説明

強誘電体層の製造方法および電子機器の製造方法

【課題】 例えばスタック型強誘電体キャパシタの強誘電体層の製造方法において、良好な配向性を有する強誘電体層が得られる強誘電体層の製造方法を提供する。
【解決手段】 強誘電体層の製造方法は、基体の上方に、気相法によって第1の強誘電体層22を形成する工程と、第1の強誘電体層22の上方に、液相法によって第2の強誘電体層24を形成する工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電体層の製造方法および電子機器の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PZT(Pb(Zr,Ti)O)をはじめとする強誘電体は、強誘電体メモリ、圧電素子、赤外センサ、SAWデバイスなどの各種用途に用いられ、その研究開発が盛んに行われている。
【0003】
強誘電体を形成する方法の代表的なものとして、液相法といわれる、ゾルゲル法、MOD法などの化学溶液法(CSD:Chemical Solution Deposition Method)がある。
【0004】
ゾルゲル法では、金属アルコキシド等の化合物を加水分解および重縮合(これを「加水分解・縮合」ともいう)することによって高分子化した前駆体の溶液を用いる。かかるゾルゲル法では、金属アルコキシド溶液の組成を制御することにより、得られる強誘電体の組成制御性が良いという利点を有する反面、加水分解・縮合反応が不可逆反応であるため、一旦架橋して高分子化したものはゾルゲル原料として用いることができない難点を有する。特に、PZTのように鉛を含む強誘電体の場合には、鉛廃棄物の処理を行う必要がある。
【0005】
また、有機金属分解法(MOD:Metal Organic Decomposition Method)では、金属のカルボン酸塩等の安定な有機金属化合物の溶液を用いる。このMOD法で用いられる原料溶液は、安定な有機金属化合物を原料としているので、溶液組成の調整、ハンドリングが容易である等の利点を有する。MOD法は、化合物の加水分解・重縮合により複合酸化物を形成するゾルゲル法とは異なり、分子量の大きい有機基を酸素雰囲気中で分解することにより複合酸化物を形成するため、ゾルゲル法と比較して、結晶化温度が高く、結晶粒が大きくなり易い傾向がある。
【0006】
ところで、例えば、強誘電体キャパシタとMOSトランジスタとをタングステンプラグで結合する際には、多層構造を有するいわゆるスタック型強誘電体キャパシタが用いられる。このスタック型強誘電体キャパシタにおいては、化学溶液法によって強誘電体層を形成する場合、以下のような問題があった。すなわち、スタック型強誘電体キャパシタでは、下部電極は、下層のタングステンプラグに対するバリヤ性を確保し、タングステンの酸化を防止するために、複雑な多層構造を採用している。例えば、下部電極は、タングステンプラグの上に、窒化チタン、窒化アルミニウムチタンなどの窒化物層、イリジウム層および酸化イリジウム層などを積層し、該イリジウム層上に白金層を形成している。このような構造の下部電極では、結晶配向性のよい白金層が得られないため、通常のゾルゲル法などを用いると該白金層上に配向性のよい強誘電体層を形成することが困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、例えばスタック型強誘電体キャパシタの強誘電体層の製造方法において、良好な配向性を有する強誘電体層が得られる強誘電体層の製造方法、および強誘電体層を提供することにある。
【0008】
本発明の他の目的は、本発明の強誘電体層の製造方法を用いた電子機器の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかる強誘電体層の製造方法は、基体の上方に、気相法によって第1の強誘電体層を形成する工程と、
前記第1の強誘電体層の上方に、液相法によって第2の強誘電体層を形成する工程と、を含む。
【0010】
本発明の製造方法によれば、結晶配向性などの結晶特性が良くない基体上であっても、良好な結晶特性を有する強誘電体層を形成することができる。
【0011】
本発明の強誘電体層の製造方法において、前記第1の強誘電体層を形成する工程の前に、前記基体の上方に絶縁層を形成する工程と、該絶縁層にホールを形成する工程と、該ホールに電極層を形成する工程と、を含み、
前記第1の強誘電体層は、前記電極層上に形成することができる。
【0012】
本発明の強誘電体層の製造方法において、前記第2の強誘電体層は、一般式AB1−xで示される強誘電体からなり、
A元素は少なくともPbからなり、
B元素はZr、Ti、V、WおよびHfの少なくとも一つからなり、
C元素は、NbおよびTaの少なくとも一つからなることができる。
【0013】
本発明の強誘電体層の製造方法において、前記第2の強誘電体層は、ゾルゲル法またはMOD(Metal Organic Decomposition)法によって形成されることができるが、以下に述べる特定の前駆体組成物を用いることが望ましい。
【0014】
本発明の強誘電体層の製造方法において、前記第2の強誘電体層は、前駆体を含む前駆体組成物を用いて形成され、
前記前駆体は、少なくとも前記B元素およびC元素を含み、かつ一部にエステル結合を有することができる。
【0015】
この前駆体組成物は、前駆体がエステル結合を有していて可逆的に反応するため、高分子化された前駆体を再び分解することができる。そのため、この分解物を前駆体原料として再利用することができる。
【0016】
本発明の強誘電体層の製造方法において、前記強誘電体は、好ましくは0.1≦x≦0.3の範囲でNbを含むことができる。
【0017】
本発明の強誘電体の製造方法において、さらに、前記強誘電体は、このましくは0.5モル%以上のSi、あるいはSiおよびGeを含むことができる。SiまたはGeの添加は、結晶化温度の低減効果を有する。
【0018】
本発明の強誘電体層の製造方法において、前記気相法は、MOCVD(Metalorganic Chemical Vapor Deposition)法であることができる。
【0019】
本発明の電子機器の製造方法は、基体の上方に第1の電極層を形成する工程と、
前記第1の電極層上の上方に、気相法によって第1の強誘電体層を形成する工程と、
前記第1の強誘電体層の上方に、液相法によって第2の強誘電体層を形成する工程と、
前記第2の強誘電体層の上方に、第2の電極層を形成する工程と、
を含む。
【0020】
本発明の電子機器の製造方法において、前記気相法は、MOCVD(Metalorganic Chemical Vapor Deposition)法であることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら詳細に述べる。
【0022】
1.強誘電体層
図1は、本実施形態にかかる強誘電体層を有する構造体を模式的に示す断面図である。この構造体は、少なくとも基体(図示せず)の一部(最上層)を構成する電極層10上に強誘電体層20が形成されている。そして、強誘電体層20は、電極層10上に形成された第1の強誘電体層22と、この第1の強誘電体層22上に形成された第2の強誘電体層24とを有する。
【0023】
電極層10は、特に限定されないが、少なくとも最上層がPt,Irなどの白金族金属から構成されることができる。白金族金属の代わりに、SrRuOやLaNiOなどのペロブスイカイト型電極材料を用いることもできる。
【0024】
第1の強誘電体層22は、気相法であるMOCVD法によって形成された強誘電体層である。第2の強誘電体24は、液相法によって形成された強誘電体層である。
【0025】
第1の強誘電体層22は、第2の強誘電体層24がエピタキシャル成長する際のシード層(あるいはバッファ層)として機能することができる。したがって、第1の強誘電体層22は、シード層あるいはバッファ層としての機能が果たせる程度の膜厚を有すれば良く、例えば10nmの膜厚を有することができる。
【0026】
第2の強誘電体層24は、ゾルゲル法、MOD法、後述する特定の前駆体を含む溶液などを用いた液相法(化学溶液法)によって形成された強誘電体層である。第2の強誘電体層24は、強誘電体層20の大部分を占め、用途に応じてその膜厚が設定され、例えば1μmの膜厚を有することができる。
【0027】
第1の強誘電体層22および第2の強誘電体層24の強誘電体は特に限定されず、気相法であるMOCVD法および液相法で成膜できるものであればよい。また、第1の強誘電体層22を構成する強誘電体と、第2の強誘電体層24を構成する強誘電体とは、同一組成のものでもよく、あるいは異なる組成のものでもよい。
【0028】
本実施形態の強誘電体層の種類は特に限定されないが、第1の強誘電体層22および第2の強誘電体層24は、一般式AB1−xで示される強誘電体からなることができる。
【0029】
ここで、
A元素は少なくともPbからなり、
B元素はZr、Ti、V、WおよびHfの少なくとも一つからなり、
C元素は、NbおよびTaの少なくとも一つからなることができる。
【0030】
さらに、本実施形態の強誘電体層22,24において、前記B元素は、ZrおよびTiであり、前記C元素は、Nbであることができる。
【0031】
基体は、特に限定されず、強誘電体層を適用する用途に応じて選択され、例えば、シリコン基板上に絶縁層および電極層が形成されたもの、あるいはサファイア基板上にバッファ層が形成されたものなどを例示できる。これらの基体は、必要に応じて他の層を含むことができる。
【0032】
2.強誘電体層の製造方法
(1) 図1に示すように、電極層10上に、公知のMOCVD法によって第1の強誘電体層22を形成する。MOCVD法は、一般に、有機金属、金属錯体、金属アルコキシド等を原料に用いて行われ、強誘電体の種類に応じて原料が選択される。
【0033】
例えば、強誘電体として、Pb(Zr,Ti)O(PZT)、Pb(Zr,Ti,Nb)O(PZTN)、(Pb,La)(Zr,Ti)O(PLZT)、(Ba,Sr)TiO(BST)を成膜する場合には、以下のような原料を用いることができる。
【0034】
Pb;Pb(C,Pb(DPM),(CPbOCHC(CH,Pb(C(t−OC
Zr;Zr(t−OC,Zr(DPM)
Ti;Ti(i−OC,Ti(DPM)(i−OC,Ti(OC
La;La(DPM)
Ba;Ba(DPM)
Sr;Sr(DPM),Sr(DPM)2−trien,Sr(DPM)2−tetraen
Ti;Ti(i−OC,TiO(DPM),Ti(i−OC(DPM)
Nb;Nb(DPM)
なお、「DPM」は、Dipivaloylmethanato(C1119)を示す。
【0035】
(2) ついで、図1に示すように、第1の強誘電体層22上に液相法によって第2の強誘電体層24を形成する。液相法としては、公知のゾルゲル法、MOD法を用いることができる。さらに、本発明においては、以下に述べる前駆体組成物を用いた液相法を好ましく用いることができる。
【0036】
第2の強誘電体層24は、前駆体を含む前駆体組成物を用いて形成され、前記前駆体は、少なくとも前記B元素およびC元素を含み、かつ一部にエステル結合を有する。
【0037】
A.まず、前駆体組成物について述べる。
【0038】
本実施形態で用いられる前駆体組成物は、強誘電体の成膜に用いられる。ここで、強誘電体は、例えば、一般式AB1−xで示され、A元素は少なくともPbからなり、B元素はZr、Ti、V、WおよびHfの少なくとも一つからなり、C元素は、NbおよびTaの少なくとも一つからなることができる。そして、本実施形態では、前駆体は、少なくともB元素およびC元素を含み、かつ一部にエステル結合を有する。
【0039】
本実施形態の前駆体組成物において、前記前駆体は、有機溶媒に溶解もしくは分散されていることができる。有機溶媒としては、アルコールを用いることができる。アルコールとしては、特に限定されないが、ブタノール、メタノール、エタノール、プロパノールなどの1価のアルコール、または多価アルコールを例示できる。かかるアルコールとしては、例えば以下のものをあげることができる。
【0040】
1価のアルコール類;
プロパノール(プロピルアルコール)として、1−プロパノール(沸点97.4℃)、2−プロパノール(沸点82.7℃)、
ブタノール(ブチルアルコール)として、1−ブタノール(沸点117℃)、2−ブタノール(沸点100℃)、2−メチル−1−プロパノール(沸点108℃)、2−メチル−2−プロパノール(融点25.4℃,沸点83℃)、
ペンタノール(アミルアルコール)として、1−ペンタノール(沸点137℃)、3−メチル−1−ブタノール(沸点131℃)、2−メチル−1−ブタノール(沸点128℃)、2,2ジメチル−1−プロパノール(沸点113℃)、2−ペンタノール(沸点119℃)、3−メチル−2−ブタノール(沸点112.5℃)、3−ペンタノール(沸点117℃)、2−メチル−2−ブタノール(沸点102℃)、
多価アルコール類;
エチレングリコール(融点−11.5℃,沸点197.5℃)、グリセリン(融点17℃,沸点290℃)。
【0041】
本実施形態の前駆体組成物によって得られる強誘電体は、好ましくは0.05≦x<1の範囲で、さらに好ましくは0.1≦x≦0.3の範囲でNbを含むことができる。また、前記強誘電体は、好ましくは0.5モル%以上、より好ましくは0.5モル%以上、5モル%以下のSi、あるいはSiおよびGeを含むことができる。さらに、前記B元素は、ZrおよびTiであることができる。すなわち、本実施形態では、強誘電体は、TiサイトにNbをドーピングしたPb(Zr、Ti、Nb)O(PZTN)であることできる。
【0042】
Nbは、Tiとサイズ(イオン半径が近く、原子半径は同一である)がほぼ同じで、重さが2倍あり、格子振動による原子間の衝突によっても格子から原子が抜けにくい。また原子価は、+5価で安定であり、たとえPbが抜けても、Nb5+によりPb抜けの価数を補うことができる。また結晶化時に、Pb抜けが発生したとしても、サイズの大きなOが抜けるより、サイズの小さなNbが入る方が容易である。
【0043】
また、Nbは+4価も存在するため、Ti4+の代わりは十分に行うことが可能である。更に、実際にはNbは共有結合性が非常に強く、Pbも抜け難くなっていると考えられる(H.Miyazawa,E.Natori,S.Miyashita;Jpn.J.Appl.Phys.39(2000)5679)。
【0044】
本実施形態の前駆体組成物によって得られる強誘電体、特にPZTNによれば、Nbを特定の割合で含むことにより、Pbの欠損による悪影響を解消し、優れた組成制御性を有する。その結果、PZTNは、後述する実施例からも明らかなように、通常のPZTに比べて極めて良好なヒステリシス特性、リーク特性、耐還元性および絶縁性などを有する。
【0045】
これまでも、PZTへのNbドーピングは、主にZrリッチの稜面体晶領域で行われてきたが、その量は、0.2〜0.025モル%(J.Am.Ceram.Soc,84(2001)902;Phys.Rev.Let,83(1999)1347)程度と、極僅かなものである。このようにNbを多量にドーピングすることができなかった要因は、Nbを例えば10モル%添加すると、結晶化温度が800℃以上に上昇してしまうことによるものであったと考えられる。
【0046】
そこで、強誘電体の前駆体組成物に、更にPbSiOシリケートを例えば、0.5〜5モル%の割合で添加することが好ましい。これによりPZTNの結晶化エネルギーを軽減させることができる。すなわち、強誘電体層の材料としてPZTNを用いる場合、Nb添加とともに、PbSiOシリケートを添加することでPZTNの結晶化温度の低減を図ることができる。また、シリケートの代わりに、シリケートとゲルマネートを混合して用いることもできる。本願発明者らは、Siが、焼結剤として働いた後、Aサイトイオンとして、結晶の一部を構成していることを確認した(図2参照)。すなわち、図2に示すように、チタン酸鉛中にシリコンを添加すると、Aサイトイオンのラマン振動モードE(1TO)に変化が見られた。また、ラマン振動モードに変化が見られたのは、Si添加量が8モル%以下の場合であった。従って、Siの微少添加では、SiはペロブスカイトのAサイトに存在していることが確認された。
【0047】
本発明においては、Nbの代わりに、あるいはNbと共に、Taを用いることもできる。Taを用いた場合にも、上述したNbと同様の傾向がある。
【0048】
本実施形態の前駆体組成物は、後に詳述するように、前駆体がポリカルボン酸と金属アルコキシドとのエステル化によるエステル結合を有していて可逆的反応が可能なため、高分子化された前駆体を分解して金属アルコキシドとすることができる。そのため、この金属アルコキシドを前駆体原料として再利用することができる。
【0049】
加えて、本発明には、以下のような利点がある。市販されているPZTゾルゲル溶液では、一般に鉛原料として酢酸鉛が用いられるが、酢酸鉛は他のTiやZrのアルコキシドと結合し難く、鉛が前駆体のネットワーク中に取り込まれ難い。本発明では、例えば2価のポリカルボン酸であるコハク酸の2つのカルボキシル基のうち、初めに酸として働くどちらか一方の第1カルボルシル基の酸性度はpH=4.0と酢酸のpH=4.56よりも小さく、酢酸よりも強い酸であるため、酢酸鉛は、コハク酸と結合する。つまり弱酸の塩+強酸→強酸の塩+弱酸となる。更に、コハク酸の残った第2カルボルシル基が、別のMOD分子或いはアルコキシドと結合するため、これまで困難であったPbの前駆体でのネットワーク化が容易である。
【0050】
B.ついで、前駆体組成物の製造方法について述べる。
【0051】
上述した前駆体組成物は、一般式AB1−xで示され、A元素は少なくともPbからなり、B元素はZr、Ti、V、WおよびHfの少なくとも一つからなり、C元素は、NbおよびTaの少なくとも一つからなる強誘電体の形成に用いることができる。
【0052】
前駆体組成物の製造方法は、少なくとも前記B元素および前記C元素を含むゾルゲル原料であって、金属アルコキシドの加水分解・縮合物を含むゾルゲル原料と、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルと、有機溶媒とを混合し、前記ポリカルボン酸または前記ポリカルボン酸エステルに由来するポリカルボン酸と金属アルコキシドとのエステル化によるエステル結合を有する前駆体を形成することを含む。
【0053】
この前駆体組成物は、B元素が、ZrおよびTiであり、C元素が、NbまたはTaである強誘電体の製造方法に有用である。
【0054】
図5および図6に、本実施形態の製造方法における前駆体の生成反応を模式的に示す。
【0055】
前駆体の生成反応は、大別すると、図5に示すような第1段目のアルコキシ基の置換反応と、図6に示すような第2段目のエステル化による高分子ネットワークの形成反応とを含む。図5および図6では、便宜的に、ポリカルボン酸エステルとしてコハク酸ジメチルを用い、有機溶媒としてn−ブタノールを用いた例を示す。コハク酸ジメチルは非極性であるがアルコール中で解離してジカルボン酸となる。
【0056】
第1段目の反応においては、図5に示すように、コハク酸ジメチルとゾルゲル原料の金属アルコキシドとのエステル化によって両者はエステル結合される。すなわち、コハク酸ジメチルはn−ブタノール中で解離し、一方のカルボニル基(第1カルボニル基)にプロトンが付加した状態となる。この第1カルボニル基と、金属アルコキシドのアルコキシ基との置換反応が起き、第1カルボキシル基がエステル化された反応生成物とアルコールが生成する。ここで、「エステル結合」とは、カルボニル基と酸素原子との結合(−COO−)を意味する。
【0057】
第2段目の反応においては、図6に示すように、第1段目の反応で残った他方のカルボキシル基(第2カルボキシル基)と金属アルコキシドのアルコキシ基との置換反応が起き、第2カルボキシル基がエステル化された反応生成物とアルコールが生成する。
【0058】
このように、2段階の反応によって、ゾルゲル原料に含まれる、金属アルコキシドの加水分解・縮合物同士がエステル結合した高分子ネットワークが得られる。したがって、この高分子ネットワークは、該ネットワーク内に適度に秩序よくエステル結合を有する。なお、コハク酸ジメチルは2段階解離し、第1カルボキシル基は第2カルボキシル基より酸解離定数が大きいため、第1段目の反応は第2段目の反応より反応速度が大きい。したがって、第2段目の反応は第1段目の反応よりゆっくり進むことになる。
【0059】
本実施形態において、上述したエステル化反応を促進するためには、以下の方法を採用できる。
【0060】
(a)反応物の濃度あるいは反応性を大きくする。具体的には、反応系の温度を上げることにより、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルの解離度を大きくすることによって反応性を高める。反応系の温度は、有機溶媒の沸点などに依存するが、室温より高く有機溶媒の沸点より低い温度であることが望ましい。反応系の温度としては、例えば100℃以下、好ましくは50〜100℃であることができる。
【0061】
(b)反応副生成物を除去する。具体的には、エステル化と共に生成する水、アルコールを除去することでエステル化がさらに進行する。
【0062】
(c)物理的に反応物の分子運動を加速する。具体的には、例えば紫外線などのエネルギー線を照射して反応物の反応性を高める。
【0063】
本実施形態の前駆体組成物の製造方法に用いられる有機溶媒は、アルコールであることができる。溶媒としてアルコールを用いると、ゾルゲル原料とポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルの両者を良好に溶解することができる。
【0064】
本実施形態の前駆体組成物の製造方法に用いられるポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルは、特に限定されないが、2価以上であることができる。本実施形態に用いるポリカルボン酸としては、以下のものを例示できる。3価のカルボン酸としては、Trans−アコニット酸、トリメシン酸、4価のカルボン酸としては、ピロメリット酸、1,2,3,4−シクロペンタンテトラカルボン酸等が挙げられる。また、アルコール中で解離してポリカルボン酸として働くポリカルボン酸エステルとしては、2価のコハク酸ジメチル、コハク酸ジエチル、シュウ酸ジブチル、マロン酸ジメチル、アジピン酸ジメチル、マレイン酸ジメチル、フマル酸ジエチル、3価のクエン酸トリブチル、1,1,2−エタントリカルボン酸トリエチル、4価の1,1,2,2−エタンテトラカルボン酸テトラエチル、1,2,4−ベンゼントリカルボン酸トリメチル等が挙げられる。これらのポリカルボン酸エステルは、アルコール存在下で解離してポリカルボン酸としての働きを示す。以上のポリカルボン酸またはそのエステルの例を図4A〜図4Dに示す。また、本実施形態は、ポリカルボン酸を用いて、ネットワークをエステル化で繋げていくことに特徴がある。したがって、例えば酢酸や酢酸メチルといった、モノカルボン酸およびそのエステルでは、エステルネットワークが成長しないため、本発明には含まれない。
【0065】
前駆体組成物の製造方法において、2価のカルボン酸エステルとしては、好ましくは、コハク酸エステル、マレイン酸エステルおよびマロン酸エステルから選択される少なくとも1種であることができる。これらのエステルの具体例としては、コハク酸ジメチル、マレイン酸ジメチル、マロン酸ジメチルをあげることができる。
【0066】
前記ポリカルボン酸エステルの分子量は、150以下であることができる。ポリカルボン酸エステルの分子量が大きすぎると、熱処理時においてエスエルが揮発する際に膜にダメージを与えやすく、緻密な膜を得られないことがある。
【0067】
前記ポリカルボン酸エステルは、室温において液体であることができる。ポリカルボン酸エステルが室温で固体であると、液がゲル化することがある。
【0068】
前駆体組成物の製造方法において、前記ゾルゲル原料と、前記ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルと、前記有機溶媒とを混合する際に、さらに金属カルボン酸塩を用いたゾルゲル原料を含むことができる。かかる金属カルボン酸塩としては、代表的に、鉛のカルボン酸塩である酢酸鉛、さらに図3に示すような、オクチル酸鉛、オクチル酸ニオブ、オクチル酸鉛ニオブなどを挙げることができる。
【0069】
前駆体組成物の製造方法において、前記ゾルゲル原料と、前記ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルと、前記有機溶媒とを混合する際に、さらに有機金属化合物(MOD原料)を用いることができる。このように、本発明の前駆体組成物の製造方法においては、アルコキシド原料同士をエステル結合するだけでなく、MOD原料とアルコキシド原料をエステル結合することができる。
【0070】
カルボン酸とMOD原料のネットワーク形成は、主にアルコール交換反応で進行する。例えば、オクチル酸ニオブの場合、カルボン酸とオクチル基の間で反応し(アルコール交換反応)、R−COO−Nbという、エステル化が進行する。このように、本実施形態では、MOD原料をエステル化することにより、MOD原料とアルコキシドとの縮合によってMOD原料の分子を前駆体のネットワークに結合することができる。
【0071】
前駆体組成物の製造方法において、さらに、金属アルコキシドの加水分解・縮合物を含むゾルゲル原料として、Si、あるいはSiおよびGeを含むゾルゲル原料を用いることができる。
【0072】
前駆体組成物の製造方法において、PZTNを得るためには、前記ゾルゲル溶液として、少なくともPbZrO用ゾルゲル溶液、PbTiO用ゾルゲル溶液、およびPbNbO用ゾルゲル溶液を混合したものを用いることができる。例えば、PbNbOゾルゲル溶液においては、オクチル酸鉛とオクチル酸ニオブを混合して形成され、両者のアルコール交換反応によって、図3のような様相を示すものである。また、PbNbOゾルゲル溶液の代わりにPbTaOゾルゲル溶液を用いることもできる。
【0073】
さらに、本実施形態の前駆体組成物の製造方法においては、金属アルコキシドの加水分解・縮合物を含むゾルゲル原料として、Si、あるいはSiおよびGeを含むゾルゲル原料を用いることができる。このようなゾルゲル溶液としては、PbSiO用ゾルゲル溶液を単独で、もしくはPbSiO用ゾルゲル溶液とPbGeO用ゾルゲル溶液の両者を用いることができる。このようなSiやGeを含むゾルゲル原料を用いることにより、成膜時の温度を低くすることができ、450℃程度から強誘電体の結晶化が可能である。すなわち、図7に示すように、結晶化温度が450℃においても本発明のPZTN強誘電体を示すピークが認められる。
【0074】
ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルの使用量は、ゾルゲル原料および強誘電体の組成比に依存するが、ポリカルボン酸が結合する、例えばPZTゾルゲル原料、PbNbゾルゲル原料、PbSiゾルゲル原料の合計モルイオン濃度とポリカルボン酸のモルイオン濃度は、好ましくは1≦(ポリカルボン酸のモルイオン濃度)/(原料溶液の総モルイオン濃度)、より好ましくは1:1とすることができる。ポリカルボン酸の添加量は、例えば0.35molとすることができる。
【0075】
ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルの添加量は、結合させたい原料溶液の総モル数と等しいかそれ以上であることが望ましい。両者のモルイオン濃度の比が1:1で、原料すべてが結合するが、エステルは、酸性溶液中で安定に存在するので、エステルを安定に存在させるために、原料溶液の総モル数よりも、ポリカルボン酸を多く入れることが好ましい。また、ここで、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルのモル数とは、価数のことである。つまり、2価のポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルであれば、1分子のポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルが、2分子の原料分子を結合することができるので、2価のポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルであれば、原料溶液1モルに対して、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステル0.5モルで1:1ということになる。加えて、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルも、初めから酸ではなく、ポリカルボン酸のエステルをアルコール中で解離させて、ポリカルボン酸となる。この場合、添加するアルコールのモル数は、1≦(アルコールのモル数/ポリカルボン酸エステルのモル数)であることが望ましい。全てのポリカルボン酸エステルが十分に解離するには、アルコールのモル数が多いほうが、安定して解離するからである。ここで、アルコールのモル数というのも、アルコールの価数で割った、いわゆる、モルイオン濃度を意味する。
【0076】
前駆体組成物の前駆体は、複数の分子ネットワークの間に適度にエステル結合を有しているので、可逆的反応が可能である。そのため、前駆体において、図5に示す左方向の反応を進行させることで、高分子化された前駆体(高分子ネットワーク)を分解して金属アルコキシドの縮合物とすることができる。
【0077】
本実施形態の前駆体組成物を用いた製造方法によれば、以下のような特徴を有する。
【0078】
この製造方法によれば、有機溶媒中で、ポリカルボン酸によって、ゾルゲル原料の金属アルコキシドの加水分解・縮合物(複数の分子ネットワーク)同士がエステル結合によって縮重合した高分子ネットワークが得られる。したがって、この高分子ネットワークには、上記加水分解・縮合物に由来する複数の分子ネットワークの間に適度にエステル結合を有する。そして、エステル化反応は、温度制御などで容易に行うことができる。
【0079】
また、このように本実施形態の前駆体組成物は、複数の分子ネットワークの間に適度にエステル結合を有しているので、可逆的反応が可能である。そのため、強誘電体層の成膜後に残った組成物において、高分子化された前駆体(高分子ネットワーク)を分解して金属アルコキシド(もしくはその縮合物からなる分子ネットワーク)とすることができる。このような金属アルコキシド(もしくはその縮合物からなる分子ネットワーク)は、前駆体原料として再利用することができるので、鉛などの有害とされる物質を再利用でき、環境の面からもメリットが大きい。
【0080】
本実施形態においては、上述した本実施形態にかかる前駆体組成物を、第1の強誘電体層22上に塗布した後、熱処理することにより、第2の強誘電体層24を形成することができる。塗布方法は、特に限定されず、公知の方法、例えばスピン塗布法、インクジェット塗布法などを用いることができる。このようにして電極層10上に、第1の強誘電体層22および第2の強誘電体層24からなる強誘電体層20を形成した後、スパッタ法などでさらに電極層(図示せず)を形成することにより、キャパシタを得ることができる。
【0081】
本実施形態の製造方法によれば、以下の特徴を有する。
【0082】
本実施形態によれば、例えば白金族金属を用いた電極層10上に、まず、気相法であるMOCVD法によって第1の強誘電体層22を形成し、該第1の強誘電体層22上に液相法によって第2の強誘電体層24を形成することにより、結晶性の優れた強誘電体層20を形成することができる。第1の強誘電体層22は、MOCVD法で形成されるために、電極層10の結晶性および平坦性が良くない場合であっても、かなり良好な結晶性を有する。そして、この第1の強誘電体層22上に液相法によって第2の強誘電体層24を形成することにより、第1の強誘電体層22がシード層(バッファ層)として機能し、第2の強誘電体層24はエピタキシャル成長によって良好な配向性を有する。
【0083】
したがって、本実施形態の製造方法は、良好な強誘電体層が得にくい下地層を用いた場合に特に有用である。例えば、スタック型強誘電体キャパシタを形成する場合、下部電極層と接続されるタングステンプラグの酸化による膨張を防止するために、下部電極層は多層構造を有する。かかる下部電極層は、例えば、タングステンプラグ側から、通常、アモルファス導電材層(例えばTiN,TiAlNなどの窒化膜)を形成し、該アモルファス導電材層上に強誘電体層の疲労を防止するためにIrやIrO(アモルファス)からなる層が形成され、さらに最上層にPt層が形成されて構成される。このようにスタック型強誘電体キャパシタの下部電極層は、Pt層の下に、物性の異なる金属層や金属酸化物層が何層も積層されるため、Pt層の平坦性や結晶性が良くない。
【0084】
しかしながら、本実施形態の製造方法をこのようなスタック型強誘電体キャパシタの強誘電体層の形成に適用することにより、液相法のみを用いた場合には得られない良好な結晶性を有する強誘電体層20を形成することができる。本実施形態の製造方法は、もちろん、スタック型強誘電体キャパシタのような複雑な層構造を有しない基体においても同様の特徴を有する。
【0085】
3.実施例
以下、本発明の実施例について説明する。
【0086】
(1) 参考例1
まず、強誘電体層が形成される基体(電極層)の構造によって、強誘電体層にどのような違いがあるかを検討した結果について述べる。
【0087】
図8は、白金単層のプレーナ型電極層を有する基体(第1基体サンプル)の構造を示し、図9は、スタック型強誘電体キャパタの下部電極層(スタック型電極層)を有する基体(第2基体サンプル)の構造を示す。
【0088】
第1基体サンプルは、シリコン基板11上に、絶縁層であるSiO層(層間絶縁層)12,TiO層13およびPt層14が積層された構造を有する。第2基体サンプルにおいては、シリコン基板11上にSiO層(層間絶縁層)12が形成され、SiO層12にはタングステンプラグ15が形成されている。なお、電極層であるタングステンプラグは、シリコン基板11上にSiO層(層間絶縁層)12を形成する工程、このSiO層(層間絶縁層)12にホールを形成する工程後、このホールにこのタングステンプラグ15が形成される。このタングステンプラグ15およびSiO層12上には、アモルファスのTiAlN層16,Ir層17,IrO層18およびPt層19が形成されている。
【0089】
ついで、第1,第2基体サンプルについて求めたX線回折パターンを図10に示す。図10において、符号「a」で示すピークは、第1基体サンプルのピークであり、符号「b」で示すピークは、第2基体サンプルのピークである。図10から、プレーナ型電極層では、Pt(111)配向が顕著にみられ、スタック型電極層では、Pt(111)配向がプレーナ型電極層に比べて著しく弱く、小さいピークが得られた。
【0090】
以上のことから、同じ白金層を電極層の最上層に用いたとしても、積層構造によってその配向性がかなり異なることが判明した。
【0091】
ついで、第1基体サンプルおよび第2基体サンプル上に、強誘電体層を形成し、その配向性を調べた。
【0092】
具体的には、第1基体サンプルおよび第2基体サンプルのそれぞれのPt層4,9(図8,図9参照)上に、以下の方法でPZTN層を形成した。
【0093】
PZTN層は、Pb、Zr、Ti、およびNbの少なくともいずれかを含む第1ないし第3の原料溶液と、ポリカルボン酸エステルとしてのコハク酸ジメチルと、有機溶媒としてのn−ブタノールとを混合し、これらの混合液に含まれる酸化物を熱処理等により結晶化させて得られた。混合液は、ゾルゲル原料とコハク酸ジメチルとを1:1の割合でn−ブタノールに溶解したものである。
【0094】
第1の原料溶液としては、PZTN強誘電体相の構成金属元素のうち、PbおよびZrによるPbZrOペロブスカイト結晶を形成するための縮重合体をn−ブタノールの溶媒に無水状態で溶解した溶液を用いた。
【0095】
第2の原料溶液としは、PZTN強誘電体相の構成金属元素のうち、PbおよびTiによるPbTiOペロブスカイト結晶を形成するための縮重合体をn−ブタノールの溶媒に無水状態で溶解した溶液を用いた。
【0096】
第3の原料溶液としては、PZTN強誘電体相の構成金属元素のうち、PbおよびNbによるPbNbOペロブスカイト結晶を形成するための縮重合体をn−ブタノールの溶媒に無水状態で溶解した溶液を用いた。
【0097】
上記第1、第2および第3の原料溶液を用いて、例えばPbZr0.2Ti0.6Nb0.2(PZTN)からなる強誘電体層を形成する場合、(第1の原料溶液):(第2の原料溶液):(第3の原料溶液)=2:6:2の比で混合する。さらに、強誘電体層の結晶化温度を低下させる目的で、第4の原料溶液として、PbSiO結晶を形成するための縮重合体をn−ブタノールの溶媒に無水状態で溶解した溶液を、3モル%の割合で上記混合溶液中に添加した。すなわち、ゾルゲル原料として上記第1、第2、第3および第4の原料溶液の混合溶液を用いることで、PZTNの結晶化温度を700℃以下の温度範囲で結晶化させることが可能となる。
【0098】
PZTN層は、上述した溶液を用いて、以下の方法で得た。
【0099】
まず、室温にて、上記第1ないし第4の原料溶液と、コハク酸ジメチルとをn−ブタノールに溶解して溶液(前駆体組成物)を調製した。そして、この溶液をスピン塗布法によって第1,第2基体サンプル上に塗布し、ホットプレートを用いて150〜180℃(150℃)で乾燥処理を行い、アルコールを除去した。その後、ホットプレートを用いて300〜350℃(300℃)で脱脂熱処理を行った。その後、必要に応じて上記塗布工程、乾燥処理工程および脱脂熱処理を複数回行い所望の膜厚の塗布膜を得た。さらに、結晶化アニール(焼成)により、膜厚150nmのPZTN層のサンプルを得た。結晶化のための焼成は、酸素雰囲気中でラピッドサーマルアニール(RTA)を用いて、650〜700℃(700℃)で行った。
【0100】
これらのサンプルを用いて、PZTNのX線回折パターンを求めたところ、図11に示す結果が得られた。図11から、第1基体サンプル(プレーナ型電極層)上に形成されたPZTN層は、符号「a」で示すピークであって、(111)配向であることが確認された。これに対して、第2基体サンプル(スタック型電極層)上に形成されたPZTN層は、符号「b」で示すピークであって、(100)配向していることが判明した。
【0101】
以上のことから、同じPt層上に形成されたPZTN層であっても、Pt層を有する基体の構造によってPZTN層の配向性が異なることが確認された。
【0102】
(2) 実施例1
参考例1の第2基体サンプル上に、まず、MOCVD法を用いてPZT層を形成した。
【0103】
ついで、第1のPZT層上に、参考例1で述べたと同様の方法によって、PZTN層(第2の強誘電体層)を形成した。さらに、PZTN層上に白金からなる上部電極をスパッタ法により形成して、強誘電体キャパシタのサンプル(以下、これを「キャパシタサンプル」という)を得た。このキャパシタサンプルについて、ヒステリシス特性を求めたところ、図12に示す良好な結果が得られた。
【0104】
(3) 比較例1
MOCVD法を用いたPZT層を形成しない以外は、実施例1と同様にしてキャパシタサンプルを得た。このサンプルについてヒステリシス特性を求めたところ、図13に示す結果が得られた。図12,図13のヒステリシスを比較すると、実施例1は比較例1に比べて角形性が格段に優れていることが確認された。
【0105】
4.電子機器
次に、本実施形態の強誘電体層を含む電子機器について説明する。なお、電子機器とは、後述する強誘電体メモリ装置、圧電素子、インクジェット式記録ヘッド、およびインクジェットプリンタを含むものであるが、これらに限定されるものではない。
【0106】
4.1.強誘電体メモリ装置
本実施形態では、半導体素子の一例である強誘電体キャパシタを含む強誘電体メモリ装置を例に挙げて説明する。
【0107】
図14(A)および図14(B)は、上記実施形態の製造方法により得られる強誘電体キャパシタを用いた強誘電体メモリ装置1000を模式的に示す図である。なお、図14(A)は、強誘電体メモリ装置1000の平面的形状を示すものであり、図14(B)は、図14(A)におけるI−I断面を示すものである。
【0108】
強誘電体メモリ装置1000は、図14(A)に示すように、メモリセルアレイ200と、周辺回路部300とを有する。そして、メモリセルアレイ200と周辺回路部300とは、異なる層に形成されている。また、周辺回路部300は、メモリセルアレイ200に対して半導体基板400上の異なる領域に配置されている。なお、周辺回路部300の具体例としては、Yゲート、センスアンプ、入出力バッファ、Xアドレスデコーダ、Yアドレスデコーダ、又はアドレスバッファを挙げることができる。
【0109】
メモリセルアレイ200は、行選択のための下部電極210(ワード線)と、列選択のための上部電極220(ビット線)とが交叉するように配列されている。また、下部電極210および上部電極220は、複数のライン状の信号電極から成るストライプ形状を有する。なお、信号電極は、下部電極210がビット線、上部電極220がワード線となるように形成することができる。
【0110】
そして、図14(B)に示すように、下部電極210と上部電極220との間には、強誘電体層215が配置されている。メモリセルアレイ200では、この下部電極210と上部電極220との交叉する領域において、強誘電体キャパシタ230として機能するメモリセルが構成されている。強誘電体層215は、上記実施形態にかかる原料溶液を用いて形成された膜である。なお、強誘電体層215は、少なくとも下部電極210と上部電極220との交叉する領域の間に配置されていればよい。
【0111】
さらに、強誘電体メモリ装置1000は、下部電極210、実施形態の強誘電体層215、および上部電極220を覆うように、第2の層間絶縁膜430が形成されている。さらに、配線層450、460を覆うように第2の層間絶縁膜430の上に絶縁性の保護層440が形成されている。
【0112】
周辺回路部300は、図14(A)に示すように、前記メモリセルアレイ200に対して選択的に情報の書き込み若しくは読出しを行うための各種回路を含み、例えば、下部電極210を選択的に制御するための第1の駆動回路310と、上部電極220を選択的に制御するための第2の駆動回路320と、その他にセンスアンプなどの信号検出回路(図示省略)とを含んで構成される。
【0113】
また、周辺回路部300は、図14(B)に示すように、半導体基板400上に形成されたMOSトランジスタ330を含む。MOSトランジスタ330は、ゲート絶縁膜332、ゲート電極334、およびソース/ドレイン領域336を有する。各MOSトランジスタ330間は、素子分離領域410によって分離されている。このMOSトランジスタ330が形成された半導体基板400上には、第1の層間絶縁膜420が形成されている。そして、周辺回路部300とメモリセルアレイ200とは、配線層51によって電気的に接続されている。
【0114】
この強誘電体メモリ装置1000において、強誘電体キャパシタ230は、低温で結晶化が可能な強誘電体層215を有する。そのため、周辺回路部300を構成するMOSトランジスタ330などを劣化させることなく、強誘電体メモリ1000装置を製造することができるという利点を有する。また、この強誘電体キャパシタ230は、良好なヒステリシス特性を有するため、信頼性の高い強誘電体メモリ装置1000を提供することができる。
【0115】
図15には、半導体装置の他の例として1T1C型強誘電体メモリ装置500の構造図を示す。図16は、強誘電体メモリ装置500の等価回路図である。
【0116】
強誘電体メモリ装置500は、図15に示すように、下部電極501、プレート線に接続される上部電極502、および実施形態の強誘電体層503からなるキャパシタ504(1C)と、ソース/ドレイン電極の一方がデータ線505に接続され、ワード線に接続されるゲート電極506を有するスイッチ用のトランジスタ素子507(1T)からなるDRAMに良く似た構造のメモリ素子である。1T1C型のメモリは、書き込みおよび読み出しが100ns以下と高速で行うことができ、かつ書き込んだデータは不揮発であるため、SRAMの置き換え等に有望である。
【0117】
本実施形態の半導体装置によれば、上記実施形態の強誘電体層を用いて形成されているため、低温で強誘電体層を結晶化することができ、MOSトランジスタなどの半導体素子との混載を実現することができる。本実施形態の半導体装置は、上述したものに限定されず、2T2C型強誘電体メモリ装置などにも適用できる。
【0118】
4.2.圧電素子
次に、実施形態の強誘電体層を圧電素子に適用した例について説明する。
【0119】
図17は、本発明の製造方法によって形成された強誘電体層を有する圧電素子1を示す断面図である。この圧電素子1は、基板2と、基板2の上に形成された下部電極3と、下部電極3の上に形成された圧電体膜(実施形態の強誘電体層)4と、圧電体膜4の上に形成された上部電極5と、を含んでいる。
【0120】
基板2は、たとえばシリコン基板を用いることができる。本実施形態において、基板2には、(110)配向の単結晶シリコン基板を用いている。なお、基板2としては、(100)配向の単結晶シリコン基板または(111)配向の単結晶シリコン基板なども用いることができる。また、基板2としては、シリコン基板の表面に、熱酸化膜または自然酸化膜などのアモルファスの酸化シリコン膜を形成したものも用いることができる。基板2は加工されることにより、後述するようにインクジェット式記録ヘッド50においてインクキャビティー521を形成するものとなる(図18参照)。
【0121】
下部電極3は、圧電体膜4に電圧を印加するための一方の電極である。下部電極3は、たとえば、圧電体膜4と同じ平面形状に形成されることができる。なお、後述するインクジェット式記録ヘッド50(図18参照)に複数の圧電素子1が形成される場合、下部電極3は、各圧電素子1に共通の電極として機能するように形成されることもできる。下部電極3の膜厚は、たとえば100nm〜200nm程度に形成されている。
【0122】
下部電極3および上部電極5は、例えばスパッタ法あるいは真空蒸着法などによって形成することができる。下部電極3および上部電極5は、例えばPt(白金)からなる。なお、下部電極3および上部電極5の材料は、Ptに限定されることなく、例えば、Ir(イリジウム)、IrO(酸化イリジウム)、Ti(チタン)、または、SrRuOなどを用いることができる。
【0123】
本実施形態の圧電素子によれば、上記実施形態の強誘電体層を用いて形成されているため、低温で圧電体膜を結晶化することができ、他の半導体素子との混載を実現することができる。
【0124】
4.3.インクジェット式記録ヘッドおよびインクジェットプリンタ
次に、上述の圧電素子が圧電アクチュエータとして機能しているインクジェット式記録ヘッドおよびこのインクジェット式記録ヘッドを有するインクジェットプリンタについて説明する。以下の説明では、インクジェット式記録ヘッドについて説明した後に、インクジェットプリンタについて説明する。図18は、本実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す側断面図であり、図19は、このインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図であり、通常使用される状態とは上下逆に示したものである。なお、図20には、本実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドを有するインクジェットプリンタ700を示す。
【0125】
4.3.1.インクジェット式記録ヘッド
図18に示すように、インクジェット式記録ヘッド50は、ヘッド本体(基体)57と、ヘッド本体57上に形成される圧電部54と、を含む。圧電部54には図17に示す圧電素子1が設けられ、圧電素子1は、下部電極3、圧電体膜(実施形態の強誘電体層)4および上部電極5が順に積層して構成されている。圧電体膜4は、1.の項で述べた原料溶液を用いて形成された膜である。インクジェット式記録ヘッドにおいて、圧電部54は、圧電アクチュエータとして機能する。
【0126】
インクジェット式記録ヘッド50は、ノズル板51と、インク室基板52と、弾性膜55と、弾性膜55に接合された圧電部54と、を含み、これらが筐体56に収納されて構成されている。なお、このインクジェット式記録ヘッド50は、オンデマンド形のピエゾジェット式ヘッドを構成している。
【0127】
ノズル板51は、例えばステンレス製の圧延プレート等で構成されたもので、インク滴を吐出するための多数のノズル511を一列に形成したものである。これらノズル511間のピッチは、印刷精度に応じて適宜に設定されている。
【0128】
ノズル板51には、インク室基板52が固着(固定)されている。インク室基板52は、ノズル板51、側壁(隔壁)522、および弾性膜55によって、複数のキャビティ(インクキャビティ)521と、リザーバ523と、供給口524と、を区画形成したものである。リザーバ523は、インクカートリッジ(図示しない)から供給されるインクを一時的に貯留する。供給口524によって、リザーバ523から各キャビティ521にインクが供給される。
【0129】
キャビティ521は、図18および図19に示すように、各ノズル511に対応して配設されている。キャビティ521は、弾性膜55の振動によってそれぞれ容積可変になっている。キャビティ521は、この容積変化によってインクを吐出するよう構成されている。
【0130】
インク室基板52を得るための母材としては、(110)配向のシリコン単結晶基板が用いられている。この(110)配向のシリコン単結晶基板は、異方性エッチングに適しているのでインク室基板52を、容易にかつ確実に形成することができる。なお、このようなシリコン単結晶基板は、弾性膜55の形成面が(110)面となるようにして用いられている。
【0131】
インク室基板52のノズル板51と反対の側には弾性膜55が配設されている。さらに弾性膜55のインク室基板52と反対の側には複数の圧電部54が設けられている。弾性膜55の所定位置には、図19に示すように、弾性膜55の厚さ方向に貫通して連通孔531が形成されている。連通孔531により、インクカートリッジからリザーバ523へのインクの供給がなされる。
【0132】
各圧電素子部は、圧電素子駆動回路(図示しない)に電気的に接続され、圧電素子駆動回路の信号に基づいて作動(振動、変形)するよう構成されている。すなわち、各圧電部54はそれぞれ振動源(ヘッドアクチュエータ)として機能する。弾性膜55は、圧電部54の振動(たわみ)によって振動し、キャビティ521の内部圧力を瞬間的に高めるよう機能する。
【0133】
なお、上述では、インクを吐出するインクジェット式記録ヘッドを一例として説明したが、本実施形態は、圧電素子を用いた液体噴射ヘッドおよび液体噴射装置全般を対象としたものである。液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンタ等の画像記録装置に用いられる記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオチップ製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等を挙げることができる。
【0134】
また、本実施形態に係る圧電素子は、上述した適用例に限定されるものではなく、圧電ポンプ、表面弾性波素子、薄膜圧電共振子、周波数フィルタ、発振器(例えば電圧制御SAW発振器)など、様々な形態に適用することができる。
【0135】
以上、本発明の実施形態について述べたが、本発明はこれらに限定されず、本発明の要旨の範囲内で各種の形態を取りうる。
【図面の簡単な説明】
【0136】
【図1】本実施形態にかかる強誘電体層を有する構造体を模式的に示す断面図。
【図2】本実施形態において、チタン酸鉛中にSiを添加した場合の、Aサイトイオンのラマン振動モードの変化を示す図。
【図3】本実施形態において用いられる、鉛を含むカルボン酸を示す図。
【図4.A】本実施形態において用いられる、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルを示す図。
【図4.B】本実施形態において用いられる、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルを示す図。
【図4.C】本実施形態において用いられる、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルを示す図。
【図4.D】本実施形態において用いられる、ポリカルボン酸またはポリカルボン酸エステルを示す図。
【図5】本実施形態に係る前駆体組成物における前駆体の生成反応を示す図。
【図6】本実施形態に係る前駆体組成物における前駆体の生成反応を示す図。
【図7】本実施形態に係るSi、Geを含むゾルゲル原料を用いた場合の結晶性を示す図。
【図8】Pt層を有する第1基体サンプルを示す断面図。
【図9】Pt層を有する第2基体サンプルを示す断面図。
【図10】第1基体サンプルおよび第2基体サンプルのPt層のX線解析結果を示す図。
【図11】第1基体サンプルおよび第2基体サンプルのPt層上に形成されたPZTN層のX線解析結果を示す図。
【図12】実施例1にかかるキャパシタサンプルのヒステリシス特性を示す図。
【図13】比較例1にかかるキャパシタサンプルのヒステリシス特性を示す図。
【図14】(A),(B)は本実施形態にかかる半導体装置を示す図。
【図15】本実施形態に係る1T1C型強誘電体メモリを模式的に示す断面図。
【図16】図15に示す強誘電体メモリの等価回路を示す図。
【図17】本実施形態に係る圧電素子を模式的に示す断面図。
【図18】本実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドの概略構成図。
【図19】本実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図。
【図20】本実施形態に係るインクジェットプリンタの概略構成図。
【符号の説明】
【0137】
10 電極層、20 強誘電体層、22 第1の強誘電体層、24 第2の強誘電体層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体の上方に、気相法によって第1の強誘電体層を形成する工程と、
前記第1の強誘電体層の上方に、液相法によって第2の強誘電体層を形成する工程と、を含む、強誘電体層の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記第1の強誘電体層を形成する工程の前に、前記基体の上方に絶縁層を形成する工程と、該絶縁層にホールを形成する工程と、該ホールに電極層を形成する工程と、を含み、
前記第1の強誘電体層は、前記電極層上に形成される、強誘電体層の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記第2の強誘電体層は、一般式AB1−xで示される強誘電体からなり、
A元素は少なくともPbからなり、
B元素はZr、Ti、V、WおよびHfの少なくとも一つからなり、
C元素は、NbおよびTaの少なくとも一つからなる、強誘電体層の製造方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記第2の強誘電体層は、前駆体を含む前駆体組成物を用いて形成され、
前記前駆体は、少なくとも前記B元素およびC元素を含み、かつ一部にエステル結合を有する、強誘電体層の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、
前記強誘電体は、0.1≦x≦0.3の範囲でNbを含む、強誘電体層の製造方法。
【請求項6】
請求項3ないし5のいずれかにおいて、
さらに、前記強誘電体は、0.5モル%以上のSi、あるいはSiおよびGeを含む、強誘電体層の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかにおいて、
前記気相法は、MOCVD(Metalorganic Chemical Vapor Deposition)法である、強誘電体層の製造方法。
【請求項8】
基体の上方に第1の電極層を形成する工程と、
前記第1の電極層上の上方に、気相法によって第1の強誘電体層を形成する工程と、
前記第1の強誘電体層の上方に、液相法によって第2の強誘電体層を形成する工程と、
前記第2の強誘電体層の上方に、第2の電極層を形成する工程と、
を含む、電子機器の製造方法。
【請求項9】
請求項8において、
前記気相法は、MOCVD(Metalorganic Chemical Vapor Deposition)法である、電子機器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4.A】
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【図4.B】
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【図4.C】
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【図4.D】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2006−339420(P2006−339420A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−162542(P2005−162542)
【出願日】平成17年6月2日(2005.6.2)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】