説明

ビスマス系酸化物超電導薄膜及びその作製法

【課題】 本願発明は、Bi酸化物超電導体を用いて高性能な積層型ジョセフソン接合を得るためには、c軸が基板面に対して平行で、a軸(又はb軸)が基板面に対して垂直に配向したBi系酸化物超電導薄膜を作製することを目的とする。
【解決手段】 a軸配向したBi系酸化物超電導薄膜の作製方法は、Bi系酸化物超電導薄膜の(100) 面と格子定数の整合性の良い(110)面のLaSrAlO4単結晶基板又は(110)面のLaSrGaO4単結晶基板を用いてエピタキシャル成長することにある。この方法により、通常得られやすいBi-2212ではなく、Bi系酸化物超電導体でも最も高い超電導転移温度を示すBi-2223のa軸配向膜を選択的に作製することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、酸化物超電導体、特に、ビスマス系(以下「Bi系」という。)酸化物超電導体を用いて高性能な積層型ジョセフソン接合を得るためのc軸が基板面に対して平行であり、a軸(又はb軸)が基板面に対して垂直に配向した酸化物超電導体、特に、Bi系酸化物超電導薄膜、具体的には、Bi2Sr2Ca2Cu3O10±X(Xは、1より小さい正の数、以下「Bi-2223」という。)又はBi2Sr2CuO6±Y(Yは、1より小さい正の数、以下「Bi-2201」という。)酸化物超電導薄膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超電導体を用いたジョセフソン素子の特長は、その高速動作と低消費電力性にある。集積回路に応用すると、小さな電力で高速スイッチ動作が行えるので、半導体で問題になっている高密度集積回路に生ずる発熱も小さいうえ、半導体に比べ、高速な演算性能が期待できる。
【0003】
従来、ジョセフソン素子に用いる超電導体として、Nb金属やNbNが用いられていたが、超電導転移温度が低いため、通常、ジョセフソン素子の動作は液体ヘリウム温度4.2Kで行われている。これに比べ、酸化物超電導体は、より高い超電導転移温度を持つため、これを用いたジョセフソン素子は、液体窒素温度で動作することが可能と考えられ、省資源・省電力の視点から有望であると期待できる。
【0004】
ジョセフソン効果を示す超電導素子は、ジョセフソン接合と呼ばれる。超電導素子を用いた集積回路に適したジョセフソン接合は、精密に寸法が制御でき、数多くの接合が作製できることから、図1に示すように、超電導体薄膜の間に常電導体や絶縁体の極薄膜のバリア層を挟んだ積層接合が有望である。実際、Nb金属を用いた超電導集積回路では、ジョセフソン接合として、積層接合が使われている。
【0005】
酸化物超電導体を用いて積層型ジョセフソン接合を作製するための、ブレークスルーすべき問題点は、酸化物超電導体の結晶構造に密接に係わっている。イットリウム系(以下「Y系」という。)酸化物超電導体やBi系酸化物超電導体は、Nb等の従来の超電導体に比べて、コヒーレンス長、磁束侵入深さ及び臨界電流密度等の超電導特性の異方性が顕著である。
【0006】
これらの結晶は、斜方格子又は正方格子であるが、c軸方向の超電導的なカップリングの強さは、c軸に垂直な面内のカップリングより弱い。酸化物超電導体においては、超電導は銅(Cu)原子と酸素原子(O)のなすCuO面で起こっていると考えられている。
【0007】
したがって、これらの超電導カップリングの異方性は、CuO面がc軸に垂直な方向(即ちa又はb軸方向)にあり、c軸方向にはないことに起因している。このため、ジョセフソン接合に密接に係わるコヒーレンス長(超電導電子対が形成できる電子間距離)は、c軸方向では、a軸方向に比べ、著しく小さい。この傾向は、Y系超電導体に比べて結晶構造の異方性の大きいBi系超電導体のほうが顕著であり、c軸方向のコヒーレンス長は0.2nmと極めて短い。
【0008】
このように、酸化物超電導体、特に、Bi-2223又はBi-2201等のBi系超電導体においては、c軸方向のコヒーレンス長は、極端に短い。このため、c軸配向膜を用いて、c軸方向に積層型のジョセフソン接合を作製するためには、平坦で、極めて薄いバリア層を形成することが不可欠となる。しかし、バリア層を薄くすると、析出物等による凹凸が問題になり、一様な極薄バリア層の形成が難しく、バリア層を挟んだ上下の超電導体間で電流のリークが起こるため、ジョセフソン接合は得られていない。また、ジョセフソン接合が作製できたとしても、ジョセフソン臨界電流密度Jc及びジョセフソン特性パラメータIcRnも小さく良い特性が得られない。
【0009】
そこで、Bi酸化物超電導体を用いて高性能な積層型ジョセフソン接合を得るためには、c軸方向より長いコヒーレンス長を持つ非c軸方向に接合を作製することが不可欠である。この中で、最もコヒーレンス長が長い方向が、a軸(又はb軸)方向である。したがって、Bi系酸化物超電導体を用いて高性能な積層型ジョセフソン接合を得るためには、c軸が基板面に対して平行で、a軸(又はb軸)が基板面に対して垂直に配向したBi系酸化物超電導薄膜を作製することが望まれる。
【0010】
これを達成する一つの方法として、基板上に、活性酸素と、Bi系酸化物を構成する一部の金属成分を供給して、前記基板上に酸化物からなる組成変調膜を形成する工程と、活性酸素と、Bi系酸化物を構成する全部の金属成分を供給して、前記組成変調膜上に酸化物超電導薄膜を形成する工程とを具備したことを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法が知られている(下記特許文献1参照)。しかし、この方法においては、条件次第においては、基板面に対して平行c軸の割合が変化するものであり、良質なBi系酸化物超電導薄膜が得られているとは言えない。
【0011】
また、c軸が基板面に対して平行で、a軸(又はb軸)が基板面に対して垂直に配向したBi系酸化物超電導薄膜を用いて作製したジョセフソン素子の性能が優れていることを示した文献はあるが(下記特許文献2参照)、具体的にどのようにしたら、良質な上記c軸が基板面に対して平行で、a軸(又はb軸)が基板面に対して垂直に配向したBi系酸化物超電導薄膜が得られるかは示されていない。
【特許文献1】特開平5−7027号公報
【特許文献2】特開平9−246611号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、本願発明は、Bi酸化物超電導体を用いて高性能な積層型ジョセフソン接合を得るために、結晶性の良いa軸(又はb軸)配向したBi系酸化物超電導薄膜を作製することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
Bi-2223薄膜は、Bi-2223の1ユニットセルが(110)面のLaSrAlO4単結晶基板、(110)面のLaSrGaO4単結晶基板、(10-10)面(a面)のα-Al2O3単結晶基板又は(10-10)面(a面)のNdAlO3単結晶基板の3ユニットセルに整合して、a軸配向したBi-2223薄膜が成長する。
【0014】
Bi-2201薄膜は、Bi-2201の1ユニットセルが(110)面のLaSrAlO4単結晶基板、(110)面のLaSrGaO4単結晶基板、(10-10)面(a面)のα-Al2O3単結晶基板又は(10-10)面(a面)のNdAlO3単結晶基板の2ユニットに整合して、a軸配向したBi-2201薄膜が成長する。
【0015】
通常、直接基板上に高い温度で成膜をするとc軸配向したBi-2223薄膜あるいはBi-2201薄膜が成長してしまうが、基板温度を500〜600℃において、成膜すると、c軸配向膜ができることがなく、結晶性が良いa軸配向したBi-2223又はBi-2201薄膜を作製することができる。
【発明の効果】
【0016】
本願発明の方法により作製した結晶性の良いa軸配向したBi系酸化物超電導薄膜を用いてジョセフソン素子を作製すると、きわめて性能の優れたジョセフソン素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本願発明のもっとも好ましい実施形態を示す。
【0018】
図2に、a軸配向したBi-2223に対するLaSrAlO4単結晶基板の(110)面の格子定数の整合性を示す。図に示すように、Bi-2223の1ユニットセルがLaSrAlO4の3ユニットセルに極めてよく整合していることが判る。a軸長(又はb軸長)、c軸長の格子定数のミスフィットは、−1.48%及び1.61%であり、極めて小さい。
【0019】
このため、(110) LaSrAlO4単結晶基板上にc軸が基板に平行に、a軸(又はb軸)が基板に垂直に配向したBi-2223薄膜をヘテロエピタキシャル成長させることができる。
【0020】
しかも、整合性から明らかなように、双晶ではなく、Bi-2223のc軸が基板上で一方向に揃った高品質な単結晶Bi-2223膜が作製できる。
【実施例1】
【0021】
(110) LaSrAlO4単結晶基板を用いて、有機金属化学気相成長法(MOCVD)により結晶性の良いa軸配向したBi-2223超電導薄膜を作製した。MOCVD装置を図3に示す。成膜条件は、有機金属原料にBi(C6H5)3, Sr(DPM)2, Ca(DPM)2及びCu(DPM)2(DPM:dipivaloylmethan)を用い、それぞれ72℃,176℃,161℃及び80℃に保ち、Arキャリヤガス流量100、300,300及び70sccm、全圧50torr、酸素分圧23torr、基板温度は570℃で行った。
【0022】
得られた薄膜のX線回折パターンを図4に示す。図から明らかなように、基板以外のすべての回折ピークはBi-2223の(n00)(あるいは0n0)で指数付けできる。これより、c軸が基板面に平行で、a軸(あるいはb軸)が基板面に垂直に配向したBi-2223薄膜が作製されたことが判る。
【0023】
図5に作製したa軸配向したBi-2223薄膜の抵抗の温度依存性を示す。測定は、標準的な4端子法により行なった。
【0024】
図6に薄膜表面の原子間力顕微鏡(AFM)像を示す。Bi-2223は、その結晶構造から、c軸方向への成長速度が遅く、a,b軸方向(すなわちc面)の成長が早いことが予想され、2次元核成長機構により成長が進むとすると、図7の模式図で示されるような表面モフォロジーが期待される。
【0025】
実際に、得られたa軸(あるいはb軸)配向膜の表面モフォロジーは、これを実証するものであり、2次元核成長機構により、成膜していることが判る。さらに、双晶のない、c軸が1方向に揃って成長している高品質膜が得られたことが判る。
【0026】
以上述べたように、Bi-2223酸化物超電導体の(100)(あるいは010面)と格子定数の整合性の良い(110)面のLaSrAlO4単結晶基板を用いてエピタキシャル成長することにより、c軸が基板面に平行で、かつ1方向に揃い、a軸(又はb軸)が基板に垂直に配向したBi-2223薄膜を作製することに世界で初めて成功した。
【0027】
さらに、この方法は、上記の基板を用いれば、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法(PLD法)及び反応性蒸着法等のMOCVD法以外の成膜法においても有効である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】有望なジョセフソン接合の例
【図2】整合状況を説明する図
【図3】MOCVD薄膜作製装置の概観図
【図4】薄膜のX線回折パターン図
【図5】a軸配向したBi-2223薄膜の抵抗の温度依存性
【図6】Bi-2223薄膜表面の原子間力顕微鏡(AFM)像
【図7】表面モフォロジーを説明する模式図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に酸化物超電導薄膜を作製する方法において、該薄膜の単結晶の格子定数が該基板の単結晶の格子定数の約整数倍であるようにしたことを特徴とする酸化物超電導薄膜の作製方法。
【請求項2】
上記酸化物超電導薄膜は、Bi2Sr2Ca2Cu3O10±X(Xは、1より小さい正の数)又はBi2Sr2CuO6±Y(Yは、1より小さい正の数)薄膜であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜の作製方法。
【請求項3】
上記単結晶基板は、LaSrAlO4、LaSrGaO4、α-Al2O3又はNdAlO3であることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の酸化物超電導薄膜の作製方法。
【請求項4】
基板上に堆積された酸化物超電導薄膜であって、該薄膜の単結晶の格子定数は、該基板の単結晶の格子定数の約整数倍であることを特徴とする酸化物超電導薄膜。
【請求項5】
上記酸化物超電導薄膜は、Bi2Sr2Ca2Cu3O10±X(Xは、1より小さい正の数)又はBi2Sr2CuO6±Y(Yは、1より小さい正の数)薄膜であることを特徴とする請求項4に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項6】
上記単結晶基板は、LaSrAlO4、LaSrGaO4、α-Al2O3又はNdAlO3であることを特徴とする請求項4又は5のいずれかに記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項7】
ジョセフソン素子であって、請求項4ないし6のいずれかに記載の酸化物超電導薄膜を用いて作製したことを特徴とするジョセフソン素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−117505(P2006−117505A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−90130(P2005−90130)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】