説明

化合物半導体の製造方法

【課題】大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体を形成する製造方法を提供する。
【解決手段】シリコン基板101の表面にシリコン酸化膜を形成し、その後、前記シリコン酸化膜よりも下層側の領域にイオン注入を行い、次いで熱処理して、イオン注入された単結晶のシリコンからなる下地層102を形成する。続いて、前記シリコン酸化膜を除去することにより下地層102を露出させる。その後、下地層102の上にAlNバッファ層103,AlGaNバッファ層104,およびGaN層105を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物半導体の製造方法に関し、特に、パワーデバイス等に適用可能な化合物半導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
III-V族窒化物半導体は、一般式がBAlGaInN(但し、w+x+y+z=1、0≦w≦1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1である。)によって表される、アルミニウム(Al)、ホウ素(B)、ガリウム(Ga)及びインジウム(In)と窒素(N)との化合物からなる化合物半導体である。
【0003】
窒化ガリウム(GaN)に代表されるIII-V族窒化物半導体は、大きいバンドギャップを有し、これに伴って高い破壊電圧、高い電子飽和速度、高い電子移動度、及びヘテロ接合を形成した場合における高い電子濃度等といった利点を有する。このため、III-V族窒化物半導体において、短波長発光素子、高出力高周波素子、高周波低雑音増幅素子及び高出力スイッチング素子等への応用を目的とした研究開発が進んでいる。
【0004】
近年では、III-V族窒化物半導体を用いた半導体装置を形成するための基板として、シリコン(Si)等からなる基板を用いることが検討されている。シリコンからなる基板は容易に大口径化することが可能であり、III-V族窒化物半導体を成長させる基板としてシリコンからなる基板を用いると、半導体装置のコストを大きく低減できる。
【0005】
一般に、シリコンからなる基板の上にIII-V族窒化物半導体を形成する場合、シリコンと窒化物半導体とは格子定数及び熱膨張係数が大きく異なるため、シリコンからなる基板の上に結晶性良くIII-V族窒化物半導体を形成することは難しい。
【0006】
従来、短波長における光電デバイス又は高電流密度により動作するGaN系電力デバイスにおいて、GaNのエピタキシャル成長のために、サファイア基板が広く用いられている。しかしながら、低コスト化及び大口径化において大きな技術的障壁があり、特にコストの低減に関しては現実的な基板選択とはいえない。
【0007】
炭化シリコン(SiC)は、格子の不整合が小さく且つサファイア基板と比べて高い熱伝導性を持っているため、GaN系電力デバイス用基板として有望視されている。しかしながら、バルクの炭化シリコンは非常に高価であり、また、大きな形状のウエハを得ることが難しいという問題を有していることが知られている(例えば、非特許文献1を参照。)。
【0008】
そこで、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、炭素(C)イオンを注入することによりSiC層を中間層として形成し、この上に残留応力が少なく且つ高品質のIII-V族窒化物半導体を形成することにより、安価で且つ高性能のIII-V族窒化物半導体を製造する方法が例えば特許文献1等に提示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−203666号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「ワイドギャップ半導体デバイス化材料研究の現状と課題」,吉田貞史,電子技術総合研究所彙報,第62巻第10,11号,p.575-586(1998)
【非特許文献2】「B diffusion and clustering in ion implanted Si:The role of B cluster precursors」L.Pelaz, M.Jaraiz, G.H.Gilmer, H.-J.Gossmann, C.S.Rafferty, D.J.Eaglesham, and J.M.Poate Applied.Physics.Letters.70(17)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、シリコンを炭化して炭化シリコンとするためには非常に多くの炭素イオンの注入が必要であり、特許文献1に記載の従来法の場合では、1×1017ions/cmものドーズ量を必要としている。この方法は現実的なコストにおいての実施が困難であるばかりでなく、高ドーズによって結晶性を著しく乱したシリコンからなる基板の表面を熱処理により単結晶化することは、事実上技術的に困難であって、再現性にも乏しい。
【0012】
本発明は、前記の問題に鑑み、その目的は、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体を形成できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記の目的を達成するために、本発明は、化合物半導体の製造方法を、イオン注入された単結晶のシリコンからなる下地層の上に半導体膜を形成する構成とする。
【0014】
具体的に、本発明に係る化合物半導体の製造方法は、シリコンからなる基板の上部に、シリコン酸化膜を形成する工程(a)と、基板におけるシリコン酸化膜よりも下側の領域に、イオン注入を行い、続いて熱処理を行うことにより、イオン注入された単結晶のシリコンからなる下地層を形成する工程(b)と、シリコン酸化膜を除去することにより下地層を露出する工程(c)と、下地層の上に半導体膜を形成する工程(d)とを備えている。
【0015】
本発明に係る化合物半導体の製造方法によると、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板にイオン注入及び熱処理により、イオン注入された単結晶のシリコンからなる下地層を形成するため、基板の上に残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体層を形成することができる。
【0016】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、イオン注入は100KeV以下の加速エネルギーにより行われることが好ましい。
【0017】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、イオン注入は1×1013ions/cm以上且つ1×1016ions/cm以下の線量率により行われることが好ましい。
【0018】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、熱処理は1000℃以上の温度で且つ不活性ガス雰囲気で行われることが好ましい。
【0019】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、半導体膜は、AlGaInN(x+y+z=1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1)からなることが好ましい。
【0020】
本発明に係る化合物半導体の製造方法は、工程(d)よりも前に、下地層の上にバッファ層を形成する工程(d1)をさらに備えていることが好ましい。
【0021】
この場合、バッファ層のうち下地層と接する層は、窒化アルミニウムからなることが好ましい。
【0022】
また、バッファ層が2層以上形成されている場合、バッファ層のうち半導体膜と接する層は、AlGaInN(x+y+z=1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1)からなることが好ましい。
【0023】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、イオン注入に用いられるイオンは、ホウ素イオン又はリンイオンであることが好ましい。
【0024】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、イオン注入に用いられるイオンは、ホウ素イオンであり、且つ、その注入量分布は、基板の表面から深さ方向に100nm以内の位置において最大値を有していてもよい。
【0025】
本発明に係る化合物半導体の製造方法において、イオン注入は、基板の表面のうちの一部に対して行われることが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る化合物半導体の製造方法によると、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体層を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態に係る化合物半導体の製造方法により製造された化合物半導体を示す断面図である。
【図2】下地層の上に形成されたGaN層のX線回折の結果を示すグラフである。
【図3】Bイオン及びPイオンのドーズ量を5×1015ions/cmとするイオン注入と熱処理とが施されることにより形成された下地層の上に形成されたGaN層の表面のSEM像である。
【図4】Bイオン及びPイオンのドーズ量を1×1014ions/cmとするイオン注入と熱処理とが施されることにより形成された下地層の上に形成されたGaN層の表面のSEM像である。
【図5】Bイオン及びPイオンのドーズ量を5×1015ions/cmとするイオン注入を行い、熱処理が施さなかった場合のイオン注入層の上に形成されたGaN層の表面のSEM像である。
【図6】面方位が(10−12)面であるGaN層の回折における半値幅のイオン注入におけるドーズ量依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の一実施形態に係る化合物半導体の製造方法について説明する。本実施形態において、化合物半導体の一例としてIII-V族窒化物半導体を用いている。
【0029】
まず、単結晶のシリコン(Si)からなる基板の上に、シリコン酸化膜(SiO膜)を形成する。SiO膜は、基板に対して熱処理を行うことにより形成する。SiO膜は、後に行う基板に対するイオン注入において、基板の表面から深さ方向におけるイオン注入量分布の制御を容易にするために形成する。特に、SiO膜はホウ素(B)の注入の際に重要であって、Bイオンの深さ方向の分布の制御を可能とする。シリコンからなる基板に対するBイオンの注入に関してはいくつかの報告があり、近年、基板内でのBイオンの挙動について知られてきている。特に、Bイオンの注入の場合において、熱酸化膜が設けられていることにより、Bイオンが熱酸化膜側へ引き寄せられるという現象が知られている(例えば、非特許文献2を参照。)。
【0030】
すなわち、SiO膜の有無に対応して、イオン注入及び熱処理を行った後のイオン注入のプロファイルが異なってくる。基板の表面から深さ方向に100nm以内に注入したイオンの濃度の最も高い領域を形成するためには、その熱酸化膜を設け、イオンの注入及びダメージを回復するための熱処理を行うことが好ましい。
【0031】
SiO膜は、該SiO膜を除去した後にイオン種を基板の表面に効率良く、高濃度に存在させるために、10nm以上且つ150nm以下程度の厚さとすることが好ましく、酸素雰囲気において約900℃の条件で形成されることが好ましい。
【0032】
次に、シリコンからなる基板に、例えばBイオン又はPイオンの注入を行い、基板の上部にイオン注入層を形成する。Bイオン又はPイオンの注入時の加速エネルギーは、イオンによる基板に対するスパッタエッチングを抑制するために、約100keV以下であることが好ましい。ここで、基板に対する加熱の必要は無い。Bイオン又はPイオンの注入時の雰囲気は、加速イオンのエネルギー分散幅を小さく保つ観点から約10−3Pa以下の真空中であることが好ましい。
【0033】
なお、そのイオン注入は基板の全面に注入する方法だけでなく、部分的に注入して分布を持たせること、及びBイオン及びPイオンの両方の注入領域を持たせることによっても基板の反り及びクラックを低減する効果が得られる。
【0034】
次に、Bイオン又はPイオンが注入された基板に対して熱処理を行うことにより、上記のイオン注入層から下地層を形成する。下地層はイオン注入された単結晶のシリコンからなる。この熱処理の温度条件は、基板に注入されたイオン種によって生じたダメージを回復できるような温度であることが必要であり、1000℃以上且つ1200℃以下程度の温度で熱処理することが好ましい。
【0035】
この熱処理における雰囲気の条件は、窒素雰囲気で行うことが好ましい。但し、他の不活性ガスを用いることも可能である。また、熱処理の時間は、0.5時間〜3時間程度、好ましくは1時間〜2時間程度である。
【0036】
以上により、シリコンからなる基板へのイオン注入及び基板のダメージの回復がなされてはいるが、III-V族窒化物半導体のエピタキシャル成長を行うためには、ダメージが回復された基板の清浄表面が露出している必要がある。すなわち、上記の工程までにおいて、その表面にはSiO膜を含む不要層が存在しているため、これを除去する必要がある。そこで、基板に均一に形成された下地層の上部に存在するSiO膜を含む不要層を除去して、下地層を露出させる必要がある。
【0037】
下地層の上部のSiO膜及びSi層のエッチングには、例えばフッ化水素酸(HF)の含有量が15%のバッファードフッ酸(BHF)を用いて湿式エッチング法を行うことが好ましい。
【0038】
次に、露出した下地層の上に、例えばAlNバッファ層、AlGaNバッファ層及びGaNからなる半導体膜を順次形成する。これらの形成は、有機金属気相成長(metal organic chemical vapor deposition:MOCVD)法を用いることが好ましい。これらを形成するための条件を以下に説明する。
【0039】
まず、MOCVD装置の反応器内を水素ガス雰囲気とした後に、例えば、50℃/min〜150℃/min程度の昇温速度で温度を上昇させ、1100℃〜1300℃程度の温度範囲に到達させ、その温度で約1分間〜30分間保持することにより、下地層に対して水素ガス雰囲気における熱によるクリーニングを行う。この処理により、下地層の表面が清浄化される。
【0040】
次に、反応器内の温度を1100℃〜1300℃程度に維持したままAlNの成長反応用のガス源として、例えば、トリメチルアルミニウム(TMA)とアンモニア(NH)との混合ガスを反応器内に供給し、バッファ層として適当な膜厚を得るためにその温度で約1分間〜15分間保持することによりAlNバッファ層を形成する。反応器内の結晶成長時の圧力は、約6.67kPa〜9.33kPaとすることが好ましい。
【0041】
次に、反応器内の温度をAlGaNバッファ層の成長に適した1150℃〜1250℃程度に到達させる。このとき、50℃/min〜100℃/min程度で温度を変化させる。AlGaNの成長反応用のガス源として、例えば、トリメチルガリウム(TMG)とトリメチルアルミニウム(TMA)とアンモニア(NH)との混合ガスを反応器内に供給し、バッファ層として適当な膜厚を得るためにその温度で約1分間〜15分間保持することにより、AlGaNバッファ層を形成する。
【0042】
さらに、AlGaNバッファ層を形成した後に、アンモニアガスの供給は続けながら反応器内の温度を50℃/min〜100℃/min程度の降温速度で温度を下げ、GaN層の成長に適した1000℃〜1200℃程度の温度に到達させる。GaNの成長反応用のガス源として、例えば、トリメチルガリウム(TMG)とアンモニア(NH)との混合ガスを反応器内に供給し、適当な膜厚まで成長を行う。その温度の保持時間は必要とするGaN層の厚さに依存し、約1μm〜5μmの膜厚を得るための保持時間は約0.5時間〜3時間である。
【0043】
以上の工程により、図1に示すように、シリコンからなる基板101の上部に、イオン注入された単結晶のシリコンからなる下地層102が形成される。下地層102の上にAlNバッファ層103及びAlGaNバッファ層104が順次形成され、AlGaNバッファ層104の上に、ストレス及びクラックが無い単結晶のGaN層105が形成できる。
【0044】
なお、本実施形態において、バッファ層を形成し、バッファ層の上にGaN層を形成したが、バッファ層を形成せずに、下地層の上にGaN層を形成してもよい。また、必要に応じて、AlNバッファ層のみを形成し、AlGaNバッファ層を形成しなくても構わない。上記の例は、MOCVD法を用いた場合の説明であるが、窒素源としてプラズマ活性を施した窒素を用いた分子線エピタキシ(molecular beam epitaxy:MBE)法を用いてもよい。
【0045】
また、本実施形態におけるイオン注入は必ずしも基板の全面に施す必要は無く、部分注入すなわちパターン化した注入方法によっても効果が損なわれることはない。その際のイオン注入領域は少なくともウェハ全体の約20%以上、好ましくは約30%以上の領域である。その領域は必ずしも連続している必要は無く、同心円状又は格子状に分布していてもよく、1μm以上の領域が無数に点在しているようなパターンであってもよい。
【0046】
本発明の一実施形態に係る化合物半導体の製造方法によると、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体層を形成することができる。
【実施例】
【0047】
本発明の化合物半導体の製造方法に係る一実施例について説明する。本実施例において、化合物半導体の一例としてIII-V族窒化物半導体を用いている。
【0048】
まず、酸素(O)雰囲気において、主面の面方位が(111)面である単結晶のシリコンからなる基板の温度を900℃とする熱酸化を行うことにより、基板の上部に50nmのシリコン酸化膜(SiO膜)を形成する。
【0049】
次に、基板に以下の条件によりBイオンの注入を行う。基板に対して加熱をせず、加速電圧を40keVとし、注入角を7°とし、回転角を23°とし、周囲の雰囲気を10−4Paの真空として、Bイオンの注入の線量率を1×1015ions/cmとする条件で行う。これにより、基板の表面の近傍にBイオン注入層を形成する。
【0050】
次に、Bイオンが注入された基板に対して熱処理を行うことにより、基板の表面の近傍におけるBイオン注入層から下地層を形成する。下地層はイオン注入された単結晶のシリコンからなる。この熱処理は窒素雰囲気において1100℃とし、1時間保持することにより行う。
【0051】
次に、下地層の上部のSiO膜又はSi層等の不要層をフッ酸(HF)濃度が15%のバッファードフッ酸(BHF)エッチング溶液を用いた湿式エッチング法により除去することにより、下地層を露出する。
【0052】
次に、露出した下地層の上に、有機金属気相成長(MOCVD)法を用いてAlNバッファ層、AlGaNバッファ層及びGaN層を順次形成する。具体的には、MOCVD装置を用い、まず、反応器内を水素ガス雰囲気とし、その後、100℃/minの昇温速度で基板の温度を上げ、1250℃で1分間保持する。この結果、加熱された水素ガス雰囲気により、下地層の表面がクリーニングされる。続いて、反応器内の温度を1250℃に維持し、AlNの成長反応用のガス源として、水素をキャリアガスとしてトリメチルアルミニウム(TMA)とアンモニア(NH)との混合ガスを反応器内に供給し、バッファ層として適当な膜厚のAlN層の成長反応を行う。その後、水素をキャリアガスとしてトリメチルガリウム(TMG)とトリメチルアルミニウム(TMA)とアンモニアガスとを供給し、AlGaNからなるエピタキシャル層を成長させる。次に、水素をキャリアガスとしてTMGとアンモニアガスとを供給し、厚さが1μmのGaNからなるエピタキシャル層を成長させる。このGaNからなるエピタキシャル層の成長反応を行った後に、アンモニアガスの供給だけを維持し、反応器内の温度を100℃/minの降温速度で下げ、最後にアンモニアの供給を止めた後、温度を下げて反応を終了する。
【0053】
ここで、下地層の上にAlNバッファ層及びAlGaNバッファ層を介して形成された、膜厚が1μmのGaN層に対してX線回折により特性評価を行った結果について説明する。なお、ここでは、下地層の形成のためのBイオンのドーズ量が1×1014ions/cm及び1×1015ions/cmである場合を比較する。図2に示すように、GaN、AlGaN及びAlNのエピタキシャル層に起因する回折ピークは、Bイオンのドーズ量の大小にかかわらず同等であり、X線回折から評価される結晶性に大きな差違はない。イオン注入によって生じたダメージは熱処理によって十分に回復しており、良好なGaN層が形成されていることが確認できる。
【0054】
一方、シリコンからなる基板に起因するピークはBイオンのドーズ量に応じて変化を示すが、ドーズ量が多くなったことによりシリコンからなる基板に起因するピークが小さくなり、その近傍に新しく格子定数の異なるピークが現れた(図2中のa)。
【0055】
次に、以下の条件によりイオン注入及び熱処理が施された下地層又はイオン注入のみ施されたイオン注入層の上に、AlNバッファ層及びAlGaNバッファ層を介して形成された、膜厚が1μmのGaN層の表面を走査型電子顕微鏡(scanning electron microscope:SEM)による観察によって特性評価を行った結果について説明する。イオン注入の条件としては、ドーズ量が5×1015ions/cm又は1×1014ions/cmであり、同一の基板内にPイオン注入領域及びBイオン注入領域を設けた。図3に示すように、Bイオン及びPイオンを5×1015ions/cmのドーズ量で注入した場合、Pイオン注入領域においてクラックが発生している。また、図4に示すように、Bイオン及びPイオンを1×1014ions/cmのドーズ量で注入した場合、全領域においてクラックの発生はない。基板のダメージを回復するための熱処理を行わなかった場合では、図5に示すように、Bイオン及びPイオンを5×1015ions/cmのドーズ量で注入すると、Pイオン注入領域においてクラックが発生し、Bイオン注入領域ではエピタキシャル成長とならず、多結晶化している。
【0056】
これらのSEMによる観察から、イオン注入の限界値はPイオンの注入とBイオンの注入とでは異なる。また、基板のダメージの回復を目的とした熱処理を行うことにより、Siからなる基板の上に成長したIII-V族窒化物半導体は良好な膜質が維持され、その表面においてはクラックの発生が抑制されていることが確認できる。
【0057】
次に、Pイオン又はBイオンの注入を施した下地層の上に、AlNバッファ層及びAlGaNバッファ層を介して形成された、膜厚が1μmで面方位が(10−12)であるGaN層の回折による半値幅について説明する。図6に示すように、Pイオンの注入の場合では、注入量に応じて半値幅が広がっていき、ドーズ量が1×1015ions/cmでは半値幅が約1300秒に達しており、SEMによる観察の結果と併せて、ドーズ量を1×1015ions/cmとする注入が限界であることがわかる。
【0058】
一方、Bイオンの注入では、ドーズ量が1×1015ions/cmに至るまでは半値幅が大きく広がる傾向はなく、良好な結晶性が維持できている。ドーズ量が5×1015ions/cmの場合のSEMによる観察の結果では、クラックの発生はなかったものの半値幅が約1500秒に達する。これらより、ドーズ量を5×1015ions/cmとする注入が限界であることがわかる。
【0059】
また、SEMによる観察に関する一連の結果より、イオン注入をする領域は基板の全面である必要は無く、任意の領域に限って注入することによってもクラックの防止を可能とすることがわかる。
【0060】
これらの結果から、本発明により得られた下地層の上に形成されたGaN層は、結晶性に優れ、クラックがないことが確認される。
【0061】
以上の実施例では、エピタキシャル層としてGaN、またGaN層と接するバッファ層としてAlGaNを例に挙げたが、これら以外に、窒化インジウム(InN)、窒化アルミニウム(AlN)、さらには、窒化ガリウム、窒化インジウム、窒化アルミニウムの少なくとも二つ以上から成る合金(GaInN、GaAlN、InAlN及びGaInAlN)等の窒化物半導体であっても上記の効果が得られる。
【0062】
本発明の一実施例に係る化合物半導体の製造方法によると、イオン注入によってシリコンからなる基板に生じた多数の結晶欠陥を熱処理によって低減させ、基板の上部に良質のイオン注入層を形成するため、シリコンからなる基板が本来有している弾性定数を変化させる。これにより、下地層とGaN等の半導体層との間の熱膨張係数差に基づく熱応力を、緩和させることにより下地層の上に形成するGaN等の半導体層は残留応力のない状態で成長できることとなる。その結果、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体層を形成することができる。また、この化合物半導体層の上に高性能の化合物半導体デバイスを形成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明に係る化合物半導体の製造方法は、大面積化が容易で且つ廉価なシリコンからなる基板に、残留応力が少なく且つ高品質の化合物半導体層を形成することができ、パワーデバイス等に適用可能な化合物半導体の製造方法等に有用である。
【符号の説明】
【0064】
101 基板
102 下地層
103 AlNバッファ層
104 AlGaNバッファ層
105 GaN層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコンからなる基板の上部に、シリコン酸化膜を形成する工程(a)と、
前記基板における前記シリコン酸化膜よりも下側の領域に、イオン注入を行い、続いて熱処理を行うことにより、イオン注入された単結晶のシリコンからなる下地層を形成する工程(b)と、
前記シリコン酸化膜を除去することにより前記下地層を露出する工程(c)と、
前記下地層の上に半導体膜を形成する工程(d)とを備えていることを特徴とする化合物半導体の製造方法。
【請求項2】
前記イオン注入は100KeV以下の加速エネルギーにより行われることを特徴とする請求項1に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項3】
前記イオン注入は1×1013ions/cm以上且つ1×1016ions/cm以下の線量率により行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理は1000℃以上の温度で且つ不活性ガス雰囲気で行われることを特徴とする請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項5】
前記半導体膜は、AlGaInN(x+y+z=1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1)からなることを特徴とする請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項6】
前記工程(d)よりも前に、前記下地層の上にバッファ層を形成する工程(d1)をさらに備えていることを特徴とする請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項7】
前記バッファ層のうち前記下地層と接する層は、窒化アルミニウムからなることを特徴とする請求項6に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項8】
前記バッファ層が2層以上形成されている場合、前記バッファ層のうち前記半導体膜と接する層は、AlGaInN(x+y+z=1、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1)からなることを特徴とする請求項6又は7に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項9】
前記イオン注入に用いられるイオンは、ホウ素イオン又はリンイオンであることを特徴とする請求項1〜8のうちのいずれか1項に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項10】
前記イオン注入に用いられるイオンは、ホウ素イオンであり、且つ、その注入量分布は、前記基板の表面から深さ方向に100nm以内の位置において最大値を有していることを特徴とする請求項1〜8のうちのいずれか1項に記載の化合物半導体の製造方法。
【請求項11】
前記イオン注入は、前記基板の表面のうちの一部に対して行われることを特徴とする請求項1〜10のうちのいずれか1項に記載の化合物半導体の製造方法。

【図1】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−54427(P2012−54427A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196117(P2010−196117)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】