説明

ZnO系薄膜及びZnO系半導体素子

【課題】製造装置への負担を軽くすることができ、ドーピングの制御性や再現性が良くなり、かつ結晶構造を変化させずにp型伝導が得られるZnO系薄膜及びZnO系半導体素子を提供する。
【解決手段】
ZnO系薄膜は、p型化を行うために、基本構造をMgZnO/ZnO超格子層3の超格子構造とし、この超格子層は、アクセプタドーピングされたMgZnO層3bとアクセプタドーピングされたZnO層3aとの積層構造で形成されているので、ドーピングの制御性や再現性が良くなり、かつドーピング材料による結晶構造の変化を防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクセプタドーピングされたZnO系薄膜及びZnO系半導体素子に関する。
【背景技術】
【0002】
照明、バックライト等用の光源として使われる紫外LEDや高速電子デバイス、表面弾性波デバイス等に酸化物の一種であるZnO系半導体素子を用いることが研究されている。ZnOはその多機能性、発光ポテンシャルの大きさなどが注目されていながら、なかなか半導体デバイス材料として成長しなかった。その最大の難点は、アクセプタドーピングが困難で、p型ZnOを得ることができなかったためである。しかし、近年、非特許文献1や2に見られるように、技術の進歩により、p型ZnOを得ることができるようになり、発光も確認されるようになり、非常に研究が盛んである。
【0003】
p型ZnOを得るためのアクセプタとして窒素を用いることが提案されているが、「K.Nakahara et al.,Journal of Crystal Growth 237-239(2002)p.503」に示されているように、アクセプタとして窒素をドーピングする場合は、窒素のドーピング効率は成長温度に強く依存し、窒素ドーピングを行うためには基板温度を下げる必要があるが、基板温度を下げると結晶性が低下し、アクセプタを補償するキャリア補償センターが形成されて、窒素が活性化しないので、p型ZnO系半導体層の形成そのものが非常に難しくなる。
【0004】
そこで、非特許文献2に示されるように、成長の主面を−C面とし、窒素ドーピング効率の温度依存性を利用して、400℃と1000℃との間の成長温度を行き来する温度変調により高キャリア濃度のp型ZnO系半導体層を形成する方法があるが、絶え間ない加熱と冷却によって膨張・収縮を繰り返すために製造装置への負担が大きく、製造装置が大がかりになり、メンテナンス周期が短くなるといった問題があった。また、低温度部分がドープ量を決定するため、温度を正確に制御する必要があるが、400℃と1000℃を短時間に正確に制御するのは難しく、再現性・安定性が悪い。さらに、加熱源としてレーザを使用するため、大きい面積の加熱には不向きで、デバイス製造コストを下げるための多数枚成長も行いにくい。
【非特許文献1】A.Tsukazaki et al., Japanese Journal of Applied Physics vol.44 (2005) L643
【非特許文献2】A.Tsukazaki et al., Nature Material vol.4 (2005) 42
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来技術の問題点を解決するために、p型ZnOを作製する別の手法も研究されている。神谷利夫『機能性材料』Vol.25No.4、第二章「透明酸化物の半導体:透明導電性酸化物から開けた新しいフロンティア」に記載されているCu(銅)系の複合酸化物は、酸化物には珍しいp型伝導体である。
【0006】
上記文献には、金属酸化物においてp型化が困難な傾向にある理由が記載されている。多くの金属酸化物では、局在性が強い酸素の2p軌道で価電子帯が構成されている。局在性が強いと、価電子帯の分散が小さいために有効質量が重くなり、その結果キャリアが動きにくくなって、正孔伝導が得られにくくなる。このため、酸素の2p軌道とエネルギー的に近く、混成軌道を作りやすいCuの3d軌道を利用して価電子帯の分散を大きくしようとするものである。
【0007】
この手法ではCuを酸素に匹敵する量でまぜる必要があり、結晶構造が変化してしまう。したがって、ZnO系薄膜に上記手法を適用した場合、ZnO系薄膜単体で使用する場合は、結晶構造が変化してもかまわないが、薄膜を積層して新たな機能をもたせるようにしている半導体デバイスに適用することが難しい。結晶系が異なる薄膜の積層が行われると、界面準位の発生、積層欠陥、ミスフィット転位といったデバイス動作を阻害する様々な要因を誘発するからである。
【0008】
本発明は、上述した課題を解決するために創案されたものであり、製造装置への負担を軽くすることができ、ドーピングの制御性や再現性が良くなり、かつ結晶構造を変化させずにp型伝導が得られるZnO系薄膜及びZnO系半導体素子を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1記載の発明は、MgZnO層とZnO層との積層構造を有する超格子層であって、前記MgZnO層又はZnO層の少なくとも一方の層にアクセプタドーピングが施されていることを特徴とするZnO系薄膜である。
【0010】
また、請求項2記載の発明は、前記アクセプタドーピングが施された一方の層はMgZnO層であり、他方のZnO層は意図的にはドーピングされていないことを特徴とする請求項1記載のZnO系薄膜である。
【0011】
また、請求項3記載の発明は、前記MgZnO層のMg組成比率は50%以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれか1項に記載のZnO系薄膜である。
【0012】
また、請求項4記載の発明は、前記MgZnO層のMg組成比率は30%以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれか1項に記載のZnO系薄膜である。
【0013】
また、請求項5記載の発明は、前記超格子層の各層の膜厚が10nm以下であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のZnO系薄膜である。
【0014】
また、請求項6記載の発明は、前記アクセプタは窒素又は銅であることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のZnO系薄膜である。
【0015】
また、請求項7記載の発明は、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載のZnO系薄膜をp型層としてZnO系半導体により積層体を構成したZnO系半導体素子である。
【0016】
また、請求項8記載の発明は、前記超格子層は、MgZn1−YO(0≦Y<1)基板上に成長されていることを特徴とする請求項7記載のZnO系半導体素子である。
【発明の効果】
【0017】
本発明のZnO系薄膜は、MgZnO層とZnO層との積層構造を有し、このMgZnO層又はZnO層の少なくとも一方の層にアクセプタドーピングが施された超格子層で構成されているため、ZnO系結晶が持つ自然分極及び圧電分極により、超格子構造における価電子帯構造を人為的に変化させることができ、価電子帯の分散が小さいという性質が変化するので、p型伝導が得られやすくなる。したがって、ドーピングの制御性や再現性が良くなり、かつドーピング材料によって結晶構造を変化させずにすむので、所望のZnO系半導体素子を容易に構成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を説明する。図1は本発明のZnO系薄膜を含むZnO系積層体の構成を示す。ここで、ZnO系薄膜とはZnOを主成分とする薄膜のことであり、ZnO又はZnOを含む化合物から構成され、具体例としては、ZnOの他、IIA族元素とZn、IIB族元素とZn、またはIIA族元素およびIIB族元素とZnのそれぞれの酸化物を含むものを意味し、バンドギャプを広げるためにMgが混ざったMgZn1−xOなどの混晶も含まれる。
【0019】
図1のZnO系積層体は、ZnO基板1上に、アンドープZnO層2、MgZnO/ZnO超格子層3、アンドープMgZnO層4が順に積層されている。このZnO系積層体は、本発明のZnO系薄膜となるMgZnO/ZnO超格子層3を形成し、その特性を調べるためのものである。
【0020】
MgZnO/ZnO超格子層3は、アクセプタドーピングされたZnO層3aとアクセプタドーピングされたMgZn1−XO(0<X≦0.5)層3bとが交互に積層された超格子構造で構成されている。ZnO層3aとMgZn1−XO(0<X≦0.5)層3bとにドープされるアクセプタとしては窒素(N)又は銅(Cu)等が用いられる。なお、上記のようにMgZnO層3bのMg組成Xを0<X≦0.5としているのは、現在、均一なMgZnO混晶を作製できるMg組成比率は50%以下であるためで、より確実に均一なMgZnO混晶を作製するには、Mg組成比率は30%以下とすることが望ましい。
【0021】
また、ZnO層3aの膜厚は1〜10nmの範囲で、MgZnO層3bの膜厚は1〜10nmの範囲で形成されるとともに、ZnO層3aとMgZnO層3bは交互に10〜100周期積層され、MgZnO/ZnO超格子層3全体の膜厚は、200nm程度に形成されている。ここで、バンドギャップは、ZnO層3aよりもMgZnO層3bの方が大きい。一方、アンドープZnO層2は10nm、アンドープMgZnO層4は10nmに形成される。
【0022】
アクセプタのドーピングが行われやすくし、アクセプタを活性化しやすくするためには、前述したように、ZnO系薄膜の価電子帯の構造を変化させることができれば、実現できる。そこで、MgZnO/ZnO超格子層3で示されるように、ZnO系薄膜を超格子構造とし、価電子帯構造を人為的に作製することで、ZnO系薄膜の価電子帯が酸素2p軌道で構成され、分散が小さいという性質を変えて、p型伝導を得られやすくした。
【0023】
ZnO系薄膜の超格子構造であれば、所望の組成に作製することや、意図したようにドーピングの制御を行うこと等は、通常の薄膜形成技術を用いれば、容易に達成することができ、従来技術のように基板温度を変調してアクセプタをドーピングするより遥かに簡単である。
【0024】
図2は、図1のMgZnO/ZnO超格子層3におけるZnO層3aの膜厚を5nm、MgZnO層3bの膜厚を5nm、積層周期20とした場合に、MgZnO/ZnO超格子層3の表面にX線を照射してX線回折測定(XRD測定)を行った結果を示す。縦軸がX線強度(カウント数)、横軸が検出器の角度(度)であり、検出器スリット1/8度である。図2では、サテライトピークSが現れており、超格子構造が形成できていることが示されている。
【0025】
図3はバンド構造が変化することを確認するために、MgZnO/ZnO超格子層3を、アクセプタドーピングを行わないアンドープMgZnO/ZnO超格子層に形成した後、図1のZnO系積層体を12K(ケルビン)に冷やし、He−Cdレーザーで励起したフォトルミネッセンス(PL)の結果である。横軸は光子エネルギー(eV)を、縦軸は、PL測定のときに通常用いられる任意単位(対数スケール)を表す。図4、5のPL測定のきのグラフも同様である。
【0026】
アンドープMgZnO/ZnO超格子層におけるMgZnO層のMg組成比率は7%(上記X=0.07)とした。また、アンドープMgZnO/ZnO超格子層におけるZnO層膜厚/MgZnO層膜厚を、10nm/10nm、5nm/5nm、2nm/2nmの各膜厚に変化させてPL強度測定を行った。なお、このとき、アンドープMgZnO/ZnO超格子層全体の膜厚は変化させずに、200nmで固定である。
【0027】
一番下部にあるカーブ(2点鎖線の曲線)が200nmの膜厚のアンドープZnO層単体からの発光である。また、図示されているように、一点鎖線の曲線が図1の積層体においてアンドープ超格子層3のMg0.07ZnO/ZnOが10nm/10nmの膜厚の場合を、点線の曲線が5nm/5nmの膜厚を、実線が2nm/2nmの膜厚の場合を示す。
【0028】
この中でもっとも大きいピークはドナー束縛励起子(Neutral Donor Bound Exciton:DoX)発光であり、ZnOで普通に良く見られるものである。○で囲んだ部分A1〜A4は,DoXと自由励起子(Free Exciton:FE)の領域のうち、最もバンド端に近い部分での発光線である。一見して、この部分の発光が超格子化によって大きく変化しているのがわかる。図の細矢印で結んだ部分の変化を見ればわかるように、FEの領域の強度が増し、ZnOのバンド構造が変化している。
【0029】
特に膜厚が2nm/2nmになると、MgZnOの発光線の延長線やZnOの発光線の延長線上とは異なる構造が見られる。これはZnOの励起子のボーア半径が3nmといわれおり、膜厚2nm近傍になると隣りあうZnO井戸層中の励起子の波動関数が重なり合ってくるためだと思われる。
【0030】
次に、アクセプタとして窒素をMgZnO/ZnO超格子層3の各層にドーピングし、図1の積層体を12Kに冷し、He−Cdレーザーで励起したフォトルミネッセンス(PL)結果を図4、5に示す。まず、図4に示されているように、一点鎖線の曲線が図1の積層体において窒素ドープ超格子層3のMg0.07ZnO/ZnOが2nm/2nmの膜厚の場合を、実線の曲線が10nm/10nmの膜厚の場合を、点線の曲線が窒素ドープZnO層単体の場合を示す。いずれの場合も、窒素ドープMgZnO/ZnO超格子層3全体の膜厚は、200nmで固定である。また、窒素ドープ濃度は、3×1018cm−3〜3×1019cm−3程度の範囲(例えば、1×1019cm−3)で行った。
【0031】
アクセプタをドープすると、通常良く見られるドナー・アクセプタペア発光(Donor Acceptor Pair:DAP)がはっきりと観測できる。このDAP発光に超格子の効果がはっきりと現れている。DAPのうち一番高エネルギー側のピークのZPL(Zero Phonon Line)を、窒素ドープZnO層単体の場合はP1、10nm/10nm膜厚の場合はP2、2nm/2nm膜厚の場合はP3で示すと、図のように表され、ZPLがブルーシフト(高エネルギー側への移動)していることがわかる。ところで、DAP発光の位置というのは、以下のように決まる。
【0032】
DAP発光のエネルギーをEDAP、最低励起エネルギーをE、ドナー準位をE、アクセプタ準位をE、ドナーとアクセプタとの距離をrDA、真空誘電率ε、比誘電率ε、電子の電荷をe、プランク定数をh、LO(Longitudinal Optical)フォノンの振動数をωLOとすると、
DAP=E−E−E+(e/4πεεDA)−(mhωLO/2π)
となる。ここで、mは0以上の整数である。
DAPの発光位置というのは、上記式のように決定されるので、通常はドナー、アクセプタの種類、およびその濃度が決まれば、決定されるものである。図4の場合、窒素ドープMgZnO/ZnO超格子層3以外は、図1に示される同じ層構造のものを比較しているので、DAPのZPLのブルーシフトは明らかに超格子の効果である。
【0033】
また、上記ブルーシフトは、アクセプタ準位が浅くなっていることを示している。これは、図4に示されるようにDoX発光位置が動いてないことから、ドナー準位がいずれの場合においてもほぼ同じであると考えられ、上記の式を考慮すれば明らかである。アクセプタ準位が浅いとアクセプタは活性化しやすい。よって超格子によりアクセプタが活性化しやすくなったといえる。これは著しい超格子の効果であり、窒素濃度を一定に保ち、MgZnO/ZnOの薄膜、組成といった制御しやすいパラメータで活性化エネルギーを制御できることになり、所望のp型ZnO系薄膜を容易に作製することができる。
【0034】
次に、図5は、窒素ドープMgZnO/ZnO超格子層3のMg0.07ZnO膜厚/ZnO膜厚を、2nm/2nmに形成した場合と、1nm/1nmに形成した場合とを比較したものである。2nm/2nmの膜厚については、MgZnO/ZnO超格子層3の成長温度を880℃にした場合と、成長温度を790℃にした場合とに分けて測定した。1nm/1nmの膜厚については、成長温度を790℃にした。
【0035】
図示されているように、一点鎖線が膜厚1nm/1nmで成長温度790℃の条件での測定曲線で、D3のピークは前述したDoX発光を示す。点線は膜厚2nm/2nmで成長温度790℃の条件での測定曲線で、D2のピークがDoX発光を示す。実線は膜厚2nm/2nmで成長温度880℃の条件での測定曲線で、D1のピークがDoX発光を示す。超格子層3のMgZnO/ZnOの各膜厚を2nm/2nmから1nm/1nmに半減させても,まだ超格子構造によるDAP発光位置のブルーシフトが見られる。
【0036】
また、D2とD3のピーク高さを比較すればわかるように、同時にDoX発光強度の低下が発生する。窒素ドープによるドナー発生の抑制とアクセプタ準位が浅くなる作用が同時に発生していることと考えられ、p型化するのには、非常に好ましい状態である。
【0037】
また、窒素等のアクセプタドーピングは、ZnO層3aとMgZnO層3bの両方の層に対して行わずに、どちらか一方の層だけに行っても有効である。特に、MgZnO層3bにだけアクセプタドーピングを行うと、狭バンドギャップZnO層3a中をホールが走行することができ、好適である。さらに、膜厚についても、ZnO層3aとMgZnO層3bとを同じ膜厚にせずに、MgZnO層3bよりもZnO層3aの方の膜厚を厚くしても良いし、逆に、ZnO層3aよりもMgZnO層3bの方の膜厚を厚くしても良い。
【0038】
以上の例では、アクセプタとして窒素を用いていたが、窒素の替わりに、銅(Cu)を用いるようにしても良い。この場合、MgZnO/ZnO超格子層3によって価電子帯構造を人為的に変化させ、分散を大きくしているので、p型伝導が得られやすい状態となり、従来のようにCuを酸素に匹敵する量でまぜる必要が全くなくなるため、結晶構造が変化してしまうことがない。
【0039】
次に、本発明のMgZnO/ZnO超格子層3を含む図1のZnO系積層体の製造方法を説明する。m軸方向にc軸がOFFしているZnO基板1を使用する。ZnO基板1の裏面側、すなわちアンドープZnO層2〜アンドープMgZnO層4を成長させる面とは反対側の面には、次の手順でつけた温度モニター用のメタル構造体を形成する。
【0040】
ZnO基板1の裏面にTi/Ptを蒸着する。Ti厚みは20〜1000Å程度、Pt厚みは50〜10000Å程度に形成する。次に、ランプ加熱炉で400℃〜800℃で加熱し、TiとZnOの密着性を良くする。このメタル構造体は以下のような効果を有する。
【0041】
ここで、基板温度の測定は、図8又は図9のような構成で行われる。100はZnO系基板であり、図1で言えば、ZnO基板1に相当する。ZnO系基板100の結晶成長表面側とは反対側に金属多層膜110が形成されている。金属多層膜110は、ZnO系基板100側からTi(チタン)膜/Pt(白金)膜の順に積層された積層体である。
【0042】
そして、図8の構成では、金属多層膜110が形成されたZnO系基板100を基板ホルダー120に取り付け、図9の構成では、ZnO系基板100を基板ホルダー130に取り付け、ヒータ等の熱源140により熱を加えて所定の成長温度にし、このときの基板温度を赤外線温度計(パイロメーター)160により測定する。
【0043】
ZnOは可視光領域から波長8μm程度にわたってほぼ透明であり、金属多層膜110が設けられていない場合には、一般的に基板温度をモニターするパイロメーター(被測定物の赤外線を測定している)では、ZnO系基板100の後ろにあるもの、図8では基板ホルダー120の温度、図9では熱源140の温度を見てしまう。
【0044】
ZnO系基板100背面にあるものからの赤外線をカットするには金属薄膜形成が有用であるが、ZnOは酸化雰囲気で成膜されるため、Ti、Ni、W、Taといった酸化されやすい材料は使えない。酸素に強く、750℃を超える温度で耐えられる金属となるとPtやAuがあるが、酸化物上ではPtは非常にはがれやすく、パーティクルの要因になりやすい。そのため、「のり」としてTiを比較的薄く挿入し、アニールすることで密着性よくZnOにPtをくっつけた。こうすると、ZnO系基板100が加熱されるとZnOによく付着したPtはZnO系基板100と同じ温度で温まる上、ZnO系基板100の背後にあるものからの赤外線をカットした上で、自分自身は赤外放射するため、パイロモニター160で基板温度を正確にモニターできる。我々の測定では放射率0.18で測定すると一番実温度に近い値が得られた。
【0045】
InGaAsを検出器に使う上記パイロメーター160では数μm程度を検出波長に使うので、前述したように、ZnO系基板やZnO系薄膜のように赤外領域で透明性が高いと基板温度が正確に測定できない。そのために、上記のように、Ti膜/Pt膜からなる金属多層膜110を設けている。
【0046】
ところが、サーモグラフィは、約8μm〜14μm程度の範囲を波長感度に持つため、室温からの測定が可能であり、ZnO系基板やZnO系薄膜等の温度測定に適している。サーモグラフィは、周知のように物体から放射される赤外線を分析し、熱分布を図として表した可視化が可能な装置である。サーモグラフィを採用した場合、ZnO系基板100から放射される赤外線を分析して、熱源140により加熱された基板100の熱分布を計測する。
【0047】
例えば、波長が8μmの赤外線がZnO系基板100を透過する透過率は数%であるが、金属多層膜110を形成せず、ZnO系基板100単体とし、この基板をサーモグラフィによって観測すると、黒くみえる。つまり、サーモグラフィからみてZnO系基板100の背後にある物体から放射される赤外線はZnO系基板100によりカットされ、ZnO系基板100から放射される赤外線に基づき、基板温度を高精度にサーモグラフィにより計測できる。
【0048】
なお、サーモグラフィを採用する場合は、ボロメータ型の赤外線検出器を備えるサーモグラフィであることが好ましい。冷却が必要な量子型の赤外線検出器を使用した赤外線アレイセンサを備える場合に比べて、ボロメータ型若しくは焦電型などの熱型の赤外線検出器を使用した非冷却型赤外線サーモグラフィは、小型・軽量化および低価格化が可能なためである。
【0049】
一方、実温度は基板上にAu/Si、Al/Si、AlをInで貼り付けて測定した。Au/Siは363℃、Al/Siは577℃で混じり合う(共晶という)し、Alは660℃で溶ける。これらの値は熱力学的に決まっている温度で起こる現象なので、実験環境によって変わらない値で、実温度測定に非常に適している。
【0050】
次に、上述したメタル構造体(金属多層膜110)が裏面に形成されたZnO基板1をロードロック室に入れ、水分除去のために1×10−5〜1×10−6Torr程度の真空環境で200℃、30分程度加熱する。1×10−9Torr程度の真空を持つ搬送チャンバーを経由して、液体窒素で冷やされた壁面を持つ成長室に基板を導入し、MBE法を用いてZnO系薄膜を成長させる。
【0051】
Znは7Nの高純度ZnをpBN製の坩堝に入れたクヌーセンセル(分子線セル)を用い、260〜280℃程度に加熱して昇華させることにより、Zn分子線として供給する。2A族元素の一例としてMgがあるが、Mgも6Nの高純度Mgを用い、同様の構造をしたクヌーセンセルから300℃〜400℃に加熱して昇華させ、Mg分子線として供給する。
【0052】
一方、酸素は6NのOガスを用い、電解研磨内面を持つSUS管を通じて円筒の一部に小さなオリフィスを開けた放電管を備えたRFラジカルセルに0.1sccm〜5sccm程度で供給、100〜300W程度のRF高周波を印加してプラズマを発生させ、反応活性を上げたOラジカルの状態にして酸素源として供給する。プラズマは重要で、O生ガスを入れてもZnO系薄膜は形成されない。
【0053】
基板の加熱は、一般的な抵抗加熱であればSiCコートしたカーボンヒータを使う。Wなどでできた金属系のヒータは酸化してしまい使えない。他にもランプ加熱、レーザー加熱などで温める方法もあるが、酸化に強ければどの方法でもかまわない。
【0054】
750℃以上に加熱し、約30分、1×10−9Torr程度の真空中で加熱した後、酸素ラジカルセルとZnセルのシャッターを開けてZnO薄膜成長を開始する。この時、どういった種類の膜を形成するかに関わらず、平坦膜を得るためには750℃以上が必要である。そして、アンドープZnO層2を結晶成長させた後、MgZnO/ZnO超格子層3の成長を開始する。
【0055】
Mgの供給は、セル温度によってMg供給量を変え、Mg組成を調節する。Mg組成は元々のZn/O供給比に依存するため、成長条件によって同じ組成を得るためのMg供給量は違う。我々の場合はMgセルの温度250℃〜400℃、Mg供給量1×10−9Torr〜1×10−7Torrの範囲で組成が0%〜35%の変調ができる。
【0056】
アクセプタドーピングについては、ドーパントに窒素を採用する場合は酸素と同様の構造のラジカルセルを用い、NOガスを0.1〜1sccmで供給、RFを100〜500Wで供給するが、チャンバーの大きさ、ラジカルセルの大きさで条件は変わるので、かならずしもこれでなければいけない、というわけではない。NOガスを使う場合は、NOガスだけ供給しても窒素ドープのZnO又はMgZnOが作製できる。また、ドーパントに銅を採用する場合は、Znの供給と同様、クヌーセンセルを用い、加熱して昇華させることにより、Cu分子線として供給する。
【0057】
窒素ドープZnO層3aを1〜10nm程度成長した後、Mgセルシャッターを開けることで窒素ドープMgZnO層3bを形成することができ、Mgセルシャッターの開閉を所定期間繰り返して行うことで、ZnO層3aとMgZnO層3bの積層構造を形成することができ、超格子構造が作製される。次に、Mgセルシャッターを開いた状態にし、窒素ラジカルセルのシャッターを閉じてアンドープMgZnO層4を形成する。
【0058】
次に、以上説明したように、アクセプタドーピングされ、p型化されたMgZnO/ZnO超格子層3を用いたZnO系半導体素子の例を図6、7に示す。
【0059】
図6は、MgZnO/ZnO超格子層3とZnO系半導体層を用いたLED素子の例である。導電性のMgZn1−YO(0≦Y<1)基板11上に、n型MgZnO層12、MgZnO/ZnO活性層13、MgZnO/ZnO超格子層31が積層されている。MgZnO/ZnO超格子層31が、前述した本発明のMgZnO/ZnO超格子層3である。また、MgZnO/ZnO超格子層31上にp電極14が、MgZnO基板11の裏面にn電極15が形成されている。
【0060】
MgZnO基板11上に形成される各ZnO系半導体層のMg組成比率や膜厚等は、例えば、以下のように構成される。n型MgZnO層12は、Mg組成比率が15%でドナーGaがドーピングされる。MgZnO/ZnO活性層13は、n側から膜厚5nmのアンドープMg0.07ZnO障壁層と膜厚2nmのアンドープZnO井戸層とが交互に数周期積層された多重量子井戸構造を有している。p型のMgZnO/ZnO超格子層31は、活性層側から膜厚5nmのアンドープZnO層と膜厚5nmの窒素ドープMg0.01ZnO層とが交互に積層された超格子構造を有している。p電極14は、例えば、直径100μmのAu/Niの多層金属膜で、n電極15はTi/Auの多層金属膜で構成される。
【0061】
上記のように、図6記載のLEDは、MgZnO/ZnO活性層13をp型のMgZnO/ZnO超格子層31とn型のMgZnO層12とで挟み込んだダブルへテロ構造を有し、p電極14とn電極15との間に順方向バイアスを印加すれば、MgZnO/ZnO活性層13が発光し、この光は、p電極14の方向に取り出される。
【0062】
次に、図7に示されたZnO系半導体素子は、MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)の例を示す。導電性のMgZn1−YO(0≦Y<1)基板21上に、n型MgZnO層22、p型のMgZnO/ZnO超格子層32、n型ZnO層23が積層されたN−P−N構造を有している。MgZnO/ZnO超格子層32が、前述した本発明のMgZnO/ZnO超格子層3である。
【0063】
ここで、n型MgZnO層22がドレイン層に、MgZnO/ZnO超格子層32がチャネル層に、n型ZnO層23がソース層に相当する。ウエハ中央部にはU字形状の溝(トレンチ)が形成されており、このU字形状の溝からn型ZnO層23の表面にかけてゲート絶縁膜25が形成され、ゲート絶縁膜25が形成された領域内にゲート電極26がゲート絶縁膜25上に積層されている(MOS構造)。また、ゲート電極26と同一面側(表面側)にソース電極27が、ソース電極27と対向するようにドレイン電極24がウエハの裏面全体に渡って形成されている。
【0064】
図7の各部は、例えば、以下のように構成される。n型MgZnOドレイン層22は、ドナーGaドープで、Mg組成比率は5%〜35%に形成される。また、このドレイン層は、n型MgZnO層とせずに、アンドープMgZnO層としても良い。MgZnO/ZnO超格子チャネル層32は、ドレイン層側から膜厚50nm〜300nmの窒素ドープZnO層と膜厚50nm〜300nmの窒素ドープMgZnO層(Xは0.05〜0.1)とが交互に積層された超格子構造を有している。n型ZnOソース層23は、ドナーGaがドープされている。ゲート絶縁膜25はSiO等で、ゲート電極26、ソース電極27、ドレイン電極24は、いずれもTi/Auの多層金属膜で構成されている。
【0065】
図7の各ZnO系半導体素子は、図1の場合と同様MBE法を用いて形成するが、簡単に工程を説明する。MgZnO基板21をロードロック室に入れ、水分除去のために1×10−5〜1×10−6Torr程度の真空環境で200℃、30分程度加熱する。1×10−9Torr程度の真空を持つ搬送チャンバーを経由して、液体窒素で冷やされた壁面を持つ成長室に基板を導入する。Gaドープ又はアンドープのドレイン層22、窒素ドープMgZnO/ZnO超格子層32、n型ZnO層23を順に結晶成長させる。n型ZnO層23のGaドープ濃度は、1017〜1019cm−3に形成される。
【0066】
以上のように、作製されたN−P−Nの積層体をHCl又はHNOを用いてメサエッチングを行い、U字溝を形成する。次に、PECVD法によりU字溝からn型ZnO層23表面にかけて、ゲート絶縁膜25を形成した後、スパッタ又は蒸着により、ゲート電極26、ソース電極27、ドレイン電極24を作製する。
【0067】
このように形成されたMOSFETの動作を以下に簡単に述べる。ソース電極27とドレイン電極24との間には、ドレイン電極24側が正となる逆バイアス電圧が与えられる。これにより、n型MgZnOドレイン層22、p型MgZnO/ZnO超格子チャネル層32で構成されるPN接合には逆方向電圧が加えられる。このとき、ソース−ドレイン間は遮断状態となるが、この状態で、ソース電極27とゲート電極26との間に、ゲート電極26側が正となる所定の電圧を加えると、p型MgZnO/ZnO超格子チャネル層32におけるチャネル領域32aには、電子が誘起されて、反転チャネルが形成される。
【0068】
この反転チャネルを介して、n型MgZnOドレイン層22とn型ZnOソース層23間が導通し、電子がソース電極27からチャネル領域32aを通過してドレイン電極24に移動する(電流は逆の経路になる)ので、ソース−ドレイン間が導通する。このように、ゲート電極26に所定のバイアスを加えたときにソース−ドレイン間が導通し、ゲート電極26にバイアスを与えないときにはソース−ドレイン間が遮断状態となる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明のアクセプタドーピングされたZnO薄膜を含むZnO系積層体である。
【図2】図1のMgZnO/ZnO超格子層のX線回折測定を行った結果を示す図である。
【図3】図1のMgZnO/ZnO超格子層にドーピングを行わない場合のPL測定結果を示す図である。
【図4】図1のMgZnO/ZnO超格子層にアクセプタドーピングを行った場合のPL測定結果を示す図である。
【図5】図1のMgZnO/ZnO超格子層にアクセプタドーピングを行った場合のPL測定結果を示す図である。
【図6】本発明のMgZnO/ZnO超格子層を用いたZnO系半導体素子の一例を示す図である。
【図7】本発明のMgZnO/ZnO超格子層を用いたZnO系半導体素子の一例を示す図である。
【図8】ZnO系薄膜を成長させる場合の基板温度を計測する構成を示す図である。
【図9】ZnO系薄膜を成長させる場合の基板温度を計測する他の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0070】
1 ZnO基板
2 アンドープZnO層
3 MgZnO/ZnO超格子層
3a アクセプタドープZnO層
3b アクセプタドープMgZnO層
4 アンドープMgZnO層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MgZnO層とZnO層との積層構造を有する超格子層であって、前記MgZnO層又はZnO層の少なくとも一方の層にアクセプタドーピングが施されていることを特徴とするZnO系薄膜。
【請求項2】
前記アクセプタドーピングが施された一方の層はMgZnO層であり、他方のZnO層は意図的にはドーピングされていないことを特徴とする請求項1記載のZnO系薄膜。
【請求項3】
前記MgZnO層のMg組成比率は50%以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれか1項に記載のZnO系薄膜。
【請求項4】
前記MgZnO層のMg組成比率は30%以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれか1項に記載のZnO系薄膜。
【請求項5】
前記超格子層の各層の膜厚が10nm以下であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のZnO系薄膜。
【請求項6】
前記アクセプタは窒素又は銅であることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のZnO系薄膜。
【請求項7】
請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載のZnO系薄膜をp型層としてZnO系半導体により積層体を構成したZnO系半導体素子。
【請求項8】
前記超格子層は、MgZn1−YO(0≦Y<1)基板上に成長されていることを特徴とする請求項7記載のZnO系半導体素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2009−21540(P2009−21540A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−5975(P2008−5975)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】