説明

車両用乗員保護装置

【課題】乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することが可能な車両用乗員保護装置を提供すること。
【解決手段】乗員姿勢を検知する乗員姿勢検知手段(20)と、車両の衝突時の衝撃から乗員を保護する乗員保護手段(40、50、70)と、を備える車両用乗員保護装置(1)であって、乗員保護手段の作動出力を変更する作動出力可変手段と、乗員保護手段の目標出力を決定すると共にこの目標出力が実現されるように作動出力可変手段を制御する制御手段と、を備え、制御手段は、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、乗員保護手段の目標出力を動的に変化させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗員姿勢を検知することにより車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護する車両用乗員保護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エアバッグ装置やシートベルト装置、可動ステアリングホイール機構等、衝突時に乗員を保護するための機器の作動制御に関する様々な研究がなされている。この分野の研究においては、衝突の激しさや乗員姿勢(及び、これらの変化)に応じた適切な作動出力を決定することが重要なポイントとなる。なぜなら、こうした機器は常に最大出力をもって作動させるのが適切な訳ではないからである。
【0003】
例えば、エアバッグ装置の場合、エアバッグの目標内圧を際限なく高いものに設定すると、エアバッグの展開速度が速くなり迅速に乗員の頭部や胸部に到達可能となる反面、エアバッグ自体が乗員に過剰な圧力を与える可能性が生じる。こうしたトレードオフ関係は、シートベルト装置等についても同様に生じる。更に、種々の理由により、最適なエアバッグ内圧(及び展開速度)は、乗員姿勢に応じて変化する。これらの理由より、エアバッグの目標内圧は柔軟に決定可能であることが望ましい。
【0004】
こうした観点から、各種センサーを用いて乗員の着座の有無や座席の位置、座席上での乗員姿勢を検知し、これらに基づいてエアバッグの出力を決定する装置についての発明が開示されている(例えば、特許文献1参照)。この文献には、エアバッグに供給されるエアを噴出するインフレーターを二個備え、必要に応じて一方のみ或いは双方のインフレーターに着火してエアバッグの出力を調節する旨の記載がなされている。
【0005】
また、エアバッグ内のエアを大気に放出するベントホールの開閉装置を備え、ベントホールの開閉によりエアバッグ内圧を調節する装置についての発明が開示されている(例えば、特許文献2参照)。この文献には、内圧検出手段の検出値を、車速や乗員の体格、姿勢等に応じて定められるエアバッグ内圧パターンに近づけるように、ベントホールの開度をフィードバック制御する旨の記載がなされている。
【特許文献1】特開平8−169289号公報
【特許文献2】特許第3646005号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の特許文献1に記載の装置では、エアバッグの出力を各インフレーターのオン/オフに応じて有段調節することのみが可能であり、所望のエアバッグ内圧を柔軟に発生させることができない場合がある。
【0007】
また、上記従来の特許文献2に記載の装置では、乗員姿勢等が衝突中に変化することについての考慮はなされていないため、乗員姿勢等が衝突中に予期せぬ変化をした場合に対応することができない。また、ベントホールの開閉のみによっては、エアバッグ内圧の調節能力にも限界が生じる。
【0008】
従って、両者共に、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することができない場合がある。
【0009】
本発明はこのような課題を解決するためのものであり、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することが可能な車両用乗員保護装置を提供することを、主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、乗員姿勢を検知する乗員姿勢検知手段と、車両の衝突時の衝撃から乗員を保護する乗員保護手段と、を備える車両用乗員保護装置
であって、乗員保護手段の作動出力を変更する作動出力可変手段と、乗員保護手段の目標出力を決定すると共にこの目標出力が実現されるように作動出力可変手段を制御する制御手段と、を備え、制御手段は、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、乗員保護手段の目標出力を動的に変化させることを特徴とするものである。ここで、「乗員保護手段」は、エアバッグ装置、シートベルト装置、可動ステアリングホイール機構、可動ドライビングシートのうち少なくとも一つを含む。これらの組み合わせであってもよい。「乗員保護手段」がシートベルト装置である場合、「作動出力可変手段」は、シートベルトを巻き取る装置の駆動回路等を指す。また、「乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、乗員保護手段の目標出力を動的に変化させる」とは、乗員保護手段を単に最大出力又は一定出力をもって作動させるのではなく、例えば、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、衝突状態が終了するまでの各時点における乗員保護手段の目標出力を設定して作動出力可変手段を制御することをいう。また、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて適切な乗員姿勢の推移を設定し、この乗員姿勢の推移を実現するために衝突状態が終了するまでの各時点における乗員保護手段の目標出力を設定して作動出力可変手段を制御することであってもよい。また、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢が変化するのに応じて乗員保護手段の目標出力を繰り返し再設定して作動出力可変手段を制御することであってもよい。また、これらの幾つかを含むものであってもよい。
【0011】
この本発明の一態様によれば、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて乗員保護手段の目標出力を動的に変化させるので、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することができる。
【0012】
また、本発明の一態様において、制御手段は、好ましくは、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、乗員保護手段の目標出力に対するフィードバック制御を行なう手段である。ここで、「乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、乗員保護手段の目標出力に対するフィードバック制御を行なう」とは、例えば、乗員姿勢に対する目標値ないし基準値を設定し、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢と当該設定した目標値ないし基準値との乖離を小さくするように乗員保護手段の目標出力を決定することをいう。なお、この目標値ないし基準値は、経時変化する一連の値として設定されてよい。例えば、乗員姿勢に基づく適切な乗員姿勢の推移を設定し、この乗員姿勢の推移に含まれる各時点の乗員姿勢を目標値ないし基準値とするのである。更に、この目標値ないし基準値自体を、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて繰り返し再設定するものであってもよい。
【0013】
また、本発明の一態様において、車両の加速度を検出する加速度検出手段を備え、制御手段は、加速度検出手段により検出された車両の加速度に基づいて、乗員保護手段の目標出力を動的に変化させることを特徴とするものとしてもよい。ここで、「加速度検出手段により検出された車両の加速度に基づいて、乗員保護手段の目標出力を動的に変化させる」とは、例えば、乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢と、加速度検出手段により検出された車両の加速度と、に基づく適切な乗員姿勢の推移を実現するために、衝突状態が終了するまでの各時点における目標出力を設定して作動出力可変手段を制御することをいう。また、加速度検出手段により検出された車両の加速度が変化するのに応じて乗員保護手段の目標出力を繰り返し再設定して作動出力可変手段を制御することであってもよい。また、これらの双方を含むものであってもよい。
【0014】
また、本発明の一態様において、制御手段は、好ましくは、衝突状態が終了したことを示す所定の終了条件が成立したときに、乗員保護手段の作動を停止することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することが可能な車両用乗員保護装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、添付図面を参照しながら実施例を挙げて説明する。なお、本実施例では、運転席に着座した乗員(運転者)を保護するものとして説明するが、本発明の適用上、いずれの座席に着座した乗員を保護するものであるか、によっては本質的な差異を生じない。従って、各座席用に適宜設計変更等して適用することが可能である。
【実施例】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態の説明を行う。図1は、本発明の一実施例に係る車両用乗員保護装置1の全体構成の一例を示す図である。車両用乗員保護装置1は、主要な構成として、Gセンサー10と、乗員姿勢検知用機器20と、運転支援装置用ECU(Electronic Control Unit)30と、乗員保護手段としてのエアバッグ装置40、シートベルト装置50、及び可動ステアリングホイール機構70と、を備える。運転支援装置用ECU(Electronic Control Unit)30、及びエアバッグ装置40を制御するエアバッグコンピューター41、シートベルト装置50を制御するシートベルトコントロールコンピューター51、可動ステアリングホイール機構70を制御するステアリングコンピューター71は、多重通信線80に接続され、送受信される情報を相互に参照可能に構成されている。多重通信線80を介した機器間の通信は、CAN(Controller Area Network)やBEAN、AVC−LAN等の適切な通信プロトコルを用いて行なわれる。また、プロトコル変換器等が適宜配設されてよい。
【0018】
Gセンサー10は、例えば、車両前部に取り付けられたフロントGセンサー、及びセンターコンソール部の下方に取り付けられたセンターGセンサーを含む。これらのセンサーは、車両の加速度に応じて発生するセンサー内のビームの歪みを計測し、電気信号に置き換えて運転支援装置用ECU30に出力する。運転支援装置用ECU30では、例えば、フロントGセンサー、及びセンターGセンサーの双方の検出値が閾値を超えた場合に車両が衝突したと認知し、各乗員保護手段の作動を開始する。
【0019】
乗員姿勢検知用機器20は、例えば、乗員を撮像する車室内カメラ、赤外線センサー、レーダーセンサー、シート内に配設された荷重センサー、及びシートポジションセンサー等を含む。乗員姿勢検知用機器20の撮像又は検知したデータは、運転支援装置用ECU30に送信される。運転支援装置用ECU30では、これらのデータから乗員の身体における代表点(頭部、胸部、肩、腰部等)の車室内空間における座標を特定する(以下、係る処理を、「乗員姿勢を検知する」と称する)。なお、当該乗員姿勢の検知に係る具体的手法については、既に種々のものが公知となっているため、詳細な説明は省略する。
【0020】
運転支援装置用ECU30は、例えば、CPUを中心としてROMやRAM等がバスを介して相互に接続されたコンピューターユニットであり、その他、入出力インターフェイスやタイマー、カウンター等を備える(上記乗員保護手段の各制御コンピューターも同様のハードウエア構成であってよい)。なお、ROMには、CPUが実行するプログラムやデータが格納されている。運転支援装置用ECU30は、Gセンサー10や乗員姿勢検知用機器20から入力されるデータに基づいて、各乗員保護手段に対する指示信号を多重通信線80に出力する。この指示信号の生成に関する具体的手法については後述し、先に各乗員保護手段の構成及び機能について述べる。
【0021】
図2は、エアバッグ装置40の全体構成の一例を模式的に示す図である。エアバッグ装置40は、例えば、ステアリングボス部に配設され、運転者の頭部や胸部を保護する。エアバッグ装置40は、前述したエアバッグコンピューター41の他、インフレーター42、加圧室43、一体回転する2つの翼部44A及び44Bを有するタービン44、エアバッグ45、負圧室46、大気圧室47、及びバルブ48A、48B、48C、48D、内圧計測センサー49を備える。なお、本図は、エアバッグ45が展開した状態を表す。また、指示信号や計測値等に係る情報通信の流れは、破線で示している。
【0022】
インフレーター42は、例えば、スクイブ(点火部)やガス発生剤を複数個備える多段制御式インフレーターである。各スクイブに対する点火信号は、エアバッグコンピューター41から送信される。インフレーター42がガス発生剤を燃焼させることにより発生するエアバッグ45の展開用のガス(以下、単にガスと称する)は、まず加圧室43に蓄えられる。加圧室43からエアバッグ45に至るまでのガス流路には、タービン44の翼部44Aや、加圧室43とエアバッグ内部を連通させ又は遮断するバルブ48A、加圧室43と大気を連通させ又は遮断するバルブ48Dが配設されている。バルブ48Aの駆動には、応答性の高いソレノイドやピエゾアクチュエータ等が利用される。バルブ48Aは、単に開放状態と閉止状態を切替え可能なものに限らず、開放程度を調節可能なものであってよい。また、バルブ48Dはリリーフ弁であり、加圧室43の過度の圧力上昇を防止すると共に、バルブ48Aが閉止された状態におけるタービン44の回転を確保して負圧室46の圧力低下を促進する役割を果たす。
【0023】
以上の構成から、インフレーター42が作動するとバルブ48Aの開閉に拘らずガスが加圧室からエアバッグ45内部又は大気に流出するため、翼部44Aにおいて回転力が生じ、タービン44が一定方向に回転する。また、インフレーター42が作動し、且つバルブ48Aが開放されると、ガスがエアバッグ45に流入し、エアバッグ45を膨らませる(展開させる)。
【0024】
エアバッグ45は、例えば、気密性と耐熱性を有するように加工された66ナイロンにより形成されている。エアバッグ45は、展開していない状態においては、ステアリングホイールパッドの内側に折り畳まれて収納されている。
【0025】
一方、エアバッグ45から負圧室46に至るガス流路には、バルブ48Bや翼部44B、バルブ48Cが配設されている。バルブ48Bは、例えばバルブ48Aと同様にソレノイド等により駆動される(開放程度を調節可能な構成であってよい点でもバルブ48Aと同様である)。翼部44Bは、翼部44Aと同方向に回転することにより負圧室46から大気圧室47方向にガスを移動させる(吸い出す)ように設計される。バルブ48Cは逆止弁である。
【0026】
前述する如くインフレーター42が作動を開始すると遅滞なくタービン44が回転を開始するため、負圧室46内のガス(初期状態では空気)がバルブ48Cを介して大気中に放出される。また、バルブ48Cは逆止弁であるため、タービン44の回転が弱くなったり停止したとしても大気が負圧室46に流入することはない。従って、インフレーター42が作動を開始すると、負圧室46内が速やかに減圧されることとなる。この状態でバルブ48Bが開放されると、エアバッグ内45内のガスが速やかに負圧室46に流出する。
【0027】
ここで、単に多段制御式インフレーターを備えるエアバッグシステムとの比較について考える。多段制御式インフレーターを用いると、その段数に応じた出力が可能となる。例えば、弱い衝撃を検知した場合には一部のスクイブに対してのみ点火信号を送信し、強い衝撃を検知した場合に全てのスクイブに対して点火信号を送信する等の制御が可能となる。また、衝突予知システムと併用されて効果を奏することも期待できる。例えば、レーダー装置等の検出結果に基づき衝突を予知した際に一部のスクイブに対して点火信号を送信し、その後Gセンサー等により実際に衝撃を検知した場合に残りのスクイブに対して点火信号を送信する等の制御が可能となる。
【0028】
しかしながら、多段制御式インフレーターはあくまで有限の段数に応じた出力が可能なものに過ぎず、また、一度点火したスクイブに対応するガス発生剤からのガスはエアバッグ内に流入する構造となっている。従って、エアバッグ内圧を任意の上昇カーブで上昇させるといった柔軟な制御を行なうことは困難である。また、ガス発生後にエアバッグの展開を中止する等の制御も困難である。
【0029】
一方、本実施例に係るエアバッグ装置40では、バルブ48Aの開閉制御(開放時間や開放程度の調節を含んでよい)により、必要量のガスだけをエアバッグ45に送り込むことができるため、エアバッグ45の展開速度やその内圧に対する制御性を向上させ、動的な制御を可能としている。
【0030】
次に、背景技術の欄における特許文献2に記載の装置の如く、ベントホールからガスを流出させることによりエアバッグ内圧を調節する装置との比較について考える。こうした装置において、ベントホールから流出するガスの流出速度(時間当たりの流出量)は、エアバッグ内圧と大気圧との圧力差、及びベントホールの口径・開度によって決定されるため、エアバッグ内圧を十分迅速に低下させることができない場合が生じる。
【0031】
この点、本実施例に係るエアバッグ装置40では、タービン44の回転により予め負圧室内46を減圧するから、バルブ48Bの開度が一定とした場合のガスの流出速度が増加する。この結果、バルブ48Bの開閉制御(開放時間や開放程度の調節を含んでよい)によって、選択可能なガスの流出速度の幅を広げることができる。これにより、瞬間的な排気を助長させることができるため、エアバッグ45の内圧の制御性を向上させ、より動的な制御を可能としている。
【0032】
エアバッグコンピューター41には、内圧測定センサー49により測定されたエアバッグ45内圧が入力される。エアバッグコンピューター41は、運転支援装置用ECU30からの指示信号に従って、インフレーター42の点火動作、及びバルブ48A、48Bの開閉制御を行なう。
【0033】
図3は、シートベルト装置50の全体構成の一例を模式的に示す図である。シートベルト装置50は、前述したシートベルトコントロールコンピューター51の他、シート52、シートベルト53、ラップアウタアンカ54、ショルダアンカ55、タングプレート56、バックル57、シートベルト55を巻き取る機能を有するリトラクター装置60、及び張力センサー62を備える。本図においても、指示信号や検出値等に係る情報通信の流れは、破線で示している。
【0034】
シートベルト53は、一端がラップアウタアンカ54に連結され、他端がリトラクター装置60から引き出し可能に連結され、中間部にてショルダアンカ55に摺動可能に支持されている。ラップアウタアンカ54は、シート52の座面の一方の側(例えば、ドア側)に配設されている。また、ショルダアンカ55は、例えばセンタピラーに支持されており、タングプレート56は、ラップアウタアンカ54とショルダアンカ55との間でシートベルト53にその長手方向に沿って移動可能に配設されている。バックル57は、シート52のラップアウタアンカ54が配設された側とは反対側にシート52の座面のフレームに傾動可能に配設されていて、タングプレート56と脱着可能に嵌合する。シートベルト53は、バックル57がタングプレート56と嵌合し乗員に装着された状態で、ショルダーベルト部53Aが主として乗員の肩から胸を拘束し、ラップベルト部53Bが主として乗員の腰を拘束する。なお、これらとは逆に、ラップアウタアンカ54及びショルダアンカ55が車両中央側に、バックル57がドア側に、それぞれ配設されてもよい。この場合、ショルダアンカ55は例えばシート52の上部に連結され、リトラクター装置60は車両中央側に配設されることとなる。
【0035】
リトラクター装置60は、シートベルト53を巻き取り保持することによりシートベルト53が乗員拘束力(乗員をシート52から離れないようにする力)を発揮するための電動モータや減速機、フォースリミッター等を備えている。当該電動モータは、シートベルトコンピューター51により駆動制御される。また、電動モータには、回転角を検知する回転角センサーが取り付けられており、回転角センサーの検知結果はシートベルトコンピューター51に送信され、これに基づいてシートベルト53の引き出し量が算出される。フォースリミッターは、シートベルト53が所定の張力以上の力で引かれた場合に、内部構造に滑りを生じることによりシートベルト53を送り出し、所定の張力以上の力がシートベルト53にかからないようにしている。これにより、例えば電動モータがロックした場合等、衝突時にシートベルト53が過度の乗員拘束力を発揮することを防止している。また、リトラクター装置60は、周知のELR(Emergency Locking Retractor)機構を更に備え、電動モータが何らかの原因により作動しない場合に備えてもよい。なお、張力センサー62は、シートベルト53のシートベルト張力を検出してシートベルトコンピューター51に送信する。
【0036】
可動ステアリングホイール機構70は、ステアリングホイールをその回転軸方向に前後駆動する。可動ステアリングホイール機構70は、例えば、前述したステアリングコンピューター71により駆動される電動モータや、電動モータの回転駆動力を直線駆動力に変換する機構(例えば、ラックアンドピニオンやボールスクリュー)等を備える。
【0037】
以下、このような構成の乗員保護手段に対して運転支援装置用ECU30が指示信号を生成する際の処理について説明する。運転支援装置用ECU30は、前述した如く、Gセンサー10の検出値に対する閾値を設定して車両が衝突したか否かを判断する。また、Gセンサー10の検出値から所定の演算に基づき特定される車両の加速度、及び乗員姿勢検知用機器20の出力に基づき検知される乗員姿勢に基づいて、各乗員保護手段を動的に制御する。
【0038】
運転支援装置用ECU30が、各乗員保護手段の制御上考慮する点は以下の如くである。(1)乗員の頭部や胸部が、ステアリングホイールやインストルメントパネル等、車室内の硬い物体に直接衝突しないようにする。この点の重要性は、いわゆるライドダウン効果という考え方に裏付けされる。ライドダウン効果とは、衝突時の乗員の持つ運動エネルギーがシートベルトなどの保護装置を介して車体側に移送される比率でありが高いほど乗員保護に有利であるという考え方である。(2)但し、エアバッグ装置40やシートベルト装置50により過大な乗員拘束力を発揮すると(エアバッグ45による圧力も一種の乗員拘束力と考える;以下同じ)、シートベルト53やエアバッグ45から乗員が受ける衝撃が、車両が衝突により受ける衝撃と大差ないものとなってしまうため、(1)を満たす範囲で乗員拘束力が過大とならないようにする。(3)上記(1)、(2)を条件とし、衝突前の状態から、慣性により乗員の頭部等がステアリングホイールに接近する衝突終期の状態に変化するまでの時間及び乗員の身体における各代表点の移動距離を有効に用いる。
【0039】
これらを満たすべく、運転支援装置用ECU30は、まず可動ステアリングホイール機構70に対してステアリングホイールを乗員から遠ざけるように指示して、上記時間及び距離を拡大する。そして、衝突時点における乗員姿勢及び加速度から理想的な乗員姿勢の時間変化を導出し、これが実現されるようにエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力を決定する。
【0040】
図4は、衝突開始時から衝突終了時までの理想的な乗員姿勢の時間変化の一例を、車両と乗員頭部との相対速度の変化と共に示す図である。なお、実際には、車両と肩や胸部等の他の代表点との相対速度も考慮すべき要素ではあるが、図を簡略にするために車両と乗員頭部の相対速度のみを図示した。また、衝突開始時とは、例えばGセンサー10の検出値から衝突を検知した時点をいい、衝突終了時とは、例えば乗員の身体における各代表点が車両に対して停止した時点をいう。図示する如く、衝突開始時から衝突終了時までの間シートベルト53やエアバッグ45が適切な乗員拘束力を発揮することにより、車両と乗員頭部の相対速度が緩やかなカーブで減少し、乗員の頭部等がステアリングホイール(及びインストルメントパネル等)に衝突しない程度に十分接近したときに値0に至る。すなわち、車両に対して停止する。これにより、衝突開始時から衝突終了時までの各時点においてシートベルト装置53やエアバッグ45が発揮する乗員拘束力のピーク値を抑制し、乗員拘束力が乗員の身体に及ぼす悪影響を小さくすることができる。
【0041】
エアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力の決定は、例えば、上記理想的な乗員姿勢の時間変化に基づいて、各時点における乗員姿勢の微小変化及び車両と乗員の身体における各代表点との相対速度(相対加速度、相対変位でもよい)を導出し、当該微小変化を実現するのに必要な乗員拘束力を演算する。ここで、上記相対速度(又は相対加速度、相対変位)は、Gセンサー10の出力の積分値や車速センサーの出力値、乗員姿勢検知用機器20の検知結果から把握される乗員の体重・体格等を入力パラメータとする適切なマップを適用することにより導出可能である。
【0042】
指示信号を受信したエアバッグ装置40では、目標出力に応じたエアバッグ内圧(目標内圧)を実現するように、インフレーター42の適切な点火制御や、バルブ48A、48Bの開閉制御を行なう。この際に、内圧計測センサー49により検出される実際のエアバッグ内圧と、目標内圧との差に基づくフィードバック制御(例えば、周知のPID制御等)を行なうと好適である。
【0043】
また、指示信号を受信したシートベルト装置50では、目標出力に応じたシートベルト張力(目標張力)を実現するように、リトラクター装置60の電動モータの出力(トルク及び回転数)を動的に変化させる。なお、この際に、張力センサー62により検出される実際のシートベルト張力と、目標張力との差分に基づくフィードバック制御を行なうと好適である。
【0044】
このような制御により、シートベルト53やエアバッグ45が、ピーク値の抑制された適切な乗員拘束力を発揮することとなり、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することができる。
【0045】
更に、本実施例の車両用乗員保護装置1では、衝突開始時から衝突終了時までの間に乗員姿勢や車両の加速度が予期せぬ変化をした場合に備え、衝突を検知してから所定の終了条件が成立するまでの間は、乗員姿勢や車両の加速度を繰り返し検知して、これに基づきエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力をフィードバック制御する。従って、上記の如くエアバッグ装置40やシートベルト装置50が目標出力を実現するためにフィードバック制御をするものとした場合、二重のフィードバック制御が行なわれることとなる。
【0046】
こうした乗員姿勢や車両の加速度の再検知が必要となるのは、多重衝突や二次衝突等、衝突開始から衝突終了までの間に更なる衝撃が車外から与えられる場合や、エアバッグ装置40やシートベルト装置50の出力が乗員姿勢に与えた影響が当初(理想的な乗員姿勢の変化の導出の際に)想定したものから乖離してしまった場合等、目標出力の再計算が必要となる種々の局面が予想されるからである。後者の場合の具体例としては、エアバッグ装置40においてガス発生剤の燃焼スピードのムラ、バルブ48A、48Bの応答遅れ等に起因してエアバッグ内圧が目標値を上回り(又は、下回り)、その時点における乗員拘束力が当初予定したものと異なるものとなり、この結果、乗員姿勢の変化が理想的な乗員姿勢の変化から乖離してしまったような場合が考えられる。
【0047】
このような局面において衝突開始時に導出した理想的な乗員姿勢の時間変化に基づく目標出力を出力する制御を行なったとしても、実際の乗員姿勢が理想的な乗員姿勢の時間変化に沿ったものとならず、乗員を十分に保護することができない場合が生じ得る。そこで、上記の如く,乗員姿勢や車両の加速度を繰り返し検知して、これに基づきエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力に対するフィードバック制御を行なうこととした。係る制御によれば、理想的な乗員姿勢の時間変化に近づけるようにエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力が決定される。これにより、実際の交通環境において生じ得る、通常行なわれる衝突実験の範囲外の様々な衝突形態や衝突速度に対しても、従来技術に比してより優れた乗員保護性能を発揮することが期待できるのである。
【0048】
図5は、主に運転支援装置用ECU30が実行する特徴的な処理の流れを示すフローチャートである。本フローは、運転支援装置用ECU30がGセンサー10の検出値に基づき衝突を検知した際に開始される。
【0049】
まず、前述の如く、車両の加速度を特定し、乗員姿勢を検知する(S100)。なお、本処理は衝突を検知した後に開始されてもよいが、特に乗員姿勢の検知は、予め繰り返し行なわれており、衝突を検知する直前に検知されていた乗員姿勢を採用するものとしてもよい。
【0050】
そして、車両の加速度及び乗員姿勢から理想的な乗員姿勢の時間変化を導出し、これが実現されるようにエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力を決定して、エアバッグ装置40やシートベルト装置50に送信する(S110)。また、可動ステアリングホイール機構70に対してステアリングホイールを乗員から遠ざけるように指示する。
【0051】
目標出力を受信したエアバッグ装置40やシートベルト装置50では、前述の如く、目標内圧や目標張力を実現するように各装置内の機器を制御する(S120)。
【0052】
そして、車両の加速度及び乗員姿勢を再び特定・検知し(S130)、衝突状態が終了したことを示す所定の終了条件を満たすか否かを判定する(S140)。所定の終了条件は、例えば、Gセンサー10の出力が(或いは、出力変化が)略ゼロとなることである。
【0053】
所定の終了条件を満たさない場合は、未だ衝突状態が継続していると判断し、S110以降の処理を行なう。なお、S110においては、再び特定・検知された加速度及び乗員姿勢に基づいて、衝突開始時に導出されている理想的な乗員姿勢の変化とその時点での乗員姿勢との乖離をフィードバック制御(PID制御等)により適切に収束させるような目標出力を決定してもよいし、或いは、その時点からの理想的な乗員姿勢の変化を再び導出し、再導出した理想的な乗員姿勢の変化とその時点での乗員姿勢との乖離をフィードバック制御により適切に収束させるような目標出力を決定してもよい。これらにより、衝突開始時から衝突終了時までの間、繰り返し特定・検知された車両の加速度及び乗員姿勢が目標出力の決定に反映されることとなるから、乗員姿勢や車両の加速度が予期せぬ変化をした場合でも、エアバッグ装置40やシートベルト装置50が適切な乗員拘束力を発揮することとなる。
【0054】
一方、所定の終了条件を満たす場合は、本フローを終了する。これにより、以降の制御が不要となり、車両のエネルギー消費を抑制することができる。なお、エアバッグ45内のガスを排出すべく、バルブ48Bを開放するものとしてもよい。
【0055】
以上説明した本実施例の車両用乗員保護装置1では、車両の加速度及び乗員姿勢に基づいて、各乗員保護手段が動的に制御される。その具体例として、理想的な乗員姿勢の時間変化を導出し、これが実現されるようにエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力を決定することを例示した。このような制御によれば、シートベルト53やエアバッグ45が、ピーク値の抑制された適切な乗員拘束力を発揮することとなり、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することができる。
【0056】
また、衝突を検知してから所定の終了条件が成立するまでの間は、乗員姿勢や車両の加速度を繰り返し検知して、これに基づきエアバッグ装置40やシートベルト装置50の目標出力をフィードバック制御する。これにより、乗員姿勢や車両の加速度が予期せぬ変化をした場合でも、エアバッグ装置40やシートベルト装置50が適切な乗員拘束力を発揮することとなる。
【0057】
そして、これらの動的な制御に必要となるエアバッグ装置40の制御性は、バルブ48A、48Bの開閉制御やタービン44の回転による負圧室内46の減圧により適切にサポートされる。シートベルト装置50の制御性については、電動モータの制御性が十分なものであれば足りる。
【0058】
また、エアバッグ装置40とシートベルト装置50との組み合わせにより乗員拘束力を発揮する構成であるため、これらのうち単独で乗員を保護するものに比して、より確実に乗員を保護することができる。
【0059】
従って、乗員姿勢に基づいて車両の衝突時の衝撃から乗員を適切に保護することができる。
【0060】
以上、本発明を実施するための最良の形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形及び置換を加えることができる。
【0061】
例えば、本実施例の車両用乗員保護装置1をプリクラッシュ・セーフティ・システム等の衝突予知システムと組み合わせると、好適である。なぜなら、衝突が予知された場合にシートベルト53を巻き取ることにより、衝突開始時における乗員姿勢をなるべくシート52に近づけ、乗員の身体の移動可能距離を拡大することができるからである。
【0062】
また、エアバッグ装置40において、エアバッグ内圧を目標内圧に近づけるための制御は、必ずしもフィードバック制御に拠る必要は無く、内圧計測センサーの出力値と目標内圧からバルブ開度・開放時間を一意に決定しても構わない。
【0063】
また、可動ステアリングホイール機構70に対してステアリングホイールを乗員から遠ざけるように指示するのは、車両の加速度が衝突開始時の計測値よりも増加した場合や乗員姿勢が衝突開始時に導出した理想的な乗員姿勢の変化から所定程度以上乖離した場合に限定してもよい。
【0064】
また、乗員保護手段の具体例として、エアバッグ装置40、シートベルト装置50、及び可動ステアリングホイール機構70を例示したが、可動ドライビングシート等の他の乗員保護手段が用いられてもよい。可動ドライビングシートを用いる場合、実施例における可動ステアリングホイール機構70の如く、衝突開始時にまずドライビングシートを後退・後倒させて、衝突終了までに移動可能な距離を拡大するものとしてもよいし、車両の加速度が衝突開始時の計測値よりも増加した場合や乗員姿勢が衝突開始時に導出した理想的な乗員姿勢の変化から所定程度以上乖離した場合に限定してドライビングシートを後退・後倒させてもよい。また、側突又はロールオーバー用のカーテンシールドエアバックや後部座席用のヘッドレストエアバック、乗員の膝部分を保護するための運転席・助手席のニーエアバック等を含んでもよい。
【0065】
また、乗員姿勢の検知には、シートベルト53が引き出された方向(アンカー角)や、シートベルトコントロールコンピューター51において把握されるシートベルト53の引き出し量等、他の要素が加味されてもよい。なお、アンカー角については、車室内カメラ等を用いて検出可能である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、自動車製造業や自動車部品製造業等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の一実施例に係る車両用乗員保護装置1の全体構成の一例を示す図である。
【図2】エアバッグ装置40の全体構成の一例を模式的に示す図である。
【図3】シートベルト装置50の全体構成の一例を模式的に示す図である。
【図4】衝突開始時から衝突終了時までの理想的な乗員姿勢の時間変化の一例を、車両と乗員との相対速度の変化と共に示す図である。
【図5】主に運転支援装置用ECU30が実行する特徴的な処理の流れを示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0068】
1 車両用乗員保護装置
10 Gセンサー
20 乗員姿勢検知用機器
30 運転支援装置用ECU
40 エアバッグ装置
41 エアバッグコンピューター
42 インフレーター
43 加圧室
44 タービン
44A、44B 翼部
45 エアバッグ
46 負圧室
47 大気圧室
48A、48B、48C、48D バルブ
49 内圧計測センサー
50 シートベルト装置
51 シートベルトコントロールコンピューター
52 シート
53 シートベルト
53A ショルダーベルト部
53B ラップベルト部
54 ラップアウタアンカ
55 ショルダアンカ
56 タングプレート
57 バックル
60 リトラクター装置
62 張力センサー
70 ステアリングホイール可動機構
71 ステアリングコンピューター
80 多重通信線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乗員姿勢を検知する乗員姿勢検知手段と、
車両の衝突時の衝撃から乗員を保護する乗員保護手段と、を備える車両用乗員保護装置
であって、
該乗員保護手段の作動出力を変更する作動出力可変手段と、
前記乗員保護手段の目標出力を決定すると共に、該目標出力が実現されるように前記作動出力可変手段を制御する制御手段と、を備え、
該制御手段は、前記乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、前記乗員保護手段の目標出力を動的に変化させることを特徴とする、
車両用乗員保護装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用乗員保護装置であって、
前記制御手段は、前記乗員姿勢検知手段により検知された乗員姿勢に基づいて、前記乗員保護手段の目標出力に対するフィードバック制御を行なう手段である、車両用乗員保護装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の車両用乗員保護装置であって、
車両の加速度を検出する加速度検出手段を備え、
前記制御手段は、前記加速度検出手段により検出された車両の加速度に基づいて、前記乗員保護手段の目標出力を動的に変化させることを特徴とする、
車両用乗員保護装置。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の車両用乗員保護装置であって、
前記制御手段は、衝突状態が終了したことを示す所定の終了条件が成立したときに、前記乗員保護手段の作動を停止することを特徴とする、
車両用乗員保護装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−49718(P2008−49718A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−224884(P2006−224884)
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】