説明

自動車搭載用ディーゼルエンジン

【課題】自動車搭載用の、特に低圧縮比(12〜15)のディーゼルエンジン1において、燃料の着火性を確実に確保する。
【解決手段】エンジン1は、少なくとも相対的に低負荷かつ低回転である特定運転状態にあるときに、既燃ガスの一部を気筒11a内に存在させるEGR手段を備える。EGR手段は、少なくともその一部がエンジン1内に形成されかつ、通路長が所定長さ以下のEGR通路51とEGR制御弁51aと制御器10とを含んで構成される。特定運転状態にあるときには、エンジン1は、気筒11a内の全ガス重量Gと燃料の重量Fとの関係が、30≦G/F≦60を満足するように運転され、制御器10は、EGR率が、エンジン1の幾何学的圧縮比εに対して、
(10−α)×(15−ε)+20−α≦EGR率≦60[%]
(但しα=0.2×外気温度[℃])を満たすように、EGR制御弁の開度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、自動車搭載用ディーゼルエンジンに関し、特に幾何学的圧縮比が12以上15以下に設定された、比較的低圧縮比のディーゼルエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
軽油を主体とした燃料が気筒内に供給され、その燃料が圧縮自己着火により燃焼するディーゼルエンジンでは、NOx排出量の低減を目的の1つとして、その幾何学的圧縮比を、例えば15以下といった、比較的低い圧縮比にすることが行われている。つまり、低い圧縮比は気筒内の燃焼を緩慢にし、NOxの生成を抑制する(例えば特許文献1参照)。また、エンジンの低圧縮比化は機械抵抗損失を低減させるため、エンジンの熱効率を向上させる点でも有利である。
【0003】
ところが、ディーゼルエンジンの幾何学的圧縮比を低く設定した場合には、圧縮端温度がその分、低くなってしまうため、例えばエンジンの低負荷かつ低回転の運転領域においては自着火条件を満足し難くなってしまう。また特に、特許文献1にも記載されているように、ディーゼルエンジンにおいては、供給される燃料の性状によって、セタン価が低いほど着火性能が低くなってしまうため、運転条件及び燃料の性状に係る要因が組み合わさったときには、自着火条件がさらに成立し難くなってしまう。このことに関連して特許文献1には、エンジンの始動時に燃料のセタン価を推定し、その推定結果に応じて、グロープラグの温度や燃料噴射時期を変更することで、エンジンの始動性を向上しようとする制御が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、所定の運転領域において圧縮着火燃焼を実行する火花点火式のエンジンにおいて、その圧縮系の劣化により圧縮比が低下したときには、排気弁の閉弁時期を早めて内部EGR量を増量することにより、気筒内温度を高めて着火性を確保しようとする技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−261236号公報
【特許文献2】特開2007−40218号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述したように、ディーゼルエンジンの低圧縮比化を図る上では、そのエンジンの運転条件や、供給される燃料の性状如何に拘わらず、燃料の着火性を確実に確保することが重要である。
【0007】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、自動車搭載用の、特に低圧縮比のディーゼルエンジンにおいて、燃料の着火性を確実に確保することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここに開示する技術は、幾何学的圧縮比が12以上15以下に設定された比較的低圧縮比のディーゼルエンジンにおいて、特に低負荷かつ低回転の運転領域(エンジンの始動時を含む)では、気筒内に既燃ガスを存在させることにより圧縮端温度を高める構成としたものであり、自着火条件を満足させるためには、圧縮端温度を最低限、どれだけ上昇させなければならないか、という観点から、その圧縮端温度の上昇分を達成することのできる、気筒内への既燃ガスの存在量を、外部EGRガスを用いる場合のEGR率や、内部EGRガスを用いる場合の排気弁の閉弁タイミングによって特定した技術である。
【0009】
具体的に、ここに開示するディーゼルエンジンは、自動車に搭載されかつ軽油を主成分とした燃料が供給される気筒を有すると共に、当該気筒の幾何学的圧縮比εが12以上15以下に設定されたエンジン本体と、前記エンジン本体が少なくとも相対的に低負荷かつ低回転である特定運転状態にあるときに、既燃ガスの一部を、前記エンジン本体の気筒内に存在させるEGR手段と、を備える。
【0010】
前記EGR手段は、少なくともその一部が前記エンジン本体の内部に形成されて、排気通路内の既燃ガスの一部を吸気通路に還流させると共に、その通路長が所定長さ以下に設定されたEGR通路と、該EGR通路の途中に介設されかつ、当該EGR通路の既燃ガス流量を調整するEGR制御弁と、該EGR制御弁の開度を制御する制御器と、を含んで構成され、前記エンジン本体は、前記特定運転状態にあるときには、前記気筒内の全ガス重量Gと前記気筒内に供給される燃料の重量Fとの関係G/Fが、30≦G/F≦60を満足するように運転され、前記制御器は、前記エンジン本体が前記特定運転状態にあるときには、前記気筒内の全ガスに対する既燃ガスの体積比(既燃ガス量/気筒内の全ガス量)で定義したEGR率[%]が、前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対して、
(10−α)×(15−ε)+20−α≦EGR率≦60[%] …(1)
を満たすように(但しα=0.2×外気温度[℃])、前記EGR制御弁の開度を制御する。
【0011】
ここで、EGR率は、EGR率=吸気中のCO濃度/排気中のCO濃度×100[%]によって算出される、としてもよい。
【0012】
また、G/F(気筒内の全ガス(既燃ガス+新気)重量/気筒に供給する燃料の重量)は、気筒内温度(燃焼温度)とEGR率とに関連するパラメータの1つであり、このG/Fを30〜60に、つまり、45前後に設定することは、煤やNOx等についての排気エミッション性能等を考慮した場合に、適当な値である。尚、G/Fを45前後に設定することは、空気過剰率λをλ=1.1よりも若干リーンな程度に設定することに相当する。
【0013】
そうして、前記の関係式(1)におけるEGR率の下限値(10−α)×(15−ε)+20−αは、エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対し、自着火条件を満足するために最低限必要なEGR率としての下限値であり、EGR率を当該下限値以上に設定することによって、最低限必要な量の既燃ガス(外部EGRガス)が気筒内に導入されて、自着火条件が満足する程度に圧縮端温度が上昇することになる。
【0014】
ここで、前記の関係式を導出するにあたり設定する自着火条件は、燃料の性状を、着火性能が最も低い性状として設定することが望ましく、前記の関係式(1)は、エンジンに使用され得る限度で最も低いセタン価の燃料を想定して算出している。これによって、セタン価が最も低い燃料が使用される場合でも、前記の関係式(1)を満足する限り、自着火条件を満足させることが可能になる。尚、セタン価が比較的高い燃料が使用される場合には、前記の関係式(1)を満足することによって自着火条件が満足することは、いうまでもない。
【0015】
また、前記関係式(1)におけるEGR率の下限値は、外気温度Tを一定(つまり、αを一定値)とした場合、幾何学的圧縮比εが大きいほど小さくなり、幾何学的圧縮比εが小さいほど大きくなる。すなわち、幾何学的圧縮比εが大きいほど圧縮端温度は高くなるため、自着火条件を満足させるために最低限必要となる圧縮端温度の上昇分は小さくなり、気筒内に導入する既燃ガスの量は少なくてすむ一方で、幾何学的圧縮比εが小さいほど圧縮端温度は低くなるため、自着火条件を満足させるために最低限必要となる圧縮端温度の上昇分は大きくなり、気筒内に導入する既燃ガスの量は多くしなければならない。
【0016】
前記の関係式(1)における、EGR率の上限値である60[%]は、エンジン本体を空気過剰率λ=1.1で運転するとした場合の上限値として設定されている。すなわち、EGR率を60%を超えるように比較的大きく設定したのでは、気筒内に導入される既燃ガスの量が多くなりすぎて、空気過剰率λ=1.1を満足させる上で必要な量の新気が気筒内に入らなくなるのである。
【0017】
こうして、前記の関係式(1)を満足するようにEGR率を設定することにより、エンジンの始動時を含む低負荷かつ低回転の特定運転状態において、また、着火性能の低い燃料であっても、燃料の着火性を確実に確保し得る。このことは、幾何学的圧縮比が12〜15に設定される、比較的低圧縮比のディーゼルエンジンを実現する。この低圧縮比のディーゼルエンジンは、燃焼の緩慢化によりNOx排出を大幅に低減して、高い排気エミッション性能を有すると共に、機械抵抗損失の低減に伴い熱効率が向上することで、燃費性能にも優れたエンジンである。
【0018】
ここで、前記の構成においては、EGR通路の少なくとも一部をエンジン本体内に形成しており、この構成はEGR通路内を既燃ガスが流れるときの放熱を抑制する上で有利な構成である。このことは、可及的に温度の高い既燃ガスを気筒内に導入することを可能にし、圧縮端温度を高める上で有利になる。つまり、幾何学的圧縮比が低いエンジンにおいて、低負荷かつ低回転の特定運転領域での着火性を確実に確保する上で有利になる。これに対し、例えばEGR通路をエンジン本体の外部に露出して形成した従来構成においては、EGR通路内を既燃ガスが流れるときの放熱量が多く、気筒内に導入される既燃ガスの温度が低くなって、圧縮端温度を高める上で不利になる。その結果、幾何学的圧縮比が低いエンジンにおいては、前述のようなEGR率の設定だけでは、着火性を確保することができなくなるのである。
【0019】
この放熱量に関して、前記の関係式(1)におけるEGR率の下限値は、幾何学的圧縮比εを固定した場合は、外気温度Tが高いほど小さくなり、外気温度Tが低いほど大きくなる。つまり、外気温度Tが低いほど、気筒内に導入される新気の温度が低下すると共に、EGR通路内を流れる際の既燃ガスの放熱量が多くなって、気筒内に導入される既燃ガスの温度も低下し易い。このことは、着火性に関して不利になる。このようにEGR通路を介して既燃ガスを気筒内に導入するような、いわゆる外部EGRガスを利用する場合においては、着火性を確保すべくEGR率を設定する際に、外気温度Tが大きく影響するため、EGR率の制御に関しては、関係式(1)のように、外気温度Tをもパラメータの1つとして考慮することが望ましい。
【0020】
前記排気通路の一部は、前記エンジン本体の内部に形成されており、前記EGR通路は、前記エンジン本体内に形成された前記排気通路に接続されている、としてもよい。ここでいう「排気通路」には、エンジン本体のシリンダヘッド内に形成される排気ポートは勿論のこと、例えばシリンダヘッド内に形成された排気ポートを集合させる排気マニホールドも含み得る。
【0021】
この構成は、排気通路の一部及びEGR通路の一部をエンジン本体の内部に形成していることにより、前述したように排気通路及びEGR通路内を流れる際の、既燃ガスの放熱をさらに抑制することが可能になる。このことは、可及的に高い温度の既燃ガスを気筒内に導入して圧縮端温度を高める上で、特に、従来構成のEGR通路においては着火性の確保を実現し得ないような幾何学的圧縮比が比較的低いエンジンにおいて、より一層有利になり得る。
【0022】
前記エンジン本体は、気筒列方向に並んだ複数の気筒を有しており、前記EGR通路の通路長は、前記エンジン本体の前記気筒列方向の長さ以下に設定されている、としてもよい。
【0023】
このことは、EGR通路の通路長を、エンジン本体の外側に配設された従来構成のEGR通路と比べて大幅に短くすることを意味すると共に、エンジン本体の大きさに対応するように、できるだけ短い通路長のEGR通路が設定されることになる。従って、EGR通路内を流れる際の既燃ガスの放熱を抑制して、圧縮端温度を高める上で有利になる。
【0024】
ここに開示する別のエンジンは、EGR手段が、排気通路と前記気筒とを連通させる排気ポートを開閉する排気弁と、前記排気弁の開閉タイミングを制御する制御器と、を含みかつ、当該制御器が、前記排気弁の閉弁タイミングを、上死点よりも所定のクランク角だけ前の排気行程の途中に設定することで、既燃ガスの一部を前記気筒内に残留させるように構成される。
【0025】
そして、前記エンジン本体は、前記特定運転状態にあるときには、前記気筒内の全ガス重量Gと前記気筒内に供給される燃料の重量Fとの関係G/Fが、30≦G/F≦60を満足するように運転され、前記制御器は、前記エンジン本体が前記特定運転状態にあるときには、前記排気弁の閉弁タイミングθ[BTDC°CA]が、前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対して、
16×(15−ε)+20≦θ≦80 [BTDC°CA] …(2)
を満たすように、前記排気弁の閉弁タイミングを制御する。
【0026】
ここで、排気弁の閉弁タイミングは、開き側緩衝部、揚程部、閉じ側緩衝部に区分される排気弁のリフトカーブにおいて揚程部と閉じ側緩衝部との切り換わり時点と定義してもよい。具体的な例としては、排気弁の0.5mmリフト時点を、閉弁タイミングと設定してもよい。
【0027】
前記の関係式(2)に含まれる排気弁の閉弁タイミングθは、早くなればなるほど(圧縮上死点前のクランク角[deg]で表されるθの値が大きくなればなるほど)、排気行程乃至吸気行程において吸気弁及び排気弁の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間が長くなり、気筒内に残留させる既燃ガスの量が増えることになる。つまり、この構成のEGR手段は、内部EGRガスによってEGR率を調整するように構成されており、前記の関係式(2)を満足することは、排気弁の閉弁タイミングθを所定よりも早いタイミングに設定して、所定量以上の既燃ガスを気筒内に残留させることで、圧縮端温度が上昇し、自着火条件が満足することになる。
【0028】
そして、前記の関係式(2)における排気弁の閉弁タイミングθの下限値16×(15−ε)+20は、エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対し、自着火条件を満足するために最低限必要な値としての下限値であり、排気弁の閉弁タイミングθを当該下限値以上に設定することによって、最低限必要な量のガスが気筒内に残留されて、自着火条件が満足する程度に圧縮端温度が上昇することになる。
【0029】
この関係式(2)における閉弁タイミングθの下限値も、前記関係式(1)におけるEGR率の下限値と同様に、幾何学的圧縮比εが大きいほど小さくなり、幾何学的圧縮比εが小さいほど大きくなる特性を有している。また、関係式(2)における、閉弁タイミングθの上限値である80[BTDC°CA]はまた、エンジン本体を空気過剰率λ=1.1で運転するとした場合の上限値として設定されている。
【0030】
こうして、関係式(2)を満足するように、制御器が排気弁の閉弁タイミングを制御することにより、エンジンの始動時を含む低負荷かつ低回転の特定運転状態において、また、着火性能の低い燃料であっても、燃料の着火性を確実に確保し得る。このことは、前記と同様に、幾何学的圧縮比が12〜15に設定される比較的低圧縮比のディーゼルエンジンを実現し、燃焼の緩慢化によりNOx排出を大幅に低減して、高い排気エミッション性能を有すると共に、機械抵抗損失の低減に伴い熱効率が向上することで、高い燃費性能も有する。
【0031】
こうした内部EGRガスを利用して圧縮端温度を高めることは、前述したEGR通路を介した外部EGRガスを利用する場合と比較して、既燃ガスの放熱が無くなる乃至小さくなり、外気温度の影響を小さくし得るという利点がある。その結果、前述したように、EGR通路をエンジン本体の外側に配設する従来構成では、着火性を確保することができないような幾何学的圧縮比が低いエンジンについて、特に有効である。
【0032】
前記排気通路には、排気絞り弁が配設されており、前記制御器は、前記エンジン本体が前記特定運転状態にあって、前記排気絞り弁を所定開度に閉じたときには、前記排気弁の閉弁タイミングθ[BTDC°CA]が、前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対して、
10×(15−ε)+15≦θ≦80[BTDC°CA] …(3)
を満たすように、前記排気弁の閉弁タイミングを制御する、としてもよい。
【0033】
ここで、「排気絞り弁を所定開度に閉じる」ことは、排気が漏れる程度に絞り弁の開度を小さくすることであり、「部分的に開く」と言い換えてもよい。また、エンジン本体の背圧が、絞り弁を開いたとき(又は絞り弁を設けないとき)の背圧よりも高くかつ、理論上設定される排気側の臨界圧力よりも低くなるように、絞り弁を部分的に開く、と定義してもよい。
【0034】
この構成によると、排気絞り弁を閉じることによってエンジン本体の背圧が上昇するため、例えば同一タイミングで排気弁を閉弁した場合でも、排気絞り弁を閉じているときは、排気絞り弁を閉じないとき又は排気絞り弁が無いときよりも既燃ガスの残留量が増えて、EGR率は高くなり得る。つまり、式(2)と式(3)とを比較した場合に、閉弁タイミングの下限値は、式(3)の方が小さくなり得る。これは、幾何学的圧縮比が比較的低いエンジン本体において、より有利になり得る。すなわち、前述したようにエンジン本体の幾何学的圧縮比が小さくなればなるほど、最低限必要なEGR率が高くなり、排気弁をより早い時期に閉弁することが要求されるが、例えば燃焼室の形状特性や、排気弁の閉弁タイミングを変更する機構の特性上、排気弁の閉弁タイミングの最大進角量が、所定量に規制される場合があり得る。そのような場合に、排気絞り弁を閉じることを利用して、排気弁の閉弁タイミングを遅くすることは、比較的低圧縮比のエンジンにおいても、閉弁タイミングの制約を受けることなく必要量の既燃ガスを気筒内に残留させて、着火性を確保することを可能にする。
【発明の効果】
【0035】
以上説明したように、前記の自動車搭載用ディーゼルエンジンによると、幾何学的圧縮比が12以上15以下の比較的低圧縮比のエンジンにおいて、外部EGRガスを用いる場合のEGR率を所定の関係式を満足するように設定したり、内部EGRガスを用いる場合の排気弁の閉弁タイミングを所定の関係式を満足するように設定したりすることで、圧縮端温度が上昇して燃料の着火性を確実に確保し得るため、排気エミッション性能及び燃費性能を共に高めたエンジンが実現する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】ディーゼルエンジンの構成を示す概略図である。
【図2】ディーゼルエンジンの制御に係るブロック図である。
【図3】シリンダヘッド内に設けられたEGR通路を例示するエンジンの概略的な平面図である。
【図4】エンジンの幾何学的圧縮比εとEGR率との関係における圧縮端温度上昇分に係るコンター図であり、内部EGR、外部EGR、従来構成の外部EGRの各例での、着火性確保の条件を満足し得るEGR率の関係を示す図である。
【図5】エンジンの幾何学的圧縮比εとEGR率との関係における圧縮端温度上昇分に係るコンター図であって、外気温度が異なる場合の相違を示す図である。
【図6】図3とは異なるEGR通路の例を示す図3対応図である。
【図7】エンジンの幾何学的圧縮比εと排気弁の閉弁タイミングとの関係における圧縮端温度上昇分に係るコンター図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、実施形態に係るディーゼルエンジンを図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。図1,2は、実施形態に係るエンジン1の概略構成を示す。このエンジン1は、車両に搭載されると共に、軽油を主成分とした燃料が供給されるディーゼルエンジンであって、複数の気筒11a(図1では1つのみ図示)が設けられたシリンダブロック11と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設され、潤滑油が貯溜されたオイルパン13とを有している。エンジン1は、この例では図3に示すように、第1〜第4の4つの気筒11aが一列に並んで配置された直列4気筒エンジンであるが、この直列4気筒エンジンに限定されるものではない。このエンジン1の各気筒11a内には、ピストン14が往復動可能にそれぞれ嵌挿されていて、このピストン14の頂面にはリエントラント形燃焼室14aを区画するキャビティが形成されている。このピストン14は、コンロッド14bを介してクランクシャフト15と連結されている。
【0038】
前記シリンダヘッド12には、各気筒11a毎に吸気ポート16及び排気ポート17が形成されているとともに、これら吸気ポート16及び排気ポート17の燃焼室14a側の開口を開閉する吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ配設されている。図3に概略的に示すように、各気筒11aには、2つの吸気ポート16及び2つの排気ポート17がそれぞれ開口しており、これによって各気筒11aには、2つの吸気弁21及び2つの排気弁22がそれぞれ配設されている。図1では図示を省略するが、これら吸排気弁21,22をそれぞれ駆動する動弁系において、吸気弁側には吸気弁21の開閉タイミングを変更可能な、液圧式又は機械式の吸気バルブタイミング可変機構(Variable Valve Timing:VVT)が設けられ、排気弁側にも同様に、排気弁22の開閉タイミングを変更可能な、液圧式又は機械式のVVTが設けられている(図2の符号71を参照)。
【0039】
また、前記シリンダヘッド12には、燃料を噴射するインジェクタ18と、エンジン1の冷間時に吸入空気を暖めて燃料の着火性を高めるためのグロープラグ19とが設けられている。前記インジェクタ18は、その燃料噴射口が燃焼室14aの天井面から該燃焼室14aに臨むように配設されていて、圧縮行程上死点付近で燃焼室14aに燃料を直接噴射供給するようになっている。
【0040】
前記エンジン1の一側面には、各気筒11aの吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、前記エンジン1の他側面には、各気筒11aの燃焼室14aからの既燃ガス(排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。これら吸気通路30及び排気通路40には、詳しくは後述するが、吸入空気の過給を行う大型ターボ過給機61と小型ターボ過給機62とが配設されている。
【0041】
吸気通路30の上流端部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。一方、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒11a毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒11aの吸気ポート16にそれぞれ接続されている。サージタンク33及び独立通路は、エンジン1の側面に取り付けられる吸気マニホールド34によって構成されている(図3も参照)。
【0042】
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、大型及び小型ターボ過給機61,62のコンプレッサ61a,62aと、該コンプレッサ61a,62aにより圧縮された空気を冷却するインタークーラ35と、前記各気筒11aの燃焼室14aへの吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。このスロットル弁36は、基本的には全開状態とされるが、例えばエンジン1の停止時には、ショックが生じないように全閉状態とされる。
【0043】
こうした吸気側の構成に対して、排気通路40の上流側の部分は、各気筒11a毎に分岐した排気ポート17と、各排気ポート17に接続される独立通路及び該各独立通路が集合する集合部を有する排気マニホールド37と、によって構成されている。この排気マニホールド37は、この例では図3に示すように、エンジン1のシリンダヘッド12の内部に形成されている。
【0044】
この排気通路40における排気マニホールド37よりも下流側には、上流側から順に、小型ターボ過給機62のタービン62b、大型ターボ過給機61のタービン61bと、排気ガス中の有害成分を浄化する排気浄化装置41と、サイレンサ42とが配設されている。
【0045】
この排気浄化装置41は、酸化触媒41aと、ディーゼルパティキュレートフィルタ(以下、フィルタという)41bとを有しており、上流側から、この順に並んでいる。酸化触媒41a及びフィルタ41bは1つのケース内に収容されている。前記酸化触媒41aは、白金又は白金にパラジウムを加えたもの等を担持した酸化触媒を有していて、排気ガス中のCO及びHCが酸化されてCO及びHOが生成する反応を促すものである。また、前記フィルタ41bは、エンジン1の排気ガス中に含まれる煤等の微粒子を捕集するものである。尚、フィルタ41bに酸化触媒をコーティングしてもよい。後述するように、このエンジン1は、低圧縮比化によりNOxの生成を大幅に低減乃至無くしており、NOx触媒の省略を可能にしている。
【0046】
このエンジン1において排気側と吸気側とは、図1では図示を省略するが、既燃ガスの一部を吸気通路30に還流するための排気ガス還流通路(EGR通路)51によって接続されている。このEGR通路51は、エンジン1のシリンダヘッド12内に形成されている。具体的には図3に示すように、エンジン1の気筒列方向の略中央位置において、EGR通路51の一端が、シリンダヘッド12内に形成された排気マニホールド37に接続されており、そのEGR通路51は、第2気筒と第3気筒との間に相当する位置において、シリンダヘッド12内を、気筒列に直交する方向に吸気側に向かって延びて形成されている。そうして、EGR通路51の他端が、エンジン1に取り付けられた吸気マニホールド34内に配置されている。これにより、図3に一点鎖線で示すEGR通路51の通路長は、大凡、エンジン1の気筒列に直交する方向の長さと等しくなり、エンジン1の気筒列方向の長さ以下に設定される。このEGR通路51の通路長は、例えば図3に仮想的に示すように、エンジン1の外側に配設された従来のEGR通路52よりも大幅に短い。このようにシリンダヘッド12内にEGR通路51を形成することは、その通路を通過しているときの既燃ガスの放熱を抑制し、既燃ガスを、高い温度を維持したまま気筒11a内に導入することが可能になるという利点がある。尚、EGR通路51の途中には、既燃ガスの気筒11a内への導入量を調整するためのEGR制御弁51aが配設されている。
【0047】
大型ターボ過給機61は、吸気通路30に配設された大型コンプレッサ61aと、排気通路40に配設された大型タービン61bとを有している。大型コンプレッサ61aは、吸気通路30におけるエアクリーナ31とインタークーラ35との間に配設されている。一方、大型タービン61bは、排気通路40における排気マニホールドと酸化触媒41aとの間に配設されている。
【0048】
小型ターボ過給機62は、吸気通路30に配設された小型コンプレッサ62aと、排気通路40に配設された小型タービン62bとを有している。小型コンプレッサ62aは、吸気通路30における大型コンプレッサ61aの下流側に配設されている。一方、小型タービン62bは、排気通路40における大型タービン61bの上流側に配設されている。
【0049】
すなわち、吸気通路30においては、上流側から順に大型コンプレッサ61aと小型コンプレッサ62aとが直列に配設され、排気通路40においては、上流側から順に小型タービン62bと大型タービン61bとが直列に配設されている。これら大型及び小型タービン61b,62bが排気ガス流により回転し、これら大型及び小型タービン61b,62bの回転により、該大型及び小型タービン61b,62bとそれぞれ連結された前記大型及び小型コンプレッサ61a,62aがそれぞれ作動する。
【0050】
小型ターボ過給機62は、相対的に小型のものであり、大型ターボ過給機61は、相対的に大型のものである。すなわち、大型ターボ過給機61の大型タービン61bの方が小型ターボ過給機62の小型タービン62bよりもイナーシャが大きい。
【0051】
そして、吸気通路30には、小型コンプレッサ62aをバイパスする小型吸気バイパス通路63が接続されている。この小型吸気バイパス通路63には、該小型吸気バイパス通路63へ流れる空気量を調整するための小型吸気バイパス弁63aが配設されている。この小型吸気バイパス弁63aは、無通電時には全閉状態(ノーマルクローズ)となるように構成されている。
【0052】
一方、排気通路40には、小型タービン62bをバイパスする小型排気バイパス通路64と、大型タービン61bをバイパスする大型排気バイパス通路65とが接続されている。小型排気バイパス通路64には、該小型排気バイパス通路64へ流れる排気量を調整するためのレギュレートバルブ64aが配設され、大型排気バイパス通路65には、該大型排気バイパス通路65へ流れる排気量を調整するためのウエストゲートバルブ65aが配設されている。レギュレートバルブ64a及びウエストゲートバルブ65aは共に、無通電時には全開状態(ノーマルオープン)となるように構成されている。
【0053】
このように構成されたディーゼルエンジン1は、パワートレイン・コントロール・モジュール(以下、PCMという)10によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェース及びこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。このPCM10が制御装置を構成する。PCM10には、図2に示すように、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW1、サージタンク33に取り付けられて、燃焼室14aに供給される空気の圧力を検出する過給圧センサSW2、吸入空気の温度を検出する吸気温度センサSW3、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW4、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW5、及び、排気中の酸素濃度を検出するO2センサSW6の検出信号が入力され、これらの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによってエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じてインジェクタ18、グロープラグ19,VVT71、各種の弁36、51a、63a、64a、65aのアクチュエータへ制御信号を出力する。
【0054】
そうして、このエンジン1は、その幾何学的圧縮比を12以上15以下とした、比較的低圧縮比となるように構成されており、これによって排気エミッション性能の向上及び熱効率の向上を図るようにしている。一方で、幾何学的圧縮比を低く設定することに伴い、特に低負荷かつ低回転側の運転領域においては圧縮端温度が低くなり、自着火し難くなる虞があると共に、エンジン1に供給される燃料の性状によっては(例えばセタン価の低い燃料では)、自着火条件を満足しなくなる虞がある。
【0055】
そこで、このエンジン1では、前述したEGR通路51を通じて既燃ガスの還流を行い、これによって、少なくともエンジン1の低負荷かつ低回転側の特定運転状態では、比較的大量の外部EGRガスを気筒11a内に導入して圧縮端温度を高めるようにしている。
特に低圧縮比エンジン1では、その運転条件や燃料の性状に拘わらず、燃料の着火性を確実に確保するために、エンジン1の幾何学的圧縮比に応じて、着火性の確保に必要となるEGR率を設定している点が特徴的である。ここで、低負荷かつ低回転側の特定運転状態には、エンジン1の始動時が含まれ、この始動時はまた、エンジン1の始動から、エンジン1が吹き上がって回転が安定し、さらにエンジン1の水温が上昇し始めるまで(水温が40〜50℃程度になるまで)の期間を含む。以下、この特徴的なエンジン1の制御について、図を参照しながら説明する。
【0056】
図4は、エンジン1の幾何学的圧縮比ε(横軸)とEGR率との関係によって決定される圧縮端温度の上昇分の大きさ(ΔT)に係るコンター図(等値線図)を示している。つまり、エンジン1の幾何学的圧縮比εに対しEGR率をどう設定すれば、どの程度の圧縮端温度の上昇が見込めるかを示す図であり、EGR率を変更しながら、後述するように所定のエンジン1の運転条件下で、エンジン1の幾何学的圧縮比毎に、圧縮端温度を推定演算することによって得られたものである。基本的には、EGR率が高いほど、気筒11a内の全ガスに対する高温の既燃ガスの割合が増えるため圧縮端温度が高まり、EGR率が低いほど圧縮端温度が低下することになる。図4における破線は、温度上昇分の等温度線を示している。ここで図4には、後述するように、内部EGRを利用する場合、図3に示す短いEGR通路51による外部EGRを利用する場合、及び、図3に仮想的に示す従来のEGR通路52による外部EGRを利用する場合の3つの例が含まれており、ΔT1〜ΔT4の等温度線が示す温度はそれぞれの例で異なる。つまり、内部EGRを利用する場合、ΔT1=80K、ΔT2=60K、ΔT3=40K、ΔT4=20Kであり、図3に示す短いEGR通路51による外部EGRを利用する場合、ΔT1=60K、ΔT2=45K、ΔT3=30K、ΔT4=15Kであり、図3に仮想的に示す従来のEGR通路52による外部EGRを利用する場合、ΔT1=20K、ΔT2=15K、ΔT3=10K、ΔT4=5Kである。
【0057】
そうして図4に示す太実線はそれぞれ、相対的に低負荷かつ低回転側の所定のエンジン1の運転条件下で(前述の特定運転状態に対応する)、自着火条件を満足するために必要最低限のEGR率を示している。先ず参考例として、
y=9×(15−ε)+18 …(4a)
は、既燃ガスをEGR通路を介さずに気筒11a内に残留させる、いわゆる内部EGRを利用すると共に、エンジン1をG/Fが30〜60(つまり、45前後)となるように運転した場合に導出されたEGR率の下限値を示している。この下限値以上となるように、EGR率を設定することによって自着火条件が満足する。ここで、「G」は、気筒内の全ガス重量(既燃ガス+新気)であり、「F」は気筒内に供給する燃料量(重量)である。G/Fは、気筒内温度(燃焼温度)とEGR率とに関連するパラメータの1つであり、このG/Fを30〜60に、つまり、45前後に設定することは、煤やNOx等についての排気エミッション性能等を考慮した場合に、適当な値である。尚、G/Fを45前後に設定することは、空気過剰率λをλ=1.1よりも若干リーンな程度に設定することに相当する。
【0058】
この下限値以上にEGR率を設定することによって、気筒11a内に導入される既燃ガスの量が所定量以上となって圧縮端温度の上昇分を所定値以上にすることが可能になり、自着火条件を満足するようになる。ここで、この下限値を算出する上で必要となる自着火条件は、着火性能が最も低い性状の燃料(セタン価が最も低い燃料)を基準に設定される。こうすることで、セタン価が最も低い燃料が使用される場合においても、自着火条件を満足させることができるのである。尚、セタン価がそれよりも高い燃料が使用される場合は、自着火条件がその分下がるため、当然に自着火条件を満足するようになる。
【0059】
ここで前記の式(4a)で示される下限値は、幾何学的圧縮比εが大きいほど小さくなり、幾何学的圧縮比εが小さいほど大きくなる。すなわち、幾何学的圧縮比εが大きいほど圧縮端温度は高くなるため、自着火条件を満足させるために最低限必要となる圧縮端温度の上昇分は小さくなり、必要な既燃ガスの量は少なくてすみ、EGR率は低くなる一方で、幾何学的圧縮比εが小さいほど圧縮端温度は低くなるため、自着火条件を満足させるために最低限必要となる圧縮端温度の上昇分は大きくなり、既燃ガスの量を多くしなければならず、EGR率は高くなる。
【0060】
また、EGR率を高めるほど、温度の高い既燃ガスの割合が増えて圧縮端温度を高める上では有利になり得るが、既燃ガスの量を増やすことは気筒11a内に導入される新気の量を減らすことにもなる。そのため、EGR率の上限値は、エンジン1を所定の空気過剰率λで運転させる上で必要な新気量を確保するという観点から設定され得る。図4に示すEGR率=60%の太実線は、空気過剰率λ=1.1を維持するために設定されるEGR率の上限値であり、これはエンジン1の幾何学的圧縮比とは無関係であるため、幾何学的圧縮比の大きさに拘わらず一定になる。
【0061】
従って、前記の式(4a)から、内部EGRを利用する場合には、EGR率[%]が、
9×(15−ε)+18≦EGR率≦60[%] …(4)
を満足するようにすれば、当該エンジン1は、低圧縮比であっても自着火条件を満足し、エンジン1の運転状態や燃料の性状に拘わらず、燃料の着火性を確実に確保することが可能になる。
【0062】
このように内部EGRを利用する場合に対して、外部EGRを利用する場合は、EGR通路を流れる間の放熱によって既燃ガスの温度が低下するから、その分、着火性を確保するために必要となるEGRガス量は増えることになる。つまり、EGR率の下限値が高くなる。図4において、
y=12×(15−ε)+22 …(5a)
の式は、図3に示すように、シリンダヘッド12内に、可及的に短いEGR通路51を形成して外部EGRガスを利用する場合に必要となるEGR率の下限値である。この例において、EGR通路51の通路長は200〜250mm程度である。この(5a)の式は、前述した内部EGRを利用する場合の、EGR率(x)と気筒11a内の温度上昇(y)との関係における昇温特性を、所定の傾き(a)の一次式で仮定した場合に(y=ax)、前述した放熱により、気筒11a内の温度上昇が75%低下する(傾きが0.75×aになる)と仮定して算出した値である。式(4a)(5a)の比較から、前述の通り、外部EGRを利用する場合は、内部EGRを利用する場合と比べてEGR率の下限値は高くなり、図3に示すEGR通路51を利用する場合は、
12×(15−ε)+22≦EGR率≦60 [%] …(5)
を満足するように、PCM10がEGR制御弁51aの制御を行うことにより、当該エンジン1は、低圧縮比であっても自着火条件を満足し、エンジン1の運転状態や燃料の性状に拘わらず、燃料の着火性を確実に確保することが可能になる。
【0063】
また比較例として、図4の、
y=36×(15−ε)+30 …(6a)
の式は、図3に一点鎖線で示すように、EGR通路52をエンジン1の外側に設けた場合、言い換えると、従来のEGR通路構成を利用した場合の、EGR率の下限値である。この場合、EGR通路52が外部に露出していること、及び、その通路長が800〜1000mm程度で比較的長いことが相俟って放熱量が大きくなり、既燃ガスの温度低下が大きくなる。そこで、この従来のEGR通路構成の式(6a)は、気筒11a内の温度上昇分が放熱により25%に低下する(傾きが0.25×a)と仮定して導出している。従って、従来のEGR通路構成では、
36×(15−ε)+30≦EGR率≦60 [%] …(6)
を満足するようにEGR率を設定しなければならない。ここで、図4において明らかなように、幾何学的圧縮比が14以下のエンジン1では、EGR率をどのように設定しようとも着火性を確保し得ない。つまり、従来の外部EGR通路構成は、幾何学的圧縮比が比較的低いエンジン1においては、着火性の確保のために利用することができない。このことは、図3に示すEGR通路51のように、EGR通路の少なくとも一部をエンジン1の内部に形成する構成、及び/又は、EGR通路の通路長を短くすることによって既燃ガスの温度低下を抑制し、熱い既燃ガスを気筒11a内に導入するようにした構成は、比較的低圧縮比のディーゼルエンジン1において、低負荷かつ低回転の特定運転状態にあるときの着火性の確保に、有効に利用することが可能である、と言い換えることができる。
【0064】
ところで、ディーゼルエンジン1においては、外気温度が着火性に影響し、前述したように外部EGRガスを利用して着火性を確保しようとしたときには、外気温度の高低によって、EGR通路における放熱量が変化するため、着火性への影響が大きくなる。さらにまた、低圧縮比のエンジン1において、比較的大量の既燃ガスを気筒11a内に導入しようとするときには、低外気温による既燃ガスの温度低下は、着火性に与える影響が、より一層大きくなり得る。例えば図5は、図3に示すEGR通路51を利用した場合において、外気温度を、−30℃、−10℃、10℃にそれぞれ変更した場合の、エンジン1の幾何学的圧縮比εに対するEGR率の下限値の関係を示している。外気温度が低ければ低いほど着火性に関して不利になるから、着火性の確保のために必要なEGR率の下限値は、高くなる。ここで、外気温度をパラメータTとすると、式(5a)は、
y=(10−α)×(15−ε)+20−α …(5b)
に書き換えられる。但しα=0.2×T[℃]である。従って、図3に示すEGR通路51を利用する場合には、EGR率が、
(10−α)×(15−ε)+20−α≦EGR率≦60[%] …(1)
を満足するように、EGR制御弁51aを設定することにより、低圧縮比エンジン1において、外気温度の高低に拘わらず、着火性を確実に確保することが可能になる。
【0065】
尚、EGR通路51の構成は、図3に示す構成に限定されず、別の構成として図6に示すような構成を採用することが可能である。この構成例は、シリンダヘッド12における第2気筒と第3気筒との間の位置にEGR通路を配設するのではなく、シリンダヘッド12の後端部(図6における左端部)に、EGR通路53の一部を配設している。つまり、EGR通路53は、図3に示すエンジン1と同様にシリンダヘッド12内に形成した排気マニホールド37の後端から、第4気筒の側方を通って吸気側へと延び、そこから吸気マニホールド34の略中央位置まで、気筒列方向に延びるように配設されている。このようなEGR通路53においては、EGR制御弁51aは、図6に例示するように、シリンダヘッド12における吸気側の隅部に配置してもよい。図6の構成例では、EGR通路53の長さが400〜450mm程度に設定され、エンジン1の気筒列方向の長さ以下に設定されるものの、図3に示すEGR通路51よりも長くなる。また、EGR通路53の一部はシリンダヘッド12の外に形成されることで、図3の構成例よりも、EGR通路53を流れる際の既燃ガスの放熱量は多くなり得る。しかしながら、図3において仮想的に示す従来のEGR通路52の構成と比較した場合には、放熱量が大幅に抑制されるため、前述したように、幾何学的圧縮比が比較的低いエンジン1において、低負荷かつ低回転の特定運転状態で確実な着火性を確保することが可能である。
【0066】
尚、図示は省略するが、シリンダヘッド12内に形成するEGR通路の例としては、例えば排気側と吸気側とのポート同士を互いにつなぐような構成を採用してもよい。
【0067】
(実施形態2)
実施形態1では、EGR通路51,53を介して既燃ガスを気筒11a内に導入することで所望のEGR率を達成し、その着火性を確保するようにしていたが、これとは異なり、内部EGRガスによって所望のEGR率を達成し着火性を確保することも可能である。内部EGRの実現に際しては種々な方法を採用し得るが、ここでは、排気弁22の早閉じによって内部EGRを実現する。つまり、排気行程乃至吸気行程において吸気弁21及び排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて、既燃ガスを気筒11a内に残留させる。
【0068】
この実施形態2においては、図1及び図2に仮想的に示している排気シャッターバルブ43が、排気通路40上の排気浄化装置41とサイレンサ42との間に配設されている。この排気シャッターバルブ43は、PCM10によってその開度が制御され、通常時は開いているが、後述するように、この例では、エンジン1の低負荷かつ低回転の特定運転状態(エンジンの始動時を含む)において閉じられる場合がある。また、この実施形態2においては、図3、6に示すようなシリンダヘッド12内に形成したEGR通路51,53の代わりに、図3に仮想的に示す従来構成のEGR通路52が設けられている。但し、図3又は図6に示すようなシリンダヘッド12内に形成したEGR通路51又は53としてもよい。
【0069】
図7は、エンジン1の幾何学的圧縮比ε(横軸)と、排気弁22の閉弁タイミング(縦軸)との関係によって決定される圧縮端温度の上昇分の大きさ(ΔT)を示すコンター図である。ここで排気弁22の閉弁タイミングは、排気上死点に対するBTDC°CAで示される。この閉弁タイミングは、開き側緩衝部、揚程部、閉じ側緩衝部に区分される排気弁22のリフトカーブにおいて、揚程部と閉じ側緩衝部との切り換わり時点を、閉弁タイミングと定義してもよい。より具体的には、0.5mmリフト時点を、排気弁22の閉弁タイミングと設定してもよい。閉弁タイミングが早いほど(縦軸の数値が大きいほど)、排気弁22が早期に閉じて気筒11a内に残る既燃ガスの量が増えるため、EGR率が高くなる。つまり、圧縮端温度を高める上では有利になり、逆に、閉弁タイミングが遅いほど(縦軸の数値が小さいほど)、排気弁22の閉じるタイミングが遅くなり気筒11a内に残る既燃ガスの量が減るため、EGR率は低くなる。
【0070】
同図において、排気弁22の閉弁タイミングが80BTDC°CAの太実線は、前述の通り、エンジン1を空気過剰率λ=1.1で運転する場合のEGR率の上限値に相当する閉弁タイミングである。また、図7において、
y=16×(15−ε)+20 …(2a)
の式は排気弁22の閉弁タイミングの下限値を示している。この下限値は、スロットル弁36を絞らずかつ、排気シャッターバルブ43を閉じない条件下での下限値である。スロットル弁36を絞らないことにより吸気負圧が減るため、EGR通路52を介して気筒11a内の導入される外部EGRガス量は相対的に少なくなるから、要求されるEGR率を達成するために内部EGRガス量を増やさなければならない。また、排気シャッターバルブ43を閉じない条件下では、エンジン1の背圧が低いため、排気弁22の閉弁タイミングを早めないと必要量の既燃ガスを気筒11a内に残存させることができなくなる。従って、スロットル弁36を絞らずかつ、排気シャッターバルブ43を閉じない条件下では、排気弁22の閉弁タイミングは比較的早く設定されることになる。
【0071】
また、図7において、
y=6×(15−ε)+10 …(7)
の式は、排気側の圧力を、理論上の臨界圧力と仮定した場合の、排気弁22の閉弁タイミングの下限値である。これに対し、実用的な場合として、排気シャッターバルブ43を、排気が漏れる程度に閉じたとき(排気シャッターバルブ43を部分的に開いているときと言い換えることも可能であり、この状態を以下においては単に、排気シャッターバルブ43を閉じたとき、という)の閉弁タイミングの下限値は、図7において、
y=10×(15−ε)+15 …(3a)
で示される。式(2a)と式(3a)との比較より、排気シャッターバルブ43を閉じてエンジン1の背圧を高めることにより、排気弁22の閉弁タイミングが同じであっても気筒内に残存する既燃ガスの量は増加するから、排気シャッターバルブ43を閉じたときは、排気シャッターバルブ43を開いているときと比較して、排気弁22の閉弁タイミングの下限値を遅くし得ることになる。このことは特に、エンジン1の幾何学的圧縮比が低くなるほどEGR率を高める必要があるため、有利になる。つまり、吸気側及び排気側のVVT71の機構上の制約により、排気弁22の、進角側の閉弁タイミングは、所定のタイミングに規制されると共に、シリンダヘッド12の底面形状やピストン14の頂面形状によって規定される燃焼室の形状に基づき、排気弁22とピストン14との干渉を回避するためにも、排気弁22の、進角側の閉弁タイミングは、所定のタイミングに規制される。ここで、排気弁22の閉弁タイミングの限界が、例えば40BTDC°CAであると仮定する。この場合において、幾何学的圧縮比εが例えば14のエンジンでは、式(2a)の下限値は、40BTDC°CA以下になるため、排気シャッターバルブ43を閉じなくても(又は、排気シャッターバルブ43が無くても)、排気弁22の閉弁タイミングの制御のみで所望の圧縮端温度を達成して、着火性を確保することが可能になる。これに対し、幾何学的圧縮比εが例えば13のエンジンでは、式(2a)の下限値は、40BTDC°CAを超えるため、排気弁22の閉弁タイミングの制御のみでは、所望の圧縮端温度を達成することができない。この場合、排気シャッターバルブ43を閉じて、要求される閉弁タイミングの下限値を下げることは、着火性を確保すること上で、極めて有効である。すなわち、排気シャッターバルブ43の制御と、排気弁22の閉弁タイミングの制御との組み合わせは、特に幾何学的圧縮比が低いエンジン1において、低負荷かつ低回転の特定運転状態での着火性を確保する上で、有効である。
【0072】
従って、排気シャッターバルブ43を開いている条件下では、式(2a)から、
16×(15−ε)+20≦θ≦80 [BTDC°CA] …(2)
を満たすように、排気弁22の閉弁タイミングを制御すればよい。これに対し、排気シャッターバルブ43を閉じている条件下では、式(3a)から
10×(15−ε)+15≦θ≦80 [BTDC°CA] …(3)
を満たすように、排気弁22の閉弁タイミングを制御すればよい。
【0073】
尚、このように内部EGRガスを利用する場合は、比較的大量の既燃ガスを気筒11a内に導入していて、新気の割合が比較的少ないこと、及び、既燃ガスの放熱がほとんどないこと、から、着火性に対する外気温度の影響は比較的小さい。つまり、外気温度が変化しても、排気弁22の閉弁タイミングの下限値の変化は、比較的小さい。
【0074】
前述したようにEGR制御弁51aの制御を通じてEGR率を所定範囲に設定することや、排気弁22の閉弁タイミングを所定のタイミングに設定することにより、圧縮比12〜15といった比較的低圧縮比のディーゼルエンジン1において、仮に着火性の低い、低セタン価の燃料が供給されるような場合であっても、エンジン1の運転領域に拘わらず確実な着火性を確保し得る。このことは、ディーゼルエンジン1の低圧縮比化による緩慢燃焼を実現して、NOx排出量を低減乃至無くし、煤の抑制と共に排気エミッション性能を向上させ得る。その結果、前述したようにNOx触媒を省略し得るようになる。また、エンジン1の低圧縮比化は、機械抵抗損失を低減させて熱効率を高め得る結果、燃費性能も向上する。
【符号の説明】
【0075】
1 ディーゼルエンジン(エンジン本体)
10 PCM(制御器)
11a 気筒
12 シリンダヘッド
17 排気ポート(排気通路)
22 排気弁
30 吸気通路
34 吸気マニホールド(吸気通路)
37 排気マニホールド(排気通路)
43 排気シャッターバルブ(排気絞り弁)
51 EGR通路
51a EGR制御弁
53 EGR通路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車に搭載されかつ軽油を主成分とした燃料が供給される気筒を有すると共に、当該気筒の幾何学的圧縮比εが12以上15以下に設定されたエンジン本体と、
前記エンジン本体が少なくとも相対的に低負荷かつ低回転である特定運転状態にあるときに、既燃ガスの一部を、前記エンジン本体の気筒内に存在させるEGR手段と、を備え、
前記EGR手段は、少なくともその一部が前記エンジン本体の内部に形成されて、排気通路内の既燃ガスの一部を吸気通路に還流させると共に、その通路長が所定長さ以下に設定されたEGR通路と、該EGR通路の途中に介設されかつ、当該EGR通路の既燃ガス流量を調整するEGR制御弁と、該EGR制御弁の開度を制御する制御器と、を含んで構成され、
前記エンジン本体は、前記特定運転状態にあるときには、前記気筒内の全ガス重量Gと前記気筒内に供給される燃料の重量Fとの関係G/Fが、30≦G/F≦60を満足するように運転され、
前記制御器は、前記エンジン本体が前記特定運転状態にあるときには、前記気筒内の全ガスに対する既燃ガスの体積比(既燃ガス量/気筒内の全ガス量)で定義したEGR率[%]が、前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対して、
(10−α)×(15−ε)+20−α≦EGR率≦60 [%] (但しα=0.2×外気温度[℃])
を満たすように、前記EGR制御弁の開度を制御する自動車搭載用ディーゼルエンジン。
【請求項2】
請求項1に記載の自動車搭載用ディーゼルエンジンにおいて、
前記EGR率は、
EGR率=吸気中のCO濃度/排気中のCO濃度×100 [%]
によって算出される自動車搭載用ディーゼルエンジン。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の自動車搭載用ディーゼルエンジンにおいて、
前記排気通路の一部は、前記エンジン本体の内部に形成されており、
前記EGR通路は、前記エンジン本体内に形成された前記排気通路に接続されている自動車搭載用ディーゼルエンジン。
【請求項4】
請求項3に記載の自動車搭載用ディーゼルエンジンにおいて、
前記エンジン本体は、気筒列方向に並んだ複数の気筒を有しており、
前記EGR通路の通路長は、前記エンジン本体の前記気筒列方向の長さ以下に設定されている自動車搭載用ディーゼルエンジン。
【請求項5】
自動車に搭載されかつ軽油を主成分とした燃料が供給される気筒を有すると共に、当該気筒の幾何学的圧縮比εが12以上15以下に設定されたエンジン本体と、
前記エンジン本体が少なくとも相対的に低負荷かつ低回転である特定運転状態にあるときに、既燃ガスの一部を、前記エンジン本体の気筒内に存在させるEGR手段と、を備え、
前記EGR手段は、排気通路と前記気筒との間に介設された排気弁と、前記排気弁の開閉タイミングを制御する制御器と、を含みかつ、当該制御器が、前記排気弁の閉弁タイミングを、上死点よりも所定のクランク角だけ前の排気行程の途中に設定することで、既燃ガスの一部を前記気筒内に残留させるように構成され、
前記エンジン本体は、前記特定運転状態にあるときには、前記気筒内の全ガス重量Gと前記気筒内に供給される燃料の重量Fとの関係G/Fが、30≦G/F≦60を満足するように運転され、
前記制御器は、前記エンジン本体が前記特定運転状態にあるときには、前記排気弁の閉弁タイミングθ[BTDC°CA]が、前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対して、
16×(15−ε)+20≦θ≦80 [BTDC°CA]
を満たすように、前記排気弁の閉弁タイミングを制御する自動車搭載用ディーゼルエンジン。
【請求項6】
請求項5に記載の自動車搭載用ディーゼルエンジンにおいて、
前記排気通路には、排気絞り弁が配設されており、
前記制御器は、前記エンジン本体が前記特定運転状態にあって、前記排気絞り弁を所定開度に閉じたときには、前記排気弁の閉弁タイミングθ[BTDC°CA]が、前記エンジン本体の幾何学的圧縮比εに対して、
10×(15−ε)+15≦θ≦80 [BTDC°CA]
を満たすように、前記排気弁の閉弁タイミングを制御する自動車搭載用ディーゼルエンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−140917(P2012−140917A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−396(P2011−396)
【出願日】平成23年1月5日(2011.1.5)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】