説明

Bi系誘電体薄膜形成用組成物およびBi系誘電体薄膜

【課題】800℃未満の低温焼成によってもBi系誘電体の結晶化薄膜を得ることができるBi系誘電体薄膜形成用組成物とBi系誘電体薄膜を提供する。
【解決手段】少なくともSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体を反応させることによって得られる化合物を含有させてBi系誘電体薄膜形成用組成物を構成する。この組成物の塗膜を800℃未満の低温で焼成することにより、下記一般式(1)
Sr1-XAβBi2+Y(Ta2-ZNbZ)O9+α・・・・・(1)
(式中、Aは、ランタノイド系元素を表す。X、Y、αは、それぞれ独立に0以上1未満の数を表し、Zは、0以上2未満の数を表し、βは、0.09以上0.9以下の数を表す。)で表されるBi系誘電体の結晶化薄膜を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Bi系誘電体薄膜形成用組成物およびBi系誘電体薄膜に関するものである。詳しくは800℃未満の低温焼成によりBi系誘電体の結晶化薄膜を形成することが可能なBi系誘電体薄膜形成用組成物、および該組成物から得られたBi系誘電体薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体メモリ用やセンサ用の材料として、Bi系層状構造強誘電体(Bismuth layer-structured ferroelectrics(BLSF))と呼称される誘電体の結晶化薄膜がP−Eヒステリシスの抗電界が少なく、低電界での分極反転が可能であるなどの優れた特性を示すことから、種々開発がなされている。Bi系層状構造強誘電体とは、(Bi222+(Am-1m3m+12-(ただし、Aは1、2、3価のイオン及びこれらのイオンの組み合わせを示し;Bは4、5、6価のイオン及びこれらのイオンの組み合わせを示し;m=1〜5である)の一般式で表される誘電体である。
【0003】
従来、前記Bi系強誘電体薄膜を形成するための材料として、例えば、特定の金属に対応するアルコキシ金属、金属錯体、酢酸金属等と、アルコール、無水カルボン酸、グリコール、β−ジケトン、ジカルボン酸モノエステル等とを反応させて得られる化合物を配合してなる塗布液(例えば、特許文献1参照)や、BLSF薄膜を構成する各金属化合物を複合化、加水分解することによって得られる有機金属化合物を含有する塗布液(例えば、特許文献2参照)等が提案されている。
【0004】
また、BLSF膜を利用したデバイスとして、主として<105>軸が厚さ方向に配向したSrBi2(TaXNb1-X29(X=0〜1)の薄膜および該薄膜を挟む一対の電極からなることを特徴とする薄層キャパシタ(例えば、特許文献3参照)も提案されている。
【0005】
さらにBLSFとして、特に、SrBi2Ta29系誘電体の薄膜が特性的に優れていることが確認されている。例えば、SrBi2Ta29誘電体にランタン(La)を導入することにより、さらに特性の向上が可能であり、その強誘電体を、固相法により1200℃以上の温度で結晶化したことが発表されている(非特許文献1)。
【0006】
【特許文献1】特許第3217699号公報
【特許文献2】特許第3108039号公報
【特許文献3】特開平8−23073号公報
【非特許文献1】第62回応用物理学会学術講演会、講演予稿集、384−385頁、12a−ZR−6、7
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のSrBi2Ta29系誘電体を始めとしたBi系層状構造強誘電体に十分な特性を発揮させるためには、結晶化が必要であり、各種回路デバイスに適用するためには、薄膜化が必要である。
【0008】
これに対して、上記非特許文献1に記載の技術では、誘電体の結晶化に固相法を用いているが、固相法では、誘電体を薄膜に形成することが困難である。誘電体を薄膜化できなければ、半導体メモリや半導体センサなどの半導体回路基板に適用することができない。また、この非特許文献1に記載の技術では、結晶化するために、1200℃の焼成温度を必要としているが、半導体回路基板は、800℃を超える温度を印加すると熱損傷などの劣化を引き起こす虞がある。
【0009】
そこで、Bi系誘電体の薄膜形成方法を検討する必要が出てくるが、従来、Bi系誘電体の薄膜形成方法としては、スパッタ法、CVD法、塗布型被膜形成法による各薄膜形成方法が提供されている。スパッタ法やCVD法による薄膜形成方法では、構成する金属酸化物成分が多いことから、高価な装置を必要としコストがかかること、所望の誘電体膜組成制御とその管理が難しいことなどの理由により、特に大口径の基板への適用は困難とされている。これに対して、塗布型被膜形成法による薄膜形成方法は、高価な装置を必要とせず、成膜コストが比較的安価で、しかも所望の誘電体膜組成制御やその管理も容易なため有望視されている。
【0010】
しかしながら、薄膜形成方法として利点の多い塗布型被膜形成法による薄膜形成方法を用いる場合であっても、得られたBi系誘電体薄膜に良好な電気特性を具備させるためには800℃以上の加熱処理(焼成)が必要であり、このような高温での加熱処理は、半導体回路基板への熱損傷等の劣化を引き起こしやすい。そのため、Bi系誘電体薄膜の形成プロセスにおける加熱処理(焼成)温度を800℃より低い温度、例えば700℃以下とすることが望まれていた。
【0011】
本発明は、かかる従来の事情に鑑みてなされたもので、その課題は、半導体回路基板に熱劣化を生じない温度である800℃未満の低温での焼成によってもBi系誘電体の結晶化薄膜を形成することができるBi系誘電体薄膜形成用組成物と、該組成物を用いて得たBi系誘電体薄膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を進めた結果、タンタルストロンチウムビスマス(SBT)のAサイトにランタノイド系金属元素を置換したBi系誘電体を得ることができるよう塗布型被膜形成用塗布液(Bi系誘電体薄膜形成用組成物)を調製すれば、800℃未満の低温での焼成によっても特性に優れたBi系誘電体の結晶化薄膜を形成することができることを見いだした。
【0013】
すなわち、本発明にかかるBi系誘電体薄膜形成用組成物は、下記一般式(1)
Sr1-XAβBi2+Y(Ta2-ZNbZ)O9+α・・・・・(1)
(式中、Aは、ランタノイド系元素を表す。X、Y、αは、それぞれ独立に0以上1未満の数を表し、Zは、0以上2未満の数を表し、βは、0.09以上0.9以下の数を表す。)で表されるBi系誘電体の結晶化薄膜を形成するためのBi系誘電体薄膜形成用組成物であって、前記一般式(1)中の少なくともSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aの各金属あるいは複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体を反応させることによって得られるSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aを少なくとも含む化合物を含有することを特徴とする。
【0014】
また、本発明のBi系誘電体薄膜は、前記Bi系誘電体薄膜形成用組成物の塗膜が焼成により結晶化されて得られたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物は、塗布型被膜形成方法により薄膜を得るための塗布液として使用することができ、その塗膜を800℃以下の低温焼成により結晶化でき、半導体回路デバイスの誘電体膜に適した特性を有する誘電体薄膜を形成することができる。したがって、本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物によれば、半導体回路基板上に該基板に熱劣化を生じさせることなく特性に優れたBi系誘電体の結晶化薄膜を形成することができ、半導体回路デバイスの省スペース化および高性能化に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物は、下記一般式(1)
Sr1-XAβBi2+Y(Ta2-ZNbZ)O9+α・・・・・(1)
(式中、Aは、ランタノイド系元素を表す。X、Y、αは、それぞれ独立に0以上1未満の数を表し、Zは、0以上2未満の数を表し、βは、0.09以上0.9以下の数を表す。)で表されるBi系誘電体の結晶化薄膜を形成するためのBi系誘電体薄膜形成用組成物であって、前記一般式(1)中の少なくともSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aの各金属あるいは複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体を反応させることによって得られるSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aを少なくとも含む化合物を含有することを特徴とする。
なお、本発明のBi系誘電体薄膜では、前記一般式(1)中のNbは組成比率zが0以上2未満の値を取るため、Nbが全く含まれない組成も可能となる。
【0017】
本発明に用いられるランタノイド系元素としては、例えば、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)等が挙げられる。これらの中でもランタンが好ましい。
【0018】
上記Sr、Bi、Ta、(必要に応じて、Nb)およびランタノイド元素Aの各金属あるいは複合金属のアルコキシドを形成するアルコールとしては、下記一般式(2)
1OH・・・・・(2)
(式中、R1は、炭素原子数1〜6の飽和または不飽和の炭化水素を表す。)
で表されるアルコールが好ましい。
【0019】
このようなアルコール類としては、具体的には、例えば、メタノール、エタノール、ブタノール、アミルアルコール、シクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノール等が挙げられる。
【0020】
また、前記アルコール以外のアルコール類としては、R1がさらに炭素原子数1〜6のアルコキシル基で置換されたものが挙げられ、具体的には、メトキシメタノール、メトキシエタノール、エトキシメタノール、エトキシエタノール等が挙げられる。
【0021】
前記Sr、Bi、Ta、(Nb)およびランタノイド系元素Aの各金属あるいは複合金属の有機塩としては、例えば、酢酸金属塩、金属アルコキシド、β-ジケトン金属錯体、等が挙げられる。
【0022】
前記ランタノイド系元素の金属アルコキシドとしては、具体的には、例えば、ランタンメトキシド、ランタンエトキシド、ランタンプロポキシド、ランタンブトキシド、ランタンエトキシエチレート、等が挙げられる。
【0023】
前記Sr、Bi、Ta、(Nb)およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属の錯体としては、例えば、β‐ジケトン金属錯体が挙げられる。前記β‐ジケトン金属錯体を形成するβ‐ジケトン類としては、下記一般式(3)
2COCR3HCOR4・・・・・(3)
(式中、R2は炭素原子数1〜6の飽和又は不飽和の炭化水素基を表し;R3はHまたはCH3を表し;R4は炭素原子数1〜6のアルキル基またはアルコキシル基を表す。)で表されるβ‐ケトエステルを含むβ‐ジケトンの中から選ばれる少なくとも1種が好適に用いられる。
【0024】
本発明で用いられるβ‐ジケトンとしては、具体的には、例えば、アセチルアセトン、3−メチル−2,4−ペンタンジオン、ベンゾイルアセトン等を挙げることができる。また、β‐ケトエステルとしては、例えば、アセト酢酸エチル、マロン酸ジエチル等を挙げることができる。これら以外の錯体形成剤も適用可能ではあるが、ジピバロイルメタンやそのTHF付加体、さらに焼成後、金属ハロゲン化物を形成するヘキサフルオロアセチルアセトンなどの錯体形成剤は、昇華性または揮発性の高い金属錯体を形成するため、本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物への使用は不適当である。
【0025】
本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物は、前記Sr、Bi、Ta、(Nb)およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体を反応させることによって得られる化合物を含有する。
【0026】
前記「Sr、Bi、Ta、(Nb)およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体」の反応としては、例えば、水または水と触媒を用いた加水分解反応等が挙げられる。
【0027】
前記加水分解反応は、前記Sr、Bi、Ta、(Nb)およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属のアルコキシド、有機酸あるいは錯体を、酸素原子を分子中に有する溶媒に溶解し、その後、水または水と触媒を添加し、20〜50℃で数時間〜数日間撹拌して行われる。
【0028】
前記酸素原子を分子中に有する溶媒としては、例えば、アルコール系溶媒、多価アルコール系溶媒、エーテル系溶媒、ケトン系溶媒、エステル系溶媒、低級カルボン酸系溶媒等を挙げられる。
【0029】
前記アルコール系溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、アミルアルコール、シクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノール等が挙げられる。
【0030】
前記多価アルコール系溶媒としては、例えば、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノアセトエステル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノアセテート、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、メトキシブタノール等が挙げられる。
【0031】
前記エーテル系溶媒としては、例えば、メチラール、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジブチルエーテル、ジアミルエーテル、ジエチルアセタール、ジヘキシルエーテル、トリオキサン、ジオキサン等が挙げられる。
【0032】
前記ケトン系溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルアミルケトン、メチルシクロヘキシルケトン、ジエチルケトン、エチルブチルケトン、トリメチルノナノン、アセトニトリルアセトン、ジメチルオキシド、ホロン、シクロヘキサノン、ダイアセトンアルコール等が挙げられる。
【0033】
前記エステル系溶媒としては、例えば、ギ酸エチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸シクロヘキシル、プロピオン酸メチル、酪酸エチル、オキシイソ酪酸エチル、アセト酢酸エチル、乳酸エチル、メトキシブチルアセテート、シュウ酸ジエチル、マロン酸ジエチル等が挙げられる。
【0034】
前記低級カルボン酸系溶媒としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等が挙げられる。
【0035】
後述する安定化処理においては、これらの溶媒、特にアルコール系溶媒と、前記Sr、Bi、Ta、(Nb)、およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属アルコキシド、有機塩あるいは錯体との反応が一部行われていてもよい。
【0036】
前記溶媒は、単独もしくは2種以上を混合した形で用いることができる。
【0037】
また、芳香族炭化水素系溶媒に対しても、前記Sr、Bi、Ta、(Nb)の各金属アルコキシド、有機塩あるいは錯体は良好な溶解性を示すが、これらの溶媒はその使用方法、管理方法等が著しく制限される傾向にあり、あまり好ましくない。
【0038】
前記した種々の溶媒は、オープンスピン塗布法、密閉スピン塗布法、ミスト化塗布のLSM−CVD法、ディッピング法等の塗布条件の違いにより、そのときどきに応じて最も好ましいものを用いることができる。
【0039】
本発明に用いられる触媒としては、金属アルコキシドの加水分解反応用として公知のもの、例えば、塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等の有機酸などの酸触媒や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド等の無機・有機アルカリ触媒などを挙げることができる。
【0040】
ここで、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の無機アルカリを使用した場合は、ナトリウム、カリウム等の金属イオンがBi系誘電体薄膜形成用組成物に残存して、被膜の電気特性に影響を与えることが懸念される。また、アンモニア、アミン等の含窒素系のアルカリを使用した場合は、加水分解反応後、沸点の高い窒素化合物を形成することがあり、これが焼成工程時の被膜の緻密化に影響を与えることが懸念される。従って、本発明においては、酸触媒を用いることが特に好ましい。
【0041】
前記加水分解反応は、前記Sr、Bi、Ta、(Nb)およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体の酸素原子を分子中に有する溶媒に溶解した溶液を電極上に塗布後、被膜表面を加湿雰囲気に晒すことによっても行うことができる。具体的には、例えば、50〜120℃で10〜60分間程度、50〜100%の湿度下で行うことができる。
【0042】
以上の条件は、被膜を用いる用途に応じ適宜選択することができ、前記に限られるものではない。
【0043】
このように加水分解処理することにより、乾燥工程後の塗布膜全体に占める有機成分の含有量を低減させることができる。また、各金属のメタロキサン結合が形成されるため、Bi等の金属元素の析出(偏析)、焼失を抑制することができる。各有機金属化合物は、有機基をその構造中に有するが、加水分解処理することによりアルコキシル基等の有機基を脱離させ、より一層無機性の高いメタロキサン結合をつくることができるためである。脱離した有機基は、低沸点のアルコール、グリコール等になり、Bi系誘電体薄膜形成用組成物または被膜中に残存するが、乾燥工程において溶媒とともに蒸発するため、焼成工程前の被膜の無機性が高まり、緻密な膜の形成が可能となる。
【0044】
また、メタロキサン結合の生成により、金属元素同士の結びつきが強くなり、Bi等の金属元素の析出(偏析)、焼失が抑えられ、リーク電流が小さく、水素熱処理耐性および耐圧性に優れた膜の形成が可能となる。
【0045】
前記加水分解によって得られる化合物を800℃未満、好ましくは750℃以下、より好ましくは700℃以下で焼成することにより、下記一般式(1)
Sr1-XAβBi2+Y(Ta2-ZNbZ)O9+α・・・・・(1)
(式中、Aは、ランタノイド系元素を表す。X、Y、αは、それぞれ独立に0以上1未満の数を表し、Zは、0以上2未満の数を表し、βは、0.09以上0.9以下の数を表す。)で表されるBi系誘電体の結晶化薄膜を得ることができる。
【0046】
前記ランタノイド系元素Aは、ランタン(La)元素であることが好ましい。これは、特に焼成温度の低温化に効果があるためである。
【0047】
前記一般式(1)中のxは、0以上1未満の数を表し、yは、0以上1未満の数を表し、zは、0以上2未満の数を表し、αは、0以上1未満の数を表す。
【0048】
前記βは、0.09以上0.9以下の数を表し、この範囲の中でも好ましくは0.18以上0.45以下である。0.09以上、0.9以下にすることにより焼成温度の低温化に特に効果がある。
【0049】
本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物中に含まれる「前記加水分解等の反応により得られる化合物」は、前記金属アルコキシドを、安定化剤と反応させた後に行うことによって得られる化合物であってもよい。この「化合物」は、あるいは、前記金属アルコキシドを、水または水と触媒を用いて加水分解した後、安定化剤と反応させて得られる化合物であってもよい。
【0050】
前記安定化剤は、Bi系誘電体薄膜形成用組成物の保存安定性を向上させるためのものであり、本発明においては無水カルボン酸類、ジカルボン酸モノエステル類、β−ジケトン類、およびグリコール類の中から選ばれる少なくとも1種が好ましく用いられる。
【0051】
前記無水カルボン酸類としては、下記一般式(4)
5(CO)2O・・・・・(4)
(式中、R5は2価の炭素原子数1〜6の飽和または不飽和の炭化水素基を表す。)で表される無水カルボン酸の中から選ばれる少なくとも1種が好適に用いられる。このような無水カルボン酸類としては、具体的には、例えば、無水マレイン酸、無水シトラコン酸、無水イタコン酸、無水コハク酸、無水メチルコハク酸、無水グルタル酸、無水α−メチルグルタル酸、無水α,α−ジメチルグルタル酸、無水トリメチルコハク酸等が挙げられる。
【0052】
前記ジカルボン酸モノエステル類としては、下記一般式(5)
6OCOR7COOH・・・・・(5)
(式中、R6は炭素原子数1〜6の飽和または不飽和の炭化水素基を表し;R7は2価の炭素原子数1〜6の飽和または不飽和の炭化水素基を表す。)で表されるジカルボン酸モノエステル類の中から選ばれる少なくとも1種が好ましく用いられる。
【0053】
本発明で用いられるジカルボン酸モノエステル類としては、具体的には、例えば、2塩基酸のカルボン酸とアルコールとを反応させてハーフエステル化したものを用いることができる。具体的には、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スペリン酸、アゼリン酸、セバシン酸、マレイン酸、シトラコン酸、イタコン酸、メチルコハク酸、α−メチルグルタル酸、α,α−ジメチルグルタル酸、トリメチルグルタル酸等の2塩基酸のカルボン酸の少なくとも1種と、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、ブチルアルコール、アミルアルコール、ヘキシルアルコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル等の少なくとも1種とを公知の方法によりエステル化反応させて合成することができる。
【0054】
前記β−ジケトン類としては、前記一般式(3)で表されるβ−ケトエステルを含むβ−ジケトンの中から選ばれる少なくとも1種が好適に用いられる。
【0055】
本発明で用いられるβ−ジケトン類としては、具体的には、例えば、アセチルアセトン、3−メチル−2、4−ペンタンジオン、ベンゾイルアセトン等を挙げることができる。また、本発明で用いられるβ−ケトエステルとしては、例えば、アセト酢酸エチル、マロン酸ジエチル等を挙げることができる。これら以外の錯体形成剤も適用可能ではあるが、ジピバロイルメタンやそのTHF付加体、さらに焼成後、金属ハロゲン化物を形成するヘキサフルオロアセチルアセトンなどの錯体形成剤は、昇華性または揮発性の高い金属錯体を形成するため、本発明の組成物への使用は好ましくない。
【0056】
前記グリコール類としては、下記一般式(6)
HOR8OH・・・・・(6)
(式中、R8は2価の炭素原子数1〜6の飽和または不飽和の炭化水素基を表す。)で表されるグリコールの中から選ばれる少なくとも1種が好適に用いられる。
【0057】
本発明で用いられるグリコール類としては、具体的には、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキシレングリコール、グリセリングリコール等を挙げることができる。これらグリコール類は、安定化剤としてβ−ジケトンを用いた場合に特に効果があり、後の加水分解反応後の液の安定性を高める。
【0058】
以上の安定化剤は、いずれも炭素原子数が1〜6の短鎖のものであることが、乾燥工程後の被膜の無機性を高める点で好ましい。
【0059】
前記Sr、Bi、Ta、(Nb)、およびランタノイド系元素Aの各金属または複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体と前記安定化剤との反応生成物同士の反応生成物も、本発明において好適に使用できる。
【0060】
前記安定化剤を使用した場合の反応の具体的態様としては、例えば、以下のものが例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0061】
[1]金属アルコキシドとジカルボン酸モノエステルとの反応、[2]金属アルコキシドと無水カルボン酸との反応、[3]金属アルコキシドとβ−ケトエステルとの反応、[4]前記[1]の異種反応生成物同士の反応、[5]金属アルコキシドとジカルボン酸モノエステルとβ−ケトエステルとの反応、[6]金属アルコキシドと無水カルボン酸とβ−ケトエステルとの反応、[7]金属アルコキシドと酢酸金属塩との反応(同種、異種金属を含む)、[8]前記[7]の反応生成物とジカルボン酸モノエステル、無水カルボン酸又はβ−ケトエステルとの反応、[9]前記[7]の反応生成物と[1]〜[6]の反応生成物との反応、[10]前記[8]の反応生成物の一部加水分解物、[11]酸性金属アルコキシドと塩基性アルコキシ金属との反応、[12]前記[11]の反応生成物とジカルボン酸モノエステル、無水カルボン酸又はβ−ケトエステルとの反応、[13]異種金属であって前記[12]の反応生成物同士の反応、[14]前記[13]の反応生成物の一部加水分解物。
【0062】
前記[1]〜[6]、[8]、[9]、[12]及び[13]はMOD(Metallo-Organic Decomposition)型塗布液として好適であり、[10]、[14]はゾル−ゲル型塗布液に好適である。[7]、[11]の化合物は、そのアルコキシ基の一部を無水カルボン酸、β−ジケトン等で置換することにより、Bi系誘電体薄膜形成用組成物の保存安定化、実用的な有機溶媒に対する溶解性の向上を図ることができる。
【0063】
前記加水分解反応によって得られた化合物を含有するBi系誘電体薄膜形成用組成物は、そのまま使用してもよいし、前記酸素原子を分子中に有する溶媒を用いてさらに希釈して使用してもよい。
【0064】
本発明のBi系誘電体薄膜は、先に述べたように、前記Bi系誘電体薄膜形成用組成物の塗膜が焼成により結晶化されて得られたことを特徴とする。
【0065】
以下、本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物を用いて得たBi系誘電体薄膜と、この薄膜を半導体回路デバイスとして誘電体メモリーに適用した場合の作製方法の一例を示す。
【0066】
まず、Siウェーハ等の基板を酸化して基板上部にSi酸化膜を形成し、その上にPt、Ir、Ru、Re、Os等の金属、およびその金属酸化物である導電性金属酸化物をスパッタ法、蒸着法等の公知の方法により形成し、下部電極を作製する。
【0067】
次に、この下部電極上に、スピンナー法、ディップ法等の公知の塗布法により本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物を塗布し、50〜200℃の温度で乾燥を行い、続いて200〜700℃の温度で仮焼成を行う。好ましくは、塗布から仮焼成までの操作を数回繰り返して行い、所望の膜厚に設定する。
【0068】
次いで、酸素雰囲気中、800℃未満、好ましくは750℃以下、より好ましくは700℃以下の温度で本焼成を行い、Bi系誘電体の結晶化薄膜を形成する。本焼成工程においては、室温から5〜20℃/min程度の昇温速度で本焼成温度まで昇温し、その後、本焼成温度を維持して30〜80分程度焼成するファーネス法、室温から50〜150℃/sec程度の昇温速度で本焼成温度まで昇温し、その後、本焼成温度を維持して0.5〜3分間程度焼成するRTP法など、種々の焼成方法を選ぶことができる。
【0069】
次いで、上述のようにして作製した誘電体薄膜上に電極(上部電極)を形成する。上部電極としては、前記下部電極用材料とした金属、金属酸化物等を用いることができ、これら材料をスパッタ法、蒸着法等の公知の方法により誘電体薄膜上に形成して誘電体メモリーを得る。このとき、上部電極としては、下部電極と異なる材料を用いてもよく、例えば、下部電極にIrを用い、上部電極にRuを用いてもよい。
【0070】
なお、加湿雰囲気下で加水分解反応を行う場合は、上述の仮焼成の前に、湿度50〜100%、好ましくは70〜100%、温度50〜120℃、10〜60分間で行うことができる。
【0071】
前記上部電極形成後、SiO2等の保護膜形成(パッシベーション)、アルミ配線等を行う。なお、本発明のBi系誘電体薄膜は、特に水素熱処理耐性に優れているので、前記パッシベーション膜形成時およびアルミ配線の焼成時における誘電体特性の劣化の心配がなく、得られる誘電体メモリーの電気特性を良好に実現することができる。
【0072】
また、前記ゾル−ゲル法(加水分解処理)による無機化が不十分なBi系誘電体薄膜形成用組成物、または全く加水分解処理を行わないBi系誘電体薄膜形成用組成物であっても、基板への被膜形成時において、被膜の焼成前に該被膜を加湿雰囲気中に一定時間晒すことにより、被膜の加水分解縮重合による無機化を行うことができ、緻密な膜の形成が可能である。
【0073】
上述したBi系誘電体薄膜形成用組成物中での加水分解処理は、過剰に行われるとBi系誘電体薄膜形成用組成物の増粘・ゲル化、または経時変化を引き起こすおそれがあるため、前記の被膜形成時の加水分解処理による方法も有効である。
【実施例】
【0074】
以下、本発明の実施例を示し、本発明について更に詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、使用した試薬等については特に記載したものを除いては、一般に市販しているものを用いた。
【0075】
(実施例1)
タンタルエトキシド2モル、ビスマスブトキシド2.1モル、ストロンチウムイソプロポキシド0.72モル、ランタンエトキシエチレート0.18モルをプロピレングリコールモノメチルエーテル中で10分間室温で攪拌し、均一な混合液を得た。次いで、アセト酢酸エチル3モルを添加し、60℃で2時間、加熱攪拌を行なった。その後、プロピレングリコール1モルを添加し、室温で1時間攪拌した。さらに、水2モルを攪拌しながら滴下し、全量の滴下終了後、2時間室温で攪拌した。以上のようにして金属酸化物固形分6.5質量%のBi系誘電体薄膜形成用組成物を得た。
【0076】
このようにして得たBi系誘電体薄膜形成用組成物をSi基板上にスピンコーターを用いて500rpmで1秒間、次いで2000rpmで30秒間回転塗布して、均一な厚みの塗膜を得た。その後、第1の加熱処理をファーネスで600℃、30分間行なった。以上の塗布から加熱処理までを3回繰り返した後、第2の加熱処理をファーネスで600℃、1時間行なった。その結果、約100nmの誘電体薄膜1を得た。
【0077】
[X線回析(XRD)測定]
得られた誘電体薄膜1に対してXRD測定を行なった。ここで、図1は、誘電体薄膜1のXRD測定により得られたグラフ(XRD曲線)を示す図である。この図1より、600℃という低温焼成でSBTN系誘電体薄膜の主軸である(115)のピークが発現しており、誘電体薄膜の結晶化が行なわれていることが確認された。なお、X線回析は、測定装置「RINT−2500HF」(装置名;株式会社リガク社製)を使用した。また、X線:CuKα1、管電圧:30kV、管電流:50mA、スキャンスピード:20°/min、スキャンステップ:0.020°の測定条件にて行なった。
【0078】
[走査型電子顕微鏡(SEM)観察]
得られた結晶化誘電体薄膜を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、結晶化に伴うグレイン(粒界)が形成されているのが確認された。
【0079】
(実施例2)
ストロンチウムイソプロポキシド0.63モル、ランタンエトキシエチレート0.27モルに変更した以外は、実施例1と同様にして誘電体薄膜2を得た。この誘電体薄膜2を実施例1と同様にしてXRD測定を行なった。ここで、図2は、誘電体薄膜2のXRD測定により得られたグラフ(XRD曲線)を示す図である。この図2より、600℃という低温焼成でSBTN系誘電体薄膜の主軸である(115)のピークが発現しており、誘電体薄膜の結晶化が行なわれていることが確認された。また、得られた結晶化誘電体薄膜を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、結晶化に伴うグレイン(粒界)が形成されているのが確認された。
【0080】
(実施例3)
ストロンチウムイソプロポキシド0.45モル、ランタンエトキシエチレート0.45モルに変更した以外は、実施例1と同様にして誘電体薄膜3を得た。この誘電体薄膜3を実施例1と同様にしてXRD測定を行なった。ここで、図3は、誘電体薄膜3のXRD測定により得られたグラフ(XRD曲線)を示す図である。この図3より、600℃という低温焼成でSBTN系誘電体薄膜の主軸である(115)のピークが発現しており、誘電体薄膜の結晶化が行なわれていることが確認された。また、得られた結晶化膜を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、結晶化に伴うグレイン(粒界)が形成されているのが確認された。
【0081】
(比較例)
ストロンチウムイソプロポキシド0.9モルに変更し、ランタンエトキシエチレートを配合しなかった以外は、実施例1と同様にして誘電体薄膜4を得た。この誘電体薄膜4を実施例1と同様にしてXRD測定を行なった。ここで、図4は、誘電体薄膜4のXRD測定により得られたグラフ(XRD曲線)を示す図である。この図4より、600℃という低温焼成ではSBTN系誘電体薄膜の主軸である(115)のピークが発現しておらず、その代わりに前駆体であるフルオライトによるブロードなピークの発現が認められ、誘電体薄膜の結晶化が行われていないことが確認された。また、得られた誘電体薄膜を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、結晶化に伴うグレイン(粒界)の発生割合が少ないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0082】
以上説明したように、本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物は、塗布型被膜形成方法により薄膜を得るための塗布液として使用することができ、その塗膜を800℃以下の低温焼成により結晶化でき、半導体回路デバイスの誘電体膜に適した特性を有する誘電体薄膜を形成することができる。したがって、本発明のBi系誘電体薄膜形成用組成物によれば、半導体回路基板上に該基板に熱劣化を生じさせることなく特性に優れたBi系誘電体に結晶化薄膜を形成することができ、半導体回路デバイスの省スペース化および高性能化に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】実施例1において得た誘電体薄膜1のXRD曲線を示す図である。
【図2】実施例2において得た誘電体薄膜2のXRD曲線を示す図である。
【図3】実施例3において得た誘電体薄膜3のXRD曲線を示す図である。
【図4】比較例において得た誘電体薄膜4のXRD曲線を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
Sr1-XAβBi2+Y(Ta2-ZNbZ)O9+α・・・・・(1)
(式中、Aは、ランタノイド系元素を表す。X、Y、αは、それぞれ独立に0以上1未満の数を表し、Zは、0以上2未満の数を表し、βは、0.09以上0.9以下の数を表す。)で表されるBi系誘電体の結晶化薄膜を形成するためのBi系誘電体薄膜形成用組成物であって、
前記一般式(1)中の少なくともSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aの各金属あるいは複合金属のアルコキシド、有機塩あるいは錯体を反応させることによって得られるSr、Bi、Taおよびランタノイド系元素Aを少なくとも含む化合物を含有することを特徴とするBi系誘電体薄膜形成用組成物。
【請求項2】
その塗膜が800℃未満の低温焼成にて結晶化可能であることを特徴とする請求項1に記載のBi系誘電体薄膜形成用組成物。
【請求項3】
前記Bi系誘電体の結晶化薄膜が半導体回路基板上に形成される誘電体薄膜であることを特徴とする請求項1または2に記載のBi系誘電体薄膜形成用組成物。
【請求項4】
前記ランタノイド系元素Aが、ランタン(La)であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のBi系誘電体薄膜形成用組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のBi系誘電体薄膜形成用組成物の塗膜が焼成により結晶化されて得られたことを特徴とするBi系誘電体薄膜。
【請求項6】
前記焼成温度が800℃未満であることを特徴とする請求項5に記載のBi系誘電体薄膜。
【請求項7】
半導体回路基板上に形成された結晶性誘電体薄膜であることを特徴とする請求項5または6に記載のBi系誘電体薄膜。
【請求項8】
前記半導体回路基板が誘電体メモリ用の回路基板であることを特徴とする請求項7に記載のBi系誘電体薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−5028(P2007−5028A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−181034(P2005−181034)
【出願日】平成17年6月21日(2005.6.21)
【出願人】(000220239)東京応化工業株式会社 (1,407)
【Fターム(参考)】