説明

強誘電体薄膜形成用組成物、液体噴射ヘッドの製造方法、及びアクチュエーター装置の製造方法

【課題】 変位量の低下を抑制した強誘電体薄膜を形成することができる強誘電体薄膜形
成用組成物、液体噴射ヘッドの製造方法、及びアクチュエーター装置の製造方法を提供す
る。
【解決手段】 ABOの化学式を有するペロブスカイト構造の強誘電体薄膜をゾル−ゲ
ル法により形成するための強誘電体薄膜形成用組成物であって、強誘電体薄膜を構成する
有機金属化合物と、水とを少なくとも含むゾルからなり、前記ゾルは、Bサイトを構成し
得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol/kgとしたとき、2X
<Y<5Xを満たすようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電体薄膜を形成するための強誘電体薄膜形成用組成物、基板上に変位可
能に設けられた圧電素子を有する液体噴射ヘッドの製造方法、及びアクチュエーター装置
の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッド等に用いられる圧電素子は、例えば、電気機械変換機能を呈する圧電材
料からなる強誘電体薄膜を2つの電極で挟んだ構成となっており、強誘電体薄膜は、例え
ば、結晶化した圧電性セラミックスにより構成されている。また、このような圧電素子は
、液体噴射ヘッドのノズル開口から液体を噴射させる圧力発生手段として用いられる。
【0003】
このような圧電素子の製造方法としては、基板(流路形成基板)の一方面側に下電極膜
をスパッタリング法等により形成した後、下電極膜上に圧電体層をゾル−ゲル法又はMO
D法等により形成すると共に、圧電体層上に上電極膜をスパッタリング法により形成し、
圧電体層及び上電極膜をパターニングすることで圧電素子を形成している(例えば、特許
文献1参照)。
【0004】
なお、圧電体層を製造するゾル−ゲル法では、下電極を形成した基板上に有機金属化合
物のゾルを塗布して乾燥およびゲル化(脱脂)させて圧電体の前駆体膜を形成する工程を
少なくとも一回以上実施し、その後、高温で熱処理して結晶化させる。そして、これらの
工程を複数回繰り返し実施することで所定厚さの圧電体層(圧電体薄膜)を製造している

【0005】
また、圧電体層を製造するMOD(Metal-Organic Decomposition)法では、一般的に
、金属アルコキシド等有機金属化合物をアルコールに溶解し、これに加水分解抑制剤等を
加えて得たコロイド溶液を被対象物上に塗布した後、これを乾燥して焼成することで成膜
される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−274472号公報(第5〜6頁、第6〜7図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、圧電体層は、駆動を繰り返すと圧電変位量が減少してしまうという問題
がある。例えば、液体噴射ヘッドに圧電体層を具備する圧電素子用いた場合、圧電変位量
が使用と共に変化してしまうため、安定した液体の吐出を行うことができない。このため
、繰り返し駆動による変位量の低下を抑えたものが求められている。
【0008】
なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに
用いられる圧電素子に限定されず、他の装置に搭載される圧電素子においても同様に存在
する。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑み、変位量の低下を抑制した強誘電体薄膜を形成すること
ができる強誘電体薄膜形成用組成物、液体噴射ヘッドの製造方法、及びアクチュエーター
装置の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の態様は、ABOの化学式を有するペロブスカイト構造の
強誘電体薄膜をゾル−ゲル法により形成するための強誘電体薄膜形成用組成物であって、
強誘電体薄膜を構成する有機金属化合物と、水とを少なくとも含むゾルからなり、前記ゾ
ルは、Bサイトを構成し得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol
/kgとしたとき、2X<Y<5Xを満たすことを特徴とする強誘電体薄膜形成用組成物
にある。
【0011】
かかる態様では、ゾルにおける未反応水分量を所定の量とすることにより、変位量の低
下を抑制した強誘電体薄膜を形成することができるものとなる。
【0012】
前記ゾルは、強誘電体薄膜を構成する金属として、Pb、Zr、及びTiを含むことが
好ましい。これによれば、圧電特性の優れた強誘電体薄膜を形成することができるものと
なる。
【0013】
本発明の好適な実施態様としては、前記強誘電体薄膜形成用組成物は、2.3X≦Y<
5Xを満たすものが挙げられる。
【0014】
本発明の他の態様は、液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室が形成された流
路形成基板と、前記流路形成基板上に設けられた第1電極と、前記第1電極上に設けられ
たABOの化学式を有するペロブスカイト構造の圧電体層と、前記圧電体層上に設けら
れた第2電極とを具備し、各圧力発生室に対応する圧電素子と、を備える液体噴射ヘッド
の製造方法であって、圧電体薄膜形成用組成物を前記第1電極上に塗布し、焼成して圧電
体薄膜をゾル−ゲル法により形成する強誘電体膜形成工程を行うことにより複数の圧電体
薄膜から構成される前記圧電体層を形成する工程を具備し、前記圧電体薄膜形成用組成物
は、圧電体層を構成する有機金属化合物と、水とを少なくとも含むゾルからなり、前記ゾ
ルは、Bサイトを構成し得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol
/kgとしたとき、2X<Y<5Xを満たすことを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法
にある。
【0015】
かかる態様では、繰り返し駆動した際の圧電体層の変位量の低下を抑制することができ
、耐久性の向上した液体噴射ヘッドを製造することができる。すなわち、繰返し駆動によ
るインク吐出量の低下を抑制し、安定した印刷品質を維持することができる液体噴射ヘッ
ドを製造することができる。
【0016】
本発明の他の態様は、基板上に設けられた第1電極と、前記第1電極上に設けられたA
BOの化学式を有するペロブスカイト構造の圧電体層と、前記圧電体層上に設けられた
第2電極とを具備する圧電素子を備えるアクチュエーター装置の製造方法であって、圧電
体薄膜形成用組成物を前記第1電極上に塗布し、焼成して圧電体薄膜をゾル−ゲル法によ
り形成する強誘電体形成工程を行うことにより複数の圧電体薄膜から構成される前記圧電
体層を形成する工程を具備し、前記圧電体薄膜形成用組成物は、圧電体層を構成する有機
金属化合物と、水とを少なくとも含むゾルからなり、前記ゾルは、Bサイトを構成し得る
金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol/kgとしたとき、2X<Y
<5Xを満たすことを特徴とするアクチュエーター装置の製造方法にある。
【0017】
かかる態様では、繰り返し駆動した際の圧電体層の変位量の低下を抑制することができ
、耐久性の向上したアクチュエーター装置とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図及び断面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの製造方法を示す断面図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造方法を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造方法を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造方法を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造方法を示す断面図。
【図8】実施例1〜3に係る強誘電体薄膜形成用組成物の水分量を示すグラフ。
【図9】参考例2、比較例2、実施例4〜6に係る圧電体層の変位低下率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明を実施形態に基づいて詳細に説明する。
(実施形態1)
本発明の強誘電体薄膜形成用組成物は、ABOの化学式を有するペロブスカイト構造
の強誘電体薄膜をゾル−ゲル法により形成するための組成物であって、強誘電体薄膜を構
成する有機金属化合物と、水とを少なくとも含むゾルからなる。かかるゾルは、Bサイト
を構成し得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol/kgとしたと
き、2X<Y<5Xを満たすものである。ここでいう未反応水分量とは、加水分解重合反
応に関与せずにゾル中に残存する水の量を指す。
【0020】
ここで、ゾル−ゲル法は、ゾル(コロイド溶液)の塗布、乾燥、焼成を順次行うことで
成膜する方法であり、強誘電体薄膜を比較的低コストで且つ簡便に成膜することができる
。ゾル−ゲル法では、金属アルコキシド等の金属化合物をアルコール等の溶媒に溶解し、
この金属化合物の溶液に水を加え、加水分解及び重縮合させて得た強誘電体薄膜形成用組
成物(ゾル)が用いられる。本発明では、強誘電体薄膜形成用組成物における未反応水分
量を調整することにより、金属アルコキシド等の金属化合物の加水分解重縮合反応の平衡
状態を制御したものである。なお、金属アルコキシドの加水分解重縮合反応の平衡状態は
、以下の式で表される。
【0021】
【数1】

【0022】
金属アルコキシド等の金属化合物の加水分解重縮合反応では、M−O−Mの3次元構造
が形成されるが、本発明の強誘電体薄膜形成用組成物は、加水分解重縮合反応における未
反応の水分量を調整することにより、アモルファス状態のM−O−Mの3次元構造を制御
したものである。従来の強誘電体薄膜形成用組成物は、加水分解及び重縮合させるために
必要最小限の水を添加したものであったが、本発明の強誘電体薄膜形成用組成物は、従来
のものよりも多く水を添加して加水分解重縮合反応後にゾル中に水が残存するようにし、
さらにその未反応水分量を所定の値とするようにすることにより、コロイド溶液の状態に
おいて、M−O−M結合をもった構造を優先的に作製するようにしたものである。このよ
うな強誘電体薄膜形成用組成物を、基板上に塗布して、乾燥、焼成を行うと、結晶化がス
ムーズに進み、また、強誘電体薄膜の結晶中の不純物が低減されて、変位量の低下が抑え
られた強誘電体薄膜を形成することができる。すなわち、変位耐久性の高い強誘電体薄膜
を形成することができる。
【0023】
上述したように、本発明の強誘電体薄膜形成用組成物は、ABOの化学式を有するペ
ロブスカイト構造の強誘電体薄膜をゾル−ゲル法により形成するためのものであり、強誘
電体薄膜を構成する有機金属化合物と、水とを少なくとも含有するゾルからならなる。
【0024】
本発明にかかるゾルは、Bサイトを構成し得る金属の総量(例えば、チタン酸ジルコン
酸鉛(PZT)薄膜を形成するための強誘電体薄膜形成用組成物の場合には、チタン(T
i)及びジルコニウム(Zr)の総量)をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol
/kgとしたとき、2X<Y<5Xを満たすものであり、好ましくは2.3X≦Y<5X
を満たす。すなわち、本発明にかかるゾルは、加水分解に用いられる水だけではなく、余
剰の水を含有するものである。強誘電体薄膜形成用組成物は、ゾルが2X<Y<5Xを満
たすものとすることにより、変位量の低下が抑制された強誘電体薄膜を形成することがで
きる。なお、0<Y≦2Xとなると、変位量の低下が大きい強誘電体薄膜が形成されるも
のとなってしまう。また、Y≧5となると、ゾルの粘度が高くなることにより基板等に塗
布し難くなり、平坦な強誘電体薄膜を形成することができなくなってしまい、厚さにばら
つきのある強誘電体薄膜を形成するものとなってしまう。
【0025】
ゾルにおける未反応水分量の測定方法は特に限定されないが、例えば、微量水分測定装
置(AQ−2100;平沼産業社製)及び自動加熱水分気化装置(EV−2000;平沼
産業社製)を用い、ゾルを120℃に加熱し、蒸発水分をカールフィッシャー電量滴定法
により測定することで算出することができる。
【0026】
ゾルは、強誘電体薄膜を構成する金属として、Pb及びTiを少なくとも含むのが好ま
しく、Pb(鉛)、Zr(ジルコニウム)、及びTi(チタン)を少なくとも含むものが
さらに好ましい。また、さらに他の金属、例えば、Nb(ニオブ)、Mn(マンガン),
Mg(マグネシウム)を含んでいてもよい。ゾルは、これらの金属を含む有機金属化合物
、例えば、金属のメトキシド、エトキシド、プロポキシド、若しくはブトキシド等のアル
コキシド、又はアセテート化合物を含有する。
【0027】
ここで、本発明の強誘電体薄膜形成用組成物により形成されるABOの化学式を有す
るペロブスカイト構造の強誘電体薄膜としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT
)等の強誘電体材料や、これに酸化ニオブ、酸化ニッケル又は酸化マグネシウム等の金属
酸化物を添加したもの等が好適である。具体的には、チタン酸鉛(PbTiO)、チタ
ン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O)、ジルコニウム酸鉛(PbZrO)、チ
タン酸鉛ランタン((Pb,La),TiO)、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン((P
b,La)(Zr,Ti)O)又は、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛(
Pb(Zr,Ti)(Mg,Nb)O)、マンガン酸ビスマス(BiMnO)等が挙
げられる。また、このような強誘電体薄膜形成用組成物は、その組成比がZr/Ti(モ
ル比)=0.4〜0.6を満たしているのが好ましい。また、Pb/(Zr+Ti)=1
.05〜1.3であるのが好ましい。強誘電体薄膜形成用組成物の組成比をこの範囲内に
調整することで、形成される強誘電体薄膜の結晶性を向上させることができる。
【0028】
本発明の強誘電体薄膜形成用組成物は、金属アルコキシドやアセテート化合物等の有機
金属化合物及び水の他に、溶媒と、その他必要に応じて添加される添加物と、を含有する

【0029】
溶媒としては、例えば、酢酸、アルコール等が挙げられる。アルコールとしては、例え
ば、ブタノール、メチルセロソルブ、ブチルセロソルブ、2−n−ブトキシアルコール、
n−ペンチルアルコール、2−フェニルエタノール、2−フェノキシエタノール、メトキ
シエタノール、エチレングリコールモノアセテート、トリエチレングリコール、トリメチ
レングリコール、プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、酢酸イソアミル等を
挙げることができ、これらの溶媒は単独で用いても複数種用いてもよい。
【0030】
また、その他必要に応じて添加される添加物としては、ゾル組成物に含有される金属化
合物を安定化させ、これによりクラックの発生を防止するポリエチレングリコール等の安
定化剤や、増粘剤等が挙げられる。
【0031】
上述した強誘電体薄膜形成用組成物は、ゾルにおける未反応水分量を所定の量とするこ
とにより、変位量の低下が抑制された強誘電体薄膜を形成することができる。
【0032】
以下、本発明の液体噴射ヘッドの製造方法の一例であるインクジェット式記録ヘッドの
製造方法について詳細に説明する。
【0033】
図1は、実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの
概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A'断面図である

【0034】
図示するように、流路形成基板10は、本実施形態ではシリコン単結晶基板からなり、
その一方の面には酸化膜からなる弾性膜50が形成されている。
【0035】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、
流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連
通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及
び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のリザーバー部
31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバーの一部を構成する。
インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧
力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では
、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞
ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向か
ら絞ることでインク供給路を形成してもよい。
【0036】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反
対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や
熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えばガラス
セラミックス、シリコン単結晶基板又はステンレス鋼などからなる。
【0037】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように、弾性膜
50が形成され、この弾性膜50上には、絶縁体膜55が形成されている。さらに、この
絶縁体膜55上には、第1電極60と圧電体層70と第2電極80とが、後述するプロセ
スで積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1
電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子30
0の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12
毎にパターニングして構成する。そして、ここではパターニングされた何れか一方の電極
及び圧電体層70から構成され、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧
電体能動部という。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第
2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆
にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動によ
り変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例で
は、弾性膜50、絶縁体膜55及び第1電極60が振動板として作用するが、勿論これに
限定されるものではなく、例えば、弾性膜50及び絶縁体膜55を設けずに、第1電極6
0のみが振動板として作用するようにしてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に
振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0038】
本実施形態では、圧電素子300は、白金からなる第1電極60と、チタン酸ジルコン
酸鉛(PZT)からなる圧電体層70と、イリジウムからなる第2電極80とからなる。
本実施形態では、第1電極60が白金からなり、第2電極80がイリジウムからなるよう
にしたが、特にこれに限定されず、第1電極60及び第2電極80は、それぞれ、例えば
、ニッケル、銅、ニオブ、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、錫、オスミウム、イ
リジウム、白金、金、ビスマス、もしくはこれらの積層又は合金等の金属材料からなるよ
うにしてもよい。なお、勿論、第1電極60、第2電極80は、これ以外の導電性材料か
ら構成されていてもよい。
【0039】
ここで、圧電体層70は、上記の強誘電体薄膜形成用組成物を用いて形成したものであ
る。詳しくは後述するが、第1電極60上に上記の強誘電体薄膜形成用組成物を塗布し、
焼成することにより形成したものである。これにより、長期間の使用による変位量の低下
が抑えられ、変位耐久性の向上した圧電体層となる。圧電体層70は、一般式ABO
示される酸化物の圧電材料からなるペロブスカイト型構造を有するものである。
【0040】
圧電体層70は、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の強誘電体材料や、これ
に酸化ニオブ、酸化ニッケル又は酸化マグネシウム等の金属酸化物を添加したもの等が好
適である。具体的には、チタン酸鉛(PbTiO)、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Z
r,Ti)O)、ジルコニウム酸鉛(PbZrO)、チタン酸鉛ランタン((Pb,
La),TiO)、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン((Pb,La)(Zr,Ti)O
)又は、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛(Pb(Zr,Ti)(Mg,
Nb)O)等を用いることができる。圧電体層70は、(100)面に優先配向し、a
>cの単斜晶系構造を有するのが好ましい。なお、優先配向とは、結晶の配向方向が無秩
序ではなく、特定の結晶面がほぼ一定の方向に向いている状態をいう。具体的には、「(
100)面に優先配向する」とは、X線回折広角法によって圧電体膜を測定した際に生じ
る(100)面、(110)面及び(111)面の回折強度の比率(100)/((10
0)+(110)+(111))が0.5より大きいことを意味する。また、a、cはそ
れぞれ膜面に平行な方向の格子定数、垂直な方向の格子定数である。
【0041】
また、圧電体層70の厚さについては、製造工程でクラックが発生しない程度に厚さを
抑え、且つ十分な変位特性を呈する程度に厚く形成すればよく、例えば、圧電体層70は
1〜5μmの厚さであるのが好ましい。本実施形態では、圧電体層70は、チタン酸ジル
コン酸鉛(PZT)からなり、(100)面に優先配向している単斜晶系構造のものとし
、1μm前後の厚さで形成した。
【0042】
また、圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端
部近傍から引き出され、絶縁体膜55上にまで延設される、例えば、金(Au)等からな
るリード電極90が接続されている。
【0043】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上には、リザーバー100の
少なくとも一部を構成するリザーバー部31を有する保護基板30が接着剤35を介して
接合されている。このリザーバー部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に
貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板1
0の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバー100
を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割
して、リザーバー部31のみをリザーバーとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板
10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部
材(例えば、弾性膜50、絶縁体膜55等)にリザーバーと各圧力発生室12とを連通す
るインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0044】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻
害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32
は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封
されていても、密封されていなくてもよい。
【0045】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例え
ば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板
10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0046】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられて
いる。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔
33内に露出するように設けられている。
【0047】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路12
0が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路
(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボン
ディングワイヤ等の導電性ワイヤからなる接続配線121を介して電気的に接続されてい
る。
【0048】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプラ
イアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する
材料からなり、この封止膜41によってリザーバー部31の一方面が封止されている。ま
た、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のリザーバー1
00に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、リザ
ーバー100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0049】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドでは、図示しない外部インク供給
手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、リザーバー100からノズル開口2
1に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発
生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性
膜50、絶縁体膜55、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、
各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0050】
ここで、インクジェット式記録ヘッドの製造方法について、図3〜図7を参照して説明
する。なお、図3〜図7は、インクジェット式記録ヘッドの製造方法を示す断面図である

【0051】
まず、図3(a)に示すように、流路形成基板10が複数一体的に形成されるシリコン
ウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリ
コン(SiO)からなる二酸化シリコン膜51を形成する。次いで、図3(b)に示す
ように、弾性膜50(二酸化シリコン膜51)上に、例えば、酸化ジルコニウムからなる
絶縁体膜55を形成する。
【0052】
次いで、図3(c)に示すように、白金からなる第1電極60を絶縁体膜55上に形成
する。第1電極60の形成方法は特に限定されないが、例えば、スパッタリング法、化学
蒸着法(CVD法)、物理蒸着法(PVD法)などが挙げられる。この第1電極60の材
料は、上述したように特に限定されないが、本実施形態のように圧電体層70としてチタ
ン酸ジルコン酸鉛(PZT)を用いる場合には、酸化鉛の拡散による導電性の変化が少な
い材料であることが望ましいため、第1電極60の材料としては白金、イリジウム等が好
適に用いられる。
【0053】
次に、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等からなる圧電体層70を流路形成基板用ウェ
ハー110の全面に形成する。なお、金属有機物を溶媒に溶解・分散したいわゆるゾルを
塗布乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層70を
得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いて圧電体層70を形成した。
【0054】
圧電体層70の具体的な作成手順を説明する。
まず、図4(a)に示すように、第1電極60上に圧電体薄膜形成用組成物71を塗布
する(塗布工程)。この圧電体薄膜形成用組成物71は、圧電体層を構成する有機金属化
合物と水と、溶媒と、その他必要に応じて添加される添加物とを混合して、Bサイトを構
成し得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol/kgとしたとき、
2X<Y<5Xを満たすようにしたゾルからなる。
【0055】
次いで、圧電体薄膜形成用組成物71を熱処理することで、図4(b)に示す非晶質の
圧電体前駆体膜72を形成した。具体的には、圧電体薄膜形成用組成物71を、圧電体薄
膜形成用組成物に含まれる主溶媒の沸点以上の温度に加熱して一定時間乾燥させて圧電体
前駆体膜72を形成する(乾燥工程)。例えば、本実施形態の乾燥工程では、流路形成基
板用ウェハー110上に塗布された圧電体薄膜形成用組成物71を100〜200℃で2
〜30分保持することで乾燥することができる。
【0056】
次に、乾燥工程によって乾燥した圧電体前駆体膜72を所定温度に加熱して一定時間保
持することによって脱脂する(脱脂工程)。本実施形態では、乾燥された圧電体前駆体膜
72を200〜400℃に加熱して約3〜30分保持することで脱脂した。なお、ここで
言う脱脂とは、圧電体前駆体膜72に含まれる有機成分を、例えば、NO、CO、H
O等として離脱させることである。
【0057】
次に、図4(c)に示すように、圧電体前駆体膜72を所定温度に加熱して一定時間保
持することによって結晶化させ、圧電体膜73を形成する(焼成工程)。この焼成工程で
は、圧電体前駆体膜72を550〜800℃に加熱するのが好ましく、本実施形態では、
720℃で5〜30分間加熱を行って圧電体前駆体膜72を焼成して、圧電体膜73を形
成した。
【0058】
なお、このような乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例
えば、ホットプレートや、赤外線ランプの照射により加熱するRTP(Rapid Thermal Pr
ocessing)装置などを用いることができる。
【0059】
次に、図5(a)に示すように、第1電極60上に1層目の圧電体膜73を形成した段
階で、第1電極60及び1層目の圧電体膜73をそれらの側面が傾斜するように同時にパ
ターニングする。これにより、2層目の圧電体膜73を形成する際に、第1電極60及び
1層目の圧電体膜73が形成された部分とそれ以外の部分との境界近傍において、下地の
違いによる2層目の圧電体膜73の結晶性への悪影響を小さく、すなわち、緩和すること
ができる。これにより、第1電極60とそれ以外の部分との境界近傍において、2層目の
圧電体膜73の結晶成長が良好に進み、結晶性に優れた圧電体層70を形成することがで
きる。また、第1電極60及び1層目の圧電体膜73の側面を傾斜させることで、2層目
以降の圧電体膜73を形成する際の付き回りを向上することができる。これにより、密着
性及び信頼性に優れた圧電体層70を形成することができる。なお、第1電極60及び1
層目の圧電体膜73のパターニングは、例えば、イオンミリング等のドライエッチングに
より行うことができる。
【0060】
次に、図5(b)に示すように、1層目の圧電体膜73上を含む流路形成基板用ウェハ
ー110上に、上述した塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を順次繰り返し行う
ことにより、複数層の圧電体膜73からなる厚さ1μmの圧電体層70を形成する。ちな
みに、本実施形態では、圧電体層70が複数層の圧電体膜73で構成されたものを例示し
たが、圧電体層70は、一層の圧電体膜73からなるものであってもよい。
【0061】
次に、複数層の圧電体膜73からなる圧電体層70上に亘ってイリジウム(Ir)から
なる第2電極80を成膜した後、図3(d)に示すように、圧電体層70及び第2電極8
0を、各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして、各圧力発生室12に対向す
る領域にパターニングして圧電素子300を形成する。圧電体層70及び第2電極80の
パターニング方法としては、例えば、反応性イオンエッチングやイオンミリング等のドラ
イエッチングが挙げられる。
【0062】
次に、リード電極90を形成する。具体的には、図6(a)に示すように、流路形成基
板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形
成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子30
0毎にパターニングすることで形成される。
【0063】
次に、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に
、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤
35によって接合する。なお、保護基板30には、リザーバー部31、圧電素子保持部3
2等が予め形成されている。また、保護基板30は、例えば、400μm程度の厚さを有
するシリコン単結晶基板からなり、保護基板30を接合することで流路形成基板10の剛
性は著しく向上することになる。そして、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウェ
ハー110を所定の厚さにする。
【0064】
次いで、図7(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110にマスク膜52を新
たに形成し、所定形状にパターニングする。そして、図7(b)に示すように、流路形成
基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エ
ッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室
12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0065】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の
不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路
形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面にノズル開口21
が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプ
ライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つ
のチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェ
ット式記録ヘッド1とする。
【0066】
以上説明したように、本実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドの製造方法では、
圧電体層を構成する有機金属化合物と、水とを少なくとも含み、Bサイトを構成し得る金
属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol/kgとしたとき、2X<Y<
5Xを満たすゾルからなる圧電体薄膜形成用組成物を用いて圧電体層を形成することによ
り、繰り返し駆動した際の圧電体層の変位量の低下を抑えて、変位耐久性の向上したイン
クジェット式記録ヘッドを製造することができる。すなわち、繰り返し駆動によるインク
吐出量の低下を抑制し、安定した印刷品質を維持することができる液体噴射ヘッドを製造
することができる。
【0067】
なお、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、
本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する
液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例え
ば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等の
カラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(
電界放出ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip
製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0068】
以下、本発明の強誘電体薄膜形成用組成物及びアクチュエーター装置について、各実施
例及び各比較例に基づいて説明する。
【0069】
(参考例1)
まず、Zr(OiPr)と、Ti(OiPr)をメトキシエタノール中で、125
℃で1時間反応させた。このとき、還流せずに流出するものは系外に出した。次に、Pb
(OAc)を添加し、125℃で3時間攪拌し(このとき還流せずに流出するものは系
外に出した)、その後攪拌を続けながら150℃まで昇温し、流出するものは系外に出し
た。
【0070】
そして、メトキシエタノールで、Zr及びTiの総量Xが0.5mol/kgになるよ
うに調整した。その後、Pb(CHCOO)−2CHOCOH溶液を添加し
て、Pbの量が0.6mol/kgとなるように調整して、参考例1の強誘電体薄膜形成
用組成物を作製した。
【0071】
(比較例1)
溶媒の一部を水として、Pbの量が0.6mol/kg、Zr及びTiの総量Xが0.
5mol/kg、水の量が0.5mol/kgとなるようにした以外は参考例1と同様に
して、比較例1の強誘電体薄膜形成用組成物を作製した。
【0072】
(実施例1)
溶媒の一部を水として、Pbの量が0.6mol/kg、Zr及びTiの総量Xが0.
5mol/kg、水の量が1.5mol/kgとなるようにした以外は参考例1と同様に
して、実施例1の強誘電体薄膜形成用組成物を作製した。
【0073】
(実施例2)
溶媒の一部を水として、Pbの量が0.6mol/kg、Zr及びTiの総量Xが0.
5mol/kg、水の量が2.0mol/kgとなるようにした以外は参考例1と同様に
して、実施例2の強誘電体薄膜形成用組成物を作製した。
【0074】
(実施例3)
溶媒の一部を水として、Pbの量が0.6mol/kg、Zr及びTiの総量Xが0.
5mol/kg、水の量が2.5mol/kgとなるようにした以外は参考例1と同様に
して、実施例3の強誘電体薄膜形成用組成物を作製した。
【0075】
(試験例1)
作成から3日後の比較例1及び実施例1〜3の強誘電体薄膜形成用組成物の未反応水分
量を測定した。また、作成から28日後の実施例1〜3の強誘電体薄膜形成用組成物の未
反応水分量を測定した。なお、未反応水分量は、微量水分測定装置(AQ−2100;平
沼産業社製)及び自動加熱水分気化装置(EV−2000;平沼産業社製)を用い、ゾル
を120℃に加熱し、蒸発水分をカールフィッシャー電量滴定法により測定することで算
出した。結果を表1に示す。また、強誘電体薄膜形成用組成物作製後の経過日数と未反応
水分量との関係を示すグラフを図8に示す。
【0076】
【表1】

【0077】
実施例1〜3の強誘電体薄膜形成用組成物は、図8に示すように、作製から3日後の水
分量と、作製から28日後の水分量は、ほとんど変化がないものであった。
【0078】
(参考例2、比較例2、及び実施例4〜6)
参考例1、比較例1及び実施例1〜3の強誘電体薄膜形成用組成物を用いて、参考例2
、比較例2、及び実施例4〜6のアクチュエーター装置を製造した。
【0079】
まず、シリコン基板上に、スパッタリング法により、厚さ170nmの白金からなる第
1電極を形成した。
【0080】
次に、参考例1、比較例1及び実施例1〜3の強誘電体薄膜形成用組成物を用いて、チ
タン酸ジルコン酸鉛(PZT)からなる圧電体層を第1電極上に形成した。ここで、圧電
体層の具体的な作成手順を説明する。まず、第1電極上に強誘電体薄膜形成用組成物を塗
布した(塗布工程)。次いで、強誘電体薄膜形成用組成物を、150℃で2分保持するこ
とにより乾燥させて強誘電体薄膜前駆体膜を形成した(乾燥工程)。次に、乾燥された強
誘電体薄膜前駆体膜を300℃で4分保持することで脱脂した。再び、塗布工程、乾燥工
程及び脱脂工程を繰り返した。次に、強誘電体薄膜前駆体膜を720℃で5分加熱をして
、強誘電体薄膜前駆体膜を焼成して結晶化させ、強誘電体薄膜を形成した。その後は、2
層の強誘電体薄膜を含むシリコン基板上に、上述した塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び
焼成工程を繰り返し行うことにより、12層の強誘電体薄膜からなる厚さ1μmの強誘電
体層を形成した。
【0081】
最後に、12層の強誘電体薄膜からなる強誘電体層上に、スパッタリング法により、イ
リジウム(Ir)からなる厚さ100nmの第2電極を形成して、参考例2、比較例2、
及び実施例4〜6のアクチュエーター装置を製造した。
【0082】
(試験例2)
参考例2、比較例2、及び実施例4〜6のアクチュエーター装置の圧電体層の圧電変位
低下率を算出した。なお、初期の圧電変位量は、ダブルビームレーザー干渉計(アグザク
ト社製)を用い、+20V/um、1kHz、300pulseで測定した。また、劣化
後の圧電変位量は、ダブルビームレーザー干渉計(アグザクト社製)を用い、+20V/
um、50kHz、1×10pulseの条件で圧電体層を劣化させた後、+20V/
um、1kHz、300pulseで測定した。また、圧電変位低下率(%)は、下記式
より求めた。
[式1]
[(初期変位量−劣化後変位量)/初期変位量]×100
結果を図9及び表2に示す。
【0083】
【表2】

【0084】
図9に示すように、未反応水分量YがZr及びTiの総量Xの0.7倍である比較例2
のアクチュエーター装置は、参考例2のアクチュエーター装置よりも変位低下率が高く、
変位耐久性が低いものであった。これに対し、未反応水分量YがZr及びTiの総量Xの
2.3〜4.1倍である実施例4〜6のアクチュエーター装置は、参考例2のアクチュエ
ーター装置よりも変位低下率が低く、変位耐久性が向上していることがわかった。
【0085】
以上より、圧電体薄膜を構成する有機金属化合物と水とを少なくとも混合して、Bサイ
トを構成し得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をYmol/kgとした
とき、2X<Y<5Xを満たすゾルからなるゾル−ゲル法用の圧電体薄膜形成用組成物を
得る工程を具備するアクチュエーター装置の製造方法は、繰り返し駆動した際の変位量の
低下を抑えたアクチュエーター装置を製造することができることがわかった。図9から、
より好ましくは2.3X≦Y<5Xである。
【0086】
(他の実施形態)
本発明の強誘電体薄膜形成用組成物を用いて形成される強誘電体薄膜は、広範なデバイ
ス開発に応用することができ、その用途等は特に限定されないが、上述したヘッドの他に
、例えば、強誘電体メモリー、赤外センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力セン
サー、焦電センサー等の各種センサー、SAWデバイス等の強誘電体膜や、マイクロホン
、発音体、各種振動子、発信子等に搭載される圧電素子、マイクロ液体ポンプに搭載され
る圧電素子等に応用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1 インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 10 流路形成基板、 12
圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 15 連通路、 20 ノズル
プレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 リザーバー部、 32 圧
電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 60 第1電極、 70 圧電体層、
80 第2電極、 90 リード電極、 100 リザーバー、 120 駆動回路、
121 接続配線、 300 圧電素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ABOの化学式を有するペロブスカイト構造の強誘電体薄膜をゾル−ゲル法により形成
するための強誘電体薄膜形成用組成物であって、
強誘電体薄膜を構成する有機金属化合物と、水とを少なくとも含むゾルからなり、
前記ゾルは、Bサイトを構成し得る金属の総量をXmol/kgとし、未反応水分量をY
mol/kgとしたとき、2X<Y<5Xを満たすことを特徴とする強誘電体薄膜形成用
組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の強誘電体薄膜形成用組成物において、前記ゾルは、強誘電体薄膜を構成
する金属として、Pb、Zr、及びTiを含むことを特徴とする強誘電体薄膜形成用組成
物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の強誘電体薄膜形成用組成物において、前記強誘電体薄膜形成用組
成物は、2.3X≦Y<5Xを満たすことを特徴とする強誘電体薄膜形成用組成物。
【請求項4】
液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室が形成された流路形成基板と、前記流路
形成基板上に設けられた第1電極と、前記第1電極上に設けられたABOの化学式を有
するペロブスカイト構造の圧電体層と、前記圧電体層上に設けられた第2電極とを具備し
、各圧力発生室に対応する圧電素子と、を備える液体噴射ヘッドの製造方法であって、
圧電体薄膜形成用組成物を前記第1電極上に塗布し、焼成して圧電体薄膜をゾル−ゲル法
により形成する圧電体薄膜形成工程を行うことにより複数の圧電体薄膜から構成される前
記圧電体層を形成する工程を具備し、
前記圧電体薄膜形成用組成物は、圧電体層を構成する有機金属化合物と、水とを少なくと
も含むゾルからなり、前記ゾルは、Bサイトを構成し得る金属の総量をXmol/kgと
し、未反応水分量をYmol/kgとしたとき、2X<Y<5Xを満たすことを特徴とす
る液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項5】
基板上に設けられた第1電極と、前記第1電極上に設けられたABOの化学式を有する
ペロブスカイト構造の圧電体層と、前記圧電体層上に設けられた第2電極とを具備する圧
電素子を備えるアクチュエーター装置の製造方法であって、
圧電体薄膜形成用組成物を前記第1電極上に塗布し、焼成して圧電体薄膜をゾル−ゲル法
により形成する圧電体薄膜形成工程を行うことにより複数の圧電体薄膜から構成される前
記圧電体層を形成する工程を具備し、
前記圧電体薄膜形成用組成物は、圧電体層を構成する有機金属化合物と、水とを少なくと
も含むゾルからなり、前記ゾルは、Bサイトを構成し得る金属の総量をXmol/kgと
し、未反応水分量をYmol/kgとしたとき、2X<Y<5Xを満たすことを特徴とす
るアクチュエーター装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−142205(P2011−142205A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−1769(P2010−1769)
【出願日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】