説明

ダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法

【課題】装置の大幅な改造をせず汎用的な真空チャンバを用いて、プラズマCVD法によりダイヤモンドライクカーボン膜の高速成膜を安定して行う方法を提供する。
【解決手段】プラズマCVD法で基材上にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法であって、基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧とすると共に、チャンバ内に供給するガスとしてトルエン含有ガスを用い、かつ、チャンバ内のガスの全圧を4Pa以上7Pa以下にしてダイヤモンドライクカーボン膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドライクカーボン膜(Diamond Like Carbon;DLC、非晶質炭素)の製造方法に関するものであり、例えば自動車のカムおよびシムなど2種類の部品が接触する摺動部材の摺動部表面にコーティングしたり、電子部品等の電気特性を改善すべく表面改質処理でコーティングされるダイヤモンドライクカーボン膜を、高速かつ安定に形成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドとグラファイトが混ざり合った両者の中間の構造を有するダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)は、ダイヤモンドと同様に硬度が高く、耐摩耗性、固体潤滑性、熱伝導性、化学的安定性に優れていることから、例えば、摺動部材、金型、切削工具類、耐摩耗性機械部品、研磨材、磁気・光学部品等の各種部品の保護膜として利用されつつある。
【0003】
上記DLC膜の作製法としては、大きく分けてPVD(Physical Vapor Deposition,物理蒸着)法とCVD(Chemical Vapor Deposition,化学蒸着)法の2種類が存在する。PVD法による成膜では、炭化水素ガスを用いないか、あるいは成膜時のガス導入量を微量にすることで、水素なしまたは水素の少ない、硬度の高い皮膜の作製が可能となる。これらの皮膜を摺動部品表面に形成した場合には該部品の耐久性を向上させることができる。例えば特許文献1には、基材との密着性に優れ、かつ耐摩耗性にも優れた、第1および第2のDLC膜と中間層からなるDLC成形体をPVD法で形成することが示されている。しかしながら、PVD法による成膜は成膜速度が1μm/h(時間)以下であるため、生産性に優れているとは言い難い。
【0004】
一方、CVD法による成膜は、利点として、成膜速度がPVD法よりも速いことや複雑形状の物質にコーティング可能であることが挙げられる。この様にCVD法では成膜速度を速めることができるが、成膜速度を速めて安定した成膜を行うには装置構成を工夫する必要がある。例えば特許文献2には、複雑形状の基材を用い、均一かつ高速に成膜することを目的に、複雑な形状を有する基材に対して電界を均一に印加できるよう補助電極を設けることが示されている。即ち、特許文献2は、複雑形状の基材を対象としたコーティングに主眼を置いた技術であり、試料の形状に適した補助電極を設けることで内面への成膜を行っている。しかしこの技術は、上記補助電極を設けるため装置を改造する必要があり、かつ各形状に応じた補助電極を用いる必要もあり、従来より用いられている比較的単純な装置を用いて、DLC膜の高速かつ安定した成膜を図るものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−70667号公報
【特許文献2】特開2002−363747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこの様な事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、装置の大幅な改造をせず汎用的な装置を用いて、CVD法、特にはプラズマCVD法により、DLC膜を高速かつ安定に形成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法とは、プラズマCVD法で基材上にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法であって、基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧とすると共に、チャンバ内に供給するガスとしてトルエン含有ガスを用い、かつ、チャンバ内のガスの全圧を4Pa以上7Pa以下にしてダイヤモンドライクカーボン膜を形成するところに特徴を有している。
【0008】
前記チャンバ内に供給するガスは、トルエンとアルゴンの混合ガスであり、この混合ガスにおけるトルエンの体積比率が40%以上であることが好ましい。
【0009】
好ましい実施形態として、前記基材の周囲に導電性材料を配設し、かつ、この導電性材料を接地するのがよい。
【0010】
前記バイポーラDCパルス電圧のパルス周波数は、200kHz以上であることが好ましい。また、前記バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさは、400V以上であることが好ましい。
【0011】
好ましい実施態様として、チャンバ内でPVD法により下地層を基材上に形成し、次いで、同チャンバ内でプラズマCVD法によりダイヤモンドライクカーボン膜を形成することが挙げられる。前記PVD法では、アンバランスド・マグネトロン型スパッタリング蒸発源から生成する成分で前記下地層を形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、装置の大幅な改造をせず汎用的な装置を用いて、プラズマCVD法によりDLC膜の高速成膜を安定して行うことができる。特に、従来のプラズマCVD法の様に高い雰囲気圧力(雰囲気中のガスの全圧)を必要とせずにDLC膜を成膜できるので、例えば特許文献1に示された従来のPVD装置にプラズマCVD機能を付与した複合装置において、排気系統の大掛かりな改造を施す必要なく、該複合装置のチャンバ内でDLC膜を形成することができる。また、DLC膜の安定した高速成膜と、DLC膜以外の膜(例えば、基材とDLC膜の間に形成する下地層)のPVD法による成膜を、同一装置内で簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1はバイポーラDCパルス電圧のパルス波形の一例を示す図である。
【図2】図2は実施例において用いたDLC膜の成膜装置の概略説明図である。
【図3】図3はガスの全圧と成膜速度の関係を炭化水素系ガス種別に示したグラフである。
【図4】図4は混合ガスに占めるトルエンの体積分率と成膜速度の関係を示したグラフである。
【図5】図5はバイポーラDCパルス電圧のパルス周波数と成膜速度の関係を示したグラフである。
【図6】図6はバイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさと成膜速度の関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、装置の大幅な改造をせず汎用的な装置(真空チャンバ)を用いて、プラズマCVD法によりDLC膜の高速成膜を安定して行うべく、その成膜条件について様々な観点から検討を行った。その結果、特に、基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧とすると共に、チャンバ内に供給するガスとしてトルエン含有ガスを用い、かつ、チャンバ内のガスの全圧を4Pa以上7Pa以下にすればよいことを見出した。以下、本発明で規定した上記成膜条件について詳述する。
【0015】
まず本発明では、基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧とする。
【0016】
プラズマCVD法によるDLC膜の成膜には、電源として高周波電源が一般的に使用されている。しかし高周波電源を使用した場合、被処理物の積載量や形状に応じて自己バイアスの値が変化する。この自己バイアスの値は任意に制御できないため、自己バイアスの値の変化に応じて成膜条件を最適化することが必要になる。一方、DC電源の場合には、前記高周波電源のような問題がなく、工業応用の観点から有利である。しかしながら、DC電源を用いた場合、直流放電を開始させるには、一定値以上の雰囲気圧力、電力が必要であるため、チャンバを改造したり、大掛かりな電源装置を用いる必要がある。本発明では、基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧とすることによって、電子の運動(負バイアス電圧または正バイアス電圧を印加時に、電子が基板とその対極であるチャンバ内壁または後述する導電性材料との間を往復運動する)を促進させてイオン化効率を上げることができ、その結果、開始時に一定値以上の雰囲気圧力、電力を必要とせず、より低い雰囲気圧力、電力領域でも安定な成膜を行えることを見出した。上記バイポーラDCパルス電圧とは、正・負の双方の電圧パルスが時間軸上交互に現れる状態の電圧をいい、正のパルス波形と負のパルス波形が対称である場合、またはこれらの波形が非対称である場合の双方を含む。正のパルス波形と負のパルス波形が非対称であれば、イオン化効率をより高めることができ、その結果、開始時の雰囲気圧力や電力をより小さくでき、しかもより高速で成膜できるので好ましい。この場合、バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の時間積分値が、バイポーラDCパルス電圧における正バイアス電圧の時間積分値よりも大きいことが好ましい。本発明は、上記パルスの具体的波形まで特定されるものでなく、例えば図1に示す様な波形の非対称パルスとすることが挙げられる。
【0017】
上記の通り、基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧としてイオン化効率を高めることで、成膜速度も向上する。更にパルス化すれば、印加周波数やデューティサイクル(高周波電源では50%で不変)を制御できることから、成膜速度、膜質を幅広く調整することができる。この様な成膜速度等の調整は、後述する通り、チャンバ内に供給するガスとしてトルエン含有ガスを用いた場合に特に効果的に行うことができる。
【0018】
DLC膜は、炭化水素系ガス(C(炭素)含有ガス)を含むガスをチャンバ内に導入し、基材へ電圧を印加し、上記炭化水素系ガスを分解してDLCを基材上に蒸着させて形成される。
【0019】
本発明者らが、この炭化水素系ガスの種類について検討を行ったところ、トルエン(気体状態のものをいう。以下同じ)が炭化水素系ガスとして最適であることを見出した。後述する実施例に示す通り、炭化水素系ガスとして、メタン、アセチレン、またはトルエンを含むガスを用いて成膜を行った結果、メタンやアセチレンを用いた場合には、ガスの全圧がほとんど成膜速度に影響しないのに対し、トルエンを用いて成膜を行った場合には、10μm/h(時間)を超える成膜速度を実現できることを見出した。この様にトルエンを用いて成膜を行った場合に、他の炭化水素系ガスよりも成膜速度が速くなる理由として、トルエンのイオン化エネルギー(8.82eV)が、メタン(12.98eV)やアセチレン(11.41eV)よりも小さいことが考えられる。
【0020】
上記チャンバ内に供給するガスとして、前記トルエンとアルゴンの混合ガスを用い、かつ、前記混合ガスにおけるトルエンの体積比率を40%以上とすることが好ましい。この様に分解するトルエンの量を確保することで成膜速度を速めることができる。より好ましい前記トルエンの体積比率は45%以上である。一方、トルエンの体積比率が高すぎると、プラズマが安定せず成膜が不安定になるおそれがある。よって本発明では、混合ガスに占めるトルエンの体積比率を60%以下とすることが好ましい。より好ましくは55%以下である。
【0021】
本発明において、前記チャンバ内のガスの全圧は4Pa以上7Pa以下である。成膜速度は、チャンバ内のガスの全圧を高めることによって速めることができる。後述する実施例に示す通り、10μm/hを超える成膜速度を確実に実現するには、前記全圧を4Pa以上とする必要がある。好ましくは4.5Pa以上である。一方、前記全圧が高すぎると、プラズマが安定せず成膜することが不可能となるため、本発明では、該全圧を7Pa以下とする。好ましくは6.5Pa以下である。
【0022】
前記成膜は、前記基材の周囲に導電性材料を配設し、かつ、この導電性材料を接地した状態で行うことが好ましい。この様な態様では、導電性材料がその名の通り導電性を示し、かつ接地されているため、チャンバと導電性材料が同電位となり、導電性材料の表面が試料に対し対極の役割を果たす。その結果、対極が試料に近づいたこととなるため、発生するプラズマの密度を高めることができ、結果として成膜速度をより速めることができる。
【0023】
前記導電性材料としてはSUS、Ti合金などが挙げられ、例えば筒状とすることが挙げられ、板状のものでも金網を用いても良い。また、前記導電性材料の形状としては、基板と後述する一定の間隔で対向する状態となっていれば特に限定されず、略円筒のものや、楕円筒や多角円筒等のものが挙げられる。基材と導電性材料(例えば筒状の導電性材料)の表面との距離は、30mm以上100mm以下であることが好ましい。
【0024】
前記成膜では、バイポーラDCパルス電圧のパルス周波数が200kHz以上であれば、確実に成膜速度が速まるので好ましい。より好ましくは前記パルス周波数を230kHz以上とする。一方、前記パルス周波数が300kHzを超えると、安定してプラズマが発生せず成膜が不安定となるおそれがある。よって、前記パルス周波数は300kHz以下であることが好ましい。成膜速度の向上と成膜安定性の確保の観点からは、260kHz以下であることがより好ましい。
【0025】
また、バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさが400V以上であれば、成膜速度が確実に速まるので好ましい。より好ましくは500V以上である。一方、前記電圧の大きさが650Vを超えると、安定してプラズマが発生せず成膜が不安定となるおそれがあるので、前記電圧の大きさは650V以下であることが好ましい。
【0026】
本発明の方法は、既存のプラズマCVD装置においても実施できるが、PVD法を実施するチャンバ内で、プラズマCVD法によりDLC膜を形成することもできる。例えばPVD装置(例えば、スパッタリング装置)にプラズマCVD機能を付与した複合装置のチャンバ内で、プラズマCVD法によりDLC膜を形成することができる。
【0027】
前記スパッタリング装置(PVD装置)では、通常、ロータリーポンプ、ターボ分子ポンプによる真空排気を行っていることから、該PVD装置のチャンバ内で、従来のプラズマCVD法の様に10Pa以上と、雰囲気中のガスの全圧の高い状態でDLC膜を成膜するには、真空排気ラインを別ラインに改造するなど、排気系統の大掛かりな改造が必要であった。しかし本発明では、10Paを下回る雰囲気圧力(雰囲気中のガスの全圧)でDLC膜を成膜できるため、PVD法を実施するチャンバを利用して、プラズマCVD法によりDLC膜を高速かつ安定して形成することができる。
【0028】
上記複合装置でDLC膜を成膜できるメリットとして、プラズマCVD法によるDLC膜の成膜と、PVD法によるDLC膜以外の膜(例えば基材とDLC膜の間に形成する下地層として、例えば特許文献1に示された様な金属層や金属化合物層)の成膜を、同一チャンバ内で実施することができる。
【0029】
具体的な実施形態として、チャンバ内でPVD法により下地層を基材上に形成し、次いで、同チャンバ内でプラズマCVD法によりDLC膜を規定の条件で形成することが挙げられる。
【0030】
前記PVD法では、アンバランスド・マグネトロン型スパッタリング蒸発源から生成する成分で前記下地層を形成すれば、該下地層として緻密で高硬度な皮膜を形成することができるので好ましい。
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0032】
(実験例1)
神戸製鋼社製アンバランスドマグネトロンスパッタ(UBMS202)装置のチャンバを用い、図2に示す通り、基材3周辺を導電性材料製の円筒5で覆い、基材3にDCパルスバイアス電圧を印加してプラズマCVD法でDLC膜の成膜を行った。図2において、2は基材支持部である。電源4には非対称DCパルス電源(アドバンスドエナジー(AE)のPinnacle(登録商標)Plus+,5kW電源)を使用し、基板ステージに接続を行った。パルスデューティサイクルは70%一定で成膜を行うためにパルス幅を設定している。バイポーラDCパルス電圧のパルス周波数は250kHz、バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさは600Vとした。前記導電性材料製の円筒5は、SUS板製のものを用い、図2に示す通り、円筒表面が試料表面から75mm離れるように配置し、かつ接地した。
【0033】
チャンバ内に供給するガスとして、Ar(アルゴン)とC(トルエン)との混合ガスを用いた。トルエンは、図2に示す通り恒温装置10内で70℃に加熱すると同時に真空引きを行い気化させてチャンバ1内へ導入した。図2において、11は液体トルエン容器、9はバルブを示している。尚、比較例として、トルエンのかわりにアセチレンまたはメタンを導入した場合についても成膜を行った。アルゴンとの混合ガスに占めるトルエン、アセチレン、またはメタンの体積分率は、いずれも50%で一定となるようにした。図2中の6はアルゴン用マスフローコントローラー、7はメタン/アセチレン用マスフローコントローラー、8はトルエン用マスフローコントローラーを示している。
【0034】
基材3にはSiウエハ(Si基板)を使用した。この基材3をチャンバ1内に導入後1×10−3Pa以下に排気してから成膜を行った。また、チャンバ1内のガスの全圧を変化させて成膜を行った。このガスの全圧の制御は、手動のバタフライバルブ12を設け、バタフライバルブ12の開閉量を制御することで実施した。また、図2中の13はターボ分子ポンプ、14はロータリーポンプを示している。
【0035】
成膜速度は、Siウエハ上に予め修正液を塗布してマスキングを施し、成膜後に修正液を除去することで、膜表面と基材表面の段差を表面粗さ計(DEKTAK)で測定して求めた。その結果を炭化水素系ガス種別に表1に示す。また、この表1の結果を用いてガスの全圧と成膜速度の関係を炭化水素系ガス種別に示したグラフを図3に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1および図3より、いずれの炭化水素系ガスを用いた場合も、ガスの全圧の増加に比例して成膜速度が増加している。しかしアセチレンを用いた場合には、ガスの全圧を7Paとした場合でも成膜速度が4.3μm/hであり、トルエンを用いた場合の15.7μm/hと比較して成膜速度が遅くなっている。メタンを用いた場合には、ガスの全圧を7Paとした場合でも約0.1μm/hと成膜速度が極めて遅いことが分かる。一方、トルエンを用いた場合であっても、ガスの全圧を8Pa以上とした場合には安定した成膜ができなかった。また、この実験において、パルスを用いないDC電源を使用した場合にはプラズマが発生せず、成膜できなかった。尚、本実験におけるガスの全圧の範囲では、パルスを用いないDC電源の場合、電圧が1000Vでも放電しなかったことから、放電開始電圧は1000Vよりも高いと思われる。
【0038】
(実験例2)
混合ガスに占めるトルエン量(体積分率)が、成膜速度に及ぼす影響について調べた。
【0039】
詳細には、トルエンとアルゴンの混合ガスを用い、該混合ガスに占めるトルエンの体積分率を変化させ、かつチャンバ内のガスの全圧を5Paで一定として成膜する以外は、実験例1と同様にしてDLC膜の形成を行った。そして実験例1と同様に成膜速度を調べた。その結果を表2に示す。また、この表2の結果を用いて作成した、混合ガスに占めるトルエンの体積分率と成膜速度の関係を示したグラフを図4に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
表2および図4より、混合ガスに占めるトルエン量(体積分率)を増加させることで成膜速度も増加しており、成膜速度を10μm/h以上に確実に速めるには、混合ガス中のトルエンの体積比率を40%以上とするのが好ましいことがわかる。
【0042】
(実験例3)
基材の周囲に配設する導電性材料の有無が成膜速度に及ぼす影響について調べた。
【0043】
詳細には、トルエン(体積分率:50%)とアルゴンの混合ガスを用い、チャンバ内のガスの全圧を5Paで一定とし、かつ導電性材料製の円筒の設置をあり・なしとする以外は、実験例1と同様にしてDLC膜の成膜を行った。そして実験例1と同様に成膜速度を調べた。
【0044】
その結果、導電性材料製の円筒を配設しない場合には、成膜速度が7.17μm/hであったのに対し、導電性材料製の円筒を配設した場合には、成膜速度が12.58μm/hであり、上記導電性材料製の円筒を設置することで成膜速度が1.8倍程度増加したことがわかる。これは上述した通り、チャンバと同電位である導電性材料製の円筒表面が、試料に対し対極の役割を果たす結果、対極が近づいたこととなるため、プラズマ密度が高められて成膜速度が向上したものと思われる。
【0045】
(実験例4)
成膜時のバイポーラDCパルス電圧のパルス周波数が成膜速度に及ぼす影響について調べた。
【0046】
詳細には、トルエン(体積分率:50%)とアルゴンの混合ガスを用い、チャンバ内のガスの全圧を5Paで一定とし、かつバイポーラDCパルス電圧のパルス周波数を50〜300kHzの範囲内で変化させる以外は、実験例1と同様にしてDLC膜の成膜を行った。そして実験例1と同様に成膜速度を調べた。その結果を表3に示す。また、この表3の結果を用いて作成した、バイポーラDCパルス電圧のパルス周波数と成膜速度の関係を示したグラフを図5に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
表3および図5より、バイポーラDCパルス電圧のパルス周波数を高めることにより、成膜速度も上昇しており、上記周波数を200kHz以上とすることで成膜速度:10μm/h以上を達成でき、PVD法によるDLC膜の成膜速度(1μm/h以下)に比べて、成膜速度を一桁以上速めうることがわかる。
【0049】
(実験例5)
成膜時のバイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさが、成膜速度に及ぼす影響について調べた。
【0050】
詳細には、トルエン(体積分率:50%)とアルゴンの混合ガスを用い、チャンバ内のガスの全圧を5Paで一定とし、かつバイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさを300〜650Vの範囲内で変化させる以外は、実験例1と同様にしてDLC膜の成膜を行った。そして実験例1と同様に成膜速度を調べた。その結果を表4に示す。また、この表4の結果を用いて作成した、バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさと成膜速度との関係を示したグラフを図6に示す。
【0051】
【表4】

【0052】
表4および図6より、バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさが300〜500Vの間は、負バイアス電圧の大きさを増加させることで成膜速度が増加し、10μm/h以上の成膜速度を達成させるには、400V以上とすればよいことがわかる。尚、前記電圧が500Vを超えると成膜速度がほぼ横ばいになることも分かる。
【符号の説明】
【0053】
1 チャンバ
2 基材支持部
3 試料(基材)
4 電源
5 導電性材料製円筒
6 アルゴン用マスフローコントローラー
7 メタン/アセチレン用マスフローコントローラー
8 トルエン用マスフローコントローラー
9 バルブ
10 恒温装置
11 液体トルエン容器
12 バタフライバルブ
13 ターボ分子ポンプ
14 ロータリーポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマCVD法で基材上にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法であって、
基材に印加する電圧をバイポーラDCパルス電圧とすると共に、
チャンバ内に供給するガスとしてトルエン含有ガスを用い、かつ、
チャンバ内のガスの全圧を4Pa以上7Pa以下にしてダイヤモンドライクカーボン膜を形成することを特徴とするダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。
【請求項2】
前記チャンバ内に供給するガスが、トルエンとアルゴンの混合ガスであり、この混合ガスにおけるトルエンの体積比率が40%以上である請求項1に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。
【請求項3】
前記基材の周囲に導電性材料を配設し、かつ、この導電性材料を接地する請求項1または2に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。
【請求項4】
前記バイポーラDCパルス電圧のパルス周波数が200kHz以上である請求項1〜3のいずれかに記載のダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。
【請求項5】
前記バイポーラDCパルス電圧における負バイアス電圧の大きさが400V以上である請求項1〜4のいずれかに記載のダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。
【請求項6】
チャンバ内でPVD法により下地層を基材上に形成し、次いで、同チャンバ内でプラズマCVD法によりダイヤモンドライクカーボン膜を形成する請求項1〜5のいずれかに記載のダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。
【請求項7】
前記PVD法では、アンバランスド・マグネトロン型スパッタリング蒸発源から生成する成分で前記下地層を形成する請求項6に記載のダイヤモンドライクカーボン膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−174310(P2010−174310A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−16935(P2009−16935)
【出願日】平成21年1月28日(2009.1.28)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】