説明

トンネル磁気抵抗効果素子

【課題】少なくとも一方の強磁性体にスピン分極率がほぼ100%のフルホイスラー合金を具えるトンネル磁気抵抗効果素子を提供する。
【解決手段】第1の強磁性体と、第2の強磁性体と、これら強磁性体間に挟まれて存在する絶縁体とを具え、強磁性体の少なくとも一方は、基材上に(100)面にエピタキシャル成長したフルホイスラー合金の単結晶を有し、フルホイスラー合金と絶縁体との間に薄いMg層を具えている。フルホイスラー合金は、XYZの組成式で表わされる金属間化合物であることが好ましい。特に、フルホイスラー合金は、CoMnSiからなることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気センサや磁気メモリ、磁気ヘッドとして使用されるトンネル磁気抵抗効果素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スピンエレクトロニクス分野においては、巨大なトンネル磁気抵抗(TMR)効果を発現する素子の開発が切望されている。従来のトンネル磁気抵抗効果素子の基本構成は、薄い絶縁体を二つの強磁性体で挟んだものであり,両強磁性体の磁化の相対角度によって流れるトンネル電流の大きさが変化する。トンネル磁気抵抗効果の大きさの度合いを表すTMR比は(Rap-Rp)/Rp×100で定義される。ここで、Rp,Rapは、それぞれ強磁性体の磁化が平行状態、及び反平行状態にある場合のトンネル抵抗である。
【0003】
最近、上記のトンネル磁気抵抗効果素子の強磁性体材料として、ハーフメタル強磁性体が非常に大きな注目を集めている。ハーフメタルとは、フェルミエネルギー近傍において片方のスピンバンドにのみエネルギーギャップを有する特殊な強磁性材料のことであり、完全にスピン偏極した伝導電子を具える。
【0004】
ハーフメタル強磁性体をトンネル磁気抵抗効果素子の電極として用いた場合、TMR比を飛躍的に向上させることが期待され、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)や磁気ヘッドといった応用面における可能性は極めて大きい。
【0005】
ペロブスカイト型のMn酸化物であるLa1−x(Sr,Ca,etc.)xMnO(LSMO)は、ハーフメタル強磁性体であり、この材料を具えるトンネル磁気抵抗効果素子において、低温で1800%のTMRが報告されている。しかしながら、このようなLSMOを供するトンネル磁気抵抗効果素子においては、LSMOのキュリー温度が低い為に、室温ではTMR効果が観測されていない。
【0006】
室温で、実用に供するのに十分高いTMR比を示し、トンネル磁気抵抗効果素子に用いることが可能なハーフメタル強磁性体として、フルホイスラー合金が有望である。
【0007】
フルホイスラー合金の一種であるCoMnSi合金を(100)面方位にエピタキシャル成長させた材料を用いたトンネル磁気抵抗効果素子は、低温で160%のTMRを示すが、この結果から見積もられるスピン分極率は約90%であり、理想的な100%の状態を実現する為には改良の余地がある(非特許文献1参照)。
【0008】
スピン分極率は、強磁性体材料と絶縁体との界面状態に非常に敏感な物理量である。したがって、その界面を清浄にするための工夫が、フルホイスラー合金のスピン分極率を増大させる為に重要である。
【0009】
特に、フルホイスラー合金と絶縁体との界面に存在しうる不純物は、MnやSiの酸化物である(非特許文献2参照)。したがって、これらの不純物量を可能な限り少なくする手段が求められている。
【0010】
【非特許文献1】Y. Sakuraba, J. Nakata, M. Oogane, H. Kubota, Y. Ando, A. Sakuma, T. Miyazaki,“Huge Spin Polarization of L21-Ordered Co2MnSi Epitaxial Heusler Alloy Film”, Jpn. J. Appl. Phys.,2005,44,p.L1100
【非特許文献2】S. Kammerer, A. Thomas, A. Hutten, and G. Reiss,“Co2MnSi Heusler alloy as magnetic electrodes in magnetic tunnel junctions”, Appl. Phys. Lett.,2004,85,P.79
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、少なくとも一方の強磁性体にスピン分極率がほぼ100%のフルホイスラー合金を具えるトンネル磁気抵抗効果素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば、第1の強磁性体と、第2の強磁性体と、これら強磁性体間に挟まれて存在する絶縁体とを具え、前記強磁性体の少なくとも一方は、基材上に(100)面にエピタキシャル成長したフルホイスラー合金の単結晶を有し、前記フルホイスラー合金と前記絶縁体との間に薄いMg層を具えた構造を特徴とする、トンネル磁気抵抗効果素子が得られる。
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を実施した。その結果、所定の下地層上に、(100)面にエピタキシャル成長したフルホイスラー合金の単結晶薄膜の作製に成功し、さらに、フルホイスラー合金と絶縁体との間にMg層を挟むような従来と類似の構造で、フルホイスラー合金のスピン分極率が100%のトンネル磁気抵抗効果素子を得ることに成功したものである。
【0014】
したがって、本発明のトンネル磁気抵抗効果素子によれば、非常に高いTMR比を呈し、スピンエレクトロニクス分野において、例えば磁気センサや磁気メモリなどとして使用することができる。
【0015】
本発明の好ましい態様においては、前記フルホイスラー合金はXYZの組成式で表わされる金属間化合物から構成される。このようなホイスラー合金は、高いキュリー温度を呈し、室温においても約100%の高いスピン分極率を呈する。したがって、目的とするトンネル磁気抵抗効果素子は、より高いTMR効果を呈するようになる。
【0016】
なお、上述したホイスラー合金においても、特にCoMnSiが高いキュリー温度と高いスピン分極率とを呈し、目的とするトンネル磁気抵抗効果素子のTMR比及びTMR効果をより向上させることができる。
【0017】
さらに、本発明の他の好ましい態様においては、前記絶縁体は、AlOxから構成される。この場合も、上記同様に目的とするトンネル磁気抵抗効果素子は、より高いTMR比を呈し、より高いTMR効果を呈するようになる。
【0018】
また、本発明のその他の好ましい態様においては、前記フルホイスラー合金を所定の基材上において所定の下地層を介して形成する。この場合、フルホイスラー合金はエピタキシャル成長し、さらに、単結晶成長するので、より高いTMR比を呈し、より高いTMR効果を呈するようになる。
【0019】
なお、下地層を構成する材料は、上記フルホイスラー合金の材料種類に応じて適宜決定するが、特に上述したCoMnSiから構成する場合は、例えばCr層からなる構造とすることが好ましい。
【0020】
また、本発明の他の好ましい態様においては、前記下地層に、アニーリング処理を行う。これによって、下地層の(100)配向性が向上し、下地層表面が平滑になることで、その上に成長するフルホイスラー合金の性能をより向上させることができるようになる。
【0021】
また、本発明の他の好ましい態様においては、前記フルホイスラー合金に、アニーリング処理を行う。これによって、フルホイスラー合金のディスオーダーが減少して規則性が増大し、ハーフメタル固有の高いスピン分極率(約100%)を効果的かつ効率的に達成することができ、得られるトンネル磁気抵抗効果素子のTMR比及びTMR効果をより向上させることができるようになる。
【0022】
また、本発明の他の好ましい態様においては、フルホイスラー合金と絶縁体との間のMg層の膜厚は、約1ナノメートルである。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明によれば、少なくとも一方の強磁性体にスピン分極率がほぼ100%のフルホイスラー合金を具えるトンネル磁気抵抗効果素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の詳細、並びにその他の特徴及び利点について、発明を実施するための最良の形態に基づいて説明する。
【0025】
以下においては、フルホイスラー合金として、CoMnSiホイスラー合金を用い、これとCo−Feとで絶縁体のAlOxを挟み、さらに、CoMnSiとAlOxとでMg層を挟んだトンネル磁気抵抗効果素子を作製した場合について説明する。なお、トンネル磁気抵抗効果素子を構成する各層は、超高真空スパッタ装置を用いて作製するので、必然的に支持基板が必要となる。本例では、支持基板としてMgO基板を用いた。
【0026】
また、トンネル磁気抵抗効果素子は、MgO基板上に、Cr下地層を介して形成するとともに、その外側に「磁化固定層」として機能するIrMn層、及び「酸化防止層」として機能するTa層を形成した。したがって、本例におけるトンネル磁気抵抗効果素子を含む層構成は、以下のようにして表すことができる。
MgO基板/Cr(40)/Co2MnSi(30)/Mg(1)/AlOx(1.3)/CoFe(10)/IrMn(10)/Ta(5)
(カッコ内数字は膜厚で,単位はnmである)
【0027】
また、Cr下地層は、CoMnSi層の成膜前に、700℃でアニーリング処理を行なった。CoMnSi層は、AlOx層成膜以前に300〜600℃でアニーリング処理を行った。
【0028】
なお、得られた上記トンネル磁気抵抗効果素子のTMRの測定は、直流4端子法で行なった。
【0029】
図1は、上記のようにして得たCo2MnSi(30)/Mg(1.0)/AlOx(1.3)/CoFe(10)なる構成のトンネル磁気抵抗効果素子の断面TEM(透過型電子顕微鏡)像である。この断面TEM像から明らかなように、得られた上記構成のトンネル磁気抵抗効果素子は、非常に平滑な界面を有していることが確認された。また、Cr下地層および下部CoMnSi層は、(100)エピタキシャル成長していることが判明した。
【0030】
図2は、上記のようにして得たCo2MnSi(30)/Mg(x)/AlOx(1.3)/CoFe(10)なる構成のトンネル磁気抵抗効果素子のTMR比の測定温度依存性である。Mg=1nmのトンネル磁気抵抗効果素子のTMR曲線は、挿入図に示す。図2から、上記Mg=1nmのトンネル磁気抵抗効果素子のTMR比は、室温で約93%である。このTMR比は、AlOx絶縁層を具えたトンネル磁気抵抗効果素子のなかで、現在のところ世界最大のTMR比である。温度を減少させるとTMR比は増大し、2Kにおいては200%のTMR比を示すことが判明した。このことから、作製したCoMnSiは、ほぼ100%のスピン分極率を有していることが判明した。
【0031】
図3は、上記のようにして得たCo2MnSi(30)/ Mg(1.0)/AlOx(1.3)/CoFe(10)なる構成のトンネル磁気抵抗効果素子の、Co2MnSi(30)とMg(1.0)との界面をX線吸収スペクトルで調べた結果である。図3に示すように、Mgを挿入しないトンネル磁気抵抗素子(図3中のA,B,C)では、MnL2,3吸収端のピーク近傍にマルチプレット構造(図3(b)中の矢印)が明瞭に現れており、界面にMnの酸化物が存在していることが示唆される。これに対し、Mgを1ナノメートル挿入したトンネル磁気抵抗素子(図3中のD)では、マルチプレット構造は全く観測されていない。これにより、Mgを1ナノメートル挿入したトンネル磁気抵抗素子では、挿入しない素子と異なり、界面にMnの酸化物が非常に少ないことが判明した。
【0032】
上記のトンネル磁気抵抗効果素子は、100%のスピン分極率を有するフルホイスラー合金を具えた世界で初めての素子であり、スピンエレクトロニクス分野の基礎的研究が推進されるだけでなく、実用研究にも大きな進展と発展とをもたらす可能性がある。
【0033】
以上、発明の実施の形態に則して本発明を説明してきたが、本発明の内容は上記に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない限りにおいて、あらゆる変形や変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施の形態のトンネル磁気抵抗効果素子を示す透過型電子顕微鏡写真による断面TEM像である。
【図2】図1に示すトンネル磁気抵抗効果素子のTMR比の測定温度依存性を示すグラフである。
【図3】図1に示すトンネル磁気抵抗効果素子の、(a)試験試料の構造等を示すテーブル、(b)Co2MnSiとMgとの界面のX線吸収スペクトルを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の強磁性体と、第2の強磁性体と、これら強磁性体間に挟まれて存在する絶縁体とを具え、前記強磁性体の少なくとも一方は、基材上に(100)面にエピタキシャル成長したフルホイスラー合金の単結晶を有し、前記フルホイスラー合金と前記絶縁体との間に薄いMg層を具えることを特徴とする、トンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項2】
前記フルホイスラー合金は、XYZの組成式で表わされる金属間化合物であることを特徴とする、請求項1記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項3】
前記フルホイスラー合金は、アニーリング処理を経ていることを特徴とする、請求項1または2記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項4】
前記フルホイスラー合金は、CoMnSiからなることを特徴とする、請求項1、2または3記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項5】
前記絶縁体は、AlOxからなることを特徴とする、請求項1、2、3または4記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項6】
前記フルホイスラー合金は、前記基材上において所定の下地層を介して形成されていることを特徴とする、請求項1、2、3、4または5記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項7】
前記下地層はCr層からなることを特徴とする、請求項6記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項8】
前記下地層は、アニーリング処理を経ていることを特徴とする、請求項6または7記載のトンネル磁気抵抗効果素子。
【請求項9】
室温で有限のトンネル磁気抵抗効果(TMR)比を呈することを特徴とする、請求項1、2、3、4、5、6、7または8記載のトンネル磁気抵抗効果素子。


【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−218641(P2008−218641A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−52767(P2007−52767)
【出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】