説明

回転電機制御システム

【課題】回転電機制御システムにおいて、実変調度となまし変調度との間に乖離が生じても、PWM制御モードと過変調制御モードとの間の制御モード切替に際し、過大な電流が生じることを抑制することである。
【解決手段】回転電機制御システム10は、回転電機20と、回転電機20を駆動する電源回路ブロック12と、電流フィードバックの制御ブロック22と、制御装置40で構成される。制御装置40は、実変調度と、なまし変調度とを求める変調度取得部42と、実変調度となまし変調度の間について予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替える制御モード切替部44を含んで構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電機制御システムに係り、特に、PWM制御モードと過変調制御モードとの間の切替を行う回転電機制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
回転電機の制御としては、PWM(Pulse Width Modulation)制御モードと、過変調制御モードと、矩形波制御モードを使い分けることが知られている。なお、PWM制御モードと過変調制御モードを広義のPWM制御モードとし、前者を正弦波PWM制御モード、後者を過変調PWM制御モードと呼ぶこともある。
【0003】
例えば、特許文献1には、交流電動機の制御装置として、過変調PWM制御と正弦波PWMとの間のモード切替を変調率で行うことが述べられている。変調率は変調度とも呼ばれるが、インバータの直流リンク電圧であるシステム電圧に対するモータ印加電圧である線間電圧の実効値の比である。正弦波PWMは変調率が0.61までであるが、過変調PWMは変調率が0.78まで高められる。ここでは、インバータの同一相の上下アーム素子間での短絡電流防止のために設けられるスイッチング素子のオン・オフ切替時のデッドタイムの影響がモード切替によって生じることを指摘している。そこで、例えば、正弦波PWM制御から過変調PWM制御に切替えるときに、q軸電流指令を下げることが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、交流電動機の制御装置として、変調率が0.61以下のときに正弦波PWM制御モードを、0.61を超えると過変調PWM制御モードを、0.78に達すると矩形波電圧制御モードに切り替えることが述べられている。そして、矩形波電圧制御モードから過変調PWM制御モードへは、電流位相が用いられ、電流位相が切替判定値に達すると、矩形波電圧制御から過変調PWM制御に切り替わることが述べられている。ここでは、従来技術が、矩形波電圧制御から過変調PWM制御への切替を行う切替判定にトルク指令値を用いていると述べている。そして、この場合、トルク指令値に対する実トルクの追従遅れがあると、トルク指令値が切替判定値に達しているのに、電流位相が切替判定に達していないため、切替遅れが発生し、トルク制御を不安定にすることを指摘している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−104151号公報
【特許文献2】特開2010−166707号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、回転電機の制御モードを切り替えるのに、変調率=変調度が用いられる。変調度は、インバータの直流電圧であるシステム電圧に対する回転電機印加電圧である線間電圧の実効値の比である。システム電圧と回転電機印加電圧は、時々刻々の電流指令値に応じて変化するので、変調度も回転電機の動作中に時々刻々変化する。したがって、実際の変調度を用いて回転電機の制御モードを切り替えると、チャタリングや誤動作を生じることがある。そこで、実変調度に適当ななまし処理を施したなまし変調度を用いて、回転電機の制御モードの切り替えが行われる。なまし処理とは、一種のデータ平滑化処理で、平均処理、移動平均処理、間引き平均処理等が用いられる。
【0007】
なまし変調度を用いることにすると、実変調度となまし変調度との間にずれがあるので、制御モード切替の際に、予期せぬ過電流が生じることがある。例えば、実変調度からすればPWM制御モードを実行する電圧関係であるのに、なまし変調度からは過変調制御モードである場合に、なまし変調度に従って、過変調制御モードの電圧関係に設定を変更することが生じる。このときに、電圧関係が変化するので、場合により、予期せぬ過電流が流れることがある。
【0008】
本発明の目的は、PWM制御モードと過変調制御モードとの間の制御モード切替において、過電流が生じることを抑制する回転電機制御システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る回転電機制御システムは、インバータ回路の直流電圧であるシステム電圧に対する回転電機印加電圧である線間電圧の実効値の比を変調度として、実際の変調度である実変調度と、実変調度になまし処理を施したなまし変調度を求める変調度取得部と、実変調度となまし変調度の間について予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替える切替部と、を備えることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る回転電機制御システムにおいて、切替部は、実変調度と、なまし変調度とが、共に、予め定めた切替閾値変調度を超えたときに、PWM制御モードから過変調制御モードにモード切替を行うことが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る回転電機制御システムにおいて、切替部は、なまし変調度が切替閾値変調度を超え、実変調度が切替閾値変調度以下であるとき、なまし変調度を強制的に実変調度に合わせて、PWM制御モードを継続することが好ましい。
【0012】
また、本発明に係る回転電機制御システムにおいて、切替部は、なまし変調度と実変調度との間の変調度偏差が、予め定めた許容変調度偏差以内のときに、PWM制御モードから過変調制御モードにモード切替を行うことが好ましい。
【0013】
また、本発明に係る回転電機制御システムにおいて、切替部は、回転電機の運転状態が過渡状態にあるときに、予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替えることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
上記構成により、回転電機制御システムは、実変調度となまし変調度の間について予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替える。
【0015】
また、回転電機制御システムにおいて、実変調度と、なまし変調度とが、共に、予め定めた切替閾値変調度を超えたときに、PWM制御モードから過変調制御モードにモード切替を行う。換言すれば、実変調度が切替閾値変調度を超えてなく、PWM制御モードの電圧関係にあるときは、過変調制御モードに切り替えない。これにより、制御モード切替に伴う過電流の発生を抑制できる。
【0016】
また、回転電機制御システムにおいて、なまし変調度が切替閾値変調度を超え、実変調度が切替閾値変調度以下であるとき、なまし変調度を強制的に実変調度に合わせる。このようにすることで、制御モードの切り替えが行われず、PWM制御モードを継続することになるので、なまし変調度に基づく制御モード切替で生じ得る過電流の発生を抑制できる。
【0017】
また、回転電機制御システムにおいて、なまし変調度と実変調度との間の変調度偏差が、予め定めた許容変調度偏差以内のときに、PWM制御モードから過変調制御モードにモード切替を行う。ここで、許容変調度偏差として、制御モードを切り替えても過大な電流が流れない範囲で設定することができる。
【0018】
また、回転電機制御システムにおいて、回転電機の運転状態が過渡状態にあるときに、予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替える。回転電機の運転状態が過渡状態にある1つの例は、スリップ・グリップが生じたときである。過変調制御モードにおいてスリップ・グリップが生じると、応答性をよくするために、一時的にPWM制御モードに切り替えることが行われる。このときには、変調度が過変調制御モードのときのままで、応答制御がPWM制御モードで行われることになる。そして、過渡状態が過ぎると、なまし変調度を見て、過変調制御モードに戻すか否かが判断される。過渡状態において上記のように一時的にPWM制御を実行すると、実変調度はPWM制御モードに適した値まで低下していることが多く、なまし変調度との間に差異が生じていることがある。
【0019】
このように、過渡状態にあるときは、定常制御状態に比べ、特に、なまし変調度と実変調度との間の差異が大きくなることがある。そこで、なまし変調度と実変調度との間の差異がある場合に、さらに、回転電機の運転状態が過渡状態にある場合には、実変調度となまし変調度の間について予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替えることとすれば、過渡状態における制御モード切替によって生じ得る過電流を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る実施の形態の回転電機制御システムの構成を示す図である。
【図2】本発明に係る課題の所在を説明する図である。
【図3】図2に関連して、回転電機の制御モードの切替を説明する図である。
【図4】本発明に係る実施の形態において、回転電機の制御モード切替の手順を示すフローチャートである。
【図5】図4の手順に対応して、変調度と制御モードの時間的変化を示す図である。
【図6】図5とは別の方法を用いたときの変調度と制御モードの時間的変化を示す図である。
【図7】図4とは別の手順を示すフローチャートである。
【図8】図4と異なる他の手順を示すフローチャートである。
【図9】図8の手順に対応して、変調度と制御モードの時間的変化を示す図である。
【図10】図9とは別の方法を用いたときの変調度と制御モードの時間的変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に図面を用いて本発明に係る実施の形態につき、詳細に説明する。以下では、回転電機として、車両に搭載されるモータ・ジェネレータを説明するが、車両搭載用以外の用途に用いられる回転電機であってもよい。また、以下では、車両の過渡状態として、スリップ・グリップ状態を説明するが、回転電機の制御応答を迅速に行う必要がある状態であればよく、場合によっては、負荷の急変状態、急減速状態、急加速状態等であってもよい。
【0022】
以下では、全ての図面において同様の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、本文中の説明においては、必要に応じそれ以前に述べた符号を用いるものとする。
【0023】
図1は、回転電機制御システム10の構成を説明する図である。この回転電機制御システム10は、回転電機20の動作を制御するシステムで、回転電機20と、回転電機20を駆動する電源回路ブロック12と、電流フィードバックの制御ブロック22と、制御装置40で構成される。電源回路ブロック12は、蓄電装置14と電圧変換器16とインバータ回路18で構成される。制御ブロック22は、回転電機制御システム10の中で、回転電機20と電源回路ブロック12と制御装置40を除いた部分である。
【0024】
回転電機20は、車両に搭載されるモータ・ジェネレータ(M/G)であって、インバータ回路18の側から電力が供給されるときはモータとして機能し、図示されていないエンジンによる駆動時、あるいは車両の制動時には発電機として機能する3相同期型回転電機である。
【0025】
電源回路ブロック12を構成する蓄電装置14は、充放電可能な高電圧用2次電池である。具体的には、約200Vから約300Vの端子電圧を有するリチウムイオン組電池である。組電池は、単電池または電池セルと呼ばれる端子電圧が1Vから数Vの電池を複数個組み合わせて、上記の所定の端子電圧を得るようにしたものである。
【0026】
電圧変換器16は、蓄電装置14とインバータ回路18の間に配置され、リアクトルとスイッチング素子等を含んで構成される。電圧変換器16は、蓄電装置14の端子間電圧とインバータ回路18の直流電圧との間の電圧変換を行う機能を有する。電圧変換機能としては、蓄電装置14側の電圧をリアクトルのエネルギ蓄積作用を利用して昇圧しインバータ回路18側に供給する昇圧機能と、インバータ回路18側からの電力を蓄電装置14側に降圧して充電電力として供給する降圧機能とを有する。
【0027】
蓄電装置14と電圧変換器16との間、電圧変換器16とインバータ回路18との間にそれぞれ設けられる平滑コンデンサは、電圧、電流を平滑化する機能を有する。例えば、電圧変換器16とインバータ回路18の間に設けられる平滑コンデンサは、インバータ回路18の正極側母線と負極側母線の間に設けられる。この平滑コンデンサによって平滑化されたインバータ回路18の正極側母線と負極側母線の間の電圧VHは、インバータ回路18の直流電圧で、システム電圧と呼ばれる。
【0028】
インバータ回路18は、回転電機20に接続されるスイッチング回路である。具体的には、正極側母線と負極側母線との間に、2つのスイッチング素子を直列接続し、各スイッチング素子にそれぞれダイオードを逆接続した各相アームを3相分含んで備えて構成される。インバータ回路18は、交流電力と直流電力との間の電力変換を行う機能を有する。すなわち、インバータ回路18は、回転電機20を発電機として機能させるときは、回転電機20からの交流3相回生電力を直流電力に変換し、蓄電装置14側に充電電流として供給する交直変換機能を有する。また、回転電機20を電動機として機能させるときは、蓄電装置14側からの直流電力を交流3相駆動電力に変換し、回転電機20に交流駆動電力として供給する直交変換機能を有する。
【0029】
電流フィードバックの制御ブロック22は、回転電機制御システム10において、電流フィードバック制御を行う機能を有する。制御装置40は、回転電機制御システム10を構成する各要素の動作を全体として制御する機能を有する。ここでは特に、回転電機20の制御モードの切替を適切に制御する機能を有する。電流フィードバックの制御ブロック22と制御装置40とを分けて説明するが、これらを1つの制御部あるいは制御ブロックとしてまとめてもよい。以下で述べる制御ブロック22と制御装置40の各機能は、ソフトウェアを実行することで実現することができる。具体的には、回転電機制御プログラムを実行することで実現できる。勿論、各機能の一部をハードウェアで実現するものとしてもよい。
【0030】
回転電機20をインバータ回路18によって駆動する場合に、その制御方法として、PWM制御モードと、過変調制御モードと、矩形波制御モードとを使い分けることが行われている。すなわち、回転電機20の高出力化と小型化とを両立させるためには、1パルススイッチングを用いる矩形波制御モードが必要であり、低速領域で優れた特性を有するPWM制御モードと、中速領域で用いられる過変調制御モードとの間のモード切替を行いながら、最適に回転電機20の動作が制御される。
【0031】
3つの制御モードの切替は、変調度に応じて行われる。変調度は、回転電機20の線間電圧の実効値とシステム電圧VHの比である。回転電機20の線間電圧の実効値は、後述するd軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*を用いて、{(Vd*2+(Vq*21/2で与えられる。したがって、変調度=[{(Vd*2+(Vq*21/2]/VHで求められる。そして、変調度が0.61まではPWM制御モードが行われ、変調度が0.61を超えると、過変調制御モードに切り替えられる。その意味で、変調度=0.61を、切替閾値変調度と呼ぶことができる。なお、変調度が0.78を超えるときに、矩形波制御モードが用いられる。
【0032】
制御モードの切替は、誤動作を避けるために、実際の変調度を用いる代わりに、実際の変調度に対して、なまし処理を施して得られる、なまし変調度が用いられる。
【0033】
ここで、PWM制御モードと過変調制御モードとは、電流フィードバック制御であり、電圧指令値と搬送波(キャリア)とを比較することでPWM信号を回転電機20に出力する制御である。一方、矩形波制御モードは、電気角に応じて1パルススイッチング波形を回転電機20に出力する制御であり、電圧振幅は最大値に固定され、位相を制御することでトルクをフィードバック制御している。以下では、PWM制御モードと過変調制御モードの切替について述べる。
【0034】
電流フィードバックの制御ブロック22は、インバータ回路18を介して回転電機20の動作について電流フィードバックを用いて制御する回路で、図1では、その内容が制御ブロック図で示されている。
【0035】
図1で、トルク指令値T*と回転角速度指令値ω*は、回転電機20の動作目標指令値24である。これらの指令値は、図示されていない車両のアクセル、ブレーキ等からユーザの要求トルクと要求車速を推定して算出される。
【0036】
電流指令生成部26は、回転電機20の実際の回転角速度ωと回転角速度指令値ω*とを比較し、予め作成したテーブル等を用いて、トルク指令値T*をd軸電流指令値Id*とq軸電流指令値Iq*の組として算出する機能を有する。
【0037】
減算器28は、d軸電流指令値Id*から実際のd軸電流値Idを減算してd軸電流偏差ΔIdを算出する機能を有し、減算器30は、q軸電流指令値Iq*から実際のq軸電流値Iqを減算してq軸電流偏差ΔIqを算出する機能を有する。
【0038】
実際のd軸電流値idと実際のq軸電流値iqは、3相−2相座標変換部38の機能によって、ロータの電気角と、回転電機20の各相電流値IU,IV,IWとに基づいて算出される。ロータの電気角は、図示されていないレゾルバによって検出される。各相電流値IU,IV,IWは、インバータ回路18の各相アームと回転電機20の各相コイルとを接続する電力線を流れる電流を検出することで得られる。回転電機20の各相コイルの各一方側端子が中立点で相互に接続される方式のときは、符号を含めた各相電流の和は0となるので、2つの相電流を検出することで十分である。図1では、V相電流値IVとW相電流値IWの2つを検出することが示されている。残るU相電流値IUは、IU=−(IV+IW)で求められる。
【0039】
フィードバック制御部32は、d軸電流偏差ΔIdとq軸電流偏差ΔIqについて、所定のゲインの下で比例積分制御を行ってこれらに対応する制御偏差を求め、その制御偏差に応じたd軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*を算出する機能を有する。このように、フィードバック制御部32は、比例積分(PI)制御回路である。減算器28,30と、フィードバック制御部32によって、PWM制御モードおよび過変調制御モードにおける電流フィードバックが行われる。
【0040】
指令選択部34は、制御モードの切替のときに、変調度を切替閾値変調度にリセットし直して、d軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*を算出する機能を有する。例えば、PWM制御モードから過変調制御モードに切り替える初回のときは、フィードバック制御部32によるPI制御を禁止し、代わって、指令選択部34において、変調度=切替閾値変調度=0.61として、d軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*を算出する。ここでいう変調度は、なまし変調度である。指令選択部34は、なまし変調度を切替閾値変調度に上書きし、それに基づいてd軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*を出力する回路である。
【0041】
フィードバック制御部32または指令選択部34によって出力されるd軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*は、2相−3相座標変換部36に入力される。2相−3相座標変換部36は、3相−2相座標変換部38と逆変換の関係にあるもので、ロータの電気角と、d軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*に基づいて、U相電圧VU、V相電圧VV、W相電圧VWを算出する機能を有する。算出された各相電圧は、搬送波(キャリア)と比較されて、パルス幅変調(PWM)された各相駆動信号として、インバータ回路18に出力される。
【0042】
インバータ回路18は、各相駆動信号に応じて、スイッチング素子をオンオフし、回転電機20の各相コイルに流す電流を制御して、回転電機20を回転駆動する。インバータ回路18の各相アームと回転電機20の各相コイルとを接続する電力線を流れる電流は、上記のように、3相−2相座標変換部38を介して、減算器28,30にフィードバックされる。このようにして、PWM制御モードと過変調制御モードの電流フィードバックが行われる。
【0043】
制御装置40は、特に、PWM制御モードと過変調制御モードとの間の切替を適切に実行する機能を有する。制御装置40は、実際の変調度である実変調度と、実変調度になまし処理を施したなまし変調度を求める変調度取得部42と、実変調度となまし変調度の間について予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替える制御モード切替部44を含んで構成される。
【0044】
次に、PWM制御モードから過変調制御モードに切り替えるときの課題を、回転電機20の過渡状態を例にして、図2、図3を用いて説明する。回転電機20の過渡状態として、回転電機20が過変調制御モードで動作中に、車両がスリップ・グリップ状態となった場合を取り上げる。車両がスリップ状態となると、車輪の負荷が急に軽くなるため、回転電機20の回転数が急上昇する。過変調制御モードでは、搬送波(キャリア)の周波数を回転電機20の回転数に同期させることが多く、PWM制御モードに比較して、制御応答性が遅くなっている。スリップ状態となると、回転電機20の動作状態が急変するので、緊急的に対応するため、予め定めた一時的期間だけ、応答性のよいPWM制御に切替えられる。これによって、スリップ状態に対し適切な制御を行って、グリップ状態に落ち着かせることができる。
【0045】
図2は、その時の様子を、変調度の時間的変化と、制御モードの時間的変化で示す図である。図2の上側の図は、横軸が時間、縦軸が変調度である。縦軸の切替閾値変調度は、これ以下の変調度ではPWM制御モード、これを超える変調度では過変調制御モードとなる変調度で、0.61から0.78の間で予め設定される値である。図2において、破線が実際の変調度の時間的変化を示す実変調度特性線50で、実線がなまし変調度の時間的変化を示すなまし変調度特性線52である。図2の下側の図は、横軸が時間、縦軸は、制御モードごとに異なる値をとるようにして、制御モードの違いを示している。
【0046】
時間t0は、過変調制御モードの定常状態のときである。このとき、実変調度特性線50も、なまし変調度特性線52も、共に、切替閾値変調度を超えている。時間t1は、スリップが検出されたときである。スリップ検出は、例えば、車軸回転数の単位時間当たりの変化量が予め定めた判定閾値を超えたことで行われる。スリップが検出されると、過変調制御モードから、緊急PWM制御モードに切り替えられる。図2では、時間t2において、その切替が行われ、なまし変調度特性線52が、時間t2において、なまし変調度=切替閾値変調度に上書きされて書き換えられる。
【0047】
緊急PWM制御モードに切り替えられると、なまし変調度は切替閾値変調度を超えた値であるが、制御モードは応答性のよいPWM制御モードとされる。つまり、なまし変調度は、過変調制御モードの領域の値であるが、制御そのものはPWM制御が行われる。したがって、実変調度特性線50もなまし変調度特性線52も、時間t2以降、変調度が増大する。緊急PWM制御モードでは応答性がよいので、スリップ状態からグリップ状態に速やかに遷移し、そこから変調度が低下を始める。
【0048】
緊急PWM制御モードへの切替は、過渡状態の処理のための一時的なものであるので、予め定めた所定期間が経過すると、そこでなまし変調度特性を見て、制御モードをどのようにするかが判断される。図2では、時間t2から時間t4までがその所定期間である。時間t3は、時間t4から見て、単位制御サイクル時間前の時間で、このときに、実際の制御モード判断が開始する。
【0049】
図2において、時間t4の状態を見ると、実変調度特性線50は、緊急PWM制御の効果により、グリップ状態に遷移し、回転電機20の回転数が低下することから、変調度が切替閾値変調度以下となっている。これに対し、なまし変調度特性線52は、なまし処理が施されるので、実変調度特性線50の短時間での急激な変調度変化に追従しきれずに、切替閾値変調度を超えている。このように、時間t4において、実変調度特性線50と、なまし変調度特性線52との間に乖離53が生じている。
【0050】
時間t4における制御モード切替判定は、なまし変調度特性線52に基づいて行われるので、なまし変調度特性線52が切替閾値変調度を超えていることを受けて、制御モードがPWM制御モードから過変調制御モードに切り替えられる。ここで、過変調制御モードに切り替えられると、PWM制御モードからの初回の切替であるので、フィードバック制御部32の動作が禁止され、指令選択部34によってなまし変調度が切替閾値変調度に書き換えられる。図2において、時間t4でなまし変調度特性線52が切替閾値変調度とされるのは、そのことを示している。
【0051】
ところが、時間t4において、実変調度特性線50は、変調度=[{(Vd*2+(Vq*21/2]/VHで計算された値が切替閾値変調度以下となっている。ここで、なまし変調度=切替閾値変調度とされると、なまし変調度と実変調度との間に乖離53が生じる。そこで、実変調度に対応する回転電機20の線間電圧よりも高い線間電圧となるように、制御が行われる。そのため、その線間電圧の相違分に相当する電流がインバータ回路18と回転電機20に過大に流れることになる。これが、本発明が解決しようとする課題である。
【0052】
図3は、その様子を制御モードの変化で示す図である。図3の横軸は回転電機20の回転数、縦軸は回転電機20が出力するトルクである。トルク×回転数=パワーであるので、等パワー特性線は、図3で双曲線となる。図3では、トルク最大値で制限された最大パワー特性線60が示されている。この最大パワー特性線60の範囲で、低回転数、低パワーの領域62においてPWM制御モードが用いられ、これよりも回転数が上がり、パワーが増大するに従って、過変調制御モードの領域64、矩形波制御モードの領域66となる。
【0053】
図2において、時間t0は過変調制御モードの定常状態のときであるが、その動作点は、図3において、A点で示されている。ここで時間t1においてスリップ状態となると、車輪が空転するので回転数Nが上昇し、動作点がBに変化する。ここで、過変調制御モードから緊急PWM制御モードに切り替えられる。緊急PWM制御モードは制御応答性がよいので、短時間で、スリップ状態からグリップ状態に遷移できる。グリップ状態となると、動作点が変化する。図3ではその動作点をCで示した。グリップ状態に落ち着いたところで、元の過変調制御モードに戻りたいが、上記のように、実変調度となまし変調度との間に乖離53があると、過大な電流がインバータ回路18等に流れることになる。
【0054】
図4は、PWM制御モードから過変調制御モードへ切り替える際に、過大電流が流れることを抑制する手順を示すフローチャートである。この手順は、過大電流が流れる心配がないときに限って過変調制御モードに切り替え、過大電流が流れる恐れがあるときはPWM制御モードのままとすることを内容とする。
【0055】
すなわち、PWM制御モードであるとき(S10)に、なまし変調度が切替閾値変調度を超えているか否かを判断する(S12)。判断が否定されれば、S18に進み、PWM制御モードのままとされる。
【0056】
S12の判断が肯定されると、実変調度が切替閾値変調度を超えるか否かが判断される(S14)。S14の判断が否定されると、S18に進み、PWM制御モードが維持される。S14の判断が肯定されると、S16に進み、過変調制御モードに切り替えられる。換言すれば、なまし変調度が切替閾値変調度を超えていても、実変調度が切替閾値変調度以下の場合は、過変調制御モードに切り替えない。この場合に、図1のブロック図において、指令選択部34は動作せず、なまし変調度の上書きが行われない。フィードバック制御部32が今までの電流フィードバック制御を維持する。これによって、なまし変調度と実変調度との間に乖離53が生じても、制御モードの切替が行われず、過電流が流れることもない。
【0057】
その様子を図5に示す。図5は、図2と横軸、縦軸が同じで、時間t3までの経過は図2と同じである。時間t4において、なまし変調度特性線54は、切替閾値変調度を超えているが、実変調度特性線50は、切替閾値変調度以下である。したがって、図4のS14の判断が否定され、S18に進み、PWM制御モードが維持される。したがって、なまし変調度特性線54は時間t4において強制的に切替閾値変調度に上書きされることもなく、実変調度特性線50をそのままなまし処理した特性線となる。
【0058】
上記では、時間t4において、実変調度特性線50が切替閾値変調度以下の場合、なまし変調度特性線54を切替閾値変調度に上書きしないこととして、PWM制御モードを維持することとした。PWM制御モードを維持するもう1つの方法は、時間t4において、なまし変調度を、実変調度に合わせることである。こうすれば、なまし変調度が切替閾値変調度以下となるので、図4のS12が否定され、S18に進み、PWM制御モードが維持される。
【0059】
その様子を図6に示す。図6は、図2、図5と横軸、縦軸が同じで、時間t3までの経過は図2、図5と同じである。時間t4において、なまし変調度特性線56は、実変調度特性線50と一致するところまで、みなし変調度を低下させる。これによって、PWM制御モードが維持されることになる。
【0060】
図2のように、PWM制御モードにおいて、実変調度特性線50と、なまし変調度特性線52に乖離53が生じ、なまし変調度特性線52が切替閾値変調度を超え、一方で実変調度特性線が切替閾値変調度以下となることは、回転電機20の過渡状態のときである。そこで、図4のフローチャートにおいて、過渡状態にある判定がなされたか否かの処理手順を加え、過渡状態にある判定がなされてなければ、過変調制御モードに切り替えるものとしてもよい。
【0061】
図7は、そのような手順を示すフローチャートである。ここでは、S12とS14の判断が共に肯定されると、さらに、過渡状態にある判定がなされたか否かとして、スリップ判定がなされたか否かの判断が行われる(S20)。スリップ判定は、上記のように、車軸回転数の単位時間当たりの変化量が予め定めた判定閾値を超えたか否か等で行うことができる。スリップ判定がなされていないときは、例えば、実変調度特性線50となまし変調度特性線52とがともに切替閾値変調度の近傍にあり、たまたま、なまし変調度特性線52が切替閾値変調度を超え、実変調度特性線50が切替閾値変調度以下であるときである。このようなときは、過変調制御モードに切り替えても、過大電流が流れる恐れが少ない。なお、スリップ判定がなされていれば、S20の判断が肯定され、S18に進み、PWM制御モードが維持される。
【0062】
図8は、なまし変調度と実変調度との差である変調度偏差が、予め定めた許容変調度偏差範囲であれば、過変調制御モードへ切り替えることとする手順を示すフローチャートである。
【0063】
ここでは、S12において、なまし変調度が切替閾値変調度を超えることが肯定されると、次に、変調度偏差=(なまし変調度)−(実変調度)を算出する(S22)。そして算出された変調度偏差が予め定めた許容変調度偏差を超えるときはS18に進み、PWM制御モードを維持するが、許容変調度偏差以下のときは、S16に進み、過変調制御モードに切り替える。変調度偏差が許容変調度偏差以下の場合とは、図7で説明したように、実変調度特性線50となまし変調度特性線52とがともに切替閾値変調度の近傍にあるとき等である。
【0064】
その様子を図9に示す。図9は、図2、図5、図6と横軸、縦軸が同じで、時間t3までの経過は図2、図5、図6と同じである。時間t4において、なまし変調度と実変調度との差である変調度偏差と、許容変調度偏差が示されている。図9の場合、変調度偏差が許容変調度偏差を超えているので、PWM制御モードが維持され、図5と同様の内容となる。
【0065】
図10は、図6に対応する図である。すなわち、図8のフローチャートにおいて、S24の判断が否定されてPWM制御モードを維持するもう1つの方法として、なまし変調度を、実変調度に合わせる方法を採用した場合を示す図である。この場合も、図6と同様に、PWM制御モードが維持される。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明に係る回転電機制御システムは、燃料電池車両、ハイブリッド車両等に搭載される回転電機の制御に利用できる。
【符号の説明】
【0067】
10 回転電機制御システム、12 電源回路ブロック、14 蓄電装置、16 電圧変換器、18 インバータ回路、20 回転電機、22 (電流フィードバックの)制御ブロック、24 動作目標指令値、26 電流指令生成部、28,30 減算器、32 フィードバック制御部、34 指令選択部、36 2相−3相座標変換部、38 3相−2相座標変換部、40 制御装置、42 変調度取得部、44 制御モード切替部、50 実変調度特性線、52,54,56 なまし変調度特性線、53 乖離、60 最大パワー特性線、62 PWM制御モードの領域、64 過変調制御モードの領域、66 矩形波制御モードの領域。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータ回路の直流電圧であるシステム電圧に対する回転電機印加電圧である線間電圧の実効値の比を変調度として、実際の変調度である実変調度と、実変調度になまし処理を施したなまし変調度を求める変調度取得部と、
実変調度となまし変調度の間について予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替える切替部と、
を備えることを特徴とする回転電機制御システム。
【請求項2】
請求項1に記載の回転電機制御システムにおいて、
切替部は、
実変調度と、なまし変調度とが、共に、予め定めた切替閾値変調度を超えたときに、PWM制御モードから過変調制御モードにモード切替を行うことを特徴とする回転電機制御システム。
【請求項3】
請求項2に記載の回転電機制御システムにおいて、
切替部は、
なまし変調度が切替閾値変調度を超え、実変調度が切替閾値変調度以下であるとき、なまし変調度を強制的に実変調度に合わせて、PWM制御モードを継続することを特徴とする回転電機制御システム。
【請求項4】
請求項1に記載の回転電機制御システムにおいて、
切替部は、
なまし変調度と実変調度との間の変調度偏差が、予め定めた許容変調度偏差以内のときに、PWM制御モードから過変調制御モードにモード切替を行うことを特徴とする回転電機制御システム。
【請求項5】
請求項1に記載の回転電機制御システムにおいて、
切替部は、
回転電機の運転状態が過渡状態にあるときに、予め定めた所定条件に基づいて、PWM制御モードと過変調制御モードとの間で制御モードを切り替えることを特徴とする回転電機制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−34347(P2013−34347A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170056(P2011−170056)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】