説明

車両挙動制御装置

【課題】 アクチュエータの作動遅れを補償するとともに、走行状態に適した応答性を実現できる車両挙動制御装置を提供する。
【解決手段】 ATTS−ECU16は、ステップS23で車速Vに所定の車速係数Kvを乗じて車速補正値Fcvを算出した後、ステップS24で路面μに所定のμ係数Kμを乗じてμ補正値Fcμを算出する。次に、ATTS−ECU16は、ステップS25で、フィルタ周波数ベース値Fbに対して車速補正値Fcvを減じるとともにμ補正値Fcμを加えることにより、可変ローパスフィルタ63のフィルタ周波数Ffを設定する。これにより、フィルタ周波数Ffは、車速Vが高くなるほど低くなり、路面μが高くなるほど高くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクチュエータの作動遅れを補償するとともに、走行状態に適した応答性を実現できる車両挙動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行安定性等を向上させる車両挙動制御装置としては、ABS(Anti-lock Breaking System)およびTCS(Traction Control System)に旋回時における横滑りの抑制機能等を加えたVSA(Vehicle Stability Assist system:車両挙動安定化制御システム:特許文献1参照)や、旋回能力の向上を図るべく左右駆動輪間での駆動力配分を連続的に変化させるATTS(Active Torque Transfer System:左右駆動力配分装置:特許文献2参照)、高速走行時における操縦安定性の向上や車庫入れ時における旋回半径の縮小等を実現するRTC(Rear Toe Control system:後輪操舵システム:特許文献3参照)等が存在する。これら車両挙動制御装置では、例えば、前輪操舵角や車速、横加速度等に基づき規範ヨーモーメントを設定した後、車両モデル等によって得られた実ヨーモーメントを規範ヨーモーメントに一致させるように、各車輪の制動力、左右駆動輪間での駆動力配分、左右後輪のトー角の目標制御指示値(目標制御量)を設定してアクチュエータをフィードバック制御(ヨーモーメントフィードバック制御)する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−284485号公報
【特許文献2】特許第3340038号
【特許文献3】特公平5−33193号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した車両挙動制御装置では、アクチュエータに機械的な作動遅れが存在することから、制御装置から目標制御指示値が出力されても目標とするヨーモーメントが瞬時には得られない(すなわち、制御応答性が低い)問題があった。また、低中速走行時や低μ路走行時には制御応答性を高めて操縦性を向上させる一方、高速走行時には制御応答性を低めて安定性を確保することが望ましいが、従来のフィードバック制御では車速や路面μに応じて制御応答性を変化させることができない問題もあった。
【0005】
本発明は上記状況に鑑みなされたもので、アクチュエータの作動遅れを補償するとともに、走行状態に適した応答性を実現できる車両挙動制御装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、車両の目標ヨーモーメントを設定する目標ヨーモーメント設定手段と、車両の実ヨーモーメントを推定する実ヨーモーメント推定手段と、前記目標ヨーモーメントと前記実ヨーモーメントとに基づき目標制御指示値を設定する制御指示値設定手段とを有し、前記目標制御指示値に基づいて前記車両の挙動制御を行う車両挙動制御装置であって、前記実ヨーモーメントの立ち上がりを遅延させる実ヨーモーメント遅延手段を備えたことを特徴とする。
【0007】
また、第2の発明は、第1の発明に係る車両挙動制御装置において、前記実ヨーモーメント遅延手段の遅延特性を変化させる遅延特性可変手段を備えたことを特徴とする。
【0008】
また、第3の発明は、第2の発明に係る車両挙動制御装置において、車速を検出する車速検出手段を更に備え、車速が低い場合、前記遅延特性可変手段は、車速が高い場合よりも前記実ヨーモーメントの立ち上がりを遅らせることを特徴とする。
【0009】
また、第4の発明は、第2または第3の発明に係る車両挙動制御装置において、路面μを推定する路面μ推定手段を更に備え、路面μが低い場合、前記遅延特性可変手段は、路面μが高い場合よりも前記実ヨーモーメントの立ち上がりを遅らせることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
第1の発明によれば、アクチュエータに作動遅れが存在しても、実ヨーモーメントの立ち上がり時における目標ヨーモーメントと実ヨーモーメントとの差が大きくなるため、その作動遅れが補償されて良好な制御応答性が実現される。また、第2〜第3の発明によれば、走行状態や路面状態に適した応答性をそれぞれ実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施形態に係る車両の装置構成を示す平面図である。
【図2】実施形態に係るATTS−ECUの概略構成を示すブロック図である。
【図3】実施形態に係るオブザーバの概略構成を示すブロック図である。
【図4】実施形態に係る駆動力配分制御の手順を示すフローチャートである。
【図5】実施形態に係る実ヨーモーメント設定処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、ATTSを搭載したFF(フロントエンジン・フロントドライブ)式4輪自動車(以下、単に自動車と記す)に本発明を適用した実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は実施形態に係る自動車の装置構成を示す平面図であり、図2は実施形態に係るATTS−ECUの概略構成を示すブロック図であり、図3は実施形態に係るオブザーバの概略構成を示すブロック図である。
【0013】
≪実施形態の構成≫
<車両の装置構成>
先ず、図1を参照して、自動車の装置構成について説明する。説明にあたり、4本の車輪やそれらに対応して配置された部材については、それぞれ数字の符号に前後左右を示す添字を付して例えば車輪4fl(左前)、車輪4fr(右前)、車輪4rl(左後)、車輪4rr(右後)と記すとともに、総称する場合には例えば車輪4と記す。
【0014】
図1に示すように、自動車1は、車体2の前後左右に、タイヤ3が装着された4つの車輪4を有しており、操舵アシストを行うEPS(Electric Power Steering:電動パワーステアリング)11と、左右前輪4fl,4fr(左右ドライブシャフト5fl,5fr)に対して駆動力を可変配分するATTS13と、ATTS13を駆動制御するATTS−ECU16(車両挙動制御装置)とを搭載している。
【0015】
自動車1は、車輪速を検出する車輪速センサ21を各車輪4ごとに備える他、ステアリングホイール7の操舵角を検出する操舵角センサ22、車体2の実ヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ23、車体2の横加速度を検出する横Gセンサ24、車体2の前後加速度を検出する前後Gセンサ25、ATTS13の制御油圧を検出する油圧センサ26等を適所に有している。
【0016】
ATTS13は、各一対の遊星歯車機構および油圧クラッチ、油圧クラッチを駆動制御する油圧制御弁等から形成されており、ATTS−ECU16からの制御電流に応じて左右前輪4fl,4frに対する駆動力の配分を連続的に変化させる。ATTS−ECU16は、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、通信回線(本実施形態では、CAN(Controller Area Network))を介して、他の各種制御装置やATTS13、各センサ21〜26と接続されている。
【0017】
<ATTS−ECU>
図2に示すように、ATTS−ECU16は、図示しない入出力インタフェースの他、車速推定部40と、駆動力配分推定部41と、FF(フィードフォワード)制御部42と、規範車両モデル43と、オブザーバ44と、ヨーレイトFB(フィードバック)設定部45と、ヨーモーメントFB設定部46と、スリップ角FB設定部47と、FB制御部48と、目標駆動力配分設定部49と、目標油圧設定部50と、目標電流設定部51とを備えている。
【0018】
車速推定部40は、各車輪4の車輪速に基づき、自動車1の車速を推定する。駆動力配分推定部41は、油圧センサ26から入力した実油圧に基づき、ATTS−ECU16の実駆動力配分を推定する。FF制御部42は、操舵角や車速に基づき、駆動力配分FF制御量を設定する。規範車両モデル43は、操舵角や車速等に基づき、規範ヨーレイトや規範ヨーモーメント、規範スリップ角を設定する。
【0019】
ヨーレイトFB設定部45は、規範ヨーレイトや実ヨーレイトに基づき、ヨーレイトFB値を設定する。ヨーモーメントFB設定部46は、規範ヨーモーメントと実ヨーモーメントとに基づき、ヨーモーメントFB値を設定する。スリップ角FB設定部47は、規範スリップ角と実スリップ角とに基づき、スリップ角FB値を設定する。FB制御部48は、ヨーレイトFB値とヨーモーメントFB値とスリップ角FB値とに基づき、駆動力配分FB制御量を設定する。
【0020】
目標駆動力配分設定部49は、駆動力配分FF制御量と駆動力配分FB制御量とに基づき、駆動力配分制御量を設定する。目標油圧設定部50は、駆動力配分制御量と油圧センサ26から入力した実油圧とに基づき、ATTS13(油圧制御弁)の目標油圧を設定する。目標電流設定部51は、目標油圧に基づき、油圧制御弁駆動用リニアソレノイドの駆動電流を設定してATTS13に出力する。
【0021】
<オブザーバ>
図3に示すように、オブザーバ44は、車両モデル61と、路面μ推定部62と、可変ローパスフィルタ63と、フィルタ周波数設定部64とを備えている。車両モデル61は、車速Vや横加速度Gy、前後加速度Gx、実ヨーレイトγrl等に基づき、実ヨーモーメントベース値Mzbと実スリップ角Asrlとを算出する。また、路面μ推定部62は、車速Vと操舵角δと実ヨーレイトγrlとに基づき、路面μ(タイヤと路面との間の摩擦係数)を推定する。また、可変ローパスフィルタ63は、実ヨーモーメントベース値Mzbの立ち上がりを遅延させることによって、実ヨーモーメントMzrlを出力する。フィルタ周波数設定部64は、車速Vおよび路面μに基づいてフィルタ周波数Ffを設定し、可変ローパスフィルタ63を駆動制御する。
【0022】
≪実施形態の作用≫
<駆動力配分制御>
自動車1が走行を開始すると、ATTS−ECU16は、図4のフローチャートにその手順を示す駆動力配分制御を所定の制御インターバル(例えば、10ms)で繰り返し実行する。
【0023】
駆動力配分制御を開始すると、ATTS−ECU16は先ず、運転者の操舵に応じた迅速な駆動力配分を実現すべく、図4のステップS1で車速と操舵角とに基づいて駆動力配分FF制御量Dffを設定する。
【0024】
次に、ATTS−ECU16は、ステップS2で規範ヨーレイトγrfと実ヨーレイトγrlとの差に応じてヨーレイトFB値YRfbを設定し、ステップS3で規範ヨーモーメントMzrfと実ヨーモーメントMzrlとの差に応じてヨーモーメントFB値YMfbを設定し、ステップS4で規範スリップ角Asrfと実スリップ角Asrlとの差に応じてスリップ角FB値SAfbを設定する。次に、ATTS−ECU16は、ステップS5で、ヨーレイトFB値YRfbとヨーモーメントFB値YMfbとスリップ角FB値SAfbとを和すことにより、駆動力配分FB制御量Dfbを設定する。
【0025】
次に、ATTS−ECU16は、駆動力配分FF制御量Dffと駆動力配分FB制御量Dfbとの和に基づきステップS6で制御指示ベース値Dbを設定した後、ステップS7で制御指示ベース値Dbに後述する不感帯係数Knを乗じることによって目標駆動力配分制御値Dtgtを設定する。しかる後、ATTS−ECU16は、ステップS8でATTS13(油圧制御弁駆動用リニアソレノイド)に対する目標駆動電流Itgtを設定/出力する。
【0026】
<実ヨーモーメント設定処理>
ATTS−ECU16は、上述した駆動力配分制御と並行して、図5のフローチャートにその手順を示す実ヨーモーメント設定処理を所定の処理インターバル(例えば、10ms)で繰り返し実行する。
【0027】
実ヨーモーメント設定処理を開始すると、ATTS−ECU16は、先ず図5のステップS21で、車速Vや操舵角δ、実ヨーレイトγrl、横加速度Gy、前後加速度Gxに基づき、実ヨーモーメントベース値Mzbを算出した後、ステップS22で、車速Vと操舵角δと実ヨーレイトγrlとに基づき、路面μ(タイヤと路面との間の摩擦係数)を推定する。次に、ATTS−ECU16は、ステップS23で車速Vに所定の車速係数Kvを乗じて車速補正値Fcvを算出した後、ステップS24で路面μに所定のμ係数Kμを乗じてμ補正値Fcμを算出する。
【0028】
次に、ATTS−ECU16は、ステップS25で、フィルタ周波数ベース値Fbに対して車速補正値Fcvを減じるとともにμ補正値Fcμを加えることにより、可変ローパスフィルタ63のフィルタ周波数Ffを設定する。これにより、フィルタ周波数Ffは、車速Vが高くなるほど低くなり、路面μが高くなるほど高くなる。
【0029】
次に、ATTS−ECU16は、ステップS26で、フィルタ周波数Ffをもって実ヨーモーメントベース値Mzbを処理することにより(実ヨーモーメントベース値Mzbの立ち上がりを遅延させることにより)、実ヨーモーメントMzrlを設定/出力する。フィルタ周波数Ffが低い場合、実ヨーモーメントMzrlの立ち上がりが遅れ、規範ヨーモーメントMzrfと実ヨーモーメントMzrlとの差が増大してヨーモーメントFB値YMfbが大きくなる。逆に、フィルタ周波数Ffが高い場合、実ヨーモーメントMzrlの立ち上がりが早まり、規範ヨーモーメントMzrfと実ヨーモーメントMzrlとの差が減少してヨーモーメントFB値YMfbが比較的小さくなる。
【0030】
本実施形態では、実ヨーモーメントベース値Mzbを可変ローパスフィルタ63によって処理することでアクチュエータの制御遅れに起因する制御応答性の低下を抑制するとともに、車速Vや路面μが低い場合にはヨーモーメントFB値YMfbを大きくして制御応答性の更なる向上を図る一方、車速Vが高い場合にはヨーモーメントFB値YMfbを比較的小さくして安定性が向上を図ることができる。
【0031】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様は上記実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態はATTSの制御に本発明を適用したものであるが、VSAやRTC等の制御にも当然に適用可能である。また、車両や制御装置の具体的構成や制御の具体的手順等についても、本発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0032】
1 自動車(車両)
2 車体
4 車輪
13 ATTS
16 ATTS−ECU(車両挙動制御装置)
40 車速推定部(車速検出手段)
43 規範車両モデル(目標ヨーモーメント設定手段)
46 ヨーモーメントFB設定部
51 目標電流設定部(制御指示値設定手段)
61 車両モデル(実ヨーモーメント推定手段)
62 路面μ推定部(路面μ推定手段)
63 可変ローパスフィルタ(実ヨーモーメント遅延手段)
64 フィルタ周波数設定部(遅延特性可変手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の目標ヨーモーメントを設定する目標ヨーモーメント設定手段と、車両の実ヨーモーメントを推定する実ヨーモーメント推定手段と、前記目標ヨーモーメントと前記実ヨーモーメントとに基づき目標制御指示値を設定する制御指示値設定手段とを有し、前記目標制御指示値に基づいて前記車両の挙動制御を行う車両挙動制御装置であって、
前記実ヨーモーメントの立ち上がりを遅延させる実ヨーモーメント遅延手段を備えたことを特徴とする車両挙動制御装置。
【請求項2】
前記実ヨーモーメント遅延手段の遅延特性を変化させる遅延特性可変手段を備えたことを特徴とする、請求項1に記載された車両挙動制御装置。
【請求項3】
車速を検出する車速検出手段を更に備え、
車速が低い場合、前記遅延特性可変手段は、車速が高い場合よりも前記実ヨーモーメントの立ち上がりを遅らせることを特徴とする、請求項2に記載された車両挙動制御装置。
【請求項4】
路面μを推定する路面μ推定手段を更に備え、
路面μが低い場合、前記遅延特性可変手段は、路面μが高い場合よりも前記実ヨーモーメントの立ち上がりを遅らせることを特徴とする、請求項2または請求項3に記載された車両挙動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−216545(P2010−216545A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62662(P2009−62662)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】