説明

トランジスタ素子

【課題】GaAs基板上にHEMT、HBTを順次積層してなるトランジスタ素子において、HEMTの移動度の低下を抑制することが可能なトランジスタ素子を提供する。
【解決手段】GaAs基板2上に高電子移動度トランジスタ(HEMT)3が形成され、HEMT3上にヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)4が形成されたトランジスタ素子において、HEMT3がアンドープInGaAsPからなるバリア層10を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GaAs基板上に高電子移動度トランジスタ、ヘテロバイポーラトランジスタを順次積層したトランジスタ素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話などの通信端末機器は、音声やテキストデータだけでなく、動画像などの大容量かつ多様な情報を高速で送受信することが求められている。このため、これらの端末機器に使用される送受信パワー増幅器には、高速・高周波動作への対応、消費電力の低減などが要求されている。
【0003】
このような通信端末機器用のパワー増幅器には、化合物半導体を用いて形成されるヘテロバイポーラトランジスタ(Hetero Bipolar Transistor;以下、HBTという)や高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor;以下、HEMTという)が用いられている。
【0004】
まず、ヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)について説明する。
【0005】
HBTの動作は、基本的には通常のバイポーラトランジスタ(Bipolar Junction Transistor;以下、BJTという)と同様である。
【0006】
npn型BJTでは、エミッタからコレクタに向かって流れる電子量をベース電流(ホール電流)により制御することで、トランジスタとしての動作をさせている。すなわち、ホール電流を増やすことにより、コレクタ電流が増大する。しかし、ホール電流をさらに増やすと、ベースからエミッタに向かってホールが漏れだし、トランジスタの電流増幅率が低下する。
【0007】
これに対し、エミッタにバンドギャップの大きな半導体材料を用いて構成されるnpn型HBTでは、ベース・エミッタ界面に障壁ができ、ホールがエミッタに漏れるのを抑えることができる。これによりHBTでは、電流増幅率を低下させずにコレクタ電流を大きくできる利点を有する。
【0008】
図2に示すように、従来のHBT素子21は、半絶縁性GaAs基板22上に、サブコレクタ層23となるn型GaAs層、コレクタ層24となるn型GaAs層、ベース層25となるp型GaAs層、エミッタ層26となるn型InxGa1-xP層(x=0.48)、エミッタコンタクト層27となるn型GaAs層、グレーデッド・ノンアロイ層28となるn型InxGa1-xAs層(x=0→0.5)、均一組成ノンアロイ層29となるn型InxGa1-xAs層(x=0.5)、を順に積層したものである。
【0009】
次に、高電子移動度トランジスタ(HEMT)について説明する。
【0010】
HEMTは、InGaAs層をチャネル層とし、チャネル層の両側又は片側に電子供給層を有する。ヘテロ接合HEMTは、電子が高速移動する利点を活かして高速動作が可能なだけでなく、マイクロ波帯等の超高周波帯における高出力かつ高効率動作が可能である。
【0011】
図3に示すように、従来のHEMT素子31は、半絶縁性GaAs基板32上に、バッファ層33となるアンドープAlGaAs層、電子供給層34となるn型AlxGa1-xAs層、スペーサ層35となるアンドープAlxGa1-xAs層、チャネル層36となるアンドープInxGa1-xAs層、スペーサ層37となるアンドープAlxGa1-xAs層、電子供給層38となるn型AlxGa1-xAs層、ショットキー層39となるアンドープGaAs層、を順に積層したものである。
【0012】
なお、図中、キャリア濃度を示す表記として、n+、n、n-が使用されているが、これらはキャリア濃度の一例を示すものであり、+が付いたものは高キャリア濃度で1018以上、無印が1017台、−が付いたものは低キャリア濃度で1014以上1017未満を表す。また、iの表記は、アンドープであることを意味する。
【0013】
HEMTでは、増幅効率を上げることにより、低電圧での動作及び消費電力の低減への要求に応えることができる。しかし、従来のHEMTでは、増幅率を高増幅率にして動作させた場合に、出力信号に歪みが生じるという問題がある。
【0014】
そこで、電流駆動能力の高いHBTと、低消費電力かつ高周波雑音特性のよいHEMTを1つのパワー増幅器モジュールとして用いることで、出力信号の歪みを抑え、消費電力の低減を図ることが行われている。
【0015】
図4に示すパワー増幅器モジュール41では、入力信号を駆動用HBT42により増幅し、その増幅信号を後段の出力用HEMT43でさらに増幅して、出力信号とするように構成されている。
【0016】
しかしながら、図4のパワー増幅器モジュール41のようにHBT42とHEMT43とを配線で接続した場合、配線によるRC遅延、素子の発熱が問題となってしまう。
【0017】
そこで、この配線をなくし、これらの問題を解決するのが、図5に示したトランジスタ素子51である。このトランジスタ素子51は、GaAs基板52上にエピタキシャル成長によりHEMT53を設け、HEMT53の上にHBT54を設けた2段トランジスタ構造となっている。すなわち、トランジスタ素子51は、半絶縁性GaAs基板52上に、バッファ層55となるアンドープAlGaAs層、電子供給層56となるn型AlxGa1-xAs層、スペーサ層57となるアンドープAlxGa1-xAs層、チャネル層58となるアンドープInxGa1-xAs層、スペーサ層59となるアンドープAlxGa1-xAs層、電子供給層60となるn型AlxGa1-xAs層、ショットキー層61となるアンドープGaAs層、サブコレクタ層62となるn型GaAs層、コレクタ層63となるn型GaAs層、ベース層64となるp型GaAs層、エミッタ層65となるn型InxGa1-xP層、バラスト層66となるn型GaAs層、グレーデッド・ノンアロイ層67となるn型InxGa1-xAs層、均一組成ノンアロイ層68となるn型InxGa1-xAs層、を順に積層したものである(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開平9−82898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、図5のトランジスタ素子51では、HEMT53を構成する複数のエピタキシャル層の上に、HBT54を構成する複数のエピタキシャル層を成長させるため、HBT54を構成する複数のエピタキシャル層を成長させる際に、HEMT53の移動度が低下してしまうという問題があった。
【0020】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、GaAs基板上にHEMT、HBTを順次積層してなるトランジスタ素子において、HEMTの移動度の低下を抑制することが可能なトランジスタ素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、GaAs基板上に高電子移動度トランジスタ(HEMT)が形成され、該HEMT上にヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)が形成されたトランジスタ素子において、前記HEMTがアンドープInGaAsPからなるバリア層を有するトランジスタ素子である。
【0022】
前記HEMTは、前記GaAs基板上に、バッファ層、電子供給層、スペーサ層、チャネル層、スペーサ層、前記バリア層、ショットキー層が順に積層され形成され、前記電子供給層は、Siのδドープ層からなってもよい。
【0023】
前記HBTは、前記HEMT上に、サブコレクタ層、コレクタ層、ベース層、エミッタ層、ノンアロイ層が順に積層され形成されてもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、HEMTの移動度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施の形態に係るトランジスタ素子の積層構造図である。
【図2】HBT素子の積層構造図である。
【図3】HEMT素子の積層構造図である。
【図4】従来のパワー増幅器モジュールの回路図である。
【図5】従来のトランジスタ素子の積層構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0027】
図1は、本実施の形態に係るトランジスタ素子の積層構造図である。
【0028】
図1に示すように、トランジスタ素子1は、GaAs基板2上にHEMT3が形成され、HEMT3上にHBT4が形成された構造(Bi−FET構造)を有する。
【0029】
トランジスタ素子1では、まず、半絶縁性のGaAs基板2上に、エピタキシャル成長により、バッファ層5となるアンドープAlxGa1-xAs層(x=0.28)、電子供給層6となるn型AlxGa1-xAs層(x=0.3)、スペーサ層7となるアンドープAlxGa1-xAs層(x=0.3)、チャネル層8となるInxGa1-xAs層(x=0.18)、スペーサ層9となるアンドープAlxGa1-xAs層(x=0.3)、バリア層10となるアンドープInxGa1-xAsy1-y層(x=0.6、y=0.6)、ショットキー層11となるアンドープGaAs層、を順に積層することにより、HEMT(HEMT構造層)3が形成される。
【0030】
さらに、そのHEMT3の上には、エピタキシャル成長により、ストッパ層12となるn型InxGa1-xP層(x=0.48)、及びバッファ層13となるアンドープGaAs層が形成され、これらストッパ層12とバッファ層13を介して、サブコレクタ層14となるn型GaAs層、コレクタ層15となるn型GaAs層、ベース層16となるp型GaAs層、エミッタ層17となるn型InxGa1-xP層(x=0.48)、バラスト層18となるn型GaAs層、グレーデッド・ノンアロイ層19となるn型InxGa1-xAs層(x=0→0.5)、均一組成ノンアロイ層20となるn型InxGa1-xAs層(x=0.5)、を順に積層することにより、HBT(HBT構造層)4が形成される。なお、グレーデッドノンアロイ層19は、バラスト層18から離れるにしたがってIn組成が0から0.5に徐々に変化するように形成され、均一組成ノンアロイ層20は、In組成が一定(x=0.5)となるように形成される。
【0031】
このように、トランジスタ素子1では、HEMT3がバリア層10を有する。このバリア層10は、HEMT3の移動度を低下させないために設けられる層であり、本実施の形態では、アンドープInGaAsPからなる。
【0032】
また、本実施の形態では、HEMT3の電子供給層6は、Siのδドープ層からなる。なお、δドープ層とは局所的にドーパント(ここではSi)が高濃度に含まれた領域であり、図1に示すような縮尺の層として存在していない。つまり、図1では、便宜上各層の縮尺を変更し、トランジスタ素子1の構造を概略的に示している。
【0033】
本実施の形態に係るトランジスタ素子1は、図5で説明した従来のトランジスタ素子51と比較すると、従来のトランジスタ素子51ではHEMT53のスペーサ層59とショットキー層61の間に電子供給層60があるのに対し、トランジスタ素子1では、スペーサ層9とショットキー層11との間に、バリア層10がある。
【0034】
また、従来のトランジスタ素子51では、HEMT53のショットキー層61の直ぐ上がHBT54のサブコレクタ層62となっているのに対し、トランジスタ素子1では、HEMT3のショットキー層11とHBT4のサブコレクタ層14との間に、ストッパ層12とバッファ層13がある。
【0035】
本実施の形態の作用を説明する。
【0036】
本実施の形態に係るトランジスタ素子1では、HEMT3がアンドープInGaAsPからなるバリア層10を有している。バリア層のない図5の従来のトランジスタ素子51では、HEMT53の移動度が2000cm/V・sと低いが、バリア層10を有するトランジスタ素子1によれば、HEMT3の移動度が4000cm/V・sであり、従来に比べて移動度が高い。
【0037】
これは、従来のトランジスタ素子51では、HEMT53の上にHBT54を成長させる際にHEMT53の移動度が劣化していたのに対し、本実施の形態では、HEMT3の移動度を劣化させないためのバリア層10を有することにより、HEMT3の上にHBT4を成長させる際にHEMT3の移動度が劣化しないことによる。
【0038】
このように、本発明のトランジスタ素子1は、HEMT3の上にHBT4を成長させる際にHEMT3の移動度が劣化しないため、従来より移動度が高いHEMT3が作製可能になるという利点がある。
【0039】
また、トランジスタ素子1では、バリア層10をアンドープInGaAsPで形成している。バリア層10をアンドープInGaAsPで形成することにより、移動度の低下を抑えることができ、また、移動度の経時劣化を抑えることができる。
【0040】
また、トランジスタ素子1では、HEMT3のショットキー層11とHBT4のサブコレクタ層14との間に、ストッパ層12とバッファ層13を有する。従来は、HEMT素子を作製する場合、HBTを除かなければならなかったが、本発明はストッパ層12があることにより、HEMT3の表面を露出させるのが簡単になる。
【0041】
本発明によれば、送信用パワー増幅器として使用する際に、低電圧で動作し、出力信号の歪みを抑え、消費電力を低減でき、かつ、高移動度のトランジスタ素子1を実現できる。
【0042】
本発明は、図1の構成に限定されない。例えば、トランジスタ素子1のHBT4では、サブコレクタ層14、コレクタ層15、ベース層16、エミッタ層17、バラスト層18、ノンアロイ層19,20を順に積層してなるが、HBT4からバラスト層18をなくし、HBT4がサブコレクタ層14、コレクタ層15、ベース層16、エミッタ層17、ノンアロイ層19,20を順に積層したものであってもよい。この構成においても、HEMT3にバリア層10を有することにより、HEMT3の上にHBT4を成長させる際にHEMT3の移動度が劣化しない。
【0043】
また、上記実施の形態では、HEMT3の電子供給層6のドーパントとしてSiを用いたが、ドーパントとしてSe、Teを用いてもよい。
【0044】
さらに、上記実施の形態では、基板として半絶縁性GaAs基板2を用いたが、Si基板、InP基板に対しても本発明は適用できる。
【符号の説明】
【0045】
1 トランジスタ素子
2 GaAs基板(半絶縁性GaAs基板)
3 HEMT(高電子移動度トランジスタ)
4 HBT(ヘテロバイポーラトランジスタ)
5 バッファ層
6 電子供給層
7,9 スペーサ層
8 チャネル層
10 バリア層
11 ショットキー層
12 ストッパ層
13 バッファ層
14 サブコレクタ層
15 コレクタ層
16 ベース層
17 エミッタ層
18 バラスト層
19 グレーデッドノンアロイ層
20 均一組成ノンアロイ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GaAs基板上に高電子移動度トランジスタ(HEMT)が形成され、該HEMT上にヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)が形成されたトランジスタ素子において、
前記HEMTがアンドープInGaAsPからなるバリア層を有することを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項2】
前記HEMTは、前記GaAs基板上に、バッファ層、電子供給層、スペーサ層、チャネル層、スペーサ層、前記バリア層、ショットキー層が順に積層され形成され、
前記電子供給層は、Siのδドープ層からなる請求項1記載のトランジスタ素子。
【請求項3】
前記HBTは、前記HEMT上に、サブコレクタ層、コレクタ層、ベース層、エミッタ層、ノンアロイ層が順に積層され形成される請求項1または2記載のトランジスタ素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−192734(P2011−192734A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56160(P2010−56160)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】