説明

車両用操舵装置

【課題】代替モータ回転角の検出に用いる回転角センサの分解能をモータ回転角に換算した値が90°〜180°の範囲内にある場合であっても、安定的に代替モータ回転角を用いたモータ制御を実行することのできる車両用操舵装置を提供すること。
【解決手段】マイコンは、モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角に異常が検出された場合には、当該モータ回転角に代えて、ステアリングセンサの検出値に基づく代替モータ回転角を用いた代替制御を実行する。そして、マイコンは、代替制御に基づき換算分解能Δθ0に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値Iq*のq軸電流成分(第1成分Iq1)を打ち消すd軸電流指令値Id*を演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用操舵装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、車両用操舵装置には、ステアリングの舵角(操舵角)を検出するステアリングセンサやトーションバー両端の回転角(捻れ角)を検出するトルクセンサ(ツインレゾルバ)、及びステアリングシャフトに駆動連結されたモータの回転角センサ(モータ回転角センサ)等、様々な回転角センサが設けられている。そして、従来、これら各回転角センサ(の検出信号)の何れかに異常が発生した場合には、残る正常な回転角センサを用いて、その異常が発生した回転角センサを補完する技術が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、トルクセンサに異常が生じた場合、モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角及びステアリングセンサにより検出される操舵角に基づきステアリングシャフトに設けられたトーションバー両端の回転角、即ちトーションバーの捻れ角を演算することにより代替的な操舵トルクを検出する構成が開示されている。また、特許文献2には、ステアリングセンサに異常が生じた場合、モータ回転角に基づいて代替的な操舵角を検出する構成が開示されている。そして、モータ回転角センサに異常が生じた場合にも、そのモータ極対数に基づく電気角倍率及び減速機のギヤ比を考慮することにより、ステアリングセンサ等、その他の回転角センサを用いてモータ回転角を推定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−12511号公報
【特許文献2】特開2007−269219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、通常、モータ回転角センサとその他の回転角センサとの間には、その分解能(単位検出角度)に大きな差が存在する。例えば、ステアリングセンサの分解能は、ステアリングシャフトの一回転を360°(機械角)として約1°程度である。このため、図6に示すように、モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角(同図中、実線に示す波形L)が実際のモータ回転角の変化に応じて略直線状に変化するのに対し、その他の回転角センサを用いて検出される代替モータ回転角(同図中、破線に示す波形M)はステップ状に変化する。
【0006】
つまり、代替モータ回転角は、その回転角センサの分解能をモータ回転角(電気角)に換算した値(換算分解能Δθ0)の相当分、その実際のモータ回転角が変化するまで一定の値となる。その結果、当該代替モータ回転角を用いてモータ制御を行った場合には、最大で、その換算分解能Δθ0に相当する位相遅れが発生することになる。
【0007】
但し、図7に示すように、制御上のモータ回転角に位相遅れがあっても、その位相遅れ角に応じたq軸電流指令値Iq*の余弦成分に対応したq軸電流値Iqが発生する(d軸電流指令値はゼロ)。そして、上記換算分解能Δθ0が90°以下であるならば、当該換算分解能Δθ0に対応する最大位相遅れ時においても、そのq軸電流値Iqの発生方向(符号)は逆転しない(Iq=Iq*×cos(Δθ0))。従って、このような仕様を有するものであれば、モータ回転角センサに異常が発生した場合であっても、当該モータ回転角センサ以外の回転角センサにより検出される代替モータ回転角を用いて、そのモータ制御を継続することができる。
【0008】
しかしながら、上記換算分解能Δθ0が90°を超える場合には、図8に示すように、q軸電流値Iqの符号が逆転する領域が形成されることになる。q軸電流値Iqの符号が逆転する領域では、アシストしたいトルクの向きと実際に出力されるトルクの向きが逆になってしまうため、安定的なモータ制御ができなくなり、その適用範囲が限られてしまうのが実情であった。
【0009】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、代替モータ回転角の検出に用いる回転角センサの分解能をモータの電気角に換算した値が90°〜180°の範囲内にある場合であっても、安定的に代替モータ回転角を用いたモータ制御を実行することのできる車両用操舵装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題点を解決するために、請求項1に記載の発明は、ステアリングシャフトを回転駆動するモータと、前記モータのモータ回転角を検出するモータ回転角センサと、前記モータ回転角センサにより検出された前記モータ回転角を用いたd/q座標系における電流制御の実行により前記モータの作動を制御する制御手段と、前記ステアリングシャフトの回転角を検出するステアリングシャフト回転角センサと、前記モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角の異常を検出する異常検出手段と、を備えた車両用操舵装置において、前記ステアリングシャフト回転角センサの分解能をモータ回転角に換算した換算分解能が電気角で90°〜180°の範囲内であって、前記制御手段は、前記モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角に異常が検出された場合には、前記ステアリングシャフト回転角センサの検出値に基づく代替モータ回転角を前記電流制御に用いる代替制御を実行するとともに、前記代替制御に基づき前記換算分解能に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値のq軸電流成分を打ち消すd軸電流指令値を演算すること、を要旨とする。
【0011】
代替モータ回転角の検出に用いる回転角センサの換算分解能(電気角)が90°〜180°の範囲内にある場合、q軸電流指令値に基づき発生するq軸電流成分は、その換算分解能の粗さを要因とする位相遅れが90°を超える領域で逆向きとなり、且つその逆向きのq軸電流成分は、換算分解能に対応する最大位相遅れ時において最大となる。従って、上記構成により、代替制御に基づき換算分解能に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値のq軸電流成分を打ち消すことで、少なくとも、そのq軸電流値の符号が逆向きとなる事態は回避される。その結果、換算分解能が90°〜180°の範囲内にある場合であっても、安定的に、その代替モータ回転角を用いた代替制御を実行することができる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、前記制御手段は、前記代替制御の実行時には、q軸電流指令値の符号に応じて、以下の各式
Id*<-Iq*×tan(Δθ0−(90°)) (Iq*>0)
Id*>-Iq*×tan(Δθ0−(90°)) (Iq*<0)
但し、Iq*:q軸電流指令値、Id*:d軸電流指令値、Δθ0:換算分解能
の何れかを満足するようなd軸電流指令値を演算すること、を要旨とする。
【0013】
上記構成によれば、そのd軸電流指令値によって、代替制御に基づき換算分解能に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値のq軸電流成分を打ち消すことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、代替モータ回転角の検出に用いる回転角センサの分解能をモータ回転角に換算した値が90°〜180°の範囲内にある場合であっても、安定的に代替モータ回転角を用いたモータ制御を実行することのできる車両用操舵装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明が適用される電動パワーステアリング装置(EPS)の概略構成図。
【図2】EPSの制御ブロック図。
【図3】本発明の原理説明図。
【図4】本発明の作用説明図。
【図5】本発明が適用される代替モータ回転角を用いた代替制御の処理手順を示すフローチャート。
【図6】実際のモータ回転角と代替モータ回転角との関係を示す波形図。
【図7】換算分解能(0°〜90°)の粗さを要因とする位相遅れの説明図。
【図8】換算分解能が90°を超える場合における代替制御実行時の電流推移を示す波形図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、電動パワーステアリング装置(EPS)1において、ステアリング2が固定されたステアリングシャフト3は、ラックアンドピニオン機構4を介してラック軸5と連結されている。そして、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト3の回転は、ラックアンドピニオン機構4によりラック軸5の往復直線運動に変換される。尚、本実施形態のステアリングシャフト3は、コラムシャフト3a、インターミディエイトシャフト3b、及びピニオンシャフト3cを連結することにより形成される。そして、このステアリングシャフト3の回転に伴うラック軸5の往復直線運動が、同ラック軸5の両端に連結されたタイロッド6を介して図示しないナックルに伝達されることにより、転舵輪7の舵角、即ち車両の進行方向が変更される。
【0017】
また、EPS1は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置としてのEPSアクチュエータ10と、EPSアクチュエータ10の作動を制御する制御手段としてのECU11とを備えている。
【0018】
詳述すると、本実施形態のEPSアクチュエータ10は、その駆動源であるモータ12が減速機構13を介してコラムシャフト3aに駆動連結された所謂コラムアシスト型の構成を有している。そして、そのモータ12には、三相(U,V,W)の駆動電力に基づき回転するブラシレスモータが採用されている。
【0019】
一方、ECU11には、トルクセンサ14が接続されており、ECU11は、そのトルクセンサ14の出力信号に基づいて、ステアリングシャフト3に伝達される操舵トルクτを検出する。また、ECU11には、車速センサ15により検出される車速V及びステアリングセンサ(操舵角センサ)16により検出される操舵角θsが入力されるようになっており、ECU11は、これらの各状態量に基づいて、操舵系に付与すべき目標アシスト力を演算する。そして、その目標アシスト力に相当するモータトルクを発生させるべくモータ12に駆動電力を供給することにより、EPSアクチュエータ10の作動、即ち操舵系に付与するアシスト力を制御する(パワーアシスト制御)。
【0020】
次に、EPSの電気的構成について説明する。
図2に示すように、ECU11は、モータ制御信号を出力するモータ制御信号出力手段としてのマイコン17と、マイコン17の出力するモータ制御信号に基づいてモータ12に三相の駆動電力を供給する駆動回路18とを備えている。
【0021】
詳述すると、ECU11には、電流センサ21u,21v,21wが接続されており、マイコン17は、これら各電流センサ21u,21v,21wの出力信号に基づいて、各相モータコイル12u,12v,12wに流れる相電流値Iu,Iv,Iwを検出する。また、ECU11には、モータ回転角センサ23が接続されている。具体的には、モータ回転角センサ23は、そのセンサ信号として、モータ12の回転角(電気角)に応じて振幅が変化する二相の正弦波状信号(正弦信号S_sin及び余弦信号S_cos)を出力する。そして、マイコン17は、そのセンサ信号に基づいて、モータ12の回転角(モータ回転角θm)を検出するモータ回転角検出部30を備えている。
【0022】
そして、マイコン17は、その検出される各相電流値Iu,Iv,Iw及びモータ回転角θmに基づいて、電流フィードバック制御を実行することにより、駆動回路18に出力するモータ制御信号を生成する。
【0023】
さらに詳述すると、マイコン17は、操舵トルクτ及び車速Vに基づいて、目標アシスト力に対応した電流指令値を演算する電流指令値演算部31を備えている。また、マイコン17は、各相電流値Iu,Iv,Iwをd/q座標に写像することによりd軸電流値Id及びq軸電流値Iqに変換するd/q変換部32を備えている。そして、マイコン17は、そのd軸電流値Id及びq軸電流値Iqに基づいて、d/q座標系における電流フィードバック制御を実行する。
【0024】
即ち、電流指令値演算部31は、電流指令値としてd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を演算する。具体的には、同電流指令値演算部31は、入力される操舵トルクτが大きいほど、また車速Vが小さいほど、より大きなアシスト力を発生させるようなq軸電流指令値Iq*を演算する。尚、通常制御において、d軸電流指令値Id*は「0」に固定される(Id*=0)。そして、これらd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*は、d/q変換部32の出力するd軸電流値Id及びq軸電流値Iqとともに、その対応する減算器33d,33qに入力される。
【0025】
また、これら各減算器33d,33qにおいて演算される各軸の電流偏差ΔId,ΔIqは、それぞれ、対応するF/B制御部(フィードバック制御部)34d,34qに入力される。そして、各F/B制御部34d,34qは、その入力される電流偏差ΔId,ΔIq及び所定のフィードバックゲイン(比例:P、積分:I)に基づくフィードバック制御演算を実行することにより、d/q座標系の電圧指令値であるd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を演算する。
【0026】
また、マイコン17は、各d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を三相交流座標に写像することにより各相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に変換するd/q逆変換部35と、その各相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を、それぞれオンDuty比に変換するPWM変換部36とを備えている。そして、マイコン17は、そのオンDuty比に対応して上記駆動回路18の各スイッチング素子がオン/オフするようなモータ制御信号を出力する。
【0027】
(モータ回転角センサ異常時の代替制御)
次に、モータ回転角センサ異常時の代替制御について説明する。
図2に示すように、本実施形態のマイコン17は、モータ回転角センサ23により検出されるモータ回転角θmの異常を検出する異常検出手段としてのモータ回転角異常検出部41を備えている。具体的には、モータ回転角異常検出部41は、モータ回転角センサ23が出力する正弦信号S_sin及び余弦信号S_cosの二乗和が適正範囲内にあるか否かを判定する。そして、その判定結果に基づいて、モータ回転角θmの異常を検出する。
【0028】
また、マイコン17は、ステアリングシャフト回転角センサとしてのステアリングセンサ16(図1参照)の検出値である操舵角θsに基づいて、代替モータ回転角θm_altを演算する代替モータ回転角演算部42を備えている。具体的には、代替モータ回転角演算部42は、次式に示すように、検出される操舵角θsに対して、モータ12の極対数(電気角倍率)N、及びモータ12とコラムシャフト3aとの間に介在された減速機構13の減速比Gを乗ずることにより代替モータ回転角θm_altを演算する。
【0029】
θm_alt=G×N×θs ・・・(1)
そして、マイコン17は、モータ回転角センサ23により検出されるモータ回転角θmに異常が検出された場合には、当該モータ回転角θmに代えて、ステアリングセンサ16により検出される代替モータ回転角θm_altを用いて上記d/q座標系における電流制御を実行することにより、そのモータ制御(モータ制御信号の出力)を継続する。
【0030】
具体的には、マイコン17は、モータ回転角θmに異常のない場合(通常時)には、当該モータ回転角θmに基づいて、d/q座標(二相回転座標)への各相電流値Iu,Iv,Iwの写像(d/q変換)、及び三相交流座標へのd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*の写像(d/q逆変換)を実行する。そして、モータ回転角θmの異常時には、代替モータ回転角θm_altを用いて、そのd/q変換及びd/q逆変換を実行する。
【0031】
詳述すると、マイコン17は、切替制御部43を備えており、モータ回転角検出部30が出力するモータ回転角θm、及び代替モータ回転角演算部42が出力する代替モータ回転角θm_altは、この切替制御部43に入力される。また、モータ回転角異常検出部41による判定結果は、異常検出信号S_rsfとして切替制御部43に入力される。そして、切替制御部43は、異常検出信号S_rsfが正常を示す場合には、モータ回転角θmをd/q変換部32及びd/q逆変換部35に出力し、異常検出信号S_rsfが異常を示す場合には、そのモータ回転角θmに代えて、代替モータ回転角θm_altをd/q変換部32及びd/q逆変換部35に出力する。
【0032】
また、上記異常検出信号S_rsfは、電流指令値演算部31にも入力される。そして、電流指令値演算部31は、当該異常検出信号S_rsfが正常を示す場合には、d軸電流指令値Id*として「0」を演算し(Id*=0、通常制御)、異常検出信号S_rsfが異常を示す場合には、そのq軸電流指令値Iq*の符号に応じて、以下の各式の何れかを満足するようなd軸電流指令値Id*を演算する。
【0033】
Id*<-Iq*×tan(G×N×Δθ−(90°)) (Iq*>0)・・・(2)
Id*>-Iq*×tan(G×N×Δθ−(90°)) (Iq*<0)・・・(3)
尚、「Δθ」は、ステアリングセンサ16の分解能を表す。また、q軸電流指令値Iq*が「0」である場合、電流指令値演算部31は、d軸電流指令値Id*として「0」を演算する。
【0034】
詳細に説明すると、ステアリングセンサ16の分解能Δθはモータ回転角センサ23の分解能に比べて粗いため、代替モータ回転角θm_altに基づき演算されたq軸電流指令値Iq*には、モータ回転角θmに基づき演算されたq軸電流指令値Iq*に対して、分解能Δθの粗さに起因する位相遅れが発生する。この位相遅れの最大値は、ステアリングセンサ16の分解能Δθを実際のモータ回転角(電気角)に換算した換算分解能Δθ0=G×N×Δθとなる。
【0035】
ここで、換算分解能Δθ0が90°を超える仕様においてd軸電流指令値Id*を通常制御時と同様に「0」にしてしまうと、図8に示すように、位相遅れが90°を超えた時点でq軸電流値Iqの発生方向(符号)が逆転し、アシストしたいトルクの向きと実際に出力されるトルクの向きが逆になってしまう。
【0036】
これに対し、本実施形態のEPS1は、図3に示すように、換算分解能Δθ0は、90°〜180°の範囲内にある場合であっても、代替モータ回転角θm_altを電流制御に用いる代替制御に基づき換算分解能Δθ0に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値Iq*に基づき発生するq軸電流成分(第1成分Iq1)を、d軸電流指令値Id*に基づき発生するq軸電流成分(第2成分Iq2)が打ち消すようにd軸電流指令値Id*を演算する。
【0037】
詳述すると、換算分解能Δθ0に対応する最大位相遅れ時において、q軸電流指令値Iq*に基づく第1成分Iq1、及びd軸電流指令値Id*に基づく第2成分Iq2は、それぞれ、以下の各式に表される。
【0038】
Iq1=-Iq*×sin(Δθ0−(90°)) ・・・(4)
Iq2=-Id*×cos(Δθ0−(90°)) ・・・(5)
そして、その最大位相遅れ時において、
Iq1+Iq2>0 (Iq*>0)・・・(6)
Iq1+Iq2<0 (Iq*<0)・・・(7)
の条件を満たすとき、q軸電流指令値Iq*に基づく第1成分Iq1は、d軸電流指令値Id*に基づく第2成分Iq2によって、常に打ち消されることになる。(6)(7)式に(4)(5)式を代入し、d軸電流指令値Id*について解くことにより、図4に示すように、q軸電流値Iqの発生方向が逆向きとなる事態を回避することができる。
【0039】
次に、本実施形態のマイコンが実行する代替モータ回転角を用いた代替制御の処理手順について説明する。
図5のフローチャートに示すように、マイコン17は、先ず、モータ回転角センサ23により検出されるモータ回転角θmに異常があるか否かを判定する(ステップ101)。次に、モータ回転角θmに異常があると判定した場合(ステップ101:YES)、マイコン17は、q軸電流指令値Iq*の符号が正であるか否かを判定する(ステップ102)。そして、q軸電流指令値Iq*の符号が正である場合(Iq*>0、ステップ102:YES)には、上記(2)式の不等号「<」を等号「=」に置換した式から得られる基準値に対してマージンとなる所定値を加減算することによりd軸電流指令値Id*を演算し、代替モータ回転角θm_altを用いて上記d/q座標系における電流制御を実行することにより、そのモータ制御を継続する(ステップ103)。
【0040】
一方、上記ステップ102において、q軸電流指令値Iq*の符号が正ではないと判定した場合(ステップ102:NO)、マイコン17は、続いてq軸電流指令値Iq*の符号が負であるか否かを判定する(ステップ104)。そして、q軸電流指令値Iq*の符号が負である場合(Iq*<0、ステップ104:YES)には、上記(3)の不等号「>」を等号「=」に置換した式から得られる基準値に対してマージンとなる所定値を加減算することによりd軸電流指令値Id*を演算し、代替モータ回転角θm_altを用いたモータ制御を継続する(ステップ105)。
【0041】
また、上記ステップ104において、q軸電流指令値Iq*の符号が負ではないと判定した場合(ステップ104:NO)、即ちq軸電流指令値Iq*が「0」である場合には、マイコン17は、d軸電流指令値Id*として「0」を演算し、代替モータ回転角θm_altを用いたモータ制御を継続する(Id*=0、ステップ106)。
【0042】
そして、上記ステップ101において、モータ回転角センサ23により検出されるモータ回転角θmが正常であると判定した場合(ステップ101:NO)、マイコン17は、d軸電流指令値Id*を「0」に固定して、モータ回転角θmを用いた通常のモータ制御を実行する(Id*=0、ステップ107)。
【0043】
以上、本実施形態によれば、以下のような作用を得ることができる。
(1)マイコン17は、モータ回転角センサ23により検出されるモータ回転角θmに異常が検出された場合には、当該モータ回転角θmに代えて、ステアリングセンサ16の検出値に基づく代替モータ回転角θm_altを用いた代替制御を実行する。そして、マイコン17は、代替制御に基づき換算分解能Δθ0に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値Iq*のq軸電流成分(第1成分Iq1)を打ち消すd軸電流指令値Id*を演算する。
【0044】
換算分解能Δθ0が90°〜180°の範囲内にある場合、q軸電流指令値Iq*に基づき発生するq軸電流成分は、換算分解能Δθ0の粗さを要因とする位相遅れが90°を超える領域で逆向きとなり、且つその逆向きのq軸電流成分は、換算分解能Δθ0に対応する最大位相遅れ時において最大となる。従って、上記構成により、d軸電流指令値Id*に基づく第2成分Iq2によって換算分解能Δθ0に対応する最大位相遅れ時に発生する第1成分Iq1を打ち消すことで、少なくとも、そのq軸電流値Iqの符号が逆向きとなる事態は回避される。その結果、換算分解能Δθ0が90°〜180°の範囲内にある場合であっても、安定的に、その代替モータ回転角θm_altを用いた代替制御を実行することができる。
【0045】
(2)マイコン17は、q軸電流指令値Iq*の符号に応じて、以下の各式の何れかを満足するようなd軸電流指令値Id*を演算する。
Id*<-Iq*×tan(Δθ0−(90°)) (Iq*>0)
Id*>-Iq*×tan(Δθ0−(90°)) (Iq*<0)
上記構成によれば、そのd軸電流指令値Id*に基づき発生する第2成分Iq2によって、最大位相遅れ時におけるq軸電流指令値Iq*に基づく第1成分Iq1を打ち消すことができる。
【0046】
なお、上記実施形態は以下のように変更してもよい。
・上記実施形態では、操舵角θsを検出するステアリングセンサ16をステアリングシャフト回転角センサに用いて代替モータ回転角θm_altを検出することとした。しかし、これに限らず、例えば、所謂ツインレゾルバ型のトルクセンサ等、ステアリングシャフト3の回転角を検出可能な回転角センサであれば、その他の回転角センサを用いる構成であってもよい。
【0047】
・上記実施形態では、本発明をモータ12を駆動源として操舵系にアシスト力を付与するEPSアクチュエータ10を備えた電動パワーステアリング装置(EPS)1に具体化した。しかし、これに限らず、ステアリングシャフトを回転駆動するモータ(ブラシレス)を備え、且つそのステアリングシャフトの回転角を検出可能な構成であれば、EPS以外の車両用操舵装置に具体化してもよい。例えば、特許文献2に示されるように、ステアリングシャフトの途中に設けられ、ステアリング操作に基づく第1軸の回転にモータ駆動に基づく回転を上乗せして第2軸に伝達する伝達比可変装置を備えた車両用操舵装置に適用するとよい。
【0048】
・また、EPSに適用する場合であっても、その型式は、所謂コラムアシスト型に限らず、ピニオンアシスト型、或いはラックアシスト型であってもよい。
・更に、モータ回転角センサ23については、VR型や巻線型のようにセンサコイルを有するものの他、磁気素子を用いた磁気検出型を用いてもよい。そして、代替モータ回転角θm_altの検出に用いるステアリングシャフト回転角センサ(本実施形態では、ステアリングセンサ16)もまた、どのような型式でもよい。
【0049】
・また、代替モータ回転角θm_altを用いた代替制御時には、q軸電流指令値Iq*を低減する補正を行う構成としてもよい。即ち、図5に示すように、換算分解能Δθ0に対応する位相遅れ時においてq軸電流指令値Iq*に基づき発生するq軸電流成分を第1成分Iq1として、当該第1成分Iq1を打ち消す第2成分Iq2が発生するようなd軸電流指令値Id*を演算することで、q軸電流指令値Iq*を超えるq軸電流値Iqが発生する。従って、この超過分を考慮し、予めq軸電流指令値Iq*を低めに設定することにより、過大なアシス力の発生を抑えて、その操舵フィーリングの向上を図ることができる。
【0050】
次に、以上の実施形態から把握することのできる技術的思想を記載する。
(イ)前記モータを駆動源として操舵系にアシスト力を付与する操舵力補助装置を備えた電動パワーステアリング装置であること、を要旨とする。
【0051】
(ロ)前記換算分解能は、前記モータ回転角と前記ステアリングシャフトの回転角との間の減速比、前記回転角センサの分解能、及びモータ極対数を乗じた値であること、を要旨とする。
【0052】
(ハ)前記回転角センサは、ステアリングに生じた操舵角を検出するステアリングセンサであること、を要旨とする。
(ニ)前記回転角センサは、前記ステアリングシャフトに設けられたトーションバーの捻れ角に基づいて操舵トルクを検出するトルクセンサのレゾルバであること、を要旨とする。
【0053】
(ホ)前記ステアリングシャフトの途中に設けられ、ステアリング操作に基づく第1軸の回転にモータ駆動に基づく回転を上乗せして第2軸に伝達する伝達比可変装置を備えること、を要旨とする。
【符号の説明】
【0054】
1…電動パワーステアリング装置(EPS)、2…ステアリング、3…ステアリングシャフト、10…EPSアクチュエータ、11…ECU、12…モータ、13…減速機構、16…ステアリングセンサ、17…マイコン、18…駆動回路、21u,21v,21w…電流センサ、23…モータ回転角センサ、30…モータ回転角検出部、31…電流指令値演算部、32…d/q変換部、34d,34q…F/B制御部、35…d/q逆変換部、36…PWM変換部、41…モータ回転角異常検出部、42…代替モータ回転角演算部、43…切替制御部、Iu,Iv,Iw…相電流値、Id…d軸電流値、Iq…q軸電流値、Id*…d軸電流指令値、Iq*…q軸電流指令値、Vd*…d軸電圧指令値、Vq*…q軸電圧指令値、Vu*,Vv*,Vw*…相電圧指令値、θm…モータ回転角、θm_alt…モータ回転角、θs…操舵角、G…減速比、N…極対数、Δθ…分解能、Δθ0…換算分解能、Iq1…第1成分、Iq2…第2成分、S_rsf…異常検出信号。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングシャフトを回転駆動するモータと、
前記モータのモータ回転角を検出するモータ回転角センサと、
前記モータ回転角センサにより検出された前記モータ回転角を用いたd/q座標系における電流制御の実行により前記モータの作動を制御する制御手段と、
前記ステアリングシャフトの回転角を検出するステアリングシャフト回転角センサと、
前記モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角の異常を検出する異常検出手段と、を備えた車両用操舵装置において、
前記ステアリングシャフト回転角センサの分解能をモータ回転角に換算した換算分解能が電気角で90°〜180°の範囲内であって、
前記制御手段は、
前記モータ回転角センサにより検出されるモータ回転角に異常が検出された場合には、
前記ステアリングシャフト回転角センサの検出値に基づく代替モータ回転角を前記電流制御に用いる代替制御を実行するとともに、
前記代替制御に基づき前記換算分解能に対応する位相遅れが生じたq軸電流指令値のq軸電流成分を打ち消すd軸電流指令値を演算すること、を特徴とする車両用操舵装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用操舵装置において、
前記制御手段は、前記代替制御の実行時には、q軸電流指令値の符号に応じて、以下の各式
Id*<-Iq*×tan(Δθ0−(90°)) (Iq*>0)
Id*>-Iq*×tan(Δθ0−(90°)) (Iq*<0)
但し、Iq*:q軸電流指令値、Id*:d軸電流指令値、Δθ0:換算分解能
の何れかを満足するようなd軸電流指令値を演算すること、
を特徴とする車両用操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−5624(P2013−5624A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−135362(P2011−135362)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】