説明

記憶素子、記憶装置

【課題】スピントルク型磁気メモリにおいて、異方性エネルギーを大きくし、微細化しても十分な熱揺らぎ耐性を有するようにする。
【解決手段】記憶素子は、膜面に対して垂直な磁化を有し、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層と、記憶層に記憶された情報の基準となる、膜面に対して垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層とにより、MTJ構造を持つ。これに加え、記憶層に隣接する、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、保磁力強化層に隣接する酸化物によるスピンバリア層を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、強磁性層の磁化状態を情報として記憶する記憶層と、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有し、電流を流すことにより記憶層の磁化の向きを変化させる記憶素子及びこの記憶素子を備えた記憶装置に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0002】
【特許文献1】特開2004−193595号公報
【特許文献2】特開2009−81215号公報
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Nature Materials,Vol9,p.721(2010).
【背景技術】
【0004】
コンピュータなどでの情報機器ではランダム・アクセス・メモリとして、動作が高速で、高密度なDRAM(Dynamic Random Access Memory)が広く使われている。しかし、DRAMは電源を切ると情報が消えてしまう揮発性メモリであるため、情報が消えない不揮発のメモリが望まれている。
【0005】
不揮発メモリの候補として、磁性体の磁化で情報を記憶する磁気ランダム・アクセス・メモリ(MRAM:Magnetic Random Access Memory)が注目され、開発が進められている。MRAMの記憶を行う方法としては、例えば上記特許文献1のように記憶を担う磁性体の磁化を2つの磁性体間を流れるスピントルクで反転させる、スピントルク磁化反転の記憶素子が比較的構造が簡単で、書き換え回数が大きいので注目されている。
【0006】
スピントルク磁化反転の記憶素子は、MRAMと同じくMTJ(Magnetic Tunnel Junction)により構成されている場合が多い。この構成は、ある方向に固定された磁性層を通過するスピン偏極電子が、他の自由な(方向を固定されない)磁性層に進入する際にその磁性層にトルクを与えること(これをスピントランスファトルクとも呼ぶ)を利用したもので、あるしきい値以上の電流を流せば自由磁性層が反転する。0/1の書換えは電流の極性を変えることにより行う。
この反転のための電流の絶対値は0.1μm程度のスケールの素子で1mA以下である。 しかもこの電流値が素子体積に比例して減少するため、スケーリングが可能である。さらに、MRAMで必要であった記憶用電流磁界発生用のワード線が不要であるため、セル構造が単純になるという利点もある。
【0007】
以下、スピントルク磁化反転を利用したMRAMを、「スピントルク型MRAM」又は「ST−MRAM(Spin Torque-Magnetic Random Access Memory)」と呼ぶ。スピントルク磁化反転は、またスピン注入磁化反転と呼ばれることもある。
【0008】
ST−MRAMとしては、例えば上記特許文献1のように面内磁化を用いたものと、例えば上記特許文献2のように垂直磁化を用いたものが開発されている。
面内磁化を用いたものは、材料の自由度が高く、磁化を固定する方法も比較的容易である。しかしながら、垂直磁化膜を用いる場合、垂直磁気異方性を有する材料が限られる。
【0009】
近年、例えば非特許文献1にあるようなFeと酸化物との結晶界面に現れる垂直磁気異方性を利用した界面異方性型の垂直磁化膜が注目されている。
界面異方性を用いると磁性体にFeCoB合金、酸化物にMgOを用いて垂直磁化膜を得ることができ、高い磁気抵抗比(MR比)と垂直磁化を両立することができ、記憶層と参照層両方に有望であることから、垂直磁化型のスピントルク型MRAMへの応用が期待されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、これらの磁気メモリを高密度にするためには、記憶素子は熱揺らぎに対して大きな異方性エネルギーを持たなければならない。
異方性エネルギーを大きくするためには保磁力を増加させ、記憶層の膜厚を厚くするのが有効である。しかし、界面異方性は磁性体と酸化物の間の界面のみで垂直磁気異方性が得られるので、磁性体の膜厚が厚くなると保磁力が減少してしまい、簡単に異方性エネルギーを増加させることができない。
【0011】
そこで本開示では、スピントルク型MRAMにおいて、異方性エネルギーが大きく、素子を微細化しても十分な熱揺らぎ耐性を有する不揮発メモリを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示の記憶素子は、膜面に対して垂直な磁化を有し、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層と、上記記憶層に記憶された情報の基準となる、膜面に対して垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、上記記憶層に隣接し、上記中間層と反対側に設けられる、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、上記保磁力強化層に隣接し、上記記憶層と反対側に設けられる酸化物によるスピンバリア層とを有する。そして上記記憶層、上記中間層、上記磁化固定層を有する層構造の積層方向に流れる電流に伴って発生するスピントルク磁化反転を利用して上記記憶層の磁化を反転させることにより情報の記憶を行う。
【0013】
本開示の記憶装置は、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、互いに交差する2種類の配線とを備える。上記記憶素子は、膜面に対して垂直な磁化を有し、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層と、上記記憶層に記憶された情報の基準となる、膜面に対して垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、上記記憶層に隣接し、上記中間層と反対側に設けられる、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、上記保磁力強化層に隣接し、上記記憶層と反対側に設けられる酸化物によるスピンバリア層とを有し、上記記憶層、上記中間層、上記磁化固定層を有する層構造の積層方向に流れる電流に伴って発生するスピントルク磁化反転を利用して上記記憶層の磁化を反転させることにより情報の記憶を行う構成とされる。そして上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れ、これに伴ってスピントルク磁化反転が起こる。
【0014】
このような本開示の技術は、ST−MRAMとして、記憶層、中間層(トンネルバリア層)、磁化固定層として、MTJ構造を採る。その上で、記憶層に隣接する、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、上記保磁力強化に隣接する酸化物によるスピンバリア層を設ける。保磁力強化層を設けることで記憶層の保磁力を増加させ、異方性エネルギーを大きくすることができる。これによって、素子を微細化しても十分な熱揺らぎ耐性を有する不揮発メモリを実現できる。
【発明の効果】
【0015】
本開示の技術によれば、垂直磁化型のST−MRAMによる不揮発メモリとして、微細な素子サイズにおいても十分な磁気異方性エネルギーの素子が得られ、高密度で情報の保持能力に優れた記憶素子、及び記憶装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施の形態の記憶装置の概略構成の斜視図である。
【図2】実施の形態の記憶装置の断面図である。
【図3】実施の形態の記憶素子の層構造を示す断面図である。
【図4】実施の形態に関する実験の試料の説明図である。
【図5】各種材料の保磁力強化層及び膜厚に対する保磁力Hcの依存性の実験結果を示す図である。
【図6】異方性磁場の大きさの保磁力強化と記憶層の膜厚依存性の実験の説明図である。
【図7】スピンバリア層の各種材料についての垂直磁化の実験の説明図である。
【図8】室温に於けるKUV/kBTの値の実験の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本開示の実施の形態を次の順序で説明する。
<1.実施の形態の記憶装置の構成>
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
<3.実施の形態の具体的構成>
<4.実施の形態に関する実験>
【0018】
<1.実施の形態の記憶装置の構成>

まず、本開示の実施の形態となる記憶装置の構成について説明する。
実施の形態の記憶装置の模式図を、図1及び図2に示す。図1は斜視図、図2は断面図である。
【0019】
図1に示すように、実施の形態の記憶装置は、互いに直交する2種類のアドレス配線(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができるST−MRAMによる記憶素子3が配置されて成る。
即ち、シリコン基板等の半導体基体10の素子分離層2により分離された部分に、各記憶装置を選択するための選択用トランジスタを構成する、ドレイン領域8、ソース領域7、並びにゲート電極1が、それぞれ形成されている。このうち、ゲート電極1は、図中前後方向に延びる一方のアドレス配線(ワード線)を兼ねている。
【0020】
ドレイン領域8は、図1中左右の選択用トランジスタに共通して形成されており、このドレイン領域8には、配線9が接続されている。
そして、ソース領域7と、上方に配置された、図1中左右方向に延びるビット線6との間に、スピントルク磁化反転により磁化の向きが反転する記憶層を有する記憶素子3が配置されている。この記憶素子3は、例えば磁気トンネル接合素子(MTJ素子)により構成される。
【0021】
図2に示すように、記憶素子3は2つの磁性層15、17を有する。この2層の磁性層15、17のうち、一方の磁性層を磁化M15の向きが固定された磁化固定層15として、他方の磁性層を磁化M17の向きが変化する磁化自由層即ち記憶層17とする。
また、記憶素子3は、ビット線6と、ソース領域7とに、それぞれ上下のコンタクト層4を介して接続されている。
これにより、2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層17の磁化M17の向きを反転させることができる。
【0022】
このような記憶装置では、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要があり、トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、記憶装置の微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子3に流す電流を低減させることが好適である。
【0023】
また、読み出し信号を大きくするためには、大きな磁気抵抗変化率を確保する必要があり、そのためには上述のようなMTJ構造を採用すること、すなわち2層の磁性層15、17の間に中間層をトンネル絶縁層(トンネルバリア層)とした記憶素子3の構成にすることが効果的である。
このように中間層としてトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子3に流す電流量に制限が生じる。すなわち記憶素子3の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制することが好ましい。なお、スピントルク磁化反転に必要な電流は、反転電流、記憶電流などと呼ばれることがある。
【0024】
また記憶装置は不揮発メモリ装置であるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性)を確保する必要がある。
記憶層の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、書き込みエラーとなってしまう。
本記憶装置における記憶素子3(ST−MRAM)は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち体積を小さくすることは可能であるが、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
ST−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子3の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、ST−MRAMにおける記憶素子3において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計する必要がある。
【0025】
<2.実施の形態の記憶素子の概要>

つぎに本開示の実施の形態の記憶素子の概要について説明する。
実施の形態の記憶素子はST−MRAMとして構成される。ST−MRAMは、スピントルク磁化反転により、記憶素子の記憶層の磁化の向きを反転させて、情報の記憶を行うものである。
記憶層は、強磁性層を含む磁性体により構成され、情報を磁性体の磁化状態(磁化の向き)により保持するものである。
詳しくは後述するが、実施の形態の記憶素子3は、例えば図3に一例を示す層構造とされ、少なくとも2つの強磁性体層としての記憶層17、磁化固定層15を備え、またその2つの磁性層の間の中間層16を備える。
【0026】
記憶層17は、膜面に垂直な磁化を有し、情報に対応して磁化の向きが変化される。
磁化固定層15は、記憶層17に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する。
中間層16は、例えば非磁性体による絶縁層とされ、記憶層17と磁化固定層15の間に設けられる。
そして記憶層17、中間層16、磁化固定層15を有する層構造の積層方向にスピン偏極した電子を注入することにより、記憶層17の磁化の向きが変化して、記憶層17に対して情報の記憶が行われる。
【0027】
ここでスピントルク磁化反転について簡単に説明する。
電子は2種類のスピン角運動量をもつ。仮にこれを上向き、下向きと定義する。非磁性体内部では両者が同数であり、強磁性体内部では両者の数に差がある。記憶素子3を構成する2層の強磁性体である磁化固定層15及び記憶層17において、互いの磁気モーメントの向きが反方向状態のときに、電子を磁化固定層15から記憶層17への移動させた場合について考える。
【0028】
磁化固定層15は、高い保磁力のために磁気モーメントの向きが固定された固定磁性層である。
磁化固定層15を通過した電子はスピン偏極、すなわち上向きと下向きの数に差が生じる。非磁性層である中間層16の厚さが充分に薄く構成されていると、磁化固定層15の通過によるスピン偏極が緩和して通常の非磁性体における非偏極(上向きと下向きが同数)状態になる前に他方の磁性体、すなわち記憶層17に電子が達する。
記憶層17では、スピン偏極度の符号が逆になっていることにより、系のエネルギーを下げるために一部の電子は反転、すなわちスピン角運動量の向きをかえさせられる。このとき、系の全角運動量は保存されなくてはならないため、向きを変えた電子による角運動量変化の合計と等価な反作用が記憶層17の磁気モーメントにも与えられる。
電流すなわち単位時間に通過する電子の数が少ない場合には、向きを変える電子の総数も少ないために記憶層17の磁気モーメントに発生する角運動量変化も小さいが、電流が増えると多くの角運動量変化を単位時間内に与えることができる。
【0029】
角運動量の時間変化はトルクであり、トルクがあるしきい値を超えると記憶層17の磁気モーメントは歳差運動を開始し、その一軸異方性により180度回転したところで安定となる。すなわち反方向状態から同方向状態への反転が起こる。
磁化が同方向状態にあるとき、電流を逆に記憶層17から磁化固定層15へ電子を送る向きに流すと、今度は磁化固定層15で反射される際にスピン反転した電子が記憶層17に進入する際にトルクを与え、反方向状態へと磁気モーメントを反転させることができる。ただしこの際、反転を起こすのに必要な電流量は、反方向状態から同方向状態へと反転させる場合よりも多くなる。
【0030】
磁気モーメントの同方向状態から反方向状態への反転は直感的な理解が困難であるが、磁化固定層15が固定されているために磁気モーメントが反転できず、系全体の角運動量を保存するために記憶層17が反転する、と考えてもよい。このように、0/1の記憶は、磁化固定層15から記憶層17の方向またはその逆向きに、それぞれの極性に対応する、あるしきい値以上の電流を流すことによって行われる。
情報の読み出しは、従来型のMRAMと同様、磁気抵抗効果を用いて行われる。すなわち上述の記憶の場合と同様に膜面垂直方向に電流を流す。そして、記憶層17の磁気モーメントが、磁化固定層15の磁気モーメントに対して同方向であるか反方向であるかに従い、素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0031】
磁化固定層15と記憶層17の間の中間層16として用いる材料は金属でも絶縁体でも構わないが、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつより低い電流によって記憶が可能とされるのは、中間層として絶縁体を用いた場合である。このときの素子を強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)と呼ぶ。
【0032】
スピントルク磁化反転によって、磁性層の磁化の向きを反転させるときに、必要となる電流の閾値Icは、磁性層の磁化容易軸が面内方向であるか、垂直方向であるかによって異なる。
本実施の形態の記憶素子は垂直磁化型であるが、従前の面内磁化型の記憶素子の場合における磁性層の磁化の向きを反転させる反転電流をIc_paraとすると、
同方向から逆方向(なお、同方向、逆方向とは、磁化固定層の磁化方向を基準としてみた記憶層の磁化方向)に反転させる場合、
Ic_para=(A・α・Ms・V/g(0)/P)(Hk+2πMs)
となり、逆方向から同方向に反転させる場合、
Ic_para=−(A・α・Ms・V/g(π)/P)(Hk+2πMs)
となる。(以上を式(1)とする)
【0033】
一方、本例のような垂直磁化型の記憶素子の反転電流をIc_perpとすると、同方向から逆方向に反転させる場合、
Ic_perp=(A・α・Ms・V/g(0)/P)(Hk−4πMs)
となり、逆方向から同方向に反転させる場合、
Ic_perp=−(A・α・Ms・V/g(π)/P)(Hk−4πMs)
となる。(以上を式(2)とする)
【0034】
ただし、Aは定数、αはダンピング定数、Msは飽和磁化、Vは素子体積、Pはスピン分極率、g(0)、g(π)はそれぞれ同方向時、逆方向時にスピントルクが相手の磁性層に伝達される効率に対応する係数、Hkは磁気異方性である。
【0035】
上記各式において、垂直磁化型の場合の(Hk−4πMs)と面内磁化型の場合の(Hk+2πMs)とを比較すると、垂直磁化型が低記憶電流化により適していることが理解できる。
【0036】
本実施の形態では、磁化状態により情報を保持することができる磁性層(記憶層17)と、磁化の向きが固定された磁化固定層15とを有する記憶素子3を構成する。
メモリとして存在し得るためには、書き込まれた情報を保持することができなければならない。情報を保持する能力の指標として、熱安定性の指標Δ(=KV/kBT)の値で判断される。このΔは、下記式(3)により表される。
【0037】
Δ =KUV/kBT=Ms・V・Hk・(1/2kB・T) 式(3)

ここで、Hk:実効的な異方性磁界、kB:ボルツマン定数、T:絶対温度、Ms:飽和磁化量、V:記憶層17の体積、KU:異方性エネルギーである。
実効的な異方性磁界Hkには、形状磁気異方性、誘導磁気異方性、結晶磁気異方性等の影響が取り込まれており、単磁区の一斉回転モデルを仮定した場合、これは保磁力と同等となる。
【0038】
熱安定性の指標Δと電流の閾値Icとは、トレードオフの関係になることが多い。そのため、メモリ特性を維持するには、これらの両立が課題となることが多い。
記憶層17の磁化状態を変化させる電流の閾値は、実際には、例えば記憶層17の厚さが2nmであり、平面パターンが100nm×150nmの略楕円形のTMR素子において、+側の閾値+Ic=+0.5mAであり、−側の閾値−Ic=−0.3mAであり、その際の電流密度は約3.5×106A/cm2である。これらは、上記の式(1)にほぼ一致する。
【0039】
これに対して、電流磁場により磁化反転を行う通常のMRAMでは、書き込み電流が数mA以上必要となる。
従って、ST−MRAMの場合には、上述のように書き込み電流の閾値が充分に小さくなるため、集積回路の消費電力を低減させるために有効であることが分かる。
また、通常のMRAMで必要とされる、電流磁界発生用の配線が不要となるため、集積度においても通常のMRAMに比較して有利である。
【0040】
そして、スピントルク磁化反転を行う場合には、記憶素子3に直接電流を流して情報の書き込み(記憶)を行うことから、書き込みを行う記憶素子3を選択するために、記憶素子3を選択トランジスタと接続して記憶装置を構成する。
この場合、記憶素子3に流れる電流は、選択トランジスタで流すことが可能な電流(選択トランジスタの飽和電流)の大きさによって制限される。
記憶電流を低減させるためには、上述のように垂直磁化型を採用することが望ましい。また垂直磁化膜は一般に面内磁化膜よりも高い磁気異方性を持たせることが可能であるため、上述の熱安定性の指標Δを大きく保つ点でも好ましい。
【0041】
垂直異方性を有する磁性材料には希土類−遷移金属合金(TbCoFeなど)、金属多層膜(Co/Pd多層膜など)、規則合金(FePtなど)、酸化物と磁性金属の間の界面異方性の利用(Co/MgOなど)等いくつかの種類があるが、希土類-遷移金属合金は加熱により拡散、結晶化すると垂直磁気異方性を失うため、ST−MRAM用材料としては好ましくない。また金属多層膜も加熱により拡散し、垂直磁気異方性が劣化することが知られており、さらに垂直磁気異方性が発現するのは面心立方の(111)配向となっている場合であるため、MgOやそれに隣接して配置するFe、CoFe、CoFeBなどの高分極率層に要求される(001)配向を実現させることが困難となる。L10規則合金は高温でも安定であり、かつ(001)配向時に垂直磁気異方性を示すことから、上述のような問題は起こらないものの、製造時に500℃以上の十分に高い温度で加熱する、あるいは製造後に500℃以上の高温で熱処理を行うことで原子を規則配列させる必要があり、トンネルバリア等積層膜の他の部分における好ましくない拡散や界面粗さの増大を引き起こす可能性がある。
【0042】
これに対し、界面磁気異方性を利用した材料、すなわちトンネルバリアであるMgO上にCo系あるいはFe系材料を積層させたものは上記いずれの問題も起こり難く、このためST−MRAMの記憶層材料として有望視されている。
【0043】
さらに、選択トランジスタの飽和電流値を考慮して、記憶層17と磁化固定層15との間の非磁性の中間層16として、絶縁体から成るトンネル絶縁層を用いて磁気トンネル接合(MTJ)素子を構成する。
トンネル絶縁層を用いて磁気トンネル接合(MTJ)素子を構成することにより、非磁性導電層を用いて巨大磁気抵抗効果(GMR)素子を構成した場合と比較して、磁気抵抗変化率(MR比)を大きくすることができ、読み出し信号強度を大きくすることができるためである。
【0044】
そして、特に、このトンネル絶縁層としての中間層16の材料として、酸化マグネシウム(MgO)を用いることにより、磁気抵抗変化率(MR比)を大きくすることができる。
また、一般に、スピントランスファの効率はMR比に依存し、MR比が大きいほど、スピントランスファの効率が向上し、磁化反転電流密度を低減することができる。
従って、トンネル絶縁層の材料として酸化マグネシウムを用い、同時に上記の記憶層17を用いることにより、スピントルク磁化反転による書き込み閾値電流を低減することができ、少ない電流で情報の書き込み(記憶)を行うことができる。また、読み出し信号強度を大きくすることができる。
【0045】
これにより、MR比(TMR比)を確保して、スピントルク磁化反転による書き込み閾値電流を低減することができ、少ない電流で情報の書き込み(記憶)を行うことができる。また、読み出し信号強度を大きくすることができる。
このようにトンネル絶縁層を酸化マグネシウム(MgO)膜により形成する場合には、MgO膜が結晶化していて、001方向に結晶配向性を維持していることがより望ましい。
【0046】
トンネル絶縁層の面積抵抗値は、スピントルク磁化反転により記憶層17の磁化の向きを反転させるために必要な電流密度を得る観点から、数十Ωμm2程度以下に制御する必要がある。
そして、MgO膜から成るトンネル絶縁層では、面積抵抗値を上述の範囲とするために、MgO膜の膜厚を1.5nm以下に設定する必要がある。
【0047】
また、記憶層17の磁化の向きを、小さい電流で容易に反転できるように、記憶素子3を小さくすることが望ましい。
従って、好ましくは、記憶素子3の面積を0.01μm2以下とする。
【0048】
<3.実施の形態の具体的構成>

続いて、本開示の実施の形態の具体的構成について説明する。
記憶装置の構成は先に図1で述べたとおり、直交する2種類のアドレス配線1,6(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができる記憶素子3が配置されるものである。
そして2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層17の磁化の向きを反転させることができる。
【0049】
図3A,図3Bはそれぞれ実施の形態の記憶素子3(ST−MRAM)の層構造の例を表している。
図3Aの例は、記憶素子3は、下地層14、磁化固定層15、中間層16、記憶層17、保磁力強化層18、スピンバリア層19、保護層20を有する。
図3Bの例は、図3Aの層構造に加え、磁化固定層15の保磁力を高めるために、磁化固定層15と下地層14の間に、磁気結合層13と高保磁力層12を形成した例である。
【0050】
図3A、図3Bの各例のように、記憶素子3は、スピントルク磁化反転により磁化M17の向きが反転する記憶層17に対して、下層に磁化固定層15を設けている。
ST−MRAMにおいては、記録層17の磁化M17と磁化固定層15の磁化M15の相対的な角度によって情報の0、1を規定している。
記憶層17と磁化固定層15との間には、トンネルバリア層(トンネル絶縁層)となる中間層16が設けられ、記憶層17と磁化固定層15とにより、MTJ素子が構成されている。
記憶層17と磁化固定層15は膜面に対して垂直な磁化を有する。
【0051】
また、磁化固定層15の下には下地層14が形成されている。
記憶層17の上(つまり記憶層17から見て中間層16とは反対側)には保磁力強化層18が形成されている。
さらに保磁力強化層18の上(つまり保磁力強化層18からみて記憶層17とは反対側)にスピンバリア層19が形成されている。
スピンバリア層19の上には保護層20が形成されている。
【0052】
本実施の形態では、記憶層17及び磁化固定層15はFe、Co、Niのうちの少なくとも一つを主成分とし、かつB、Cのうちの少なくとも一つを含む合金が好ましく、B、Cの含有量は5原子%以上30原子%以下が好ましい。
例えば記憶層17及び磁化固定層15としては、FeCoBやFeNiC等のFeを含む合金が適している。
記憶層17および磁化固定層15は中間層16との界面付近で少なくとも30%以上のFeが含まれているのが好ましく、それ以下では十分な垂直磁気異方性が得られない。
【0053】
中間層16(トンネルバリア層)は例えばMgOとする。MgO(酸化マグネシウム)層とした場合には、磁気抵抗変化率(MR比)を高くすることができる。このようにMR比を高くすることによって、スピン注入の効率を向上して、記憶層17の磁化M17の向きを反転させるために必要な電流密度を低減することができる。
なお中間層16は、酸化マグネシウムから成る構成とする他にも、Al23、Al2MgO4、TiO等も利用可能である。
【0054】
保磁力強化層18には、Cr、Ru、Si、W、Mnのいずれかが用いられる。
スピンバリア層19には、酸化マグネシウム、酸化クロム、酸化バリウム、酸化アルミニウム、酸化カルシウムのいずれかが用いられる。
下地層14および保護層20としては、Ta、Ti、W、Ru等各種金属およびTiN等の導電性窒化物を用いることができる。また、下地層14および保護層20は単層で用いても良いし、異なる材料を複数積層しても良い。
【0055】
図3Bの構成における高保磁力層12としてはCoPt、FePt、MnAl、TbFeCo、Co/Pt積層膜、Co/Pd積層膜等を用いることができる。
磁気結合層13としてはRu、Re、Os等が利用可能である。
【0056】
本実施の形態の記憶素子3は、下地層14から保護層20までの各層を真空装置内で順次連続的に成膜して積層構造を形成する。その後エッチング等の加工により記憶素子3のパターンを形成することにより、製造することができる。
【0057】
先に述べたように、高密度化のためには、記憶素子は熱揺らぎに対して大きな異方性エネルギーを持たなければならない。異方性エネルギーを大きくするためには保磁力を増加させ、記憶層の膜厚を厚くするのが有効である。
ところが垂直磁化を良好に得るための界面異方性は、磁性体と酸化物の間の界面のみで垂直磁気異方性が得られるので、磁性体の膜厚が厚くなると保磁力が減少してしまい、簡単に異方性エネルギーを増加させることができない。
【0058】
そこで本実施の形態では、スピントルク型MRAMにおいて、異方性エネルギーが大きく、素子を微細化しても十分な熱揺らぎ耐性を有する不揮発メモリを実現する。
まず、中間層16と記憶層17との間に働く界面磁気異方性に加えて、記憶層17の中間層16側とは反対側の面にも酸化物層(スピンバリア層19)を形成し、記憶層17の両側に界面異方性を持たせることで、垂直磁気異方性エネルギーを強化することができる。
このとき、記憶層17とスピンバリア層19の間にCr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層18を挿入すると、より効果的に垂直磁気異方性を向上させることができることが見いだされた。
【0059】
保磁力強化層18はCr、Ru、W、Si、Mnのうちの少なくとも一つを含む層が有効で、その厚さは0.03nm以上が効果的で、それより薄い場合は効果が小さい。
保磁力強化層18がCrの場合はその厚さは0.3nm以下が好ましい。
保磁力強化層18がRuの場合は0.2nmが好ましい。
保磁力強化層18がW、Si、Mnの場合はその厚さは0.1nm以下が好ましい。
保磁力強化層18の膜厚が0.03nm未満あるいは上記各場合の厚さを超えると垂直磁気異方性の向上効果が得られない。
【0060】
スピンバリア層19としては各種酸化物が利用可能であるが、酸化マグネシウム、酸化クロム、酸化バリウム、酸化アルミニウム、酸化カルシウムが保磁力向上効果に優れ好ましい。スピンバリア膜19の酸化の度合いは十分に酸化した酸化物でも良いし、酸素が欠損した酸化物でも良い。
【0061】
本実施の形態に用いる材料を作製する方法としてはスパッタリング方法、真空蒸着法、あるいは化学気相成長法(CVD)等を用いることができる。さらに、スピンバリア層19(酸化物層)は金属を成膜後、酸素プラズマなどによって金属を酸化させて作製しても良い。
磁気メモリ(ST−MRAM)として構成するには、シリコンウェハ上にCMOS論理回路を形成し、下部電極上に上記積層膜を構成した後、反応性イオンエッチング(RIE)、イオンミリング、化学エッチング等の方法で適当な形状に形成し、さらに上部電極を形成し、上部電極と下部電極の間に適当な電圧を印加できるように、CMOS回路と接続して用いるのがよい。素子の形状は任意であるが、円形状が特に作成が容易で、かつ高密度に配置できるので好ましい。
【0062】
このような垂直磁化型のST−MRAMにおいて、保磁力強化層18、スピンバリア層19を備える実施の形態では、微細な素子サイズにおいても十分な磁気異方性エネルギーの素子が得られ、高密度で情報の保持能力に優れた不揮発メモリを実現できる。
【0063】
また、記憶素子3の記憶層17が垂直磁化膜であるため、記憶層17の磁化M17の向きを反転させるために必要となる、書き込み電流量を低減することができる。従って記憶素子3に書き込みを行う際の消費電力を低減することが可能になる。
また、情報保持能力である熱安定性を充分に確保することができるため、特性バランスに優れた記憶素子3を構成することができる。
これにより、動作エラーをなくして、記憶素子3の動作マージンを充分に得ることができ、記憶素子3を安定して動作させることができる。すなわち、安定して動作する、信頼性の高い記憶装置を実現することができる。
【0064】
以上より、情報保持特性が優れた、安定して動作する信頼性の高い記憶素子3を実現することができ、記憶素子3を備えた記憶装置において、信頼性を向上させ、かつ消費電力を低減することができる。
また、図3に示した記憶素子3を備え、図1に示した構成の記憶装置は、製造する際に、一般の半導体MOS形成プロセスを適用できるという利点を有している。
従って、本実施の形態のメモリを、汎用メモリとして適用することが可能になる。
【0065】
なお、本開示の実施の形態としての記憶層17には、Co、Fe、Ni以外の元素を添加することも可能である。
異種元素の添加により、拡散の防止による耐熱性の向上や磁気抵抗効果の増大、平坦化に伴う絶縁耐圧の増大などの効果が得られる。この場合の添加元素の材料としては、B、C、N、O、F、Mg、Si、P、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Ge、Nb、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Ta、W、Ir、Pt、Au、Zr、Hf、Re、Osまたはそれらの合金を用いることができる。
【0066】
また本開示における記憶層17は組成の異なる他の強磁性層を直接積層させることも可能である。また、強磁性層と軟磁性層とを積層させたり、複数層の強磁性層を軟磁性層や非磁性層を介して積層させたりすることも可能である。このように積層させた場合でも、本開示でいう効果が得られる。
特に複数層の強磁性層を非磁性層に介して積層させた構成としたときには、強磁性層の層間の相互作用の強さを調整することが可能になるため、記憶素子3の寸法がサブミクロン以下になっても、磁化反転電流が大きくならないように抑制することが可能になるという効果が得られる。この場合の非磁性層の材料としては、Ru、Os、Re、Ir、Au、Ag、Cu、Al、Bi、Si、B、C、Cr、Ta、Pd、Pt、Zr、Hf、W、Mo、Nbまたはそれらの合金を用いることができる。
【0067】
磁化固定層15及び記憶層17のそれぞれの膜厚は、0.5nm〜30nmであることが好ましい。
記憶素子3のその他の構成は、スピントルク磁化反転により情報を記憶する記憶素子3の従来公知の構成と同様とすることができる。
【0068】
磁化固定層15は、強磁性層のみにより、或いは反強磁性層と強磁性層の反強磁性結合を利用することにより、その磁化の向きが固定された構成とすることが出来る。
また、磁化固定層15は、単層の強磁性層から成る構成、或いは複数層の強磁性層を非磁性層を介して積層した積層フェリピン構造とすることが出来る。
積層フェリピン構造の磁化固定層15を構成する強磁性層の材料としては、Co、CoFe、CoFeB等を用いることができる。また、非磁性層の材料としては、Ru、Re、Ir、Os等を用いることができる。
【0069】
反強磁性層の材料としては、FeMn合金、PtMn合金、PtCrMn合金、NiMn合金、IrMn合金、NiO、Fe23等の磁性体を挙げることができる。
また、これらの磁性体に、Ag、Cu、Au、Al、Si、Bi、Ta、B、C、O、N、Pd、Pt、Zr、Hf、Ir、W、Mo、Nb等の非磁性元素を添加して、磁気特性を調整したり、その他の結晶構造や結晶性や物質の安定性等の各種物性を調整したりすることができる。
また、記憶素子3の膜構成は、記憶層17が磁化固定層15の下側に配置される構成でも問題ない。
【0070】
<4.実施の形態に関する実験>

以下では、本実施の形態の記憶素子3の効果の検証のための実験について述べる。
【0071】
[実験1]
まず初めに、スピンバリア層19の効果を見るために、下地層14の上に直接記憶層17を成膜し、その上に保磁力強化層18、スピンバリア層19、保護層20を成膜した試料を作製した。
【0072】
試料の層構造を図4に示す。
試料は酸化被服付きのシリコン基板上に図4のように各層を積層した。
・下地層14:Ta 厚さ5nm
・記憶層17:Fe64Co1620 厚さ0.8nm
・保磁力強化層18:各種元素を様々な厚さtMで成膜
・スピンバリア層19:MgO 厚さ1nm
・保護層20:Ru 厚さ3nm
【0073】
保磁力強化層18としては、Ru、Cu、Cr、Mn、Si、Nb、Ta、Al、W、Ti、Zr、Vの各材料の試料を、各種の膜厚で生成した。
【0074】
図5に各試料の保磁力Hcと保磁力強化層18に用いた各種元素の厚さtMに対する依存性を示す。
図5A、図5Bは、300℃、1時間熱処理後の結果で、図5C、図5Dは350℃、1時間熱処理後の結果である。
ここで、厚み=0とは、保磁力強化層18が形成されていない試料のこととなる。
例えば図5AのRu(Ruで保磁力強化層18を形成した試料)について見てみると、厚みtMが0.03nm、0.05nm、0.1nm、0.15nmの各場合、厚み=0、つまり保磁力強化層18を設けない場合よりも、保磁力Hcが上昇している。従って保磁力強化層18にRuを用いる場合、或る厚み範囲で保磁力強化に有効であることがわかる。
一方、同じく図5AでNbで保磁力強化層18を形成した場合を見てみると、どの厚みの場合も、厚み=0、つまり保磁力強化層18を設けない場合よりも、保磁力Hcが低下している。これは、Nbは保磁力強化層18として適していないことを示すものとなる。
【0075】
このように各試料の結果について見てみると、保磁力強化層18として保磁力向上に効果があるものは300℃熱処理の場合はRuとCr、350℃熱処理の場合はRu、Cr、Mn、Siである。300℃熱処理の場合と350℃熱処理の場合との結果からみると、以下の厚みが好適となる。
保磁力強化層18をCrにより形成する場合は、厚さを0.03nm以上0.3nm以下とする。
保磁力強化層18をRuにより形成する場合は、厚さを0.03nm以上0.2nm以下とする。
保磁力強化層18を、Si、W、Mnのいずれかにより形成する場合、厚さを0.03nm以上0.1nm以下とする。
【0076】
[実験2]
次に実際に磁気メモリの強磁性トンネル素子に使用される構成として磁化固定層15を付加した試料で実験を行った。
図6Aに試料の層構造を示す。
・下地層14:厚さ5nmのTaと厚さ5nmのRu
・高保磁力層12:厚さ2nmのCoPt
・磁気結合層13:厚さ0.9nmのRu
・磁化固定層15:厚さ0.8nmのFe64Co1620
・中間層16:厚さ0.8nmのMgO
・記憶層17:厚さtFeCoBのFe64Co1620
・保磁力強化層18:厚さtCrのCr
・スピンバリア層19:厚さ0.6nmのMgO
・保護層20:厚さ3nmのRu
【0077】
このような試料を作製し、垂直異方性磁場(HK)を測定した結果を図6Bに示す。
熱処理は300℃、1時間で、HKは反磁界補正を行っていない値で、HKが正の場合は垂直磁化膜、負の場合は面内磁化膜である。
保磁力強化層18となるCr層を挿入していないtCr=0nmの場合は、FeCoB記憶層17の厚さtFeCoBが1.1nmから1.3nmの狭い範囲でしか垂直磁化膜にならず、膜厚によるHKの変化も急進で、最適条件も狭い。
これに対して保磁力強化層18となるCr層を挿入した場合は、tCr=0.1nm、tCr=0.2nmどちらでも垂直磁気異方性が増加し、垂直磁化が得られるFeCoB記憶層17の厚さtFeCoBが0.9nmから2.2nmの範囲に広がり、FeCoB膜厚に対する垂直磁気異方性の変化が緩やかになる。
【0078】
[実験3]
次にスピンバリア層19の影響を調べるため、記憶磁性層の上にスピンバリア層となる様々な酸化物をいくつかの作製方法で試料を作製した。
図7Aに試料の層構造を示す。
・下地層14:厚さ5nmのTaと5nmのRu
・記憶層17:厚さ0.7nmのFe40Co4020
・保磁力強化層18:厚さ0.2nmのCr
・スピンバリア層19:各種材料
・保護層20:厚さ3nmのRu
【0079】
熱処理は300℃、1時間とした。
スピンバリア層19の厚さは、RFスパッタでは0.7nm、自然酸化およびプラズマ酸化では酸化後の膜厚が0.6nmから0.8nmになるように作製した。
【0080】
図7B、図7Cに、様々なスピンバリア層19の材料と作製方法で作製した試料について、垂直磁化が得られたものと垂直磁化が得られなかったものに分けて示した。垂直磁化が得られたもの(図7B)については、垂直方向の保磁力(HC⊥)も示した。
垂直磁化が得られているスピンバリア層19は、酸化マグネシウム、酸化クロム、酸化バリウム、酸化アルミニウム、酸化カルシウムである。
【0081】
[実験4]
次に、熱揺らぎ耐性を調べるため、直径70nmの円形素子を形成し、熱揺らぎ耐性の指標Δ=KUV/kBTを調べてみた。(上述の式(3)参照)
測定は繰り返し保磁力を測定しその分布から求めた。
測定には、比較例として保磁力強化層18が設けられていない試料Aと、実施の形態に相当する保磁力強化層18が設けられた試料B、Cを用いた。
【0082】
試料A,B,Cの層構造を図8に示す。
−試料A
・下地層14:厚さ5nmのTaと厚さ5nmのRu
・高保磁力層12:厚さ2nmのCoPt
・磁気結合層13:厚さ0.8nmのRu
・磁化固定層15:厚さ0.8nmのFe64Co1620
・中間層16:厚さ0.8nmのMgO
・記憶層17:厚さ1.2nmのFe64Co1620
・スピンバリア層19:厚さ0.6nmのMgO
・保護層20:厚さ3nmのRu
【0083】
−試料B
・下地層14:厚さ5nmのTaと厚さ5nmのRu
・高保磁力層12:厚さ2nmのCoPt
・磁気結合層13:厚さ0.8nmのRu
・磁化固定層15:厚さ0.8nmのFe64Co1620
・中間層16:厚さ0.8nmのMgO
・記憶層17:厚さ1.6nmのFe64Co1620
・保磁力強化層18:厚さ0.2nmのCr
・スピンバリア層19:厚さ0.6nmのMgO
・保護層20:厚さ3nmのRu
【0084】
−試料C
・下地層14:厚さ5nmのTaと厚さ5nmのRu
・高保磁力層12:厚さ2nmのCoPt
・磁気結合層13:厚さ0.8nmのRu
・磁化固定層15:厚さ0.8nmのFe64Co1620
・中間層16:厚さ0.8nmのMgO
・記憶層17:厚さ1.5nmのFe50Ni3020
・保磁力強化層18:厚さ0.05nmのRu
・スピンバリア層19:厚さ0.6nmのCaO
・保護層20:厚さ3nmのRu
【0085】
熱処理は試料Aおよび試料Bは300℃、1時間、試料Cは350℃、1時間で行った。図8の下部に、各試料の室温に於けるKUV/kBTの値を示す。
試料A(比較例)は35、試料Bは76、試料Cは68であった。
情報を10年以上保持するためにはKUV/kBTが60程度以上は必要なので、実施の形態の記憶素子はこの条件を満たし、不揮発メモリ素子として有効であることがわかる。
【0086】
以上の実験1〜実験4の結果からも、垂直磁化膜を用いるスピントルク型のMRAMにおいて実施の形態の構成の膜を用いれば、保磁特性に優れ、高密度の不揮発メモリが実現できることが理解される。
【0087】
なお本技術は以下のような構成も採ることができる。
(1)膜面に対して垂直な磁化を有し、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層と、
上記記憶層に記憶された情報の基準となる、膜面に対して垂直な磁化を有する磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、
上記記憶層に隣接し、上記中間層と反対側に設けられる、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、
上記保磁力強化層に隣接し、上記記憶層と反対側に設けられる酸化物によるスピンバリア層と、
を有し、
上記記憶層、上記中間層、上記磁化固定層を有する層構造の積層方向に流れる電流に伴って発生するスピントルク磁化反転を利用して上記記憶層の磁化を反転させることにより情報の記憶を行う記憶素子。
(2)上記記憶層は、Fe、Co、Niのうちの少なくとも一つを主成分とし、かつB、Cのうちの少なくとも一つを含む上記(1)に記載の記憶素子。
(3)上記保磁力強化層はCrにより成り、厚さが0.03nm以上0.3nm以下である上記(1)又は(2)に記載の記憶素子。
(4)上記保磁力強化層はRuにより成り、その厚さが0.03nm以上0.2nm以下である上記(1)又は(2)に記載の記憶素子。
(5)上記保磁力強化層は、Si、W、Mnのいずれか1つを少なくとも有して成り、厚さが0.03nm以上0.1nm以下である上記(1)又は(2)に記載の磁気メモリ。
(6)上記スピンバリア層は、酸化マグネシウム、酸化クロム、酸化バリウム、酸化アルミニウム、酸化カルシウムのいずれか1つを少なくとも有して成る上記(1)乃至(5)のいずれかに記載の記憶素子。
【符号の説明】
【0088】
1 ゲート電極、2 素子分離層、3 記憶素子、4 コンタクト層、6 ビット線、7 ソース領域、8 ドレイン領域、9 配線、10 半導体基体、12 高保磁力層、13 磁気結合層、14 下地層、15 磁化固定層、16 中間層、17 記憶層、18 保磁力強化層、19 スピンバリア層、20 保護層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜面に対して垂直な磁化を有し、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層と、
上記記憶層に記憶された情報の基準となる、膜面に対して垂直な磁化を有する磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、
上記記憶層に隣接し、上記中間層と反対側に設けられる、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、
上記保磁力強化層に隣接し、上記記憶層と反対側に設けられる酸化物によるスピンバリア層と、
を有し、
上記記憶層、上記中間層、上記磁化固定層を有する層構造の積層方向に流れる電流に伴って発生するスピントルク磁化反転を利用して上記記憶層の磁化を反転させることにより情報の記憶を行う記憶素子。
【請求項2】
上記記憶層は、Fe、Co、Niのうちの少なくとも一つを主成分とし、かつB、Cのうちの少なくとも一つを含む請求項1に記載の記憶素子。
【請求項3】
上記保磁力強化層はCrにより成り、厚さが0.03nm以上0.3nm以下である請求項1に記載の記憶素子。
【請求項4】
上記保磁力強化層はRuにより成り、その厚さが0.03nm以上0.2nm以下である請求項1に記載の記憶素子。
【請求項5】
上記保磁力強化層は、Si、W、Mnのいずれか1つを少なくとも有して成り、厚さが0.03nm以上0.1nm以下である請求項1に記載の記憶素子。
【請求項6】
上記スピンバリア層は、酸化マグネシウム、酸化クロム、酸化バリウム、酸化アルミニウム、酸化カルシウムのいずれか1つを少なくとも有して成る請求項1に記載の記憶素子。
【請求項7】
情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、
互いに交差する2種類の配線とを備え、
上記記憶素子は、
膜面に対して垂直な磁化を有し、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶層と、上記記憶層に記憶された情報の基準となる、膜面に対して垂直な磁化を有する磁化固定層と、上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による中間層と、上記記憶層に隣接し、上記中間層と反対側に設けられる、Cr、Ru、W、Si、Mnの少なくとも一つからなる保磁力強化層と、上記保磁力強化層に隣接し、上記記憶層と反対側に設けられる酸化物によるスピンバリア層とを有し、上記記憶層、上記中間層、上記磁化固定層を有する層構造の積層方向に流れる電流に伴って発生するスピントルク磁化反転を利用して上記記憶層の磁化を反転させることにより情報の記憶を行う構成とされ、
上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、
上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れ、これに伴ってスピントルク磁化反転が起こる記憶装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−238631(P2012−238631A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−104877(P2011−104877)
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】