャルギヤDを介して前輪1に伝達するようにしている。
【0041】
図2に示すように、モータ駆動装置Aは、電動モータ10と、その電動モータ10の出力軸11の回転を変速する変速機20と、その変速機20から出力される動力を、図1(イ)に示す電気自動車EVの左右一対の前輪1に分配し、または、図1(ロ)に示すハイブリッド車HVの左右一対の後輪2に分配するディファレンシャルギヤ80とを有している。
【0042】
変速機20は、第1シャフト21と第2シャフト22間に第1減速ギヤ列23と第2減速ギヤ列24を設けた常時噛合い式減速機からなる。
【0043】
第1シャフト21および第2シャフト22は、ハウジング25内に組込まれた対向一対の軸受26により回転自在に支持されて平行の配置とされ、上記第1シャフト21が電動モータ10の出力軸11に接続されている。
【0044】
第1減速ギヤ列23は、第1シャフト21に第1入力ギヤ23aを設け、その第1入力ギヤ23aに噛合する第1出力ギヤ23bを第2シャフト22を中心にして回転自在としている。
【0045】
一方、第2減速ギヤ列24は、第1シャフト21に第2入力ギヤ24aを設け、その第2入力ギヤ24aに噛合する第2出力ギヤ24bを第2シャフト22を中心にして回転自在としており、その第2減速ギヤ列24の減速比は第1減速ギヤ列23の減速比より小さくなっている。
【0046】
図3乃至図5に示すように、第1出力ギヤ23bと第2シャフト22との間には、その第1出力ギヤ23bと第2シャフト22とを締結、解除する第1の2ウェイローラクラッチ30Aが組込まれている。また、第2出力ギヤ24bと第2シャフト22間には、その第2出力ギヤ24bと第2シャフト22を締結、解除する第2の2ウェイローラクラッチ30Bが組込まれている。
【0047】
ここで、第1の2ウェイローラクラッチ30Aと、第2の2ウェイローラクラッチ30Bは、同一の構成であって左右対称の向きとされているため、第1の2ウェイローラクラッチ30Aを以下に説明し、第2の2ウェイローラクラッチ30Bについては、同一の部品に同一の符号を付して説明を省略する。
【0048】
第1の2ウェイローラクラッチ30は、第2シャフト22に内輪31を、スプライン32による嵌合として回り止めし、その内輪31の外周に第1出力ギヤ23bの内周に形成された円筒面33との間で周方向の両端が狭小のくさび形空間を形成する複数の平坦なカム面34を周方向に等間隔に設け、各カム面34と円筒面33間にローラ35を組込み、そのローラ35を第1出力ギヤ23bと内輪31間に組込まれた保持器36で保持している。
【0049】
また、内輪31の軸方向の一端面に円形の凹部37を形成し、その凹部37内にスイッチばね38の円形部38aを嵌合し、その円形部38aの両端から外向きに設けられた一対の押圧片38bを、凹部37の外周壁に形成された切欠き39から保持器36の一端面に形成された切欠部40に挿入し、その一対の押圧片38bで切欠き39および切欠部40の周方向で対向する端面を相反する方向に押圧して、ローラ35が円筒面33およびカム面34に対して係合解除する中立位置に保持器36を弾性保持している。
【0050】
ここで、第1出力ギヤ23bの内側に組込まれた内輪31と第2出力ギヤ24bの内側に組込まれた内輪31は、その対向部間に組込まれた回転部材としての間座41と、第2シャフト22に嵌合された一対のストッパリング44により両側から挟持されて軸方向に非可動の支持とされている。また、間座41は対向一対の内輪31のそれぞれと一体に回転するようになっている。
【0051】
一対の内輪31には、ストッパリング44と対向する外端部に円筒形の軸受嵌合面42が形成され、その軸受嵌合面42に嵌合された軸受43によって、第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bが内輪31に対して回転自在に支持されている。
【0052】
第1の2ウェイローラクラッチ30Aと第2の2ウェイローラクラッチ30Bは、図6乃至図8に示す変速切換アクチュエータ50によって係合、係合解除が制御される。
【0053】
変速切換アクチュエータ50は、間座41の外周に軸方向に移動可能な制御リング51を嵌合して回転自在に支持し、その制御リング51の両側に配置された一対の摩擦板52a、52bの一方を第1の2ウェイローラクラッチ30Aの保持器36に回り止めし、かつ、他方を第2の2ウェイローラクラッチ30Bの保持器36に回り止めし、上記制御リング51をシフト機構60により第1出力ギヤ23bに向けて移動させ、その第1出力ギヤ23bの側面に押し付けられる摩擦板52aの摩擦係合により保持器36を第1出力ギヤ23bに連結して、その保持器36と内輪31の相対回転により、ローラ35を円筒面33およびカム面34に係合させるようにしている。
【0054】
また、シフト機構60により制御リング51を第2出力ギヤ24bに向けて移動させ、その第2出力ギヤ24bの側面に押し付けられる摩擦板52bの摩擦係合により保持器36を第2出力ギヤ24bに連結して、その保持器36と内輪31の相対回転により、ローラ35を円筒面33およびカム面34に係合させるようにしている。
【0055】
ここで、一対の摩擦板52a、52bは環状をなし、その内径面に形成されたL形の係合片53を保持器36に形成された前記切欠部40に係合して、摩擦板52a、52bのそれぞれを保持器36に回り止めしている。また、係合片53と内輪31の対向面間にワッシャ54と弾性部材55とを組込み、その弾性部材55によって摩擦板52a、52bのそれぞれを内輪31から離反する係合解除位置に向けて付勢している。
【0056】
さらに、係合片53の内端に係合溝57を形成し、一方、間座41の外周には、その係合溝57とで係合手段56を形成する複数の係合突条58を設け、上記摩擦板52a、52bが係合解除位置まで移動した際、係合溝57を係合突条58の一つに係合させて、間座41に一体化された内輪31と保持器36とが相対的に回転するのを防止し、ローラ35を中立位置に保持するようにしている。
【0057】
図6に示すように、シフト機構60は、第2シャフト22に平行に配置されたシフトロッド61をハウジング25に取り付けられた一対の滑り軸受62によりスライド自在に支持し、そのシフトロッド61にシフトフォーク63を取付け、一方、制御リング51の外周に嵌合された転がり軸受64でスリーブ65を回転自在に支持し、かつ、軸方向に非可動に支持し、そのスリーブ65の外周に環状溝66を設け、その環状溝66にシフトフォーク63の先端の二股片63aを嵌合し、上記シフトロッド61をアクチュエータ67により軸方向に移動させて、スリーブ65と共に制御リング51を軸方向に移動させるようにしている。
【0058】
アクチュエータ67として、シフトロッド61に接続されるシリンダやソレノイドを採用することができるが、ここでは、モータ68を採用し、そのモータ68の出力軸69の回転を運動変換機構70によりシフトロッド61の軸方向への移動に変換するようにしている。
【0059】
すなわち、モータ68の出力軸69に設けられた駆動ギヤ71にナット部材としての従動ギヤ72を噛合し、その従動ギヤ72を対向一対の軸受73により回転自在に支持し、その従動ギヤ72の内周に形成された雌ねじ74をシフトロッド61の端部外周に形成された雄ねじ75にねじ係合し、上記従動ギヤ72の定位置での回転により、シフトロッド61を軸方向に移動させるようにしている。
【0060】
図2に示すように、第2シャフト22の軸端部には、その第2シャフト22の回転をディファレンシャルギヤ80に伝達するアウトプットギヤ76が設けられている。
【0061】
ディファレンシャルギヤ80は、アウトプットギヤ76に噛合するリングギヤ81をハウジング25によって回転自在に支持されたデフケース82に取付け、上記デフケース82により両端部が回転自在に支持されたピニオン軸83に一対のピニオン84を取付け、その一対のピニオン84のそれぞれに一対のサイドギヤ85を噛合した構成とされ、その一対のサイドギヤ85のそれぞれにアクスル86の軸端部が接続されている。
【0062】
電動モータ10の回転は、図11に示す電子制御装置90から出力される制御信号によって制御される。電子制御装置90には、第1シャフト回転センサ91から第1シャフト21の回転速度を示す検知信号が、第2シャフト回転センサ92から第2シャフト22の回転速度を示す検知信号が、シフト位置センサ93からシフトフォーク63の位置を示す検知信号がそれぞれ入力される。シフト位置センサ93としては、例えば、シフトロッド61に接続したポテンショメータが挙げられる。また、電子制御装置90からは、モータ68の回転を制御する制御信号が出力される。
【0063】
実施の形態で示す車両用モータ駆動装置Aは上記の構造からなり、図3は、一対の摩擦板52a、52bが第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bから離反する係合解除位置に保持された状態を示し、上記第1出力ギヤ23bの内側に組込まれた第1の2ウェイローラクラッチ30Aおよび第2出力ギヤ24bの内側に組込まれた第2の2ウェイローラクラッチ30Bのそれぞれは、図4に示すように、係合解除状態にある。
【0064】
このため、電動モータ10が駆動されて第1シャフト21が回転しても、その回転は第1入力ギヤ23aからこれに噛合する第1出力ギヤ23bに伝達され、また、第2入力ギヤ24aからこれに噛合する第2出力ギヤ24bに伝達されるが、第2シャフト22に伝達されず、第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bが空転する。
【0065】
第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bの空転状態において、2ウェイローラクラッチ30A、30Bの中立状態にあるローラ35には円筒面33との接触により、ドラグトルクが作用して、保持器36を回転させようとする。
【0066】
このとき、保持器36に回り止めされた摩擦板52a、52bのそれぞれは、係合溝57と係合突条58に係合によって内輪31に対して回り止めされているため、保持器36も内輪31に対して回り止めされる状態にある。このため、ローラ35に作用するドラグトルクによって、内輪31と保持器36とが相対回転するようなことはなく、第1、第2の2ウェイローラクラッチ30A、30Bが誤係合するという不都合の発生はない。
【0067】
電動モータ10の駆動によって第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bのそれぞれが空転する状態において、図6に示すモータ68の駆動によりシフトロッド61を同図の右方向に移動させると、シフトフォーク63によってスリーブ65および制御リング51がシフトロッド61と同方向に移動され、その制御リング51により、摩擦板52aが第1出力ギヤ23bの側面に押し付けられる。
【0068】
このとき、摩擦板52aの係合溝57と間座41の係合突条58の係合が解除し、また、摩擦板52aは、第1出力ギヤ23bの側面に摩擦係合するため、保持器36は第1出力ギヤ23bに連結される状態になる。
【0069】
このため、第1の2ウェイローラクラッチ30Aの保持器36が内輪31に対して相対回転し、ローラ35が円筒面33およびカム面34に係合し、第1出力ギヤ23bの回転は、第1の2ウェイローラクラッチ30Aを介して第2シャフト22に直ちに伝達される。また、第2シャフト22の回転はディファレンシャルギヤ80を介してアクスル86に伝達される。
【0070】
その結果、図1(イ)に示す電気自動車EVにおいては、前輪1が回転することになり、その電気自動車EVを走行させることができると共に、図1(ロ)に示すハイブリッド車HVにおいては、補助駆動輪としての後輪2が回転し、前輪1の駆動をアシストすることになる。
【0071】
ここで、内輪31と保持器36が相対回転すると、スイッチばね38が弾性変形する。そのため、モータ68を上記の逆方向に回転し、シフトロッド61を上記の逆の方向に移動(図6の左方向)させて、制御リング51を第1出力ギヤ23bから離反する方向に移動させると、摩擦板52aは弾性部材55の復元弾性により、第1出力ギヤ23bから離反し、同時にスイッチばね38の復元弾性により、保持器36が復帰回動され、ローラ35は中立位置に戻されることになり、第1シャフト21から第2シャフト22への回転伝達が直ちに遮断されることになる。
【0072】
シフトロッド61を同方向(図6の左方向)にさらに移動させると、制御リング51の押圧により、摩擦板52bが第2出力ギヤ24bの側面に押し付けられて摩擦係合する。
【0073】
このため、第2の2ウェイローラクラッチ30Bの保持器36が内輪31に対して相対回転し、ローラ35が円筒面33およびカム面34に係合し、第2出力ギヤ24bの回転は、第2の2ウェイローラクラッチ30Bを介して第2シャフト22に直ちに伝達されることになり、トルク伝達経路が直ちに切換えられることになる。
【0074】
ところで、2ウェイローラクラッチ30Aの出入力部材間、すなわち、第1出力ギヤ23bと内輪31の間でトルクが伝達していると、そのトルクが2ウェイローラクラッチ30Aの係合解除を妨げるので、モータ68の作動により摩擦板52aを第1出力ギヤ23bから離反させただけでは、2ウェイローラクラッチ30Aを係合解除することができない。
【0075】
このため、2ウェイローラクラッチ30Aを確実に係合解除するためには、モータ68の作動により摩擦板52aを第1出力ギヤ23bから離反させるだけでなく、第1出力ギヤ23bと内輪31の間で伝達されるトルクをゼロまで低下させる必要がある。
【0076】
そこで、電子制御装置90は、図12,図13に示すように、電動モータ10と変速切換アクチュエータ50の作動を制御し、この制御によって、2ウェイローラクラッチ30Aを係合解除するときは、第1出力ギヤ23bと内輪31の間で伝達されるトルクをいったんゼロまで低下させるようにしている。
【0077】
図12、図14(a)に基づいて、シフトアップ時の制御について説明する。
【0078】
シフトアップの変速指令を受けると、まず、第1シャフト回転センサ91、第2シャフト回転センサ92、シフト位置センサ93からそれぞれ信号を取り込み、これらの信号に基づいて、次変速段の2ウェイローラクラッチ30Bの出入力部材の回転速度(すなわち、第2出力ギヤ24bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGo)と、シフトフォーク63の位置SPを演算する(ステップS)。
【0079】
次に、第1出力ギヤ23bから摩擦板52aが離反するように変速切換アクチュエータ50の作動を開始し、シフトフォーク63の位置(以下、「シフト位置」という)SPを現変速段のシフト位置SPから中立位置SPに向けて移動させる(ステップS〜S、図14(a)の時刻t)。ここで、現変速段のシフト位置SPは、摩擦板52aが第1出力ギヤ23bの側面に摩擦係合する位置である。また、中立位置SPは、摩擦板52aが第1出力ギヤ23bの側面に摩擦係合する位置SPと、摩擦板52bが第2出力ギヤ24bの側面に摩擦係合する位置SPのちょうど中間の位置である。
【0080】
シフトフォーク63が中立位置SPに向けて移動している間、現在のシフト位置SPと中立位置SPの差が、予め設定されたしきい値DSP以下であるか否かの判定を行なう(ステップS,S)。
【0081】
現在のシフト位置SPと中立位置SPの差がしきい値DSP以下になったときは、摩擦板52aが第1出力ギヤ23bの側面から確実に離反したと考えられるので、電動モータ10のモータトルクをTからTに低下させる(ステップS〜S、図14(a)の時刻t)。Tは、通常走行時のモータトルクであり、正の値である。Tは負の値であり、電動モータ10を減速させる制動トルクである。
【0082】
モータトルクを低下させるこの制御により、2ウェイローラクラッチ30Aが係合解除するとともに、電動モータ10が速やかに減速する。電動モータ10は、印加する電流によりモータトルクを制御することができ、エンジンに比べて格段に短時間で減速可能である。このとき、第2出力ギヤ24bの回転速度NGiは電動モータ10と連動して減速するが、内輪31の回転速度NGoは、車両の慣性によりほぼ一定に維持される。シフト位置SPは、中立位置SPに達したのち、その状態を保持する。
【0083】
モータトルクをTに低下する制御を開始した後、第2出力ギヤ24bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoの速度差が、予め設定された第1しきい値DN以下であるか否かの判定を行なう(ステップS,S10)。
【0084】
第2出力ギヤ24bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoの速度差が第1しきい値DN以下になったとき、第2出力ギヤ24bに向かって摩擦板52bが移動するように変速切換アクチュエータ50の作動を開始し、シフト位置SPを中立位置SPから次変速段のシフト位置SPに向けて移動させる(ステップS10〜S12、図14(a)の時刻t)。
【0085】
さらに、第2出力ギヤ24bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoの速度差が、予め設定された第2しきい値DN(<DN)以下になったとき(ステップS13,S14)、次変速段の2ウェイローラクラッチ30Bが係合するのに十分シンクロしたと考えられるので、電動モータ10のモータトルクをTからTに変化させ、電動モータ10を惰性回転させる(ステップS15,S16、図14(a)の時刻t)。Tの大きさは、ほぼゼロである。ここでいうゼロとは、厳密な意味でゼロである必要はなく、スイッチばね38の弾性復元力によって2ウェイローラクラッチ30Aが係合解除可能な程度の微小トルクを許容する意味でのゼロである。
【0086】
シフト位置SPが、次変速段のシフト位置SPに近づき、摩擦板52bが第2出力ギヤ24bに接触すると、2ウェイローラクラッチ30Bが係合し、第2出力ギヤ24bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoが合致する(図14(a)の時刻t)。シフト位置SPが次変速段のシフト位置SPに達した後、電動モータ10のモータトルクをTからTに増加させ、次変速段の駆動を開始する(ステップS17,S18、図14(a)の時刻t)。
【0087】
以上のようにシフトアップ制御を行なうと、変速切換時のトルク抜けの時間は、図14(a)において時刻t〜tの間の時間となる。そのため、変速切換指令を受けると同時に電動モータ10のモータトルクを低減するようにする制御と比較して、時刻t〜tの間のモータトルクが維持されているので、トルク抜け時間が短い。
【0088】
次に、図13、図14(b)に基づいて、シフトダウン時の制御について説明する。
【0089】
シフトダウンの変速指令を受けると、まず、第1シャフト回転センサ91、第2シャフト回転センサ92、シフト位置センサ93からそれぞれ検知信号を取り込み、これらの検知信号に基づいて、次変速段の2ウェイローラクラッチ30Aの出入力部材の回転速度(すなわち、第1出力ギヤ23bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGo)と、シフトフォーク63の位置SPを演算する(ステップS21)。
【0090】
次に、第2出力ギヤ24bから摩擦板52bが離反するように変速切換アクチュエータ50の作動を開始し、シフト位置SPを現変速段のシフト位置SPから中立位置SPに向けて移動させる(ステップS22〜S24、図14(b)の時刻t)。
【0091】
シフトフォーク63が中立位置SPに向けて移動している間、現在のシフト位置SPと中立位置SPの差が、予め設定されたしきい値DSP以下であるか否かの判定を行なう(ステップS25,S26)。
【0092】
現在のシフト位置SPと中立位置SPの差がしきい値DSP以下になったときは、摩擦板52bが第2出力ギヤ24bの側面から確実に離反したと考えられるので、電動モータ10のモータトルクをTからTに低下させる(ステップS26〜S28、図14(b)の時刻t)。Tは、通常走行時のモータトルクであり、正の値である。Tの大きさは、ほぼゼロである。ここでいうゼロとは、厳密な意味でゼロである必要はなく、スイッチばね38の弾性復元力によって2ウェイローラクラッチ30Bが係合解除可能な程度の微小トルクを許容する意味でのゼロである。
【0093】
シフト位置SPが、中立位置SPに達すると、電動モータ10のモータトルクをTからTに増加させ、電動モータ10を加速する(ステップS30〜S32、図14(b)の時刻t)。
【0094】
モータトルクをTに増加する制御を開始した後、第1出力ギヤ23bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoの速度差が第1しきい値DN以下であるか否かの判定を行なう(ステップS33,S34)。
【0095】
第1出力ギヤ23bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoの速度差が第1しきい値DN以下になったとき、第1出力ギヤ23bに向かって摩擦板52aが移動するように変速切換アクチュエータ50の作動を開始し、シフト位置SPを中立位置SPから次変速段のシフト位置SPに向けて移動させる(ステップS34〜S36、図14(b)の時刻t)。
【0096】
さらに、第1出力ギヤ23bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoの速度差が第2しきい値DN以下になったとき(ステップS37,S38)、次変速段の2ウェイローラクラッチ30Aが係合するのに十分シンクロしたと考えられるので、電動モータ10のモータトルクをTからTに変化させ、電動モータ10を惰性回転させる(ステップS39,S40、図14(b)の時刻t)。Tの大きさは、ほぼゼロである。
【0097】
シフト位置SPが、次変速段のシフト位置SPに近づき、摩擦板52aが第1出力ギヤ23bに接触すると、2ウェイローラクラッチ30Aが係合し、第1出力ギヤ23bの回転速度NGiと、内輪31の回転速度NGoが合致する(図14(b)の時刻t)。シフト位置SPが次変速段のシフト位置SPに達した後、電動モータ10のモータトルクをTからTに増加させ、次変速段の駆動を開始する(ステップS41,S42、図14(b)の時刻t)。
【0098】
以上のようにシフトダウン制御を行なうと、変速切換時のトルク抜けの時間は、図14(b)において時刻t〜tの間の時間となる。そのため、変速切換指令を受けると同時に電動モータ10のモータトルクを低減するようにする制御と比較して、時刻t〜tの間のモータトルクが維持されているので、トルク抜け時間が短い。
【0099】
上記のように、電子制御装置90によって摩擦板52a,52bが離反したと判定されるまでの間は、電動モータ10のモータトルクが維持され、トルク抜けが生じない。そのため、変速切換アクチュエータ50の作動開始と同時にモータトルクがゼロとなる制御を行なうものと比較して、変速切換時のトルク抜けの時間を抑えることができる。
【0100】
また、上記のように、アクチュエータとしてのモータ68を駆動してシフトロッド61を軸方向に移動させることにより、第1の2ウェイローラクラッチ30Aまたは第2の2ウェイローラクラッチ30Bが直ちに係合および係合解除するため、変速の切換えを迅速に行なうことができる。
【0101】
実施の形態で示すように、第1出力ギヤ23bと第2出力ギヤ24b間に制御リング51と2枚の摩擦板52a、52bを組込み、一方の摩擦板52aを第1の2ウェイローラクラッチ30Aの保持器36に回り止めし、他方の摩擦板52bを第2の2ウェイローラクラッチ30Bの保持器36に回り止めし、上記制御リング51をシフト機構60で左右方向にシフトできるようにして、1つの変速切換アクチュエータ50によって2組の2ウェイローラクラッチ30A、30Bの係合、係合解除を制御し得るように構成すると、モータ駆動装置の小型化を図ることができる。
【0102】
ここで、図では省略したが、摩擦板52a、52bと制御リング51の対向面間に転がり軸受を組込んでおくのがよい。その転がり軸受の組込みによって、摩擦板52a、52bと制御リング51との接触部に作用する摩擦抵抗の低減化を図ることができる。このため、摩擦板52a、52bが第1出力ギヤ23b、第2出力ギヤ24bに押し付けられて摩擦係合する係合時に、摩擦板52a、52bを制御リング51に対して円滑に相対回転させることができ、2ウェイローラクラッチ30A,30Bを確実に係合させることができる。
【0103】
実施の形態においては、第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bの内周に円筒面33を形成し、各出力ギヤ23b、24bの内側に組込まれた内輪31の外周にカム面34を設けたが、その逆に、第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bの内周にカム面を形成し、内輪の外周に円筒面を設けるようにしてもよい。この場合、第1出力ギヤ23bおよび第2出力ギヤ24bと保持器36との間にスイッチばねを組込むようにして、ローラが中立状態となるよう保持器を弾性保持する。
【符号の説明】
【0104】
1 前輪
2 後輪
10 電動モータ
20 変速機
21 第1シャフト
22 第2シャフト
23 第1減速ギヤ列
24 第2減速ギヤ列
30A 第1の2ウェイローラクラッチ
30B 第2の2ウェイローラクラッチ
31 内輪
33 円筒面
34 カム面
35 ローラ
36 保持器
38 スイッチばね
41 間座(回転部材)
50 変速切換アクチュエータ
51 制御リング
52a 摩擦板
52b 摩擦板
55 弾性部材
56 係合手段
57 係合溝
58 係合突条
60 シフト機構
61 シフトロッド
63 シフトフォーク
65 スリーブ
67 アクチュエータ
68 モータ
72 従動ギヤ(ナット部材)
74 雌ねじ
75 雄ねじ
80 ディファレンシャルギヤ
90 電子制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータと、平行軸間に変速比が異なる複数のギヤ列が設けられ、そのギヤ列のトルク伝達経路を切り換えることによって前記電動モータから出力される回転を複数段に変速する常時噛合い式の変速機と、その変速機から出力される動力を左右の車輪に分配するディファレンシャルギヤと、ローラおよびそのローラを保持する保持器を有し、その保持器の回転制御により係合、係合解除して前記変速機の各変速段毎のギヤを平行軸に対して締結、解除するギヤ列と同数の2ウェイローラクラッチと、その2ウェイローラクラッチの保持器の回転を制御して、2ウェイローラクラッチの係合、係合解除を切り換える変速切換アクチュエータと、前記電動モータと変速切換アクチュエータの作動を制御する電子制御装置とからなり、
前記2ウェイローラクラッチは、平行軸とギヤとの間に組込まれて平行軸に回り止めされた内輪を有し、その内輪の外周とギヤの内周における一方に円筒面を形成し、他方にその円筒面との間で周方向の両端が狭小のくさび空間を形成するカム面を設け、そのカム面と円筒面間にローラを組込み、そのローラをギヤと内輪間に組込まれた保持器で保持し、前記カム面が形成された側の部材と保持器との間に、前記ローラが円筒面とカム面に対して係合解除された中立位置に保持器を弾性保持するスイッチばねを組込んだ構成からなり、
前記変速切換アクチュエータは、保持器に回り止めされ、前記円筒面が形成された側の部材の一側面に向けて移動可能に設けられた摩擦板と、その摩擦板を円筒面が形成された部材から離反する係合解除位置に向けて付勢する弾性部材と、前記摩擦板を円筒面が形成された部材に向けてシフトさせるシフト機構とからなり、
前記電子制御装置は、変速切換指令を受けたときに、現変速段の2ウェイローラクラッチの前記円筒面が形成された部材から摩擦板が離反するように変速切換アクチュエータを作動させ、このとき、現変速段の2ウェイローラクラッチの前記円筒面が形成された部材から摩擦板が離反したか否かを判定し、前記摩擦板が離反したと判定した後に、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる制御を行ない、この制御によって現変速段の2ウェイローラクラッチを係合解除した後、次変速段の2ウェイローラクラッチを係合させる車両用モータ駆動装置。
【請求項2】
前記電子制御装置は、前記変速切換指令がシフトアップの変速切換指令であるとき、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる前記制御として、前記電動モータを減速する制御を行なう請求項1に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項3】
前記電子制御装置は、前記変速切換指令がシフトダウンの変速切換指令であるとき、前記電動モータのモータトルクを現変速段の2ウェイローラクラッチが係合解除可能となる大きさに変化させる前記制御として、現変速段の2ウェイローラクラッチの出入力部材間で伝達されるトルクをゼロにする制御を行なう請求項1又は2に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項4】
前記シフト機構が、前記平行軸に平行配置された軸方向に移動可能なシフトロッドと、そのシフトロッドを軸方向に移動させるアクチュエータと、前記シフトロッドに支持され、そのシフトロッドの軸方向の移動時に前記スリーブと共に制御リングを円筒面が形成された部材に向けて移動させるシフトフォークとからなる請求項1乃至3のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項5】
前記カム面が形成された部材と一体に回転する回転部材を設け、前記摩擦板が摩擦係合解除位置まで移動した時、その摩擦板を回転部材に対して回転方向に係合させる係合手段を設けた請求項3又は4に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項6】
前記制御リングを隣接するギヤ列間に組込み、その制御リングの両側に一対の摩擦板を設け、一方の摩擦板を一方のギヤ列に組込まれた2ウェイローラクラッチの保持器に回り止めし、他方の摩擦板を他方のギヤ列に組込まれた2ウェイローラクラッチの保持器に回り止めして、1つの変速切換アクチュエータによって2つの2ウェイローラクラッチの締結、係合解除を制御し得るようにした請求項3乃至5のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項7】
前記制御リングと前記スリーブの対向面間に転がり軸受を組込み、前記2ウェイローラクラッチの締結、係合解除を制御する際に、前記転がり軸受を介して制御リングを軸方向に移動させるようにした請求項3乃至6のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項8】
前記摩擦板と前記制御リングの対向面間に転がり軸受を組込んだ請求項3乃至7のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項9】
前記アクチュエータがモータからなり、そのモータの回転をシフトロッドの軸方向への移動に変換する運動変換機構を設けた請求項4乃至8のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項10】
前記運動変換機構が、前記シフトロッドを中心に回転自在に支持され、前記モータにより回転されるナット部材の内周に雌ねじを設け、その雌ねじをシフトロッドの外周に形成された雄ねじにねじ係合した構成からなる請求項9に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項11】
前記アクチュエータが、シフトロッドに接続されたシリンダからなる請求項4乃至8のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項12】
前記アクチュエータが、シフトロッドに接続されたソレノイドからなる請求項4乃至8のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置。
【請求項13】
車両の前部に設けられた左右一対の前輪と後部に設けられた左右一対の後輪の少なくとも一方を請求項1乃至12のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置により駆動するようにした電気自動車。
【請求項14】
車両の前部に設けられた左右一対の前輪と後部に設けられた左右一対の後輪の一方をエンジンで駆動し、他方を請求項1乃至12のいずれかの項に記載の車両用モータ駆動装置により駆動するようにしたハイブリッド自動車。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2011−57030(P2011−57030A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207191(P2009−207191)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】