説明

電極材料、電極及び素子

【課題】導電性、耐熱性、耐硫化性又は耐セレン化性に優れた電極材料、あるいは、製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子の電極として用いることが可能な電極材料、このような電極材料を用いた電極、及び、このような電極材料を用いた素子を提供すること。
【解決手段】少なくともSiを含有し、Moを70at%以上含む電極材料、このような電極材料を用いた電極、及び、このような電極材料を電極に用いた素子。Si含有量は、10at%以下が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極材料、電極及び素子に関し、さらに詳しくは、耐硫化性又は耐セレン化性が高い電極材料、あるいは、製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子の電極として用いられる電極材料、このような電極材料を用いた電極、及び、このような電極材料を電極に用いた素子に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、絶縁基板上に、第一電極、第一絶縁膜、発光層、第二絶縁膜及び第二電極を有した薄膜電場発光素子において、第一電極がモリブデンシリサイドMoSi2であることを特徴とする薄膜電場発光素子が開示されている。
同文献には、第一電極にモリブデンシリサイドを用いると、硫黄ガス若しくは硫黄化合物ガス、又は、硫黄ガス若しくは硫黄化合物ガスを不活性ガスと混合したガスからなる雰囲気ガス中で、温度500ないし650℃の範囲で硫化物を熱処理して発光層を形成すると、硫化物結晶の硫黄欠損がなくなり、発光層の発光輝度が高まる等の効果が得られる点が記載されている。
【0003】
また、特許文献2には、ガラス基板上に、第1金属層(例えば、Mo、W、Cr、SiO2、Al、TiSi2、MoSi2、WSi2など)、セレン化リチウム、III-VI族元素化合物層(例えば、InxSe1-x、GaxSe1-xなど)、及び、I族元素を有する第2金属層(例えば、Cu、Inなど)をこの順で形成し、セレン化処理することにより得られるI-III-VI属化合物半導体が開示されている。
同文献には、このような方法により、第1金属層の上に、LiドープI-III-VI族化合物半導体(例えば、LiドープCuInSe2(CIS)など)を形成することができる点が記載されている。
【0004】
さらに、特許文献3には、スパッタ成膜法にて作製したMoSi2膜の体積抵抗率が約4.9×10-5Ωcmとなることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−195281号公報
【特許文献2】特開平11−274534号公報
【特許文献3】特開2006−164595号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
MoSi2は、硫黄ガス、硫黄化合物ガス、又は、硫黄ガス若しくは硫黄化合物ガスと不活性ガスとの混合ガスを含む雰囲気中で安定である。また、MoSi2は、このような雰囲気中で500〜650℃に加熱しても腐食や溶融を起こさない。そのため、MoSi2は、製造過程で硫化処理を伴う素子の電極として用いることができる。
同様に、MoSi2は、セレンガス、セレン化合物ガス、又は、セレンガス若しくはセレン化合物ガスと不活性ガスとの混合ガスを含む雰囲気中で安定である。また、MoSi2は、このような雰囲気中で500〜650℃に加熱しても腐食や溶融を起こさない。そのため、MoSi2は、製造過程でセレン化処理を伴う素子の電極として用いることができる。
【0007】
しかしながら、MoSi2は、Moよりも耐硫化性及び耐セレン化性に優れているが、特に、膜状の場合には、電気抵抗がMoより大きくなる(特許文献3参照)。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、導電性、耐熱性、耐硫化性又は耐セレン化性に優れた電極材料、あるいは、製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子の電極として用いることが可能な電極材料、このような電極材料を用いた電極、及び、このような電極材料を用いた素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明に係る電極材料は、少なくともSiを含有し、Moを70at%以上含むことを要旨とする。Si含有量は、10at%以下が好ましい。
本発明に係る電極は、本発明に係る電極材料を用いたことを要旨とする。
本発明に係る素子は、本発明に係る電極材料を電極に用いたことを要旨とする。
【発明の効果】
【0010】
Mo−Si系電極材料は、耐熱性が高く、基板(特に、ガラス基板)との密着性が高い。また、Si含有量が多くなるほど、電極材料の比抵抗は増大するが、Mo−S層又はMo−Se層が形成されることによる比抵抗の増分に比べて、Si添加による比抵抗の増分は遙かに小さい。さらに、このような電極材料を、製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気にされされる素子の電極として用いると、Moの硫化又はセレン化に起因する電極機能の劣化を抑制することができる。これは、硫化処理時又はセレン化処理時に電極表面において材料中のSiが選択的に硫化又はセレン化し、Moの硫化又はセレン化が抑制されるためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】Mo−Si電極(Mo電極膜)のSi含有量と硫化処理前の体積抵抗率との関係を示す図である。
【図2】Mo−Si電極(Mo電極膜)のSi含有量と硫化処理後の硫化層厚との関係を示す図である。
【図3】Mo−Si電極(Mo電極膜)のSi含有量と硫化処理後のシート抵抗の変化率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 電極材料]
本発明に係る電極材料は、少なくともSiを含有し、Moを主成分とすることを特徴とする。
「Moを主成分とする」とは、材料に占めるMoの割合が70at%以上であることをいう。一般に、Moの割合が70at%以上では、Mo含有量が高いほど、耐熱性や基板との密着性に優れた電極材料となる。Mo含有量は、さらに好ましくは90at%以上、さらに好ましくは95at%以上である。
【0013】
Siは、電極材料の比抵抗を著しく増大させることなく、電極材料の耐硫化性又は耐セレン化性を増大させる作用がある。このような効果を得るためには、Si含有量は、0at%超が好ましい。Si含有量は、さらに好ましくは1at%以上、さらに好ましくは2at%以上、さらに好ましくは3at%以上である。
Si含有量が多くなるほど、電極材料の耐硫化性又は耐セレン化性は向上する。しかしながら、Si含有量が過剰になると、電極材料の比抵抗が増大する。従って、Si含有量は、10at%以下が好ましい。Si含有量は、さらに好ましくは5at%以下である。
【0014】
電極材料は、MoとSiのみを含むものでも良く、あるいは、MoとSi以外の第3成分が含まれていても良い。電極材料の電極機能を劣化させる第3成分は、少ないほど良い。一方、電極材料の電極機能を向上させる第3成分は、目的に応じて最適な量を添加することができる。
【0015】
[2. 電極]
本発明に係る電極材料は、導電性、耐熱性、基板との密着性、及び、耐硫化性又は耐セレン化性に優れる電極に用いることができる。
当該電極は、
(1)硫黄ガス、硫黄化合物ガス、又は、硫黄ガス若しくは硫黄化合物ガスと不活性ガスとの混合ガス、又は、
(2)セレンガス、セレン化合物ガス、又は、セレンガス若しくはセレン化合物ガスと不活性ガスとの混合ガス、
に曝されても、電極表面の硫化又はセレン化が誘発されず、長年使用においても接点の接触不良が起きない。
また、このようなガス中に曝され、かつ、500℃以上の高温状態に曝されても、電極表面の硫化又はセレン化は僅かであるため、接点の接触不良は抑制される。
【0016】
[3. 素子]
本発明に係る電極材料は、導電性、耐熱性、基板との密着性、及び、耐硫化性又は耐セレン化性に優れているので、薄膜太陽電池、光導電セル、フォトダイオード、フォトトランジスター、色素増感型太陽電池、薄膜電場発光素子、エレクトロルミネッセンスディスプレイなどの各種素子の電極として広く用いることができる。本発明に係る電極材料は、製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子の電極として特に好適である。
製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子としては、
(1)発光層として、マンガンをドープした硫化亜鉛ZnS:Mnを用いた素子、
(2)発光層として、セリウムをドープした硫化ストロンチウムSrS:Ceを用いた素子、
(3)光吸収層として、CuInS2を用いた素子、
(4)光吸収層として、Cu(In、Ga)Se2を用いた素子、
(5)光吸収層として、Cu(In、Ga)(Se、S)2を用いた素子、
(6)光吸収層として、Cu2ZnSnS4を用いた素子、
(7)光吸収層として、Cu2ZnSn(Se、S)4を用いた素子、
などがある。
【0017】
[4. 電極材料の製造方法]
本発明に係る電極材料は、種々の方法により製造することができる。
電極材料の製造方法としては、具体的には、少なくともMo及びSiを所定の比率で含む材料を溶解・鋳造する方法などがある。
【0018】
[5. 電極の製造方法]
本発明に係る電極は、種々の方法により製造することができる。
電極の製造方法としては、具体的には、
(1)少なくともMo及びSiを所定の比率で含む材料を、真空蒸着法、スパッタ法などにて、所定の場所に形成する方法、
(2)少なくともMo及びSiを所定の比率で含む材料を、真空蒸着法、スパッタ法などにて、汎用電極上に形成する方法、
(3)Mo及びSiを同時に、真空蒸着法、スパッタ法などにて、所定の場所又は汎用電極上に形成する方法、
(4)Mo及びSiを同時に又は非同時に、真空蒸着法、スパッタ法などにて、所定の場所又は汎用電極上に堆積させた後、熱処理して形成する方法、
などがある。
【0019】
[6. 電極材料、電極及び素子の作用]
Mo−Si系電極材料は、耐熱性が高く、基板(特に、ガラス基板)との密着性が高い。また、Si含有量が多くなるほど、電極材料の比抵抗は増大するが、Mo−S層又はMo−Se層が形成されることによる比抵抗の増分に比べて、Si添加による比抵抗の増分は遙かに小さい。そのため、Mo−Si系電極材料は、各種電極や各種素子の電極材料として広く用いることができる。
【0020】
また、CuInS2のようなSを含む層、又は、Cu(In、Ga)Se2のようなSeを含む層は、一般に、基板上に形成された下部電極の上に構成元素を含む前駆体膜を形成し、前駆体膜を硫化処理又はセレン化処理することにより製造されている。この時、下部電極としてMoを用いると、硫化処理時又はセレン化処理時にMo膜表面に、MoS2、MoSなどの硫化層又はMoSe2、MoSeなどのセレン化層が形成される場合がある。特にMoS2層は、高抵抗であるため、MoS2層が厚く形成されると、電気抵抗の増大や形状変化などの電極機能の劣化が著しい。そのため、Moの硫化層又はセレン化層、特にMoS2層の形成を極力抑制する必要があった。
【0021】
これに対し、本発明に係る電極材料を、製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子の電極として用いると、Moの硫化又はセレン化に起因する電極機能の劣化を抑制することができる。これは、硫化処理時又はセレン化処理時に電極表面において材料中のSiが選択的に硫化又はセレン化し、Moの硫化又はセレン化が抑制されるためと考えられる。さらに、硫化又はセレン化に起因する電気抵抗の増大を抑制することができるので、下部電極の厚さを薄くすることも可能となる。
【実施例1】
【0022】
[1. 試料の作製]
[1.1. Mo電極膜(Mo−Si電極)の形成]
RFマグネトロンスパッタ法にてガラス基板上に、Siを添加したMo電極膜を形成した。成膜条件は、以下の通りである。
ターゲット種には、ターゲットサイズ3インチ(7.62cm)φのMoターゲットを用いた。ターゲットのエロージョンリング上には、高純度のSiウエハを配置した。Si添加量の調整は、エロージョンリング上に配置するSiウエハの枚数を増減させることにより行った。
溶剤を用いて基板を超音波洗浄し、次いで、スパッタ成膜装置内に基板を配置し、基板を逆スパッタ洗浄した。
【0023】
Mo電極膜の形成は、2段階成膜により行った。スパッタガス種には、Arを用いた。1段階目の成膜条件は、スパッタガス圧:1Pa、投入パワー:100W、膜厚:100nmとした。また、2段階目の成膜条件は、スパッタガス圧:0.5Pa、投入パワー:300W、膜厚:400nmとした。層膜厚は、500nmとした。1段階目成膜と2段階目成膜は、真空を破らずに連続的に成膜を行った。
【0024】
[1.2. 硫化処理]
Si添加Mo電極膜を20%H2S+N2雰囲気中で580℃×120minの熱処理を行った。
【0025】
[2. 試験方法]
[2.1. Si含有量と体積抵抗率]
Si含有量の異なるMo電極膜中のSi添加量をEPMAにて測定した。
硫化処理前のMo電極膜の体積抵抗率を四探針法にて測定した。
[2.2. 硫化層(硫化変質層)厚]
硫化処理後の電極膜の硫化層の厚さをAESにて測定した。
[2.3. シート抵抗の変化率]
硫化処理前後の電極膜の体積抵抗率を四探針法にて測定し、膜厚を走査型電子顕微鏡にて測定した。得られた数値を下に、次式に従い、シート抵抗の変化率を算出した。
変化率=
(硫化後の体積抵抗率×硫化後の膜厚)/(硫化前の体積抵抗率×硫化前の膜厚)×100
【0026】
[3. 結果]
図1に、Mo電極膜のSi含有量と硫化処理前の体積抵抗率との関係を示す。図2に、Mo電極膜のSi含有量と硫化処理後の硫化層厚さとの関係を示す。図3に、Mo電極膜のSi含有量と硫化処理後のシート抵抗の変化率との関係を示す。
図1〜図3より、
(1)Siの添加量が多くなるほど、硫化処理前の体積抵抗率が増大する(図1)、
(2)Siの微少添加でもMo電極の硫化を抑制することができる(図2、3)、
(3)耐硫化性に優れた電極材料を得るためには、Si含有量は0at%<Si≦10at%の範囲が好ましい、
ことがわかる。
なお、以上の硫化処理における効果は、セレン化処理においても同様に期待できる。
【0027】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明に係る電極材料は、
(a)硫黄ガス、硫黄化合物ガス、又は、硫黄ガス若しくは硫黄化合物ガスと不活性ガスとの混合ガス、又は、
(b)セレンガス、セレン化合物ガス、又は、セレンガス若しくはセレン化合物ガスと不活性ガスとの混合ガス、
に曝される電極に用いることができる。
また、本発明に係る電極材料は、薄膜太陽電池、光導電セル、フォトダイオード、フォトトランジスター、色素増感型太陽電池、薄膜電場発光素子、エレクトロルミネッセンスディスプレイなどの各種素子の電極として広く用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともSiを含有し、Moを70at%以上含むことを特徴とする電極材料。
【請求項2】
Si含有量が10at%以下であることを特徴とする請求項1に記載の電極材料。
【請求項3】
製造工程のいずれかの段階において硫化雰囲気又はセレン化雰囲気に曝される素子の電極に用いられる請求項1又は2に記載の電極材料。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の電極材料を用いたことを特徴とする電極。
【請求項5】
請求項1から3までのいずれかに記載の電極材料を電極に用いた素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−18464(P2011−18464A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−160739(P2009−160739)
【出願日】平成21年7月7日(2009.7.7)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】