説明

高誘電体薄膜形成用塗布組成物、その製造方法及びそれを用いた高誘電体膜

【課題】濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】特定の混合溶剤を用いて特定の条件でアルカリ土類金属元素の有機酸塩液(A)を調製する工程、特定の有機溶剤を用いて特定の条件でチタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド液(B)を調製する工程、有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)を用いて特定の条件で複合有機酸塩液(C)を合成する工程、及び特定の組成の希釈液を用いて金属濃度を調整する工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高誘電体薄膜形成用塗布組成物、その製造方法及びそれを用いた高誘電体膜に関し、さらに詳しくは、有機酸塩熱分解法(以下、MOD法と呼称する場合がある。)によるペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物を効率的に製造する方法、その方法によって得られる高誘電体薄膜形成用塗布組成物、及びそれを塗布液として用いて形成される様々な用途のキャパシタ材料等に有用な高誘電体膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コンデンサ素子の小型化、また半導体集積回路の高集積化に伴い、薄膜コンデンサ及び半導体集積回路装置の容量絶縁膜、DRAMのキャパシタ材料等に使用されるキャパシタ絶縁膜としては、誘電率の高い物質が求められている。このような高誘電率を有する物質としては、ペロブスカイト型の結晶構造を持つ複合酸化物が知られている。例えば、チタン酸バリウム(BaTiO)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)、チタン酸カルシウム(CaTiO)、チタン酸バリウムストロンチウム((Ba、Sr)TiO)等のチタン酸バリウム系誘電物質が注目されている。
【0003】
また、このような高誘電率を有する物質の薄膜形成法としては、スパッタリング法、ゾルゲル法、MOD法、CVD法等が行なわれている。しかしながら、スパッタリング法及びCVD法には、いずれも装置が複雑であり、また、膜形成速度が遅いという欠点を有する上に膜を形成することできる面積が小さいため、大面積の膜を得ることができないという問題点がある。これに対して、ゾルゲル法又はMOD法では、熱分解によりペロブスカイト型複合酸化物を形成する化合物を含有する液状材料を基板上に塗布し焼成するという比較的単純なプロセスにより、安価な設備で大面積の薄膜が得られるという利点があり、工業的に量産性に優れた有望な方法である。
【0004】
従来、ゾルゲル法、MOD法等の塗布法に用いられる高誘電体薄膜形成用塗布組成物について、例えば、次の(イ)〜(ハ)が提案されている。
(イ)バリウム及びチタンの金属石鹸を使用する(例えば、特許文献1参照。)。
(ロ)酢酸バリウム等のカルボン酸バリウム塩と、チタンイソプロポキシドの原料をエチレングリコールモノメチルエーテルを含む有機溶媒に溶解し、これを加水分解してチタン酸バリウム薄膜形成用組成物とする(例えば、特許文献2参照。)。
(ハ) カルボン酸バリウム塩、カルボン酸ストロンチウム塩、及びチタンイソプロポキシドを原料としてエステルとした有機溶媒に溶解し、チタン酸バリウムストロンチウム薄膜形成用組成物とする(例えば、特許文献3参照。)。
【0005】
しかしながら、これらの提案においては、多くの技術的課題があり、実用上の問題があった。例えば、(イ)では、焼成での金属石鹸の熱分解時にバリウム及びストロンチウムの炭酸塩は生成されないが、有機成分の揮発による重量変化が大きいため、形成される薄膜にクラックが発生したり、膜の収縮が大きくなるという問題が生じる。また、(ロ)では、原料にカルボン酸塩を用いるため、焼成での結晶化の際に800℃を超える高温が必要である。これにより、絶縁性の悪化が避けられず、リーク電流が大きいために実用化には至っていない。この悪化原因は、高温焼成による膜の急激な収縮、或いは下地電極との反応等により、薄膜内に微小なクラック又はボイドが発生するためと考えられる。また、(ハ)では、溶剤にエステルを用いることで、有機成分の揮発による重量変化は小さく、クラックの発生及び膜の収縮は生じにくい。しかしながら、高価なカルボン酸バリウム塩、カルボン酸ストロンチウム塩を用いなければならないこと、下地電極に金属膜を用いた場合に濡れ性が悪く塗膜の均一性が得られにくいこと、さらに溶剤がエステルのみであると外気による保存性が悪化してしまうこと等の問題があった。
【0006】
以上のように、ペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成に用いられる塗布液においては、液の保存性、形成される膜のクラックの発生、膜の収縮、塗膜の均一性等の課題を解決することが求められ、そのため、これらに有効に作用することを基準として有機溶媒が選ばれて用いられていた。
ところで、これらの塗布液は、膜のクラックの発生を極力抑制するため、液濃度を希薄化する傾向にあった。一方、高誘電体薄膜は、均一性を向上させるために、塗布液を滴下した後、スピンコートして形成される。このとき、液濃度を希薄化すると、1回で得られる塗膜厚みは薄く、所望の膜厚を得るには5〜6回の繰り返し塗膜が必要となる。このため、膜形成に時間がかかるため生産性に問題が生じていた。また、塗布液を酸化物基板等の凹凸の激しい面に塗膜した場合、塗布液の濡れ性又は粘度によって、液のはじきによる塗膜の均一性の低下、又は穴等の欠陥の発生による膜表面の平坦性の低下が生じていた。これらの問題を改善するため、塗布液の構成成分として高粘性の有機溶媒を使用すると、塗布で使用する針先ノズルが詰まるという問題があった。
【0007】
すなわち、ペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成に用いられる塗布液においては、液の保存性、形成される膜のクラックの発生、膜の収縮、塗膜の均一性、膜表面の平坦性等の性能上の課題のすべてを満足させることが困難であった。
以上の状況から、液の保存性、形成される膜のクラックの発生、膜の収縮等の基本的な課題の解決とともに、さらに濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が得られる塗布液を製造する方法が求められていた。なお、前記ハンドリング性とは、塗膜時の使用特性を表す。通常、生産で使用される基板は大型であるため、乾燥速度が速すぎると塗布開始直後と最後では乾燥差が生じ、塗膜にむらが発生する。このため、乾燥速度を制御するために高沸点剤(レベリング剤)を添加することもあるが、逆に乾燥速度が遅くなると乾燥するまでに時間が掛かり、生産性が悪化する。これより、乾燥速度には適度なものが要求される。
【0008】
【特許文献1】特開平1−308801号公報(第1頁)
【特許文献2】特開平1−100024号公報(第1頁)
【特許文献3】特開平8−337421号公報(第1頁、第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、MOD法によるペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物を効率的に製造する方法、その方法によって得られる高誘電体薄膜形成用塗布組成物、及びそれを塗布液として用いて形成される様々な用途のキャパシタ材料等に有用な高誘電体膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、ペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜を形成する際に用いる高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法について、鋭意研究を重ねた結果、特定の混合溶剤を用いて特定の条件でアルカリ土類金属元素の有機酸塩液(A)を調製し、一方、特定の有機溶剤を用いて特定の条件でチタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド液(B)を調製した後、得られた有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)とを用いて特定の条件で複合有機酸塩液(C)を合成し、次いで特定の組成を有する希釈液を用いて特定の条件で調製したところ、MOD法によるペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、下記の工程(1)〜(4)を含むことを特徴とする高誘電体膜形成用塗布組成物の製造方法が提供される。
工程(1):バリウム、ストロンチウム、マグネシウム及びカルシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素の金属、そのアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール、カルボン酸類及びエステル類からなる混合溶剤に添加した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に80〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lの有機酸塩液(A)を調製する。
工程(2):チタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール又はエステル類のいずれかの溶剤中に添加して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lのアルコキシド液(B)を調製する。
工程(3):有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)とを、前者に含まれる金属元素の合計量と後者に含まれる金属元素の合計量とがモル比で等しくなるような配合割合で混合した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に100〜150℃の温度で加熱処理して、複合有機酸塩液(C)を合成する。
工程(4):前記複合有機酸塩液(C)を原液として用いて、該原液に、まず2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、イソプロピルアルコール、2−メチル−1−プロパノール、又は1−ブタノールから選ばれる少なくとも1種の溶剤からなり、さらにマレイン酸又はマレイン酸エステルを該原液に対して1.0〜5.0重量%に当たる添加割合で配合した希釈液(D)を添加し、次いで大気中100〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度を0.2〜0.8mol/Lに調整する。
【0012】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法において、
前記工程(3)に続いて、下記の工程(3´)を行い、工程(3´)から得られる濃縮液を原液として用いて、工程(4)を行なうことを特徴とする高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法が提供される。
工程(3´):前記複合有機酸液(C)を、窒素又は不活性ガス雰囲気下に120〜140℃の温度で加熱処理し、複合反応を促進させながら、溶剤の一部を揮発させて濃縮し、金属元素濃度が1.0〜1.2mol/Lの濃縮液を得る。
【0013】
また、本発明の第3の発明によれば、第1又は2の発明において、工程(1)で溶剤として用いられる混合溶剤の配合割合は、2−メチル−1−ブタノール100容積部に対して、カルボン酸類が50〜100容積部、エステル類が50〜200容積部であることを特徴とする高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法が提供される。
【0014】
また、本発明の第4の発明によれば、第1〜3いずれかの発明において、前記カルボン酸類は、2−エチルヘキサン酸であることを特徴とする高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法が提供される。
【0015】
また、本発明の第5の発明によれば、第1〜3いずれかの発明において、前記エステル類は、酢酸ブチル、酢酸ヘキシル又は酪酸ブチルから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法が提供される。
【0016】
また、本発明の第6の発明によれば、第1又は2の発明において、前記希釈液(D)は、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、イソプロピルアルコール、2−メチル−1−プロパノール、又は1−ブタノールから選ばれる少なくとも1種の溶剤に、マレイン酸又はマレイン酸エステルを配合後、60℃以上の温度で1時間以上加熱し、次いで一昼夜放冷することにより調製することを特徴とする高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法が提供される。
【0017】
また、本発明の第7の発明によれば、第1〜6いずれかの発明の製造方法により得られる高誘電体薄膜形成用塗布組成物が提供される。
【0018】
また、本発明の第8の発明によれば、第7の発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物を用いてなる高誘電体膜が提供される。
【発明の効果】
【0019】
本発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物、その製造方法、及びそれを用いた高誘電体膜は、MOD法によるペロブスカイト型誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物、それを効率的に製造することができる方法、及びそれを塗布液として用いて形成される、薄膜コンデンサ及び半導体集積回路装置の容量絶縁膜、DRAMのキャパシタ材料等、電子デバイスにおける様々な用途のキャパシタ材料等に有用な高誘電体膜であるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物、その製造方法及びそれを用いた高誘電体膜を詳細に説明する。
1.高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法
本発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法は、下記の工程(1)〜(4)を含むことを特徴とする。
工程(1):バリウム、ストロンチウム、マグネシウム及びカルシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素の金属、そのアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール、カルボン酸類及びエステル類からなる混合溶剤に添加した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に80〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lの有機酸塩液(A)を調製する。
工程(2):チタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール又はエステル類のいずれかの溶剤中に添加して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lのアルコキシド液(B)を調製する。
工程(3):有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)とを、前者に含まれる金属元素の合計量と後者に含まれる金属元素の合計量とがモル比で等しくなるような配合割合で混合した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に100〜150℃の温度で加熱処理して、複合有機酸塩液(C)を合成する。
工程(4):前記複合有機酸塩液(C)を原液として用いて、該原液に、まず2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、イソプロピルアルコール、2−メチル−1−プロパノール、又は1−ブタノールから選ばれる少なくとも1種の溶剤からなり、さらにマレイン酸又はマレイン酸エステルを該原液に対して1.0〜5.0重量%に当たる添加割合で配合した希釈液(D)を添加し、次いで大気中100〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度を0.2〜0.8mol/Lに調整する。
【0021】
さらに、必要に応じて、上記高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法において、前記工程(3)に続いて、下記の工程(3´)を行い、工程(3´)から得られる濃縮液を原液として用いて、工程(4)を行なうことができる。
工程(3´):前記複合有機酸液(C)を、窒素又は不活性ガス雰囲気下に120〜140℃の温度で加熱処理し、複合反応を促進させながら、溶剤の一部を揮発させて濃縮し、金属元素濃度が1.0〜1.2mol/Lの濃縮液を得る。
【0022】
本発明の製造方法において、工程(1)と工程(2)とは、手順上、同時または前後のいずれであってもよいが、工程(1)、(2)の後で、工程(3)、続いて工程(4)を行なうことが必要である。この手順が違うと、作製時における安全性及び得られる塗布液の安定性と塗膜時の安全性が劣ったり、膜形成の際の焼成時に構成金属が揮発して膜組成が液組成からずれてしまうことが起こる。
すなわち、まず、適切な形態の原料を、熱分解性の高い特定の有機溶剤及びカルボン酸中に溶解し、アルカリ土類金属元素有機酸塩を含有する所定濃度の有機酸塩液とチタン、スズ又はジルコニウムから選ばれる少なくとも1種の金属のアルコキシドを含有する所定濃度のアルコキシド液を別途調製した後に、これらの液を混合してペロブスカイト型誘電物質形成用の複合有機酸塩液を合成する。また、必要に応じて、この複合有機酸塩液を一旦所定濃度に濃縮して、濃縮液を調製する。さらに、複合有機酸塩液又は濃縮液を原液として用いて、該原液に、マレイン酸又はマレイン酸エステルを所定の含有割合で配合した特定の有機溶剤からなる希釈液を添加し、次いで特定の条件で加熱処理することにより、金属元素濃度が0.2〜0.8mol/Lの高誘電体薄膜形成用塗布組成物を得る。
これらの方法によって、溶解性、塗膜性、保存性等を満足させることができるとともに、MOD法による誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物が効率的かつ安定的に製造される。
【0023】
(1)工程(1)
上記製造方法の工程(1)は、バリウム、ストロンチウム、マグネシウム及びカルシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素の金属、そのアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール、カルボン酸類及びエステル類からなる混合溶剤に添加した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に80〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lの有機酸塩液(A)を調製する工程である。
【0024】
上記工程(1)では、原料形態、並びに有機溶剤等とその配合比を選ぶことにより、有機酸塩液(A)中の金属の溶解性と保存性、さらに高誘電体薄膜形成用塗布組成物の塗膜性、及び膜欠陥の原因となる揮発又は分解性等を満足させる効果が得られる。
【0025】
上記カルボン酸塩としては、特に限定されるものではないが、酢酸バリウム、酢酸カルシウム、エチルヘキサン酸カルシウム等のカルボン酸塩が好ましい。
【0026】
上記アルコキシドとしては、特に限定されるものではなく、バリウム、ストロンチウム、マグネシウム及びカルシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素の金属のメトキシド、エトキシド、イソプロポキシド、ブトキシド等が挙げられるが、特に、適当な反応速度であることから、イソプロポキシド又はブトキシドを用いるのが好ましい。なお、アルコキシドは、一般式:M(OR )(ただし、式中Rは直鎖状又は分岐状アルキル基を、式中Mは金属元素を表す。また、式中nは2又は4である。)で表され、例えば、チタンアルコキシドの化学式はTi(OR )である。
【0027】
上記工程(1)で用いる混合溶剤としては、2−メチル−1−ブタノールと、カルボン酸類と、エステル類との3種類の溶剤からなる混合物が用いられる。その際、カルボン酸類としては、2−エチルヘキサン酸が好ましい。また、エステル類としては、酢酸ブチル、酢酸ヘキシル又は酪酸ブチルから選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
これら3種類の溶剤を組合せてなる混合溶剤を用いることにより、膜特性を悪化させることなく使用できる。しかも、溶解性に問題なく、かつ溶媒単独でも水混和性が低いため、保存性において従来のものより優れたものができる。
【0028】
上記混合溶剤の配合割合としては、特に限定されるものではないが、2−メチル−1−ブタノール100容積部に対して、好ましくはカルボン酸類が50〜100容積部、より好ましくは50〜70容積部、また、エステル類が好ましくは50〜200容積部、より好ましくは70〜140容積部である。すなわち、配合割合がこの範囲外になると、溶解が不十分となり、未溶解物が発生しやすくなり、沈殿が生成して液が不安定になる。また、これにより、液安定性は高まるので、即座にアルコキシド液(B)と混合してペロブスカイト型誘電物質を合成しなくとも、密閉容器に入れておけば3ヶ月間はまったく変化がないものが得られる。
【0029】
これに対して、エーテル類、アルコール類、カルボン酸類又はエステル類等の有機溶剤を単独で、或いは本発明の条件以外で任意に組合わせて用いると、上記効果が得られない。例えば、アルカリ土類金属元素の原料として金属を用いた場合、アルコール類又はエーテル類に容易に溶解するが、得られる有機酸塩液は水に対する安定性が欠けるため、外気に晒すことができず、また保存性が悪いという問題がある。また、低級カルボン酸塩を原料とした場合、その多くは低級アルコールに溶解しにくいため、一般的には、エステル類又はカルボン酸類を用いて溶解される。しかしながら、エステル類だけを用いると、カルボン酸塩の溶解度が低いため、保存時に粒子が析出する。さらに、誘電体薄膜の下地電極である金属膜との濡れ性が悪く、均一な膜が得られないという問題がある。一方、カルボン酸類は、溶解性が高く、かつ水混和性も低いために保存性を安定させる有用な有機溶剤であるが、加熱により揮発除去されにくい。したがって、カルボン酸類を多量に用いると、膜形成時に有機成分が残留する。エステル類とカルボン酸類の混合溶液にしても同様である。
【0030】
上記工程(1)で用いる加熱溶解条件としては、温度が80〜120℃である。すなわち、加熱温度が80℃未満では、有機酸塩の形成が不十分である。一方、加熱温度が120℃を超えると、有機溶剤の揮発が活発になる。
例えば、上記混合溶剤を40〜80℃に加熱し、原料を投入して溶解させると、溶解熱により温度上昇し120℃まで達する。また、加熱時間としては、特に限定されるものではなく、1〜10時間が好ましく、有機酸塩の生成が十分に行なわれる時間が選ばれる。
【0031】
上記工程(1)で得られる有機酸塩液(A)の金属元素濃度としては、0.2〜1.0mol/Lである。すなわち、金属元素濃度が0.2mol/L未満では、濃度が希薄なため生産性が低下し、一方金属元素濃度が1.0mol/Lを超えると、溶解が不十分になり液が安定しない問題がある。
【0032】
(2)工程(2)
上記製造方法の工程(2)は、チタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール又はエステル類のいずれかの溶剤中に添加して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lのアルコキシド液(B)を調製する工程である。
【0033】
上記工程(2)では、原料形態、並びに有機溶剤等とその配合比を選ぶことにより、作製時における安全性に優れたアルコキシド液(B)を得るとともに、アルコキシド液(B)中の金属の溶解性と保存性、さらに高誘電体薄膜形成用塗布組成物の塗膜性、及び膜欠陥の原因となる揮発又は分解性等を満足させる効果が得られる。
【0034】
上記工程(2)で用いるアルコキシドとしては、特に限定されるものではなく、メトキシド、エトキシド、イソプロポキシド、ブトキシド等が挙げられるが、特に、適当な反応速度であることから、イソプロポキシド又はブトキシドを用いるのが好ましい。
また、上記工程(2)において用いるカルボン酸塩としては、特に限定されるものではなく、酢酸塩又はエチルヘキサン酸塩を用いることができる。
【0035】
上記エステル類としては、酢酸ブチル、酢酸ヘキシル又は酪酸ブチルから選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
【0036】
上記工程(2)で用いる加熱溶解条件としては、特に限定されるものではないが、20〜60℃の温度が好ましい。すなわち、加熱温度が20℃未満では、金属アルコキシドの形成が不十分である。一方、加熱温度が60℃を超えると、有機溶剤の揮発が活発になる。また、加熱時間としては、特に限定されるものではなく、10分〜2時間が好ましく、金属アルコキシドの形成が十分に行なわれる時間が選ばれる。
【0037】
上記工程(2)において得られるアルコキシド液(B)の金属元素濃度としては、0.2〜1.0mol/Lである。すなわち、金属元素濃度が0.2mol/L未満では、濃度が希薄になると生産性が低下し、一方、金属元素濃度が1.0mol/Lを超えると、溶解が不十分となり液が安定しない。
【0038】
(3)工程(3)
上記製造方法の工程(3)は、有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)とを、前者に含まれる金属元素の合計量と後者に含まれる金属元素の合計量とがモル比で等しくなるような配合割合で混合した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に100〜150℃の温度で加熱処理して、複合有機酸塩液(C)を合成する工程である。ここで、有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)が反応して、熱分解によりペロブスカイト型複合酸化物を形成する複合有機酸塩が合成される。
【0039】
上記工程(3)では、有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)の配合比を上記の条件で選ぶことにより、複合有機酸塩液(C)中の金属の溶解性と保存性、さらに高誘電体薄膜形成用塗布組成物の塗膜性、及び膜欠陥の原因となる揮発又は分解性等を満足させる効果が得られる。
【0040】
上記工程(3)で用いる加熱条件としては、温度が100〜150℃である。すなわち、加熱温度が100℃未満では、合成反応が不十分であり構成元素が単独で存在し、加水分解速度に差が生じて膜組成の均一性が劣る。一方、加熱温度が150℃を超えると、有機溶媒の揮発が活発化するだけでなく、金属アルコキシドも同時に揮発して組成ずれが起こる。また、加熱時間としては、特に限定されるものではなく、2〜10時間が好ましく、合成が十分に行なわれる時間が選ばれる。
【0041】
(4)工程(3´)
上記製造方法の工程(3´)は、前記工程(3)により得られた複合有機酸液(C)を、窒素又は不活性ガス雰囲気下に120〜140℃の温度で加熱処理し、複合反応を促進させながら、溶剤の一部を揮発させて濃縮し、金属元素濃度が1.0〜1.2mol/Lの濃縮液を得る工程である。なお、工程(3´)は、濃縮による膜特性への影響も少ないので、必要に応じて行なわれる。
【0042】
上記工程(3´)で用いる加熱処理の温度としては、合成反応が進行する120〜140℃である。すなわち、温度が120℃未満では、溶剤の揮発が遅い。一方、温度が140℃を超えると、金属アルコキシの揮発が起こる。ここで、加熱しながら窒素又は不活性ガスを導入することにより、溶媒の一部を揮発させ、液を濃縮して、一旦、金属元素濃度が好ましくは1.0〜1.2mol/Lの高濃度液を調製する。この際、揮発する有機溶媒の大部分は、沸点の低い2−メチル−1−ブタノール及びエステル類である。これにより濃度が高まることにより、合成反応は一層促進され前駆体を形成する。ただし、2メチル1ブタノールへの溶解度が低いため、高濃度化しすぎると析出が起こるために、金属元素濃度は1.2mol/Lが上限となる。一方、金属元素濃度が1.0mol/L未満では効果は希薄となる。
【0043】
(5)工程(4)
上記製造方法の工程(4)は、工程(3)の複合有機酸塩液(C)又は工程(3´)の濃縮液を原液として用いて、該原液に、まず2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、イソプロピルアルコール、2−メチル−1−プロパノール、又は1−ブタノールから選ばれる少なくとも1種の溶剤からなり、さらにマレイン酸又はマレイン酸エステルを該原液に対して1.0〜5.0重量%に当たる添加割合で配合した希釈液(D)を添加し、次いで大気中100〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度を0.2〜0.8mol/Lに調整する工程である。
【0044】
上記希釈液(D)に用いる溶剤としては、得られる塗布組成物の塗布時には塗布量も少なく、特に熱源も用いないので引火の問題もないため、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノールのほか、イソプロピルアルコール、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノールも使用することができる。しかしながら、設備上の問題があるようなら、2−メチル−1−ブタノールが好ましい。
【0045】
上記希釈液(D)に用いるマレイン酸又はマレイン酸エステルは、工程(3)の複合有機酸塩液(C)又は工程(3´)の濃縮液に対して1.0〜5.0重量%に当たる添加割合で配合する。すなわち、添加割合が1.0重量%未満では、濡れ性及び粘度が低く、厚膜化の効果が薄れる。一方、添加割合が5.0重量%を超えると、塗布膜を高温処理した際、膜表面の凹凸が激しくなる。上記マレイン酸エステルとしては、マレイン酸ジエチル、マレイン酸ジブチル等が挙げられる。
【0046】
上記希釈液(D)の調製方法としては、特に限定されるものではないが、上記溶剤に、マレイン酸又はマレイン酸エステルを配合後、60℃以上の温度で1時間以上加熱し、次いで一昼夜放冷することにより、完全に溶解しておくことが好ましい。すなわち、マレイン酸又はマレイン酸エステルは、アルコールに可溶性であるが、上記溶剤に完全に溶解しておかないと複合有機酸液(C)又は濃縮液に添加したときに、沈殿物の生成が生じることがある。このため、60℃以上の温度で1時間以上加熱し、その後、1昼夜放置し冷却することにより完全に溶解し問題なく使用することができる。
【0047】
上記工程(4)において、希釈液(D)を複合有機酸液(C)又は濃縮液に添加した後、加熱処理することが重要である。これにより、マレイン酸又はマレイン酸エステルを複合有機酸液(C)又は濃縮液と加熱合成させることができるので、液の塗れ性及び液安定性が一層高まる。ここで用いる加熱温度としては、100〜120℃である。すなわち、加熱温度が100℃未満では、加熱合成が不十分となり、液の塗れ性等に対する効果が希薄となる。一方、加熱温度が120℃を超えると、希釈液の揮発が活発となり、液組成の制御が難しくなる。また、加熱時間としては、特に限定されるものではなく、加熱合成を十分に促すため、1〜3時間が好ましい。
【0048】
上記工程(4)において得られる高誘電体薄膜形成用塗布組成物の金属元素濃度は、0.2〜0.8mol/Lである。すなわち、金属元素濃度が0.2mol/L未満では、濃度が希薄になるため生産性が低下し、一方、金属元素濃度が0.8mol/Lを超えると、膜加熱処理時に膜割れが生じる。
【0049】
上記工程(4)により、溶解性、塗膜性、保存性等を満足させることができるとともに、MOD法による誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物が得られる。このように、希釈液にマレイン酸又はマレイン酸エステルを配合することにより、得られる塗布組成物の濡れ性及び粘性が改良されるので、塗膜の平坦化と同時に厚膜化がなされ、所望の膜厚にするための塗膜回数を低減することができる。
【0050】
2.高誘電体薄膜形成用塗布組成物
本発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物は、上記製造方法により得られる高誘電体薄膜形成用塗布組成物であり、溶解性、塗膜性、保存性等を満足させることができるとともにMOD法による誘電体薄膜の形成において、濡れ性のいっそうの上昇による塗膜の均一性、適度な粘性による膜表面の平坦性、適度な乾燥速度によるハンドリング性、及び濡れ性と粘性の上昇による厚膜化のための生産性の向上が達成され、しかも、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができるものである。
すなわち、上記塗布組成物は、2−メチル−1−ブタノール、カルボン酸類、及びエステル類からなる有機溶剤のほかに、マレイン酸又はマレイン酸エステルを含むことにより、好適な濡れ性及び粘性により、塗膜の均一性、膜表面の平坦性、厚膜化、適度な乾燥速度による高ハンドリング性等の課題が達成される。また、同時に、マレイン酸又はマレイン酸エステルを用いない従来の塗布液と比較して、長期安定性、膜形成時の塗布性、膜熱処理時の分解性、膜の緻密性等は良好である。
【0051】
さらに、従来のマレイン酸又はマレイン酸エステルを配合しない塗布液がその低粘度と濡れ性不良のために不向きであった酸化物基板等で使用に際しても、凹凸の激しい面に塗膜しても、その膜表面の平坦性を改善することもできるという大きな利点を有する。
すなわち、例えば、EL素子の作製では、ガラス基板上に電極、誘電体ペーストを塗り、加熱して数ミクロンの誘電体層を形成するが、通常、樹脂及びペースト成分の揮発で大きな穴や亀裂が生じる。こうした誘電体層の表面の欠陥、多孔質の膜質、凹凸形状等があると、その上に蒸着法又はスパッタリング法等の気相堆積法で形成される発光層が、表面形状に追随するため平滑に形成することができない。このような基板の非平坦部に形成された発光層部には効果的に電界を印加することができないので、有効発光面積が減少したり、膜厚の局所的な不均一性から発光層が部分的に絶縁破壊を生じ、発光輝度の低下を生じるといった問題がある。このため、誘電体ペーストのビヒクル成分(ガラス等)に工夫を凝らしていたが、解決するには至っていない。また、上記従来の塗布液を用いると穴のすそ野が広がるように、いわゆる目玉状に液がはじけてしまう。これに対し、本発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物を使用すれば、同様の組成の誘電体物質を用いることにより特性を劣化させることもなく、かつスムーズに穴表面を被覆して修復することができる。
【0052】
上記高誘電体薄膜形成用塗布組成物の濡れ性としては、実施例で記載する評価方法で濡れ性を評価すると(幅/高さ)/基板厚み(単位:mm−1 )17〜50が得られ、従来のマレイン酸又はマレイン酸エステルを配合しない塗布液と比べて、1.7倍以上、好ましくは4倍以上に向上する。
上記高誘電体薄膜形成用塗布組成物の粘度としては、実施例で記載する評価方法で2〜6mPa.sが得られる。
上記高誘電体薄膜形成用塗布組成物の乾燥速度としては、実施例で記載する評価方法で0.04〜0.09g/分が得られ,従来のマレイン酸又はマレイン酸エステルを配合しない塗布液と比べて遅くなり、ハンドリング性が改善される。
なお、上記濡れ性、粘度及び乾燥速度は、希釈液の溶剤の種類、マレイン酸又はマレイン酸エステルの添加割合等により調整することができる。
【0053】
3.高誘電体膜
本発明の高誘電体膜は、上記高誘電体薄膜形成用塗布組成物を用いてなるものである。
上記高誘電体膜の形成方法としては、まず、基板上に、塗布液を滴下した後、スピンコート、ディップコート等により塗布し乾燥する。次に、400〜600℃の温度で10分〜1時間程度の仮焼成を行う。ここで、所望の膜厚にするために、塗布、乾燥、仮焼成を数回繰り返し得られた多層誘電体薄膜を、700〜900℃の温度で20分〜2時間程度本焼成して、高誘電体膜を得る。
【0054】
上記基板としては、例えば、Si、Pt/Ti/SiO/Si、Pt/Ta/SiO/Si、Pt/SiO/Si、Ru/RuO/SiO /Si、RuO/Si、RuO/Ru/SiO/Si、Ir/IrO/Si、Pt/Ir/IrO/Si、Pt/IrO/Si、Pt/TiO/SiO/Si等が挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例で用いた塗布液の評価方法及び薄膜の形成方法と評価方法は、以下の通りである。
(1)金属の分析:ICP発光分析法で行った。
(2)塗布液の評価方法:次の(イ)〜(ハ)の測定を行った。
(イ)塗布液の粘度測定:室温を25℃に保ち、B型回転式粘度計を用いて5分間測定した。
(ロ)塗布液の乾燥速度測定:120℃で10分間乾燥させ、乾燥前後の重量変化から乾燥速度を算出した。
(ハ)塗布液の塗れ性:鏡面仕上げのBaTiO基板上に滴下した直後から、側面側から10秒間CCDカメラで動画撮影した。5秒後の画像を取り出して液滴の幅及び高さの寸法を求め、[(幅/高さ)/基板厚み(単位:mm−1)]から濡れ性を評価した。
【0056】
(3)薄膜の形成方法と評価方法:塗布液をスピンコート法によりPt/TiO/SiO/Si基板上に塗布し、200℃で乾燥した後、大気中、または酸化性雰囲気中600℃で10分間の仮焼成を行った。塗布、乾燥、仮焼成を4回繰り返した後、酸素ガス気流中800℃で30分間本焼成して、チタン酸バリウム(BaTiO)誘電物質からなる薄膜を形成した。その後、下記の(ニ)、(ホ)の方法により、膜表面の光学顕微鏡観察での塗膜の空隙被覆性、及びAFM観察でのクラック及び収縮の発生を評価した。
(ニ)塗膜の均一性(空隙被覆性):塗膜表面をドライヤで20秒間冷風乾燥させ、光学顕微鏡で観察し、1mm角の範囲内で膜表面にある長径10μm以上の空隙個数を測定した。
(ホ)膜表面の平坦性:AFM観察で、平均粗度を測定した。
さらに、この上にφ0.4mmの白金上部電極を設け、AC電圧1.0V、周波数1MHz時の静電容量を求めて誘電率を算出した。
【0057】
(実施例1)
まず、工程(1)として、金属バリウムを容量比で2−メチル−1−ブタノール:2−エチルヘキサン酸:酪酸ブチル=2:1:1で配合した混合溶剤中に添加し、窒素気流中120℃で2時間攪拌混合して、Ba濃度0.8mol/Lのバリウム有機酸塩液(A)を調製した。また、工程(2)として、チタンイソプロポキシドを酪酸ブチルに添加し、大気中25℃で0.4時間攪拌混合して、Ti濃度0.8mol/Lのチタンアルコキシド液(B)を調製した。
次に、工程(3)として、モル比でバリウム:チタン=1:1となるようにバリウム有機酸塩液(A)中にチタンアルコキシド液(B)を滴下し、窒素気流中140℃で2時間攪拌混合して、金属元素濃度0.8mol/Lの複合有機酸塩液(C)を得た。
一方、イソプロピルアルコール(IPA)100mL中に、マレイン酸ジブチル2gを添加し、110℃で30分間攪拌しながら溶解した。その後、1昼夜冷却放置し、完全に溶解して希釈液(D)を調製した。
【0058】
次いで、工程(4)として、複合有機酸塩液(C)100mLに希釈液(D)100mLを添加した後、110℃で1時間加熱して塗布液を得た。得られた塗布液中の金属元素濃度は0.4mol/L、及び複合有機酸塩液(C)に対するマレイン酸ジブチル添加割合は2.0重量%であった。得られた塗布液の粘度、乾燥速度、及び塗れ性を上記塗布液の評価方法に従って測定した。
その後、上記薄膜の形成方法と評価方法に従って薄膜を形成し、膜表面の観察及び誘電率の評価を行なった。結果を表1、2に示す。なお、膜表面をAFM観察するとクラックの発生は無く、膜の収縮も大きくなかった。
【0059】
(実施例2)
希釈剤(D)として、IPA100mL中にマレイン酸ジブチル4gを添加し、110℃で30分間攪拌しながら溶解し、その後1昼夜冷却放置して得たものを用いたこと以外は実施例1と同様に行い、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L、マレイン酸ジブチル添加割合:4.0重量%)の粘度、乾燥速度、及び塗れ性の測定と膜表面の観察及び誘電率の評価を行なった。結果を表1、2に示す。なお、膜表面をAFM観察するとクラックの発生は無く、膜の収縮も大きくなかった。
【0060】
(実施例3)
希釈剤(D)として、IPA100mL中にマレイン酸ジエチル1gを添加し、110℃で30分間攪拌しながら溶解し、その後1昼夜冷却放置して得たものを用いたこと以外は実施例1と同様に行い、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L、マレイン酸ジエチル添加割合:1.0重量%)の粘度、乾燥速度、及び塗れ性の測定と膜表面の観察及び誘電率の評価を行なった。結果を表1、2に示す。なお、膜表面をAFM観察するとクラックの発生は無く、膜の収縮も大きくなかった。
【0061】
(実施例4)
希釈剤(D)として、1−ブタノール100mL中にマレイン酸ジエチル2gを添加し、110℃で30分間攪拌しながら溶解し、その後1昼夜冷却放置して得たものを用いたこと以外は実施例1と同様に行い、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L、マレイン酸ジエチル添加割合:2.0重量%)の粘度、乾燥速度、及び塗れ性の測定と膜表面の観察及び誘電率の評価を行なった。結果を表1、2に示す。なお、膜表面をAFM観察するとクラックの発生は無く、膜の収縮も大きくなかった。
【0062】
(実施例5)
希釈剤(D)として、2−メチル−1−プロパノール100mL中にマレイン酸2gを添加し、110℃で60分間攪拌しながら溶解し、その後1昼夜冷却放置して得たものを用いたこと以外は実施例1と同様に行い、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L、マレイン酸添加割合:2.0重量%)の粘度、乾燥速度、及び塗れ性の測定と膜表面の観察及び誘電率の評価を行なった。結果を表1、2に示す。なお、膜表面をAFM観察するとクラックの発生は無く、膜の収縮も大きくなかった。
【0063】
(比較例1)
希釈剤(D)として、IPAのみを用いたこと以外は実施例1と同様に行い、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L)の粘度、乾燥速度、及び塗れ性の測定と膜表面の観察及び誘電率の評価を行なった。結果を表1、2に示す。
【0064】
(比較例2)
希釈剤(D)として、エチレングリコールのみを用いたこと以外は実施例1と同様に行ったところ、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L)は白濁した。このため塗布は不可であった。
【0065】
(比較例3)
希釈剤(D)として、IPA100mL中にマレイン酸7gを添加し、110℃で120分間攪拌しながら溶解し、その後1昼夜冷却放置して得たものを用いたこと以外は実施例1と同様に行ったところ、得られた塗布液(金属元素濃度:0.4mol/L、マレイン酸添加割合:7.0重量%)は徐々に白濁し、沈殿物が生成した。このため塗布は不可であった。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
表1、2より、実施例1〜5では、特定の混合溶剤を用いてアルカリ土類金属元素の有機酸塩液(A)を調製する工程、特定の有機溶剤を用いてチタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド液(B)を調製する工程、及び有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)を用いて複合有機酸塩液(C)を合成する工程を順次行ない、さらには得られた複合有機酸塩液(C)に、所定の溶剤からなり、マレイン酸又はマレイン酸エステルを複合有機酸塩液(C)に対して1.0〜5.0重量%に当たる添加割合で配合した希釈液を添加することにより、金属元素濃度を0.2〜0.8mol/Lに希釈する本発明の方法に従って行われたので、得られた塗布液の粘度及び濡れ性が高く、かつ乾燥速度が早いので、MOD法によるチタン酸バリウム(BaTiO)誘電物質からなる高誘電体薄膜の形成において、塗膜の均一性と膜表面の平坦性に優れ、クラックの発生がなく、膜の収縮が小さく、かつ誘電特性に優れた誘電体薄膜を形成することができる高誘電体薄膜形成用塗布組成物からなる塗布液が効率的に得られることが分かる。
【0069】
これに対して、比較例1では、希釈液が本発明の条件に合わないので、得られた塗布液の粘度及び濡れ性が低く、かつ乾燥速度が速い等の問題があり、満足すべき結果が得られないことが分かる。なお、比較例2又は3では、塗布液が白濁するなどのため塗布が不可能であるという問題があり、満足すべき結果が得られない。
【産業上の利用可能性】
【0070】
以上より明らかなように、本発明の高誘電体薄膜形成用塗布組成物、その製造方法及びそれを用いた高誘電体膜は、薄膜コンデンサ及び半導体集積回路装置の容量絶縁膜、DRAMのキャパシタ材料等、電子デバイスにおける様々な用途のキャパシタ材料等の高誘電体膜に用いられる高誘電体薄膜形成用塗布組成物とその製造方法として好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程(1)〜(4)を含むことを特徴とする高誘電体膜形成用塗布組成物の製造方法。
工程(1):バリウム、ストロンチウム、マグネシウム及びカルシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属元素の金属、そのアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール、カルボン酸類及びエステル類からなる混合溶剤に添加した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に80〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lの有機酸塩液(A)を調製する。
工程(2):チタン、スズ及びジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素のアルコキシド又はカルボン酸塩を、2−メチル−1−ブタノール又はエステル類のいずれかの溶剤中に添加して、金属元素濃度が0.2〜1.0mol/Lのアルコキシド液(B)を調製する。
工程(3):有機酸塩液(A)とアルコキシド液(B)とを、前者に含まれる金属元素の合計量と後者に含まれる金属元素の合計量とがモル比で等しくなるような配合割合で混合した後、窒素又は不活性ガス雰囲気下に100〜150℃の温度で加熱処理して、複合有機酸塩液(C)を合成する。
工程(4):前記複合有機酸塩液(C)を原液として用いて、該原液に、まず2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、イソプロピルアルコール、2−メチル−1−プロパノール、又は1−ブタノールから選ばれる少なくとも1種の溶剤からなり、さらにマレイン酸又はマレイン酸エステルを該原液に対して1.0〜5.0重量%に当たる添加割合で配合した希釈液(D)を添加し、次いで大気中100〜120℃の温度で加熱処理して、金属元素濃度を0.2〜0.8mol/Lに調整する。
【請求項2】
請求項1記載の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法において、
前記工程(3)に続いて、下記の工程(3´)を行い、工程(3´)から得られる濃縮液を原液として用いて、工程(4)を行なうことを特徴とする高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法。
工程(3´):前記複合有機酸液(C)を、窒素又は不活性ガス雰囲気下に120〜140℃の温度で加熱処理し、複合反応を促進させながら、溶剤の一部を揮発させて濃縮し、金属元素濃度が1.0〜1.2mol/Lの濃縮液を得る。
【請求項3】
工程(1)で溶剤として用いられる混合溶剤の配合割合は、2−メチル−1−ブタノール100容積部に対して、カルボン酸類が50〜100容積部、エステル類が50〜200容積部であることを特徴とする請求項1又は2に記載の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法。
【請求項4】
前記カルボン酸類は、2−エチルヘキサン酸であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法。
【請求項5】
前記エステル類は、酢酸ブチル、酢酸ヘキシル又は酪酸ブチルから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法。
【請求項6】
前記希釈液(D)は、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、イソプロピルアルコール、2−メチル−1−プロパノール、又は1−ブタノールから選ばれる少なくとも1種の溶剤に、マレイン酸又はマレイン酸エステルを配合後、60℃以上の温度で1時間以上加熱し、次いで一昼夜放冷することにより調製することを特徴とする請求項1又は2に記載の高誘電体薄膜形成用塗布組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法により得られる高誘電体薄膜形成用塗布組成物。
【請求項8】
請求項7に記載の高誘電体薄膜形成用塗布組成物を用いてなる高誘電体膜。

【公開番号】特開2008−186710(P2008−186710A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−18984(P2007−18984)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】