説明

制御装置

【課題】アイドル運転時等において、可変ターボのノズルベーン開度の飽和を回避するとともに、EGR率の目標追従性を確保する。
【解決手段】ノズルベーン開度u2が飽和するおそれのある場合には、より重要なEGR率y1の目標追従性を維持するため、必ずしも重要でない吸気管内圧力y2の目標値を本来の値r2からrHへと変更し、ノズルベーン開度をサーボコントローラ51の演算結果u2によらない値uHに操作する。これに加え、吸気管内圧力の目標値rHを吸気管内圧力の実測値y2としてサーボコントローラ51に与え、吸気管内圧力の偏差が0と見なされるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関またはそれに付帯する装置を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1に開示されている排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)システムは、過給機を備えた内燃機関のEGR率(または、EGR量)を制御するものである。過給圧とEGR率との間には相互干渉が存在し、1入力1出力のコントローラで過給圧、EGR率の両方を同時に制御することは難しい。しかも、内燃機関の運転領域によって応答性が異なる上、過給機にはターボラグ(むだ時間)がある。このような事情から、特許文献1に記載のシステムでは、非線形制御対象に対して有効な制御手法であるスライディングモード制御を採用し、相互作用を考慮した他入力多出力のコントローラを設計してEGR制御をしている。
【0003】
アイドル運転時のようなエンジン回転数もトルクも低い低負荷領域では、吸気管内圧力の目標値は必然的に小さくなる。一方、可変ターボ過給機のノズルベーンの開度と、これに依存する吸気管内圧力との関係は線形ではない。過給圧の低い、ノズルベーンが比較的開いている範囲では、ノズルベーンの開度に対する吸気管内圧力の感度が鈍く、ノズルベーンの開度を変化させても吸気管内圧力が殆ど変化しない。
【0004】
そのため、顕著に低い目標吸気管内圧力が設定されると、この目標を達成しようとしてノズルベーンが大きく拡げられた状態となる。ノズルベーンの開度が極端になることは、以後にノズルベーンを閉じ操作するのに要する時間を増すために、アイドルから加速走行に移行するとき等の制御の遅れをもたらす。
【0005】
もっと悪くすると、ノズルベーンの開度が全開に飽和しながら目標吸気管内圧力を達成できない羽目に陥る。そうして、吸気管内圧力の偏差が残ったままとなれば、その偏差を縮小するべく他のバルブがさらに操作され、排気ガスの浄化能に重要な影響を及ぼすEGR率がハンチングする等の不都合を招きかねない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−032462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の問題に着目してなされた本発明は、アイドル運転時等における、特定の操作部に係る制御入力の飽和を回避するとともに、より重要な特定の制御出力の目標追従性を確保することを所期の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御するものであって、各操作部に与えるべき制御入力を反復的に演算し、複数の制御出力を各々目標値に追従せしめるサーボコントローラと、特定の制御出力についてその目標値を達成するという条件の下で、特定の操作部に係る制御入力を所要の値に保った場合に他の制御出力がとる値を前記サーボコントローラの入出力特性を用いて導出し、その値を当該他の制御出力の目標値としてサーボコントローラに与える補正制御部とを具備することを特徴とする制御装置を構成した。
【0009】
つまり、アイドル運転時のような、特定の操作部(例えば、可変ターボ過給機の可変ノズル)に係る制御入力が飽和するおそれのある状況では、より重要な特定の制御出力(例えば、EGR率)の目標追従性を維持するため、必ずしも重要でない他の制御出力(例えば、吸気管内圧力)の目標値を本来の値から変更し、特定の操作部に係る制御入力をサーボコントローラの演算結果によらない値に操作することとしたのである。
【0010】
加えて、前記補正制御部が、前記他の制御出力の目標値を当該他の制御出力の実測値として前記サーボコントローラに与えるものとすれば、当該他の制御出力の偏差が0であると見なされ、サーボコントローラが特定の制御出力の制御に専念できるようになる。これにより、他の制御出力の偏差の残存に起因した特定の制御出力のハンチングや追従遅れが解消する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、アイドル運転時等において、特定の操作部に係る制御入力の飽和を回避しながら、より重要な特定の制御出力の目標追従性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態におけるEGRシステムのハードウェア資源構成図。
【図2】同実施形態の制御装置の構成説明図。
【図3】同実施形態の適応スライディングモードコントローラのブロック線図。
【図4】同実施形態の制御装置の動作説明図。
【図5】ノズルベーン開度が一定となるEGR率と吸気管内圧力との関係を示すマップを例示する図。
【図6】EGRバルブ開度が一定となるEGR率と吸気管内圧力との関係を示すマップを例示する図。
【図7】Dスロットルバルブ開度が一定となるEGR率と吸気管内圧力との関係を示すマップを例示する図。
【図8】ノズルベーン開度と吸気管内圧力との入出力特性を例示する図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。図1に示すものは、本発明の適用対象の一であるEGRシステムである。内燃機関2に付帯するこのEGRシステムは、吸排気系3、4における複数の流体圧または流量に関する値を検出するための計測器(または、センサ)11、12と、それらの値に目標値を設定し、各値を目標値に追従させるべく複数の操作部45、42、33を操作する制御装置たるECU(Electronic Control Unit)5とを具備してなる。
【0014】
内燃機関2は、例えば過給機を備えたディーゼルエンジンである。内燃機関2の吸気系3には、可変ターボのコンプレッサ31を配設するとともに、その下流に吸気冷却用のインタークーラ32、及び吸入空気(新気)量を調節するDスロットルバルブ33を設ける。また、吸入空気量を計測する流量計11、吸気管内圧力を計測する圧力計12をそれぞれ設置する。
【0015】
内燃機関2の排気系4には、コンプレッサ31を駆動するタービン41を配設し、タービン41の入口には過給機のA/R比を増減させるためのノズルベーン42を設ける。そして、内燃機関2の燃焼室より排出される排気ガスの一部を吸気系3に還流させるEGR通路43を形成する。EGR通路43は、吸気系3におけるスロットルバルブ33よりも下流に接続する。EGR通路43には、排気冷却用のEGRクーラ44と、通過する排気ガス(EGRガス)量を調節する外部EGRバルブ45とを設ける。
【0016】
本実施形態では、EGR率(または、EGR量)と、吸気管内圧力とについて各々目標値を設定し、双方の制御量を一括に目標値に向かわせるべく複数の操作部、即ちEGRバルブ45、可変ターボのノズル42及びスロットルバルブ33を操作する制御を実施する。
【0017】
EGRバルブ45、ノズルベーン42、スロットルバルブ33は、ECU5により統御されてその開度をリニアに変化させる。各操作部45、42、33は、駆動信号のデューティ比を増減させることで開度を変える電気式のバルブや、あるいはバキュームコントロールバルブ等と組み合わされ弁体のリフト量を制御して開度を変える機械式のバルブ等を用いてなる。
【0018】
ECU5は、プロセッサ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)またはフラッシュメモリ、A/D変換回路、D/A変換回路等を包有するマイクロコンピュータである。ECU5は、EGR率及び吸気管内圧力を検出するための計測器11、12の他、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温等を検出する各種計測器(図示せず)と電気的に接続し、これら計測器から出力される信号を受け取って各値を知得することができる。
【0019】
因みに、本実施形態では、EGR率を直接計測していない。内燃機関2のシリンダに入る空気量は、可変ターボのノズル開度を基に予測することが可能である。その空気量の予測値をgcylとおき、流量計11で計測される吸入空気量をgaとおくと、推定EGR率eegrについて、eegr=1−ga/gcylなる関係が成立する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、可変ターボのノズル開度とシリンダに入る空気量との関係を定めたマップデータが記憶されている。ECU5は、可変ターボのノズル開度をキーとしてマップを検索し、シリンダに入る空気量の予測値を得、これと吸入空気量とを上記式に代入してEGR率を算出する。
【0020】
並びに、ECU5は、EGRバルブ45、可変ターボのノズル42、スロットルバルブ33や、燃料噴射を司るインジェクタ及び燃料ポンプ等(図示せず)と電気的に接続しており、これらを駆動するための信号を入力することができる。
【0021】
ECU5で実行するべきプログラムはROMまたはフラッシュメモリに予め記憶されており、その実行の際にRAMへ読み込まれ、プロセッサによって解読される。ECU5は、プログラムに従い内燃機関2を制御する。例えば、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温等の諸条件に基づき要求される燃料噴射量(いわば、エンジン負荷)を決定し、その要求噴射量に対応する駆動信号をインジェクタ等に入力して燃料噴射を制御する。その上で、ECU5は、プログラムに従い、図2ないし図4に示すサーボコントローラ51及び補正制御部52としての機能を発揮する。
【0022】
サーボコントローラ51は、スライディングモードコントローラであって、EGR率及び吸気管内圧力のスライディングモード制御を担う。フィードバック制御時、ECU5は、各種計測器(図示せず)が出力する信号を受け取ってエンジン回転数、アクセル踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温及び気圧等を知得し、要求噴射量を決定する。続いて、少なくともエンジン回転数及び要求噴射量に基づき、目標EGR率及び目標吸気管内圧力を設定する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、エンジン回転数及び要求噴射量に応じて設定するべき各目標値を示すマップデータが記憶されている。ECU5は、エンジン回転数及び要求噴射量をキーとしてマップを検索し、EGR率及び吸気管内圧力の目標値を得る。さらに、マップを参照して得た目標値を基本値とし、これを冷却水温、吸気温、外部の気温や気圧等に応じて補正して最終的な目標値とする。
【0023】
そして、ECU5は、計測器11、12が出力する信号を受け取ってEGR率及び吸気管内圧力の現在値を知得し、各制御量の現在値と目標値との偏差からEGRバルブ45の開度、可変ターボのノズル42の開度及びスロットルバルブ33の開度を演算して、各々の操作量に対応する駆動信号をそれら操作部45、42、33に入力、開度を操作する。
【0024】
EGR率の適応スライディングモード制御に関して補記する。状態方程式及び出力方程式は、下式(数1)の通りである。
【0025】
【数1】

【0026】
本実施形態では、状態量ベクトルXを出力ベクトルYから直接知得できる構造とする、換言すれば計測器11、12を介して検出可能な値を直接の制御対象とすることにより、状態推定オブザーバを排して推定誤差に伴う制御性能の低下を予防している。出力行列Cは既知、本実施形態では単位行列とする。
【0027】
プラントのモデル化、即ち状態方程式(数1)における係数行列A及び入力行列Bの同定にあたっては、各操作部45、42、33に様々な周波数からなるM系列信号を入力して開度を操作し、EGR率及び吸気管内圧力の値を観測して、その入出力データから行列A、Bを同定する。各操作部45、42、33に入力するM系列信号は、互いに無相関なものとする。これにより、各値の相互干渉を考慮したモデルを作成することができる。
【0028】
図3に、本実施形態の適応スライディングモード制御系のブロック線図を示す。スライディングモードコントローラ51の設計手順には、切換超平面の設計と、状態量を切換超平面に拘束するための非線形切換入力の設計とが含まれる。1形のサーボ系を構成するべく、当初の状態量ベクトルXに、目標値ベクトルRと出力ベクトルYとの偏差の積分値ベクトルZを付加した新たな状態量ベクトルXeを定義すると、下式(数2)に示す拡大系の状態方程式を得る。
【0029】
【数2】

【0030】
安定余裕を考慮し、切換超平面の設計にはシステムの零点を用いた設計手法を用いる。即ち、上式(数2)の拡大系がスライディングモードを生じているときの等価制御系が安定となるように超平面を設計する。切換関数σを式(数3)で定義すると、状態が超平面に拘束されている場合にσ=0かつ式(数4)が成立する。
【0031】
【数3】

【0032】
【数4】

【0033】
故に、スライディングモードが生じているときの線形入力(等価制御入力)は、下式(数5)となる。
【0034】
【数5】

【0035】
上式(数5)の線形入力を拡大系の状態方程式(数2)に代入すると、下式(数6)の等価制御系となる。
【0036】
【数6】

【0037】
この等価制御系が安定になるように超平面を設計することと、目標値Rを無視した系に対して設計することとは等価であるので、下式(数7)が成立する。
【0038】
【数7】

【0039】
上式(数7)の系に対して安定度εを考慮し、最適制御理論を用いてフィードバックゲインを求め、それを超平面とすると、下式(数8)となる。
【0040】
【数8】

【0041】
行列Psは、リカッチ方程式(数9)の正定解である。
【0042】
【数9】

【0043】
リカッチ方程式(数9)におけるQsは制御目的の重み行列で、非負定な対称行列である。q1、q2は偏差の積分Zに対する重みであり、制御系の周波数応答の速さの違いにより決定する。q3、q4は出力Yに対する重みであり、ゲインの大きさの違いにより決定する。また、リカッチ方程式(数9)におけるRsは制御入力の重み行列で、正定対称行列である。εは安定余裕係数で、ε≧0となるように指定する。
【0044】
なお、上記式(数8)、(数9)に替えて、以下に示す離散系の超平面構築式(数10)及び代数リカッチ方程式(数11)を用いてもよい。
【0045】
【数10】

【0046】
【数11】

【0047】
超平面に拘束するための入力の設計には、最終スライディングモード法を用いる。ここでは、制御入力Uを、線形入力Ueqと新たな入力即ち非線形入力(非線形制御入力)Unlとの和として、下式(数12)で表す。
【0048】
【数12】

【0049】
切換関数σを安定させたいので、σについてのリアプノフ関数を下式(数13)のように選び、これを微分すると式(数14)となる。
【0050】
【数13】

【0051】
【数14】

【0052】
式(数12)を式(数14)に代入すると、下式(数15)となる。
【0053】
【数15】

【0054】
非線形入力Unlを下式(数16)とすると、リアプノフ関数の微分は式(数17)となる。
【0055】
【数16】

【0056】
【数17】

【0057】
従って、切換ゲインkを正とすれば、リアプノフ関数の微分値を負とすることができ、スライディングモードが保証される。このときの制御入力Uは、下式(数18)である。
【0058】
【数18】

【0059】
ηはチャタリング低減のために導入した平滑化係数であって、η>0である。
【0060】
スライディングモード制御では、状態量を超平面に拘束するために非線形ゲインを大きくする必要がある。だが、非線形ゲインを大きくすると、制御入力にチャタリングが発生する。そこで、モデルの不確かさを、構造が既知でパラメータが未知な確定部分と、構造が未知だがその上界値が既知な不確定部分とに分ける。状態方程式(数1)に不確かさ(f+Δf)を加え、下式(数19)で表す。
【0061】
【数19】

【0062】
不確かさの確定部分fは、未知パラメータθを同定することで補償される。さすれば、切換ゲインは不確かさの不確定部分Δfのみにかかることとなり、切換ゲインが不確実成分全体(f+Δf)にかかる場合と比べて制御入力のチャタリングを大幅に低減できる。
【0063】
制御入力Uは、式(数18)に適応項Uadを追加した下式(数20)となる。
【0064】
【数20】

【0065】
制御入力(数20)におけるΓ1は、適応ゲイン行列である。関数hは、一般には状態量x及び/または未知パラメータθの関数とするが、本実施形態ではhをx及びθに無関係な単純式、定数とすることにより、xを速やかに収束させ、θの適応速度を高めるようにしている。特に、h=1とした場合、推定パラメータを下式(数21)に則って同定することができる。
【0066】
【数21】

【0067】
本実施形態では、EGR率y1及び吸気管内圧力y2を制御出力変数とし、EGRバルブ45の開度u1、可変ターボのノズル42の開度u2及びスロットルバルブ33の開度u3を制御入力変数とした3入力2出力のフィードバック制御を行う。状態変数の個数(システムの次数)は、当初の系(数1)では出力変数の個数と同じく2、拡大系(数2)では4となる。制御出力及び状態量をこのように特定することで、排気ガスに直接触れる箇所に流量計等の計測器を設置する必要がなくなる。
【0068】
尤も、本実施形態のような3入力2出力のシステムでは、det(SBe)=0が成立し、行列(SBe)は正則とはならない。そこで、逆行列(SBe-1を、一般化逆行列として算定する。一般化逆行列には、例えばムーア・ペンローズ型の逆行列(SBeを用いる。
【0069】
しかして、補正制御部52は、特定の操作部に係る制御入力が飽和するおそれのある状況下において、より重要な特定の制御出力の目標追従性を維持するため、他の制御出力の目標値を本来の値から変更しながら、特定の操作部に係る制御入力をスライディングモードコントローラ51の演算結果によらない値に操作する。
【0070】
より具体的に述べると、エンジン回転数及び要求燃料噴射量がともに少ない低負荷領域では、吸気管内圧力の目標値r2は必然的に小さくなる。一方で、図8に例示するように、過給機のノズルベーン42の開度u2と吸気管内圧力y2との入出力関係は線形ではない。ノズルベーン42が比較的開いている範囲では、ノズルベーン42の開度u2に対する吸気管内圧力y2の感度が鈍く、開度u2を変化させても吸気管内圧力y2が殆ど変化しない。低い目標吸気管内圧力r2がコントローラ51に与えられ、その目標r2に対して実測値y2が少しでも高いと、コントローラ51はノズルベーン42をますます大きく拡げようとする。窮極的には、コントローラ51の算出する制御入力値u2がノズルベーン42の機械的な限界を超えてしまい、ノズルベーン42の開度が全開に飽和する。
【0071】
このような問題に対処するために、補正制御部52は、エンジン2の運転状態が低負荷領域にある間、目標吸気管内圧力として本来の目標値r2から変更した値rHをコントローラ51に与え、並びに、ノズルベーン42の開度をコントローラ51が算出した制御入力値u2とは無関係な値uHに固定する。固定値uHは、ノズルベーン42の機械的な限界を超えない程度の実現可能な開度とする。
【0072】
ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、制御入力u2と制御出力y1及びy2との関係を示すマップが記憶されている。マップの概要を、図5に例示する。このマップは、スライディングモードコントローラ51の入出力特性、換言すれば行列A、B、C及びSを用いて作成される。EGR率y1、吸気管内圧力y2の双方がそれぞれ偏差0で目標値r1、r2に追従しているとの仮定に立つと、非線形入力項Unl及び適応項Uadは0となり、制御入力Uが制御出力Y=Rの関数となる。その関数式(数5)に則り、横軸にEGR率y1=r1を、縦軸に吸気管内圧力y2=r2をとって、制御入力u2が一定値となる関係を図示したものが、図5である。なお、式(数5)において、線形入力項Ueqが偏差の積分Zに依存せず、状態Xが出力Yと同義であることに留意する。
【0073】
補正制御部52は、上記のマップデータを参照して、低負荷領域における目標吸気管内圧力rHを決定する。即ち、実現するべき目標EGR率r1及びノズルベーン開度uHをキーとしてマップを検索すれば、目標吸気管内圧力rHが一意に定まる。そして、図4に示しているように、このrHを、吸気管内圧力の目標値及び実測値としてコントローラ51に与える。つまり、本来の目標値r2及び実測値y2を、吸気管内圧力の制御に使用しない。これにより、コントローラ51において、吸気管内圧力の偏差が0と見なされる。そもそも、低負荷領域では、過給機があまり仕事をせず吸気管内圧力がおおよそ大気圧に近い大きさをとることもあり、吸気管内圧力の制御はさほど重要でない。従って、吸気管内圧力の制御を一時的に休止し、EGR率の制御に注力するのである。
【0074】
コントローラ51は、与えられるEGR率の実測値y1及び目標値r2、吸気管内圧力の実測値rH及び目標値rHに基づき、制御入力u1、u2及びu3の演算を行う。しかしながら、補正制御部52は、コントローラ51が算出したノズルベーン42に係る制御入力値u2を破棄し、これに替えて制御入力値uHをノズルベーン42に入力する。
【0075】
本実施形態によれば、内燃機関2またはそれに付帯する装置を複数の操作部45、42、33を操作して制御するものであって、各操作部45、42、33に与えるべき制御入力u1、u2、u3を反復的に演算し、複数の制御出力y1、y2を各々目標値r1、r2に追従せしめるサーボコントローラ51と、特定の制御出力y1についてその目標値r1を達成するという条件の下で、特定の操作部42に係る制御入力を所要の値uHに保った場合に他の制御出力y2がとる値rHを前記サーボコントローラ51の入出力特性(数5)を用いて導出し、その値rHを当該他の制御出力y2の目標値としてサーボコントローラ51に与える補正制御部52とを具備する制御装置を構成したため、特定の操作部42に係る制御入力u2が飽和するおそれのある状況でもその飽和を回避でき、より重要な特定の制御出力y1の目標追従性を維持して排気ガスの悪化を抑止することが可能となる。
【0076】
加えて、前記補正制御部52が、前記他の制御出力y2の目標値rHを当該他の制御出力y2の実測値として前記サーボコントローラ51に与えるものとしているため、当該他の制御出力y2の偏差が0であると見なされ、サーボコントローラ51が特定の制御出力y1の制御に専念できるようになる。そして、他の制御出力y2の偏差の残存に起因した特定の制御出力y1のハンチングや追従遅れが解消する。
【0077】
なお、本発明は以上に詳述した実施形態に限られるものではない。上記実施形態では、操作部の一であるノズルベーンの開度の飽和を予防することに主眼を置いていたが、他の操作部の開度の飽和を予防する目的で本発明を用いることもできる。例えば、低い吸気管内圧力と高いEGR率とが同時に要求される状況では、EGRバルブの開度が全開に飽和してしまうおそれがある。これに対し、EGRバルブに与える開度をサーボコントローラの演算結果によらない値uHとし、目標吸気管内圧力を本来の目標値から嵩上げした値rHとしてやれば、EGRバルブの開度がuHに絞られることによって排気ターボ過給機の仕事量が増大し、Dスロットルバルブの開度が絞られつつ吸気管内圧力が増加する。結果、EGRバルブの開度が飽和せず、EGR率の目標追従性も維持される。このときに補正制御部が参照するマップの概要を、図6に例示する。
【0078】
同様にして、Dスロットルバルブに与える開度をサーボコントローラの演算結果によらない値uHとすることも可能である。このときに補正制御部が参照するマップの概要を、図7に例示する。
【0079】
また、上記実施形態では、EGR率の目標収束性を重視して吸気管内圧力の目標値を本来あるべき値から変更していたが、これとは逆に、吸気管内圧力の目標収束性を重視してEGR率の目標値を本来あるべき値から変更するという態様もとり得る。
【0080】
さらに、上記実施形態では、予め記憶保持しているマップデータを参照して他の制御出力の目標値rHを決定していたが、マップを参照せず、サーボコントローラの入出力特性(数5)に則って目標値rHを演算するようにしても構わない。
【0081】
EGR制御における制御入力変数は、EGRバルブ開度、可変ノズルターボ開度及びスロットルバルブ開度には限定されない。制御出力変数も、EGR率(または、EGR量)及び吸気管内圧力には限定されない。新たな入力変数、出力変数を付加して、4入力3出力の3次システムを構築するようなことも可能である。例えば、吸気系に過給機(のコンプレッサ)をバイパスする通路が存在している場合、その通路上に設けられたバルブをも操作することがある。このとき、当該バイパス通路内の圧力または流量等を制御出力変数に含め、当該バイパス通路上のバルブの開度を制御入力変数に含めることができる。
【0082】
サーボコントローラが実現する多入力フィードバック制御の手法はスライディングモード制御には限定されず、スライディングモード制御以外の手法、例えば最適制御、H∞制御、バックステッピング制御等を採用することを妨げない。
【0083】
その他各部の具体的構成は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、例えば、過給機及びEGR装置が付帯した内燃機関のEGR率を制御するための制御コントローラとして利用することができる。
【符号の説明】
【0085】
5…ECU(制御装置)
51…適応スライディングモードコントローラ(サーボコントローラ)
52…補正制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御するものであって、
各操作部に与えるべき制御入力を反復的に演算し、複数の制御出力を各々目標値に追従せしめるサーボコントローラと、
特定の制御出力についてその目標値を達成するという条件の下で、特定の操作部に係る制御入力を所要の値に保った場合に他の制御出力がとる値を前記サーボコントローラの入出力特性を用いて導出し、その値を当該他の制御出力の目標値としてサーボコントローラに与える補正制御部と
を具備することを特徴とする制御装置。
【請求項2】
前記補正制御部が、前記他の制御出力の目標値を当該他の制御出力の実測値として前記サーボコントローラに与える請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
可変ターボ過給機及び排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)装置が付帯した内燃機関を制御するものであり、
前記特定の制御出力がEGR率若しくはEGR量である請求項1または2記載の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−229967(P2010−229967A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−81109(P2009−81109)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】