説明

ダイヤモンドの低温合成方法

【課題】 水素ガスを使わずにどのような材料の基板上にもダイヤモンドを合成することが可能な低温合成方法であって、かつ安価で簡便に合成することができるダイヤモンドの低温合成方法を提供する。
【解決手段】 基板表面近傍に対向配置した金属ポルフィリン錯体5を加熱し蒸発させながら、高周波放電プラズマを発生させて基板4a,4b表面上にダイヤモンドを合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、ダイヤモンドの低温合成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド薄膜は、高硬度、耐摩耗性、高熱伝導度、広いバンドギャップと高移動度などの優れた特性を有していることから、特殊工具へのコーティング、光学部品、ヒートシンク、高温動作半導体素子などエレクトロニクス産業やナノテクノロジー分野などの様々な分野で広く利用されている。
【0003】
これまで、ダイヤモンドの作製方法としては様々な方法が開発されているが、いずれも高温・高エネルギーの条件下で合成している。例えば、高温高圧法では数千気圧・数千℃で、CVD法やPECVD法では700−1100℃で、熱分解法では1100−1200℃で合成している。また、低圧法によるダイヤモンドの合成方法も提案されている(例えば、非特許文献1〜6参照)。
【非特許文献1】吉川昌範・大竹尚登、「図解・気相合成ダイヤモンド」、Ohmsha(1995)
【非特許文献2】吉川昌範、Kブックス 78「やさしいニューダイヤモンド 魅惑の次世代素材」、工業調査会(1991)
【非特許文献3】赤羽利昭、「おもしろいニューダイヤモンドのはなし」、日刊工業新聞社(1992)
【非特許文献4】犬塚直夫、「ダイヤモンド薄膜」、共立出版(1990)
【非特許文献5】犬塚直夫、澤渡邊厚仁、「ダイヤモンド薄膜」、産業図書(1987)
【非特許文献6】藤嶋基、吉田泰彦、山下忠孝、「低圧気相法によるダイヤモンド薄膜の展望」、機能材料、12(3),5-10(1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の高温高圧法、CVD法、PECVD法、熱分解法方法によれば、ダイヤモンドはいずれも高温条件下で合成されるものであり、上記の低圧法によれば、大過剰の水素ガスの存在とシリコン基板が必要不可欠であった。このように、従来の方法では、高温条件下またはシリコン基板上でダイヤモンドを作製するため、エレクトロニクス産業などで大量に用いられているガラス基板やプラスチック基板上に直接ダイヤモンドを作製することが不可能であり、ダイヤモンドの応用用途への発展が制限されているというのが現状である。
【0005】
そこで、この出願の発明は、以上のような背景から、上記の点を改善し、どのような材料の基板上にも水素ガスの存在無しにダイヤモンドを合成することが可能な低温合成方法であって、かつ安価で簡便に合成することができるダイヤモンドの低温合成方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、第1には、基板表面近傍に対向配置した金属ポルフィリン錯体を加熱し蒸発させながら、高周波放電プラズマを発生させて基板表面上にダイヤモンドを合成することを特徴とするダイヤモンドの低温合成方法を提供する。
【0007】
そして、この出願の発明は、第2には、上記のダイヤモンドの低温合成方法において、高周波放電プラズマの出力は、100W〜1000Wの範囲であることを特徴とするダイヤモンドの低温合成方法を提供する。
【0008】
また、この出願の発明は、上記のダイヤモンドの低温合成方法において、第3には、金属ポルフィリン錯体の中心金属が、コバルト、鉄、ニッケル、マンガン等の遷移金属であることを特徴とするダイヤモンドの低温合成方法を提供し、第4には、基板近傍の雰囲気温度が270〜290℃の範囲であることを特徴とするダイヤモンドの低温合成方法を提供し、第5には、基板は、ガラス基板、ハロゲン化アルカリ金属基板、プラスチック基板、金属基板、またはシリコン基板であることを特徴とするダイヤモンドの低温合成方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
上記第1の発明によれば、従来と比べて低温で基板上にダイヤモンドを合成することができるとともに、水素ガスを用いる必要がないため安全管理・コストの面から省エネ・省資源が達成される。さらに、特別な装置を用いることなく、通常の真空蒸着装置に高周波電源を具備した装置によって合成することができるなど、安価で簡便に合成することができる。
【0010】
上記第2の発明によれば、高周波放電プラズマの出力を100W〜1000Wの範囲とすることにより、副生成物をあまり生じさせることなく、より高品質のダイヤモンドを効率よく合成することができる。
【0011】
上記第3の発明によれば、特定の金属ポルフィリン錯体を用いることで、第1の効果をより一層向上させることができる。
【0012】
上記第4の発明によれば、基板近傍の雰囲気温度がより具体的に特定されて、基板上のダイヤモンドの合成が実現される。
【0013】
上記第5の発明によれば、エレクトロニクス産業などで大量に用いられているガラス基板、ハロゲン化アルカリ金属基板、プラスチック基板、金属基板、シリコン基板などの基板上にも直接ダイヤモンドを合成することができるため、ダイヤモンドの応用用途への発展が制限されることはない。また、以上のような材料の基板上でのダイヤモンド薄膜コーティングも可能となり、表面硬度の向上による材料の付加価値の増大、耐熱性の向上など産業上有用な合成方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
この出願の発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0015】
この出願の発明は、まず、基板表面近傍に対向配置した金属ポルフィリン錯体を加熱し蒸発させながら、高周波放電プラズマを発生させて基板表面上にダイヤモンドを合成することを特徴としている。
【0016】
基板表面上にダイヤモンドを合成する際には、Ar(アルゴン)、He(ヘリウム)等の希ガスをはじめとする各種の不活性ガスを導入してもよい。
【0017】
金属ポルフィルン錯体を加熱する方法としては、通常の真空蒸着法で用いる方法、すなわち、抵抗加熱式、電子ビーム式、高周波誘導式、レーザー式などで加熱してもよい。加熱温度としては、金属ポルフィリン錯体が蒸発する温度であればよく、例えば、室温〜390℃の範囲が考慮される。
【0018】
この出願の発明の高周波放電プラズマは、例えば、マッチングボックスを介して高周波電源が接続された電極から発生させるものであり、高周波周波数は10kHzから1GHzの範囲で、その出力は100W〜1000Wの出力範囲の高周波を利用することが好ましい。高周波放電プラズマの出力範囲が100Wより小さい場合には、副生物が生成しダイヤモンドの品質が落ちるため好ましくない。1000Wを越える場合には、表面の性状が劣るダイヤモンド薄膜が生成し実用価値が落ちるため好ましくない。
【0019】
基板としては、従来の低圧法ではシリコン基板が必要不可欠であったが、本願発明では特に制限されることはなく、ガラス基板、塩化ナトリウム基板などのハロゲン化アルカリ金属基板、プラスチック基板、金属基板、シリコン基板など、目的に応じて、各種の基板を選択することができる。
【0020】
金属ポルフィリン錯体としては、中心金属を遷移金属とし、ポルフィリン骨格を含む広い環状平面配位子を有するものであればよい。このようなポルフィリン錯体としては、プロトポルフィリン、ジューテロポルフィリン、メソポルフィリン、ヘマトポルフィリン、テトラフェニルポルフィリン、テトラナフチルポルフィリンなどが例示され、遷移金属としては、コバルト、鉄、ニッケル、マンガンなどが例示される。さらに、遷移金属にはF-、Cl-、Br-、I-のハロゲンイオンが結合していてもよい。好適な金属ポルフィリン錯体の具体例として、コバルトテトラフェニルポルフィリン錯体や塩化鉄テトラフェニルポルフィリン錯体が挙げられる。
【0021】
この出願の発明によれば、基板表面近傍に対向配置した金属ポルフィリン錯体を加熱し蒸発させて、高周波放電プラズマ中で反応を進行させ、基板上にダイヤモンド微粒子・薄膜を合成する。このため、基板を直接的に加熱することなく、金属ポルフィリン錯体を加熱することによる輻射によってのみ基板が加熱されるため、従来のダイヤモンドを合成する方法に比べて低温で合成することができる。具体的には、基板近傍の雰囲気温度が270〜290℃の範囲で基板表面上にダイヤモンドを合成することができる。
【0022】
以上のような、この発明によるダイヤモンドの低温合成方法によって、直径がサブミクロンから数十ミクロンのダイヤモンド微結晶や多結晶性ダイヤモンド薄膜を基板上に合成することができる。ここで、多結晶性ダイヤモンド薄膜はダイヤモンド微結晶が成長して薄膜化したものである。なお、ダイヤモンド微結晶の成長は、反応時間、高周波放電プラズマの出力、圧力、金属ポルフィリン錯体の蒸発速度(加熱温度など)などの条件を適宜に設定し決定される。
【0023】
以下、実施例を示してこの出願の発明についてさらに詳細に説明する。もちろん、この出願の発明は、以下の実施例に限定されるものではないことはいうまでもない。
【実施例】
【0024】
図1は、基板上にダイヤモンドを低温合成するための装置の構成の一例を模式的に示した図である。この図によれば、チャンバー(1)内に上部電極(2)と下部電極(3)が設置され、上部電極(2)の下方にガラス基板(4a)、NaCl基板(4b)が配置され、下部電極(3)の上方には試料(5)が配置されている。上部電極(2)にはマッチングボックス(6)を介してRF(Radio Frequency)発生器(7)(周波数:13.56MHz、出力:100W)が接続されており、この上部電極(2)により高周波放電プラズマを発生させる。
【0025】
上部電極(2)と下部電極(3)との間にはシャッター(8)が設けられ、電極間の距離は25mmに設定されている。下部電極(3)の下方には、ヒーター(9)が配設されており、このヒーター(9)によって下部電極(3)および試料が加熱される。なお、図1の装置では、電極間距離を25mmとしているが、試料(5)、加熱温度、高周波電源などの条件に応じて、電極間距離は適宜に設定される。
【0026】
まず、チャンバー(1)内を真空排気ポンプ(図示せず)で真空にした後、排気バルブ(10)を閉め、導入バルブ(11)を開けてマスフローコントローラー(図示せず)で設定した流量のArなどの不活性ガスをチャンバー(1)内に導入する。このとき、チャンバー(1)内を10Paとし、ガスの流量を5ml/minとした。試料(5)としては、5,10,15,20 Tetraphenyl-21H,23H porphyne cobalt(II) (CoTPP) (Aldrich Chem.co製)の粉末状のものを用いた。
【0027】
次に、上部電極(2)と下部電極(3)の間のシャッター(8)を開放しつつ、下部電極(3)を390℃まで加熱した後、高周波放電プラズマを90秒間発生させた。ガラス基板(4a)、NaCl基板(4b)表面にダイヤモンドが合成されていることが確認された。ガラス基板(4a)、NaCl基板(4b)が配置されている上部電極(2)の雰囲気温度は、輻射によって約280℃に達していることが確認された。この結果を図2に示す。
【0028】
次いで、この堆積物を走査型電子顕微鏡(SEM、JEOL JSM 7400F)観察、透過型電子顕微鏡観察(TEM、JEOL JEM 2200FS)により詳細に調べた。
<SEM観察>
図3(a)(b)それぞれにガラス基板(4a)上に合成したダイヤモンドのSEM像を示す。合成したダイヤモンドに特徴的な八面体構造の微結晶が見られる。
【0029】
図4にはガラス基板(4a)上に合成した別のダイヤモンドのSEM像を示す。ダイヤモンド微結晶が成長しフラットな表面を有するダイヤモンド薄膜が生成していることと、ダイヤモンド薄膜表面上にダイヤモンド微結晶が集合している形状が見られる。
<TEM観察>
図5(a)(b)それぞれにNaCl基板(4b)上に合成したダイヤモンドのTEM像を示す。TEM観察像もSEM観察像と同様に、ダイヤモンド微結晶が成長したダイヤモンド薄膜が生成していることが見られる。しかし、SEM像に比べてTEM像のダイヤモンド薄膜の表面では若干凹凸が大きく、ダイヤモンド薄膜の成長が基板の影響を受けて異なっていると推定される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】この出願の発明のCNTを低温合成するための装置を模式的に例示した図である。
【図2】上部電極と下部電極の雰囲気温度の関係を示したグラフである。
【図3】(a)(b)実施例においてガラス基板上に合成したダイヤモンドのSEM像である。
【図4】実施例においてガラス基板上に合成した別のダイヤモンドのSEM像である。
【図5】(a)(b)実施例においてNaCl基板上に合成したダイヤモンドのTEM像である。
【符号の説明】
【0031】
1 チャンバー
2 上部電極
3 下部電極
4a ガラス基板
4b NaCl基板
5 試料
6 マッチングボックス
7 RF発生器
8 シャッター
9 ヒーター
10 排気バルブ
11 導入バルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板表面近傍に対向配置した金属ポルフィリン錯体を加熱し蒸発させながら、高周波放電プラズマを発生させて基板表面上にダイヤモンドを合成することを特徴とするダイヤモンドの低温合成方法。
【請求項2】
高周波放電プラズマの出力は、100W〜1000Wの範囲であることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンドの低温合成方法。
【請求項3】
金属ポルフィリン錯体の中心金属が、コバルト、鉄、ニッケル、マンガン等の遷移金属であることを特徴とする請求項1または2に記載のダイヤモンドの低温合成方法。
【請求項4】
基板近傍の雰囲気温度が270〜290℃の範囲であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のダイヤモンドの低温合成方法。
【請求項5】
基板は、ガラス基板、ハロゲン化アルカリ金属基板、プラスチック基板、金属基板、またはシリコン基板であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のダイヤモンドの低温合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−143561(P2006−143561A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−339468(P2004−339468)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】