説明

Vベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置

【課題】Vベルトスリップ率の演算に際し、既存するプーリ回転センサの検出値のみを用いて、センサの新設なしに当該演算を行い得るようにする。
【解決手段】S21で最ハイ変速比選択状態と判定するとき、S22で工場出荷時にメモリしておいた無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoを読み込み、S23で現在のプライマリプーリ回転数Npriおよびセカンダリプーリ回転数Nsecから実プーリ回転比λ=Npri/Nsecを算出し、S24で最ハイ時ベルトスリップ率SLip={(λ−λo)/λo}×100%を演算する。S25で、このベルトスリップ率SLipおよび最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*間の偏差ΔSLipを求め、S26,S27で、最ハイ変速比を保ってΔSLip=0にするのに必要な目標プライマリプーリ圧Ppri*を求めると共に、プライマリプーリ圧Ppriとしてそのまま用いるライン圧Pが目標プライマリプーリ圧Ppri*に一致するような駆動デューティーをライン圧制御弁に出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Vベルト式無段変速機のVベルトがプーリに対して如何なるスリップ状態であるのかを判定する目安となるベルトスリップ率を算出するVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Vベルト式無段変速機は、入力側のプライマリプーリおよび出力側のセカンダリプーリ間にVベルトを掛け渡して構成する。
そして変速可能にするために、プライマリプーリおよびセカンダリプーリをそれぞれ、プーリV溝を形成する一方の固定フランジに対し他方の可動フランジが個々のプーリ圧により軸線方向へストローク可能となす。
【0003】
変速制御に当たっては、これらプーリ圧のうち一方のプーリ圧を制御して、プライマリプーリによるVベルト挟圧力およびセカンダリプーリによるVベルト挟圧力を決定し、
プライマリプーリによるVベルト挟圧力とセカンダリプーリによるVベルト挟圧力との相関関係によってVベルト式無段変速機の変速比が決まる。
【0004】
ところでVベルト式無段変速機は、プライマリプーリおよびセカンダリプーリに対するVベルトのスリップ率が適切なものとなるよう、プライマリプーリ圧によるVベルト挟圧力およびセカンダリプーリ圧によるVベルト挟圧力を決定する必要がある。
【0005】
ちなみに、プライマリプーリ圧によるVベルト挟圧力およびセカンダリプーリ圧によるVベルト挟圧力が小さ過ぎてVベルトがスリップ過多である場合、伝動効率が低下するだけでなく、Vベルトの耐久性が悪化し、
逆にプライマリプーリ圧によるVベルト挟圧力およびセカンダリプーリ圧によるVベルト挟圧力が大き過ぎてVベルトがスリップ不足である場合も、Vベルトの耐久性が悪化するだけでなく、Vベルト挟圧力の過大分だけ動力損失が大きくなって燃費の悪化を招くという問題を生ずる。
【0006】
従って、プライマリプーリおよびセカンダリプーリに対するVベルトのベルトスリップ率が適切なものとなるよう、プライマリプーリ圧によるVベルト挟圧力およびセカンダリプーリ圧によるVベルト挟圧力を制御する必要があり、
そのためプライマリプーリおよびセカンダリプーリに対するVベルトのベルトスリップ率を算出する必要がある。
【0007】
例えばかかる要求に鑑み、ベルトスリップ率を算出する技術としては従来、特許文献1に記載のごときものが知られている。
これに記載のベルトスリップ率演算技術は、プライマリプーリおよびセカンダリプーリ間の中間位置に設けた非接触型センサによりVベルト上の検出ポイントを検出し、当該検出の間隔をモニタリングすることによりVベルトの速度を直接検出することでVベルトの速度を直接求め、かかるVベルトの速度を用いてベルトスリップ率を算出するというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平03−222234号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、ベルトスリップ率を上記のようにして演算するのでは、プライマリプーリおよびセカンダリプーリ間の中間位置に、Vベルトの速度を直接検出する専用の非接触型センサを追加して設置する必要があり、
コスト的に不利であると共に、重量増を招くという問題が発生するだけでなく、非接触型センサおよびその取り付け構造物を、限られたスペースに設置しなければならず、追加部品のレイアウトや、その設置スペースの確保に難儀するという問題も生ずる。
【0010】
本発明は、上記の問題に鑑み、新たな部品を何ら追加することなく、ベルトスリップ率を算出し得るようにしたベルトスリップ率演算装置、
具体的には、変速制御用にVベルト式無段変速機に既存するプライマリプーリ回転センサおよびセカンダリプーリ回転センサで検出したプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数を基にベルトスリップ率を算出し得るようにしたベルトスリップ率演算装置を提案し、
これにより、前記した問題をことごとく解消することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的のため、本発明によるVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置は、請求項1に記載のごとくにこれを構成する。
先ず、本発明のベルトスリップ率演算装置を用いるVベルト式無段変速機について説明するに、これは、
入力側のプライマリプーリおよび出力側のセカンダリプーリ間にVベルトを掛け渡して具え、プライマリプーリによるVベルト挟圧力とセカンダリプーリによるVベルト挟圧力との相関関係によって変速比が決まるものである。
【0012】
本発明のベルトスリップ率演算装置は、かかるVベルト式無段変速機において、
特定変速比のもと前記プライマリプーリへの入力トルクが0の無負荷時におけるプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の無負荷時プーリ回転比と、
前記特定変速比と同じ変速比のもと現在のプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の実プーリ回転比とから、
前記プライマリプーリおよびセカンダリプーリに対するVベルトのスリップ率を算出するよう構成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
かかる本発明のベルトスリップ率演算装置によれば、変速比ごとではあるが、無負荷時におけるプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の無負荷時プーリ回転比と、現在のプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の実プーリ回転比とから、Vベルトのスリップ率を算出するため、
変速制御用にVベルト式無段変速機に既存するプライマリプーリ回転センサおよびセカンダリプーリ回転センサで検出したプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数を基に当該ベルトスリップ率の演算を行うこととなる。
【0014】
従って、ベルトスリップ率の演算に際し、新たな部品を何ら追加することなくこの演算を行うことができ、コスト的に有利であると共に、重量増を招くという問題を生ずることもない。
また、新たな部品を追加する必要がないことから、それ自身およびその取り付け構造物を、限られたスペースに設置しなければならないという、レイアウト上の問題や、設置スペースの確保に関する問題も生ずることがない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のベルトスリップ率演算装置を適用可能なVベルト式無段変速機を、その変速制御システムと共に例示する概略線図である。
【図2】図1におけるVベルト式無段変速機のVベルト巻き掛け伝動部を、最ハイ変速比選択状態で示す詳細正面図である。
【図3】図1における変速制御システムの詳細を示すブロック線図である。
【図4】図1,3における変速機コントローラが実行する無負荷&最ハイ時プーリ回転比メモリ処理の制御プログラムを示すフローチャートである。
【図5】図1,3における変速機コントローラが実行する最ハイ時ベルトスリップ率演算処理およびプーリ圧(Vベルト挟圧力)制御処理の制御プログラムを示すフローチャートである。
【図6】図1〜5の実施例による最ハイ時ベルトスリップ率制御域を、従来のベルトスリップ率制御域と比較して示す、ベルトスリップ率と、プーリおよびベルト間摩擦係数との関係線図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す一実施例に基づき詳細に説明する。
<構成>
図1は、本発明のベルトスリップ率演算装置を適用可能なVベルト式無段変速機1の一例を略示するものである。
このVベルト式無段変速機1はプライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3を、両者のプーリV溝が軸直角面内に整列するよう配して具え、これらプーリ2,3のV溝に無終端Vベルト4を掛け渡して概ね構成する。
【0017】
プライマリプーリ2に同軸にエンジン5を配置し、このエンジン5およびプライマリプーリ2間に、エンジン5の側から順にロックアップトルクコンバータ6および前後進切り換え機構7を介在させる。
【0018】
前後進切り換え機構7は、ダブルピニオン遊星歯車組7aを主たる構成要素とし、そのサンギヤをトルクコンバータ6を介しエンジン5に結合して入力要素となし、キャリアをプライマリプーリ2に結合して出力要素となす。
前後進切り換え機構7は更に、ダブルピニオン遊星歯車組7aのサンギヤおよびキャリア間を直結する前進クラッチ7b、およびリングギヤを固定する後進ブレーキ7cをそれぞれ具える。
【0019】
かくて前後進切り換え機構7は、前進クラッチ7bおよび後進ブレーキ7cを共に解放するとき、エンジン5からトルクコンバータ6を経由した入力回転をプライマリプーリ2に伝達しない中立状態となり、この状態で、
前進クラッチ7bを締結する時、エンジン5からトルクコンバータ6を経由した入力回転をそのまま前進回転としてプライマリプーリ2に伝達し、
後進ブレーキ7cを締結する時、エンジン5からトルクコンバータ6を経由した入力回転を逆転減速下に後進回転としてプライマリプーリ2へ伝達することができる。
【0020】
プライマリプーリ2への回転はVベルト4を介してセカンダリプーリ3に伝達され、セカンダリプーリ3の回転はその後、セカンダリプーリ3に結合した出力軸8、終減速歯車組9およびディファレンシャルギヤ装置10を経て図示せざる左右駆動車輪に至り、車両の走行に供される。
上記の動力伝達中にプライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3間における回転伝動比(変速比)を変更可能にするために、プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3のV溝を形成する対向フランジのうち一方を固定フランジ2a,3aとし、他方のフランジ2b,3bを軸線方向へ変位可能な可動フランジとする。
【0021】
これら可動フランジ2b,3bはそれぞれ、詳しくは後述のごとくに制御されるライン圧を元圧とするプライマリプーリ圧Ppriおよびセカンダリプーリ圧Psecをプライマリプーリ室2cおよびセカンダリプーリ室3cへ供給することにより、固定フランジ2a,3aに向け附勢する。
これによりVベルト4を対向フランジ2a,2b間および3a,3b間に挟圧して、プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3間での前記動力伝達を可能にする。
【0022】
この動力伝達を司るVベルト4は、図1に示すようなV型エレメント4aを多数個、図2に示すごとく無終端バンド(図示せず)により繋ぎ止めてベルト状に構成し、V型エレメント4aを図1に示すごとく対向フランジ2a,2b間および3a,3b間に挟圧されて、プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3間での動力伝達を行う。
ちなみに図2は、プライマリプーリ2に対するVベルト4の巻き付き半径が最大にされ、セカンダリプーリ3に対するVベルト4の巻き付き半径が最小にされた、最ハイ変速比選択状態を示す。
【0023】
<変速作用>
変速に際しては、後述のごとくに制御するライン圧を元圧とし、目標変速比に対応させて発生させたセカンダリプーリ圧Psecと、ライン圧をそのまま使用するプライマリプーリ圧Ppriとの間における差圧により両プーリ2,3のV溝幅を変更して、これらプーリ2,3に対するVベルト4の巻き付き半径を連続的に変化させることで目標変速比を実現することができる。
【0024】
プライマリプーリ圧Ppriおよびセカンダリプーリ圧Psecの出力は、前進走行レンジ選択時に締結すべき前進クラッチ7bおよび後進走行レンジ選択時に締結すべき後進ブレーキ7cの締結油圧の出力と共に、変速制御油圧回路11によりこれらを制御する。
この変速制御油圧回路11は変速機コントローラ12からの信号に応答して当該制御を行うものとする。
【0025】
このため変速機コントローラ12には、プライマリプーリ回転数Npriを検出するプライマリプーリ回転センサ13からの信号と、セカンダリプーリ回転数Nsecを検出するセカンダリプーリ回転センサ14からの信号と、セカンダリプーリ圧Psecを検出するセカンダリプーリ圧センサ15からの信号と、プライマリプーリ圧Ppriを検出するプライマリプーリ圧センサ16からの信号と、アクセルペダル踏み込み量APOを検出するアクセル開度センサ17からの信号と、インヒビタスイッチ18からの選択レンジ信号と、エンジン5の制御を司るエンジンコントローラ19からの変速機入力トルク(トルクが0の無負荷情報を含む)に関した信号(エンジン回転数や燃料噴時間など)とを入力する。
【0026】
変速制御油圧回路11および変速機コントローラ12は図4に示すごときもので、先ず変速制御油圧回路11について以下に説明する。
この変速制御油圧回路11は、エンジン駆動されるオイルポンプ21を具え、これから油路22への作動油を媒体として、これをプレッシャレギュレータ弁23により所定のライン圧Pに調圧する。
油路22のライン圧Pは、一方でそのままプライマリプーリ圧Ppriとしてプライマリプーリ室2cに供給し、他方で変速制御弁25により調圧された後セカンダリプーリ圧Psecとしてセカンダリプーリ室3cに供給する。
なおプレッシャレギュレータ弁23は、ソレノイド23aへの駆動デューティーによりライン圧Pを、変速機入力トルクに対応した圧力以上となるよう制御するものとする。
【0027】
変速制御弁25は、中立位置25aと、増圧位置25bと、減圧位置25cとを有し、これら弁位置を切り換えるために変速制御弁25を変速リンク26の中程に連結し、該変速リンク26の一端に、変速アクチュエータとしてのステップモータ27を、また他端にセカンダリプーリの可動フランジ2bを連結する。
ステップモータ27は、基準位置から目標変速比に対応したステップ数Stepだけ進んだ操作位置にされ、かかるステップモータ27の操作により変速リンク26が可動フランジ2bとの連結部を支点にして揺動することにより、変速制御弁25を中立位置25aから増圧位置25bまたは減圧位置25cとなす。
【0028】
変速制御弁25の中立位置25aでは、セカンダリプーリ圧Psecが保圧され、変速制御弁25の増圧位置25bでは、セカンダリプーリ圧Psecがライン圧Pを元圧として増圧され、変速制御弁25の減圧位置25cでは、セカンダリプーリ圧Psecがドレンにより減圧される。
セカンダリプーリ圧Psecの上記増減圧により、これと、プライマリプーリ圧Ppriとの差圧が変化すると、セカンダリプーリ圧Psecの増圧時はVベルト式無段変速機1がロー側変速比へダウンシフトされ、セカンダリプーリ圧Psecの減圧時はVベルト式無段変速機1がハイ側変速比へアップシフトされ、これらによりVベルト式無段変速機1を目標変速比に向けての変速させることができる。
【0029】
当該変速の進行は、セカンダリプーリ3の可動フランジ3bを介して変速リンク26の対応端にフィードバックされ、変速リンク26がステップモータ27との連結部を支点にして、変速制御弁25を増圧位置25bまたは減圧位置25cから中立位置25aに戻す方向へ揺動する。
これにより、目標変速比が達成される時に変速制御弁25が中立位置25aに戻され、セカンダリプーリ圧Psecの保圧によりVベルト式無段変速機1を目標変速比に保つことができる。
【0030】
プレッシャレギュレータ弁23のソレノイド駆動デューティー、およびステップモータ27への変速指令(ステップ数Step)は、図1に示す前進クラッチ7bおよび後進ブレーキ7cへ締結油圧を供給するか否かの制御と共に、変速機コントローラ12によりこれらを決定する。
【0031】
プレッシャレギュレータ弁23のデューティー制御に際して変速機コントローラ12は、エンジンコントローラ19(図1参照)からの入力トルク関連情報(エンジン回転数や燃料噴射時間など)を基に求めた変速機入力トルクTiから、この変速機入力トルクTiを伝達可能となるよう、また、後述のごとくに算出したプライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3に対するVベルト4のベルトスリップ率が、Vベルト4の耐久性および伝動効率の観点から最適な目標ベルトスリップ率となるのに必要な目標プライマリプーリ圧(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3の目標Vベルト挟圧力)にライン圧Pが一致するよう、プレッシャレギュレータ弁23のソレノイド23aの駆動デューティーを決定する。
【0032】
図1に示す前進クラッチ7bおよび後進ブレーキ7cへ締結油圧を供給するか否かの制御に際して変速機コントローラ12は、インヒビタスイッチ18からの選択レンジ信号に応じて当該制御を以下のごとくに行う。
Vベルト式無段変速機1がP(駐車)レンジやN(停車)レンジのような非走行レンジにされていれば、前進クラッチ7bおよび後進ブレーキ7cへ締結油圧を供給せず、これら前進クラッチ7bおよび後進ブレーキ7cの解放によりVベルト式無段変速機1を動力伝達が行われない中立状態にする。
【0033】
Vベルト式無段変速機1がDレンジのような前進走行レンジにされていれば、前進クラッチ7bのみに締結油圧を供給して、その締結によりVベルト式無段変速機1を前進回転伝動状態となるようにする。
Vベルト式無段変速機1がRレンジのような後進走行レンジにされていれば、後進ブレーキ7cのみに締結油圧を供給して、その締結によりVベルト式無段変速機1を後進回転伝動状態となるようにする。
【0034】
ステップモータ27への変速指令(ステップ数Step)を決定するに際して変速機コントローラ12は、セカンダリプーリ回転数Nsecから求めた車速VSPと、アクセル開度APOとから、予定の変速マップをもとに目標変速比を求め、これに対応するステップ数Stepを変速指令となす。
図3のステップモータ27は、この変速指令(ステップ数Step)に応動して前記の変速作用により、Vベルト式無段変速機1の実変速比を目標変速比に一致させる。
【0035】
<ベルトスリップ率の算出>
Vベルト式無段変速機1の伝動中は前記した通り、プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3に対するVベルト4のベルトスリップ率が、Vベルト4の耐久性および伝動効率の観点から最適な目標ベルトスリップ率となるよう、ライン圧Pの制御(プーリ圧Ppri,Psecの制御)を介してプライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3によるVベルト挟圧力を制御する必要がある。
【0036】
そのために図1,3の変速機コントローラ12は、図4,5のフローチャートにより示す演算処理を行って、プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3に対するVベルト4のベルトスリップ率SLipを後で詳述するごとくに算出すると共に、このベルトスリップ率SLipに基づきプーリ圧Ppri,Psec(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3によるVベルト挟圧力)を後で詳述するごとくに制御する。
【0037】
ベルトスリップ率SLipの算出に当たっては先ず、例えば車両の工場出荷時において図4の制御プログラムを実行し、以下のように無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoを求めてメモリする。
【0038】
ステップS11においては、Vベルト式無段変速機1が特定変速比(ここでは図2に示す最ハイ変速比とする)選択状態になっているか否かをチェックする。
Vベルト式無段変速機1が最ハイ変速比選択状態になっていなければ、ベルトスリップ率SLipを算出する特定変速比(最ハイ変速比)でないから、制御をそのまま終了させて、無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoの算出と、そのメモリを行わない。
【0039】
ステップS11でVベルト式無段変速機1が特定変速比(最ハイ変速比)選択状態になっていると判定するとき、ステップS12において、今度はエンジン5が出力トルク0の無負荷状態であるか否かをチェックする。
エンジン5が無負荷状態でなければ、無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoを算出する条件が整っていないことから、制御をそのまま終了させて、無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoの算出と、そのメモリを行わない。
【0040】
ステップS11でVベルト式無段変速機1が特定変速比(最ハイ変速比)選択状態になっていると判定し、且つ、ステップS12でエンジン5が無負荷状態であると判定するときは、ステップS13において、この時におけるプライマリプーリ回転数Npriおよびセカンダリプーリ回転数Nsecから無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoを、λo=Npri/Nsecの演算により求める。
【0041】
そして次のステップS14で、上記のようにして算出した無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoを、後述するベルトスリップ率SLipの算出用にメモリしておく。
【0042】
車両の工場出荷後は図1,3の変速機コントローラ12が、図5の制御プログラムを実行して、最ハイ時ベルトスリップ率SLipを以下のようにして算出すると共に、この最ハイ時ベルトスリップ率SLipに基づくプーリ圧Ppri,Psec(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3によるVベルト挟圧力)の制御を後述のごとくに行う。
【0043】
先ずステップS21において、Vベルト式無段変速機1が前記した特定変速比と同じ最ハイ変速比を選択した状態になっているか否かをチェックする。
Vベルト式無段変速機1が最ハイ変速比選択状態になっていなければ、最ハイ時ベルトスリップ率SLipを算出する特定変速比(最ハイ変速比)でないから、制御をそのまま終了させて、最ハイ時ベルトスリップ率SLipの演算を行わない。
【0044】
ステップS21でVベルト式無段変速機1が最ハイ変速比選択状態になっていると判定するとき、制御をステップS22以降に進めて、以下のごとくに最ハイ時ベルトスリップ率SLipを演算する。
ステップS22では、図4につき前述したようにして工場出荷時にメモリしておいた無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoを読み込む。
【0045】
次のステップS23においては、今回読み込んだ現在のプライマリプーリ回転数Npriおよびセカンダリプーリ回転数Nsecから、現在の実プーリ回転比λをλ=Npri/Nsecの演算により求める。
次いでステップS24において、ステップS22で読み込んだ無負荷&最ハイ時プーリ回転比λo、および、ステップS23で算出した現在の実プーリ回転比λから、最ハイ時ベルトスリップ率SLipをSLip={(λ−λo)/λo}×100%の演算により求める。
【0046】
なお現在の実プーリ回転比λを、無負荷&最ハイ時プーリ回転比λoと同じ特定変速比と同じく最ハイ時のものとした理由は、上記のごとく無負荷時プーリ回転比λoおよび負荷時プーリ回転比λを用いてベルトスリップ率SLipを求める場合、求めたベルトスリップ率SLipがVベルト式無段変速機1の変速比に応じて異なり、無負荷時プーリ回転比λoおよび負荷時プーリ回転比λを同変速比のものとする必要があるためである。
【0047】
<ベルト挟圧力制御>
図1,3の変速機コントローラ12は、図5のステップS22〜ステップS24で上記のごとく求めた最ハイ時ベルトスリップ率SLipを用い、同図のステップS25〜ステップS27において以下のごとくにプーリ圧Ppri,Psec(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3によるVベルト挟圧力)を制御する。
【0048】
ステップS25においては、最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*と、ステップS24で演算した最ハイ時ベルトスリップ率SLipとの間におけるベルトスリップ率偏差ΔSLipを求める。
【0049】
ここで最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*について述べる。
Vベルト式無段変速機1において、プーリ2,3およびVベルト4間の摩擦係数μeffは、ベルトスリップ率SLipに対して図6に例示するごとき傾向をもって変化する。
なお図6において、正極性は前進回転伝動時の特性を、また負極性は後進回転伝動時の特性を示す。
【0050】
従来は、最ハイ変速比選択時も含めてベルトスリップ率SLipが0近辺に保たれるよう、つまりベルトスリップ率制御領域が図6にAで示す領域となるよう、プーリ圧Ppri,Psec(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3によるVベルト挟圧力)を制御していた。
しかしこの場合、プーリ2,3およびVベルト4間の摩擦係数μeffがもっと大きくて伝動効率の向上を実現可能なベルトスリップ率領域が有るにもかかわらず、この領域を有効活用していないことになる。
【0051】
そこで本実施例においては、高い伝動効率を要求される最ハイ変速比選択時は、ベルトスリップ率制御領域が図6にBで示すごとく、摩擦係数μeffの大きな領域となるよう、つまりベルトスリップ率SLipが例えば図6にSLip*で示すような値に保たれるよう、最ハイ時目標ベルトスリップ率を当該SLip*と定め、
ステップS25で、この最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*と、最ハイ時ベルトスリップ率SLipとの間におけるベルトスリップ率偏差ΔSLipを求めることとする。
【0052】
図5のステップS26においては、最ハイ変速比を保って上記のベルトスリップ率偏差ΔSLipを0となすのに必要な、つまり当該最ハイ変速比選択状態でベルトスリップ率SLipが最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*となるのに必要な目標プライマリプーリ圧Ppri*(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3の目標Vベルト挟圧力)を、フィードバックされた最ハイ時ベルトスリップ率SLip(ベルトスリップ率偏差ΔSLip)に基づくPID(P:比例制御、I:積分制御、D:微分制御)演算により求める。
【0053】
次のステップS27においては、前記した通りプライマリプーリ圧Ppriとしてそのまま用いるライン圧Pが、ステップS26で上記のごとくに求めた目標プライマリプーリ圧Ppri*に一致するようライン圧制御用の駆動デューティーを決定して、この駆動デューティーをプレッシャレギュレータ弁23のソレノイド23aに出力する。
【0054】
かかる最ハイ時ライン圧制御によれば、ベルトスリップ率SLipを最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*に保つようライン圧Pがフィードバック制御されることとなり、最ハイ変速比選択時におけるベルトスリップ率制御領域を図6にBで示す、摩擦係数μeffの大きな領域となし得る。
かように、摩擦係数μeffの大きなベルトスリップ率領域に保たれることで、Vベルト式無段変速機1の伝動効率を向上させることができる。
【0055】
なお最ハイ時目標ベルトスリップ率SLip*を図6に示すごとく、摩擦係数μeffの大きい領域のものであっても、そのうちの最も小さなベルトスリップ率に定めるため、ライン圧P(プライマリプーリ圧Ppri)を必要以上に高くすることがなく、これによる燃費の悪化は、上記伝動効率の向上により補って余りあるものである。
【0056】
<図示例の作用効果>
上記した図示例によれば、最ハイ変速比選択時ではあるが、無負荷時におけるプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の無負荷時プーリ回転比λoと、現在のプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の実プーリ回転比λとから、Vベルト4のスリップ率SLipを、SLip={(λ−λo)/λo}×100%の演算により求めるため、
変速制御用にVベルト式無段変速機1に既存するプライマリプーリ回転センサ13およびセカンダリプーリ回転センサ14で検出したプライマリプーリ回転数Npriおよびセカンダリプーリ回転数Nsecを基にベルトスリップ率SLipの演算を行い得ることとなる。
【0057】
従って、ベルトスリップ率SLipの演算に際し、新たな部品を何ら追加することなくこの演算を行うことができ、コスト的に有利であると共に、重量増を招くという問題を生ずることもない。
また、新たな部品を追加する必要がないことから、それ自身およびその取り付け構造物を、限られたスペースに設置しなければならないという、レイアウト上の問題や、設置スペースの確保に関する問題も生ずることがない。
【0058】
また、上記のようにして求めたベルトスリップ率SLipが目標ベルトスリップ率SLip*に保たれるようライン圧P(プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3のVベルト挟圧力)をフィードバック制御するに際し、目標ベルトスリップ率SLip*を図6に示すごとく、摩擦係数μeffの大きな領域における最小値としたため、
プライマリプーリ2およびセカンダリプーリ3とVベルト4との間における摩擦係数が大きくなって、Vベルト式無段変速機1の伝動効率を向上させることができると共に、Vベルト挟圧力の増大による燃費の悪化を、上記伝動効率の向上により補って余りある程度の僅かなものにし得る。
【0059】
<変形例>
なお上記実施例では、最ハイ変速比選択時におけるベルトスリップ率SLipの演算要領およびVベルト挟圧力制御のみについて述べたが、特定変速比は上記最ハイ変速比以外の変速比であってもよい。
また特定変速比は、1種類の変速比のみである必要はなく、何種類の変速比であってもよく、この場合、変速比ごとにベルトスリップ率SLipの演算およびVベルト挟圧力制御を前記したと同様に行うのは言うまでもない。
更にVベルト挟圧力制御に当たって、目標ベルトスリップ率SLip*は特定変速比ごとに任意に定め得るのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0060】
1 Vベルト式無段変速機
2 プライマリプーリ
2a 固定フランジ
2b 可動フランジ
2c プライマリプーリ圧室
3 セカンダリプーリ
3a 固定フランジ
3b 可動フランジ
3c セカンダリプーリ圧室
4 Vベルト
5 エンジン
6 ロックアップトルクコンバータ
7 前後進切り換え機構
8 出力軸
9 終減速歯車組
10 ディファレンシャルギヤ装置
11 変速制御油圧回路
12 変速機コントローラ
13 プライマリプーリ回転センサ
14 セカンダリプーリ回転センサ
15 セカンダリプーリ圧センサ
16 プライマリプーリ圧センサ
17 アクセル開度センサ
18 インヒビタスイッチ
19 エンジンコントローラ
21 オイルポンプ
23 プレッシャレギュレータ弁
25 変速制御弁
26 変速リンク
27 ステップモータ(変速アクチュエータ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力側のプライマリプーリおよび出力側のセカンダリプーリ間にVベルトを掛け渡して具え、プライマリプーリによるVベルト挟圧力とセカンダリプーリによるVベルト挟圧力との相関関係によって変速比が決まるVベルト式無段変速機において、
特定変速比のもと前記プライマリプーリへの入力トルクが0の無負荷時におけるプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の無負荷時プーリ回転比と、
前記特定変速比と同じ変速比のもと現在のプライマリプーリ回転数およびセカンダリプーリ回転数間の実プーリ回転比とから、
前記プライマリプーリおよびセカンダリプーリに対するVベルトのスリップ率を算出するよう構成したことを特徴とするVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置。
【請求項2】
請求項1に記載のVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置において、
前記特定変速比が、Vベルト式無段変速機の高速側における最ハイ変速比であることを特徴とするVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置において、
前記ベルトのスリップ率は、前記無負荷時プーリ回転比および実プーリ回転比間におけるプーリ回転比偏差を無負荷時プーリ回転比により除して算出することを特徴とするVベルト式無段変速機のベルトスリップ率演算装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−216490(P2010−216490A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60489(P2009−60489)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】