説明

モータ制御装置

【課題】停止位置によらず、かつ負荷特性が変化した場合にも安定にモータを駆動するモータ制御装置、およびそれを用いた駆動装置を提供する。
【解決手段】回転角度位置に関する情報を用いない同期運転モードと回転角度位置に関する情報を用いて駆動する位置センサレス運転モードとを備え、前記運転モードを駆動中に切り替えるモータ制御装置において、機械角1周期もしくは機械角1周期の整数倍で変動する周期トルク成分を推定する手段を備え、周期トルクの傾きがゼロ近傍または負になる期間に運転モードを切り替えることを特徴とするモータ制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置、およびそれを用いた駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧縮機を安定に起動させることが可能な圧縮機の駆動装置の従来技術として、特開2006−166658号公報(特許文献1)がある。特許文献1には、圧縮機の停止が指示されたことに応じて、回転数を徐々に低下させ、所定の回転数に到達したことに応じて相固定運転を行い、ピストンを所定の位置に停止させる構成が開示されている。
【0003】
また、起動失敗のないレシプロ式コンプレッサの駆動装置の従来技術として、特開2005−90466号公報(特許文献2)がある。特許文献2には、起動前に、コンプモータに起動モータ定数に基づいて一相に駆動電流を流し、固定子の位置を起動初期位置に待機させ、その後、この起動初期位置から起動を始める構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−166658号公報
【特許文献2】特開2005−90466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、ピストンを所定の位置に停止させる仕組みが記載されている。しかし、特許文献1の圧縮機の駆動装置は、停止位置からピストンが動いた場合や負荷特性の変化について考慮されていない。
【0006】
そこで、本発明は、停止位置によらず、かつ負荷特性が変化した場合にも安定にモータを駆動するモータ制御装置、およびそれを用いた駆動装置を提供することを目的とする。
【0007】
また、特許文献2には、回転子の位置を起動初期位置に待機させる仕組みが記載されている。しかし、特許文献2のコンプレッサの駆動装置は、特定の方式のコンプレッサについてしか考慮されていない。
【0008】
そこで、本発明は、コンプレッサに関わらず、負荷トルク特性が周期的に変化するものに適用可能なモータ制御装置、およびそれを用いた駆動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、例えば特許請求の範囲に記載の構成を採用する。
【0010】
本発明は上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例を挙げるならば、回転角度位置に関する情報を用いない同期運転モードと回転角度位置に関する情報を用いて駆動する位置センサレス運転モードとを備え、前記運転モードを駆動中に切り替えるモータ制御装置において、機械角1周期もしくは機械角1周期の整数倍で変動する周期トルク成分を推定する周期トルク推定手段を備え、周期トルクの傾きがゼロ近傍または負になる期間に前記運転モードを切り替えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、停止位置によらず、かつ負荷特性が変化した場合にも適用できるモータ制御装置、およびそれを用いた駆動装置を提供することができる。また、コンプレッサに関わらず、負荷トルク特性が周期的に変化するものに適用可能なモータ制御装置、およびそれを用いた駆動装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】モータ制御装置の構成図の例である。
【図2】座標軸の説明図である。
【図3】電力変換回路の構成図の例である。
【図4】圧縮機構部の構成図の例である。
【図5】回転子の位置に対する負荷トルクの変化の例である。
【図6】運転モードの例である。
【図7】PLL制御器の構成図の例である。
【図8】速度制御器の構成図の例である。
【図9】負荷が軽い場合の実軸と制御軸の関係図の例である。
【図10】負荷が重たい場合の実軸と制御軸の関係図の例である。
【図11】負荷が軽い場合の運転モード図の例である。
【図12】負荷が重たい場合の運転モード図の例である。
【図13】周期トルク推定手段の構成図の例である。
【図14】周期トルク推定手段の別の構成図(電圧指令値利用型)の例である。
【図15】周期トルク推定手段の別の構成図(電流の包絡線利用型)の例である。
【図16】駆動装置の構成図の例である。
【図17】制御モード切替タイミングの拡大図の例である。
【図18】簡易トルク推定手段の構成図の例である。
【図19】制御軸と3相軸の関係図の例である。
【図20】負荷トルクと脈動成分抽出値の関係図の例である。
【図21】周期トルク推定手段30aのシミュレーション結果の例である。
【図22】周期トルク推定手段30bのシミュレーション結果の例である。
【図23】周期トルク推定手段30cのシミュレーション結果の例である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を用いて本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0014】
本実施例では、圧縮機を駆動するモータ制御装置1の例を説明する。
【0015】
図1は、本実施例のモータ制御装置1の構成図の例である。モータ制御装置1は、大きく分け、モータ(電動機)6に流れる電流を検出する電流検出手段12と、電流検出手段12で検出した電流情報を基にモータ6へ印加する電圧指令値を演算する制御部2と、その電圧指令値に従ってモータ6へ電圧を印加する電力変換回路5と、モータ6に機械的に接続されている圧縮機構部500から構成される。
【0016】
本実施例は、モータ6として、回転子に永久磁石を有する永久磁石モータを用いた例である。そのため、制御軸の位置と回転子の位置は、基本的に同期しているとして説明する。回転子の回転角度位置情報は、モータに流れる電流およびモータ印加電圧などの情報を基に推定する位置センサレス制御により得るものとしている。その際、回転子の磁束方向の位置をd軸、そこから回転方向に電気的に90度進んだq軸からなるd−q軸(回転座標系)に対し、制御上の仮想回転子位置dc軸と、そこから回転方向に電気的に90度進んだqc軸からなるdc−qc軸(回転座標系)での制御を基本としている。これらの軸の関係を図2に示す。なお、これ以降の説明において、d−q軸を実軸、dc−qc軸を制御軸と呼ぶ。
【0017】
固定座標系である3相軸と制御軸との関係を図19に示す。U相を基準に、dc軸の回転角度位置(磁極位置)θdcと定義する。dc軸は図中の矢印の方向に回転しており、回転周波数(後に示す、インバータ周波数指令値ω1)を積分することで、磁極位置θdcを得られる。
【0018】
電流検出手段12は、モータ6に流れる3相の交流電流の内、U相とW相に流れる電流を検出する。全相の交流電流検出をしても構わないが、キルヒホッフの法則から、3相のうち2相が検出できれば、他の1相は検出した2相から算出できる。
【0019】
モータ6に流れる交流電流を検出する別方式として、例えば、後述する電力変換回路5の直流側に付加されたシャント抵抗に流れる直流電流から、電力変換回路5の交流側の電流を検出するシングルシャント電流検出方式がある。この方式は、電力変換回路5を構成するスイッチング素子の通電状態によって、シャント抵抗に流れる電流が時間的に変化することを利用している。図示はしていないが、電流検出手段12に、シングルシャント電流検出方式を用いても問題ない。
【0020】
制御部2は、3相軸上の交流電流検出値(IuおよびIw)を制御軸上の電流検出値へ座標変換する3φ/dq変換器8、制御軸上の電流検出値(IdcおよびIqc)および電圧指令値(Vd*およびVq*)を用いて実軸と制御軸との軸誤差Δθc(図2に図示)を演算する軸誤差演算器10と、周期的に変動する負荷トルクを推定する周期トルク推定手段30と、軸誤差Δθcを軸誤差指令値Δθ*(通常はゼロ)に追従させるためにモータ6に印加する電圧の周波数(インバータ周波数指令値ω1)を調整するPLL制御器13と、後に詳細に説明する運転モードを切り替える制御切替スイッチ(16aおよび16b)と、制御切替判定器31、電圧指令値作成器3と、dq軸上の電圧指令値(Vd*およびVq*)を制御軸から3相軸へ座標変換するdq/3φ変換器4、電流制御器112、積分器9などから構成される。
【0021】
制御部2の多くは、マイコン(マイクロコンピュータ)やDSPなどの半導体集積回路(演算制御手段)によって構成され、ソフトウェアなどで実現している。
【0022】
電力変換回路5は、図3に示すように、インバータ21、直流電圧源20、ドライバ回路23によって構成される。インバータ21は、スイッチング素子22(例えば、IGBT、MOS−FETなどの半導体スイッチング素子)によって構成される。これらのスイッチング素子22は直列に接続され、U相、V相、W相の上下アームを構成している。それぞれの相の上下アームの接続点がモータ6へ配線されている。スイッチング素子22は、ドライバ回路23が出力するパルス状のドライブ信号(24a〜24f)に応じてスイッチング動作をする。直流電圧源20をスイッチングすることで、任意の周波数の交流電圧をモータ6に印加してモータを駆動する。
【0023】
電力変換回路5の直流側にシャント抵抗25を付加した場合、過大な電流が流れた際にスイッチング素子22を保護するための過電流保護回路や、シングルシャント電流検出方式などに利用できる。
【0024】
図4に示すように、圧縮機構部500は、モータ6を動力源としてピストン501を駆動している。これにより、圧縮動作を行う。モータ6のシャフト502に、クランクシャフト503が接続され、モータ6の回転運動を直線運動に変換している。モータ6の回転に応じて、ピストン501も動作し、吸込み、圧縮、吐出、といった一連の工程を行う。まず、シリンダ504に設けられた吸込み口505から冷媒を吸い込む。その後、弁506を閉じて圧縮を行い、吐出口507から圧縮した冷媒を吐出する。
【0025】
一連の工程において、ピストン501にかかる圧力が変化する。これは、ピストンを駆動するモータ6から見ると、周期的に負荷トルクが変化していることを意味する。図5は、機械角1周期における回転子の位置に対する負荷トルクの変化の例を示している。図5では、モータ6として4極モータの例を示しているため、電気角2周期が機械角1周期に相当する。回転子の位置とピストンとの位置の関係は、組み付けによって異なるが、図5では、ピストンの下死点からの変化を示してある。圧縮工程が始まると、負荷トルクが大きくなり、吐出工程では、急激に負荷トルクが小さくなるのが特徴的である。図5から、1回転中において負荷トルクが変動していることが分かり、毎回転負荷トルクが変動するため、モータ6から見ると周期的に負荷トルクが変動していることになる。
【0026】
なお、負荷トルクの変動は、同じ圧縮機構部500を用いても、モータ6の回転数、吸込み口505や吐出口507の圧力、吸込み口505と吐出口507の圧力差、など様々な要因で変化する特徴がある。また、弁506の開閉タイミングとピストンの位置の関係は、弁506の構成によって変わり、弁506によっては圧力条件によっても変わる。
【0027】
モータ6を起動する際の基本動作について説明し、その後、圧縮機など周期的な脈動トルクがある場合の課題について説明する。図6は、モータ6を起動する際の各運転モードの遷移を示した運転モードの例である。運転モードは、任意の相のモータ巻線に、直流電流を流してモータ6の固定子をある位置に固定する位置決めモードと、d軸電流指令値Id*とq軸電流指令値Iq*と周波数指令値ω*を基にモータ6に印加する電圧を決定する同期運転モードと、軸誤差Δθcがゼロになるようにインバータ周波数指令値ω1を調整する位置センサレスモード、の3つがある。
【0028】
これらの運転モードは、d軸電流指令値(Id*)、q軸電流指令値(Iq*)、インバータ周波数指令値ω1の内、いずれかまたは複数を変更、もしくは、制御部2に設けた制御切替スイッチ(16aおよび16b)を切り替えることによって、別の運転モードへ遷移する。なお、制御切替スイッチ(16aおよび16b)は、特に断りがない限り2つとも同時に切り替わる。
【0029】
位置決めモードでは、制御切替スイッチ(16aおよび16b)をA側にする。つまり、周波数指令値ω*がそのままインバータ周波数指令値ω1となる。さらに、起動時q軸電流指令値Iq*0(上位コントローラなどから与えられるか、制御部2内であらかじめ決定してある)が、そのままq軸電流指令値Iq*となる。位置決めモードdは、モータ6に直流電流を流すため、インバータ周波数指令値ω1はゼロとする。一方、d軸電流指令値Id*は、時間経過と共に一次関数的に増加させる。もちろん、d軸電流指令値Id*の与え方は図6に示した以外でも問題ない。また、位置決めをする相は、特定の相固定でも良いし、起動毎に毎回違う相にしても良い。すなわち、位置決めモードにおける磁極位置θdcを起動毎に変えればよい。例えば、θdcをゼロとした場合、U相に位置決めすることになる。
【0030】
位置決めモードが終了後、同期運転モードへ遷移する。制御切替スイッチ(16aおよび16b)はA側のままである。同期運転モードでは、d軸電流指令値Id*を一定値のままとし(この起動方法をd軸起動と呼ぶ)、インバータ周波数指令値ω1を増加させる。これにより、モータ66はインバータ周波数指令値ω1に追従して加速する。
【0031】
位置センサレスモードへは、制御切替スイッチ(16aおよび16b)をB側にすることで遷移する。位置センサレスモードでは、PLL制御器13が動作して、軸誤差Δθcが軸誤差指令値Δθ*(通常はゼロ)になるようにインバータ周波数指令値ω1を調整する。それと共に、上位制御器などの他から与えられる周波数指令値ω*とインバータ周波数指令値ω1との差がゼロになるように速度制御器14がq軸電流指令値Iq*を調整する。
【0032】
本実施例の永久磁石モータは、非突極型としている。そのため、d軸とq軸のインダクタンスの差によって発生するリラクタンストルクは考慮していない。したがって、モータ6の発生トルクはq軸を流れる電流に比例する。また、位置センサレスモードにおけるd軸電流指令値Id*はゼロを設定している。
【0033】
突極型の場合は、q軸電流によるトルクの他に、d軸とq軸のインダクタンスの差に起因するリラクタンストルクがあるため、それを考慮してd軸電流指令値Id*を設定することで、少ないq軸電流で同じトルクを発生できる。
【0034】
PLL制御器13の構成例を図7に示す。軸誤差指令値Δθ*と軸誤差Δθcの差を減算器11aで求め、これに比例ゲインKp_pllを乗じて比例制御する比例演算部42aの演算結果と、積分ゲインKi_pllを乗じて積分制御する積分演算部43aの演算結果とを加算器18aで加算し、インバータ周波数指令値ω1を出力する。
【0035】
速度制御器14の構成例を図8に示す。周波数指令値ω*とインバータ周波数指令値ω1の差を減算器11bで求め、これに比例ゲインKp_asrを乗じて比例制御する比例演算部42bの演算結果と、積分ゲインKi_asrを乗じて積分制御する積分演算部43bの演算結果とを加算器18bで加算し、q軸電流指令値Iq*を出力する。
【0036】
図6に示した運転モード図の例は、制御切替スイッチ(16aおよび16b)や各値の関係を示した概略図である。実際には、モータ6の負荷(負荷トルク)、PLL制御器13、電流制御器42および43、速度制御器14の応答周波数(比例ゲインや積分ゲイン)に応じて、各値が変化する。以下、同期運転モードから位置センサレスモードに遷移する際に、負荷トルクが変動した場合の挙動について、図9〜図12を用いて、詳しく説明する。なお、電流制御器は理想的な制御器であると仮定し、電流指令値通りの電流がモータ6に流れているとする。
【0037】
まず、モータ6の負荷が軽い場合について説明する。d軸起動を採用している場合、同期運転モードにおける軸誤差Δθcは、ほぼゼロ近傍の値となる。同期運転モードでは、回転子の回転角度位置情報(もしくは位置推定値)を用いて制御していないため、モータ6の発生トルクと負荷トルクが釣り合うように、軸誤差(負荷角)が発生する。図9に示した実軸と制御軸の関係図の例を用いて説明すると、次のようになる。d軸電流指令値Id*がdc軸上に流れている。モータ6の発生トルクは、q軸電流に比例する。負荷が軽い場合は、q軸電流は小さくてよいため、負荷角が小さくなる。
【0038】
一方、負荷が重い場合は、図10に示すように、負荷角が大きくなる。これによって、q軸に大きな電流が流れ、モータ6はより大きなトルクを発生する。
【0039】
次に、位置センサレスモードに移行した際の各値の動きについて、負荷が軽い場合(図11)、負荷が重たい場合(図12)、それぞれ説明する。先述の通り、位置センサレスモードに移行すると、PLL制御器13と速度制御器14が動作する。この時、軸誤差Δθcが正の値であるため、インバータ周波数指令値ω1を減少させる。これにより、周波数指令値ω*とインバータ周波数指令値ω1の差は負の値となり、速度制御器14はq軸電流指令値Iq*を大きくする。これによって、インバータ周波数指令値ω1は、周波数指令値ω*に追従する。
【0040】
一方、負荷が重たい場合、同期運転モードにおける軸誤差Δθcは、より大きな正の値となる。したがって、位置センサレスモードに移行してPLL制御器13が動作すると、インバータ周波数指令値ω1をより下げる。場合によってはゼロ近傍まで下がり、これによってモータ6が脱調し、起動失敗を招く恐れがある。図5に示したように、特に圧縮機は、周期的な負荷変動が大きいため、機械角1周期の平均負荷トルクは小さくとも、周期的な負荷変動によって一時的に負荷が大きくなるタイミングと位置センサレスモードに切り替えるタイミングが重なった場合、起動失敗する可能性が高くなる。そのため、周期的な負荷変動が大きい場合にも起動失敗せず、安定にモータ6を起動させることが本実施例の目的のひとつである。
【0041】
本実施例では、圧縮機構部500のピストン501は、直線的に動くレシプロ式を例に説明しているが、圧縮機構の別な方式として、ピストンが回転することで圧縮するロータリー式や、渦巻状の旋回翼からなるスクロール式などがある。それぞれの圧縮方式によって周期的な負荷変動の特性は異なるものの、いずれの圧縮方式においても圧縮工程に起因する負荷変動がある。そのため、周期的な負荷変動によって一時的に負荷が大きくなるタイミングと運転モードの切替タイミングとが重なることによって、起動失敗をする恐れがある。そこで、いずれの圧縮方式にも適用可能な解決策を提供することが本実施例の目的のひとつである。負荷トルクの変動は、圧縮機の形式でも変わり、同じ圧縮機でも運転条件(吸込み口や吐出口の圧力、圧縮機の温度など)やモータの回転数によっても変化する。そのため、予め切替タイミングを決めておくよりも、実際の負荷変動から切替タイミングを決定するのが良く、これが本実施例の目的のひとつである。
【0042】
これらの目的を実現する手段の1つである、周期トルク推定手段30と制御切替判定器31について説明する。これらの構成例はいくつかあるため、それぞれについて説明する。
【0043】
周期トルク推定手段30は、電流検出手段12で検出した電流情報を基に、周期的に変動する負荷トルク成分を推定する。図13に示した周期トルク推定手段30aでは、3φ/dq変換器8によって得たq軸電流検出値Iqcを、単相座標変換器32を用いて機械角周波数ωmで回転する座標系に座標変換をする。
【0044】
例えば、モータ6の回転子の磁極数が4極の場合、電気角2周期が機械角1周期に相当する。そのため、周波数指令値ω*(電気角)をモータ6の極対数(=極数/2)で除算すれば、機械角周波数ωmを得られる。なお、本実施例では、機械角周波数を求めるために、周波数指令値ω*を用いているが、インバータ周波数指令値ω1でも構わない。
【0045】
座標変換は、次式を用いて行う。
【0046】
【数1】

【0047】
これにより、q軸電流検出値Iqcの内、機械角周波数ωmのcos成分(Iqc_cos)とsin成分(Iqc_sin)が抽出される。負荷トルクの変動の高次成分を除去したい場合や、電流検出値のノイズを除去したい場合には、定域通過フィルタ(LPF)35を追加する。この後、再度、次式を用いて、座標変換を行う。
【0048】
【数2】

【0049】
この演算結果通しを加算することにより、q軸電流検出値Iqcの内、機械角周波数ωmの成分(Iqm)が抽出される。すなわち、単相座標変換器の出力の変化を見ることで、機械角周波数ωmで変動する周期的な負荷トルクの変化を推定できる。
【0050】
この一連の動きについて、図20を用いて、説明する。同期運転モードでは、位置情報をフィードバックしていないため、負荷トルクが変動した際は、前述の通りに、負荷角が変わることでモータトルクが負荷トルクに追従する。この時、電流制御をしていない場合は、図20中のIqcのように、負荷角に応じた電流が流れる。これを、周期トルク推定手段30aにて、q軸電流検出値Iqcの機械角周波数ωmの成分を抽出すると、脈動成分抽出値Iqmのような波形となる。
【0051】
次に、周期トルク推定手段30aの出力を制御切替判定器31aに入力する。従来、同期運転モードから位置センサレスモードへは、例えば、周波数指令値ω*が所定の値に達するか所定時間が経過した際に運転モードを切り替えていた。このような従来の運転モード切替判定の場合、周期的な負荷変動によって一時的に負荷が大きくなるタイミングと運転モードの切替タイミングとが重なる可能性がある。そこで、単相座標変換器の出力を基に、負荷トルクの変化がゼロ近傍、もしくは負荷トルクが減少する期間において、従来の運転モード切替判定が成立した場合に、制御切替スイッチ16に信号を出力し、運転モードを位置センサレスモードへ切り替える。例えば、図20に示した脈動成分抽出値Iqmを切替判定値以下の場合に、制御切替スイッチ16に信号を出力する。
【0052】
これにより、負荷トルク変動が小さい期間、つまり軸誤差Δθcの変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。
【0053】
制御切替判定器31aの各部の波形をシミュレーション結果の波形を図21に示す。シミュレーション結果の波形からも、周期トルク推定手段30aを用いることで、脈動成分抽出値Iqmは負荷トルクの変化に非常に近いことが分かる。切替判定値以下の場合に、運転モード切り替えを行うと、負荷トルク変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。
【0054】
周期トルク推定手段と制御切替判定器の別な構成例を、図14を用いて説明する。図14に示した周期トルク推定手段30bには、dq軸電圧指令値(Vd*およびVq*)を入力する。dq軸電圧指令値は制御軸上の値であるため、通常は直流成分となる。しかし、周期的な負荷変動がある場合は、電流制御がdq軸の電流を一定に制御するため、制御軸上の電圧指令値も変動する。そこで、周期トルク推定手段30bに電圧指令値を入力し、電圧指令値の変動分を抽出、もしくは不完全微分器34を用いて電圧指令値の微分値を制御切替判定器31bへ出力する。
【0055】
図22に、図14の構成を用いて、dq軸電圧指令値の不完全微分値(Vd*_divおよびVq*_div)を演算した結果を示す。この波形から分かるように、電圧指令値の微分からも、負荷トルクの変動を推定できる。
【0056】
制御切替判定器31bは、電圧指令値の変動分または電圧指令値の微分値がゼロ近傍、もしくは電圧指令値の微分値が負の期間において、あるいは、図22に示したように、切替判定値以下の期間において、従来の運転モード切替判定が成立した場合に、制御切替スイッチ16に信号を出力し、運転モードを位置センサレスモードへ切り替える。これにより、負荷トルク変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。
【0057】
ここで、電圧指令値作成器3は、次式で表わせる。
【0058】
【数3】

【0059】
ここで、Rはモータ6の巻線抵抗値、Ldはd軸のインダクタンス、Lqはq軸のインダクタンス、Keは誘起電圧定数である。
【0060】
上記の電圧指令値を演算する式から考えると、d軸電圧指令値よりもq軸電圧指令値の方が周期変動トルクによる影響が大きいため、q軸電圧指令値を入力する方が効果が大きい。また、制御軸上の電圧指令値ではなく、d軸電圧指令値とq軸電圧指令値の二乗和平方根を演算し、言い換えれば、電圧指令値の振幅値を演算し、これを制御切替判定器31bに入力しても同様の効果が得られる。また、周期トルク推定手段30bには、各相のスイッチング素子を駆動するドライブ信号24を入力しても構わない。例えば、ドライブ信号24を入力した場合、負荷トルクが大きい期間においては、より大きな電圧が必要になるため、スイッチングデューティーが高くなる(ドライブ信号のパルス幅が広がる)。つまり、負荷が重たい期間のドライブ信号は、他の期間と幅が変わる。
【0061】
同期運転モードにおいて、電流制御を行っていない場合に有効な、周期トルク推定手段と制御切替判定器の別な構成例を図15を用いて説明する。電流制御を行っていない場合は、モータ6に印加される電圧は、あらかじめ決められた値になる。この場合、負荷に応じて変化する負荷角によって、3相軸上の電流(Iu、Iv、Iw)の振幅値が変化する。そこで、電流検出手段12で検出した各相の電流値を周期トルク推定手段30cに入力する。包絡線検出器34によって、3相の交流電流の包絡線を検出し、それを制御切替判定器31cに出力する。
【0062】
図23に、シミュレーションで求めた、負荷トルクと3相交流電流の関係図を示す。図23から分かるように、負荷が重くなるタイミングで、包絡線が変化しているのが分かる。
【0063】
制御切替判定器31cでは、包絡線の変動がほぼ一定の期間、もしくは包絡線が増加する期間において、従来の運転モード切替判定が成立した場合に、制御切替スイッチ16に信号を出力し、運転モードを位置センサレスモードへ切り替える。これにより、負荷トルク変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。
【0064】
このように、いくつかある周期トルク推定手段30と制御切替判定器31の構成例のいずれかを用いることで、負荷トルク変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。負荷トルクの変動を推定するため、特定の圧縮機の方式に限定されることなく、いずれの圧縮方式においても適用可能なことは明らかである。
【0065】
モータ6の圧縮機の一工程での吸込み圧力Psと吐出圧力Pdは、圧縮機が繋がるシステム(例えば、冷凍サイクル)の状態によって変化するが、一工程における負荷トルク変動は発生する。そのため、負荷トルク変動を推定し、その情報を運転モードの切替判断に用いることで、様々な負荷特性のモータ制御装置へ適用可能である。
【0066】
圧縮機だけでなく、周期的に変動する負荷トルク特性を有するモータ制御装置にも適用可能で、同様の効果があることは言うまでもない。
【0067】
以上の説明では、モータ6のシャフトは、クランクシャフト503を介して圧縮機構部500のピストン501に接続されている例を用いた。そのため、圧縮機としての一連の工程は機械角1周期となり、その結果、負荷トルクの変動も機械角1周期であった。例えば、モータ6のシャフトとクランクシャフト503の間に、ギアを追加した場合、負荷トルクの変動は、機械角1周期の整数倍で変動する。この場合も、負荷トルクの変動周期があらかじめ分かっていれば、本実施例に記載の内容を適用可能で、同様の効果を得られる。
【0068】
また、モータ6を減速する場合、すなわち、運転モードを位置センサレスモードから同期運転モードに切り替える場合にも、本実施例に記載の内容を適用可能で、同様の効果を得られる。
【実施例2】
【0069】
本実施例では、起動時間が短い場合においても負荷トルクの変動を推定することができるモータ制御装置の例を説明する。
【0070】
図16は、実施例2におけるモータ制御装置1を用いた冷蔵庫を示す構成図の例である。
【0071】
なお、既に説明した実施例1に示された同一の符号を付された構成と、同一の機能を有する部分については、説明を省略する。
【0072】
冷蔵庫301は、図16に示すように、熱交換機302、送風機303、圧縮機304、圧縮機駆動用モータ305、などにより構成されている。また、冷蔵庫制御装置306は、各種センサ情報により、送風機や庫内灯などを制御する庫内制御装置307とモータ制御装置1から構成される。
【0073】
冷蔵庫においては、圧縮機を停止状態から起動を行う場合、潤滑油をシリンダに吸い上げるため、短時間で(高い加速レートで)起動する必要がある。この場合、周期的な負荷変動を検出するのに時間がかかると、起動時間の遅れが懸念される。そこで、起動時間が短い場合においても、負荷トルクの傾きがゼロ近傍または負になる期間に、位置センサレスモードに切り替え、安定にモータを起動できる解決策を提供することが本実施例の目的のひとつである。
【0074】
以下、図17の制御モード切替タイミングの拡大図を用い説明をする。モータの極数が2極よりも多い場合、電気角では複数の周期となる。例えば、モータ6が4極の場合は、電気角2周期が機械角の1周期である。そのため、位置決めモードにて直流位置決めを行った場合、電気的に同じ位置(d軸)であっても、機械的には異なった位置(例えば、機械角で0度と180度)に位置決めされる。この状態で、同期運転モードに遷移し、予め設定した加速レートに従って加速をする。
【0075】
インバータ周波数指令値ω1(または周波数指令値ω*)がセンサレス切替回転数に達した際(図17に太矢印で示した切替タイミング)に、制御切替スイッチを切り替えて、位置センサレスモードに遷移する。この時の時間的な拡大図を図17に示す。
【0076】
図17の左下側(例1)は、センサレス切替回転数達成タイミングが、負荷変動が大きい期間と重なっていない場合の例である。この時は、負荷変動が小さいため、安定に制御モードを切り替えることができる。
【0077】
一方、図17の右下側(例2)は、センサレス切替回転数達成タイミングが、負荷変動が大きい期間と重なった場合の例である。この場合は、位置センサレス切替後に、急激に負荷が重くなるため、インバータ周波数指令値ω1が急激に変化し、モータが脱調して停止してしまう場合がある。
【0078】
そこで、図18に示した周期トルク推定手段30dと制御切替判定器31cを用いる。周期トルク推定手段30dに周波数指令値ω*(またはインバータ周波数指令値ω1)を入力し、極対数で除すことで、機械角を演算する。周期トルク推定手段30dには、q軸電流検出値Iqcも入力する。周期トルク推定手段30dは、短時間起動に好適な手段であるため、電気角2周期の内、周期トルクの変化の大小を判別する。例えば、ピークホールド回路34を用いて、機械角1周期におけるIqcのピーク値が、機械角0度〜180度にあるか、180度〜360度にあるかを判定する。
【0079】
例えば、Iqcのピーク値が機械角0度〜180度にあり、その期間においてセンサレス切替回転数に達した場合(図17の右下側(例2)の場合)、制御モードの切り替えは行わず、電気角1周期経過した後に、位置センサレスモードへ切り替える。こうすることで、負荷トルク変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。
【0080】
例えば、図14に示した不完全微分器34などを用いて、Iqcの変化分も検出できる場合、センサレス切替回転数達成タイミングが、負荷変動が大きい期間と重なった後、電気角1周期を待たずとも、Iqcの微分値が負になったら、位置センサレスモードへ切り替えるとしてもよい。この場合、より短時間で起動したい場合などに有効である。
【0081】
このように、本実施例の周期トルク推定手段と制御切替判定器の構成例を用いることで、負荷トルク変動が小さい期間において、位置センサレスモードへ切り替えるため、起動失敗せず安定にモータ6を起動させることができる。また、電気角1周期における負荷変動の大きさを複数の電気角と比較を行うため、モータの初期位置に依存せず、例えば、位置決め後に、何らかの外乱によって別の位置に回転子が動いてしまった場合でも安定にモータを起動することができる。
【0082】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0083】
また、上記の各構成、機能、処理部、処理手続き等は、それらの一部または全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現しても良い。また、上記の各構成や機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウェアで実現しても良い。
【0084】
モータは、永久磁石モータとして説明したが、その他の電動機(例えば、誘導機、同期機、スイッチトリラクタンスモータ、シンクロナスリラクタンスモータなど)を用いても構わない。その際、電動機によっては電圧指令値作成器での演算方法が変わるが、それ以外については同様に適用でき、本実施例の目的を達成可能である。
【0085】
上記の実施例では、速度制御型の構成を例に説明したが、もちろんトルク制御型の構成にも適用可能である。この場合は、q軸電流指令値の算出方法が異なるだけで、制御モード切り替えに関しては同様に適用でき、本実施例の目的を達成可能である。
【0086】
上記の実施例では、制御モード(位置決めモード、同期運転モード、位置センサレスモード)の切替タイミングについて記載したが、制御モードの切り替えだけに限定されるものではない。例えば、通電方式を120度通電から180度通電に切り替える場合(もちろん反対も可)、本実施例に記載の周期トルク推定手段と制御切替判定器を用いることで、電流変動や独度変動などの切替ショックを最小限に抑えることができる。
【符号の説明】
【0087】
1 モータ制御装置
2 制御部
3 電圧指令値作成器
5 電力変換回路
6 モータ(電動機)
10 軸誤差演算器
12 電流検出手段
13 PLL制御器
14 速度制御器
16 制御切替スイッチ
20 直流電圧源
30 周期トルク推定手段
31 制御切替判定器
301 冷蔵庫
500 圧縮機構部
503 クランクシャフト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転角度位置に関する情報を用いない同期運転モードと回転角度位置に関する情報を用いて駆動する位置センサレス運転モードとを備え、前記運転モードを駆動中に切り替えるモータ制御装置において、
機械角1周期もしくは機械角1周期の整数倍で変動する周期トルク成分を推定する周期トルク推定手段を備え、周期トルクの傾きがゼロ近傍または負になる期間に前記運転モードを切り替えることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
トルク変動の1周期に整数倍の電気角周波数が数含まれ、各電気角周波数における平均トルクが小さい電気角周波数の期間に前記運転モードを切り替えることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のモータ制御装置において、
電流検出手段を備え、前記周期トルク推定手段は前記電流検出手段の情報を用いて機械角1周期もしくは機械角1周期の整数倍で変動する周期トルク成分を推定することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載のモータ制御装置において、
電流制御手段を備え、出力電圧の変化から周期トルク成分を推定することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
請求項3に記載のモータ制御装置において、前記周期トルク推定手段は前記電流検出手段で検出した電流の微分値を用いて機械角1周期もしくは機械角1周期の整数倍で変動する周期トルク成分を推定することを特徴とするモータ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2013−46424(P2013−46424A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180109(P2011−180109)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(399048917)日立アプライアンス株式会社 (3,043)
【Fターム(参考)】