説明

化合物半導体薄膜及びその製造方法、並びに太陽電池

【課題】緻密で良好な膜質の光応答性化合物半導体薄膜を安価にかつ簡便に製造する。
【解決手段】ガス中に化合物半導体の原料粒子を分散させたエアロゾルを基板に向けて噴射、衝突させて、基板上に化合物半導体薄膜を形成するエアロゾルデポジション法(AD法)により化合物半導体薄膜を製造する方法。AD法によれば、高真空、あるいはセレン化ないし硫化工程を経ることなく、化合物半導体の結晶構造やバンド構造が保持されたまま、室温において光応答性を有する、太陽電池用途に適した膜質の良好な緻密質膜を容易に形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物半導体薄膜の製造方法と、この方法により製造された化合物半導体薄膜と、この化合物半導体薄膜を備える太陽電池に関する。
詳しくは、本発明は、エアロゾルデポジション法(AD法)による化合物半導体薄膜の製造方法と、この方法により製造された化合物半導体薄膜と、この化合物半導体薄膜を備える太陽電池に関する。
【背景技術】
【0002】
CIGS等の化合物半導体を光吸収層とする薄膜太陽電池は、光吸収係数が大きく、薄膜化が可能であるため、省資源であり、結晶成長のようなエネルギー大量消費プロセスを要することなく製造することが可能である。また、軽量で、かつフレキシブル基板上にも適用可能であり、変換効率19.9%に達する高い効率が得られることから、多結晶シリコン系太陽電池に代る太陽電池として着目されている。
【0003】
しかしながら、従来の化合物半導体光吸収層は、例えば、CIGSに関しては主に蒸着法あるいはスパッタ・セレン化法などで形成され、高真空装置が必要であり、また、成膜時間が長いなどの問題があった。
【0004】
そこで、真空装置を使用せずに化合物半導体光吸収層を形成する方法も幾つか提案されている。
【0005】
例えば、酸化物微粒子を基板に塗布して酸化物膜を形成し、水素還元−セレン化(セレン化水素)あるいはセレン蒸気によるセレン化によってCuInSe薄膜を得る方法;Cu,In,Ga原料を含有するスラリーを基板に塗布し、熱分解によって前駆体膜を得、これをセレン化することによりCu(InGa)Se膜を得る方法;電着法によりCu−Inの合金膜を形成し、硫化によってCuInS膜を得る方法;が提案されている。
しかしながら、これらの方法は、いずれも前駆体膜から半導体膜への変換に、極めて毒性が高いセレン又は硫黄雰囲気(あるいはセレン化水素又は硫化水素雰囲気)が必須とされるため、安全性の面で問題があった。
【0006】
一方、Cu(InGa)Se等の微粒子を塗布成膜する方法も検討されているが、この方法で緻密質の膜を得ることは極めて困難であることが知られている。また、ソルボサーマル法等により、CuInSe半導体ナノ粒子を合成し、これを基板に塗布成膜する方法も提案されている。最近では、塗布法で得た前駆体膜にスポット溶接器で局部的に加熱を施してCIGSを得る方法も報告されている。
しかしながら、半導体ナノ粒子を塗布しても、単純な加熱ではセレンが揮発するのみで焼結が十分に進行せず、粒子成長にはセレン(セレン化水素)雰囲気が必須であること、得られる化合物半導体薄膜は光エネルギー変換効率が極めて低いことなどが示されている。
【0007】
その他に、過剰のセレン/硫黄を含むCIGSをヒドラジンに溶解して基板にスピン塗布し、不活性雰囲気で加熱分解することにより、良好な膜質で、変換効率10%のCIGS薄膜が得られるという報告もなされているが、ヒドラジンは爆発性である上に、極めて毒性が高いため、工業的にこの成膜法を実施することは極めて困難である。
【0008】
このように、従来において、化合物半導体薄膜の安価で簡便な形成方法が強く望まれているにもかかわらず、未だ満足できる成膜方法が見出されていないのが現状である。
【0009】
近年、新規なセラミック膜の成膜法として、エアロゾルデポジション法(AD法)が開発された。このAD法は、衝撃硬化(impact consolidation)現象を基礎とした成膜法であり、超微細粒子の衝突とそれに伴う衝撃硬化を利用した方法である(例えば、特許文献1〜3、非特許文献1、2参照)。
【0010】
AD法は加速されたサブミクロン粒子が基板表面に衝突して固化する現象を利用した方法であるため、AD法により成膜された膜は直径数十ナノメーターレベルの微細結晶塊から構成され、空孔が発生しないという特徴がある。
そのため、AD法によれば低い温度条件と高い成膜速度で各種基板上に厚い膜を作成することができる。さらに、この方法は複数の組成を持つ結晶微粒子を原材料として利用することが可能であり、従来法(スパッタリング、ゾル−ゲル、CVDなど)と比較して成膜処理の前後において原料物質の組成が変化せず保持されるという特徴がある。このため、AD法を利用して、従来の技術では得られなかった新規な特性を有する材料を製造することが期待されている。
【0011】
従来、AD法は、アルミナやイットリアといったセラミックスの厚膜の形成に用いられてきた。AD法を半導体膜の形成に適用した例としては、熱伝変換素子用のクラスレートと呼ばれる籠状の包接化合物を成膜することが提案されている(特許文献4)。
しかしながら、AD法を化合物半導体の成膜に適用する提案は未だなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2001−3180号公報
【特許文献2】特開2002−235181号公報
【特許文献3】特開2005−181995号公報
【特許文献4】特開2007−246326号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Jun Akedo and Maxim Lebedev, "MATERIA"41, (2002), P.459
【非特許文献2】Jun Akedo and Maxim Lebedev, Jpn. J. Appl. Phys. 38, (1999), P.5397
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、緻密で良好な膜質の光応答性化合物半導体薄膜を安価にかつ簡便に製造することができる化合物半導体薄膜の製造方法と、この方法により製造された化合物半導体薄膜と、この化合物半導体薄膜を備える太陽電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、AD法によれば、高真空、あるいはセレン化ないし硫化工程を経ることなく、化合物半導体の結晶構造やバンド構造が保持されたまま、室温において光応答性を有する、太陽電池用途に適した質の良好な緻密質膜を容易に形成することができることを見出した。
さらに本発明者らは、結晶性の化合物半導体原料のみならず、化合物半導体の前駆体を用いてAD法で成膜することにより、これを所望の構造の化合物半導体へ変換(メカノケミカル合成)させると共に薄膜形成を行うことができることを見出した。
【0016】
本発明はこのような知見に基づいて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0017】
[1] 基板上に化合物半導体薄膜を形成する化合物半導体薄膜の製造方法において、ガス中に化合物半導体の原料粒子を分散させたエアロゾルを該基板に向けて噴射、衝突させて、該基板上に化合物半導体薄膜を形成するエアロゾルデポジション法による成膜工程を含むことを特徴とする化合物半導体薄膜の製造方法。
【0018】
[2] 前記化合物半導体薄膜の膜厚が0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする[1]に記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【0019】
[3] 前記半導体がカルコゲナイドであることを特徴とする[1]または[2]に記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【0020】
[4] 前記原料粒子の平均粒径が0.005μm以上5μm以下であることを特徴とする[1]ないし[3]のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【0021】
[5] 前記成膜工程で成膜された化合物半導体薄膜を100℃以上1000℃以下の温度で熱処理する熱処理工程を有することを特徴とする[1]ないし[4]のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【0022】
[6] フレキシブル基板上に連続的に化合物半導体薄膜を成膜することを特徴とする[1]ないし[5]のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【0023】
[7] [1]ないし[6]のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法で製造されたことを特徴とする化合物半導体薄膜。
【0024】
[8] 光応答性半導体薄膜であることを特徴とする[7]に記載の化合物半導体薄膜。
【0025】
[9] [7]又は[8]に記載の化合物半導体薄膜を含むことを特徴とする太陽電池。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、化合物半導体薄膜の成膜にAD法を適用することにより、高真空、あるいはセレン化ないし硫化工程を経ることなく、化合物半導体の結晶構造やバンド構造が保持されたまま、室温において光応答性を有する、太陽電池用途に適した膜質の良好な緻密質膜を容易に形成することができる。
また、結晶性の化合物半導体原料のみならず、化合物半導体の前駆体を用いてAD法で成膜することにより、これを所望の構造の化合物半導体へ変換(メカノケミカル合成)させると共に薄膜形成を行うこともでき、更には、AD法により成膜した後の薄膜を熱処理し、この熱処理条件を制御して光応答性の向上を図ることもでき、これにより、光エネルギー変換効率に優れた太陽電池を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】AD法による成膜装置の一例を示す模式図である。
【図2】AD法による連続成膜方法を示す模式図である。
【図3】太陽電池の構成の一例を示す模式的断面図である。
【図4】実施例1で製造したCIGS薄膜の断面のSEM写真である。
【図5】実施例1で製造したCIGS薄膜のXRDパターンを示すチャートである。
【図6】実施例1及び実施例2で製造したCIGS薄膜の吸収スペクトルを示すチャートである。
【図7】実施例2で製造したCIGS薄膜のXRDパターンを示すチャートである。
【図8】実施例1及び実施例2で作製した太陽電池の発電特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0029】
[化合物半導体薄膜の製造方法]
{AD法による成膜工程}
<原料粉末>
本発明の化合物半導体薄膜の製造方法において、エアロゾルを形成するためにガス中に分散させる原料粉末としては、化合物半導体の微細粉末が挙げられるが、その他、化合物半導体前駆体の微細粉末、あるいは化合物半導体構成元素の混合微細粉末などを用いて、成膜工程において、基板上で原料粉末をメカノケミカル反応させて、目的とする化合物半導体を基板上で合成して成膜することもできる。
また、後に述べる熱処理工程で、セレンやイオウ、テルル等の元素が揮発し、半導体特性が低下するのを避けるために、予めこれらの元素が過剰となるよう原料粉末、化合物半導体前駆体粉末、あるいは化合物半導体構成元素の混合微細粉末の組成を調整することができる。これらの元素の過剰量は、目的組成に対し、通常2%から100%、好ましくは5%から50%である。過剰量が少なすぎると熱処理工程後にこれらの元素が不足して半導体特性が低下する。逆に多すぎると、熱処理温度が高くなりすぎたり、これらの元素の利用効率が低下し経済的に好ましくない。
【0030】
化合物半導体としては、セレン、イオウ、テルルを含むカルコゲナイドが好ましい。なかでもカルコパイライト型の結晶構造を有するCuInSe、CuInS(CIS)、CuIn1−xGaSe(CIGS)、CuZnSnS(CZTS)、あるいはCdTe系半導体が好ましい。
また、これらのp型化合物半導体以外に、AgInS等のn型の光応答性化合物半導体も挙げられる。
【0031】
AD法で用いる原料粉末の粒子は、大き過ぎると基板を機械的にミーリングしやすく、小さ過ぎると圧粉体になりやすい。従って、原料粒子は、平均粒径0.005〜5μm、特に0.01〜2μm、とりわけ0.05〜1μmであることが好ましい。なお、この平均粒径とは、SEMまたはFE−SEMにより測定された値の平均値である。
【0032】
<基板>
本発明において、化合物半導体薄膜を形成する基板としては特に制限はなく、本発明におけるAD法による成膜工程には高温処理を必要としないため、耐熱性の低い基板も適用可能である。
【0033】
基板としては、ガラス、銅、ステンレス鋼、アルミニウム、モリブデン、タングステン、ニッケル等の金属、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリイミド、ポリフルオロエチレン等の樹脂などの各種の素材のものを用いることができる。特に、AD法による成膜は、後述の如く連続成膜が可能であることから、基板としては、金属箔、樹脂フィルム等のフレキシブル基板も好適に用いられる。このうち金属箔としては銅、ステンレス鋼、アルミニウム等の金属箔を用いることができる。中でも銅箔、ステンレス鋼箔が好ましい。また、樹脂フィルムとしては、ポリオレフィンフィルム、ポリエステルフィルム、ポリカーボネートフィルム、ポリイミドフィルム等を用いることができる。
【0034】
太陽電池用途等においては、上述の基板上に、一般に電極層としてMo,W,Au等の薄膜を形成したものが用いられる。
【0035】
基板は、AD法による成膜後、後述の熱処理を行う場合は、その加熱温度における耐熱性を考慮して選択される。
【0036】
基板の厚さには特に制限はなく、化合物半導体薄膜の用途に応じて適宜決定されるが、通常0.01〜100mm、特に0.5〜10mm程度とされる。金属箔や樹脂フィルム等のフレキシブル基板の場合、その厚さは通常1〜500μm、特に10〜100μm程度である。
【0037】
<キャリアガス>
原料粒子を分散させてエアロゾルを形成するためのガス(キャリアガス)としては、原料粒子に対して不活性なものであればよく、特に制限はないが、窒素、アルゴン、ヘリウム等の希ガス、或いはこれらのガスの2種以上の混合ガスよりなる不活性ガスを用いることができる。
【0038】
<エアロゾル組成>
基板に対して、噴射、衝突させることにより良好な膜質の化合物半導体薄膜を成膜するために、エアロゾルの原料粒子/キャリアガス組成としては、下記式で算出される化合物半導体薄膜の成膜速度(単位時間当たりに基板上の単位面積当たりに成膜される化合物半導体薄膜の膜厚)に対するキャリアガス流量(L/sec)の割合Zとして、0.2〜20、特に0.5〜5程度であることが好ましい。
Z=B/A
A:成膜速度(μm/scan)
B:キャリアガス流量(L/sec)
なお、成膜速度の定義は、「μm/sec」より、「μm/scan」が適当である。「μm/scan」は、「ノズルの移動走査回数による成膜された膜厚」であり、「1scan」は「ノズルの行きと帰りの1周期走査」を示す。
【0039】
この範囲よりもキャリアガス流量が多いと緻密な膜になり難く、少ないと均一な膜になりにくい。
なお、キャリアガス流量は2〜8L/sec程度であることが好ましく、成膜速度は0.5〜5μm/scan程度であることが好ましい。
【0040】
<成膜温度>
成膜温度は0〜800℃という幅広い温度で設定できるが、好ましくは20〜300℃、より好ましくは室温(20〜40℃程度)で行われる。
【0041】
<真空度>
エアロゾルは、後述の成膜装置に示されるように、キャリアガス中に原料粒子を分散させたエアロゾルを、エアロゾルチャンバーから成膜チャンバー内のノズルを介して、基板に向けて噴射、衝突させて成膜する方法であり、エアロゾルは、このエアロゾルチャンバーと成膜チャンバーの圧力差によってノズルから噴出される。
【0042】
このエアロゾル噴射のための圧力条件は、真空ポンプの状態により異なるが、通常、エアロゾルチャンバー内の圧力は1〜1000kPa、中でも10〜500kPa程度、成膜チャンバー内の圧力は1〜500kPa、中でも20〜300kPa程度であり、その圧力差は1〜1000kPa、中でも10〜500kPa程度であることが好ましい。
【0043】
このような圧力差を設けることにより、50〜500m/sec、好ましくは150〜300m/sec程度に加速された原料粒子が基板表面に衝突して固化することにより、化合物半導体薄膜が形成される。
【0044】
<エアロゾル入射角>
エアロゾルを噴出させるノズルのエアロゾル噴射方向の基板表面に対する角度(以下、「エアロゾル入射角」と称す。)は、30°〜90°の範囲で設定可能であるが、90°(即ち、エアロゾルを基板面に対して垂直方向に噴射、衝突させる。)であることが、単位面積当たりの成膜速度の面で好ましい。
【0045】
<ノズル/基板間距離>
エアロゾルを噴出させるノズルと基板との距離としては、長過ぎると成膜速度が遅く、短か過ぎると基板を機械的にミーリングし易い。従って、このノズル/基板間距離は10〜200mm、特に20〜100mm程度とすることが好ましい。
【0046】
<加振器の振動数>
後述の成膜装置に示されるように、エアロゾルは、加振器により振動させているエアロゾルチャンバーにキャリアガスを導入して、原料粒子をキャリアガス中に分散させることにより得られる。このエアロゾルチャンバーの振動の程度は、使用する粉末材料の重さ及び形状により異なるが、例えばCIGSの場合、10〜300rpm、中でも50〜200rpm程度とすることが好ましい。
【0047】
<成膜装置>
以下に第1図を参照して、本発明のAD法による成膜に用いられる成膜装置の構成について説明する。
【0048】
第1図は、本発明において、AD法により化合物半導体薄膜を枚葉式で製造するために使用する成膜装置の一例を示す模式図である。
【0049】
この装置では、キャリアガスを内蔵するガスボンベ11は、質量流量コントローラ12を備えた搬送管13を介してエアロゾルチャンバー(ガラスボトル)14に接続されている。エアロゾルチャンバー14内に原料粉末15を入れ、エアロゾルチャンバー14内を20Torr(2.6kPa)程度の真空に排気した後、ガスボンベ11よりキャリアガスを質量流量コントローラ12で流量を制御しながらエアロゾルチャンバー14内に導入すると共に、エアロゾルチャンバー14を加振器(図示せず)により振動させることで、キャリアガス中に原料粉末15の微粒子を分散させたエアロゾルを発生させ、フィルター16及び分別器17を備えた搬送管18を介して、成膜チャンバー20に搬送する。成膜チャンバー20は、排気管25を介してメカニカルバスターポンプ26及びロータリーポンプ27により所定の真空度に排気される。成膜チャンバー20内では、ノズル21から支持台24に固定された基板23にエアロゾル(粉末ビーム)22を吹き付けることで、基板23の表面に薄膜を形成する。なお、支持台24には基板23の可動手段が設けられており、成膜中、基板23はXY方向に所定の速度で移動し、これにより、基板23の全面に成膜がなされる。
【0050】
この装置では、サブミクロンサイズの原料粉末15をキャリアガス中に混入することによりエアロゾルチャンバー14内でエアロゾル流を作り出す。このエアロゾル流が搬送管18を通って成膜チャンバー20内のノズル21へ導かれ、エアロゾルチャンバー14と成膜チャンバー20の圧力差によって、加速された粉末ビーム22がノズル21から基板23の表面へ向けて噴出され、基板23の表面に衝突することにより、基板23表面に薄膜が形成される。
【0051】
<連続成膜>
第1図は、枚葉式の成膜装置を示すが、本発明においては、基板として前述の金属箔や樹脂フィルム等のフレキシブル基板を用いて化合物半導体薄膜を連続成膜することもできる。
【0052】
第2図は、このような連続成膜の方法を説明する成膜チャンバー内の模式図であり、この方法では、フレキシブル基板を巻き取ってある原反ローラ31からフレキシブル基板30を巻き出し、1対の送りローラ32,33で挟んで走行させ、巻取ローラ34で巻き取る。この走行途中のフレキシブル基板30に対して、このフレキシブル基板30の下方に配置されたスリット状の噴出口36Aを有するノズル36よりエアロゾルを噴射させて、フレキシブル基板30に衝突させ、フレキシブル基板30上に化合物半導体薄膜32を成膜する。
【0053】
本発明のAD法による成膜は、高真空条件を必要としないため、このように非常に簡易な設備で連続成膜が可能である。
【0054】
{熱処理工程}
上述のAD法による成膜工程で、基板表面に形成された化合物半導体薄膜は、結晶化の促進及び半導体特性の向上を目的として熱処理(アニーリング)することが好ましい。
【0055】
この処理温度は置かれた環境と熱処理方法により異なる。例えば、抵抗加熱炉、高周波加熱炉等の標準的な加熱炉を用いる熱処理では、100〜1000℃、特に200〜800℃、とりわけ400〜600℃程度の温度範囲に加熱することが好ましい。
熱処理時間は熱処理温度によって異なるが、通常3〜10分間、あるいは更に長い時間、例えば1〜100時間とすることができる。
また、300〜900℃の温度で、20〜100秒程度加熱する迅速加熱アニーリングを適用することも可能である。さらに、比較的高い温度(600℃以上、例えば700〜1000℃)で、短時間(30秒未満、例えば1〜10秒)パルスレーザーを照射することによっても、熱処理が可能である。
【0056】
熱処理温度が低く、また熱処理時間が短いと、熱処理を行ったことによる結晶化の促進及び半導体特性の向上効果を十分に得ることができず、また、熱処理温度が高く、熱処理時間が長いと、基板の劣化、半導体構成元素の揮発等が問題になる場合がある。
【0057】
熱処理の雰囲気は、窒素、アルゴンなどの希ガス等の不活性ガス雰囲気、セレンあるいはイオウ含有雰囲気、例えばHSガス雰囲気、HSe雰囲気、有機イオウ、有機セレン雰囲気とすることができる。
【0058】
不活性ガス雰囲気における熱処理であれば、簡便に化合物半導体膜の結晶性を向上させることができ、セレンやイオウ含有雰囲気では、熱処理工程でのカルコゲン元素の揮発による半導体特性の低下を防止できる他、AD法で成膜された化合物半導体薄膜組成に対して新たにこれらの元素が取り込まれた化合物半導体薄膜を得ることもできる。
【0059】
このような熱処理により、化合物半導体薄膜の結晶化が促進され、半導体特性、光応答性が高められる。
【0060】
<膜厚>
本発明により製造される化合物半導体薄膜の膜厚は、その用途に応じて適宜決定されるが、通常、0.1〜10μm、特に1〜3μm程度であることが好ましい。
化合物半導体薄膜の膜厚が薄過ぎると、光吸収が十分で無かったり、半導体膜のピンホールに起因する短絡が発生しやすく、逆に厚過ぎると生成したキャリアの再結合による損失、あるいは、内部抵抗に伴う損失が増大する傾向がある。
【0061】
<密度>
本発明により製造される化合物半導体薄膜の密度は高いほど好ましいが、通常、理論密度の50〜99.5%、典型的には80〜98%程度である。薄膜中の空隙率は、低いほど好ましいが、通常0.5〜50%、典型的には2〜20%である。空隙率は電子顕微鏡観察などで見積もることが可能である。空隙率が高すぎると粒界によるキャリアの損失が大きくなったり、膜の機械的強度が低下したりするので好ましくない。
【0062】
<用途>
AD法は、50〜500m/sec程度に加速されたサブミクロン粒子が基板表面に衝突して固化する現象を利用した方法であるため、AD法により成膜された化合物半導体薄膜は直径数十ナノメーターレベルの微細結晶塊から構成され、空孔が発生し難いという特徴がある。
このようなAD法により製造された本発明の化合物半導体薄膜は、特に光応答性半導体薄膜として、太陽電池に好適に用いられる。
【0063】
[太陽電池]
本発明の太陽電池は、上述の本発明の化合物半導体薄膜の製造方法により製造された化合物半導体薄膜を、好ましくは光吸収層として用いたものである。
このような本発明の太陽電池の構成には特に制限はないが、例えば、第3図のような構成のものが挙げられる。
【0064】
第3図は本発明の太陽電池の一例を示す模式図であり、ガラス基板1等の基板上に、Mo膜2等の電極層を介して、本発明の方法に従って、p−CIGS膜3等の光吸収層(p型半導体層)が形成され、この光吸収層上に、n−CdS膜4等のバッファ層(n型窓層)が形成され、このバッファ層上にZnO:Al膜等の透明導電層が形成されている。6A,6Bは、Al等よりなる電極である。
【0065】
ガラス基板1等の基板としては、本発明により化合物半導体薄膜を形成するための基板として前述したものを用いることができる。
【0066】
Mo膜2等の電極層としては、Moの他、W膜やAu膜等であってもよい。この電極層は、通常、スパッタリングにより、膜厚0.1〜1μm程度に形成される。
【0067】
p−CIGS膜3等の光吸収層(p型半導体層)は、通常、本発明の化合物半導体薄膜の製造方法により形成される。
【0068】
n−CdS膜4等のバッファ層(n型窓層)としては、CdSの他、ZnS、ZnO等を用いることもでき、バッファ層は、通常、溶液法、真空法など公知の方法で通常0.01〜0.1μm程度の膜厚に成膜される。なお、このバッファ層を本発明によるAD法で成膜することもできる。
【0069】
ZnO:Al膜(Zn−Al(B)−O膜)等の透明電極層としては、その他、ITO(In−Sn−O)等の公知の材料を適用することができ、通常、CVD法等の公知の方法で膜厚0.01〜1μm程度に成膜される。
【0070】
なお、本発明の太陽電池の構成は何ら第3図に示すものに限定されず、例えば、透明電極層上に更にMgF等からなる反射防止層を形成しても良い。また、バッファ層と透明導電層との間に高抵抗ZnO層が形成されていても良い。
【実施例】
【0071】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0072】
[実施例1]
CIGS(Cu0.97In0.71Ga0.29Se2.40)多結晶粉末(平均粒径100μm)を、遊星ボールミルを用い、エタノールを分散媒としてジルコニアビーズを持いて湿式粉砕した後、Nガス雰囲気中で乾燥させて、平均粒径1μmのCIGS微粉末を得た。
【0073】
基板として、25mm×75mm×2mm厚さののソーダライムスライドガラスを用い、このガラス基板上にMoをスパッタ成膜し、膜厚0.5μmのMo膜を形成した。このMo薄膜上に、上記のCIGS微粉末を用いて、第1図に示す成膜装置により以下の成膜条件でAD法によりCIGS薄膜を成膜した。
【0074】
<AD成膜条件>
キャリアガス:Nガス
キャリアガス流量:4L/min
ノズル/基板間距離:4mm
エアロゾル入射角:0°
加振器の振動数:150rpm
成膜温度:室温(25〜30℃)
基板線速度:2mm/sec
基板走査速度:1cm/sec
エアロゾルチャンバー内圧力:0.2kPa
成膜チャンバー内圧力:200kPa
成膜時間:1分
成膜速度:3〜4μm/scan
エアロゾル速度:2mm/sec
【0075】
この結果、膜厚6〜7μmのCIGS薄膜が形成された。
得られた薄膜の断面SEM像を第4図に示す。
この図から、得られた薄膜中の空隙の割合は10%程度以下であり、公知のCIGSのスラリーを用いる塗布法などと比較して極めて高密度の膜が得られたことが分かる。
この薄膜を窒素気流中、300℃で1時間熱処理して多結晶CIGS薄膜を得た。エネルギー分散型X線分析法(EDX)により分析したところ、この薄膜の組成はCu0.97In0.72Ga0.28Se2.30であった。
【0076】
この薄膜の熱処理前後のXRDパターン(Cu−Kα線使用)を第5図に示す。また、熱処理前後の吸収スペクトルを第6図(a)に示す。
第5図のXRDパターンより、いずれもCIGSに由来する回折線が観測された。また、第6図(a)の吸収スペクトルより、CIGSのバンドギャップに相当する波長1100nmから1400nmの範囲に吸収端が確認された。
すなわち、AD法をCIGSの成膜に適用することにより、空隙の少ない、高密度の多結晶膜を得ることが出来た。さらにその薄膜はCIGS原料とほぼ同一のバンド構造を維持していることが示された。
【0077】
この薄膜の抵抗率を測定したところ、300Wキセノンランプ照射の照射により、暗中と比較して30%の抵抗率低下が確認された。
【0078】
Mo膜/ガラス基板上の熱処理後の多結晶CIGS薄膜を用いて、第3図に示す構成の太陽電池を作製した。
n−CdS膜4は溶液成長法で、膜厚0.04μmに成膜し、ZnO:Al膜5はMOCVD法で膜厚0.2μmに成膜し、最後に真空蒸着法でAlを電極6A,6Bとして蒸着した。セルの面積は0.2cmであった。
このセルの25℃、AM(エア・マス)1.5の擬似太陽光の照射下でのIV特性を第8図に、発電特性を表1に示す。
【0079】
[実施例2]
AD法により成膜されたCIGS薄膜の熱処理を、窒素中、300℃に代えて、硫化水素(HS)流通下、500℃で1時間行った以外は、実施例1と同様にして多結晶CIGS薄膜を得た。エネルギー分散型X線分析法(EDX)により分析したところ、この薄膜の組成はCu1.00In0.70Ga0.30Se0.231.86であった。
【0080】
この薄膜の熱処理前後のXRDパターン(Cu−Kα線使用)を第7図に示す。また、熱処理前後の吸収スペクトルを第6図(b)に示す。
第5図と第7図、第6図(a),(b)の比較から、HS雰囲気での加熱処理により、化合物半導体を構成するセレンの一部がイオウに置換され、XRDパターン及び吸収スペクトルが変化したことが確認された。
【0081】
この多結晶CIGS薄膜を用いて、実施例1と同様に太陽電池を作成した。このセルの25℃、AM1.5照射下でのIV特性を第8図に、発電特性を表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
実施例1の結果から、AD法により光応答性を有する、緻密質の化合物半導体薄膜を得ることができ、この薄膜は光発電機能を有することが分かる。また、実施例2の結果から、AD法により成膜された膜を適当な雰囲気で熱処理することにより、光応答性を高め、太陽電池特性の向上を図ることができることが分かる。
【符号の説明】
【0084】
1 ガラス基板
2 Mo膜
3 p−CIGS膜
4 n−CdS膜
5 ZnO:Al膜
6A,6B 電極
15 原料粉末
11 ガスボンベ
12 質量流量コントローラ
13,18 搬送管
14 エアロゾルチャンバー
16 フィルター
17 分別器
20 成膜チャンバー
21 ノズル
22 エアロゾル(粉末ビーム)
23 基板
24 支持台
25 排気管
26 メカニカルバスターポンプ
27 ロータリーポンプ
30 フレキシブル基板
31 原反ローラ
32,33 送りローラ
34 巻取ローラ
35 エアロゾル(粉末ビーム)
36 ノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に化合物半導体薄膜を形成する化合物半導体薄膜の製造方法において、ガス中に化合物半導体の原料粒子を分散させたエアロゾルを該基板に向けて噴射、衝突させて、該基板上に化合物半導体薄膜を形成するエアロゾルデポジション法による成膜工程を含むことを特徴とする化合物半導体薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記化合物半導体薄膜の膜厚が0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記半導体がカルコゲナイドであることを特徴とする請求項1または2に記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記原料粒子の平均粒径が0.005μm以上5μm以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【請求項5】
前記成膜工程で成膜された化合物半導体薄膜を100℃以上1000℃以下の温度で熱処理する熱処理工程を有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【請求項6】
フレキシブル基板上に連続的に化合物半導体薄膜を成膜することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の化合物半導体薄膜の製造方法で製造されたことを特徴とする化合物半導体薄膜。
【請求項8】
光応答性半導体薄膜であることを特徴とする請求項7に記載の化合物半導体薄膜。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の化合物半導体薄膜を含むことを特徴とする太陽電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−100879(P2011−100879A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−255102(P2009−255102)
【出願日】平成21年11月6日(2009.11.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】