説明

操舵力制御装置

【課題】車両姿勢が不安定になる状況下での車両の加速時あるいは発進時において、簡素な構成で適切な操舵補助力を付加でき、ハンドル取られなどの発生しない車両の安定性向上を図れる操舵力制御装置を提供する。
【解決手段】μスプリット路面上での車両発進時あるいは車両加速時において、左前輪または右前輪が空転したときの車両姿勢が不安定になる状況に対し、車両発進時あるいは車両加速時の車輪速センサにより検出した左前輪の車輪速と、車輪速センサにより検出した右前輪の車輪速と、左前輪と右前輪との車輪速差の変化率とをもとに、適切な操舵補助力を付加し、簡素な構成でコストの増加を招くことなく、μスプリット路面上での車両の発進時あるいは加速時におけるハンドル取られなどを回避して車両の安定性向上を図る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の姿勢が不安定になる状況下での車両走行、例えば右前輪と左前輪の路面摩擦係数が異なる状況下で走行する車両の安定性を向上させた操舵力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両のパワーステアリングにおいて、電動モータの力により操舵補助力を付加することで操舵力を制御可能な電動パワーステアリングが採用されている。
この電動パワーステアリングは、油圧パワーステアリング等に比べ電動モータの抵抗等によりフリクションが大きく、ステアリングが中立位置に戻りにくいことから、ステアリング操作時に操舵車輪の左右車輪速差を用いて、ステアリングを中立位置に戻す方向に操舵補助力を付加するように電動パワーステアリングを制御する技術が提案されている。これによれば、車両旋回時、内輪側の車輪速が小さく外輪側の車輪速が大きくなることから、車輪速の大きい外輪側方向へ操舵補助力を付加するように制御される。
つまり左方向へステアリングを操作している左旋回時においては、右方向への操舵補助力が付加されるため、例えば車両の左右の車輪で路面摩擦係数(μ)の異なる路面(以下、μスプリット路面という)を走行中に制動を行なった場合、低摩擦係数路面と接地している車輪の車輪速が高摩擦係数路面と接地している車輪より先に低くなることから、操舵補助力は高摩擦係数路面側へ付加されることになる。
しかし、高摩擦係数路面側の車輪には制動力が強く働くため、車両は高摩擦係数路面側へと偏向し、その上操舵補助力が高摩擦係数路面側へと付加されれば、高摩擦係数路面側への車両の偏向が助長され、運転者のハンドル操作に対し、いわゆるハンドルが取られる状態が発生する。
このような問題を解決するため制動時の一輪ロックを検出して車輪速が遅い方向(低μ路側)に付加トルクを付加することで車両偏向を抑制し安定性を向上させた操舵力制御装置がある(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009‐113752号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、従来の操舵力制御装置では、μスプリット路での車両偏向は制動時のみではなく、発進時(特にLSD搭載車)にも発生し、その方向は低μ路側へと偏向するのに対し、片輪ロック検出にブレーキ操作を用いているため加速時には対応できないという課題があった。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、車両姿勢が不安定になる状況下での車両の加速時において、簡素な構成で、ハンドルが取られるような状況を回避できる適切な操舵補助力を付加し車両の安定性向上を図れる操舵力制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、運転者の操作に応じて左右一対の車輪の向きを変える操舵手段と、前記操舵手段の操作に対して操舵補助力を付加する操舵補助手段と、前記左右一対の各車輪の車輪速を検出する車輪速検出手段と、前記車輪速検出手段により検出した前記各車輪の車輪速から、前記左右一対の車輪の車輪速差と、その車輪速差の変化率とを演算する演算手段と、前記演算手段により演算した車輪速差と車輪速差の変化率とをもとに、前記左右一対の車輪の加速時、前記左右一対の車輪の何れか一方に発生することのある一輪空転を検出する一輪空転検出手段と、前記一輪空転検出手段により一輪空転を検出すると、前記操舵補助手段により前記一輪空転時に発生するステアリングの取られを抑制するに足る付加トルクを前記操舵手段の操作に対して付加するように前記操舵補助手段を制御する付加トルク制御手段とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、車両姿勢が不安定になる状況下での車両の加速時において、簡素な構成で、ハンドルが取られるような状況を回避できる適切な操舵補助力を付加することが出来、車両の安定性向上を図れる操舵力制御装置を提供できる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施の形態の操舵力制御装置が適用された車両の構成を示す概略構成図である。
【図2】本発明の実施の形態の操舵力制御装置の動作を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施の形態の操舵力制御装置の付加トルク制御により、μスプリット路面上を発進する車両の電動パワーステアリングにおいて付加される付加トルクを示す説明図である。
【図4】本発明の実施の形態の操舵力制御装置におけるステアリングECUの機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の実施の形態の操舵力制御装置を備えた車両1の構成を示す概略構成図である。車両1は、左前輪11、右前輪12、左後輪13および右後輪14を備えている。
【0010】
左前輪11と右前輪12は、車両1の操舵車輪であり、タイロッド21を介して電動パワーステアリング22に連結している。
【0011】
電動パワーステアリング22は、ステアリングギアボックス31、ステアリングシャフト32、ステアリングホイール33および電動モータ34を備えている。
ステアリングギアボックス31には、ステアリングシャフト32を介してステアリングホイール33が連結されている。
そして、運転者によるステアリングホイール33の操作は、ステアリングシャフト32を介してステアリングギアボックス31に伝達される。
さらに、ステアリングギアボックス31を介してタイロッド21が作動して左前輪11および右前輪12の向きを変化させる。
言い換えると、操舵車輪(左前輪11、右前輪12)を操舵する操舵系は、ステアリングギアボックス31、ステアリングシャフト32、ステアリングホイール33を含んで構成されている。
【0012】
また、電動モータ34はステアリングギアボックス31に設けられており、電動モータ34の回転はステアリングギアボックス31に入力され、ステアリングホイール33の操作に対する操舵補助力を発生させる。
すなわち、電動モータ34によって操舵補助力が操舵系に付加される。
【0013】
また、左前輪11、右前輪12、左後輪13および右後輪14には、各車輪に制動力を付与するためのブレーキが設けられている。
ブレーキ41は左前輪11に制動力を付与し、ブレーキ42は左前輪12に制動力を付与し、ブレーキ43は左後輪13に制動力を付与し、ブレーキ44は左後輪14に制動力を付与する。
各ブレーキ41、42、43、44は、車両に搭載されているブレーキ油圧ユニット51から供給される油圧により左前輪11、右前輪12、左後輪13および右後輪14への制動力が制御される。
【0014】
左前輪11、右前輪12、左後輪13および右後輪14には、各車輪の車輪速を検出する車輪速センサがそれぞれ設けられている。
車輪速センサ61は左前輪11の車輪速(回転数)を検出するためのセンサである。車輪速センサ62は右前輪12の車輪速(回転数)を検出するためのセンサである。車輪速センサ63は左後輪13の車輪速(回転数)を検出するためのセンサである。車輪速センサ64は右後輪14の車輪速(回転数)を検出するためのセンサである。
【0015】
また、ステアリングECU71と制動系ECU72を備えている。
ステアリングECU71は、操舵力制御機能として、運転者の操舵トルクを軽減するための操舵補助力を電動モータ34により前記の操舵系に付加する一般的な基本機能を有している。
ステアリングECU71は、さらに車輪速センサ61、62、63、64により検出された各車輪速、制動系ECU72による制御状況などに基づいて操舵補助力を電動モータ34により前記の操舵系に付加し、μスプリット路面上での車両発進時あるいは車両加速時において、車両1の安定性を向上させる機能を備えている。
【0016】
制動系ECU72は、車両1を制動する際のABS(Anti−lock Brake System)機能をブレーキ油圧ユニット51を制御することで実現する。
制動系ECU72により実現されるABS機能では、車輪速センサ61、62、63、64により検出された各車輪速にもとづき、車両1の急制動時、低μ路面上での各車輪のロック状態を検出し、このようなロック状態を回避しつつ最適な制動力をブレーキ41、42、43、44により車輪に付与するようにブレーキ油圧ユニット51を制御する。
【0017】
ステアリングECU71および制動系ECU72はコンピュータであり、RAM、ROMなどの記憶装置、中央処理装置、タイマ、I/Oポートなどの入出力装置および各種インタフェースなどから構成されている。そして、ステアリングECU71および制動系ECU72には、車輪速センサ61、62、63、64が前記入出力装置を介して接続されている。
また、ステアリングECU71と制動系ECU72との間で各種データの送受信を行うための通信機能を備えている。
【0018】
この実施の形態の操舵力制御装置は、ステアリングECU71のCPUがステアリングECU71の記憶装置に格納されているソフトウェアプログラムを実行することによって、操舵補助力を制御し、これにより姿勢安定化制御を実現する。
また、車両1の姿勢が不安定になるような特定の運転状況にある場合、電動パワーステアリング22により車両1の姿勢を安定させる方向へ操舵補助力を付加する姿勢安定化制御を行う。
制動系ECU72におけるABS機能では、各車輪速センサ61、62、63、64により検出された各車輪の車輪速から、左前輪11、右前輪12、左後輪13および右後輪14のスリップ率を算出し、算出したスリップ率が最適な値となるようにブレーキ油圧ユニット51から各ブレーキ41、42、43、44へ供給される油圧を制御する。
【0019】
図4は、この実施の形態の操舵力制御装置におけるステアリングECU71の機能ブロック図である。
図に示すようにステアリングECU71は、一輪空転検出手段101、付加トルク制御手段102、付加トルク制御時間規制手段103を備えている。
また、一輪空転検出手段101は、演算手段111、車輪速状態判定手段112、車輪速差第1閾値判定手段113、アクセル操作判定手段114および空転判定手段115を備えている。
また、付加トルク制御手段102は、付加トルク方向決定手段121および付加トルク制御実行手段122を備えている。
【0020】
一輪空転検出手段101は、左右一対の左前輪11と右前輪12の車輪速から演算手段111により演算した左前輪11と右前輪12の車輪速差と車輪速差の変化率とをもとに、前記左右一対の車輪の加速時、前記左右一対の車輪の何れか一方に発生することのある一輪空転を検出する。
【0021】
付加トルク制御手段102は、前記一輪空転検出手段101により一輪空転を検出すると、一輪空転時に発生するステアリングの取られを抑制するに足る付加トルクを、ステアリングシャフト32、ステアリングホイール33などの操作に対して付加するように電動パワーステアリング22を制御する。
【0022】
付加トルク制御時間規制手段103は、一輪空転時に発生するステアリングの取られを抑制するに足る付加トルクの電動パワーステアリング22による制御を一定時間に規制する。
【0023】
車輪速状態判定手段112は、左右一対の左前輪11と右前輪12の車輪速差と、前記各車輪間の車輪速差の変化率とが共に増大している状態を判定する。
【0024】
車輪速差第1閾値判定手段113は、前記左右一対の左前輪11と右前輪12の車輪速差の大きさが第1閾値を超えているか否かを判定する。
【0025】
アクセル操作判定手段114は、アクセル開度が所定の値を超えているか否かを判定する。
【0026】
空転判定手段115は、前記車輪速状態判定手段112により前記各車輪間の車輪速差と、前記車輪速差の変化率とが共に増大している状態が判定され、前記車輪速差第1閾値判定手段113により前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えていると判定され、かつアクセル操作判定手段114によりアクセル開度が所定の値を超えていると判定されると、前記左右一対の車輪の内の何れか一方の一輪空転状態を判定する。
【0027】
付加トルク方向決定手段121は、前記車輪速状態判定手段112により前記各車輪間の車輪速差と、前記車輪速差の変化率とが共に増大している状態が判定され、前記車輪速差第1閾値判定手段113により前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えていると判定され、かつアクセル操作判定手段114によりアクセル開度が所定の値を超えていると判定されると、前記各車輪間の車輪速差をもとに、一輪空転時に発生するステアリングの取られを抑制する付加トルクの方向を決定する。
【0028】
付加トルク制御実行手段122は、前記空転判定手段115により一輪空転状態が判定され、前記車輪速差第1閾値判定手段113により前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えていると判定され、かつ前記アクセル操作判定手段114によりアクセル開度が所定の値を超えていると判定されると、前記付加トルク方向決定手段121により決定された方向へ、前記ステアリングシャフト32、ステアリングホイール33などの操作に対して、付加トルク設定値として大きさが設定されている一定トルクを前記決定された方向に応じた大きさにして付加するように電動パワーステアリング22の制御を実行する。
【0029】
次に動作について説明する。
図2は、この実施の形態の操舵力制御装置の動作を示すフローチャートである。以下、このフローチャートに従って動作を説明する。
先ず、ステアリングECU71の演算手段111は、車輪速センサ61と車輪速センサ62との検出出力をもとに左前輪11と右前輪12との車輪速差と、その車輪速差の変化率を演算する(ステップS1)。
続いて、ステアリングECU71のCPUは、制御フラグFwをもとに、姿勢安定化制御を実行している状態であるか否かについて判定する(ステップS2)。
制御フラグFwは、ステアリングECU71のCPUが姿勢安定化制御を実行している状態で設定されるフラグである。車両1のステアリングECU71の初期状態としては姿勢安定化制御を実行していない状態に設定されるため、最初は、制御フラグFwは設定された状態にはなっていない。したがって、ステップS2からステップS3へ進む。
【0030】
ステップS3では、ステアリングECU71の車輪速状態判定手段112は、ステップS1で演算した左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率をもとに、左前輪11と右前輪12との車輪速が共に加速している状態にあるか否を判定する。つまり車両1が発進している状況にあるか否かを判定する。
この結果、左前輪11と右前輪12との車輪速が共に加速していないと判定すると、つまり左前輪11と右前輪12との車輪速が共に一定の車輪速であれば、車両1は安定した状態で走行していると判定され、ステップS11へ進む。
【0031】
一方、ステップS3において左前輪11と右前輪12との車輪速が共に加速していると判定すると、車両1が発進している状況にあると判定し、続いて左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の絶対値が左右車輪速差変化率オン閾値αを超えているか否かを判定する(ステップS4)。
この左右車輪速差変化率オン閾値αは、左前輪11あるいは右前輪12の空転状態を判定するための基準値である。そして、左前輪11と右前輪12の車輪速差の変化率の絶対値がこの左右車輪速差変化率オン閾値αを超えると、左前輪11あるいは右前輪12に空転が発生していると判定する。
左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の絶対値が左右車輪速差変化率オン閾値αを超えていないと判定すると、ステップS11へ進む。
【0032】
一方、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の絶対値が左右車輪速差変化率オン閾値αを超えていると判定すると、ステアリングECU71の車輪速状態判定手段112は、続いて左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号とが一致するか否かを判定する(ステップS5)。
【0033】
左前輪11を基準にした場合、車輪速センサ61と車輪速センサ62とにより検出された左前輪11の車輪速VLと右前輪12の車輪速VRとの車輪速差は、“左前輪11の車輪速VL−右前輪12の車輪速VR”である。
そして、右前輪12が空転していれば“左前輪11の車輪速VL<右前輪12の車輪速VR”、左前輪11が空転していれば“左前輪11の車輪速VL>右前輪12の車輪速VR”の関係になる。
したがって、右前輪12が空転していれば左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号は“負”、左前輪11が空転していれば左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号は“正”となる。
【0034】
また、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号は、右前輪12の空転している状態がさらに進めば“負”、右前輪12の空転している状態が抑制され、左前輪11と右前輪12との車輪速差が小さくなる方向に収束する状態では“正”となる。
また、左前輪11の空転している状態がさらに進めば“正”、左前輪11の空転している状態が抑制され、左前輪11と右前輪12との車輪速差が小さくなる方向に収束する状態では“負”となる。
【0035】
したがって、左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号とが一致する場合とは、右前輪12が空転している状態で、さらにこの状態が進行している右前輪の空転状態、あるいは左前輪11が空転している状態で、さらにこの状態が進行している左前輪の空転状態である。
また、左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号とが一致しない場合とは、左前輪11あるいは右前輪12が空転していても、左前輪11あるいは右前輪12の空転している状態が抑制され、左前輪11と右前輪12との車輪速差が小さくなる方向に収束する状態である。
【0036】
ステップS5では、左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号とが一致するか否かを判定することで、前記右前輪空転状況あるいは左前輪空転状況が持続しているかを判定する。
ステップS5において左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号とが一致しないと判定すると、ステップS11へ進む。一方、左前輪11と右前輪12との車輪速差の符号と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率の符号とが一致すると判定すると、続いてステップS6へ進む。
【0037】
ステップS6では、ステアリングECU71の車輪速差第1閾値判定手段113は、前記検出し演算した左前輪11と右前輪12との前左右車輪速の車輪速差の絶対値が左右車輪速差オン閾値βを超えているか否かを判定する。
左右車輪速差オン閾値βは、左前輪11あるいは右前輪12に空転が発生している状況を、左前輪11と右前輪12との車輪速差から判定するための、たとえばヒステリシス特性の高い方のオン閾値である。
左前輪11と右前輪12との前左右車輪速の車輪速差の絶対値が左右車輪速差オン閾値βを超えていないと判定すると、左前輪11あるいは右前輪12に空転が発生している状況にはないことから、ステップS11へ進む。
【0038】
一方、左前輪11と右前輪12との前左右車輪速の車輪速差の絶対値が左右車輪速差オン閾値βを超えていると判定すると、ステアリングECU71のアクセル操作判定手段114は、次にアクセル開度がアクセル開度オン閾値ηを超えているか否かを判定し(ステップS7)、運転者による車両1のアクセル操作をチェックする。
このアクセル開度がアクセル開度オン閾値ηを超えているか否かの判定は、ステアリングECU71が制御系ECU72と通信を行うことで、制御系ECU72から取得したアクセル開度についての情報をもとに行う。また、このアクセル開度オン閾値ηは、運転者による車両1のアクセル操作を検出するための、例えばヒステリシス特性の高い方のオン閾値である。
【0039】
この結果、アクセル開度がアクセル開度オン閾値ηを超えていないと判定すると、運転者による車両1のアクセル操作が行われていないと判断して、ステップS11へ進む。
ステップS11以降の処理は姿勢安定化制御を実行しない処理であり、ステアリングECU71のCPUは、付加トルクの方向を規定する付加トルク方向変数γに“0”を設定し、さらに続くステップS12では、姿勢安定化制御の制御周期を規定するタイマ値Timerに“0”を設定し、さらに次のステップS13では制御フラグFwを設定することなくステップS14へ進む。
ステップS14では、制御フラグFwに“1”が立っているか否か、つまり制御フラグFwが設定されているか否かを判定するが、このとき制御フラグFwは設定されてない。
このため、ステップS17へ進んで付加トルク制御により付加される付加トルクである付加トルクTwの設定値として“0”を設定し、付加トルク制御は行わず(ステップS16)、リターンからこの処理ルーチンを抜ける。
【0040】
一方、ステップS7において、アクセル開度がアクセル開度オン閾値ηを超えていると判定すると、ステップS8へ進む。ステップS8では、ステアリングECU71の付加トルク方向決定手段121は、付加トルク方向変数γに、前記演算して求めた前左右車輪速差に応じた符号を符号関数“sgn”により設定する。さらに続くステップS9では、ステアリングECU71のCPUは、姿勢安定化制御の制御周期を規定するタイマ値Timerに“0”を設定し、さらに次のステップS10では制御フラグFwを設定し、ステップS14へ進む。
【0041】
ステップS14では、制御フラグFwに“1”が立っているか否かを判定するが、このとき制御フラグFwには“1”が立っている、つまり制御フラグFwが設定されていることから、ステップS15へ進んで、ステアリングECU71の付加トルク制御実行手段122は、付加トルク方向変数γに付加トルク設定値Tw0を乗算した値、つまり付加トルクの方向に応じた大きさのトルクを付加トルクTwとして設定する。続いてステップS16の付加トルク制御処理を実行し、リターンからこの処理ルーチンを抜ける。
【0042】
図3は、この実施の形態の操舵力制御装置の付加トルク制御によりμスプリット路面上を発進する車両の電動パワーステアリング22において付加される付加トルクを示す説明図である。
矢印Pの示す方向が付加トルク制御により付加される付加トルクの方向である。
【0043】
左前輪11と右前輪12との車輪速差と、その車輪速差の変化率とから左前輪11あるいは右前輪12の空転を検出し、左前輪11と右前輪12との駆動力の差により生じる車両の偏向を抑制する方向、つまり車輪速が小さい方向、高摩擦係数路面の方向へステアリングを操作するように、μスプリット路面上を発進する車両の電動パワーステアリング22において一定の付加トルクを一定時間付加する。
【0044】
ステアリングECU71のCPUは、次のプログラムサイクルでもステップS1から各処理を実行する。このプログラムサイクルでは、演算手段111がステップS1において車輪速センサ61と車輪速センサ62との検出出力をもとに左前輪11と右前輪12との車輪速差と、その車輪速差の変化率を演算する。続いて、ステアリングECU71のCPUは、制御フラグFwが設定されているかいないかを判定することで、姿勢安定化制御を実行している状態であるか否かについて判定する(ステップS2)。このとき前回のプログラムサイクルのステップS10において制御フラグFwが設定されているため、ステップS2からステップS21へ進む。
【0045】
ステップS21では、ステアリングECU71は、左前輪11と右前輪12との車輪速差の絶対値が左右車輪速差オフ閾値β1よりも大きいか否かについて判定する。
この左右車輪速差オフ閾値β1は、左前輪11あるいは右前輪12に空転が発生しているときの、左前輪11と右前輪12との車輪速差を検出するための、たとえばヒステリシス特性を構成する低い方のオフ閾値である。
左前輪11と右前輪12との車輪速差の絶対値が左右車輪速差オフ閾値β1を超えている場合とは、左前輪11あるいは右前輪12に空転が生じており、車両1は不安定な状態で走行していることを示している。
また、左前輪11と右前輪12との車輪速差の絶対値が左右車輪速差オフ閾値β1を超えていない場合とは、左前輪11あるいは右前輪12に空転が生じておらず、車両1は安定した状態で走行していることを示している。
【0046】
ステップS21において左前輪11と右前輪12との車輪速差の絶対値が左右車輪速差オフ閾値β1よりも小さいと判定すると、つまり左前輪11あるいは右前輪12に空転が生じておらず、車両1は安定した状態で走行していることからステップS27へ進む。
【0047】
一方、ステップS21において左前輪11と右前輪12との車輪速差の絶対値が左右車輪速差オフ閾値β1よりも大きいと判定すると、さらにこのときのアクセル開度がアクセル開度オフ閾値η1よりも大きいか否かをステアリングECU71のアクセル操作判定手段114が判定する(ステップS22)。
このアクセル開度オフ閾値η1は、アクセル開度、アクセルの操作を判定するための、たとえばヒステリシス特性を構成する低い方のオフ閾値であり、アクセル開度がアクセル開度オフ閾値η1よりも大きい場合、運転者によるアクセル操作が行われている状態、つまり車両1が加速状態であると判定する。
【0048】
ステップS22においてアクセル開度がアクセル開度オフ閾値η1よりも小さいと判定すると、運転者によるアクセル操作が行われていない状態、つまり車両1は加速状態にはないとしてステップS27へ進む。
【0049】
一方、ステップS22においてアクセル開度がアクセル開度オフ閾値η1よりも大きいと判定するとステップS23へ進む。
ステップS23では、タイマにフラグオン最大時間μ以下のタイマ値が設定されているか否かを判定する。このフラグオン最大時間μはフラグFwが設定される期間、つまり付加トルク制御が実行される最大時間を規定するものである。
従って、ステップS23においてタイマにフラグオン最大時間μを超えるタイマ値が設定されている場合、つまり付加トルク制御が実行されている期間が最大時間μを超える場合には、ステップS27へ進む。
【0050】
ステップS23の判定処理実行時、前記タイマには前回のプログラムサイクルでタイマ値“0”が設定されている。このためステップS23では、タイマにフラグオン最大時間μ以下のタイマ値が設定されていると判定し、ステップS24へ進む。
ステップS24では、付加トルクの方向を規定する変数に、付加トルク方向変数γを設定する。
続くステップS25では、前記タイマにタイマ値として現在のタイマ値に制御周期Tsを加算する。
そして、制御フラグFwを設定し、つまり制御フラグFwに“1”を立てて(ステップS26)、次のステップS14へ進む。
【0051】
一方、ステップS21、ステップS22あるいはステップS23においてステップS27へ進む場合、つまり車両1が安定した状態で走行しているとき、車両1が加速状態にないとき、あるいは付加トルク制御が実行されている期間が最大時間μを超えるとき、ステップS27では付加トルク方向変数γに“0”を設定する。
続くステップS28では、タイマにタイマ値として“0”を設定する。そして、次のステップS29では“1”が立っていた制御フラグFwに“0”を設定し、ステップS14へ進む。
【0052】
ステップS14では、ステアリングECU71のCPUは制御フラグFwに“1”が立っているか否か、つまり制御フラグFwが設定されているか否かを判定するが、ステップS21、ステップS22あるいはステップS23においてステップS27へ進む場合、つまり車両1が安定した状態で走行しているとき、車両1が加速状態にないとき、あるいは付加トルク制御が実行されている期間が最大時間μを超えるとき、制御フラグFwには1”が立っていない。
このため、ステップS17へ進んで付加トルクTwの設定値として“0”を設定し、付加トルク制御は行わず(ステップS16)、リターンからこの処理ルーチンを抜ける。
【0053】
一方、ステップS21、ステップS22あるいはステップS23において、左前輪11あるいは右前輪12に空転が生じており、車両1が不安定な状態で走行している、車両1が加速状態にあるとき、あるいは付加トルク制御が実行されている期間が最大時間μを超えていないとき、制御フラグFwには“1”が立っている、つまり制御フラグFwが設定されている。このため、ステップS15へ進んで、ステアリングECU71の付加トルク制御実行手段122は、付加トルク方向変数γに付加トルク設定値Tw0を乗算した値を付加トルクTwとして設定する。続いてステップS16の付加トルク制御処理を実行し、リターンからこの処理ルーチンを抜ける。
【0054】
このときのステップS16の付加トルク制御処理では、図3に示す場合を例にすると、矢印Pの示す方向が付加トルク制御により付加される付加トルクの方向である。
左前輪11と右前輪12との車輪速差と、その車輪速差の変化率とから左前輪11あるいは右前輪12の空転を検出し、左前輪11と右前輪12との駆動力の差により生じる車両の偏向を抑制する方向、つまり車輪速が小さい方向、高摩擦係数路面の方向へステアリングを操作するように、μスプリット路面上を発進する車両の電動パワーステアリング22において一定の付加トルクを一定時間付加する。
【0055】
以上説明したように、この実施の形態によれば、μスプリット路面上での車両発進時あるいは車両加速時において、左前輪11または右前輪12が空転したときの車両姿勢が不安定になる状況に対し、車両発進時あるいは車両加速時の車輪速センサ61により検出した左前輪11の車輪速と、車輪速センサ62により検出した右前輪12の車輪速と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率とをもとに、適切な操舵補助力を付加する。
このため、簡素な構成でコストの増加を招くことなく、μスプリット路面上での車両の発進時あるいは加速時における“ハンドルの取られ”などを回避でき、車両の安定性向上を図れる操舵力制御装置を提供できる効果がある。
【0056】
また、車輪速センサ61により検出した左前輪11の車輪速と、車輪速センサ62により検出した右前輪12の車輪速と、左前輪11と右前輪12との車輪速差の変化率とをもとに、μスプリット路面上での発進時あるいは加速時、左前輪11または右前輪12が空転したときの車両姿勢が不安定になりハンドル操作が困難になる状況に対し、“ハンドルの取られ”などを回避して適切な操舵補助力を付加することが出来、μスプリット路面上での発進の際の車両の安定性向上、ハンドルの操作性の向上を図れる操舵力制御装置を提供できる効果がある。
【0057】
また、μスプリット路面上での発進/加速性を向上するために、左右どちらか一方の空転を抑制するための機構であるLSD(リミッテド・スリップ・ディファレンシャル)の搭載車では、スプリットμ発進時、LSD非搭載車に比べ大きくハンドルが取られることになるが、このようなLSD搭載車に対して適用することで、μスプリット路での発進/加速性と車両の安定性を両立させた操舵力制御装置を提供できる効果がある。
【符号の説明】
【0058】
11……左前輪、12……右前輪、22……電動パワーステアリング(操舵補助手段)、32……ステアリングシャフト(操舵手段)、33……ステアリングホイール(操舵手段)、61、62……車輪速センサ(車輪速検出手段)、71……ステアリングECU、101……一輪空転検出手段、102……付加トルク制御手段、103……付加トルク制御時間規制手段、111……演算手段、112……車輪速状態判定手段、113……車輪速差第1閾値判定手段、114……アクセル操作判定手段、115……空転判定手段、121……付加トルク方向決定手段、122……付加トルク制御実行手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の操作に応じて左右一対の車輪の向きを変える操舵手段と、
前記操舵手段の操作に対して操舵補助力を付加する操舵補助手段と、
前記左右一対の各車輪の車輪速を検出する車輪速検出手段と、
前記車輪速検出手段により検出した前記各車輪の車輪速から、前記左右一対の車輪の車輪速差と、その車輪速差の変化率とを演算する演算手段と、
前記演算手段により演算した車輪速差と車輪速差の変化率とをもとに、前記左右一対の車輪の加速時、前記左右一対の車輪の何れか一方に発生することのある一輪空転を検出する一輪空転検出手段と、
前記一輪空転検出手段により一輪空転を検出すると、前記操舵補助手段により前記一輪空転時に発生するステアリングの取られを抑制するに足る付加トルクを前記操舵手段の操作に対して付加するように前記操舵補助手段を制御する付加トルク制御手段と、
を備えることを特徴とする操舵力制御装置。
【請求項2】
前記付加トルクは、前記車輪速差に応じた方向かつ大きさであって、予め定められた一定時間、前記操舵手段の操作に対して付加されることを特徴とする請求項1記載の操舵力制御装置。
【請求項3】
前記一輪空転検出手段は、
前記車輪速検出手段により検出した前記各車輪の車輪速をもとに、前記各車輪間の車輪速差と、前記各車輪間の車輪速差の変化率とが共に増大している状態を判定する車輪速状態判定手段と、
前記車輪速状態判定手段により前記各車輪間の車輪速差と、前記車輪速差の変化率とが共に増大している状態が判定されると、前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えているか否かを判定する車輪速差第1閾値判定手段と、
前記車輪速差第1閾値判定手段により前記各車輪間の車輪速差の大きさが前記第1閾値を超えていると判定されるとアクセル開度が所定の値を超えているか否かを判定するアクセル操作判定手段と、
前記車輪速状態判定手段により前記各車輪間の車輪速差と、前記車輪速差の変化率とが共に増大している状態が判定され、前記車輪速差第1閾値判定手段により前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えていると判定され、かつアクセル操作判定手段によりアクセル開度が所定の値を超えていると判定されると、前記左右一対の車輪の内の何れか一方の一輪空転状態を判定する空転判定手段と、
を備えることを特徴とする請求項1記載の操舵力制御装置。
【請求項4】
前記付加トルク制御手段は、
前記車輪速状態判定手段により前記各車輪間の車輪速差と、前記車輪速差の変化率とが共に増大している状態が判定され、前記車輪速差第1閾値判定手段により前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えていると判定され、かつアクセル操作判定手段によりアクセル開度が所定の値を超えていると判定されると、前記各車輪間の車輪速差をもとに、前記一輪空転時に発生するステアリングの取られを抑制する前記付加トルクの方向を決定する付加トルク方向決定手段と、
前記空転判定手段により一輪空転状態が判定され、前記車輪速差第1閾値判定手段により前記各車輪間の車輪速差の大きさが第1閾値を超えていると判定され、かつ前記アクセル操作判定手段によりアクセル開度が所定の値を超えていると判定されると、前記付加トルク方向決定手段により決定された方向へ、前記操舵手段の操作に対し、付加トルク設定値として大きさが設定されている一定トルクを前記決定された方向に応じた大きさにして付加するように前記操舵補助手段の制御を実行する付加トルク制御実行手段と、
を備えることを特徴とする請求項3記載の操舵力制御装置。
【請求項5】
前記付加トルク制御実行手段により実行される前記操舵補助手段の制御を一定時間に規制する付加トルク制御時間規制手段をさらに備えることを特徴とする請求項4記載の操舵力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−30642(P2012−30642A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170408(P2010−170408)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】