説明

マルチフェロイック素子

【課題】 数100ガウス程度の磁場強度で電流を誘起でき、また電気分極の強度や方向を制御できるマルチフェロイック素子を提供する。
【解決手段】 マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイック固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁界5が印加するように配置し、金属電極2間に誘起される電流を利用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性と強磁性を併せもつ新機能素子マルチフェロイック素子に係り、反復的な磁化反転により変位電流を発生させることが可能なことからナノメートルサイズのナノ発電装置を提供する。また、外部磁場により電気分極を生成、その強度や方向の制御可能な素子を提供する。さらに、磁化によって記憶された情報を読み出すのに必要な磁気センサーに利用される。さらに、この素子はメモリ素子に関する技術に応用できる。
【0002】
本願発明者らは、強誘電性とスピンの向きが円錐の外側を沿うように回転しているスピン構造をもつ強磁性とを併せもつマルチフェロイック固体材料で、外部磁場により電気分極を発生することを用いたマルチフェロイック素子を発明した(下記特許文献1,非特許文献参照)。
【特許文献1】特願2006−144309
【非特許文献1】Y.Yamasaki et al., Phys.Rev.Lett. 96, 207204(2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、この発明におけるMCr2 4 (M=Mn,Fe,Co,Ni)化合物において、これを制御するためには、数1000ガウス程度の大変大きい外部磁場強度を必要とする。
【0004】
本発明は、上記状況に鑑みて、数100ガウス程度の磁場強度で電流を誘起でき、また電気分極の強度や方向を制御できるマルチフェロイック素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕マルチフェロイック素子において、酸化鉄を主原料として含む強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料で、300ガウス以下の弱い外部磁場により電流を誘起させることを特徴とする。
【0006】
〔2〕マルチフェロイック素子において、酸化鉄を主原料として含む強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料で、300ガウス以下の弱い外部磁場により電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とする。
【0007】
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック素子において、前記マルチフェロイック固体材料はA2 2 Fe1222のフェライト化合物であり、AはCa,Ba,Srもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなることを特徴とする。
【0008】
〔4〕上記〔1〕又は〔2〕記載のマルチフェロイック素子において、前記マルチフェロイック固体材料はA2 2 ―xCxFe1222のフェライト化合物であり、AはCa,Ba,Srもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる元素であり、CはZnからなる元素で、xの範囲は0<x≦1であることを特徴とする。
【0009】
〔5〕上記〔3〕記載のマルチフェロイック素子において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素中で400℃から800℃の範囲で、100から400時間の範囲で熱処理を追加し、らせん磁性転移温度を260Kまで高温化させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0011】
(1)反復的な交流磁場(磁場反転) しかも300ガウス以下の弱い磁場強度によって配線に変位電流が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。これは例えば、人体外から反復的な弱磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
【0012】
(2)磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能するデータ読み出し用磁気センサーとして利用することができる。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。この磁気センサー素子はナノサイズまで微細化も可能であることから、情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。この磁気センサーは弱磁場で分極を制御できることから、高感度な磁気センサーとなる。
【0013】
(3)マルチフェロイックメモリ素子(MFM素子と呼ぶ)は、電流誘起磁界と異なり電界誘起なので大幅な電流消費を抑えることが可能となる。さらに誘起された磁化はヒステリシスを有することから、メモリ効果を持ち不揮発性メモリ素子となる。素子構造も簡単であることから微小メモリを構成することができ高密度メモリが可能となる。少ない層構成はプロセスコストを飛躍的に低減する。新しい低消費電力、高集積、低製造コストのマルチフェロイック不揮発性メモリ素子(MFM素子)が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる構造を有し、電極に平行に交流磁場を印加するように配置し、電極間に流れる電流を利用する。磁気センサー素子は、金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる構造を有し、情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した弱い磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向に発生した電気分極を電圧計にて検知する構造とすればよい。また、マルチフェロイックメモリ素子は、二つの金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる。特定の選択されたビット線とワード線との間に電圧を印加することにより、この選択された線に挟まれた単一メモリ素子に特定方向に磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間は非磁性体固体材料を埋め込まれた構造とする。データの読み出しは、特定の選択されたビット線とワード線間に発生した分極に起因する電圧強度で0もしくは1を判定すればよい。
【実施例】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0016】
図1は本発明の第1実施例を示すマルチフェロイックナノ発電機の模式図である。
【0017】
この図において、1はマルチフェロイック固体材料、2はそのマルチフェロイック固体材料1の両側に形成される金属電極、3はその金属電極2に接続される配線、4はその配線3に接続される電気機器、5はマルチフェロイック固体材料1に作用する交流磁場である。
【0018】
図1に示すように、マルチフェロイックナノ発電機は、金属電極2に挟まれたマルチフェロイック固体材料1からなる構造を有し、金属電極2に平行に交流磁場5を印加するように配置し、金属電極2間に流れる電流を電気機器4の稼働に用いればよい。この実施例によれば、配線4には反復的な300ガウス以下の弱い交流磁場(磁場反転) 5によって変位電流6が流れ続けることから、ナノメートルサイズの発電コイルが組み込まれたナノサイズの発電機として機能する。これは例えば、人体外から反復的な磁場を与えることによって、人体の血管中のミクロのモータに駆動電力を与えることができる。
【0019】
図2は本発明の第2実施例を示すマルチフェロイック磁気センサー素子の模式図である。
【0020】
11はマルチフェロイックス固体材料、12はそのマルチフェロイックス固体材料11の両側に形成される金属電極、13はその金属電極12に接続される配線、14はその配線13に接続される電圧計、15はマルチフェロイック固体材料11に作用するデータが記憶された垂直記録材料である。
【0021】
図2に示すように、磁気センサー素子は、金属電極12に挟まれたマルチフェロイック固体材料11からなる構造を有し、垂直記録材料15の情報に対応した磁化の漏れ磁場により発生した磁場により、その磁場にほぼ垂直な方向に発生した電気分極を電圧計14にて計測する構造とすればよい。
【0022】
この実施例によれば、データが記憶された垂直記録材料15からの磁場により分極を発生することができることから、データ読み出し用磁気センサーとして働く。
【0023】
この場合、磁気センサー部と電気分極発生部が同一固体材料で構成できることから、特殊な形状を有することなく機能する。その結果、磁気センサー素子の構造が単純となり、大幅なコストメリットが発生する。このセンサー素子はナノサイズまで微細化も可能であることから、情報の記憶を担う磁化領域の微細化に対応可能な磁気センサーとなる。
【0024】
また、マルチフフェロイックメモリ素子は、二つの金属電極に挟まれたマルチフェロイック固体材料からなる。特定の選択されたビット線とワード線との間に直流電源又は交流電源から配線を介して電圧を印加することにより、この選択された線に挟まれた単一メモリ素子に特定方向に磁化を発生させる。発生した磁化はメモリ機能を有する。メモリ素子間はマルチフェロイック固体材料が埋め込まれた構造とする。
【0025】
図3は、本発明にかかるマルチフェロイックメモリセルの配置図、図4はそのマルチフェロイック素子の磁場誘起電流発生の構成図、図5は本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBa2 Mg2 Fe1222の単結晶を示す図面代用の写真である。
【0026】
図3において、21はマルチフェロイック固体材料、22は上下の金属電極、23はマルチフェロイックメモリセル、24はビット線、25はワート線である。
【0027】
この図において、データの読み出しは、特定の選択されたビット線24とワード線25間に発生した分極に起因する電圧強度で0もしくは1を判定するようにしている。
【0028】
また、図4は実際の電流測定の際の構成図である。
【0029】
この図において、31はマルチフェロイック固体材料、32は上下の金属電極、33は外部から印加した磁場、34は発生した電気分極の方向である。35は誘起された電気分極により発生したマルチフェロイック固体材料31の上下金属電極32間の電流を計測する電流計である。電極材料は銀ペーストを用いたが、その他アルミニウム、金などの金属で問題はない。
【0030】
マルチフェロイック固体材料31として六方晶フェライト構造を持つ化合物のうち、Ba2 Mg2 Fe1222を用いた場合の結晶方位の配置を36に示す。用いた試料はフラックス法で作製した単結晶である(図5参照)。なお、図5において、写真は[001] 面である。
【0031】
Ba2 Mg2 Fe1222の結晶構造と磁気構造を図6に示す。その磁気構造は[001] 方向に伝搬ベクトルをもつらせん型のスピン構造である。室温ではフェリ磁性(強磁性の一種)であるが、−78℃以下の温度でらせん型になり、−223℃以下では円錐型になる。右端の磁気構造は、磁場によって円錐が[001] に対して斜めに傾いた状態を表しており、紙面に対して垂直(奥が正)に電気分極が生じる。
【0032】
図7に、Ba2 Mg2 Fe1222結晶材料に300ガウスの弱い外部磁場を[100] 方向で振動させた場合に発生した電流及び電気分極の測定結果を示す。測定温度は−268℃である。交流磁場印加に相応して電流が流れ、また、電気分極も正負が交互に発生していることが分かる。この測定において印加した磁場と発生した電気分極の時間変化を図8に模式的に示した。円錐上の矢印は、伝播ベクトル方向に沿ってスピンが回転する方向を示す。
【0033】
図9は電気分極の磁場方位依存性を示す図である。
【0034】
図9においては、図9(a)で、水平的な回転磁界の元での磁気電気(ME)分極の測定のための模式的構成を示し、そして、図9(d)で、垂直的な回転磁界の元での磁気電気(ME)分極の測定のための模式的構成を示している。ここで、φ及びθはBと[120] の間及びBと[001] の間の相対角がそれぞれ定義されている。
【0035】
図9(b),(c),(e),(f)は、300ガウスと10000ガウスの回転磁場の基での磁気電気分極のφ依存性及びθ依存性を示している。
【0036】
Ba2 Mg2 Fe1222結晶材料は、印加する外部磁場の方向で、発生する電流及び電気分極の強度や方向を制御できる。300ガウスの磁場を[001] を中心に回すと、電気分極も同じ面内で回転する〔図9(b)〕。一方、[120] を中心として磁場を回すと、電気分極の方向はそのままで大きさが変化する〔図9(e)〕。10000ガウスの磁場を印加すると、[001] 面内で回転した場合はやはり電気分極も回転する〔図9(c)〕が、[120] 面内で回転すると強誘電分極が消失する〔図9(f)〕。このように磁場の方向で発生する電流強度及び電気分極の強度や方向を制御できる。
【0037】
以上、マルチフェロイック材料Ba2 Mg2 Fe1222の場合、300ガウスの弱い外部磁場でその電流や電気分極を生成し、電気分極の強度や方向を制御することが可能であることを始めて実証した。与える磁場強度はこの例では300ガウス程度の弱い磁場であった。従来例では同程度の電流強度を得るために数1000ガウス程度の磁場強度が必要であったが、これと比較して一桁低い磁場強度で同程度の電流強度を得ることができた。さらに材料を選択すれば、電流密度の向上を図ることができる。
【0038】
実施例での測定温度は−268℃の温度領域で、極低温領域であるが、らせん磁性を示すスピン状態でこのような現象が起こることから、らせん磁性転移を高温までもってくればよい。酸素中で400℃から800℃の範囲で、100から400時間の範囲の熱処理を追加することによりらせん磁性転移温度を260Kまで高温化させることが可能である。さらに温度プロセスの最適化により常温化の可能性は高い。
【0039】
強磁性と強誘電性をあわせもつマルチフェロイック固体材料Ba2 Mg2 Fe1222で、外部磁場により電流や電気分極を制御できることを実施例で示したことから、逆の過程である電場により電気分極を形成し、磁化を発生させることが可能である。強誘電体において電気分極の正負の方向は電場で制御できる。このとき電気分極の反転が起きれば、スピンのらせん構造をもつマルチフェロイック材料においては、同時に磁化の反転がおきることは自明である。
【0040】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明のマルチフェロイック素子は、ナノサイズ発電装置、磁化により記憶された素子の情報を読み出す磁気センサー、また、低コストのメモリ素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の第1実施例を示すマルチフェロイックナノ発電機の模式図である。
【図2】本発明の第2実施例を示すマルチフェロイック磁気センサー素子の模式図である。
【図3】本発明にかかるマルチフェロイックメモリセルの配置図である。
【図4】本発明にかかるマルチフェロイック素子の磁場誘起電流発生の構成図である。
【図5】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBa2 Mg2 Fe1222の単結晶を示す図面代用写真である。
【図6】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBa2 Mg2 Fe1222の結晶構造と[001]方向に伝搬ベクトルをもつ磁気構造図である。
【図7】本発明にかかるマルチフェロイック固体材料であるBa2 Mg2 Fe1222に、外部磁場を[100] 方向で振動させた場合の変位電流及び電気分極の測定結果を示す図である。
【図8】磁場を[100] 方向で振動させた場合のスピン構造の時間変化(上段)と磁場・電気分極の時間変化を表した模式図である。
【図9】電気分極の磁場方位依存性を示す図である。
【符号の説明】
【0043】
1,11,21,31 マルチフェロイック固体材料
2,12,22,32 金属電極
3,13 配線
4 電気機器
5 交流磁場
6 変位電流
14 電圧計
15 垂直記録材料
23 マルチフェロイックメモリセル
24 ビット線
25 ワート線
33 外部から印加した磁場
34 発生した電気分極の方向
35 電流計
36 Ba2 Mg2 Fe1222を用いた場合の結晶方位の配置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化鉄を主原料として含む強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料で、300ガウス以下の弱い外部磁場により電流を誘起させることを特徴とするマルチフェロイック素子。
【請求項2】
酸化鉄を主原料として含む強誘電性と強磁性を併せもつマルチフェロイック固体材料で、300ガウス以下の弱い外部磁場により電気分極の強度及び方向を制御可能にしたことを特徴とするマルチフェロイック素子。
【請求項3】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック素子において、前記マルチフェロイック固体材料はA2 2 Fe1222のフェライト化合物であり、AはCa,Ba,Srもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる元素であることを特徴とするマルチフェロイック素子。
【請求項4】
請求項1又は2記載のマルチフェロイック素子において、前記マルチフェロイック固体材料はA2 2 ―xCxFe1222のフェライト化合物であり、AはCa,Ba,Srもしくはこれらの二種類の元素の混合物からなり、BはMg,Zn,Co,Ni,Cuからなる元素であり、CはZnからなる元素で、xの範囲は0<x≦1であることを特徴とするマルチフェロイック素子。
【請求項5】
請求項3記載のマルチフェロイック素子において、前記マルチフェロイック固体材料を、酸素中で400℃から800℃の範囲で、100から400時間の範囲で熱処理を追加し、らせん磁性転移温度を260Kまで高温化させることを特徴とするマルチフェロイック素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−224563(P2009−224563A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−67497(P2008−67497)
【出願日】平成20年3月17日(2008.3.17)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】