説明

トンネル磁気抵抗素子

【課題】マグネタイト(Fe34)膜を一方の電極とし、マグネタイト本来のスピン依存電気伝導特性をより反映した、室温で20%以上の負のMR比を示すTMR素子を提供すること。
【解決手段】マグネタイト電極と、該マグネタイト電極上に成膜された酸化マグネシウム層と該酸化マグネシウム層上に成膜された2nm以下の厚さの酸化アルミニウム非晶質層とからなる障壁層と、を備えるトンネル磁気抵抗素子である。サファイア基板(00.1)面上に、マグネタイトを[111]方向にエピタキシャル成膜してマグネタイト電極を形成し、該電極上に酸化マグネシウム層を[111]方向にエピタキシャル成膜し、その上に酸化アルミニウム非晶質層を成膜して障壁層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トンネル磁気抵抗素子(以下、TMR素子という)に係り、特に、基板上にマグネタイト(Fe34)を成膜して一方の電極とするTMR素子に関する。
【背景技術】
【0002】
不揮発性メモリとして研究開発が進んでいる磁気メモリの性能は、原理的には電極である磁性体のスピンが上向き、下向きのいずれかに偏っている割合(スピン分極率)が大きいほど向上することが知られている。ハーフメタルとして知られる物質、マグネタイト、酸化クロム、LSMO(La1-xSrxMn)、ホイスラー合金は、フェルミ面において、一方のスピンバンドにエネルギーギャップがあり、理論的にはスピン分極率100%を有する。ハーフメタルは、強磁性トンネル接合に適用すると、無限に大きなトンネル磁気抵抗(TMR)を発現するばかりでなく、スピンフィルター、スピン利用のトランジスタや、量子コンピュータに必要な半導体への高効率スピン注入を実現する上で欠かせない材料である。
【0003】
通常、トンネル磁気抵抗(TMR)の大きさは、MR比で表される。MR比は、TMR素子を構成する絶縁層を挟んで対峙する2つの強磁性体電極の磁化の方向が、互いに反平行の時の電極間の電気抵抗(Rap)と、互いに平行の時の電極間の電気抵抗(Rp)との差に対する、平行の時の電極間電気抵抗(Rp)の割合(%)、すなわち、MR比=(Rap−Rp)/Rp×100で表される。
【0004】
858K(585℃)の高いキュリー点を持つマグネタイト(Fe34)を用いたスピントンネル接合は、実用化の期待が高いが、室温におけるMR比は、これまで、非特許文献1によれば、Co/Al23/Fe酸化物を用いた場合の13%、また、非特許文献2によれば、Fe34/AlOx/CoFe/NiFeを用いた場合の14%が報告されているにすぎない。これらはいずれも絶縁層を挟む2つの電極の磁化が反平行の時、MR比が増加する正のTMR(Normal TMR)である。電極の磁化が平行の時、MR比が増加する負のTMR(Inverse TMR)としては、非特許文献3によれば、NiFe/AlOx/Fe酸化物/Feを用いたMR比、−1.2%が報告されている。
【0005】
ハーフメタルであるマグネタイト(Fe34)の電気伝導は、結晶中のBサイト(8面体位置と呼ばれる)にあるFe+2、Fe+3価のイオン間での電子の飛び移り(ホッピング)により行われ、この飛び移り電子は、全て下向き(ダウン)スピンをもつという特徴がある。このため、マグネタイト(Fe34)から離れる際にスピンが反転しなければ、上向きスピン電子が電気伝導の主体であるCoやCoFe等の3d−磁性金属からなる電極と組み合わせたトンネル接合では、負のMR比を示す、負のTMRが発現すると予測されている。従来技術で、多くの正のTMRが報告されているのは、界面での電子スピンの方向が制御されていないため、ハーフメタルとしてのスピン分極率100%のマグネタイト(Fe34)本来のスピン依存電気伝導特性を反映していないのが原因である。
【0006】
マグネタイト(Fe34)と3d−磁性金属からなる負のTMRを示すトンネル磁気抵抗素子として、本件発明者は、非特許文献4に記載されているように、(111)面のマグネタイト層を電極に、酸化マグネシウムを障壁層として用いて作製したFe34/MgO/CoFeはMR比−14%の負の磁気抵抗素子を示すことを見出したが、同時にこの素子と同じ基板上にMR比が最大+10%の正の磁気抵抗素子も多く得られ、電子トンネルに際してスピンの一部が反転していることがわかり、スピンの分極を動作原理とする電子デバイスとして問題があった。
【0007】
また、MR比−14%の負の磁気抵抗はこれまで報告された中で最も大きな負のMR比であるが、実用とされる150%以上のMR比を得るためには、更なるMR比の向上が必要である。しかしながら従来の、MgO層を障壁層とするFe34/MgO/CoFeでは−14%以上の大きなMR比は得られないという問題もあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】P.Seneor et al.,Applied Physics Letters,74,4017(1999)
【非特許文献2】K.Aoshima et al.,Journal of Applied Physics,93,7954(2003)
【非特許文献3】C.Park et al.,IEEE Transactions on Magnetics,41,2691(2005)
【非特許文献4】門 哲男、齋藤秀和、安藤功兒、Journal of AppliedPhysics,101,09J511 (2007).
【非特許文献5】R.Meservey and P.M.Tedrow,Phys.Rep.238,173(1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、マグネタイト(Fe34)膜を一方の電極とし、マグネタイト(Fe34)本来のスピン依存電気伝導特性をより反映した、室温で負のMR比を示すTMR素子のみを同一基板上に作成する技術、及び室温で絶対値20%以上の負のMR比を示すTMR素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するために、次のような手段を採用した。
第1の手段は、マグネタイト電極と、該マグネタイト電極上に酸化マグネシウム層と2nm以下の厚さの酸化アルミニウム非晶質層を成膜した障壁層と、からなることを特徴とするトンネル磁気抵抗素子である。
第2の手段は、サファイア基板(00.1)と、該サファイア基板(00.1)面上にマグネタイトを[111]方向にエピタキシャル成膜されて形成されたマグネタイト電極と、該マグネタイト電極上に酸化マグネシウムを[111]方向にエピタキシャル成膜し、さらに2nm以下の厚さの酸化アルミニウム非晶質層を成膜した障壁層と、からなることを特徴とするトンネル磁気抵抗素子である。
その他の手段は、マグネタイト電極と、該マグネタイト電極上に成膜温度60℃〜130℃で酸化マグネシウム層を成膜し、前記成膜温度より0〜60℃高い温度でアニールされた障壁層と、からなることを特徴とするトンネル磁気抵抗素子である。また、その他の手段は、サファイア基板(00.1)と、該サファイア基板(00.1)面上にマグネタイトを[111]方向にエピタキシャル成膜されて形成されたマグネタイト電極と、該マグネタイト電極上に成膜温度60℃から130℃で酸化マグネシウムを[111]方向にエピタキシャル成膜し、成膜温度より0〜60℃高い温度でアニールされた障壁層と、からなることを特徴とするトンネル磁気抵抗素子である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、スピン分極率100%をもつマグネタイト(Fe34)本来の下向きスピン依存伝導特性を反映させたマグネタイト(Fe34)を一方の電極として用いることにより、高MR比のTMR素子を実現することができる。これによって、半導体への高効率スピン注入や3−d金属磁性体の上向きスピンと組み合わせて2方向スピンの独立制御による電子デバイスの実現が可能となり、また、MRAMや磁気ヘッド、量子コンピュータ等、電子デバイス、電子材料分野で広く用いることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1で作製されたTMR素子の磁気抵抗−トンネル接合面抵抗の関係を示す図、および実施例1で作製されたTMR素子の磁気抵抗曲線を示す図である。
【図2】実施例1で作製されたTMR素子を形成する層の成膜時の反射高エネルギー電子線回折パターンを示す図である。
【図3】実施例2で作製されたTMR素子の磁気抵抗−トンネル接合面抵抗の関係を示す図、実施例2で作製されたTMR素子の磁気抵抗曲線を示す図、および実施例2で作製されたTMR素子を形成する多層膜の磁化曲線を示す図である。
【図4】実施例2で作製されたTMR素子を形成する層の成膜時の反射高エネルギー電子線回折パターンを示す図である。
【図5】実施例2で作製されたTMR素子を形成する層と同じ条件で作成された層の原子間力顕微鏡像を示す図である。
【図6】実施例3で作製されたTMR素子の磁気抵抗曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本件発明者は、マグネタイト(Fe34)を一方の電極とする負のMR比を示すTMR素子を作製するため鋭意研究を重ねた。その結果、サファイア(00.1)基板上に、パルスレーザー堆積(PLD)法でFe34(111)をエピタキシャル成膜し、その成膜上に、MgO(111)層を80℃でエピタキシャル成膜し、125℃でアニールした後、引き続きその膜上に磁場中スパッタ法でFe25Co75/IrMn/Ru層を成膜した。これをTMR素子に加工することにより、同一基板上に最大8%の負のMR比のみを示すTMR素子を見出した。さらに、障壁層としてMgOに代えて、MgO/Al23の2層膜を障壁層とすることにより、室温で20%以上の負のMR比を示すTMR素子を見出した。すなわち、本発明によれば、一方の電極にFe34層を用い、同一基板上に20%以上の負のMR比を示すTMR素子を高率で作成することが可能となった。
【0014】
本発明における一方の電極として用いる(111)面に成長させたマグネタイト(Fe34)膜は、パルスレーザー堆積(PLD)法で成膜されるが、スパッタリング法、分子線エピタキシャル(MBE)法、真空蒸着法でも可能である。その場合、基板温度と酸素分圧を制御して、化学量論組成に近づけることが重要である。化学量論組成に近いか否かは、膜の電気抵抗−温度曲線で120K付近にフェルヴェイ転移を示す急峻な抵抗変化が認められるか否かで判定できる。マグネタイト(Fe34)電極の膜厚は10〜100nmであるが、好ましくは50〜60nmがよい。
【0015】
本発明に係る第1の実施形態は、トンネル障壁層となるMgO層はFe34(111)膜の上に真空中、パルスレーザー堆積(PLD)法で成膜されるが、スパッタリング法、分子線エピタキシャル(MBE)法、真空蒸着法でも可能である。MgO層はエピタキシャル成膜されていなくても良いが、エピタキシャル成膜されているほうが好ましい。この場合、成長方向は[111]方向となる。膜厚は膜の粗さ、P−V(ピーク−ヴァレー)距離にもよるが2〜8nmであり、MgO(111)面では4〜6nmが適当である。成膜温度は50℃から130℃の範囲が適当であるが、60℃から100℃の温度範囲が好ましい。成膜後のアニールは、成膜温度に依存するが、成膜温度より0〜60℃以内の高い温度で行うのが望ましい。本実施形態のTMR素子によれば、室温で絶対値として5%以上の負の(−5%より大きな負の)MR比を示すことができる。つまり、本実施形態の発明によれば、同一基板上に負のMR比のみを示すTMR素子を実現することができる。
【0016】
本実施形態のTMR素子は、スピン反転が起こるのはMgO層が形成する2つの界面のうち、Fe34/MgO界面であるという知見、および、両層の格子ミスマッチがほとんど無いため、Fe34/MgO界面では両層に跨る酸素の面心立方格子のネットワークを通じて、イオン半径の小さい鉄イオン、マグネシウムイオンの相互拡散が150℃以上の比較的低温で起こり易くなるという知見に基づいている。したがって、酸化マグネシウム堆積時の成膜温度を上げて、スピン反転の原因とされるFe34/MgO界面近傍における積層転位などの欠陥を減少させる一方、両層の相互拡散を抑制できる温度以下で成膜する必要があり、これにより上記の狭い成膜温度範囲が決定される。
【0017】
本発明に係る第2の実施形態は、第1の実施形態におけるトンネル障壁層と同様に形成されるが、トンネル障壁層として、室温でMgO/Al23膜からなる2層膜を作成することによって得られる。トンネル障壁層の厚さは3〜8nmであるが、好ましくは5〜7nmである。通常MgOが一方の膜として用いられ、他方の膜としてSrTiO3、Ce1−xLaxy、Al23、SiO2のいずれかの1つが2nm未満の厚さでMgO上に連続して堆積される。これらの膜はアモルファス状態である方が膜の平坦化を促進する上で好都合である。MgO(5nm)/Al2(1nm)膜を障壁層とした磁気抵抗素子は、室温で最大−26%の負のMR比を示すことができる。つまり、本実施形態の発明によれば、室温で20%以上の負のMR比を示すTMR素子を実現することができる。
【0018】
なお、第2の実施形態によれば、同一基板上には最大で+18%の正のMR比を示すTMR素子が認められたが、正のMR比を持つTMR素子は、第1の実施形態を併用することにより、スピン反転に影響を及ぼす、Fe34/MgO界面近傍層の欠陥を減じることにより正のMR比を無くすことが可能である。つまり、第1の実施形態および第2の実施形態に係る発明を併せて用いることにより、室温で絶対値20%以上の負のMR比を示すTMR素子をのみを作成することが可能となる。これは、このFe34/MgO/CoFeTMR素子において、スピン反転に影響を及ぼすのは、Fe34/MgO界面近傍層の欠陥であり、MR比に影響を及ぼすのはMgO/Fe34界面の粗さであり、しかもそれぞれの界面の状態は成膜時に独立に制御できるという知見によるものである。
【0019】
第2の実施形態において、正負とも、大きなMR比が得られる原因は、MgO/CoFe界面の粗さが改善した結果と考えられる。室温で成膜した酸化マグネシウム(111)層は(001)面からなる三角錐型の形態をとるファセット成長をしており、平均表面粗さRaは0.7nm、P−V(ピーク−ヴァレー)距離は5.5nmに対して、本実施形態に係るMgO(5nm厚さ)/Al23(1nm厚さ)膜の平均表面粗さRaは0.3nm、P−V(ピーク−ヴァレー)距離は3.7nmと、非常に小さな値で、表面粗さは非常に向上している。これはAl23がアモルファスであることから、ファセット成長ではなく、ファセット成長で形成された凹凸を平坦化しているものと考えられる。なお、障壁層を6nmの一定厚さに保ち、Al23層厚さを2nm以上増加させれば、MR曲線にノイズの重畳が顕著となり、また、MR比の向上は認められない。
【0020】
第1および第2の実施形態に係る発明において、(111)面成長させたFe34膜を一方の電極(下部電極)とし、この一方の電極とトンネル障壁層を挟んで対峙する他方の電極(上部電極)は、Fe、Co、Ni、およびFe、Co、Niを含む合金膜である。他方の電極(上部電極)としてFe34を用いても良い。その場合には正のMR比となる。
【0021】
また、第1および第2の実施形態に係る発明において、上部電極の上にIrMn層を反強磁性交換結合膜として形成する場合があるが、下部電極のFe34層と上部電極層の保磁力が異なっていれば、形成する必要はない。また、最上部には保護層としてRu層が形成されるが、TMR素子を環境から保護できれば、Au、Ta、Pt等の他の材料を用いても良い。
【0022】
なお、第1および第2の実施形態に係る発明のTMR素子は、上記トンネル接合層から成る多層膜を通常のフォトリソグラフィ法とArミリングまたはエッチングにより加工されるが、加工法によって何ら限定されるものでは無い。
【0023】
以下に、本発明に係る実施例について説明する。
【0024】
実施例1
本実施例で作製されるTMR素子の構造は、サファイア(00.1)基板/Fe34(60nm)/MgO(6nm)/Fe25Co75(5nm)/IrMn(10nm)/Ru(5nm)である。
このTMR素子の作製は、まず、サファイア(00.1)基板上に、パルスレーザー堆積(PLD)法およびスパッタ法を用いて、Fe34層を、1×10-5Paの真空下で150℃で成膜後、500℃で30分間、アニールした。その後、その成膜上に、障壁層としてMgO層を1×10-5Paの真空下で80℃で成膜後、125℃で10分間、アニールした。さらに、その膜試料を高真空下でスパッタ装置に移動し、その膜上に、磁場中スパッタ法でFe25Co75/IrMn/Ru層(室温)を成膜した。その後、フォトリソグラフィとアルゴンイオンミリングにより3×12μm2の接合面積を有するTMR素子を作製した。
【0025】
次に、この実施例で作製されたTMR素子の磁気抵抗の測定を行った。
図1(a)は、作製されたTMR素子のMR比とトンネル接合の面抵抗RAとの関係を示す図であり、横軸はトンネル接合の面抵抗RA、縦軸はMR比である。磁気抵抗の測定は、室温で2端子法により行った。
同図に示すように、MR比はすべて負の値であり、正のMR比は認められなかった。MR比は−8%〜−1%、RAは3×105〜2×106Ωμm2の値を示すが、RAが高いほど、MR比は大きな負の値を示す傾向があり、相関が見られる。
図1(b)は、室温で最も大きな負のMR比−8%を示すTMR素子のMR曲線を示す図であり、横軸は磁場、縦軸はMR比である。磁気抵抗の測定は、室温で4端子法により行った。
同図に示すように、IrMnにより、CoFe電極に交換バイアスがかけられており、磁化曲線は非対称であるため、MR曲線も非対象となっている。
【0026】
図2は、TMR素子を形成する多層膜の作成時におけるRHEED(反射高エネルギー電子線回折)パターンを示す図であり、図2(a)は、Fe34(60nm)を成膜後、500℃でアニールしたもののRHEEDパターンであり、図2(b)は、その後、MgOを80℃で6nm成膜後のRHEEDパターンであり、図2(c)は、その後、成膜されたMgOを125℃でアニールしたもののRHEEDパターンである。
Fe34、MgOともにエピタキシャル製膜されており、図2(b)、図2(c)に見られるように、MgOのRHEEDパターンには明瞭な菊池線が認められ、80℃という非常に低い成膜温度で膜の結晶品質は著しく向上していることが分かる。このRHEEDパターンを室温で成膜後のMgOのRHEEDパターンと、後述する図4(b)の菊池線が見られないRHEEDパターンと比較すると、成膜温度80℃での成膜でMgOの結晶品質は著しく向上しており、MgO/Fe34界面で、転位などの格子欠陥が少ないことを示唆している。これが散乱による電子スピン反転が起こりにくい原因と考えられる。
【0027】
実施例2
本実施例で作製されるTMR素子の構造は、サファイア(00.1)基板/Fe34(60nm)/MgO(5nm)/Al23(1nm)/Fe25Co75(5nm)/IrMn(10nm)/Ru(5nm)である。
このTMR素子の作製は、障壁層であるMgOを室温で厚さ5nm成膜し、その後、MgOと同じ条件でAl23を1nm成膜した以外は、実施例1と同じ条件でTMR素子を作製した。
【0028】
次に、この実施例で作製されたTMR素子の磁気抵抗を測定した。磁気抵抗の測定は、室温で2端子法により行った。
図3(a)は、作製されたTMR素子のMR比とトンネル接合の面抵抗の関係を示す図であり、横軸はトンネル接合の面抵抗RA、縦軸はMR比を示す。
同図に示すように、MR比は−26%〜18%、Raは106〜1011Ωμm2の値を示すが、RAが高いほど、MR比は負となる傾向があり、相関が見られる。
図3(b)は、室温で最も大きな負のMR比−26%を示すTMR素子のMR曲線である。横軸は磁場、縦軸はMR比である。
図3(c)は、室温で最も大きな正のMR比18%を示すTMR素子のMR曲線である。横軸は磁場、縦軸はMR比である。
図3(d)は、TMR素子の加工前の磁性多層膜の磁化曲線である。IrMnによりCoFeに交換磁気バイアスがかかっており、磁化曲線は非対称である。磁化曲線に依存して図1(b)、(c)のMR曲線も非対称となっている。
【0029】
図4は、TMR素子の多層膜の作成時におけるRHEED(反射高エネルギー電子線回折)パターンである。図4(a)はFe34の成膜後のRHEEDパターンであり、図4(b)はMgOを室温で成膜後のRHEEDパターンであり、図4(c)はその後Al23を成膜後のRHEEDパターンである。
Fe34、MgOともにエピタキシャル製膜されているが、図4(b)のMgOのRHEEDパターンでは菊池線は認められず、結晶品質は実施例1のそれよりも劣っていると考えられる。図4(c)に見られるようにAl23はアモルファスである。1nm厚さでは、MgO層がファセット成長して凹凸があることを受け、かすかにMgOのRHEEDパターンが認められるが、2nm厚さのAl23では消滅する。なお、Al23の膜厚が非常に薄ければ、その上にMgOのエピタキシャル製膜は可能である。
【0030】
図5(a)はFe34(60nm)、図5(b)はFe34(60nm)/MgO(6nn)、図5(c)はFe34(60nm)/MgO(5nm)/Al23(1nm)膜表面の原子間力顕微鏡(AFM)像である。それぞれの平均面粗さRaとP−V(ピークーヴァレー)距離は、(0.3nm、3.7nm)、(0.7nm,5.5nm)および(0.3nm,3.7nm)である。MgO(111)のRa、P−V(ピークーヴァレー)距離ともに大きいのは、(001)面からなるファセット成長しているためである。1nmのAl23を堆積するとRa、P−V(ピークーヴァレー)距離とも、著しく低下し、表面粗さが低減されることがわかる。実施例3で正負ともMR比が高いのは、(MgO/Al23)/CoFe界面での粗さが低下していることが原因と考えられる。
【0031】
なお、非特許文献5によれば、Al23/3d−金属の界面ではスピンの反転は起こらないことが知られている。したがって、MgO層の替わりにMgO/Al23層を障壁層に用いて正負のMRが生じたという結果は、正負のMR比が生じる原因となるスピンの反転はMgO/CoFe界面で起こるのではなく、Fe34/MgO界面で起こることを示唆している。
【0032】
実施例3
本実施例で作製されるTMR素子の構造は、サファイア(00.1)基板/Fe34(60nm)/MgO(4nm)/Al23(2nm)/Fe25Co75(5nm)/IrMn(10nm)/Ru(5nm)である。このTMR素子の作製は、室温でMgO層の厚さを4nmとし、その後MgOと同じ条件でAl23を2nm連続成膜した以外は、実施例2と同じ条件でTMR素子を作製した。
【0033】
図6は、本実施例で作製されたTMR素子のMR曲線である。横軸は磁場、縦軸はMR比である。雑音が強くMR曲線に重畳し、ほとんど再現性のある測定結果は得られなかった。なお、MgO障壁層の厚さを3nmとし、その後MgOと同じ条件でAl23を3nm成膜した以外は実施例2と同じ条件で作成したTMR素子には、MR曲線は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネタイト電極と、
該マグネタイト電極上に成膜された酸化マグネシウム層と該酸化マグネシウム層上に成膜された2nm以下の厚さの酸化アルミニウム非晶質層とからなる障壁層と、
を備えることを特徴とするトンネル磁気抵抗素子。
【請求項2】
サファイア基板(00.1)と、
該サファイア基板(00.1)面上にマグネタイトを[111]方向にエピタキシャル成膜されて形成されたマグネタイト電極と、
該マグネタイト電極上に[111]方向にエピタキシャル成膜された酸化マグネシウム層と、該酸化マグネシウム層上に成膜された2nm以下の厚さの酸化アルミニウム非晶質層とからなる障壁層と、
を備えることを特徴とするトンネル磁気抵抗素子。

【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−119714(P2012−119714A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−21447(P2012−21447)
【出願日】平成24年2月3日(2012.2.3)
【分割の表示】特願2008−75185(P2008−75185)の分割
【原出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】