説明

低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管及びその製造方法

【課題】肉厚が25mm以上であっても、優れたHAZの低温靱性を確保することが可能な、低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管及びその製造方法を提供する。
【解決手段】管状に成形された母材鋼板をシーム溶接した鋼管で、母材鋼板が、C:0.010〜0.050%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.50〜2.00%、Al:0.020%以下、Ti:0.003〜0.030%、Mo:0.10〜1.50%を含有し、炭素当量Ceqが0.30〜0.53、割れ感受性指数Pcmが0.10〜0.20で、(式3)を満足し、母材鋼板の金属組織が面積率で20%以下のポリゴナルフェライトと面積率で80%以上のベイナイトからなり、有効結晶粒径が20μm以下、溶接熱影響部の有効結晶粒径が150μm以下である低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。10C+100Al+5Mo+5Ni<3.3 ・・・ (式3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油及び天然ガス輸送用のラインパイプに好適な、低温靭性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、原油及び天然ガスの長距離輸送用の幹線パイプラインの素材として、米国石油協会(API)規格X70(引張強さ564MPa以上)以上、更には、X80(引張強さ620MPa以上)までのラインパイプ用鋼管が実用化されている。近年、原油及び天燃ガスの輸送の効率化のために、パイプラインの内圧の高圧化が検討されており、これに伴い、引張強さが600MPa以上である、X70以上、更には、X80以上の高強度ラインパイプ用鋼管の厚肉化が要求されている。
【0003】
これに対して、制御圧延及び制御冷却によって金属組織を微細なベイナイトとして、強度及び靭性が良好な厚鋼板を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1〜3)。このような従来のX80以上の高強度ラインパイプの肉厚は、せいぜい25mm未満であり、25mm以上や、30mm以上の厚肉のラインパイプは要求されていなかった。
【0004】
一般に、厚鋼板を製造する際には、板厚の中央部で、制御圧延による圧下が不十分になり易く、また、制御冷却による冷却速度を確保することも難しくなる。更に、厚肉の鋼管を製造する際には、厚鋼板をUO工程によって管状に成形した後、端部同士を突き合わせて、アーク溶接によるシーム部の溶接を行う。このシーム溶接は、鋼管が厚肉化すると大入熱となり、溶接熱影響部(Heat Affected Zone、HAZという。)の粒径が粗大化するため、低温靭性の低下が重要な問題になる。
【0005】
高強度ラインパイプ用鋼管のHAZの低温靭性を向上させる技術については、粒内変態を利用してHAZの組織を微細化する方法が提案されている(例えば、特許文献4〜6)。特許文献4に提案された方法は、酸化物を核としてアシキュラーフェライトを生成させるものであり、特許文献5及び6に提案された方法は、酸化物、硫化物との複合介在物を核として粒内ベイナイトを生成させるものである。
【0006】
この粒内ベイナイトの利用は、HAZの低温靭性の向上に、極めて効果的である。しかし、鋼管の厚肉化によって冷却速度が低下するとベイナイトへの変態が不十分になり、粒内フェライトが生成し、強度が低下する。そのため、低温靭性に優れた高強度ラインパイプ用鋼管の厚肉化は困難であった。
【0007】
【特許文献1】特開2000−256777号公報
【特許文献2】特開2004−76101号公報
【特許文献3】特開2004−143509号公報
【特許文献4】特開平08−325635号公報
【特許文献5】特開2001−355039号公報
【特許文献6】特開2003−138340号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、板厚が25mm以上、引張強さ(TS)が600MPa以上である、X70や、X80以上の高強度ラインパイプ用の厚鋼板を試作した。その結果、鋼板の板厚の増加に起因する問題が予想よりも遥かに重大であることがわかった。特に、板厚の中央部では、制御圧延による圧下及び制御冷却による冷却速度が不十分になり、鋼板の表層部に比べて、靭性が著しく低下する。更に、鋼板の板厚中央部の金属組織を調査した結果、高強度ラインパイプ用厚鋼板では、板厚の中央部を微細なベイナイト組織とすることは極めて困難であるという知見が得られた。
【0009】
本発明は、このような従来技術から予想できなかった課題を解決するものであり、特に、肉厚が25mm以上、更には30mm以上であっても、優れたHAZの低温靱性を確保することが可能な、低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、C及びAlを低減し、適量のMo及びBを添加して焼入れ性を高め、焼入れ性の指標である炭素当量Ceq及び溶接性の指標である割れ感受性指数Pcmを最適な範囲に制御し、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZをベイナイトが主体である微細な金属組織とし、更に、Tiの酸化物を核として生成する粒内ベイナイトを利用して、特にHAZの有効結晶粒径の微細化を図った、低温靭性が良好な高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管であり、その要旨は以下のとおりである。
【0011】
(1) 管状に成形された母材鋼板をシーム溶接した鋼管であって、前記母材が、質量%で、C:0.010〜0.050%、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.50〜2.00%、S:0.0001〜0.0050%、Ti:0.003〜0.030%、Mo:0.10〜1.50%、B:0.0003〜0.0030%、O:0.0001〜0.0080%を含み、P:0.050%以下、Al:0.020%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、下記(式1)によって求められるCeqが0.30〜0.53であり、下記(式2)によって求められるPcmが0.10〜0.20であり、下記(式3)を満足し、前記母材鋼板の金属組織が面積率で20%以下のポリゴナルフェライトと面積率で80%以上のベイナイトからなり、有効結晶粒径が20μm以下であり、溶接熱影響部の有効結晶粒径が150μm以下であることを特徴とする低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【0012】
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5
・・・ (式1)
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60
+Mo/15+V/10+5B ・・・ (式2)
10C+100Al+5Mo+5Ni<3.3 ・・・ (式3)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、V、B、Alは、各元素の含有量[質量%]である。
【0013】
(2) 前記母材鋼板の肉厚が25〜40mmであることを特徴とする上記(1)に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
(3) 前記鋼管の周方向を引張方向とする、前記母材鋼板の引張強度が600〜800MPaであることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【0014】
(4) 前記母材鋼板が、さらに、質量%で、Cu:0.05〜1.50%、Ni:0.05〜5.00%の一方又は双方を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
(5) 前記母材鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.02〜1.50%、V:0.010〜0.100%、Nb:0.001〜0.200%、Zr:0.0001〜0.0500%、Ta:0.0001〜0.0500%のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
(6) 前記母材鋼板が、さらに、質量%で、Mg:0.0001〜0.0100%、Ca:0.0001〜0.0050%、REM:0.0001〜0.0050%、Y:0.0001〜0.0050%、Hf:0.0001〜0.0050%、Re:0.0001〜0.0050%、W:0.01〜0.50%のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(5)の何れか1項に記載の高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【0015】
(7) 溶接金属が、質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.01〜0.40%、Mn:1.0〜2.0%、Ni:0.2〜3.2%、Cr+Mo+V:0.2〜2.5%、Al:0.001〜0.100%、Ti:0.003〜0.050%、O:0.0001〜0.0500%を含み、P:0.020%以下、S:0.010%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなることを特徴とする上記(1)〜(6)の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【0016】
(8) 鋼を溶製する際に、Si、Mnを添加して弱脱酸を行った後、Tiを添加して、上記(1)、(4)〜(6)の何れか1項に記載の成分に調整した鋼を鋳造し、得られた鋼片を熱間圧延し、得られた鋼板を管状に成形して突合せ部をシーム溶接することを特徴とする低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
(9) 前記鋼片を1000℃以上に加熱し、900℃以下から圧延終了までの圧下比を2.5以上として熱間圧延し、停止温度を600℃以下とする水冷を行うことを特徴とする上記(8)に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
(10) 前記鋼板をUO工程で管状に成形し、突き合わせ部を内外面からサブマージドアーク溶接し、その後、拡管を行うことを特徴とする上記(8)又は(9)記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
(11) 前記サブマージドアーク溶接の入熱が、4.0〜10.0kJ/mmであることを特徴とする上記(10)に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【0017】
(12) シーム溶接部を熱処理することを特徴とする上記(8)〜(11)の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
(13) シーム溶接部の熱処理を、300〜500℃の範囲内で行うことを特徴とする上記(12)に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、特に、肉厚が25mm以上、更には30mm以上であっても、ラインパイプ用鋼管の母材鋼板、特に、母材鋼板の肉厚の中央部及びHAZの低温靱性を確保することが可能になり、低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管及びその製造方法の提供が可能になるため、産業上の貢献が顕著である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、Cの含有量を低下させ、金属組織を、ベイナイトを主体とする低温変態組織として靭性を向上させた鋼材を基に、Bを添加して焼入れ性を高め、粒内ベイナイトを活用し、特に、HAZの有効結晶粒径を微細化し、低温靭性の向上を図った溶接鋼管である。即ち、本発明は、Al量を低減させ、酸素量を制御して適量のTiを添加し、粒内変態の生成核として極めて有効に作用する微細介在物を分散させ、これを粒内変態の生成核として利用し、母材鋼板の有効結晶粒径を微細化したことを最大の特徴とするものである。なお、以下では、母材鋼板を単に鋼板ともいい、溶接鋼管を単に鋼管ともいう。
【0020】
HAZの粒内ベイナイトは、上述の微細介在物を生成核として、高温で粒内変態によって生じた粒内フェライトを、冷却時に変態させたものである。したがって、Mo及びBの添加量と焼入れ性指標Ceq及び溶接性指標Pcmを最適な範囲とすることは、本発明のように肉厚が厚い鋼管、即ち、冷却速度が遅くなっても、粒内ベイナイトを生成させるために極めて有効である。この粒内ベイナイトの生成により、強度を低下させることなく、HAZの低温靭性が顕著に向上する。また、粒内ベイナイトは、HAZの軟化の抑制にも寄与する可能性がある。
【0021】
粒内ベイナイトの生成のメカニズムについては、以下のように考えられる。陽イオン空孔型の酸化物は、Mnのイオンを多く取り込むことが可能であり、また、酸化物にはMnSが複合析出し易い。そのため、酸化物及び硫化物の回りにはMnの欠乏層が生成する。このMn欠乏層は、金属組織がオーステナイト相になるような高温に鋼を加熱して冷却する場合、変態の核として作用し、通常は、花弁状の粒内フェライトが生成する。この粒内フェライトは、冷却速度が速い場合や焼き入れ性が高い場合には、過冷度が大きいので、冷却時にベイナイトに変態し、粒内ベイナイトとなる。
【0022】
陽イオン空孔型の酸化物の代表は、Tiを主成分とする微細な酸化物であり、これを核にして花弁状の粒内ベイナイトが生成する。また、このTiを主成分とする微細な酸化物には、更に、Mnを主成分とする微細な硫化物が複合析出することもある。なお、鋼の成分組成によっては、酸化物にAl、Si、Mn、Cr、Mg、Caの1種又は2種以上が含有され、硫化物にCa、Cu、Mgの1種又は2種以上が含有される場合がある。これらの、粒内ベイナイトの核となる介在物のサイズについては、透過型電子顕微鏡(TEMという。)により測定することが可能であり、直径が0.01〜5μmの範囲であることが好ましい。
【0023】
HAZに粒内ベイナイトが多く生成すると、破壊の起点となるマルテンサイトとオーステナイトとの混成物(Martensite−Austenite Constituent、MAという。)が微細化し、低温靭性が大きく向上する。C量を0.05%以下に抑えて、微細介在物を分散させると、粒内ベイナイトが生成して、粒内の組織が細分化され、シャルピー破面単位、即ち有効結晶粒径が極めて小さくなる。更に、粒内ベイナイトは、粒内フェライトよりも硬質であるため、粒内ベイナイトの生成によって、HAZの軟化が抑制される可能性がある。
【0024】
高強度ラインパイプ用溶接鋼管の肉厚の中央部(肉厚の1/2の部分の近傍であり、1/2t部という。)のHAZでは、図1に模式的に示したように、再熱HAZの旧オーステナイト粒界に沿って存在する粗大なMAが破壊の起点になり、靭性を損なうことがある。再熱HAZとは、先行溶接の溶融線近傍の溶接金属及びHAZが、後行溶接によって再加熱された部位である。通常、HAZは、溶接時の入熱によって多少異なるものの、溶融線から10mm以内の部位であり、例えば、溶融線から1mm又は2mmの位置にノッチを設けた場合、−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーは、50J未満になることがある。特に、肉厚が25mm以上になると、高強度ラインパイプ用溶接鋼管のHAZの靭性を向上させることは困難である。
【0025】
本発明者らは、HAZの有効結晶粒径の微細化及びMAの生成の抑制による低温靭性の向上について検討を行った。まず、種々の成分組成からなる鋼材から試料を採取し、肉厚が25〜40mmの鋼管の製造における突合せ部のサブマージドアーク溶接を想定し、再熱HAZの熱履歴を模擬した熱処理(再熱HAZ再現試験という。)を施した。これは、鋼材を1400℃に加熱して直ちに室温まで冷却し、更に750℃に加熱して直ちに室温まで冷却し、冷却時の800℃から500℃までの冷却速度を2〜15℃/sとするものである。再熱HAZ再現試験後の鋼材から、JIS Z 2242に準拠して、Vノッチ試験片を採取し、−40℃でシャルピー衝撃試験を実施した。再熱HAZ再現試験によって評価された靭性の結果を図2に示す。
【0026】
図2は、10C+100Al+5Ni+5Moと模擬試験によって得られた再熱HAZの−40℃でのシャルピー吸収エネルギーとの関係を示すものである。本発明者らは、MAの生成に影響を及ぼすC、Mo及びNiと、粒内変態に影響を及ぼすAlとが再現HAZ靭性に及ぼす影響について検討した。更に、得られた結果に基づいて、各元素の添加量と効果の関係を一次回帰し、再現HAZ靭性と相関のある、10C+100Al+5Ni+5Moという指標を得た。図2から、10C+100Al+5Ni+5Moを3.3未満に抑えると、−40℃での再熱HAZのシャルピー吸収エネルギーは50J以上になることが明らかとなった。なお、本発明者らは、鋼板を冷間で成形して鋼管を製造する際の加工硬化の影響についても確認を行った。その結果、TSは20〜30MPa程度上昇することがあり、靭性は、板厚の中央部でも、表層部でも、影響は小さく、測定誤差程度であった。
【0027】
この再熱HAZの低温靭性が良好である試料の有効結晶粒径をEBSP(Electron Back Scattering Pattern)によって測定した結果、150μm以下であることがわかった。また、金属組織及び介在物を調査した結果、Tiを主成分とする微細な酸化物、複合酸化物、複合硫化物が生成しており、これらを析出核として、HAZに粒内ベイナイトが生成していることが明らかになった。即ち、HAZの有効結晶粒径は、粒内ベイナイトの生成によって150μm以下となり、低温靭性が良好になる。
【0028】
次に、本発明者らは母材鋼板の靱性を満足させるために鋭意研究を行った。これは、肉厚が25mm以上になると、未再結晶温度域での圧下比を確保できず、1/2t部の結晶粒径が、粗大化し、シャルピーエネルギーが低下する問題が生じたためである。本発明者らは、検討の結果、ポリゴナルフェライトの面積率を20%以下、ベイナイトの面積率を80%以上にし、母材鋼板の有効結晶粒径を20μm以下にすると、母材鋼板の強度及び靭性が向上し、特に、板厚中心部の靭性低下の抑制が可能であることを見いだした。具体的には、表層近傍、即ち鋼材の表面から約2〜12mmの位置から採取した試験片の−40℃でのシャルピー吸収エネルギ−が200J以上になり、1/2t部、即ち、肉厚のほぼ中央から採取した場合のシャルピーエネルギ−を100J以上とすることができる。なお、シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242に準拠し、Vノッチ試験片を採取して、−40℃で実施した。
【0029】
本発明のTiを主成分とする微細な酸化物、複合酸化物、複合硫化物は、HAZの粒内ベイナイトの生成だけでなく、母材鋼板の有効結晶粒径の微細化にも有効である。特に、従来は困難であった、母材鋼板の1/2t部における有効結晶粒径の微細化が、Tiを主成分とする微細な酸化物、複合酸化物、複合硫化物によって可能になった。この理由については、以下のように考えられる。
【0030】
まず、未再結晶温度域での圧下が確保されている場合には、通常の粒界からの変態が促進されるため、酸化物、複合酸化物、複合硫化物から粒内変態することは難しい。これは、圧下の確保によって結晶粒径が小さくなると、粒内変態に比べて、粒界から核生成したベイナイトの成長速度が大きくなりすぎるためであると考えられる。即ち、粒内変態が生成する前に、粒界からの変態が完了してしまうと考えられる。
【0031】
一方、未再結晶温度域での圧下比が不十分な場合には特に、板厚中心部において、結晶粒径が粗大化するため、粒界から核生成したベイナイトの成長も遅くなる。そのため、粒内では、Tiを主体とする酸化物、複合酸化物、複合硫化物からの粒内変態により、有効結晶粒径が微細化したものと考えられる。また、微細な酸化物が、ピンニング粒子として作用し、結晶粒の成長を抑制することも、母材鋼板の有効結晶粒径の微細化に有効であると考えられる。
【0032】
そのため、本発明では、製鋼工程における酸素量の制御が極めて重要である。特に、鋼の成分組成を調整する際には、Si、Mnを、含有量が上述した範囲になるように添加して弱脱酸を行った後、Tiを添加することが必要である。Tiを添加する際の酸素濃度は0.001〜0.003%とすることが好ましい。これにより、粒径が0.01〜10μm、面積1μm2当たりの個数が、10〜1000個/mm2のTi酸化物、具体的には、Ti23を分散させることができる。これにより、粒内変態の生成が促進され、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの有効結晶粒径が微細化する。
【0033】
このような製鋼工程により成分組成を調整し、鋳造して得られた鋼片を熱間圧延する際に、900℃から圧延終了までの圧下比を2.5以上、好ましくは3.0以上とすることにより、母材鋼板の有効結晶粒径を20μm以下とすることが可能である。
【0034】
有効粒径はEBSPを用いて、15°以上の結晶方位差を有する境界で囲まれる部分の面積を円相当径に換算した値である。また、ポリゴナルフェライトとは光学顕微鏡組織では、粒内に粗大なセメンタイトやMAなどの粗大な析出物を含まない白い塊状の組織として観察される。母材鋼板の光学顕微鏡組織では、ポリゴナルフェライト及びベイナイトの残部として、マルテンサイト、残留オーステナイト、MAを含むことがある。
【0035】
本発明において、ベイナイトは、ラス若しくは塊状フェライト間に炭化物が析出したもの、又はラス内に炭化物が析出した組織と定義される。更に、マルテンサイトは、ラス間又はラス内に炭化物が析出していない組織である。残留オーステナイトは、高温で生成したオーステナイトが母材鋼板又は溶接鋼管に残留したオーステナイトである。
【0036】
更に、溶接部の熱処理により、HAZの旧オーステナイト粒界に沿って生成した粗大なMAが微細なセメンタイトに分解するため、低温靱性が向上する。これにより、より低温での1/2t部の会合部又は会合部+1mmでの靭性が向上し、例えば、溶接部を300〜500℃の温度に加熱すると、−40℃という低温でのVノッチシャルピー吸収エネルギーを50J以上にすることができる。したがって、−40℃以下での極低温で使用する場合には、粒内ベイナイトを生成させた組織を更に熱処理し、粒内ベイナイトとセメンタイトの混合組織にすることが好ましい。
【0037】
以下、本発明の母材鋼板の限定理由について述べる。なお、HAZは、溶接の際に溶解しない熱影響部であるから、HAZの成分は母材と同じである。
【0038】
C:Cは、鋼の強度を向上させる元素であるが、本発明では、Cの含有量を制限し、ベイナイトを主体とする金属組織を得て、高強度と高靭性の両立を図っている。C量が0.010%よりも少ないと強度が不十分であり、0.050%を超えると靭性が低下する。そのため、本発明において、最適なC量は、0.010〜0.050%の範囲とする。
【0039】
Si:Siは本発明において重要な脱酸元素であり、効果を得るには、鋼中に0.01%以上のSiを含有させることが必要である。一方、Siの含有量が0.50%を超えるとHAZの靱性が低下するので、上限を0.50%とする。
【0040】
Mn:Mnは、脱酸剤として使用され、母材鋼板の強度及び靱性の確保に必要であり、更に、粒内変態の生成核として有効なMnS等の硫化物を生成する元素であり、本発明において極めて重要である。これらの効果を得るには、0.50%のMnを含有させる必要があるが、Mnの含有量が2.00%を超えるとHAZの靱性を損なう。したがって、Mnの含有量の範囲を0.50〜2.00%とする。なお、Mnは安価な元素であることから、焼入れ性を確保するために1.00%以上を含有させることが好ましく、最適な下限は1.50%以上である。
【0041】
P:Pは不純物であり、0.050%超を含有すると母材鋼板の靱性を著しく低下させる。したがって、Pの含有量の上限を0.050%とした。HAZの靭性を向上させるには、Pの含有量を0.010%以下とすることが好ましい。
【0042】
S:Sは本発明において、粒内変態の生成核として有効なMnS等の硫化物を生成する重要な元素である。Sの含有量が0.0001%未満になると、硫化物の生成量が低下して粒内変態が顕著に生じないため、0.0001%以上とすることが必要である。一方、母材鋼板中に0.0050%超のSが含有されると粗大な硫化物を生成して、靱性を低下させるため、S量の上限を0.0050%以下とする。HAZの靭性を向上させるには、S量の上限を0.0030%以下とすることが好ましい。
【0043】
Al:Alは脱酸剤であるが、本発明においては、Tiの酸化物を微細に分散させるために、Al量の上限を0.020%以下に制限することが極めて重要である。また、粒内変態の生成を促進させるには、Al量を0.010%以下にすることが好ましい。更に好ましい上限は、0.008%以下である。
【0044】
Ti:Tiは、本発明においては、粒内変態の生成核として有効に作用するTiの酸化物を微細に分散させるため、極めて重要な元素である。しかし、Ti過剰に含有させると、炭窒化物を生じて靱性を損なう。したがって、本発明においては、Tiの含有量を0.003〜0.030%とすることが必要である。また、Tiは強力な脱酸剤であるため、Tiを添加する際の酸素量が多いと、粗大な酸化物を生成する。そのため、製鋼時には、予め、Si、Mnにより脱酸を行い、酸素量を低下させておくことが必要である。Tiの酸化物が粗大化すると、粒内変態が生じ難くなり、粒界をピンニングする効果も小さくなるため、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの有効結晶粒径が粗大になることがある。
【0045】
Mo:Moは、焼入れ性を向上させ、炭窒化物を形成して、強度の向上に有効な元素であり、その効果を得るためには、0.10%以上の添加が必要である、一方、1.50%を超えるMoを添加すると、靱性が低下するため、Mo量の上限を1.50%以下とする。
【0046】
B:Bは、鋼中に固溶すると焼入れ性を増加させる元素であるが、過剰に添加すると、粗大なBNを生じ、特にHAZの靭性を低下させるため、B量の上限を0.0030%とする。本発明の溶接鋼管は、焼入れ性を高めるBを0.0003%以上添加し、焼入れ性の指標である炭素当量Ceq及び溶接性の指標である割れ感受性指数Pcmを最適な範囲に制御して強度及び溶接性を確保するものである。なお、0.0003%以上のBの添加は、粒界からのフェライトの生成の抑制にも有効である。また、Bの積極的な添加により、微細なBNを生じると、固溶Nの低下に伴ってHAZの靱性が向上するため、B量を0.0005%超とすることが好ましい。
【0047】
O:酸素は鋼中に不可避的に含有される元素であるが、本発明においては、Tiを含有する酸化物を生成させるために、O量を制限する必要がある。鋳造時に鋼中に残存する酸素量、即ち、鋼材中のO量は、0.0001〜0.0080%とすることが必要である。これは、O量が0.0001%未満では酸化物の個数が十分とはならず、0.0080%を超えると粗大な酸化物が多くなり、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの靭性を損なうためである。また、酸素量の増加によってTiを主体とする酸化物が粗大になると、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの有効結晶粒径が粗大になることがある。
【0048】
更に、強度及び靱性を向上させる元素として、Cu、Ni、Cr、V、Nb、Zr、Taのうち、1種又は2種以上を添加しても良い。また、これらの元素は、含有量が好ましい下限未満の場合は、特に悪影響を及ぼすことはないため、不純物と見做すことができる。
【0049】
Cu、Ni:Cu及びNiは、靱性を低下損なうことなく強度を上昇させる有効な元素であり、効果を得るためには、Cu量、Ni量の下限を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Cu量の上限は、鋼片加熱時及び溶接時の割れの発生を抑制するために、1.50%とすることが好ましい。Ni量の上限は、過剰に含有させると溶接性を損なうため、5.00%とすることが好ましい。なお、CuとNiは、表面疵の発生を抑制するために、複合して含有させることが好ましい。また、コストの観点からは、Cu及びNiの上限を、1.00%以下とすることが好ましい。
【0050】
Cr、V、Nb、Zr、Ta:Cr、V、Nb、Zr、Taは、炭化物、窒化物を生成し、析出強化によって鋼の強度を向上させる元素であり、1種又は2種以上を含有させても良い。強度を効果的に上昇させるためには、Cr量の下限は0.02%、V量の下限は0.010%、Nb量の下限は0.001%、Zr量、Ta量の下限は、共に0.0001%とすることが好ましい。一方、Crを過剰に添加すると、焼入れ性の向上により強度が上昇し、靱性を損なうことがあるため、Cr量の上限を1.50%とすることが好ましい。また、V、Nb、Zr、Taを過剰に添加すると、炭化物、窒化物が粗大化し、靱性を損なうことがあるため、V量の上限を0.100%、Nb量の上限を0.200%、Zr量、Taの上限を共に0.0500%とすることが好ましい。
【0051】
更に、介在物の形態を制御して、靭性の向上を図るため、Mg、Ca、REM、Y、Hf、Re、Wのうち1種又は2種以上を添加しても良い。また、これらの元素も、含有量が好ましい下限未満の場合は、特に悪影響を及ぼすことはないため、不純物と見做すことができる。
【0052】
Mg:Mgは酸化物の微細化や、硫化物の形態制御に効果を発現する元素である。特に、微細なMgの酸化物は粒内変態の生成核として作用し、また、ピニング粒子として粒径の粗大化を抑制する効果を得るために、0.0001%以上を添加することが好ましい。一方、0.0100%を超える量のMgを添加すると、粗大な酸化物が生成して、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの靱性を低下させることがあるため、Mg量の上限を0.0100%とすることが好ましい。
【0053】
Ca、REM:Ca及びREMは硫化物の形態の制御に有用であり、粒化物を生成して圧延方向に伸長したMnSの生成を抑制し、鋼材の板厚方向の特性、特に耐ラメラティアー性を改善する元素である。この効果を得るためには、Ca量、REM量の下限を、共に、0.0001%以上とすることが好ましい。一方、Ca量、REM量の上限は、0.0050%を超えると、酸化物が増加して、微細なTi含有酸化物が減少し、粒内変態の生成を阻害することがあるため、0.0050%以下とすることが好ましい。
【0054】
Y、Hf、Re、W:Y、Hf、W、Reも、Ca、REMと同様の効果を発現する元素であり、過剰に添加すると粒内変態の生成を阻害することがある。そのため、Y量、Hf量、Re量の好ましい範囲は、それぞれ、0.0001〜0.0050%であり、W量の好ましい範囲は、0.01〜0.50%である。
【0055】
更に、本発明においては、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの焼入れ性を確保して、母材鋼板のベイナイトの面積率を80%以上とし、HAZに粒内ベイナイトを生成させるため、C、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、Vの含有量[質量%]から計算される、下記(式1)の炭素当量Ceqを0.30〜0.53とする。
【0056】
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5
・・・ (式1)
また、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの低温靭性を確保するために、C、Si、Mn、Cu、Cr、Ni、Mo、V、Bの含有量[質量%]から計算される、下記(式2)の割れ感受性指数Pcmを0.10〜0.20とする。
【0057】
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60
+Mo/15+V/10+5B ・・・ (式2)
更に、HAZの低温靭性の確保のためには、上述のように、C、Al、Mo、Niの含有量[質量%]が下記(式3)を満足することが必要である。
【0058】
10C+100Al+5Mo+5Ni<3.3 ・・・ (式3)
なお、選択的に含有される元素である、Ni、Cu、Cr、Vが、上述した好ましい下限未満である場合は不純物であるから、上記(式1)〜(式3)においては、0として計算する。
【0059】
溶接鋼管となる母材鋼板の金属組織は、ベイナイトの面積率が80%以上、ポリゴナルフェライトの面積率が20%以下であれば、強度と靭性とのバランスが良好になる。また、Tiを主体とする酸化物の生成により、有効結晶粒径を20μm以下とすれば、母材鋼板の靱性が良好になる。なお、ポリゴナルフェライトは、母材鋼板の有効結晶粒径の微細化にも有効であり、面積率を3%以上にすることが好ましい。また、母材鋼板の肉厚は、25mm以上、鋼管の周方向に対応する方向の引張強度は600MPa以上であることが好ましい。これは、ラインパイプとして使用する際に、内圧による破断を防止するためである。なお、内圧を高めることが必要である場合には、母材鋼板の肉厚を30mm以上とすることが好ましい。一方、母材鋼板の肉厚は40mm以下、鋼管の周方向に対応する方向の引張強度は800MPa以下とすることが好ましい。これは、肉厚の増加、引張強度の上昇により、鋼板をUO工程で成形する際の負荷が増大するためである。なお、通常、鋼管の周方向に対応する方向とは、母材鋼板の板幅方向である。
【0060】
次に、製造方法について説明する。
【0061】
上述の製鋼工程で鋼を溶製した後、鋳造して鋼片とする。鋳造は常法で行えば良いが、生産性の観点から連続鋳造が好ましい。鋼片は熱間圧延のために加熱される。
【0062】
熱間圧延の加熱温度は1000℃以上とする。これは、熱間圧延を鋼の組織がオーステナイト単相になる温度、即ちオーステナイト域で行い、母材鋼板の結晶粒径を微細にするためである。上限は規定しないが、有効結晶粒径の粗大化抑制のためには、再加熱温度を1250℃以下とすることが好ましい。
【0063】
熱間圧延は加熱炉から抽出後、直ちに開始しても良いため、熱間圧延の開始温度は特に規定しない。母材鋼板の有効結晶粒径を微細化するためには、900℃超の再結晶域での圧下比を2.0以上とすることが好ましい。再結晶域での圧下比は、鋼片の板厚と900℃での板厚との比である。
【0064】
次に、900℃以下の未再結晶域での圧下比を2.5以上にすれば、水冷後、母材鋼板の有効結晶粒径が20μm以下になる。母材鋼板の有効結晶粒径を更に微細にするには、900℃以下の未再結晶域での圧下比を3.0以上とすることが好ましい。なお、本発明において、未再結晶域圧延の圧下比とは、900℃での板厚を圧延終了後の板厚で除した比である。
【0065】
また、未再結晶域及び再結晶域での圧下比の上限は規定しないが、圧延前の鋼片の板厚と圧延後の鋼板の板厚を考慮すると、通常、12.0以下である。
【0066】
圧延終了温度は、母材鋼板の組織がオーステナイト単相になる温度以上で熱間圧延を行うことが好ましい。即ち、圧延終了温度は、Ar3以上とすることが好ましいが、圧延時に少量のポリゴナルフェライトが生成しても構わないため、Ar3−50℃以上としても良い。
【0067】
Ac3及びAr3は、C、Si、Mn、P、Cr、Mo、W、Ni、Cu、Al、V、Tiの含有量[質量%]により、計算することができる。
【0068】
Ac3=910−203√C−15.2Ni+44.7Si+104V+31.5Mo
+13.1W−30Mn−11Cr−20Cu+700P+400Al
+400Ti
Ar3=910−310C−55Ni−80Mo−80Mn−15Cr−20Cu
更に、圧延終了後水冷を実施するが、水冷停止温度を600℃以下にすれば、上述した金属組織が得られ、母材鋼板の靱性が良好になる。水冷停止温度の下限は規定せず、室温まで水冷しても良いが、生産性や水素性欠陥を考慮すると、150℃以上とすることが好ましい。本発明の鋼はBを含有し、焼入れ性を高めた成分組成を有するため、圧延終了後、空冷した場合でもベイナイトは生成し易いものの、成分組成や、加熱温度によっては、ポリゴナルフェライトを生じて、ベイナイトの面積率が80%未満になることがある。
【0069】
母材鋼板を管状に成形した後、突合せ部をアーク溶接し、溶接鋼管とする場合、成形は、母材鋼板をCプレス、Uプレス、OプレスするUOE工程が好ましい。
【0070】
アーク溶接は、溶接金属の靭性と生産性の観点から、サブマージドアーク溶接を採用することが好ましい。特に、肉厚が25〜40mmまでの溶接鋼管を製造する際には、内外面からのサブマージドアーク溶接の入熱を、4.0〜10.0kJ/mmとすることが好ましい。この範囲の入熱であれば、上述した成分組成を有する本発明の溶接鋼管では、HAZに粒内ベイナイトを生じて、HAZ有効結晶粒径が150μm以下となり、優れた低温靭性が得られる。
【0071】
特に、内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接を行う場合、入熱を4.0kJ/mm未満とすると、内面金属と外面金属との間に、本溶接に先立って行う仮付け溶接の溶接金属が残留することがある。また、サブマージドアーク溶接の入熱を、10.0kJ/mm以下にすれば、25〜40mmの肉厚の鋼管でも、HAZの旧オーステナイト粒径を500μm以下とすることが可能であり、靭性の向上のために有効である。なお、内面から溶接する際の入熱と、外面から溶接する際の入熱とを、同じ条件にする必要はなく、多少の入熱差があってもよい。
【0072】
内外面からのサブマージドアーク溶接の入熱を、4.0〜10.0kJ/mmにすると、鋼管の肉厚が25〜40mmの場合、HAZの冷却時の800℃から500℃までの冷却速度は、2〜15℃/sとなる。このような通常よりも遅い冷却速度でも、上述した成分組成を有する本発明の溶接鋼管では、HAZに粒内ベイナイトを生じて、HAZの有効結晶粒径が150μm以下となり、優れた低温靭性が得られる。
【0073】
また、溶接に使用するワイヤーは、母材鋼板による成分の希釈を考慮し、溶接金属の成分組成を後述する範囲とするために、以下の成分とすることが好ましい。即ち、質量%で、C:0.010〜0.120%、Si:0.05〜0.50%、Mn:1.0〜2.5%、Ni:2.0〜8.5%を含有し、Cr、Mo、Vの1種又は2種以上をCr+Mo+V:1.0〜5.0%の範囲で含有し、更に、Al:0.100%以下、Ti:0.050%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成である。必要に応じて、B:0.0001〜0.0050%を含んでも良い。
【0074】
更に、溶接金属の成分組成について述べる。
【0075】
Cは、強度向上に極めて有効な元素であり、0.010%以上を含有することが好ましい。しかし、C量が多すぎると溶接低温割れが発生し易くなり、特に、現地溶接部とシーム溶接が交わるいわゆるTクロス部のHAZが硬化して靭性を損なうことがある。そのため、C量の上限を0.100%とすることが好ましい。溶接金属の靭性を向上させるためには、上限を0.050%以下とすることが更に好ましい。
【0076】
Siは、溶接欠陥であるブローホールの発生を防止するため、0.01%以上を含有させることが好ましい。一方、過剰に含有すると低温靱性を著しく劣化させるため、上限を0.50%以下とすることが好ましい。特に、複数回の溶接を行う場合には、再熱溶接金属の低温靱性が劣化することがあるため、上限を0.40%以下とすることが更に好ましい。
【0077】
Mnは、優れた強度と靱性のバランスを確保するために有効な元素であり、下限を1.0%以上とすることが好ましい。しかし、Mnを多量に含有すると偏析が助長され、低温靱性を劣化させるだけでなく、溶接に使用する溶接ワイヤーの製造も困難になるので、上限を2.0%以下とすることが好ましい。
【0078】
P及びSは不純物であり、溶接金属の低温靱性の劣化、低温割れ感受性の低減のためには、これらの上限を0.020%及び0.010%とすることが好ましい。なお、低温靭性の観点から、Pの更に好ましい上限は0.010%である。
【0079】
Niは、焼入れ性を高めて強度を確保し、更に、低温靱性を向上させる元素であり、0.2%以上を含有させることが好ましい。一方、Niの含有量が多すぎると高温割れを生じることがあるため、上限を3.2%以下とした。
【0080】
Cr、Mo、Vは、何れも焼入れ性を高める元素であり、溶接金属の高強度のために、これらのうち、1種又は2種以上を合計で0.2%以上含有させることが好ましい。一方、Cr、Mo、Vの1種又は2種以上の合計が2.5%を超えると低温靭性が劣化することがあるため、上限を2.5%以下とすることが好ましい。
【0081】
Alは、溶接ワイヤーの製造の際に、精錬及び凝固を良好に行わせるために添加される元素であり、微細なTi系の酸化物を活用して溶接金属の粒径の粗大化を抑制するためには、0.001%以上のAlを含有することが好ましい。しかし、Alは、MAの生成を促進する元素であるため、含有量の好ましい上限は、0.100%以下である。
【0082】
Tiは、粒内変態の生成核となる微細な酸化物を生じて、溶接金属の粒径の微細化に寄与する元素であり、0.003%以上を含有させることが好ましい。一方、Tiを多量に含有するとTiの炭化物が多く生成し、低温靱性を劣化させることがあるので上限を0.050%以下にすることが好ましい。
【0083】
Oは、不純物であり、溶接金属に最終的に残存する酸素量は、0.0001%以上であることが多い。しかし、O量が、0.0500%を超えて残存した場合は、粗大な酸化物が多くなり、溶接金属の靭性が低下することがあるため、上限を0.0500%以下とすることが好ましい。
【0084】
溶接金属は、更に、Bを含有しても良い。
【0085】
Bは、溶接金属の焼入れ性を増加させる元素であり、強度を高めるには、0.0001%以上を含有することが好ましい。一方、Bの含有量が0.0050%を超えると、靭性を損なうことがあるため、上限を0.0050%以下とすることが好ましい。
【0086】
溶接金属には、母材鋼板からの希釈によって、上記以外の元素、例えば、選択的に母材に添加されるCu、Nb、Zr、Ta、Mg、Ca、REM、Y、Hf、Re、Wなどを含有することがあり、溶接ワイヤーの精錬・凝固を良好に行わせるために必要に応じて添加させたZr、Nb、Mg等の元素を含有する場合がある。これらは、不可避的に含有される不純物である。
【0087】
シーム溶接後、鋼管の真円度を向上させるために、拡管しても良い。鋼管の真円度を拡管によって高める場合、塑性域まで変形させる必要があるため、拡管率を0.7%以上とすることが好ましい。拡管率は、拡管後の鋼管の外周長と拡管前の鋼管の外周長の差を、拡管前の鋼管の外周長で徐した値を百分率で表したものである。拡管率を2%超にすると、母材、溶接部とも塑性変形により、靭性が低下することがある。したがって、拡管率は0.7〜2.0%とすることが好ましい。
【0088】
また、鋼管の溶接部及びHAZには、熱処理を施すことが好ましく、特に、300〜500℃の温度に加熱すると、旧オーステナイト粒界に沿って生成した粗大なMAがベイナイトと微細なセメンタイトに分解し、靭性が向上する。加熱温度が300℃未満では、粗大なMAの分解が不十分で、靭性の向上効果が十分でないことがあるため、下限を300℃以上とすることが好ましい。一方、500℃超に溶接部を加熱すると、析出物を生じて溶接金属の靭性が劣化することがあるため、上限を500℃以下とすることが好ましい。再熱HAZに生成していたMAがベイナイトとセメンタイトに分解すると、SEMによる観察では、形状はMAと同様であるが、内部に微細な白い析出物を含有するものとなり、MAと区別することができる。
【0089】
溶接部及びHAZの熱処理は、外面からバーナーによって加熱すれば良く、高周波加熱を行っても良い。外表面が熱処理温度に到達した後、直ちに冷却しても良いが、MAの分解を促進するためには、1〜600s保持することが好ましい。しかし、設備のコスト、生産性を考慮すると、保持時間は300s以下とすることが好ましい。
【実施例】
【0090】
次に、本発明の実施例について述べる。
【0091】
Tiを添加する際の酸素濃度を0.001〜0.003%の範囲内に調整して、表1の化学成分を有する鋼を溶製し、240mmの厚みを有する鋼片とした。これらの鋼片を、表2に示した加熱温度に加熱し、35〜140mmの厚みまで950℃以上の再結晶温度域で熱間圧延を行った。更に、900℃から圧延終了までの温度範囲の未再結晶域での圧下比を、表2に示した圧下比とし、熱間圧延を行った。熱間圧延の終了温度は、Ar3−50℃以上とし、750℃で水冷を開始し、種々の温度で水冷を停止させた。
【0092】
【表1】

【0093】
【表2】

【0094】
得られた鋼板から、JIS Z 2242に準拠して、板幅方向を長手方向とし、ノッチを板厚方向と平行にして設けたVノッチ試験片を作製した。シャルピー試験片の採取位置は、表層部、即ち、表面から約2〜12mmの位置と、1/2t部、即ち、肉厚のほぼ中央とした。シャルピー試験は、−40℃で行い、吸収エネルギーを求めた。引張特性は、API規格の試験片を用いて評価した。なお、板厚が25〜40mmの母材鋼板を溶接鋼管に成形した場合には、板厚中央部で成形によって導入された歪みの影響が小さいことを有限要素法による解析で確認した。また、実際に、鋼板を冷間で成形して鋼管を製造し、加工硬化の影響について確認を行った結果、TSは20〜30MPa程度上昇することがあり、靭性は、板厚の中央部でも、表層部でも、影響は小さく、測定誤差程度であった。
【0095】
母材鋼板の板厚中央部のミクロ組織を光学顕微鏡によって観察し、ポリゴナルフェライト、ベイナイトの面積率を測定し、残部組織を確認した。母材の有効結晶粒径はEBSPによって測定した。
【0096】
次に、母材鋼板による希釈を考慮し、質量%で、C:0.010〜0.120%、Si:0.05〜0.50%、Mn:1.0〜2.5%、Ni:2.0〜8.5%、Al:0.100%以下、Ti:0.050%以下、を含有し、更に、必要に応じて、Cr、Mo、Vの1種又は2種以上をCr+Mo+V:1.0〜5.0%の範囲で含有し、B:0.0001〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する溶接ワイヤーを用いて、溶接入熱を4.0〜10.0kJ/mmとして内外面から1パスづつでサブマージドアーク溶接を行い、溶接継手を作製した。また、一部の継手には、表2に示す温度で熱処理を施した。なお、溶接金属より試料を採取し、成分分析を行った。溶接金属の引張強度は、JIS Z 3111に準拠して測定した。溶接金属の化学成分及び引張強度を表3に示す。
【0097】
【表3】

【0098】
溶接継手から小片を採取し、HAZの有効結晶粒径をEBSPにより測定した。また、介在物を起点にする花弁状に生成したベイナイトを粒内ベイナイトと定義し、面積率を測定した。更に、HAZのシャルピー吸収エネルギーを、JIS Z 2242に準拠し、Vノッチ試験片を用いて、−40℃で測定した。Vノッチは、溶融線から母材側に1mmの位置に設け、測定は−40℃で行った。また、溶接金属に垂直な幅方向を試験片の長手方向とし、溶接金属が平行部のほぼ中央になるようにして、API規格の試験片を採取し、引張試験を行って、破断位置の判定を行った。結果を表4に示す。表4の粒内変態組織は、粒内ベイナイトの面積率である。
【0099】
なお、一部の母材鋼板は、UO工程、サブマージドアーク溶接、拡管して鋼管とし、ミクロ組織及び機械特性を調査し、母材鋼板及び継手のHAZのミクロ組織及び機械特性と同等であることを確認した。
【0100】
【表4】

【0101】
製造No.1〜14は本発明例であり、母材鋼板の有効結晶粒径は20μm以下であり、HAZの有効結晶粒径は150μm以下である。また、母材鋼板及び溶接鋼管のHAZの−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーは50Jを超えており、低温靭性は良好である。これらの本発明例では、継手の引張試験の破断位置が母材であり、HAZの軟化も問題にはならない。
【0102】
一方、製造No.15〜19及び22は母材鋼板の成分及び溶接金属の成分が本発明の範囲外であり、鋼No.20、21、24及び25は母材鋼板の成分が本発明の範囲外であり、製造No.23、26及び27は母材鋼板の製造条件が本発明の範囲外であり、表4に示したように、これらは比較例である。このうち、製造No.15は、C量が少なく、ポリゴナルフェライトの面積率が増加し、引張強度が低下した例である。また、製造No.16及び17は、それぞれ、C量及びMn量が多く、強度が大きくなり、母材及びHAZの靭性が低下した例である。製造No.18及び19は、それぞれ不純物であるP及びSの量が多く、靭性が低下した例である。
【0103】
更に、製造No.20はTi量が多く、製造No.21は酸素量が多く、製造No.22はTi量が少ないため、HAZの有効結晶粒径が大きくなり、靱性が劣化した例である。製造No.24は、Ceq及びPcmが低いために強度が低下し、製造No.25はCeq及びPcmが高いため、母材鋼板の強度が高くなり、靭性が低下し、更に(式3)を満足しないため、HAZの靭性が低下し、継手の引張試験の結果、HAZで破断した例である。
【0104】
また、製造No.23及び26は表2に示したように、圧延の圧下比が小さいために、母材鋼板の有効結晶粒径が大きくなり、母材鋼板の靭性が低下した例である。製造No.27は、熱間圧延後の水冷停止温度が高いために強度が低下した例である。また、製造No.16、17及び25、母材鋼板の強度が高いため、継手の引張試験の結果、HAZで破断している。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】再熱HAZの模式図である。
【図2】再熱HAZの靭性に及ぼす成分の影響を示す図である。
【符号の説明】
【0106】
1 再熱HAZ
2 マルテンサイトとオーステナイトとの混成物
3 旧オーステナイト粒界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
管状に成形された母材鋼板をシーム溶接した鋼管であって、前記母材鋼板が、質量%で、
C :0.010〜0.050%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.50〜2.00%、
S :0.0001〜0.0050%、
Ti:0.003〜0.030%、
Mo:0.10〜1.50%、
B :0.0003〜0.0030%、
O :0.0001〜0.0080%
を含み、
P :0.050%以下、
Al:0.020%以下
に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、下記(式1)によって求められるCeqが0.30〜0.53であり、下記(式2)によって求められるPcmが0.10〜0.20であり、下記(式3)を満足し、前記母材鋼板の金属組織が面積率で20%以下のポリゴナルフェライトと面積率で80%以上のベイナイトからなり、有効結晶粒径が20μm以下であり、溶接熱影響部の有効結晶粒径が150μm以下であることを特徴とする低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5
・・・ (式1)
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60
+Mo/15+V/10+5B ・・・ (式2)
10C+100Al+5Mo+5Ni<3.3 ・・・ (式3)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、V、B、Alは、各元素の含有量
[質量%]である。
【請求項2】
前記母材鋼板の肉厚が25〜40mmであることを特徴とする請求項1に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【請求項3】
前記鋼管の周方向を引張方向とする、前記母材鋼板の引張強度が600〜800MPaであることを特徴とする請求項1又は2に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【請求項4】
前記母材鋼板が、さらに、質量%で、
Cu:0.05〜1.50%、
Ni:0.05〜5.00%
の一方又は双方を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【請求項5】
前記母材鋼板が、さらに、質量%で、
Cr:0.02〜1.50%、
V:0.010〜0.100%、
Nb:0.001〜0.200%、
Zr:0.0001〜0.0500%、
Ta:0.0001〜0.0500%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【請求項6】
前記母材鋼板が、さらに、質量%で、
Mg:0.0001〜0.0100%、
Ca:0.0001〜0.0050%、
REM:0.0001〜0.0050%、
Y :0.0001〜0.0050%、
Hf:0.0001〜0.0050%、
Re:0.0001〜0.0050%、
W :0.01〜0.50%
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【請求項7】
溶接金属が、質量%で、
C :0.010〜0.100%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:1.0〜2.0%、
Ni:0.2〜3.2%、
Cr+Mo+V:0.2〜2.5%、
Al:0.001〜0.100%、
Ti:0.003〜0.050%、
O :0.0001〜0.0500%
を含み、
P :0.020%以下、
S :0.010%以下
に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管。
【請求項8】
鋼を溶製する際に、Si、Mnを添加して弱脱酸を行った後、Tiを添加して、請求項1、4〜6の何れか1項に記載の成分に調整した鋼を鋳造し、得られた鋼片を熱間圧延し、得られた鋼板を管状に成形して突合せ部をシーム溶接することを特徴とする低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【請求項9】
前記鋼片を1000℃以上に加熱し、900℃以下から圧延終了までの圧下比を2.5以上として熱間圧延し、停止温度を600℃以下とする水冷を行うことを特徴とする請求項8に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【請求項10】
前記母材鋼板をUO工程で管状に成形し、突き合わせ部を内外面からサブマージドアーク溶接し、その後、拡管を行うことを特徴とする請求項8又は9に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【請求項11】
前記サブマージドアーク溶接の入熱が、4.0〜10.0kJ/mmであることを特徴とする請求項10に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【請求項12】
シーム溶接部を熱処理することを特徴とする請求項8〜11の何れか1項に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。
【請求項13】
シーム溶接部の熱処理を、300〜500℃の範囲内で行うことを特徴とする請求項12に記載の低温靱性に優れた高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−163456(P2008−163456A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−309477(P2007−309477)
【出願日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】