説明

転がり案内装置

【課題】従来技術と比較して長寿命化を実現した新たな転がり案内装置を提供する。
【解決手段】転がり案内装置10は、軌道レール11と、軌道レールに複数のボール13を介して移動自在に取り付けられる移動体21とを有しており、複数のボール13は、軌道レール11とボール13との間に形成された負荷転走路と、その負荷転走路の一端と他端とを結ぶように移動体21に形成された無負荷転走路とから構成される無限循環路33に設置されている。このような転がり案内装置10において、無負荷転走路のみに対して、固体潤滑剤からなる微粒子を噴射することによって衝突固着された固体潤滑膜が形成されている。なお、上記固体潤滑膜は、無負荷転走路の一部の領域に対して膜厚が0.5μm〜3μmの範囲内となるように形成されることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり案内装置に係り、特に、従来技術に比べて長寿命化を実現した新たな転がり案内装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、転がり軸受などの転がり摺動部材では、転動体の転がり摩擦や滑り摩擦を減少させ、軸受の耐久性を向上させるために、グリース等の液状潤滑剤を供給することが行われてきた。しかし、液状潤滑材を用いる手法では、潤滑剤の蒸気が環境の汚染源となるため、転がり摺動部材を半導体製造設備などの高い清浄度が要求される密封真空下で使用する場合に、問題があった。
【0003】
そこで、このような特殊な環境下で使用される転がり摺動部材の転動面に対しては、ダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCと記す)膜を形成することによって、かかる部材の耐久性や寿命を向上させることが行われている。このDLC膜は、既知のPVD(物理的蒸着)法やCVD(化学的蒸着)法によって成膜されるものであり、表面がダイヤモンドに準ずる硬さ(10GPa以上の塑性変形硬さ)を有するとともに、摩擦係数が0.2以下と摺動抵抗値が小さいので、新たな耐摩耗性皮膜として注目されているものである(例えば、下記特許文献1〜5参照)。
【0004】
ただし、上述のPVD法やCVD法によって成膜されるDLC膜は、膜の密着性及び耐摩耗性の点で不十分であり、さらなる改善が必要である。具体的に説明すると、DLC膜は、自己の硬さに比べて強度が非常に低いため、摺動運動が支配的な部分については有効に使用されてきたが、転がり運動に対しては膜の内側から破壊して剥離してしまうので、これまで転動部材に使用されることはほとんどなく、700MPa以下の極めて小さい面圧下での使用に限られていた。また、PVD法によるDLC膜は、真空中において耐摩耗性が悪化するという不具合も有していた。
【0005】
さらに、貧潤滑を含む悪潤滑環境や高温真空状態、グリース等潤滑剤が使用できない状態などの特殊環境下で使用される転がり案内装置に対しては、密着性及び耐摩耗性を改善し、耐久性の向上や長寿命化を実現する固体潤滑膜の適用が求められていた。
【0006】
特に、直線案内装置やボールスプライン装置、ボールねじ装置等の転がり案内装置においては、無限循環路に設置される複数のボールが負荷転走路から無負荷転走路に移動する際に、力学的な不連続部や衝突部が存在するので、このような部位で発生する面圧や転がり摺動運動に耐え得る固体潤滑膜の適用が不可欠であった。
【0007】
そして、従来の転がり案内装置にあっては、スパッタリング法やブラスト法を利用して固体潤滑膜を転動体転走路に形成し、転がり案内装置の長寿命化を図ろうとする技術が創案されている(例えば、下記特許文献6参照)。
【0008】
【特許文献1】特開平09−144764号公報
【特許文献2】特開2000−136828号公報
【特許文献3】特開2000−205277号公報
【特許文献4】特開2000−205279号公報
【特許文献5】特開2000−205280号公報
【特許文献6】特開2004−60742号公報
【特許文献7】特開2002−161371号公報
【特許文献8】特開2006−96841号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の固体潤滑膜の形成方法は、転がり案内装置における転動体転走路のすべての領域に対して固体潤滑膜を形成するという思想に基づき創案されたものである。そして、ブラスト法を利用して固体潤滑膜を形成する場合には、その膜厚寸法が0.5μm以下と非常に薄いものとなってしまうので、長寿命化を図るには膜厚の面から限界が存在していた。
【0010】
また、従来の方法で形成された固体潤滑膜は、転動体の転がり走行にともなって膜の摩耗が発生してしまう可能性があり、このような膜の摩耗は、転がり案内装置自体の精度誤差を生じさせる原因ともなっていた。
【0011】
一方、スパッタリング法を利用して固体潤滑膜を形成する場合には、0.5μm〜3μm程度の膜厚を実現することが可能である。しかしながら、従来技術のように、転動体転走路のすべての経路に対して固体潤滑膜を形成した場合には、局所的に固体潤滑膜の剥離が発生した際に転動体の転がり精度が悪化することとなり、ほとんどの箇所で固体潤滑膜が健全であっても僅かな場所の不具合によって転がり案内装置の交換を要してしまうという事態に至ることになる。また、特にスパッタリング法は被膜形成コストが高いので、トータルコストの面からも、さらなる転がり案内装置の長寿命化を安価に実現することのできる固体潤滑膜の形成手法が求められていた。さらに、移動体や循環路のような複雑形状を有する部品に対しては、通常のスパッタリング法で均一に高密着性及び高耐摩耗性を兼ね備える被膜を形成することが困難である。
【0012】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、従来技術とはまったく異なる技術思想に基づいて形成される固体潤滑膜を用いることによって、従来技術と比較して長寿命化を実現した新たな転がり案内装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る転がり案内装置は、軌道部材と、前記軌道部材に複数の転動体を介して移動自在に取り付けられる移動体と、を有し、前記複数の転動体が、前記軌道部材と前記移動体との間に形成された負荷転走路と、その負荷転走路の一端と他端とを結ぶように前記移動体に形成された無負荷転走路とから構成される無限循環路に設置される転がり案内装置であって、前記無限循環路の少なくとも一部の領域に対して、固体潤滑剤からなる微粒子を噴射することによって衝突固着された固体潤滑膜が形成されることを特徴とする。
【0014】
本発明に係る別の転がり案内装置は、軌道部材と、前記軌道部材に複数の転動体を介して移動自在に取り付けられる移動体と、を有し、前記複数の転動体が、前記軌道部材と前記移動体との間に形成された負荷転走路と、その負荷転走路の一端と他端とを結ぶように前記移動体に形成された無負荷転走路とから構成される無限循環路に設置される転がり案内装置であって、前記無負荷転走路のみに対して、固体潤滑剤からなる微粒子を噴射することによって衝突固着された固体潤滑膜が形成されることを特徴とする。
【0015】
本発明に係る転がり案内装置において、前記固体潤滑膜は、前記無負荷転走路の一部の領域に対して膜厚が0.5μm〜3μmの範囲内となるように形成されることが好適である。
【0016】
また、本発明に係る転がり案内装置において、前記固体潤滑膜は、二硫化モリブデン(MoS2)、二硫化タングステン(WS2)、窒化ホウ素(BN)、フッ素樹脂のいずれか1種又は数種からなる固体潤滑剤によって構成することができる。
【0017】
さらに、本発明に係る転がり案内装置において、前記固体潤滑膜には金属原子を導入することができ、該金属原子は、鉄(Fe)、チタン(Ti)、アルミ(Al)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ジルコニウム(Zr)、ケイ素(Si)又は炭素(C)の少なくとも1元素を含むこととすることができる。
【0018】
またさらに、本発明に係る転がり案内装置は、前記移動体における前記固体潤滑膜が形成される箇所が、金属粉末射出成形法により製造されたものであることが好適である。
【0019】
さらにまた、本発明に係る転がり案内装置において、前記複数の転動体の間には、前記転動体よりも柔らかく、且つ、前記転動体の径以下の径を持つスペーサボールを設置することができる。
【0020】
上記本発明に係る転がり案内装置において、前記スペーサボールは、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド(PA)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエステル、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルサルホン(PES)又は非晶質状炭素の少なくとも1種を含む材料によって構成することができる。
【0021】
また、本発明に係る転がり案内装置において、前記転動体又は前記負荷転走路の表面には、真空蒸着、スパッタリング法又はショットピーニング法による硬質被膜を形成することができる。
【0022】
さらに、本発明に係る転がり案内装置において、前記硬質被膜が、MoS2、WS2又は非晶質炭素を主成分とする硬質耐摩耗固体潤滑被膜であることとすることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、これまで行われてきた転動体転走路のすべての経路に対して固体潤滑膜を形成するという従来技術と比較して、長寿命化を実現したまったく新しい転がり案内装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための好適な実施形態について、図面を用いて説明する。なお、以下の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0025】
なお、本明細書における「転がり案内装置」は、複数の転動体が負荷転走路と無負荷転走路とから構成される無限循環路内に設置されて無限に循環する構成を有するものを想定しており、例えば、工作機械などに用いられる転がり軸受全般や真空中で使用される無潤滑軸受、リニアガイドや直線案内装置、ボールスプライン装置、ボールねじ装置等のような、あらゆる転動・摺動動作を伴う装置を含むものである。
【0026】
[直線型の転がり案内装置への適用例]
図1は、本実施形態に係る転がり案内装置の全体構成を説明するための部分破断斜視図である。また、図2は、本実施形態に係る転がり案内装置の移動体の構造を説明するための縦断面側面図である。この転がり案内装置10は、軌道部材としての軌道レール11と、その軌道レール11に転動体としてのボール13…を介して移動自在に取り付けられる移動体21とを備えている。
【0027】
軌道レール11は、概略矩形の断面を有する長尺の部材であり、その両側面及び上面には、ボール13を転走させることができる負荷転走溝11a…が軌道レール11の全長に亘って形成されている。なお、図1において例示する転がり案内装置10の場合には、軌道レール11の両側面に対して1条ずつ、上面に対して2条、合計4条の負荷転走溝11a…が形成されている。軌道レール11には、その長手方向に適宜間隔をおいて複数のボルト取付孔11bが形成されており、これらボルト取付孔11bに螺着されるボルト(不図示)により、軌道レール11が所定の取付面、例えば工作機械のベッドの上面に固定される。なお、図示の軌道レール11は直線状であるが、一定の曲率を持つ曲線状のレールが使用されることもある。
【0028】
移動体21は、鋼等の強度の高い材料にて構成されたブロック本体22と、金属粉末射出成形法により製造された金属からなる一対の側蓋23,23とから構成されている。一対の側蓋23,23は、例えばステンレス鋼粉末等の金属粉末と、バインダーとを混合・混練させた上で、この混合物を造粒・粉砕して金型内に射出成形し、脱脂・焼結・仕上げ処理などの工程を経て完成した部材である。なお、このような工程に準じた製法により製造される多孔質金属焼結材を、側蓋23に採用することもできる。この多孔質金属焼結材は、有機潤滑剤を含浸させて利用することができる部材である。このようにして形成された一対の側蓋23,23は、ブロック本体22の両端にボルト24にて固定され、移動体21が完成している。
【0029】
ブロック本体22には、軌道レール11に形成された負荷転走溝11aとそれぞれ対向する4条の負荷転走溝22aが設けられている。これら負荷転走溝11a,22aの組み合わせにより、軌道レール11と移動体21との間に4条の負荷転走路31が形成される。なお、ブロック本体22の上面には複数(図1では6本)の雌ねじ22b…が形成されている。これらの雌ねじ22bを利用して、移動体21が所定の取付面、例えば工作機械のサドルやテーブルの下面に固定される。
【0030】
ブロック本体22には、各負荷転走路31と並行して延びる4条の戻し路22cが形成されている。また、ブロック本体22の両端面には、負荷転走溝22aと戻し路22cとの間でアーチ状に突出する一対のボール案内部22d,22d(図2参照)が形成されている。さらに、側蓋23には、ボール案内部22dに対応してアーチ状に陥没するボール案内溝23aが形成されている。
【0031】
側蓋23をブロック本体22に固定することにより、ボール案内部22dとボール案内溝23aとが組み合わされ、それらの間に負荷転走路31と戻し路22cとを結ぶU字状の方向転換路23bが形成される。戻し路22cと方向転換路23bとによってボール13の無負荷転走路32が構成され、その無負荷転走路32と負荷転走路31との組み合わせによって無限循環路33が構成される。無限循環路33の断面形状及び寸法は、負荷転走路31においてボール13と同一径の円形断面を描くように、無負荷転走路32においてボール13よりも幾らか大きい直径の円形断面を描くようにそれぞれ設定されている。
【0032】
図1に示したように、複数のボール13…の間には、ボール13よりも柔らかく、且つ、ボール13の径以下の径を持つスペーサボール15が設置されている。このスペーサボール15は、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド(PA)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエステル、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルサルホン(PES)又は非晶質状炭素の少なくとも1種を含む材料によって構成することが可能である。
【0033】
そして、本実施形態に係る転がり案内装置10では、一対の側蓋23,23のボール案内溝23aのみに対して、固体潤滑膜が形成されている。この固体潤滑膜は、固体潤滑剤からなる微粒子を噴射することによって衝突固着されたものであり、膜厚が0.5μm〜3μmの範囲内となるように形成されることを特徴としている。また、固体潤滑膜は、二硫化モリブデン(MoS2)、二硫化タングステン(WS2)、窒化ホウ素(BN)、フッ素樹脂のいずれか1種又は数種からなる固体潤滑剤によって構成することができる。以下、本実施形態に係る固体潤滑膜の具体的な形成方法を説明する。
【0034】
本実施形態に係る固体潤滑膜の形成方法は、既知のショットピーニング装置により潤滑性被膜となる微粒子の粒体を、側蓋23のボール案内溝23a表面に噴射することにより、無負荷転走路32の一部の領域のみに潤滑性被膜を形成するものである。
【0035】
噴射される固体潤滑剤の微粒子は、層間滑り等により低摩擦を実現する層状化合物や、剪断され易い性質を有する固体等、摩擦を低下し得る性質を有する材質を選択して使用することが好適であり、本実施形態にあっては二硫化モリブデン(MoS2)を使用した。その粒径は、5μm〜50μmの範囲のものが好ましく、例えば上記特許文献7等で開示されるような従来の母相金属に導入される固体潤滑剤と比較して、適用される粒径が著しく小さいものである。
【0036】
本実施形態で用いられるショットピーニング装置は、エアを用いた直圧式のショット装置であるが、その噴射方式については、サイホン式のブラスト装置、或いは他の型式のブラスト装置を使用することができる。また、エア以外の圧縮ガスを使用して噴射するものであっても良い。
【0037】
微粒子は、100m/s以上の噴射速度にて噴射される。噴射された微粒子は、ボール案内溝23a表面への衝突前後の速度変化により、熱エネルギーを生じることになる。このエネルギーの変換は微粒子が衝突した変形部分のみで行われるので、微粒子及びボール案内溝23aの表面付近で局部的に温度上昇が起こる。また、この温度上昇は、微粒子の衝突前の速度に比例するので、微粒子の噴射速度を高速にすると、微粒子及びボール案内溝23aの表面の温度を上昇させることができる。このようなメカニズムによって、微粒子はボール案内溝23aの表面に活性吸着されて拡散・浸透すると考えられており、ボール案内溝23aの表面には、固体潤滑剤からなる潤滑性被膜が形成される。
【0038】
また特に、本実施形態では、側蓋23を金属粉末射出成形法により製造しているので、このことも好適な作用を生み出している。すなわち、金属粉末射出成形法により製造した部材を転動体の転走面に用いる場合には、面粗度が通常Ra1.0以上と若干劣るので、凹凸やバリ等の転動体の転走に不具合をもたらす形状を改善する必要がある。しかしながら、上述したショット又はブラスト法を用いた固体潤滑膜を金属粉末射出成形法により製造した部材に形成した場合には、表面の凹部にも固体潤滑剤が密着良く入り込むことになり、部材と固体潤滑剤との密着性が非常に良くなる。また、このようにして形成された固体潤滑膜の面粗度は、ショット又はブラストの効果によってRa0.6以下に抑えることができるので、転走面として非常に好適に用いることが可能となるのである。
【0039】
なお、金属粉末射出成形法を用いることによって、たとえ複雑な形状の側蓋23であっても非常に安価に製造することができるので、金属粉末射出成形法の採用は、コスト面からも効果的である。
【0040】
以上説明したように、本実施形態に係る転がり案内装置10は、側蓋23のボール案内溝23aという無負荷転走路32の一部の領域のみに潤滑性被膜が形成されている。そして、かかる構成を備えることによって、本実施形態に係る転がり案内装置10は、従来の転がり案内装置と比較して長寿命化を実現している。この長寿命化を実現したメカニズムとしては、無限循環路33内を複数のボール13…とスペーサボール15が循環する際に、金属又はセラミックス等の固体潤滑膜より硬い材質で形成されるボール13が固体潤滑膜を適度に削り取り、ボール13の表面に薄い固体潤滑剤の膜が形成されていることが考えられる。また、スペーサボール15については、ボール13よりも柔らかい材質で作られているので、スペーサボール15自体も僅かに摩耗することによって自己潤滑性を発揮する。そして、側蓋23のボール案内溝23aに形成された固体潤滑膜に由来する固体潤滑剤と、スペーサボール15に由来する固体潤滑剤が複合潤滑剤として機能し、しかもこの複合潤滑剤は、ボール13とスペーサボール15の循環にしたがって無限循環路33の全域に行き渡ることになる。つまり、本実施形態に係る転がり案内装置10では、複合された固体潤滑剤の供給がボール13の循環に伴って常に効率良く行われることになるので、従来技術と比較して転がり案内装置の長寿命化を実現することができているのである。
【0041】
なお、本発明の技術的範囲は上記実施形態に記載の範囲には限定されず、上記実施形態には多様な変更又は改良を加えることが可能である。例えば、上述した本実施形態に係る転がり案内装置10では、側蓋23のボール案内溝23aという無負荷転走路32の一部の領域のみに潤滑性被膜を形成した場合を例示して説明したが、無負荷転走路32の全域に対して本実施形態に係る固体潤滑膜を形成することも好適である。図1及び図2に示された戻し路22cに対してショット又はブラスト法を適用することには困難をともなうが、ブロック本体22の形状を変形したりショット又はブラスト法を変更したりすることによって無負荷転走路32の全域に固体潤滑膜を形成することができれば、負荷転走路31に供給される固体潤滑剤の量が増加するので、かかる構成は寿命を延ばす方向に作用する。
【0042】
さらに、転がり案内装置の要求精度が許される範囲内であれば、負荷転走路31を含む領域に対しても、上述したショット又はブラスト法による固体潤滑膜の形成を行うことができる。
【0043】
また、上述した固体潤滑膜には金属原子を導入することが可能であり、この金属原子には、鉄(Fe)、チタン(Ti)、アルミ(Al)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ジルコニウム(Zr)、ケイ素(Si)又は炭素(C)の少なくとも1元素を含むことができる。
【0044】
さらに、上述した実施形態では、ボール13又は負荷転走路31の表面には特に表面処理を行っていなかったが、例えば本発明の第3発明者が創案に関わった閉鎖磁界不均衡マグネトロンスパッタ装置を用いて転がり摺動部材に固体潤滑膜を成膜する手法(上記特許文献8参照)を用いることによって、ボール13又は負荷転走路31の表面に対して硬質被膜を形成することも好適である。このような構成であっても、本実施形態で説明した無負荷転走路32の一部の領域のみに形成される固体潤滑膜は、上記と同様の作用効果を発揮することができる。ボール13又は負荷転走路31の表面にスパッタリング法による硬質被膜を形成することによってボール13又は負荷転走路31の寿命が延び、さらなる長寿命化を実現した転がり案内装置を提供することが可能となる。
【0045】
なお、上記したボール13又は負荷転走路31の表面に対する硬質被膜の形成手法については、閉鎖磁界不均衡マグネトロンスパッタ装置を用いたスパッタリング法だけでなく、真空蒸着やショットピーニング法といった手法を用いることも可能である。
【0046】
さらに、上記したボール13又は負荷転走路31の表面に形成される硬質被膜については、例えばMoS2、WS2又は非晶質炭素を主成分とする硬質耐摩耗固体潤滑被膜を採用することが好適である。
【0047】
またさらに、ボール13とスペーサボール15の設置個数については、適宜任意の組み合わせを選択可能である。すなわち、図1及び図2に示されるように、2個のボール13に対して1個の割合でスペーサボール15を挿入してもよいし、他の組み合わせを採用することもできる。このスペーサボール15の挿入個数については、ボール13の個数をX、スペーサボール15の個数をY、としたときに、
Y≦X
なる関係式が成り立つように、スペーサボール15を挿入することが望ましい。
【0048】
[無潤滑耐久試験による評価]
次に、本実施形態に係る固体潤滑膜の効果を確認するために、無潤滑耐久試験による評価を行った。この無潤滑耐久試験は、表1に示す条件によって行われたものであり、実験室内の常温環境下に設置されたオイルフリー耐久試験機を用い、この試験機に対してLMガイドをセットして行った。LMガイドは、THK株式会社製のHSR15Rを使用し、側蓋23の循環路(ボール案内溝23a)に対して本実施形態に係る固体潤滑膜を形成したものと形成していないもの、及びそれぞれの条件に加えてボール13だけのものとスペーサボール15を導入したもの、ボール13に対する表面処理が行われたものと行われていないもの等を用意し、移動ブロックに対して軌道レールを繰り返し往復運動させることによって両者の耐久性能を比較することとした。なお、LMガイドに実行させた往復運動は、図3において示す負荷サイクル図の運動パターンにしたがって行われ、具体的には、ストローク250mm、直線運動時の速度250mm/s、折り返し時の加減速度0.25G、ドウェル時間0.1sとし、常時負荷される負荷荷重250Nという条件にて調査が行われた。
【0049】
【表1】

【0050】
使用した無潤滑耐久試験機40は、図4に示すような構成を有するものである。ここで、図4は、無潤滑耐久試験で用いられた無潤滑耐久試験機の概略構成を示す外観図であり、図中(a)は試験機の側面を、図中(b)は試験機の正面を示している。
【0051】
試験対象となるLMガイド50は、軌道レール51が無潤滑耐久試験機40の基台41上にある稼動台に固定設置されている。軌道レール51上には、軌道レール51に対して相対的に往復運動自在な状態で移動ブロック52が設置されており、この移動ブロック52の周囲には門型の櫓42が組まれている。この櫓42には、鉛直下方向に負荷力を及ぼすことができる加圧機構(不図示)が設置されており、ロードセル44を介して中央に位置する移動ブロック52と接続している。ロードセル44は、加圧機構の負荷荷重を電圧の変化として測定することができるので、荷重の表示、記録、制御を通じて安定した負荷荷重を実現することができるようになっている。なお、図4に示す試験機では基台41等に隠れて見えないが、LMガイド50の横には軌道レール51と平行方向に運動案内可能なボールねじが設置されている。このボールねじは、モータ45によってその回転運動が制御されるとともに、稼動台上の軌道レール51をねじ軸方向に往復運動できるように構成されている。したがって、ボールねじの回転運動に応じて軌道レール51の制御された往復運動が実現している。
【0052】
なお、無潤滑耐久試験機40に設置されるLMガイド50は、図1及び図2に示されるような概略構成を備えている。そして、試験対象となる本実施形態に係る固体潤滑膜については、側蓋23のボール案内溝23a表面のみに成膜されている。なお、今回の無潤滑耐久試験に用いられる本発明に係るLMガイド50では、硬質固体潤滑負荷ボール13の2つおきに四フッ化エチレン樹脂(PTFE)からなるスペーサボール15が設置されているものと、ステンレスボール13の2つおきに四フッ化エチレン樹脂(PTFE)からなるスペーサボール15が設置されているものとが用意されている。
【0053】
一方、比較対象となる装置は、固体潤滑膜が形成されていないものを用意した。なお、スペーサボール15に関する条件変更については、スペーサボール15がないもの2パターンと、ボール13の2つおきに四フッ化エチレン樹脂(PTFE)から成るスペーサボール15が設置されているもの1パターンとを用意した。
【0054】
以上説明した条件及び方法による無潤滑耐久試験の結果を表2に示す。本実施形態に係る固体潤滑膜については、本発明を適用した試験品としてNo.1,No.2の2個のサンプルを用意し、従来技術との比較のためにNo.3〜No.5の3つの試験品を用意した。なお、発明試験品の成膜条件はまったく同じであり、先に説明した装置及び方法によって、MoS2からなる固体潤滑膜が成膜されている。また、無潤滑耐久試験の評価は、転がり抵抗値が上昇した時点で耐久寿命に到達したものと判断し、それまでに軌道レール51上を相対移動した移動ブロック52の走行距離を計測することによって行った。
【0055】
【表2】

【0056】
表2からも明らかな通り、本実施形態に係る転がり案内装置は、比較装置と比べて明らかな長寿命化を実現している。特に、上記結果からは、MoS2からなる固体潤滑膜と硬質固体潤滑負荷ボール13と四フッ化エチレン樹脂(PTFE)からなるスペーサボール15とを組み合わせて用いることにより、より長寿命化を実現できることが明らかとなった。これは、繰り返しになるが、側蓋23のボール案内溝23aに形成されたMoS2からなる固体潤滑膜に由来する固体潤滑剤と、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)からなるスペーサボール15に由来する固体潤滑剤とが、複合潤滑剤として機能することによる効果であると考えられる。また、ボール13とスペーサボール15の循環にしたがって、無限循環路33の全域に亘って適量の複合固体潤滑剤が供給されることになるので、このことも従来技術と比較して長寿命化を実現できた要因であると考えられる。
【0057】
なお、本試験で用いた硬質固体潤滑負荷ボール13は、上記特許文献8に記載された閉鎖磁界不均衡マグネトロンスパッタ装置を用いることによってボール表面に硬質固体潤滑被膜が形成されたものであり、本試験の結果から、MoS2からなる固体潤滑膜及び四フッ化エチレン樹脂(PTFE)からなるスペーサボール15との良好な相性が確認された。
【0058】
[ボールねじ装置への適用例]
本実施形態に係る固体潤滑膜が形成される転がり案内装置については、図5に示すようなボールねじ装置として構成することも可能である。図5は、本実施形態に係る固体潤滑膜が形成されるボールねじ装置の一形態を示す図である。
【0059】
図5に示すように、ボールねじ装置60は、軌道部材としてのねじ軸61と、そのねじ軸61に複数の転動体であるボール62…を介して移動自在に取り付けられる移動体としてのナット63とを有している。ボール62…の間には、スペーサボール65が設置されており、自己潤滑機能を発揮している。また、ねじ軸61の外周には、ねじ軸61の廻りに螺旋状に延びる負荷転走溝61aが形成されている。
【0060】
一方、ナット63の内周面には、ねじ軸61の負荷転走溝61aに対応した負荷転走溝63aが形成されており、これら負荷転走溝61a,63aが協働することによって負荷転走路が形成されている。さらに、ナット63には、負荷転走路の一端側と他端側とをつなぐことによって複数のボール62…を無限循環できるように、リターンパイプ66が設置されている。
【0061】
そして、ボール62の無負荷域となるリターンパイプ66に対して上述した本実施形態に係る固体潤滑膜を形成することにより、ボールねじ装置60の長寿命化を図ることができる。
【0062】
なお、本発明の適用範囲は、図5に示したような、リターンパイプ66をナット63に装着し、リターンパイプ66内の無負荷転走路と負荷転走路とによって形成される無限循環路内をボール62が無限循環する形態のものには限られない。
【0063】
例えば、図6に例示するように、無負荷転走路をデフレクタ76によって構成する形態のボールねじ装置70であっても適用可能である。この場合には、デフレクタ76のボール転走面に対して本実施形態に係る固体潤滑膜を形成すれば、上述した転がり案内装置10やボールねじ装置60と同様の好適な効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本実施形態に係る転がり案内装置の全体構成を説明するための部分破断斜視図である。
【図2】本実施形態に係る転がり案内装置の移動体の構造を説明するための縦断面側面図である。
【図3】無潤滑耐久試験でLMガイドに適用された負荷サイクルを示す図である。
【図4】無潤滑耐久試験で用いられた無潤滑耐久試験機の概略構成を示す外観図であり、図中(a)は試験機の側面を、図中(b)は試験機の正面を示している。
【図5】本実施形態に係る固体潤滑膜が形成されるボールねじ装置の一形態を例示する図である。
【図6】本実施形態に係る固体潤滑膜が形成されるボールねじ装置の別の形態を例示する図である。
【符号の説明】
【0065】
10 転がり案内装置、11 軌道レール、11a 負荷転走溝、11b ボルト取付孔、13 ボール、15 スペーサボール、21 移動体、22 ブロック本体、22a 負荷転走溝、22b 雌ねじ、22c 戻し路、22d ボール案内部、23 側蓋、23a ボール案内溝、23b 方向転換路、24 ボルト、31 負荷転走路、32 無負荷転走路、33 無限循環路、40 無潤滑耐久試験機、41 基台、42 櫓、44 ロードセル、45 モータ、50 LMガイド、51 軌道レール、52 移動ブロック、60 ボールねじ装置、61 ねじ軸、61a 負荷転走溝、62 ボール、63 ナット、63a 負荷転走溝、65 スペーサボール、66 リターンパイプ、70 ボールねじ装置、76 デフレクタ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道部材と、
前記軌道部材に複数の転動体を介して移動自在に取り付けられる移動体と、
を有し、
前記複数の転動体が、前記軌道部材と前記移動体との間に形成された負荷転走路と、その負荷転走路の一端と他端とを結ぶように前記移動体に形成された無負荷転走路とから構成される無限循環路に設置される転がり案内装置において、
前記無限循環路の少なくとも一部の領域に対して、固体潤滑剤からなる微粒子を噴射することによって衝突固着された固体潤滑膜が形成されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項2】
軌道部材と、
前記軌道部材に複数の転動体を介して移動自在に取り付けられる移動体と、
を有し、
前記複数の転動体が、前記軌道部材と前記移動体との間に形成された負荷転走路と、その負荷転走路の一端と他端とを結ぶように前記移動体に形成された無負荷転走路とから構成される無限循環路に設置される転がり案内装置において、
前記無負荷転走路のみに対して、固体潤滑剤からなる微粒子を噴射することによって衝突固着された固体潤滑膜が形成されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項3】
請求項2に記載の転がり案内装置において、
前記固体潤滑膜は、前記無負荷転走路の一部の領域に対して膜厚が0.5μm〜3μmの範囲内となるように形成されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の転がり案内装置において、
前記固体潤滑膜は、二硫化モリブデン(MoS2)、二硫化タングステン(WS2)、窒化ホウ素(BN)、フッ素樹脂のいずれか1種又は数種からなる固体潤滑剤によって構成されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の転がり案内装置において、
前記固体潤滑膜には金属原子を導入することができ、該金属原子は、鉄(Fe)、チタン(Ti)、アルミ(Al)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ジルコニウム(Zr)、ケイ素(Si)又は炭素(C)の少なくとも1元素を含むことを特徴とする転がり案内装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の転がり案内装置において、
前記移動体における前記固体潤滑膜が形成される箇所が、金属粉末射出成形法により製造されたものであることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の転がり案内装置において、
前記複数の転動体の間には、前記転動体よりも柔らかく、且つ、前記転動体の径以下の径を持つスペーサボールが設置されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項8】
請求項7に記載の転がり案内装置において、
前記スペーサボールは、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド(PA)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエステル、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルサルホン(PES)又は非晶質状炭素の少なくとも1種を含む材料によって構成されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の転がり案内装置において、
前記転動体又は前記負荷転走路の表面には、真空蒸着、スパッタリング法又はショットピーニング法により硬質被膜が形成されることを特徴とする転がり案内装置。
【請求項10】
請求項9に記載の転がり案内装置において、
前記硬質被膜が、MoS2、WS2又は非晶質炭素を主成分とする硬質耐摩耗固体潤滑被膜であることを特徴とする転がり案内装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−232267(P2008−232267A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−72689(P2007−72689)
【出願日】平成19年3月20日(2007.3.20)
【出願人】(390029805)THK株式会社 (420)
【Fターム(参考)】