説明

半導体装置の動作方法

【課題】ワイドギャップ半導体素子を動作させる半導体装置の動作方法であって、積層欠陥の発生による素子破壊を招くことなく簡単に実現できるものを提供すること。
【解決手段】この発明の半導体装置の動作方法では、ワイドギャップ半導体素子の通電開始時に通電電流Iを或る電流上昇率でゼロから定格電流Inまで上昇させる。ワイドギャップ半導体素子内の積層欠陥の発生によるワイドギャップ半導体素子の破壊を防止するように、通電電流Iをゼロから定格電流Inまで上昇させるソフトスタート時間tsを0.5秒から10秒までの範囲内に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は半導体装置の動作方法に関し、より詳しくは、ワイドギャップ半導体からなるスイッチング素子の動作方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なSiインバータ(Si材料からなるスイッチング素子を有するインバータ)では、素子の破壊を防ぐために、出力電流値を瞬時に定格電流値まで上げるのではなく、ゼロアンペア(0A)から0.1秒程度かけて定格電流値まで増大させる制御が行われている。この制御は「ソフトスタート」と呼ばれている。
【0003】
SiCインバータ(SiC材料からなるスイッチング素子を有するインバータ)では、Siインバータにおけるのと同様のソフトスタートを行って定格電流に到達させようとすると、素子が破壊する事例があった。例えば、特許文献1(国際公開第2005/020320号パンフレット)に記載されているように、SiC半導体素子は、結晶面に依存したベイサルプレーン転位と呼ばれる結晶欠陥を有することがある。図12(a)の断面図に示すように、このようなベイサルプレーン転位を有するSiC半導体素子に通電(アノードからカソードへ向かう向きA1に通電)すると、このベイサルプレーン転位が三角形または扇形状に広がって「積層欠陥」X1,X2,…を形成する(なお、図12(b)は素子の斜め上方から見たところを模式的に示している。)。積層欠陥X1,X2,…が生じた領域には電流が流れず、それ以外の領域にのみ電流が流れるため、素子のオン電圧が上昇して、素子破壊に至る場合がある。
【0004】
同文献には、積層欠陥によるオン電圧上昇を防ぐために、次のことが記載されている。
【0005】
a) SiC半導体素子では、素子の温度を上昇させると、積層欠陥に起因する少数キャリヤのトラップ作用が低減し、積層欠陥によるオン電圧の上昇を抑制できる。具体的には少数キャリヤのトラップ作用は、pnダイオード素子の温度を50℃以上にすると低減し始め、250℃以上でほぼ消滅して、オン電圧が高くなるという現象は非常に小さくなる。その結果、電力損失の増大を防ぐことができるとともに、高い信頼性を実現できる。
【0006】
b) 一旦形成された積層欠陥は素子温度を下げても消滅することがないので、素子温度が低い状態で定格電流を通電すると、積層欠陥の作用により大きな電力損失を発生し、素子を破壊してしまうおそれがある。そこで、定格電流通電前にあらかじめ素子の温度を125℃以上に上昇させておく。この温度で定格電流通電を開始すれば、自己発熱で急速に温度が上昇し、短時間で250℃以上になる。そのため積層欠陥が存在したとしても、その影響を避けることができ、オン電圧が高くなることなく、素子に通電することができる。
【0007】
c) ワイドギャップバイポーラ半導体素子の構成要素の一部又は全部に通電した時の自己発熱を利用して温度を上昇させてもよい。加熱手段による加熱と自己発熱を併用してもよい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2005/020320号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、同文献には、それ以上の具体的な動作方法については、記載されていない。
【0010】
実際上、50℃以上で定格電流通電を開始すれば素子は壊れない。また、50℃以下で電流を流しても素子が壊れないような電流I1(0<I1<定格電流)がある。そこで、まず一定の電流I1を流して自己発熱で素子温度を50℃以上に上げ、続いて、定格電流まで電流を増やす方法が考えられる。しかしながら、このように階段状に電流を増やしてゆく方法では、階段状に電流を制御するための制御回路をわざわざ設ける必要があり、不利になる。
【0011】
そこで、この発明の課題は、ワイドギャップ半導体素子を動作させる半導体装置の動作方法であって、積層欠陥の発生による素子破壊を招くことなく簡単に実現できるものを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、優れた動作方法を実現するために、通電開始時にソフトスタートを行うことを前提として、電流上昇率を変えて実験・考察を行った。
【0013】
具体的には、SiCインバータにおいて、通電開始時にソフトスタートを行うとともに、0Aから定格電流Inまでの電流上昇率を変えて実験した。その結果、素子が壊れない或る電流I1(0A<I1<定格電流)に達した時に素子温度が50℃以上になるような電流上昇率を選ぶことができることを確認した。
【0014】
図4は、SiCバイポーラ半導体素子の通電開始時に、インバータ出力が200kVAでソフトスタート時間をそれぞれ0.1秒、0.5秒、1.0秒に変えたときの素子温度上昇結果を示している。図中の×印、△印、○印がそれぞれソフトスタート時間0.1秒、0.5秒、1.0秒のときのデータ点を表している。それぞれのソフトスタート時間での4つのデータ点は、出力が上昇していく途中の50kVA、100kVA、150kVA、200kVAでの温度に相当する。図4の例では、ソフトスタート時間0.1秒、0.5秒、1.0秒で素子温度はそれぞれ57℃、65℃、72℃に達している。この結果から、同じ出力において、ソフトスタート時間が長いほど、つまり電流上昇率が小さいほど、素子温度が上昇することが分かる。
【0015】
図1(a),(b)中の実線M2は、通電電流Iが或る電流上昇率で時間t1に電流I1まで上昇し、電流I1まで達した時点t1で素子温度Tが丁度50℃になるような例を表している。一点鎖線M1は、実線M2より電流上昇率が大きい場合で、時刻t1には温度Tが50℃未満である例を表している。二点鎖線M2は、実線より電流上昇率が小さい場合で、時刻t1には温度Tが50℃を超える例を表している。従って、実線M2の例における電流上昇率よりも緩やかな範囲で電流上昇率を選べばよいことが分かる。この結果、電流上昇率をdI/dtと表したとき、ワイドギャップ半導体素子の通電開始時に、0.5秒<(I1÷(dI/dt))となるような電流上昇率を選ぶのが望ましい。
【0016】
一方、電流上昇率があまり緩やか過ぎると、次の問題がある。すなわち、
i) インバータが定格運転を開始するのに時間がかかる。
【0017】
ii) 既述のように、SiC半導体素子はベイサルプレーン転位が積層欠陥を生ずる可能性があるため、インバータを組み立てる際にスイッチング波形を確認する必要がある。ここで、一般に、インバータは、主回路のインダクタンスを小さくするため、ラミネート構造と呼ばれるプラス側とマイナス側の母線を密着させた構造となっている。このため、電流測定用の直流変流器(DCCT;DC Current Transformer)を入れるスペースがない。そのため、主回路電流を測定する際にはロゴスキーコイルを主回路の往路配線または復路配線に巻きつけて測定することになる。ロゴスキーコイルは、電流の変化率を測定するため、電流上昇の傾きが緩くなると測定精度が落ち、正しい値を測定し難くなる。
【0018】
これらの観点i),ii)から、ワイドギャップ半導体素子の通電開始時に、(I1÷(dI/dt))<10秒となるような電流上昇率を選ぶのが望ましい。
【0019】
また、ワイドギャップ半導体素子のタイプによっては、通電電流Iが或る電流上昇率で定格電流Inまで達した時に温度Tが丁度50℃以上になっていれば、積層欠陥の発生を免れる場合もある。そこで、別の局面では、ワイドギャップバイポーラ半導体素子の通電開始時に、或る電流上昇率でソフトスタートするとともに、通電電流Iが定格電流Inに到達した時に素子温度Tが丁度50℃になるように、電流上昇率を決定しておく。
【0020】
また、一般的なインバータでは、電源スイッチがオンされるとスイッチング素子の通電開始前又はそれと同時に、素子冷却用のファンが運転開始される。しかし、短時間で素子温度Tを50℃以上にする観点からは、冷却ファンを停止するのが望ましい。そこで、別の局面では、ワイドギャップバイポーラ半導体素子の通電開始時に、或る電流上昇率でソフトスタートするとともに、通電開始時点から前記ワイドギャップバイポーラ半導体素子の温度が自己発熱により50℃になるまで冷却ファンを停止し、前記ワイドギャップバイポーラ半導体素子が自己発熱により50℃に達した時に冷却ファンの運転を再開する。
【0021】
以上の考察に基づいて、この発明の半導体装置の動作方法は、
ワイドギャップ半導体素子の通電開始時に通電電流を或る電流上昇率でゼロから定格電流まで上昇させる半導体装置の動作方法であって、
上記ワイドギャップ半導体素子内の積層欠陥の発生による上記ワイドギャップ半導体素子の破壊を防止するように、上記通電電流をゼロから定格電流まで上昇させるソフトスタート時間を0.5秒から10秒までの範囲内に設定することを特徴とする。
【0022】
この発明の半導体装置の動作方法では、ソフトスタート時間を0.5秒以上に設定するので、積層欠陥の発生による素子破壊を招くことがない。また、ソフトスタート時間を10秒以下に設定するので、通電電流が定格電流に到達するまでにあまり長時間かからないし、電流上昇率を正しく測定できるので通電の制御も容易に行われる。さらに、この動作方法は、一般的なソフトスタートを行う制御回路を用いて、電流上昇率を可変して設定するだけで実現できる。したがって、階段状に電流を制御する場合に比して、簡単に実現できる。
【0023】
本明細書では、「素子破壊」については、通電開始時の素子の温度上昇(ΔTとする。)が1000℃を超えたとき、素子が破壊すると定義する。通電開始時の素子の温度上昇ΔTが1000℃以下であれば、素子は壊れないものとする。なお、通電開始時の電力損失をPとすると、電力損失P=(通電電流)×(積層欠陥の発生により増大したオン電圧)で表される。ワイドギャップ半導体結晶の比熱をZとすると、温度上昇ΔT=P/Zで表される。
【0024】
一実施形態の半導体装置の動作方法では、上記ゼロから定格電流まで範囲の或る電流の値をI1とし、上記電流上昇率をdI/dtとしたとき、
0.5秒<(I1÷(dI/dt))
なる関係式を満たすことを特徴とする。
【0025】
この一実施形態の半導体装置の動作方法では、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0026】
一実施形態の半導体装置の動作方法では、上記ゼロから定格電流まで範囲の或る電流の値をI1とし、上記電流上昇率をdI/dtとしたとき、
(I1÷(dI/dt))<10秒
なる関係式を満たすことを特徴とする。
【0027】
この一実施形態の半導体装置の動作方法では、電流上昇率を精度良く測定でき、したがって通電の制御をさらに容易に行うことができる。
【0028】
一実施形態の半導体装置の動作方法では、上記通電電流が上記定格電流に達した時に上記ワイドギャップ半導体素子の温度が50℃になるように、上記電流上昇率を設定することを特徴とする。
【0029】
この一実施形態の半導体装置の動作方法では、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0030】
一実施形態の半導体装置の動作方法では、
上記ワイドギャップ半導体素子を冷却するための冷却ファンを設け、
上記ワイドギャップ半導体素子に対する通電開始時点から上記ワイドギャップ半導体素子の温度が自己発熱により50℃になるまで上記冷却ファンを停止し、上記ワイドギャップ半導体素子が自己発熱により50℃に達した時に冷却ファンの運転を再開することを特徴とする。
【0031】
この一実施形態の半導体装置の動作方法では、上記ワイドギャップ半導体素子に対する通電開始時点から上記ワイドギャップ半導体素子の温度が自己発熱により50℃になるまで上記冷却ファンを停止するので、素子の熱が上記冷却ファンによる送風によって奪われることがない。したがって、素子の温度が速やかに50℃に達する。したがって、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。上記ワイドギャップ半導体素子が自己発熱により50℃に達した後は、通電電流が立ち上がって大きくなるので、自己発熱で急速に温度が上昇し、短時間で250℃以上になる。このため、上記ワイドギャップ半導体素子が自己発熱により50℃に達した時に冷却ファンの運転を再開することによって、過度の温度上昇を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】(a),(b)はそれぞれ、この発明の一実施形態の動作方法をSiCバイポーラ半導体素子に適用したときの電流上昇、温度上昇の様子を示す図である。
【図2】(a),(b)はそれぞれ、この発明の別の実施形態の動作方法をSiCバイポーラ半導体素子に適用したときの電流上昇、温度上昇の様子を示す図である。
【図3】(a),(b)はそれぞれ、この発明の別の実施形態の動作方法をSiCバイポーラ半導体素子に適用したときの電流上昇、温度上昇の様子を示す図である。
【図4】実験的にソフトスタート時間を変えたときの素子温度上昇結果を示す図である。
【図5】SiCバイポーラトランジスタをスイッチング素子として有する三相インバータの回路構成を示す図である。
【図6】上記三相インバータにおけるPWM変調法による制御の仕方を説明する図である。
【図7】図1で説明した動作方法を適用すべきSiC−pnダイオード素子を有するpnダイオード装置の構成を示す図である。
【図8】図2で説明した動作方法を適用すべきSiC−GTOサイリスタ素子を有するGTOサイリスタ装置の構成を示す図である。
【図9】上記SiC−GTOサイリスタ素子の断面構造を示す図である。
【図10】図3で説明した動作方法を適用すべきワイドギャップ半導体素子を含むスイッチングモジュールの構成を示す図である。
【図11】上記スイッチングモジュールを上下アームとして有する三相インバータの回路構成を示す図である。
【図12】(a)はSiC半導体素子に通電したときに生ずる積層欠陥を示す断面図であり、(b)は(a)のものを斜め上方から見たところを模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照しながら、この発明の半導体装置の動作方法を実施の形態により詳細に説明する。
【0034】
(第1実施形態)
図1(a),(b)はそれぞれ、この発明の一実施形態の動作方法をワイドギャップ半導体素子としてのSiCバイポーラ半導体素子に適用したときの電流上昇、温度上昇の様子を示している。
【0035】
この動作方法では、図1(a)に示すように、通電開始時に通電電流Iを或る電流上昇率でゼロから定格電流Inまで上昇させる。そのとき、通電電流Iをゼロから定格電流Inまで上昇させるソフトスタート時間tsを0.5秒から10秒までの範囲内に設定する。しかも、図1(a)中の二点鎖線M3に示すように、ゼロから定格電流Inまで範囲の或る電流の値をI1とし、電流上昇率をdI/dtとしたとき、
0.5秒<(I1÷(dI/dt))<10秒 …(1)
なる関係式を満たすように設定する。
【0036】
図4の実験結果に基づいて既に説明したように、同じ出力において、ソフトスタート時間tsが長いほど、つまり電流上昇率dI/dtが小さいほど、素子温度Tが上昇する。図1(b)中の二点鎖線M3で示す例では、時刻t1になるまでに、素子温度Tが50℃を超えている。なお、この例では、室温を25℃としている。
【0037】
この二点鎖線M3に示す動作方法では、ソフトスタート時間tsを0.5秒以上に設定するので、積層欠陥の発生による素子破壊を招くことがない。また、関係式(1)に基づいて、0.5秒<(I1÷(dI/dt))なる関係を満たすので、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0038】
また、この動作方法では、ソフトスタート時間tsを10秒以下に設定するので、通電電流Iが定格電流Inに到達するまでにあまり長時間かからないし、電流上昇率を正しく測定できるので通電の制御も容易に行われる。また、関係式(1)に基づいて、(I1÷(dI/dt))<10秒なる関係を満たすことから、電流上昇率を精度良く測定でき、したがって通電の制御をさらに容易に行うことができる。
【0039】
さらに、この動作方法は、一般的なソフトスタートを行う制御回路を用いて、電流上昇率を可変して設定するだけで実現できる。したがって、階段状に電流を制御する場合に比して、簡単に実現できる。
【0040】
例えば、図5に示すように、SiCバイポーラトランジスタQ1,Q2,…,Q6をスイッチング素子として有する三相インバータを動作させるものとする。この三相インバータは、概略、トランジスタQ1とQ4とをU相のための上下アームとして直列接続し、トランジスタQ3とQ6とをV相のための上下アームとして直列接続し、トランジスタQ5とQ2とをW相のための上下アームとして直列接続し、そして、これらの3組の上下アームを並列に直流電源(VS1とVS2との直列)に接続して構成されている。トランジスタQ1,Q2,…,Q6には、それぞれフライホイールダイオードD1,D2,…,D6が逆並列接続されている。この三相インバータでは、各相の上下アームを交互にオンオフ(例えばQ1とQ4とを交互にオンオフし、Q3とQ6とを交互にオンオフするなど)して、直流電圧Ed(電圧Ed/2とEd/2との直列)を任意の電圧に変換する。これにより、各相の上下アームの出力ノードU,V,WからU相、V相、W相の交流電圧v,v,vが負荷Z1,Z2,Z3へ印加される。例えば、出力ノードUから出力された電圧vによって負荷Z1へ電流iが流れ、負荷Z1に電圧vUNが降下する。
【0041】
各相の上下アーム(Q1,Q4),(Q3,Q6),(Q5,Q2)は、図6に示すように、PWM(パルス幅変調)法によって制御される。なお、図6中のa相、b相は、図5中のU相、V相、W相のいずれかに該当する。このPWM法の例では、三角波である搬送波(三角搬送波)と、例えば出力しようとする正弦波であるa相変調波とを比較して、a相の上下アームをオンオフ(on,off)するためのパルス列波形であるa相ノッチ波を作成する。このa相ノッチ波は、a相の上下アームの制御端子(図5の例ではトランジスタのベース端子)に印加される。ここで、a相変調波の波高値(振幅)をゼロから次第に大きくすれば、a相の出力電流をゼロから定格電流まで上昇させることができる。b相についても同様である。
【0042】
具体的には、各相の変調波を次の(数1)のように設定する。
【数1】

【0043】
なお、(数1)中の「定格運転時の変調波の波高値」とは、出力電流が定格電流になるときの変調波の波高値を意味している。
【0044】
また、運転時間(t)が次の(数2)の関係を満たした時点で、ソフトスタート終了となる。
【数2】

【0045】
図7は、上述の動作方法を適用すべきSiC−pnダイオード素子を有するpnダイオード装置の構成を示している。この例では、耐電圧7.0kV、定格電流200AのSiCpnダイオード装置19aを示している。
【0046】
図7においてSiCのpnダイオード素子13は4層6方晶形の素子であり、厚さ300μmの高不純物濃度のn型SiCのカソード領域1の上に厚さ約80μmの低不純物濃度のn型SiCのドリフト層2が形成されている。カソード領域1の下面にはカソード金属電極7が形成されている。ドリフト層2の中央領域に、ドリフト層2との主接合を構成するp型SiCのアノード領域3が形成されている。アノード領域3の周辺にはp型SiCの電界緩和領域4が形成されている。アノード領域3にはアノード金属電極6が形成されている。アノード金属電極6を除く素子の表面には表面保護膜5が形成されている。
【0047】
アノード金属電極6は金のリード線8により電気接続手段である金属のリードピン9の接続端9aに接続されている。カソード金属電極7は金属の支持体10の上面に電気的接続を保つように接着されている。支持体10の下面中央部には、電気接続手段の金属のリードピン11が接続されている。このSiC−pnダイオード装置19はリードピン9と11により外部配線に接続される。リードピン9は支持体10を貫通し、貫通部は高融点ガラス12で密封・固着されている。pnダイオード素子13及びリードピン9の接続端9aを含む支持体10の上面は金属のキャップ14で覆われ、その内部の空間44には窒素ガスが封入されている。
【0048】
SiC−pnダイオード素子13のカソード金属電極7は金シリコンの高温半田を用いて支持体10に半田付けされている。金のリード線8は、リードボンディング装置を用いてアノード電極6と金属のリードピン9の端部9aとの間を接続する。図7ではリード線8は1本のみ図示されているが、実際の素子ではリード線8は流れる電流値に応じて複数のものを並列に接続している。上記のように構成された支持体10に窒素ガス中で金属キャップ14を取り付け、周囲を溶接して密閉しパッケージを形成する。これによりキャップ14内の空間44に窒素ガスが封入される。
【0049】
このSiC−pnダイオード装置19aは、支持体10の下部外面にヒートシンク88を有している。ヒートシンク88の近傍には送風冷却用のファン98が設けられている。キャップ14の上部外面には温度センサ18が設けられ、その検出出力は温度制御部140に入力される。温度制御部140は温度センサ18の検出出力に基づいてファン98の動作を制御する。
【0050】
pnダイオード素子13に通電すると、その電流に応じてpnダイオード素子13は発熱する。この発熱を「自己発熱」という。本実施例ではpnダイオード素子13の温度を前記自己発熱により上昇させる。そのために比較的小型の、たとえばアルミニウム製のヒートシンク88を設けている。ヒートシンク88が大きくて放熱される熱量が多すぎると、pnダイオード素子13の温度が上昇しないので、pnダイオード素子13の発熱量とヒートシンクの放熱量のバランスを考慮してむしろ小型のヒートシンク88を設けるのが望ましい。pnダイオード素子13の温度が所望値を超えるときは、温度センサ18の検出出力に基づいてファン98を動作させてヒートシンクを強制冷却する。強制冷却をする際のヒートシンク88と空気との間の熱抵抗が約1℃/Wになるように、ヒートシンク88の構造を設定すれば良い。
【0051】
上記SiC−pnダイオード装置19aの動作例を次に説明する。
【0052】
まず通電電流Iがゼロから定格電流In(この例では200A)まで上昇させるソフトスタート時間tsを1.0秒間に設定する。また、電流上昇率をdI/dt=100A/秒に設定する。例えばゼロから定格電流Inまでの或る電流I1を100Aとすると、I1÷(dI/dt)=1.0秒となる。したがって、この設定は上述の関係式(1)を満たしている。
【0053】
この設定でソフトスタートを行い、SiC−pnダイオード装置19aに繰り返し周波数5kHz、電流密度が360A/cmとなる200Aの電流を流す。この時のオン電圧は2.3V、逆回復電荷は10.4μCであった。また定常損失は約260W、スイッチング損失は約31Wであった。ファン99を駆動してヒートシンク88に、空気とヒートシンク88間の熱抵抗が約1℃/Wになるように風を送った時、pnダイオード素子13の接合温度を約350℃にすることができた。
【0054】
耐電圧7.0kVを有する一般的なSi−pnダイオードの場合、接合温度125℃で150Aの電流(電流密度は約50A/cm)の通電時のオン電圧は3.4Vであり、逆回復電荷は約113μCであった。一般的なSi−pnダイオードに比べて、上記SiC−pnダイオード装置19aの定常損失はほぼ90%である。また、逆回復電荷は上記SiC−pnダイオード装置19aの方が約1桁小さいので、スイッチング損失も約1桁小さくなる。SiC−pnダイオード装置19aのトータル損失はSi−pnダイオードの49%程度になり大幅に低減できる。SiC−pnダイオード装置19aでは、接合温度が350℃の時のオン抵抗は、接合温度が125℃の時のSi−pnダイオードのオン抵抗よりも小さく、この結果トータル損失が小さい。しかも半導体の性質を失ういわば金属状態になるまでには、約1.64eVのエネルギーギャップを残している。この1.64eVのSiCのエネルギーギャップはSiのエネルギーギャップよりも大きいので、温度に対する高い信頼性を確保できる。
【0055】
上記SiC−pnダイオード装置19aの可制御電流は200Aであった。n型SiCのドリフト層2の厚さが80μmであるので、7kVの逆電圧印加時の空乏層の厚さ70μmに対して約10μmのマージンを持っており、7kVの耐電圧に対しては高い信頼性を有している。
【0056】
上述の動作例では、pnダイオード素子13は室温(約25℃)で動作を開始し、0Aから0.5秒で100Aに達し、その時点で素子温度は50℃を超えた。そして、1秒間で定格電流200Aに達した。これによりpnダイオード素子13の温度が十分高くない状態で通電を開始する場合であっても、積層欠陥に起因するオン電圧の上昇とそれによる定常損失の大幅な増加を避けることができる。したがって、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0057】
また、上述の動作方法は、一般的なソフトスタートを行う制御回路を用いて、電流上昇率を可変して設定するだけで実現できる。したがって、階段状に電流を制御する場合に比して、簡単に実現できる。また、通電開始前にヒータなどの加熱手段によって素子を予め加熱しておく方法に比して、加熱手段を必要としないので構造が簡単になり、半導体装置を小型にすることができる。
【0058】
(第2実施形態)
図2(a),(b)はそれぞれ、この発明の別の実施形態の動作方法をワイドギャップ半導体素子としてのSiCバイポーラ半導体素子に適用したときの電流上昇、温度上昇の様子を示している。
【0059】
図2(a)中に実線M4で示すように、この動作方法では、第1実施形態と同様に、通電開始時に通電電流Iを或る電流上昇率でゼロから定格電流Inまで上昇させる。そのとき、通電電流Iをゼロから定格電流Inまで上昇させるソフトスタート時間ts(この例ではt2とする。)を0.5秒から10秒までの範囲内に設定する。しかも、図2(b)に示すように、通電電流Iが定格電流Inに達した時点t2でワイドギャップ半導体素子の温度Tが50℃になるように、電流上昇率を設定する。
【0060】
この動作方法によれば、第1実施形態と同様に、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0061】
また、この動作方法では、ソフトスタート時間ts(=t2)を10秒以下に設定するので、通電電流Iが定格電流Inに到達するまでにあまり長時間かからないし、電流上昇率を正しく測定できるので通電の制御も容易に行われる。
【0062】
さらに、この動作方法は、一般的なソフトスタートを行う制御回路を用いて、電流上昇率を可変して設定するだけで実現できる。したがって、階段状に電流を制御する場合に比して、簡単に実現できる。
【0063】
図8は、上述の動作方法を適用すべきSiC−GTOサイリスタ(Gate Turn-off Thyristor)素子を有するワイドギャップGTOサイリスタ装置の構成を示している。この例では、耐電圧5kV、定格電流150AのSiC−GTOサイリスタ装置49を示している。図9は、図8におけるGTOサイリスタ素子20を紙面に垂直な面で切断したセルの一つの断面構造を示している。実際の素子では、図9に示すセルが図の左右方向に複数個連結されている。また図8では図9に示すセルが図の紙面に垂直な方向に複数個連結されている。
【0064】
図8及び図9において、厚さ約320μmの高不純物濃度のn型SiCのカソード領域21の上面に、厚さ約3μmのp型SiCのバッファー層22を設けている。カソード領域21の下面にカソード電極32が設けられている。バッファー層22の上に厚さ約60μmの低不純物濃度のp型SiCのベース層23を設けている。ベース層23の中央部にそれぞれの厚さが約2μmのn型SiCのベース領域24とp型SiCのアノード領域25が順次形成されている。ベース領域24の周囲にはn型SiCの電界緩和領域26が形成されている。以上のように構成したGTOサイリスタ素子20の表面には二酸化シリコン層、窒化シリコン層及び二酸化シリコン層の3層構造の表面保護膜27が形成されている。アノード領域25にはアノード電極28が形成されている。このアノード電極28の上の左側の領域には2層目のアノード電極29が形成され、右側の領域には絶縁膜30を介してゲート電極31が形成されている。図9に示すように、n型のベース領域24には1層目のゲート電極33が形成され、ゲート電極33は図示していない接続部で図8に示すゲート電極31に接続されている。
【0065】
上記構成のGTOサイリスタ素子20に、照射エネルギーが約4MeVの電子線を約7×1012/cmの電子密度で照射し、700℃の温度で8時間アニールする。この処理を行ったGTOサイリスタ素子20を金シリコンの高温半田を用いて支持体38の上面に半田付けする。リード線34、36は直径80μmの金線であり、リードボンディング装置を用いてそれぞれアノード電極29とアノード端子35の端部35a間、及びゲート電極31とゲート端子37の端部37a間を接続する。図8では、リード線34、36はそれぞれ1本ずつ図示されているが、実際にはリード線34、36は複数のものを並列に接続している。カソード電極32はカソード端子39を有する金属の支持体38に取り付けられている。ゲート端子37及びカソード端子37は、それぞれの高融点絶縁ガラス40及び41で支持体38との間の絶縁を保ちつつ支持体38を貫通して固定されている。
【0066】
GTOサイリスタ素子20の全面、及びリード線34及び36のGTOサイリスタ素子20との接続部近傍を覆うように、高耐熱の合成高分子化合物の被覆体42を塗布する。窒素雰囲気中で金属キャップ43を支持体38に取り付けて溶接することにより、キャップ43内の空間44に窒素ガスが封入される。
【0067】
このSiC−GTOサイリスタ装置49は、第1実施形態と同様に、支持体38の下部外面にヒートシンク88を有している。ヒートシンク88の近傍には送風冷却用のファン98が設けられている。キャップ43の上部外面には温度センサ18が設けられ、その検出出力は温度制御部140に入力される。温度制御部140は温度センサ18の検出出力に基づいてファン98の動作を制御する。
【0068】
上記SiC−GTOサイリスタ装置49の動作例を次に説明する。
【0069】
まず、アノード端子35の電位がカソード端子39よりも高電位になるように順方向に5kVの電圧を印加する。ゲート端子37の電位をアノード端子35と同電位にすると、SiC−GTOサイリスタ装置49は電流が流れないオフ状態が維持され、5kVの耐電圧が得られた。
【0070】
次に、このオフ状態でゲート端子37の電位をアノード端子35よりも低電位にし、アノード端子35からゲート端子37に向けてゲート電流を流す。
【0071】
この通電開始時に、通電電流Iがゼロから定格電流In(この例では150A)まで上昇させるソフトスタート時間tsを3.0秒間に設定する。また、電流上昇率をdI/dt=50A/秒に設定する。この設定でソフトスタートを行う。後述のように、この設定は、通電電流Iがゼロから定格電流150Aに達した時にSiC−GTOサイリスタ装置49の温度が50℃になることを意図している。
【0072】
ソフトスタートを行って通電を開始した後、SiC−GTOサイリスタ装置49はオン状態になり、アノード端子35とカソード端子39間に電流が流れる。オン状態でゲート端子37の電位をアノード端子35よりも高電位にすると、アノード端子35とカソード端子39間に流れている電流が、ゲート端子37とカソード端子39間に転流する。その結果アノード端子35とカソード端子39間を流れる電流は遮断されてSiC−GTOサイリスタ装置49はオフ状態になる。この時のアノード端子35とカソード端子39間の電圧が逆電圧である。
【0073】
具体的には、カソード端子39に負の電圧を印加し、ゲート端子37にアノード端子35を基準にしてビルトイン電圧以上の電圧を印加するとSiC−GTOサイリスタ装置49はオンとなる。このときドリフト層23内にカソード領域22から電子が注入されるため、伝導度変調が生じオン抵抗が大幅に低下する。SiC−GTOサイリスタ装置49がオンになった状態において、ゲート端子37の電位をアノード端子35の電位より高くすると、アノード端子35とカソード端子39間を流れる電流の一部または全部がゲート端子37から引き抜かれることとなり、GTOサイリスタをオフ状態にすることができる。
【0074】
このSiC−GTOサイリスタ装置49では、逆電圧が5kVでのリーク電流密度は200℃の高温雰囲気中で5×10−3A/cm以下であり、逆電圧特性は良好であった。
【0075】
このSiC−GTOサイリスタ装置49は、3kV以上の高耐電圧を有する一般的なSi半導体装置では通電が困難である、300A/cmの高い電流密度において可制御電流150Aを達成できた。GTOサイリスタ素子20の温度を170℃に保って、300A/cmの高電流密度で、繰り返し周波数2kHzで150Aの電流を通電した時のオン電圧は3.4Vであった。150Aの電流をスイッチングさせた時のターンオン時間は0.4μs、ターンオフ時間は1.4μs、定常損失は255W、スイッチング損失は103Wであった。上記の動作をさせるとGTOサイリスタ素子20の接合温度は極短時間で308℃程度となった。
【0076】
耐電圧5.0kVの一般的なSi−GTOサイリスタの場合には温度が125℃で100Aの電流の(電流密度は約60A/cm)通電時のオン電圧は5.3Vであり、ターンオン時間は8μs、ターンオフ時間は22μsである。上記SiC−GTOサイリスタ装置49を一般的なSi−GTOサイリスタ装置と比べると、SiC−GTOサイリスタ装置49の方がオン電圧が約1V低く、定常損失はSi−GTOサイリスタの約96%である。SiC−GTOサイリスタ装置49のターンオン時間とターンオフ時間は、それぞれSi−GTOサイリスタの約1/20及び約1/16と短い。そのためSiC−GTOサイリスタ装置49のスイッチング損失はSi−GTOサイリスタの約1/18以下になる。SiC−GTOサイリスタ装置49のトータル損失はSi−GTOサイリスタ装置のトータル損失の約17%程度になり著しく低減できた。
【0077】
SiC−GTOサイリスタ装置49の接合温度308℃でのオン抵抗は、一般的なSi−GTOサイリスタ装置の接合温度125℃でのオン抵抗よりも小さい。従ってトータル損失もSiC−GTOサイリスタ装置49の方が一般的なSi−GTOサイリスタ装置よりも小さくなる。またSiCが半導体の性質を失ういわば金属状態になるまでには、Siのエネルギーギャップより大きい約1.75MeVのエネルギーギャップを残している。その点からも温度に対する高い信頼性を確保できる。低不純物濃度のp型SiCのベース層23の厚さは約60μmである。5kVの逆電圧におけるベース層23の空乏層の厚さは約50μmであるので約10μm程度の十分なマージンを有している。このマージンにより前記の耐電圧に対しても高い信頼性を確保できる。このようにして、可制御電流が150A程度と大きく、低損失かつ信頼性の高いSiC−GTOサイリスタ装置49を実現できた。
【0078】
上述の動作例では、SiC−GTOサイリスタ装置49は室温(約25℃)で動作を開始し、0Aから3.0秒で定格電流150Aに達し、丁度その時、素子温度は50℃に到達した。これによりSiC−GTOサイリスタ装置49の温度が十分高くない状態で通電を開始する場合であっても、積層欠陥に起因するオン電圧の上昇とそれによる定常損失の大幅な増加を避けることができる。したがって、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0079】
また、上述の動作方法は、第1実施形態と同様に、一般的なソフトスタートを行う制御回路を用いて、電流上昇率を可変して設定するだけで実現できる。したがって、階段状に電流を制御する場合に比して、簡単に実現できる。また、通電開始前にヒータなどの加熱手段によって素子を予め加熱しておく方法に比して、加熱手段を必要としないので構造が簡単になり、半導体装置を小型にすることができる。
【0080】
(第3実施形態)
図3(a),(b)はそれぞれ、この発明のさらに別の実施形態の動作方法をワイドギャップ半導体素子としてのSiCバイポーラ半導体素子に適用したときの電流上昇、温度上昇の様子を示している。
【0081】
この動作方法では、SiCバイポーラ半導体素子を冷却するための冷却ファン(図10中に符号98で示す。)を設けておく。そして、図3(a)中に実線M5で示すように、第1実施形態と同様に、通電開始時に通電電流Iを或る電流上昇率でゼロから定格電流Inまで上昇させる。そのとき、この例では、通電電流Iをゼロから定格電流Inまで上昇させるソフトスタート時間tsを0.5秒から10秒までの範囲内に設定する。しかも、SiCバイポーラ半導体素子に対する通電開始時点(t=0)から上記素子の温度が自己発熱により50℃になるまで冷却ファン98を停止し、上記素子が自己発熱により50℃に達した時に冷却ファン98の運転を再開する。
【0082】
これにより、通電開始時点(t=0)から上記素子の温度が自己発熱により50℃になるまで、素子の熱が冷却ファン98による送風によって奪われることがない。したがって、素子の温度が速やかに50℃に達する。例えば、最初から冷却ファン98を運転し続ける場合は、図3(b)中に実線M6で示すように、素子温度が50℃に達するのに時間t1かかるものとする。これに対して、同じ通電電流で、この実施形態の動作方法のように冷却ファン98を一時的に停止した場合は、図3(b)中に1点鎖線M5で示すように、素子温度が50℃に達するのに時間t3(<t1)で済んでいる。したがって、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。また、上記素子が自己発熱により50℃に達した後は、通電電流Iが立ち上がって大きくなるので、自己発熱で急速に温度が上昇し、短時間で250℃以上になる。このため、上記素子が自己発熱により50℃に達した時に冷却ファン98の運転を再開することによって、過度の温度上昇を抑制できる。
【0083】
図10は、上述の動作方法を適用すべきワイドギャップ半導体素子を含むスイッチングモジュールの構成を示している。図11は、上記スイッチングモジュール(符号100a,100bで示す。)を上下アーム(スイッチング部)として有する三相インバータ装置90の回路構成を示している。
【0084】
図11において、インバータ装置90は直流電源91の直流を三相の交流に変換して負荷92に供給する電力変換装置である。インバータ装置90はよく知られた回路であり、直流電源91の正極と負極との間に、2つのスイッチングモジュール100a、100bの直列接続体が3つ並列に接続されている。スイッチングモジュール100aと100bの、3つの直列接続体のそれぞれの接続点101、102、103は負荷92に接続されている。各スイッチングモジュール100a、100bには、よく知られているので詳細な構成を省略した制御回路93が設けられている。各制御回路93は図示を省略した制御装置により制御される。
【0085】
上記スイッチングモジュール100aと100bは同一の構成を有するので、スイッチングモジュール100aについて、次に詳細に説明する。
【0086】
図10に示すように、このスイッチングモジュール100aでは、ワイドギャップ半導体素子として、図7中に示したSiC−pnダイオード素子13と、図8中に示したSiC−GTOサイリスタ素子20との両方が、1つのパッケージ中に収容され、金属の支持体125の上に設けられている。
【0087】
pnダイオード素子13は実質的に図7に示すものと同じ構成を有するが、図7のものでは95μmであるドリフト層2の厚さを50μmに減らして、耐電圧を5kVとしている。pnダイオード素子13は、厚さが約500μmの窒化アルミニウムの絶縁板126を介して支持体125との間に絶縁を保ちつつ取り付けられている。絶縁板126の両面にはそれぞれ金属膜(斜線で示す。)が設けられている。pnダイオード素子13のアノード電極6は金のリード線8で支持体125に接続されている。pnダイオード素子13のカソード電極7は絶縁板126の上面の金属膜に半田付けされ、この金属膜はリード線7aでアノード端子110に接続されている。
【0088】
GTOサイリスタ素子20のカソード電極32は、下面にカソード端子111を有する支持体125に取り付けられている。GTOサイリスタ素子20のアノード電極29は、リード線34によりアノード端子110に接続されており、ゲート電極31はリード線36によりゲート端子112に接続されている。上記の各接続によってpnダイオード素子13は、GTOサイリスタ素子20に逆並列に接続される。支持体125にはpnダイオード素子13、GTOサイリスタ素子20、及びアノード端子110とゲート端子112の各リード線との接続部を覆うようにキャップ119が設けられ、内部に窒素ガスを封入した状態で支持体125に溶接されている。
【0089】
このスイッチングモジュール100aは、支持体125の下部外面にヒートシンク88を有している。ヒートシンク88の近傍には送風冷却用のファン98が設けられている。キャップ119の上部外面には温度センサ18が設けられ、その検出出力は温度制御部140に入力される。温度制御部140は温度センサ18の検出出力に基づいてファン98の動作を制御する。
【0090】
上記インバータ装置90の動作例を次に説明する。
【0091】
例えば、図3(a)中に実線M6で示すように、冷却ファン98を停止している状態でスイッチングモジュール100a,100bの通電電流Iを或る電流上昇率でゼロから定格電流Inまで上昇させたとき、図3(b)中に実線M6で示すように、素子温度が50℃に到達する時間t3を予め実験等により求めておく。そして、その時間t3を表すデータを温度制御部140に入力しておく。
【0092】
スイッチングモジュール100a,100bの通電開始時に、既述のように通電電流Iを或る電流上昇率でゼロから定格電流Inまで上昇させる(ソフトスタート)。そのとき、この例では、通電電流Iをゼロから定格電流Inまで上昇させるソフトスタート時間tsを1.0秒に設定する。しかも、スイッチングモジュール100a,100bに対する通電開始時点(t=0)から時間t3だけ冷却ファン98を停止し、時間t3を経過した時に冷却ファン98の運転を再開する。
【0093】
ソフトスタートを行って通電を開始した後、直流電源91の直流電圧を3kV、スイッチングモジュール100a、100bのスイッチング周波数を2kHzとしてインバータ90を動作させる。この動作で150Aの交流出力電流を負荷92に供給しているとき各スイッチングモジュール100a、100bで発生する損失は4.2kWであり、比較的低い値であった。インバータ装置90の効率は約98.6%であり、比較的高効率が実現できた。上記インバータ装置90を構成する各スイッチングモジュール100a、100bの可制御電流は150A、可制御電流密度は250A/cmであり大きな値が得られた。各スイッチングモジュール100a、100bを200℃以上の高温で稼働させるので、積層欠陥の影響に起因するオン電圧の上昇はほとんど起こらず、オン電圧の上昇による損失の増大が避けられるとともに高い信頼性が得られることが確認できた。これにより、可制御電流が150A程度と大きく、低損失かつ信頼性の高いスイッチングモジュール100a、100bを実現できた。
【0094】
上述の動作例では、スイッチングモジュール100a、100bは室温で動作を開始し、0Aから0.5秒で100Aに達し、素子温度は50℃を超え、1秒間で定格電流200Aに達した。運転開始時点で冷却ファンを停止し、50℃を超えたところで冷却ファンの運転を再開した。これによりスイッチングモジュール100a、100bの温度が十分高くない場合に、積層欠陥に起因するオン電圧の上昇とそれによる定常損失の大幅な増加を避けることができる。したがって、積層欠陥の発生による素子破壊を確実に防止できる。
【0095】
また、上述の動作方法は、第1、第2実施形態と同様に、一般的なソフトスタートを行う制御回路を用いて、電流上昇率を可変して設定するだけで実現できる。したがって、階段状に電流を制御する場合に比して、簡単に実現できる。また、通電開始前にヒータなどの加熱手段によって素子を予め加熱しておく方法に比して、加熱手段を必要としないので構造が簡単になり、半導体装置を小型にすることができる。
【0096】
以上、本発明の3つの実施形態について説明したが、本発明はさらに多くの適用範囲あるいは派生構造をカバーするものである。
【0097】
例えば本発明の動作方法の適用対象となるワイドギャップ半導体素子としてのサイリスタは、ゲート信号によりオンオフの制御ができる自励式サイリスタであれば良く、ゲートターンオフサイリスタ(GTOサイリスタ)、静電誘導サイリスタ、MOSサイリスタ、双方向GTOサイリスタ、逆導通サイリスタ、MOSゲートGTOサイリスタ等でもよい。本発明の動作方法の適用対象となるワイドギャップ半導体素子は、pn接合を有するpnダイオードやマージドダイオードなど複合ダイオードでも良い。
【0098】
また、上述の各実施形態では、本発明の動作方法の適用対象となるワイドギャップ半導体素子はSiC材料からなるものとしたが、本発明はダイヤモンド、ガリウムリン、ボロンナイトライド、GaNなどの他のワイドギャップ半導体材料からなる半導体素子にも有効に適用できる。
【0099】
また、上述の各実施形態で述べたワイドギャップ半導体素子において、n型領域をp型領域に、p型領域をn型領域にそれぞれ置き換えた逆極性の半導体素子に対しても本発明の動作方法を適用できる。
【0100】
また、上述の各実施形態では、本発明の動作方法の適用対象となるワイドギャップ半導体素子は、金属キャップを用いたTO型のパッケージを備えているが、金属キャップの代わりに高耐熱樹脂のキャップを用いてもよい。また各半導体装置の構成はTO型でなく、スタッド型や平型、高耐熱樹脂を用いたSIP(シングルインライン)型など、Siのパワーモジュールで一般に用いられるモールド型の構成でもよい。キャリヤ寿命の制御法としては電子線の照射以外にγ線の照射やプロトンヘリウムイオンなど荷電粒子を照射してもよい。各実施形態では、ワイドギャップ半導体素子を有する三相インバータ装置を示したが、マトリックスインバータやDC−DCコンバータなどの他の電力変換装置でもよい。またインバータやコンバータ以外にスイッチング電源や整流装置、レギュレータ、高周波発振装置などの他の電力変換装置にも本発明の動作方法を適用できる。
【符号の説明】
【0101】
13 SiC−pnダイオード素子
20 SiC−GTOサイリスタ素子
90 三相インバータ装置
100a,100b スイッチングモジュール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイドギャップ半導体素子の通電開始時に通電電流を或る電流上昇率でゼロから定格電流まで上昇させる半導体装置の動作方法であって、
上記ワイドギャップ半導体素子内の積層欠陥の発生による上記ワイドギャップ半導体素子の破壊を防止するように、上記通電電流をゼロから定格電流まで上昇させるソフトスタート時間を0.5秒から10秒までの範囲内に設定することを特徴とする半導体装置の動作方法。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体装置の動作方法において、
上記ゼロから定格電流まで範囲の或る電流の値をI1とし、上記電流上昇率をdI/dtとしたとき、
0.5秒<(I1÷(dI/dt))
なる関係式を満たすことを特徴とする半導体装置の動作方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の半導体装置の動作方法において、
上記ゼロから定格電流まで範囲の或る電流の値をI1とし、上記電流上昇率をdI/dtとしたとき、
(I1÷(dI/dt))<10秒
なる関係式を満たすことを特徴とする半導体装置の動作方法。
【請求項4】
請求項1に記載の半導体装置の動作方法において、
上記通電電流が上記定格電流に達した時に上記ワイドギャップ半導体素子の温度が50℃になるように、上記電流上昇率を設定することを特徴とする半導体装置の動作方法。
【請求項5】
請求項1に記載の半導体装置の動作方法において、
上記ワイドギャップ半導体素子を冷却するための冷却ファンを設け、
上記ワイドギャップ半導体素子に対する通電開始時点から上記ワイドギャップ半導体素子の温度が自己発熱により50℃になるまで上記冷却ファンを停止し、上記ワイドギャップ半導体素子が自己発熱により50℃に達した時に冷却ファンの運転を再開することを特徴とする半導体装置の動作方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−238940(P2010−238940A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−85752(P2009−85752)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】