説明

電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子

【課題】高精度の磁気記録用読み取りヘッドに最適な電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子を提供する。
【解決手段】CPP−GMR素子は、ホイスラー合金薄膜4,6間にスペーサ層5を配した構造を持つCPP−GMR素子であって、前記ホイスラー合金薄膜4,6が、B2規則構造を持つホイスラー強磁性合金からなり、スペーサ層5がB2規則構造を持つ金属間化合物からなることを特徴とし、また、前記CPP−GMR素子において、前記ホイスラー強磁性合金が、CoFeAlSiホイスラー強磁性合金であり、前記金属間化合物が、NiAl金属間化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホイスラー合金薄膜間にスペーサ層を配した構造を持つ電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子に関する。
【背景技術】
【0002】
電流垂直型巨大磁気抵抗(Current−perpendicular−to−plane giant magnetoresistance、 以下CPP−GMR)素子を磁気記録用読み取りヘッドに応用するためには、現状よりも高い磁気抵抗を達成する必要がある。
そのためには、
1)強磁性体が高いスピン分極率をもつこと
2)強磁性体と電子のバンド構造の整合性のよい非磁性スペーサ層を選択すること
が求められる。
前記2)については、L2規則構造の強磁性ホイスラー合金に対し、L2規則構造の非磁性ホイスラー合金を使用することがアメリカの企業によって提案されており、アメリカでの特許も取得されている(特許文献1)。L2構造とは図1に示すように3元系が構造規則化したものであり、それより1段階低い構造規則がB2構造であり、さらに規則度が低下したものがA2構造(体心立方構造)である。ホイスラー合金の熱的に最も安定な構造はL2構造であるが、スパッタリング法をはじめとした薄膜作製法は非平衡な過程であるために、得られる薄膜はB2またはA2構造である。この、L2規則構造の強磁性ホイスラー合金に対し、L2規則構造の非磁性ホイスラー合金を使用した磁気ヘッドの提案では、下部強磁性層/非磁性スペーサ層/上部強磁性層のいずれもが十分に高いL2規則構造を有する場合に効果を発揮すると考えられるが(実際、この特許の根拠となる電子構造計算は完璧なL2規則を仮定して実施されている)、実デバイスにおける数ナノメートルという薄い膜厚において高いL2規則構造を実現することは、現在の技術ではきわめて困難である。また、規則度の向上には高温での熱処理が不可欠であるが、そのような熱処理は実デバイス中の人工フェリ構造に損傷を与え、性能の低下に繋がりかねない。それゆえ、L2構造のホイスラー合金を使用することは、現状の磁気記録用読み取りヘッド製造プロセスに適応しがたいものであり、実際に使用されることはなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明はこのような実情に鑑み、高精度の磁気記録用読み取りヘッドに最適な電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1のCPP−GMR素子は、ホイスラー合金薄膜間にスペーサ層を配した構造を持つCPP−GMR素子であって、前記ホイスラー合金薄膜が、B2規則構造を持つホイスラー強磁性合金からなり、スペーサ層がB2規則構造を持つ金属間化合物からなることを特徴とする。
発明2は、発明1のCPP−GMR素子において、前記ホイスラー強磁性合金が、CoFeAlSiホイスラー強磁性合金であり、前記金属間化合物が、NiAl金属間化合物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明では実デバイス中での薄膜では実現が困難なL2規則構造ではなく、一段階低い結晶規則構造であるB2規則をもつ強磁性ホイスラー合金に対し、B2規則非磁性合金を使用するものであるため、薄膜においても実現が容易であり、工業的応用に現実的な選択といえる。
また、非特許文献3(これは上記特許文献1の技術を用いた実験に関する報告である。)のCPP−GMR素子では6.7%の磁気抵抗比が報告されているが、本発明によるB2規則CoFeAlSl/NiAl/CoFeAlSi CPP−GMR素子はより高い9%の磁気抵抗比を示した(下記素子番号2および3)。
さらなる利点として、CPP−GMR素子を現実の読み取りヘッドに応用する際には、素子の総膜厚が制限されるが、本発明でのCoFeAlSl/NiAl/CoFeAlSi CPP−GMR素子においては、強磁性層の膜厚を低減させた場合でも、磁気抵抗変化量および磁気抵抗比の減少は小さく、読み取りヘッド応用に有利である(下記素子番号1)。
またNiAl合金は高い耐熱性を持つ合金であることから、製造プロセス中の積層膜内での原子拡散が抑制できることも期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】ホイスラー合金の構造規則化を示す模式図。
【図2】実施例のCPP−GMR素子の層構造を示す模式図。
【図3】素子番号2のCPP−GMR素子のX線回折プロファイル。
【図4】素子番号2のCPP−GMR素子の磁気抵抗曲線を示すグラフ。
【図5】素子番号1のCPP−GMR素子の磁気抵抗曲線を示すグラフ。
【図6】層間結合型CPP−GMR素子の磁気抵抗曲線を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明のCPP−GMR素子の特徴は、B2規則構造を有する強磁性ホイスラー合金(高いスピン分極率が過去に報告されている)に対しB2規則構造を有する金属間化合物を用いた点にある。
実施例として、B2規則構造のCoFeAlSiホイスラー強磁性合金と、B2規則構造のNiAl金属間化合物を用いた、CoFeAlSl/NiAl/CoFeAlSi積層構造の例を示した。
本発明の趣旨はB2規則構造の強磁性ホイスラー合金層と同じ結晶対称性をもつB2規則合金およびB2金属間化合物をスペーサ層に適用するということである、強磁性層として使用するホイスラー合金はCoFeAlSiのみに限られるものではなく、同じB2規則構造を持つCoMnSi、CoMnGe、CoFeAl、CoFeSi等も下記実施例と同様な効果を発揮し得るものと考えられる。
また、スペーサ層としてもNiAlの他に、同様なB2規則構造を持つ金属間化合物であるCuZn、 CuBe、 AgMg等も下記実施例と同様な効果を発揮し得るものと考えられる。
【0008】
下記実施例1に示す素子の構造(フルエピタキシャルであるかどうか、各層の膜厚)および作製プロセス(熱処理のタイミングおよび温度)は1つの例であり、本発明の趣旨であるB2規則合金およびB2金属間化合物の適用がこれらに制限されるものではない。
【実施例1】
【0009】
図2に示したCPP−GMR素子に関して以下に説明する。
まず、超高真空マグネトロンスパッタ法でMgO(001)単結晶基板(1)上に、10nm厚のCr層(2)、100nm厚のAg層(3)、表1に示す厚さのCoFeAlSi第一ホイスラー合金層(下部強磁性層)(4)を作製した。
この直後、表1に示す第一熱処理をその場処理で行い、それが終了した後に、引き続き、4nm厚のNiAlのスペーサ層(5)、5nm厚のCoFeAlSi第二ホイスラー合金層(上部強磁性層)(6)、2nm厚のCoFe層(7)、10nm厚のIrMn層(8)、そして8nm厚のRu層(9)を順次作成した。すべての薄膜層の作製時における基板温度は室温付近である。
そして、スパッタ処理を終了した後に、表1に示す磁場中に配置して、第二熱処理を行い、表1に示す各フルエピタキシャルなスピンバルブ型CPP−GMR素子を作成した。
CoFeAlSi、 NiAl、 CoFe、 IrMn合金のターゲット組成は、それぞれ50%Co‐25%Fe‐15%Al‐10%Si、 50%Ni‐50%Al、 50%Co‐50%Fe、 22%Ir‐78%Mn(いずれも原子パーセント)である。
【表1】

【0010】
CoFeAlSi合金層、NiAl合金層ともにB2規則構造を有することがX線回折プロファイルに見られるCoFeAlSi (200)面およびNiAl (100)面からの回折ピークの存在から明らかである。すなわち、本発明のCPP−GMR素子はオールB2規則構造のCPP−GMR素子である。(図3)
【0011】
フォトリソグラフィー、電子線リソグラフィーおよびアルゴンイオンエッチングによって、0.1 μm×0.2 μmから0.3 μm×0.6 μmの大きさをもつ楕円形の素子に微細加工した。
この楕円形素子を直流4端子法により、磁気伝導特性を測定した。
その結果を表1に示すとともに、図4、図5に例示する。
当該測定結果から、磁気抵抗比は、下部強磁性層の厚さに対する依存性が少ないことが明らかになった。このことは、膜厚が制限される磁気ヘッドへの応用にとって大きな利点である。
【0012】
前記第二熱処理による処理温度400 °Cと500 °Cの間で、素子の磁気抵抗特性に大きな差は見られなかったことから、熱処理によるNiAl非磁性スペーサ層の拡散による劣化は無視できると考えられる。
【0013】
CPP−GMR特性の向上にはホイスラー合金の規則度の向上が有効であることが、非特許文献3に示されているため、高温熱処理を可能にするCPP−GMRの向上に有効であると考えられる。
【実施例2】
【0014】
NiAlスペーサ層の膜厚を調節することで、ホイスラー合金/NiAl/ホイスラー合金3層膜において層間交換結合型GMR素子を作製できる。
素子構造はMgO(001)基板/Cr (10 nm)/ Ag (100 nm)/ CoFeAlSi (20 nm)/ NiAl (0.8 nm)/ CoFeAlSi (7 nm)/ Ru (8 nm)であり、下部CoFeAlSi作製後に真空容器内で500°Cで0.5時間熱処理し、その後NiAlより上の層は未熱処理である。図6に例示する。
【産業上の利用可能性】
【0015】
高密度磁気記録(典型的には1テラビット/平方インチ以上)を達成するためには、高速な読み出しレートが必要となる。読み取りヘッド素子の抵抗と回路の浮遊容量はローパスフィルタを形成し、高周波数の信号を通すことができないため、小さな素子抵抗をもち、かつ信号/雑音比をよくするために高い磁気抵抗効果を実現する必要がある。現在の磁気ヘッドにはトンネル磁気抵抗効果を利用したものが使用されているが、このタイプの素子はトンネル現象を利用しているため、素子抵抗をある程度以下に小さくすることが困難である。一方CPP−GMR素子はすべて金属でできているために原理的に低抵抗であり有利である。本発明では、スペーサ層にNiAl合金を適用することにより、磁気ヘッド化の条件である小さい膜厚(本実施例ではCoFeAlSi電極層5nm)の場合でも、低い素子抵抗(RA=60 mΩμm以下)、高い磁気抵抗変化量(ΔRA=5 mΩμm程度)および磁気抵抗比(9%)を達成した。
また、0.8nm厚NiAlスペーサを用いた素子では、10%の磁気抵抗比を示す層間結合型CPP−GMRを示した。これはマイクロ波発生源として利用できる可能性があり、マイクロ波補助磁気記録書き込みヘッドとしての用途が有望である。
【符号の説明】
【0016】
(1)単結晶基板
(2)Cr層
(3)Ag層
(4)第一ホイスラー合金層(下部強磁性層)
(5)スペーサ層
(6)第二ホイスラー合金層(上部強磁性層)
(7)CoFe層
(8)IrMn層
(9)Ru層
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】USP6、876、522
【特許文献2】特開2004−146480
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Applied Physics Letters 88、 222504 (2006)
【非特許文献2】Applied Physics Letters 93、122507 (2008)
【非特許文献3】Applied Physics Letters 94、012511 (2009)
【非特許文献4】Applied Physics Letters94、222501 (2009)
【非特許文献5】Applied Physics Letters 89、 112514 (2006)
【非特許文献6】日本応用磁気学会誌 31、 89 (2007)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホイスラー合金薄膜間にスペーサ層を配した構造を持つ電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子であって、前記ホイスラー合金薄膜が、B2規則構造を持つホイスラー強磁性合金からなり、スペーサ層がB2規則構造を持つ金属間化合物からなることを特徴とする電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子。
【請求項2】
請求項1に記載の電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子において、前記ホイスラー強磁性合金が、CoFeAlSiホイスラー強磁性合金であり、前記金属間化合物が、NiAl金属間化合物であることを特徴とする電流垂直型巨大磁気抵抗(CPP−GMR)素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−35336(P2011−35336A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−182968(P2009−182968)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】